イザナギ一号_11:遠い歌
僕と俺。二つの人格データと不完全な身体。
ややこしい。
残っていた研究施設で改造を受けている自分は、意識だけが明瞭な状態で天井を見上げる。
首から下は急速な改造中。そのあとで脳にもメスを入れるらしい。
それを怖いと感じないのも、変化が急激過ぎて意識が追いつかないせいだろう。
限られた身体の内側にどれだけの機械を内蔵しているのか、天井から伸びた数十本のロボットアームが自在に動いて中身の場所と構成を変えていく。
「彼女達の呪いが解ける? どうやれば?」
その問いに帰ってきたのは簡潔な答え。
「地下で怪人倒したろ? あれと同じような化物を倒せば、簡単に解けるって」
怪人ジキタリス。
地下で倒した謎の存在であり、一時は死を覚悟するほどの強敵だった。
「どういうことだ?」
「研究テーマで言えば、魔力のパイプラインによる強化実験ってとこだったんだろうな。彼女達がイザナミ計画の被験者だよ」
「え、それは」
次から次へと事態が進展して話が繋がらない。既に過負荷で脳が疲れ始めていた。
「イザナミ計画の被験者には会ったことがある。彼女達は人間だったぞ?」
「彼女達は人間の社会に居た魔物だからな。外的な容姿に蜘蛛の足や鬼の角があったら平和に暮らせないだろう?」
「それはつまり」
「彼女達は『集会』によって支援されてもいた日本在住の魔物さんってこと。外見はとっても素敵なまほうの力で変身して」
「ちょ、ちょっと待って」
話を整理する中で、疑問点は増えていくばかりだ。
そもそも、日本に魔物達の定住する場所があるのか。
この疑問については『集会』が答えだろう。そこに属すラガンジュも言っていたが、秋葉原などには自由流通区などと呼ばれている場所もあるらしい。
そして、イザナミ計画の披見体という話。
「確か零号もイザナミ計画の参加者だっただろう? だが、奴は小さくなったりは」
「パイプライン関係の仮説実証を担当させられたのが彼女だよ。実用段階に進む前にこちらへ預けられた。零号としてね」
「………一つ質問。彼女って?」
「知らない? あの子も魔物でオンナノコなわけだ」
「こんのクソ研究者」
「なんか知らないけど罵倒された!?」
状況が無茶苦茶過ぎる。軽い口調でどれだけの情報を吐き出すつもりだこの男は。ついに整理しきれなくなってきた。
僕はパーツ不十分の未完成品で、脳とハードディスクに二人分のデータ。
クユ達はイザナギ計画の被験者で、彼女達を戻すには『怪人』を倒さなければならない。
零号は女。
正直、この男が考えていることが、ますます解らなくなってきた。
「………それでパイプライン実証って?」
「魔力の供給と需要って関係を作って、魔物という魔力の塊から怪人という戦闘兵器を生み出せないかって話だったらしい」
「じゃあ、彼女達は、怪人へ魔力を流してしまっている為にあの大きさなのか?」
「理論上はそんな感じ。R財団ってさ、魔物は認めたくないけど、その戦略上の価値は否定できなかったわけ。そこに怪人という兵器を提唱する誰かが現れた。なかなかに魅力的な話に見えたんだろうね」
「無茶苦茶な話だ…。それで残りのイザナギ計画被験者は?」
「そりゃ逃げる時に保護してるよ。本来なら仮死状態のまま保存しておく計画だったようだけど、見捨ないで済む程度の余裕があったから」
「彼女達も、ずっと」
「小柄なまんま。つっても、それはそれで楽しんでいるみたいだけどなぁ。あのバイタリティは女性ならではだね」
その言葉には深く同意する。というか、実際に自分でも見てきた。魔物云々の前に勝てない気がした。
「ま、ともかくさ、君がどうにかしてくれれば、万々歳って話」
ロボットアームが頭の位置まで持ち上がる。いよいよ脳への改造が始まるらしい。
「とりあえず、体調不良はこれで一応は収まるだろうけど、脳は接続のコンディションを少し変えて過負荷を減らすのが精々だね。だから、記憶が戻るとかは期待しない方がいいよ」
ふと、そこで気になる。
「待て。それでお前が計画に加担してた理由と、俺を助ける理由は?」
「質問が多いなぁ。メンドクセー。ま、ちゃっちゃと進めたいから話すけどさ」
無精髭を生やした壮年の男が、じわりと顔を近付けた。
「人質とられてんの。奥さんが。しかも魔物だからこっちの出方次第では即座に殺されるだろうし言いなりになるしかなかったわけ」
「まさかお前」
「で、イザナギ計画によって奥さんの安全は確保できた、けれど自分の研究が悪用される前にケリをつけたい。だから君に頼む」
「結婚なんて出来たのか!?」
「そっちに喰いつくの!? しかもすんごい失礼だな君は!?」
そう絶叫した博士の声を最後に、意識が暗転した。
それは子守歌だろう。
浅い抑揚で歌われる旋律。陽だまりの中、揺りかごで眠る赤ん坊。
揺らす彼女がこちらに微笑んだ時、泣きそうなほどの郷愁を感じた。あれは、俺の妻と娘だと。
そこまで気付いて、これは間違いなく児玉 好冬としての記憶だろうと認識した。夢という不安定な現象を通して透かし見る、記憶の残影。
悔しさで胸が痛かった。死んでしまった彼が、たまらなく悲しかった。
彼が守ってきたもの、彼が愛してきたものが直に感じた今、どうしようもない衝動に苦しむ。
初めて歩いた娘が倒れる寸前、手を伸ばし抱き締めた時の感動。
浮気だと誤解され、依頼者だと四苦八苦して説明した夫婦喧嘩。
娘が風邪を引いた時の恐怖。妻に叱咤され、病院まで走った夜。
幼稚園の卒園式では、誰よりも先に泣き出し、妻に慰められた間抜けさ。
そういった過去の積み重ねが、自分というフィルターを通り抜けていく。
その途中、中学校への依頼に際し、一人の少年に声をかけた場面。
振り返ったその表情に友好的な態度はなく、愛嬌一つない少年の顔。
僕が居た。いや、実感はなく、おそらく僕であったであろう人物が。
話を聞いているうちに面倒そうに髪の毛を掻き混ぜ、知っていることを整理して話始める自分。
その時に児玉 好冬が感じていたのは、多少の苦笑いと微かな好感だった。
なんとか整理しようと努力する自分、自分であるはずの少年の正直な反応。
自分はあんなに几帳面で風変わりなのだろうかと、呆れる思いでその光景を見る。実感はなかったが、どこか喜劇的で面白い。
そのまま場面が変わり、校長との話し合いの場面となる。
話し合いの際、彼の背後に居たのは情報提供者としての責任感などではなく、単なる興味本位だ。いくらガキだったからといえ、あんな行動がよく許されたものだ。
そのまま有名となった日、それを喜ぶ妻の顔から、もっと古い記憶も思い出す。
山村の途中、夜の農道。
満月の下、顔を合わせた相手が鬼だったなど、嘘のような話だなと、彼は思い出す。
しかも結婚までして、子を成したともなれば、それは御伽噺の類だ。
裏では親魔物派として活動し、敵も増えてきた。
だからといって妻や娘を犠牲になどできるはずもないという決意を胸に、長い時間を戦場でない場所で戦い続けた。
平凡でない人生で積み重ねてきた平和な日常。そこに新たな一人が加わり、騒がしくなった頃。
何時の間にか妻と自分の外見が、20は歳が離れて見えるようになっていた。寂しさはあるが、後悔はない。
日々をただひたすらに生きてきた彼の。
最後に見た光景。
事故。
おそらくは、そういった彼の立場、社会的立場を備え、発言力を増していく『俺』を疎んじて仕組まれた罠。
そして、崖の上を跳ぶ車の運転席から見える落下の光景。
僕は懇願し、祈りさえした。記憶の途切れるその瞬間まで。
何もできなかった無力な自分を、巻き込んでしまった無力な自分を、二人分の視点を通し、ただ哀しむことしかできない。
暗転。そして彼はもう。
この世界の、どこにも居ないのだ。
目覚めた瞬間の衝撃。
あまりに激しい光に網膜が焼かれるのではないかと顔をしかめていると、ライトを遮り博士が顔を出す。
「泣いていたようだが、どうしたんだい?」
「ライトが、眩しかっただけです」
「………そうかい」
博士は珍しく、冗談一つ言わなかった。口調も妙に神妙なくらいだ。
「一号」
「何か?」
「男って外側に玉袋があってよかったよなぁ。中にあったら、ちょっと取っちゃうことになってたかもしれん」
「お前は一体何をしていた!?」
何時も通りとなってしまったやりとりを経て、身体を確認する。
改造は、既に終わっていた。
「ま、巧くいけば」
着火音。タバコの臭いがした。
彼の過去を噛み締めながら、新たな決意を固める。
「くたばるまえに終わるさ」
困ったことに、あまり楽観できない状態は続いているらしいが。
それで十分だ。
11/10/04 22:02更新 / ザイトウ
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