連載小説
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イザナギ一号_xx:???
 日本における魔物の相互互助を目的とした設立された組織。
 その名を『集会』。
 名称に関しては様々な呼び名があるものの、外部の人間はその詳細を知らず、内部の人間は雑多な事情を嫌って呼ばず、結果として『集会』という暗喩めいた名前で定まってしまった。
「ふむ、真鍮製だと、重さがちょうどよいな」
深い闇に周囲を包まれ、照らし出す明かりは卓上のランプが一つのみ。
 ここが『集会』の所有するビルの一室であるなどとは、その場に居る人間を除けば誰一人として解らないだろう。例え、覗き見しようとするものがいたとしても、だ。
「さて」
かつん。
 短く反響した音は、チェスの駒がマスを移動した為に生じたもの。
 動かしているのは漆黒のローブに身を包み、銀鎖を纏った老人である。
 長身で痩せて身体をしており、権力や欲望におもねるような所のない、どこか仙人じみた風貌の老人。
 金属製の駒がまた一歩進む。対面に座る美女は、考え込むように盤上を眺め続ける。
「懐かしいですね。もっと小さい頃、よく遊んでいただきました」
白駒、ポーンが跳ねる。盤上では中盤を過ぎてか、雑多で素人目にはどちらが優勢なのかは解らない。
「寂しいのう。ほんの何年か前であれば嬉々として抱きついてくれたのに」
「集会の末席に座るようになった今は、貴方にだけはそういった事はできなくなりましたが」
「重責に対する責任か。それもまた、お嬢ちゃんの決めた事なら文句は言わんよ」
「ありがとうございます」
駒が進む。世間話のような口ぶりでありながらも、どちらにも適度な緊張と、勝負事に対する真摯な態度が伺えた。
「それじゃあ話とやらを、聞かせてもらえるかい?」
美女、もしくは女性からの話は、集会に関する人間についての話であった。
 最重要人物と呼ばれる人間が、最近になって増加したことが今回の議題である。近年、それもほんの1、2年の間に次々と起こった事件や事故によることや、たまたまその時期に頭角を現し始めた人物など、その要因は様々であったが、一度、その事について話し合うべきだという事が、老人の口から洩らされた。
「一人目は、枝節 布由彦(エダ フシフユヒコ)。カヌクイ筋の分家ですが、御三家のうち、笹門からの信任も厚く、ワーウルフ種でも最強とされた血族の末裔と共に暮らし、ドラゴン種の東方は応龍血統に属す子と親しいなど、個人としては異常な人脈を備えつつあります」
 凄みのある容貌に整った髪形、真剣、もしくは真摯といったイメージのある青年。
 枝節 布由彦。
 カヌクイ筋と呼ばれる英雄の末裔で、御三家と呼ばれる直系筋からは外れるものの、それによって始祖から受け継いだ血の力を備える。
 曰く、魔物と交わっても男が生まれる。
 魔物との婚姻によって近年では女系化が進んだカヌクイ筋の直系、御三家にも有用なその力に加え、カヌクイ筋として邁進してきた歴史によって保管された様々な物品や、些細であるが、走査、近接戦に有利な異能など、地味だがとにかく地力に秀でた印象を受ける。
 他にも、独自に魔物の所属する警備会社との交友があるなど、確かに人脈に関しても特別視に値する人物だろう。
「ほう、カヌクイ筋にそれほどの。しかし、その応龍血統とは、お前さんの実家じゃないかね? すると、親しい子というのは」
「妹です」
話はここで終わりでないと、素早く次の駒を動かす。
「二人目ですが、シェロウと呼ばれる東方移民です。元々は我々の世界でも名の知られた盗掘屋でしたが、過去に、おそらくは世界の存亡に関わる巨大な存在と戦ったことがあるようで、現在は卓越した技術を有し、英雄に匹敵する力量を備えていると推測されています。加えて、方法こそ不明ですが、次元を渡る術を持っているとの話もあります」
 年齢は20代前半、矮躯に黒装束、深い思慮の造詣と共に、奇妙な淀みのようなイメージの付き纏う男。
 シェロウ。
 盗掘、及び、数年前に引き起こした遺跡破壊でその名を轟かせた盗掘屋兼研究者。
 諸王領近辺での目撃例が多かったが、近年では地球での発見も報告されている。
 司法領の法規警邏官、公国学術領の錬金術師、盲目領の盗賊などとの関係を始めとし、数ヶ月前まではゴーレムと共に漫遊に近い行為を行っていたが、諸王領近辺、おそらくは東方移民による隠れ里で行方知れずとなって数日、それ以降はゴーレムを見かけたものはいないという。
 東方独自の特殊な異能技術に加え、常に携帯する棍を使った杖術から、剣術に格闘技、暗殺術、それに、風などの自然現象を駆使した強大な力の使役すら行うという。詳細は不明であるが、ゴーレム関連の書籍の盗難に関わるなど、なんらかの目的がある模様。
 現在も行方は不明。
「ほう」
黒い駒が動く。白の歩兵が盤の上で倒される。
 金属駒の重々しい音が、闇に包まれた部屋の中で響いた。
「三人目は、杵島 法一(キシマ ホウイチ)。過去の事件から異能を得た人物ですが、彼については重要人物ではありますが、何の問題もありません」
「………お嬢ちゃん、私見は極力控えて」
苦笑いに対し、短い沈黙を挟んで言葉が続く。
「杵島 法一に関してですが、過去、どこかの教会勢力が製造した魔術的な物品の影響を受けて異能を宿し、現在はその時に出会った私と交際中です。以上」
「………仕方ないね。その子に関しては、資料を参考にさせてもらうよ」
そう言って、老人はその手元、サイドテーブルに置かれていた資料を手に取る。
 中肉中背、細い眦が特徴で多少精悍な顔立ちではあるものの、そう目立たない容貌の青年。
 杵島 法一。
 一年前に遭遇した事件から異能を手にした高校生。過去には集会にも顔を出した事があり、現在の最高意思決定権を持つ彼女の恋人でもある。
 異能として開花したものは、物質の特性を引き出し、更には新たな存在を生成するに至るという。ビターと呼ばれる特殊な半機半魔の人工生命体じみたものまで製造し、最近では『一人群隊(ワンマンアーミー)』という呼び名まであるとも。
 他にも、前述した枝節 布由彦との交流や、独自技術の開発など、危険、もしくは特異な存在として注目を集めているという。
「そして最後、四人目ですが、こちらはまだ情報が不足していまして」
 データの改竄に情報の消去、残ったのは破損したデータからサルベージした、顎から下しか映っていない証明写真のjpg画像。
 口元を僅かに引き締め、研究者としては引き締まった体躯をスーツに包んだ男は、顔こそ見えないものの、誠実、ないし真面目そうな印象を受けた。 
名称不明。仮称を『博士』。
 集会、及びカヌクイ筋への敵対、及び、日本国内における魔物の排斥行動と技術の強奪を行っていた組織、通称を『R財団』と名乗っていた者達による支援と支配を受けて、研究所内で『イザナギ計画』の責任者を勤める傍ら、『イザナミ計画』へも関与。
 出自も年齢も前歴も不明だが、その卓越した技術と他の追随を許さない独自理論によって、たった1年で『イザナギ』計画を実用段階まで推し進めた天才。施設への襲撃後に判明した事であるが、その才気から、財団内でも危険視されていた。
 特に『イザナギ計画』においては、責任者であった彼しか知らないブラックボックスが幾つも発見されたらしく、集会の調査、捜査を担当する各部署の精鋭達が躍起になって探している。なんでも、試作段階の被験者には、重要な問題点が存在しているとのこと。
「問題点とは?」
「そちらは報告されておりません。現段階では仮説に満たないものであるらしく、何らかの成果が在り次第に」
「ふむ。それでは、現在の方針は?」
黒のナイトが白のクィーンを倒す。しかし、白のビジョップもまた、敵の陣営をかわすように側面から黒のルークを弾いていた。
「枝節、杵島両名は、その立場、行動から、治安勢力として静観、もしくは、友好的関係を維持する方針です」
「………普通、龍に噛まれると思えば、誰だって躊躇するとは思うがなぁ」
「何か?」
「いえ、なんでもないから気になどするな。なにやら目が怖いでのう」
「そうですか。シェロウに関しては、積極的な捕縛に出るには危険な相手ですので、消極的な警戒、及び、発見時には上層部への報告義務に留めてあります。一時は教会勢力への関与も疑われていましたが、継続的なものではないことも解っていますので」
「消極的な警戒、また妙な単語だ」
「そちらに食いつかないでください。残りの「博士』いついてですが、こちらは集会における諜報分野全てにおいて、優先度を最高にして対処しています。対外交渉役の一人を元被験者にも接触させていますが、どうも、彼にも何か奇妙な点があるようです」
「そうか。そちらの対処もお嬢ちゃんに一任しておこう。これといった大きな問題も今はないようでなによりだよ」
「はい。今のところはこういった形となっております。チェックメイト」
「む」
再び白のビジョップが動いた時、何時の間に包囲網が完成したのか、ルークと歩兵によって逃げ道を塞がれた王様が立ち往生していた。
「お、お嬢ちゃん、待ったは?」
「なしです。あと、最後に懸案事項が」
「………もう少し老人を労わってくれてもよいのにのう。それで?」
「R財団が、教会勢力と接触したという話があります。真偽は定かでありませんが、現在、秋葉原の自由交流地域で、教会の関係者を見かけたとの噂も」
僅かな渋面。
 しかし、彼女に向ける時には顔を笑顔へ戻した老人は、真鍮製の駒をケースへしまうと、背中を椅子へ預けた。
「まぁ、大事になるようであれば、こちらも動こう」
「ありがとうございます。では、今日はこれで」
綺麗な一礼と共に、長い髪をなびかせ、美女が去っていく。
 その背中が見えなくなってしばらく。
 老人が、指先を鳴らす。その途端に、先程までと同じ声が、部屋の中に響いていく。
『もうホォイチぃ。元気ー? あ、なによその反応失礼過ぎるわよ。ほら貴方の愛すべき恋人からの電話になにそんな不景気そうな声で。え、なに? もう私の事が恋しくなった? んもう可愛いんだからー。え、違う? まさか浮気とかしてないわよねそうよね。する相手なんて………今何処? そう何処? まさか枝節家じゃないわよね? あそこにはフラグ職人が居るから近寄っちゃ駄目って言ってるじゃない! 下手したらッアー!よ! 何が悲しくて恋人が冥府魔道に落ちるのを見逃す… あ、でも、乳スキーだから大丈夫か。あー、そこは確かだもんね。え? だってすっごい見るじゃない。あ、いくら大きい大きいって言っても、あの視線はさすがにねぇ。いや、もう、こっちはいつでもスタンバイ状態だから攻撃フェイズでいいなら間違いなく寝かさないわよ? って、待って待って電話切らないで愛してるからー!』
もう一度指を鳴らす。
 途端にその声は、残響だけを残して消えていた。
「………本っ当に、変わったもんじゃのう」
何に対してかの溜め息かは解らないものの、おそらくそれが、落胆や寂しさを紛らわす為のものであることは確かだろう。
 そのまま老人も、ランプを消し、肩を落としながら闇の中を去っていった。

11/09/19 09:42更新 / ザイトウ
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■作者メッセージ
久しぶりの某ヒロイン登場&フェードアウト。

ザイトウです。

さて、世界観の総括を含めた内容となってますが、ほっときっぱなしのエピソードが多いこと多いこと。最近は時間なくてまったく更新できなくてすいません。
 今後は、イザナギ一号か、他シリーズキャラか、新作かとか、考えはするものの、時間と気力なくてまた保留中。
書くにはモチベーションが結構いるということを思い知らされる最近。
まぁ、またしばらく間が空くとは思います。今は書く気力がなかなか。

さて、それではここらで。
何時も通りにご意見ご感想誤字脱字指摘、中傷&イタズラは勘弁してねでまた今度。
では。


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