連載小説
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イザナギ一号_x3:番外編『逃亡必死のチキンラン! 後篇』
 煌びやかで享楽的、堕落と退廃の水上都市。
 盲目領。
 貨物船の影から跳び出し、しばらく逃げているうちに辿り着いたのは繁華街。
 薄着の女達が手招きし、男達はこの世の酒を飲み干さんばかりに盃を掲げる。
 その光景に圧倒されている自分の肩を誰かが掴んだ。
 振り向いた先には、既に焼いた肉を携えていたナギの姿があった。
「んまいぞ。お前も食うか?」
「あの、お金は?」
「あぁ、ちっとばかり口の悪いガキ共が、財布をプレゼントしてくれてな」
路面には転がされた若者が数人、鼻血と共に昏倒していた。
「………いただきます」
滴る肉汁を啜り、熱い肉に噛みついた。香辛料の香ばしさととろけるような肉の味に、思わず目を見開く。
「美味い」
「海岸沿いを飛んでいるタゴって鳥の肉だとよ。香辛料も人と一緒に入ってくるそうだから、なかなかに繁盛しているようだな」
「へぇ」
享楽だけでない。ここには欲望と共に生命力も溢れているのだ。
 人々は悪徳に溺れながらも、悪徳を商品に狡賢くも活力に満ちて日々を過ごしているのだろう。
 
 一晩をこの街で過ごし、向こう岸へ渡る予定としたその日。
 自分は異世界という事もあり、見るもの、聞くもの、全てが新鮮であるが、この盲目領という場所は、異世界の住人である二人にとっても物珍しい場所らしい。
「ま、女遊びに薬に酒に賭博、欲しけりゃそこらの店ん中覗きゃ、何だって幾らでもある場所だ」
そう述懐するナギは、既に酒瓶片手にほろ酔いである。普段の生活で何かのストレスでも抱えているのか、始終ご機嫌な様子。
「木賃宿なら外の小銭で足る。ただし、寝首をかかれないようにな」
対してフェムノスは冷静に周囲を観察している。魚肉を脂と甘辛いタレで炒めてパンに挟む、魚のパン包みという盲目領名物の食べ物片手に濾過吸いを一気に飲む。
 食事というより栄養の摂取作業のようだった。
「む」
そんな男が立ち上がる。その背中が音もなく動いたと思いきや、露店の一つへしゃがみ込んでいた。
「お、兄さんお目が高いね。そりゃ無名の細工師が拵えたものだが、サンゴの質もいい掘り出し物だよ」
「そうだな」
露天商が売っていたのは雑多なアクセサリー類。フェムノスとは一切の関連性がないもののように思えたものの、彼は、小銭を落とし、サンゴの首飾りを買っていく。
 淡い白をしたサンゴの首飾りは、武骨な手の中、街灯の明かりに煌めいた。
「青と、よく合いそうだ」
呟きは、自分が改造人間でもなければ聞こえはしないほど小さなものだった。
 薄汚い油紙で包まれたその首飾りを懐へしまうと、再び音もなくこちらへ戻ってくる。
 本当に、何を考えているのだか解らない男だ。
 というか、こちらの世界の男は、これほど唯我独尊な者ばかりなのだろうか。
「宿を決めよう」
「あの、お金は」
「後で払え」
ひたすらに無駄のない言葉。それでいて妙に温かい。
 男同士で何を気色の悪いやりとりをやっているのかと溜め息が出たものの、フェムノスの気遣いは嬉しかった。
「お願いします」
「ナギを」
フェムノスの言葉に従いナギを呼ぼうとした刹那、大きな激突音と共に、路面、元々はどこかの船の甲板だった場所へ男が叩きつけられていた。
 その傍にはほろ酔いのまま、薄汚れた少女を庇うナギの姿。
「強引なのはベッドの上だけにしとくべきだと思うんだがねぇ」
酔っていながら目線に乱れはない。男だけでなく、仲間らしき数人の挙動を把握しつつ、言葉を続ける。
 腰の居合刀か、はたまた背に背負った一対の鎌か。
 それとも、その男の気配からか。
 盲目領に居を構えている男達は、相手の危険性を悟ると同時、一目散に逃げ出していた。そこらのヤクザ者だとしても勘がいい。
「ナギ」
「お、坊主にフェムノスか」
気易い様子で酒瓶を振るナギ。その背後に隠れていた少女だが、どうも様子がおかしい。
「た、すけて」
細い身体が流れ、崩れ落ちる寸前に受け止める。焦げた衣服に眦を僅かに吊り上げたナギとフェムノスは、素早く人の流れを遮る。
「ち、ちょっと!」
慌てて抱き止めた相手は、妙齢の少女。しかしよく見ると、その身体には火傷の痕が見え隠れしていた。
「火じゃねぇな。雷撃か」
ナギが酒瓶を担ぎ、冷静に検分する。
「魔法、もしくは、魔術的な品によるものか」
「山の上ならともかく、湖のど真ん中とくりゃその通りだろうな。にしても、この小さいの、魔物じゃねぇか」
手際よく手当てを済ませて行くフェムノスの言葉に、ナギが答える。思わず嫌な予感が背筋を走るも、勤めて冷静に周囲へ注意を配った。
 おそらく、電気という現象から自分が最初に気付いたのだろう。気配こそ希薄であったが、体内に充満する帯電の量が常人とは異なる者が、人混みに紛れ、こちらを伺っている。
 少女は昏倒したまま眼を覚まさないが、幸いにも命には別条がないそうだ。
「ん? どうした小僧?」
ナギの言葉に振り向く。こちらの顔色を見ただけで何かを察知したのか、さり気無い動きで少女を抱えた。
「おう。こんくらいの子でも担ぐと腰がきついな。歳かね」
わざとよろついた様子で少女を抱え直しながら、相手の動きを誘っている。罠の張り方一つにも過去の経験に裏打ちされた技術が素人である自分にすら朧げに感じとれるものの、距離を離してこちらを見ていた相手には、今こそが千載一遇のチャンスに見えただろう。
 気配が膨れ上がり、帯電していた電気に動きが見えた。
「伏せて!」
叫ぶと同時、頭上を何かが薙ぎ払った。
 引き起こされた突風によって何かが屋台の屋根が吹き飛び、暴風の煽りを受けた数人が転倒した。
「っとぉ。自然なものじゃねぇな。今の」
「敵は?」
「大通りの海側、ここからだと西に面した通りとの交差点に居ます」
言葉通り、何か、大きな棒のようなものを携えた男がそこには立っていた。
 中肉中背。黒髪、隻眼で片方には鋭い刀傷が奔っている。長い犬歯からは、低く、細い息が漏れていた。
 着る服は麻の上下に脚絆となめし皮の靴。ナギに似たジパング人らしき服装。 
 その瞳はこちらを捉えてはいない。だが、こちらを認識してはいる。
 トランス状態、もしくは忘我の境地というものだろう。どちからといえば、何かの支配下に置かれているようにも見えるが。
 その手の中、携えていた棒、何かの杖らしきものから巨大な膨大な電力を感知する。おそらく、魔力と呼ばれる超自然的なエネルギーが、電気的な変換を行われているのだろう。
 一際強い発光と共に、こちらへかすかなイオン臭、空気の変化した匂いがする直前。両腕に外殻を展開した。
 雷光。
 空気を巨大な掌で叩き潰し、なおかつ衝撃と熱波、電撃が同時に吹き荒れる恐怖の自然現象。
 しかし、自然現象にはありえない形、水平にこちらへ直進してきた雷を認識した瞬間には、既に目の前の路面が焼け焦げていた。
 白い煙と共に剥離する外殻。正面に構えていた両腕は酷く痛む。
 咄嗟に展開した高出力の電磁バリアは、辛うじて雷撃を受け止める事に成功した。少女を庇う為に居合刀を構えていたナギは、路面へ突き刺していた刀を抜く。
 咄嗟に避雷針にするつもりだったらしい。その反応速度に舌を巻く。
「大丈夫ですか?」
「そりゃこっちの台詞だっての。お前さん、本当に人間かい?」
「諸事情は後でお願いします。あの男は?」
「逃げたよ。それにしても、嫌な奴にマークされたもんだなぁ」
周囲のざわめき。畏怖と好奇が混ざった奇妙な視線に晒され、慌てて三人は移動する。
「ったく、なんでこんなガキ、庇っちまったかね」
そうは言うものの、この場の誰一人として置き去りにしようと提案しない。
 しかし、あの男の目的は一体何なのか。皆目見当もつかない。
 困ったものだ。
 こんな事では、帰還の日は遠退くばかりだろう。


   ■   ■   ■ 


 周囲が騒がしくなる。耳を澄ませていたナギは、隣室に居るのが何者かを、窓が開いていた数瞬で理解した。
「ほう。商人にしちゃ、見事な身のこなしだったな」
 物音だけ、宿の構造から伝わる振動だけでも相手の立ち居振る舞いから中に何かがあるかが伝わる。
 こういった木賃宿など、元暗殺者にとっては普請の隅々まで手に取るように解るし、彼等がどうしてここで仕事をしているのかも推測できた。
 重い音は膨大な羊皮紙。間髪入れぬ会話は、時間を金とし、喋る言葉全てを財産とする商人ならではの簡潔にして素早い意思疎通を図るもの。
 エル=オルド=シー商会の関係者。
 大陸でも有数、二十五の大国からなる諸国連盟に匹敵するとまで言われ、その影響力、存在感は余りにも大きく、その姿を知る者は商業結社とまで呼ぶ。
 魔王軍にもその名は知られているという大商社は、この盲目領ですら商いをやっているらしい。
「あー、シルヴィアも兵站の確保に交渉してたっけか。にしても、やけに慌ただしいな」
知己、もしくはそれ以上である女性の名を呟き、顎を掻くナギ。そういった何気ない動作の間にも、壁越しの気配を感じ取り、情報を整頓していく。
「ん?」
空気の変化。途端に伝わってくる振動や気配などが激減した。
 魔術的な隠蔽が張られる気配。おそらく音の伝播阻害と視覚的な隠蔽が行われたのだろう。途端に気配が希薄になった。
「んー。焦っているみたいだが、どうしたんだか」
所詮は見ず知らずの隣人。自身に危害が及ばぬのであれば放置で十分だと意識の外へ追い出す。
 戻された視線の先では、未だ目覚めぬ火傷を負った少女の寝顔。
稼げない出稼ぎの果ては何故か命を狙われた現状。あの小僧も何か隠しているようだが、問題なのは、雷を使った方だろう。
「どうすっかねぇ」
煙管を一口、とめどない思考と共に煙を窓から吐き出した。

 ナギに少女の面倒を任せた二人、壱剛とフェムノスは宿の庭に居た。適当に拾ってきた鉄の管をそれぞれに構え、対峙する。
 どうにも落ち着かなかった壱剛が、フェムノスに剣の稽古を願い出た次第だが、壱剛にとっては、棒っきれ一本を動かすにも、軌道のイメージが沸かない。
 対して、フェムノスは不動。
 重心は落とし過ぎず、姿勢の傾きや歪な所作がない。経験によるものか、
 森の中で残党狩りに遇うのと比べれば、現状の方が救いはあるだろう。
 しかし、帰りを待つハーピーの少女、フェムノスにとって唯一と言ってもいい『身内』のことを振り返り、予定より遅れた道行きに僅かに感情が揺らぐ。
 雇われという立場から、正規の軍人と比べ融通が効く反面、切り捨て、使い捨ても珍しく傭兵という立場。それでも運や人にも恵まれ、自分は生き延びてきた。
 壱剛が打ち込む。軽く受け流すだけで相手の姿勢が崩れる。
 身体能力、そして身のこなしも悪くはない。だが、精々が及第点だ。
 おそらく先程の異能も含めれば、戦場でも悪くはない働きが出来るだろう。だが、生き残れるかについては甚だ疑問だ。
 足りないものを補おうとして人は新たな力を発揮する事はある。それは時に、運不運を超えた潜在能力の解放に繋がる。
 下から逆袈裟、右から手首を回し、角度を変えての連撃。
 威力はある。速度もある。しかし、技術はない。
 上から振り下ろす。身体に染みついた一連の動作は、考えるより先に反応している。
 攻勢に転じてから二度、三度と、防御もこなして見せた壱剛であるが、フェイントをまじえた突きに転がる。
 一本。
 尻持ちをついた壱剛に手を貸していると、窓からナギが顔を出していた。
「起きたぞ」
どうやら、事態は動くようだ。

   ■   ■   ■
 
 ネルガルの大腿骨。理論は不明だが、使用者は天空の力を行使できるらしい。
「基本的には複製品です。大本は司法領の中央図書館分室に保管されている資料の一つだという話です」
眼を覚ました少女、名前をリヴィン・シューレルと名乗った彼女は、解る限り全ての事を説明した。
《M&G・ペーパーズ》という秘密結社が製造し、紛失後に盲目領で反応が確認され、彼女が回収の任を負ったという。
「発揮される効果は大気の支配、発動条件は血液による象形文字への干渉ですが、おそらく、何らかの原因で自律起動し、あのユダイさんを依り代に暴走したのだと思います」
元々が錬金術と魔術式の混合物であり、複製品でもあるその魔術的な品は、使用上の問題点から運用される事はなかったのだという。その為に、まさか起動できるとは思っておらず、回収役も彼女のみ。
「発動に必要とするのは血だけですが、その血は多くの条件を兼ね備えた特別な血でなければなりません。その条件を、偶然にもユダイさんは全て兼ね備えていたのでしょう」
訥々と話す彼女の言葉を脳内のインデックスで検索する。ネルガル、ネルガル、確かそれはこちらの世界でも名前のあった神。
 ネルガルはバビロニアの神の一柱であり、ある面では太陽神の側面を持ち、しばしば異シャマシュ神と同一視される一方、太陽そのもののことを指しているとも考えられたという。神話や賛歌の中では、戦争と疫病の神として描かれており、正午や夏至の太陽が人類にもたらす災禍を表していると思われる。
 メソポタミア人の暦では、夏の盛りは死をもたらす季節だったからだ。ネルガルはまた、死者の国のパンテオン(神殿)の頂点に立ち、黄泉の国を宰領する神でもある。その能力から、女神アルラツないしエレシュキガルと関連づけられる。
 アルラツはアラルの民を統治する単独の支配者とされることもあるが、いくつかの資料では、アルラツまたはエレシュキガルが、ネルガルの息子ニナズを生んだとされている。
 バビロニア神話以前、メソポタミア神話に属す神であり、その来歴は歴史上において最古に属す。
 そんな神の名を異世界で聞くとは、興味深いと呼ぶべきか、理解に苦しくと言うべきか、非常に難しいところだろう。
「ネルガルが何を意味する単語で、何を目的に製造されたかを知る術は既にありません。ですが、雷撃を自在に行使する力は人間の範疇を超えています。おそらく、制御そのものを儀仗が行い、使用しているのは大気そのものに満ちている魔力でしょう。あれでは、枯渇や制御不全による自滅を待つ作戦は通用しません」
この場合、自分如きの知識は思考の枷にしかならないと口を噤む。幸いにも、ここには戦い馴れした男が二人も居る。
「あれの目的は何だい?」
「おそらく、これでしょう」
取り出されたのは白い歪な球体。何か細工の一部か、部品の一つであるようにも見えたが、見覚えがあるような気がした。
「膝の骨です。ネルガルの大腿骨の所以は、実際に魔術式の媒介として、何者かの大腿骨から臑、膝にあたるまでの骨が構成物として使用されているからです」
「それはどうやって?」
「始動の際、偶然にも脱落したようです。おそらくこの部品が揃えば、あの杖の機能は雷撃を操るに留まらないでしょう」
「そして、目標である骨がこの場にある限りは、見境のない行動にも出ない、と?」
「推測としてはですが」
情報を整理して解った事は幾つかある。
 あの杖は凄い力を持っているが、今の所は不完全である。
 その機能を発揮するにはこの膝の骨が必要。
 骨が確認されている今、あの儀仗(もしくは儀仗に操られている男)は、こちらを狙ってくる。
 もし骨が何らかの方法で失われた時、暴走の可能性が再び高まる。
 取り戻されれば取り戻されたで、今に倍する脅威として、何の理由も目的もないまま、その力は無作為にこの世の全てを無に帰すかもしれない。
 逃げるようとしても、海上であんな雷を落とされたのでは逃げ場がない。魔術式という謎の方法で空を飛んでみたとしても、あの太陽神紛いはそれはそれは簡単に撃ち落としてくれるだろう。
 八方塞り、とういうより、戦う他に選択肢はないようだった。

 拳銃片手に建物の陰に潜んでいた男達が跳び出す。街娼の魔物娘達は逃げ出す。
 敵勢力。おそらく。
「ここに儀仗を運んできた組織は、おそらくエル=オルド=シー商会の関係者。商業結社、ともすりゃ、経済的侵略者が、金になる商品を簡単に手放すとも思えねぇ」
「ならば、ここでも損得勘定か」
「ご名答。あそこの38人、幾らで雇われていると思うよ?」
窓越しに気配だけで人数を当てて見せるナギに、リヴィンが囁くように声をかけた。
「骨がこちらの手にあると何故解ったのでしょう?」
「追われていたからだ。お前が、儀仗の男に」
「あう………」
落ち込むリヴィン。顔をしかめたナギが何かを言おうとするも、続け様の発砲を前に慌てて口を閉じた。
「こう、中途半端な距離と人数だと困るな。どうする? 全部うっちゃって逃げるか?」
「雷に打たれたいのか?」
「そりゃ勘弁。んー、しゃーねぇなぁ」
ナギが腰の得物へ指先を乗せるより先、夜の闇に紛れ、僕は窓から中空へ跳び出していた。
「っておい!」
「…………!」
ナギが叫んだ瞬間には、全身を外殻が包んでいる。あとは、広範囲の敵を。
「超電撃」
電磁的な力を『収束させない』状態で操り、無作為に狙った。
「ストーム!」
大気に放った電撃が、空気中に満ちた水分に反応して連鎖的に紫電を散らし、彼等の握っている鉄の塊、拳銃へと瞬間的に伝導。
 電撃が男達へ直撃した。
 水上都市に加え、相手が出来が悪いとはいえ金属製の武器を構えていた事が有利に働いた。
 悲鳴の連鎖。
 痙攣する全員から眼を逸らし、窓へ叫ぶ。外殻は即座に収納したが、眼が良ければ十分に見えただろう。
「急いで移動しないと! 普通の人が気付いたなら、あの化物はとっくに!」
「………思ったより容赦ないな。あのガキ。それにあの姿、随分と珍しいもん抱えているらしいな」
「あぁ」
「ちょ、今用意します!あ、下着の替えがない!」
「…どうすんだよマジでこりゃあ。戦うしかないか?」
「あぁ」
会話になっているのかいないのか。とにかく、相手が動き出す前に、どうにかして有利な状況に立ちたい。
 姿に事について尋ねようともしない三人に安堵していると、街の西方に閃光が走った。
「野郎、ドカドカ撃ってやがる。一体誰にだ?」
舌打ちするナギの声に急かされるよう、三人と僕は、その場を急いで離れた。

 走る。裏路地を駆け抜ける自分達の視界に入るのは逃げる人波。荷物を抱えて隣へ並んだリヴィンは、慌ててポケットへ手を入れた。
「あ、あの!壱剛?さん」
「何?」
「貴方が雷撃を防いだというのは本当ですか?」
誰から、という質問は無意味か。おそらくナギかフェムノス…可能性としてはナギか。
「一発でボロボロになったけど」
「いえ、肝心なのは電気を操れるという事です。これを」
「ん?」
手渡されたのは、細かなリングを連ねた指輪。銀色のリングには細かな紋様が刻まれ、何らかの呪術的意味がありそうな事は見て取れた。
「これは?」
「指に嵌めてください」
言われた通りに指へ。
 途端。
「………あれ?」
脳内にコードが抽出される。指輪が拡張接続と認識された。
 あまりの驚きに声を失う。これは、この世界の、もののはずだろう?
 何故?
「前に出んな!眼ぇ庇え!」
 白い光が視界全てを焼き尽くす。
 問いへの応えが出る前に、目の前の通りが吹き飛んでいた。
「なっ!?」
ナギの一喝に足を竦めたリヴィンを庇う。前に出たフェムノスは、飛んできた瓦礫を振り抜いた剣の一撃で粉砕する。
「物騒な神様だね」
「神?神って?」
状況についていけていないのか、閃光に痛む頭を抱えながらリヴィンがこちらを見た。
「僕が知っている古い神話に、ネルガルって名前があって」
「神様、名前………大腿骨………」
ぶつぶつと呟くリヴィンを抱え、路地裏を走る。通りでは、地元のマフィアかヤクザ、その類らしき男達が、続け様に銃を乱射していた。
「あのクソガキ!姿くらますとか言ってたらこれかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「に、ニシギナの親分、逃げましょう!とりあえず逃げましょう!」
「放せぇぇぇえぇぇ!毎月買う胃薬より鉛玉の方が遥かに安いって是が非でも教えたらぁぁぁぁぁぁぁ!」
何か、一言で言い表せない複雑な人間関係を見たように思っていると、闇夜を貫く雷光が落ち、空気を叩く衝撃波によって銃を握っていた男達が海へと放り出されていく。
「おぼえてろよぉぉぉぉぉ!ユーダーァイィ!」
捨て台詞を忘れない点には美学を感じた。誰だか知らないが、あの男には敬意を表したい。
「…このまんまだと、盲目領なくなんじゃねぇか?」
「次はこの近辺全てが焼け野原となるな」
「縁起でもねぇ事を言うもんじゃねぇって」
緊張と緩和。この状況で精神的な均衡を失わない二人。彼等が何を考え、どう判断しているのかをつくづく知りたいと思った。
 状況を整理しよう。
 我々の目的は樹海領への移動。しかし、現状でそれを実行しようとしても、人を満載して沈みかけた貨物船か、いつ落雷の被害を受けるか定かでない状況での遊泳となってしまう。
 湖は想像より広い。対岸が霞んでしまう距離は、おそらく大陸でも有数だろう。同じように湖のある司法領の話をクユにも聞いたが、ああいったものとも桁が違う。地球におけるミシガン、ヒューロン湖並の大きさだろう。
 あとは。
 誰かがあの化け物を倒してくれる事を期待するか。
「自分達でなんとかするしかない、か」
「だろうなぁ。にしても、あんな雷撃を呼吸みたいにバラ撒く相手にどう近付くよ? 残念だが俺ら接近メインだぜ?」
その通りだった。隣接戦闘においては、どちらも戦場を散歩できる程に強いものの、この場で遠距離、もしくは広範囲での攻撃が可能な人間となれば自分以外に居ないだろう。
「お前さんは何かしかの力を持っているようだが、どんな感じの事ができる?」
戦力分析。三人の特技を突き合わせ、加えてリヴィンにも尋ねる。こうも物騒な状況でどこまで使えるかはさておき、人員は一人でも多い方がいい。
 路地裏、怒号と悲鳴の陰に隠れた四人は、それぞれ意見を突き合わせる。
「刀、あと暗殺術がちっと」
「剣だ」
「電撃と磁力の操作、鎧のような皮膚の展開と変形、あとは腕力くらい」
「初歩的な錬金術、それに魔術式も幾つかなら」
あまりにバランスの悪い組み合わせに全員が唸る。魔術師や聖職者が居ない為、回復役が不足している上に、前衛ばかりで大気を使役するという神まがいとなった相手には相性が悪過ぎる。
「結局、どうすればあれを止められんのかね?」
「杖の基部の破壊、術者として支配されている人間の解放、のどちらかですね。一度起動してしまっている以上、術者を殺せば、能力こそ劣るものの、誰かに寄生して同じ事の繰り返しです」
「あの男の意識を取り戻させりゃいいんだろ?そうすりゃ、アイツが制御装置の役割を果たし、暴走を続けられなくなる」
「理論上はその通りです。しかし、肝心の意識を取り戻す方法は………」
「ある」
短くそう告げたフェムノスに全員の視線が集中する。思案するような一瞬の間の後、簡潔に説明をまとめた。
「あの男の懐から、薬の匂いがした。気付け薬の。その瓶を割る事ができれば、昏睡している男の自我へ影響を与える事もできるだろう」
「そ、そうです! あの人は確か、薬と毒物の知識があって、それでお医者さんのようなこともしてました」
方針の決定に場が少しだけ盛り上がる。しかし、機先を制すよう、ナギが短く現状を確認する。
「決まりだな。じゃあ、どうやって動きを止める?」
それが難題であった。
 こうやって話している今も、建物の向こうでは雷撃が嵐の如く吹き荒れていた。
 黙考。動きを止められるとすれば、電撃を無効化できる自分次第だろう。
 ならば、どうやって動きを止めるか。
「うーん」
視線を周囲へ動かす。電気を通さない素材を盾に突貫、は、物理的に難しいだろう。空気を叩き、空間を鳴動させるほどの雷撃を防御できるものなどあるのかも定かでない。
「ん?」
視線の先には、直立し、帆船の残骸、傾いた竜骨が眼に入った。
 船を支える巨大な骨組みの基礎、その姿を見た瞬間、ふと閃いた。
「一発勝負なら、もしかして」
リヴィンへ顔を寄せる。耳に口を寄せ、幾つかの質問をすると、リヴィンは訝しむ様子ながら、はっきりと頷いた。
「可能不可能であれば、可能ですよ」
「じゃあ、作戦はそれで」
リヴィンに伝達を任せると、自分の掌を見つめた。
「………やってみるか」
倒れるなら前のめりの方がいい。帰れるなら、多少は頑張ってみたい。
 そう思い、拳を握りしめると、活力が沸いた。
 にやにやと楽しそうなナギと、無言のまま大剣の柄へ掌を置くフェノムスへ顔を向ける。
 頷く二人。
 リヴィンと共に動き出した僕は、それぞれが別行動となる二人を見送った。
 作戦開始。

 リヴィンが地面へ何かを描いていく。魔術式のように見えたが、どちらかといえば、数式のそれに近い。
 九つに分けられた四角い枠の中に、数字と記号が一定の法則で並べられ、それぞれの図形が規則正しく配置される。
「錬金術の基本って、何だと思います?」
「と、等価交換?」
「それも要素の一つでは、正確な表現ではありません」
冷静なリヴィンの横顔は、先程までのものとまったく違う。
「錬金術において、物理的な変化を起こす練成という過程は、独自の理論とはいえ、当然としてエネルギーを消費しています。この時点で、変化後の物体Bは、変化前の物体Aにエネルギー分のプラス値があるわけです。解りますか?」
「概要であれば、なんとなく」
伊達に改造人間ではない。同等の物質に変化させているとはいえ、その過程に必要なエネルギー分は、錬金術という特異な技術とはいえ、無視できるものではないという話だろう。
「結局、錬金術の目的は、その名の通り『練成によって金を生み出す術(スベ)を発見する』に他なりません。無から有、1を100にする新たな法則を得る事」
「例えば?」
「錬金術式による物質のエネルギー転換、構造を変質する過程における熱量の代用演算、別媒体を仲介する事によって成立させる方程式、が、主流です」
さすがいここまでくると、何を説明しているのか解らなかった。
 とにかく。
「時間までに可能?」
「やってみます。とにかく、密度の操作と加工程度なら、巧くいけば」
「頼むよ」
今の自分にできる事は、会って二日の仲間を信じる事だけだった。

     ■   ■   ■  
 
 五指に嵌められた銀色の指輪を一瞥し、フェノムスは顔を正面へ向ける。
 目の前には、帯電し、儀仗を携えた一人の男。東方移民らしき外見と、人とは思えぬ気配を同居させた異相。
「……………」
語るべき言葉は持ち合わせていない。無言のまま、抜き放った大剣を片手に踏み込んでいく。
 儀仗が反応。通りを駆ける敵性存在を前に、術式をセレクト。速度こそ早いものの、捉えきれないものではないと判断。威力の高い雷撃砲型魔術式を選択。
 儀仗へ光が集まった瞬間、轟音と共に雷が出現。地面と水平にフェノムスへと殺到した。
 姿勢を低く、大剣を振るう。
 薙ぎ払った剣が光の盾を纏ったかと思うと、雷が霧散していた。
 同時、人差し指の指輪が、手の中で砕ける。
「残り4」
即席の護符。練成した指輪に、雷の相殺作用を付加した『対雷の指輪』は、雷を相殺できる。
 だが、相殺とは。
『即席ですから制約があります。それは雷に対面した場合、必ず防御してください。防御が成立した場合にのみ、効果は発揮されます』
逆を言えば、体勢を崩す、背中を見せて逃げる、などの、雷に屈したその時、雷は彼を打つだろう。
「………簡単な話だ」
正面から打ち崩せばいい。
 踏み込みから逆袈裟斬り。儀仗が自身で動いたようにその攻撃を防ぐ。
 だが、勢いに乗った大剣の一撃を逸らすのが精々で、攻勢に転じるほどの余裕はない。慌てて防御の構えをとった男に対し、容赦なく二の太刀、三の太刀が加えられる。
 その動きは単純明快にして至極合理的。
 自身が水であるよう淀みも停滞もない体重移動、身体の流れを合一する事による膂力のベクトル、剣戟の角度、速度、衝突時のインパクト、それらを経験、そして本能によって統一し。
 断つ。
 打ち据える。
 時に嵐を思わせ、時に悪鬼が如くも見えるその動きは、まるで楔を打つよう儀仗の男を逃がさず、じりじりと後退させていく。
 雷撃を放とうにも、隙が出来た瞬間に儀仗ごと男が断たれそうな勢い。
 間を見計らい後退しようとするも、間断こそあれ、それが隙には繋がらない。つまり剣戟で振り抜いた次の瞬間には、間があるように見せ、もし跳び込もうものなら即座に叩き潰そうという溜めが密かに出来あがっている。
 なんて無駄のない思考だろうかと、儀仗の男は舌を巻いた。否、『儀仗こそ』が舌を巻いた。 
 支配した男は、間違いなく常人とは違う才覚を備えた人間であったが、向き不向きにおいて、現状では絶対に大剣の男には勝てない。
 それは彼の才覚ではなく彼の機能で戦っているからだ。事実として、儀仗は己の備えた機構の一部、動く末端として男を駆使している。
 これが、人を傀儡とした儀仗の限界だろう。
 そこまで思い至るも、敗北は、即、自身の価値を剥奪される事を意味する。
 行動パターンを変更。損耗率を20%に設定。
 男の内側に、新たなパターンを構築する。それは、脳神経の配列を少しずつずらすようなもので、神経は僅かずつ異常をきたし、血管は流れを乱した。
 結果、血涙を流す儀仗の男は、それでも雷撃を展開した。
「っ」
フェノムスが動く。逃げではなく、打ち崩す為の攻勢防御に転換。
 瞬間的、通常であれば人間に不可能な高速構築された魔術式が、神経細胞、脳細胞を酷使し、速度と威力、そして展開範囲を設定。
 光は呼吸より速く収束。
 儀仗の男を中心に、周囲へ目標物も定めず放出された雷撃。
 その吹き荒れる雷を、気配、そして空気とは違う『何か』の流れから鋭敏に察知し、フェノムスを剣の軌道で薙ぎ払うよう、雷を防いでいく。
 人間技とは思えない。
「残り、3」
砕けた指輪が、踏み込みの衝撃で粉と散る。雷撃の展開速度が上昇した事によって、状況は儀仗の男へと傾いたが、それでも躊躇はない。
 大上段からの振り下ろし。防御した儀仗の造形を削り、それでも止まらない攻撃。大剣を振った事による慣性を新たな攻撃の予備動作とし、連撃を止めず更に踏み込む。
 結果、儀仗の男は後退を続ける。圧倒的な近接戦技能の差は、魔術的な攻撃を主とする儀仗の男を決して放さない。
 ぞわりと、儀仗の中に潜む存在は、悪寒に
 剣鬼。
 そうとしか表現できぬ相手は、無表情を仮面に、剣を狂気とし、ただ刃の先を男へ叩きつける。
 儀仗がまた削がれた。
 事態は膠着し、熱い攻防は激化していく。

 工作、詐術、戦場の立ち回りから情報収集。
 暗殺者とは、端的に殺し殺されに従事するものであるが、同時に、殺すまでの過程を構築する必要もある役柄だ。
 毒殺、暗殺、事故死に擬装した謀殺、関係者や神を代理として仕立てる誅殺、殺し殺し殺し殺し。人を殺す様々な方法。
 そこに至るには、対象の身辺調査から観察、住居における普請の確認、なんだって調べ、どんなことだってやる。
 それが暗殺者である。
「つっても、俺ぁ戦さ場での丁丁発止の方が性に合ってんだがねぇ」
ぼやいていたナギだが、不意に様子が変化する。
「見ぃっけ」
建物の屋根から跳躍。まるで風のように移動する。
 現状を掌握しようとしている存在が、あのエル=オルド=シー商会、それも、独断専行を行った人間であると解った理由は2つ。
 一つ目は、盲目領などを含む、諸王国領内は、独自の商業組織や商品ルートが多様過ぎ、大陸東部に居を構えるエル=オルド=シー商会は積極的には関わっていないこと。
 二つ目は、エル=オルド=シー商会は魔物に対しても、中立、ないし批判的な立場でないこと。故に、本来であれば、中立や不干渉を示す領地に対し、こんな騒動の種を放り込むはずもない。
「つまるところ、利益に眼が眩んで大ポカこいた阿呆よ」
 これらが壱剛を除く三人の情報によって弾き出された推測だった。
 屋根の上を駆け、看板の上を跳ぶ。頭上から見下ろせば、人の流れも気配についても、そう労せず掴める。
「絶景かな絶景かなってな」
居合い刀ではなく、背中の対なる鎌を抜いた。
 大荷物の男達がぎょっと振り向く間もなく、護衛として警戒していたらしいヤクザ者達が地に伏していた。
「殺しちゃいねぇよ。ただ、起きた時にゃ、さぞかし痛むだろうがな」
呼吸するように人を殺める存在。その恐怖を前に、卑怯者達は震え上がる。
「ちぃっと、話を聞かせてもらおうか?」
ナギに任された事。
 それは、事情を知るであろう商人達に少しばかり『大人の話し合い』を行い、あの杖の内情を聞きだすというとても簡単な仕事だった。
「拷問かぁ、面倒くせぇな」
逃げる事さえ適わぬ男達は、路地裏の奥へエスコートされていく。

     ■   ■   ■  
 
 タイミングは良し。
 器用に対象を誘導していくフェノムスは、今もまた一歩、大きく踏み込んでいく。
 しかし。
 その手から指輪がまた一つ、砕け散った事を自分は視認してしまった。残り1、距離は10m、交差点の中央、建物と建物の隙間に、あの化け物を誘導さえ出来れば。
「………強度は?」
「理論的には」
リヴィンの言葉に、重々しく溜め息を吐く。何故、異世界まで来てこんな血生臭い事ばかりしなくてはならないのか。
 もっとこう、桃色とまで言わないものの、ハッピーな色彩で彩られた旅行を楽しみたかったのだが。
「なんか、運でも悪いのかなぁ………!」
独白と共に、 全身の外殻を軋ませ、得物を構えた。
 周囲の喧騒を無視し、両腕で抱えた塊をぶつけるタイミングをじっと見計らう。
 踏み込み。大剣による苛烈な攻め。
 間合いに入られた事に加え、威力と速度を兼ね備え、制圧力とでも評すべき攻めのスタイルは、雷撃を主体とした儀仗の男、確かユダイと呼ばれていた相手を、少しずつ追い詰めていく。
 それでも決定打には至らない。儀仗による防御は堅く、加えて、電撃による牽制は、隙あらば一瞬で彼を焼き尽くそうと狙っている。 
 そして。
 ついに、最後の指輪が砕けた瞬間、大きく振りぬかれた乾坤一擲の剣撃が、一際大きく儀仗の男を後退させた。
「っらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああ!」
持ち上げた巨大な木材の塊は、立ち並ぶ建物より尚も長大で、その質量は、思っていたよりずっと巨大だった。
 全身全霊で。
 振り下ろす。
 帆船の竜骨の密度を補強しただけものが、素早く後退したフェノムスの鼻先、防御に構えようとした儀仗の男を、叩き潰していた。
 盲目領全土が揺れんばかりの衝撃。
 外殻に備えたスリットから高熱の排気が噴出し、自身の周囲は真っ白に染まった。
「ユ、ユダイさんっ!?」
「いやいや、大丈夫だとは思うよ」
「そ、そうですよね。計画的には、多分、大丈夫なんでしたよね?」
「潰れた感触はなかったし」
「ユダイさぁぁぁぁぁあぁん!?」
絶縁体である木材を使った打撃。それも、雑居ビル一つを丸々叩き付けたような格好ともなれば、さすがの儀仗も沈黙したようだった。
 杜撰とはいえ、即席にしては十分なものだった。
 この盲目領は廃船を組み合わせて形成された構造上、木材の多重構造となっているそうで、上から引っ叩いたところで、衝撃は半減、元は甲板だった路面を突き破って下層へ落ちるだけだろう。
「とりあえず、復帰するまでは時間が稼げたかな」
「ぶ、無事ですよね。絶対に無事ですよね」
こちらとて命懸けであったのだから、もしかしたらあちらがお亡くなりなった可能性もあるだろうけど。
「無事だよ。多分」
さすがにそれを告げるき気分にはなれなかった。
「よぉ、どうなった?」
「………とりあえずは、成功した」
気安い調子で聞いてくるナギに、焦げ痕が残るフェノムスが応える。
 外殻を皮膚の下へ戻した自分はというと、リヴィンが執拗に肌を触っていた。
「興味深い…けど、どうやって…」
解剖されそうでちょっと怖かったものの、そのまま彼らの所へ近付く。
「それで、商人の方は?」
「あぁ、まぁ要点は聞き出した。あれを止めるには、儀仗の上にある玉を破壊するか、男を正気に戻せばいいらしい」
「正気を取り戻す、と言っても………」
取り戻せたかどうかといえば、永久に取り戻さない可能性もあるが、あれだけ派手に衝撃を与えれば、あの気付け薬の瓶も割れているはず。
「とりあえず、割れたとは思うけど………」
仔細まで確認できたわけではない、そう告げようとした瞬間、白い光を纏い、飛翔した儀仗のみが夜空に浮かんでいた。
 男はいない。
「話が違うようだが、単品で動けるんのかい? あの杖は」
「そのようですね。しかも逃げようとしているようにも見えるのですが」
そう見上げた彼女の傍で、再びフェノムスが剣を抜いていた。
「ナギ」
「お、なんだよ色男?」
「構えておけ」
「はぁ? 何がだよっ………」
ナギの反論は、途中で聞こえなくなる。
 逃がすつもりはなかった。
 建物の壁を蹴り、跳躍した全身に外殻を展開。
 片手に電磁力をまとった自分は、全身を操作した電磁バリアで包み、地磁気との反発によって舞い上がる。
 飛翔した先は儀仗の真上。
 そのまま帯電と魔術式の構築を始めた儀仗へ身体ごと突っ込んだ自分は、拳を大きく引いた。。
「必殺」
一転集中した電磁力、拳を中心に巨大な渦を形成する。
 そのまま大気を巻き込み、拳全体を包んだ力場は、破壊の鎚として振り下ろされる。
「電磁拳!」
空間を震わす鳴動。突き刺さり、炸裂する暴力的な奔流によって、杖が僅かに罅割れた。
 そのまま地表に落下する刹那、下段に大剣を構えたフェノムスが旋回。
「…………っ!」
 短い呼吸を漏らした瞬間、耳を貫く轟音が響き渡る。
 全身の力を叩き付けた莫大な大打撃は、皹を大きく広げ、再び空中へ舞い上げる。
 そして。
「鎌居流奥義、神風」
その声を最後に、皹割れへ殺到し、広げ、裂き、刻む、鎌の連撃。
敵陣の中を一陣の風が吹く度、姿を視認できぬ程の襲撃者によって、ついには、儀仗は砕けてしまった。
 落下する中、着地する瞬間を考えていなかった事に気付く。
 この世界に来てよかった事と言えば。
 必殺技が増えた事くらいだろう。
 場のノリに毒されたと言えば、それはそれでその通りだろうけど。 
 あと、戦友という者は、素晴らしいとも思った。
 次第に風が荒れる。全身が落下していく。
 地表は近いだろう。
 咄嗟だったとはいえ、これほど消耗しては受身をとる自身はない。
 墜落。
 外殻の強度に縋ろうとしたその時、強靭な両腕が、自分を受け止めていた。
「無事か?」
「………え、はい、一応」
抱き止められた瞬間、もし自分が女だったらフェムノスに惚れていただろうとは思った。
 この人すっげぇ格好いい。

 異音と共に砕けた儀仗が溶ける。
 瓶から濁った液体を浴びせ続ける男、先程まで支配されていただろうに、まるで堪えた様子のないユダイは、謎の溶解液で、儀仗が原型を失うまで溶かしていく。
「くそ、ハーロットから貰った材料、ほとんど無くしちまった」
その材料とやらが、あれだけ頑丈だった儀仗を易々と溶かす代物であったとするなら、無くなって良かったと本気で思う。
「………服だけ溶かす秘薬はまた今度だな、畜生」
何か、男の夢のような話が耳に届いた気がしたものの、突然現れた誰かによって場は支配されていたし、それを遮って聞き返す勇気はなかった。
「面倒くせぇ。ったく、兄貴の頼みでもなけりゃあこんな話は引き受けねぇよ」
突然現れた少年、おそらく貴族階級と思しき彼は、不機嫌そうに呟きながらも、周囲へ檄と命令を飛ばす。
 一個中隊の騎士団は、鎧こそ脱いでいないものの、周辺の整理や支援物資の搬入、破損した建物の修復にと、見た目より随分と軽い動きで仕事をこなしている。
 盲目領関係者でなく、エル=オルド=シー商会による召集に堪えた彼は、貴族によって統治された辺境領を治めるアレン・フェイタル領主伯。
 短く金髪を刈り揃え、やや血の気が多い印象のある十代半ばの少年は、自身も纏っていた鎧を乱暴に脱ぎ、腰にしていた黒鞘の長剣を膝の上に置く。
 そこらの街角で話す話でもないが、習慣の違いか、濃い人間ばかりが集まっている所為か、誰一人気にもしない。
「フェイタルって事は、煉獄のセンチネル、あのセンチネル・フェイタルの弟か? かー、あんな化物の血族がなんでまた?」
煉獄のセンチネル。かつて、南方領と南海領と言う、諸王国領に隣接する土地で争った国家間の戦争において、一軍の将を務め、南方領最強戦力たる狂戦士とも一戦を交えた魔術師である。
「あの男、南海領で死刑にされたんじゃねぇの?」
「前日に逃亡してんよクソ兄貴は。あの南海領ってのは辺境領とも交易があったが領地だったが、戦費による財政逼迫で教会勢力が絡んできていたし、何の報告もなしにこっちの身内を斬首するつもりだったみてぇだったから手ぇ切ってやったがな。今じゃうちも親魔物派だ」
それが損得勘定である事は一目瞭然であれ、魔物に対しての偏見もないようだ。
 若くして辺境領の領主伯を務めている所為か、やや荒んだイメージはある。それでいて理路整然と物事を整理しているのだから、どこかアンバランスな印象。
「その兄貴がだ。遺跡荒らしの真似事をやっていた最中に、妙な物発見したとかでな、騒ぎになる前に司法領か公国学術領にでも引き取ってもらうつもりだったのがあの杖に使われていた代物だよ」
「遺跡から発見?あの骨を?」
「なんでも、ネルガルなんとかという神やら悪魔やらの骨ではなく、古代の王族の骨だそうだ。死後も怨霊を統率して戦争を繰り返していた狂王という事で、魔術的媒介にはちょうどよかったんだろうよ」
数ヶ月前に起きた山岳領と大河領を巻き込んでの崩落事故の際、偶然にも発見されたそうだ。その場に居たのがセンチネルを含む冒険者達と、現場となった遺跡で生き延びていた山岳領の兵士達。
 魔術知識のあるセンチネルの提案によって、辺境領へ移送される事が決まっていたが、運送途中に強奪されたらしい。
「おそらく、強奪から盲目領へ売り捌くまでを一貫してエル=オルド=シー商会の一部が独断したんだろうな。今は盲目領を中心に居を構えた商業連合《ペッパーカンパニー》が拘束した男達を商品に、賠償請求をやっている」
加えて、中隊規模の騎士団まで出動させた諸経費、一般化していない高速移動術式の使用や、各関所を強引に抜けた事による賠償金の肩代わり、辺境領騎士団を運営する上での兵站維持費、それらまで全て商会が都合したというのだから、少なくない損害だろう。
「で、誰があの化け物魔術機関を止めたと思えば、若い貧相な男と、傭兵、残りは運び屋のジパング出身者ときた」
理不尽だ。とても理不尽だと、アレンは左右に首を振った。
 既に、盲目領内の復興作業は開始され、面相の悪い男や、薄着の魔物娘達が瓦礫を撤去している。
 どこからが始まった話なのか、自分には知る由もないが、
 事件は収束した。

    ■   ■   ■

 同日、深夜。
 未だ朝を迎えていない時間帯、薄暗い酒場に血の香りと焦げた臭いを連れて、一人の男がのし歩いてきた。
 ユダイである。
「あら、ユダイ? あれだけ騒いでたのに、酒場に来る元気はあるのね」
そう言葉をかけたカルティケーヤの隣に、荒い動作で腰掛けるユダイ。
 周囲の関係者が僅かに敵意を示すものの、ユダイの殺意を込めた一瞥、そして、カルティケーヤが問題が無い事を笑顔で示した事で、周囲の関係者も静まる。
「とぼけるなこの火蜥蜴女、わざわざリヴィンを案内してまで何を企んでやがった?」
そう問い詰めた所で、カルティケーヤの表情は微塵も揺らがない。困ったような笑顔は、聞き分けの無い子供をあやす時のそれだ。
「何の話かしら?」
「とぼけるな、そう言ったはずだ。大体が情報屋であれそう簡単に知るはずもない隠れ家へ初見の女が尋ねてきたり、今回の話はどこかおかしい」
「んー、そうかしら?証拠は?」
「扉の前で聞き耳立てていた。ここまで言ってもしらばっくれるか?」
「あら」
「黒い剣云々は隠喩のつもりだろうが、聞く人間が聞けば解る。傭兵ギルドはそのまま騎士団、黒い剣はあの辺境伯。ここ最近ってのは、そのまま最近になって幅を利かせていた商会の男達だろう」
「わりと正解。それにしてもお行儀が悪いのね。それで、私が何を企んでたと思うの?」
困惑を示すものの、呆気なく認めるカルティケーヤ。悪びれた様子さえない。
「精々が、俺を使って対抗勢力の排除と、危険な物品の回収を並行してやろうと思ってくらいだったけどな、他にも目的があったろう?」
「例えば?」
「商会からの逸れ者を排除する事。それも、完全な形で」
「………」
「物品の管理といやぁ大事な話だ、それを余所者に好き勝手されちゃあ楽しくはねぇ。加えて相手は大規模な商会だ。例え、独断専行による一部の人間の横暴とはいえ、そこから何かしかの利権に興味をもたれ、大本に絡まれるのも忌避したい。それで、俺だ。俺を噛ませれば早々にケリがつく。あとは、辺境伯を仲介で事態の沈静化を図ろうって魂胆だったんだろ? 騎士団は保険、そしてここへ辺境伯を呼ぶ理由でもあったわけだ」
「それで?」
「実際に俺が組織全体を眠らせ、儀仗とやらを奪回するまではよかった。だが、さすがに儀仗が暴走するとまでは思わなかった。あれこそ偶然も偶然だろうからな」
「…それも当たり。ほんっと、貴方が暴走に関わっていたのは予想外だったわ。まさか本当に一個中隊規模の騎士団が動員される事になるくらい危険な代物とは思わなかったし、それを、あんな女の子一人に回収させようとしていただなんて」
「危機意識に関して、多少の食い違いがあったのは確かだろうな」
「無茶な話よ。本当に」
「それについてはお前から俺に振った案件も同じくらい無茶だったわけだが」
「………お酒、どう?」
「誤魔化すな。とりあえず、ツケにしといてやる。だが、それにも条件がある」
「聞きましょう」
「あの三人組に手ぇ貸してやれ。今回の件、手ぶらで済ます訳にもいくまい」
「んー、それならね」
人差し指を口元に押し当て、嫣然とカルティケーヤは微笑む。
「もう、解決済みみたいよ?」

    ■   ■   ■

 朝日の眩しさに目が痛む。身体にかけられた毛布から這い出すと、周囲には死屍累々と言わんばかりに人が転がっていた。
 宿屋の二階、三人の泊まっていた部屋の中。
 ワイン樽を抱えて大鼾をかいているナギ、ベッドの上で制服を脱ぎかけて半裸となったまま眠るリヴィン、一人、立膝のまま大剣を抱え、瞼を閉じているフェムノス。
 そこまで観察して遅く思い出す。
 あぁ、そうか。お祭りは、終わったのだと。
 異世界に来てたったの数日で、どれだけ濃厚な時間を過ごしたのだろうと振り返る。戦場、逃避行、そして盲目領。
 口の中に残っていた葡萄の皮を吐き捨て、水で割った葡萄酒を何杯呑んだのか記憶を確かめるよう数える。
「四杯呑んで、そのまま寝たような…」
思わず浮かんだ笑み。あんなに騒いだのは記憶にある限り初めての経験だった。
 昨夜の記憶を振り返っていると、下の階層から足音が耳へ届く。集音の感度を高めている途中で、それが何か、重たい甲冑を纏った存在である事を察知する。
 同時、つい先程まで眠っていたナギが飛び起き、下帯から居合い刀まで、素早く身に纏った。
「畜生、なんでこんなタイミングで」
誰かに追われているような様子。止める事もできず、ただ唖然と出立の用意を見守るしかない時間。
「おう、坊主、色々と世話ぁなったが、壮健でな」
それで終わり。
 呆気ない別れの言葉。思わず手を振ろうとした次の瞬間、窓から彼は飛び降りていた。
 同時、ぶち破られた部屋の扉が壁に激突し、その振動でリヴィンが眼を覚ます。
「ほえ、え? え?」
視線も定まらぬまま周囲を見回していた彼女の頬からファンデーションらしきものが崩れて落ちる。その下に見えた紋様から、彼女がアマゾネス種であると、今更に知った。
 酔っ払っていたとはいえ、脱ぎたがるわけだ。
 しかし、不法侵入者、甲冑の美女は、彼女だけでなく、フェノムスも僕も無視したまま窓辺から顔を出し、逃げ去るナギの背中を観察する。
 彼女が誰であるのかも知らないが、痴情の縺れ、そう表現した方が適切な類の話らしい。
「逃がさない」
まるで鳶か猿のような速度で駆け去っていく背中に対し、突如現れた馬、見間違いでなければ首のない黒馬が一陣の風として部屋を駆け抜けると、そのまま甲冑の女性を乗せて窓から飛び降りていく。
 路面を強く蹴る蹄鉄の響きだけを残し、女性も、そしてナギも、既に見えなくなってしまった。
 別れの挨拶をする暇もなかった。
「で、アンタ誰? とりあえずどいて」
「は?」
今度は窓から誰かが侵入してきた。既に警戒する事すら諦めていた自分は、窓から降り立った紅い翼を両腕とした女性は、部屋の片隅に座るフェノムスを歩み寄ると、翼の先で側頭を殴った。
 もう、何がなんだかさっぱりわからない。
「仕事か」
立ち上がるフェノムス。その背には大剣が既に担がれていた。
「馬車は用意してあるわ。先に港へ行ってるから」
紅い羽の誰かは、こちらを振り返りもせずにそう告げた。そのまま窓から飛び去る。
 フェノムスは扉の方へ歩き、肩越し、僅かに視線をこちらへ向けた。
「世話になった」
「いえ、あの、こちらこそ」
そう言い、ここの宿代すら払っていない事に気付く。
「………今度でいい」
そう呟いた彼は、僅かに笑っているようだった。
「………さよなら」
「あぁ」
 色男。
 この瞬間に決まったあの男の印象は、まさにその一言に尽きた。
 そのまま、部屋に残されたのは、自分とリヴィンのみに。
 突然訪れた静寂の中、窓の外から空を見上げた。
 日の昇った空は、白く、そして澄んでいる。
 ようやく納得した。
 あれが彼等の道なのだろう。
 突然、自分だけ逸れてしまったようで、少しばかり寂しくなったものの、大の男が何を世迷い事をと自嘲する。
 頼りきり、ずっと一緒にいるだけが人の繋がり方でもない。
 自分はこの数日を共に過ごし、そしてあの夜を一緒に戦った彼等を忘れる事はないだろう。
 それだけでも、十分かもしれない。
 方向は解る。食って寝たから動ける。
 樹海領へ向かおうと、何一つ持たない自分はそう決めた。
 なんとかなる。
 彼の生き方によって教えられた気概を忘れぬうちに、旅立とうと自分も立ち上がる。
 その時。
「あ、居た居た」
「………え?」
何か、見覚えのあるタイトスカートにシャツ姿の女性が立っていた。記憶を探る必要すらなく、情報が脳内に引き出される。
 しかし名前が出てこない。
「エロくない人が不意にエロいと萌えるよね!の名言でお馴染みのラガンジュちゃんよ!」
「そんなキャッチコピーの知り合い嫌だ!」
思わずそう叫び返したのはともかく、彼女がこの場に居る理由が皆目見当もつかない。
「だって私って外部との折衝担当だしね」
だから、何故ここに?
「ま、かいつまんで話すとね、貴方が飛ばされたのって、まぁ、病院の検査の時、魔術式で調べようとした子が居て、そのあれやこれやで飛ばされちゃった感じで」
なんだその適当さは。
「いやだってね、話すと長いんだもの。それより帰りたいでしょ?スピードって大事よ。私が怒られる時間も短くて済むもの」
「お前の所為か!? ここに飛ばされてきたのは!?」
「いやん。怖い顔しないで。男前が台無しよ」
そう言った瞬間、指先を鳴らした
 そして。
 自分の意識は、暗転した。

 さて、話の結末だけここに記載しておく。
 むしろ愚痴っぽくなるので、ここに記載するだけに留めておこうと思う。
 あの後、二人はそれぞれの土地へ戻って行ったそうだが、ラガンジュの話によると、港の方で「俺は独身なんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」と、涙ながらに叫んでいた男の目撃例があったとのこと。痴情の縺れはいよいよ難しい事になっていたようだ。そして商会への交渉材料とされていた男達は、長大な剣を背負った男に連行されたらしい。なんでも多額の損失に加えて、盲目領における商会の面目を潰した彼らは、そのまま死ぬより悲惨な結果を迎える事になったらしい。その詳細は知りたくもないが、逃げる事も不可能だろう。冥福を祈りたい。
「神様! なんで! 私だけ! こうなるのですかー!?」
「こっちの台詞だ。くそ、女を買いにも行けねぇ。オーガの子、俺の事忘れてなきゃいいが………」
リヴィンの方は、目的の物の回収ができなかった件で、所属する『学園』から追試を申し渡され、今も盲目領で居候をしているらしい。
 彼らの今後については、やはり自分と関わりない所で再び騒動が起きるのかもしれないが、ここからでは祈りすら届きそうにない。
 巻き込み、巻き込まれ、騒動ばかりが多重債務のように自分の周りで累積している錯覚に陥る。
 さて、僕のその後についてだが。
「い、犬神家」
「ふぎゃーっ!」
研究所の玄関前に、上半身を埋没させた状況で発見された。正規の転送ではなかった所為で、行き同様、きちんとした場所に転移しなかったらしい。
「いや、実は今あるゲートに繋がる二次的なゲートを発生させる魔術式なんだけどね」
そう弁明を述べようとしたラガンジュに対する怒りは、温厚な自分が、彼女を裏山に全裸で緊縛放置プレイとさせるに至った。野犬が頑張ったおかげか、クユの怨嗟によって紡がれた糸の緊縛が堅かった所為か、シャンヤトが入念に掘った遺棄用の穴のおかげか。三日後くらいに裏山から女性の絶叫を聞いた。しかし残念ながら死んでいないだろう。
 口惜しい。
 そうやって迎えた元の世界の日常。 
 そんな日々の中でも、不意に彼らの事を思い出す。
 サンゴの首飾りは誰に渡されたのか、逃げる男を追っていた甲冑の女性は誰だったのか。
 無論、それは自身の与り知らぬ事で、違う空の下、彼らもまた騒ぎの渦中だろう。自分とは違う事情で。
 だとしても、この話はここで終わり。
 そして自分は、また面倒で苦労の耐えない時間へ戻るだろう。
 ここまでが物語の始終。
 さて、それではおやすみ。


11/08/21 01:00更新 / ザイトウ
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■作者メッセージ
ごめんなさい。こんな感じになっちゃった!てへ!
ザイトウです。
いやもう、人様のキャラを好き勝手に弄んだ事への謝意とか謝罪とかを全力で表現してみました。
いやほら謝ったんだから石とか投げないで。痛ったいって。

さて、無事に番外編のラストも投稿と相成りました。
つっかれたけれど、意外と楽しかったです。
ゲストとしての参加を許諾いただいた『おいちゃん』さんと『夢見月』さん両名には感謝を。
体調も戻ったし週末だしーと、結構な勢いでラストの方まで書いたのですが、文面の確認とかぜんぜんやってない。そんな体力残らなかったw

なので、何時も通りにご意見ご感想誤字脱字指摘はお待ちしております。
ご覧になった方全員に感謝をー。
では。

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33