高飛車ストラテジー

 僕がまだ少年だった頃、つまり丁度6年ほど前の頃だろうか。
まだ世界がどう回っているかなど知らず、ただ繰り返されるだけ日々を無意味に楽しんで過ごしていた、そんな頃だ。

僕は、隣に住んでいた同じくらいの歳の女の子とよく遊んでいた。

これだけなら、聞こえはいいだろう。
もちろんこの言葉に嘘偽りがあるワケではないし、女の子も可愛かったと思う。
だが彼女が、僕の純真無垢に終わるはずだった少年時代を崩壊させたのだ。
今でもその時のビジョンは、鮮明に脳裏に焼き着いて離れないでいる。


 蝉がそこらかしこで泣き喚き、必死で一週間を生きようとするそんな季節。
太陽の熱線がこれでもかと言わんばかりに降り注ぎ、身体にシャツが張り付いてひどく気持ちが悪い。
やっとの思いで家までたどり着き、玄関のドアを開け一息ついて、僕は結んである靴紐を解いた。
足がそれとなく圧迫から解放され、ある種の安堵感を感じる。
それほど強く結んでいたワケではないので、やはりこれは感じ方の違いなのだろうけれど。

両足の靴の腰革を掴んで玄関に並べようとしたところで、この家にあるには少し不自然な可愛らしいサンダルが目にとまった。
…このサンダルは…。
その瞬間、流れ出していた汗は引き、それに代わるように冷汗が流れ出す。
またここに…いるのか…。
玄関に誰かがやってくる様子はなかったが、リビングが何やら騒がしいので母さんはいるらしい。

「――――どう?」

「―あ―――かしら」

「ハッハッハ―――」

誰かと言葉を交わしているのだろうか。
上機嫌なのか、相当酔い潰れているのか、随分と楽しそうな口ぶりだ。
あれと接触すべきではない。
僕は動悸が激しくなっているのを感じながら、そのままリビングを通り過ぎて自分の部屋へ向かわんと進み始めた。
気づかれなければどうという事はない。
リビングのドアには、ぼかしの利いたガラスが嵌め込まれているので、どちら側からも輪郭を捉えるのは難しい。
抜き足差し足でゆっくりと、かつ着実にリビングの戸を横切って行く。

ガシッ、と何かに襟が掴まれたような気がした。
「え…」

瞬間、足が地から離れ体が宙に浮き、誘われるかようにリビングの中へと吸い込まれていく。
足掻いても、足が宙に浮いている以上どうすることもできなかった。
涼しい冷気に包み込まれて、思わず抵抗が弱まる。
ぶぅん、と体が音を立てて揺れたかと思うと空高く舞い上がり、僕を見上げる2つの顔が目にとまった。
そのままドサッと床へと落下し、真に遺憾な僕を見ながらけらけらと笑っているらしい声が聞こえる。

「ヒノちゃんがいくら可愛いからって、別に逃げる事ないじゃないっ」

ケラケラは僕の髪をわざとらしくクシャクシャに遊んで、笑いながら先ほどまで座っていたらしいリビングテーブルの椅子に腰掛けた。
実の息子にこんな事ができる母親なんて他にいるだろうか?
こんな愚行が許されるなんて…!
結構良いところもあって憎めないのが実に悔しいところである。

「別に…、ただ今日は自分の部屋で涼みたいなと思ってただけだよ」
「またまた照れちゃってぇ、いっちゃん可愛い〜」
「違うって!」
「んまぁ、そゆことにしておきます〜。って、もうこんな時間…!ヒノちゃん、いっちゃんの面倒よろしく!」
「はーい」

母さんはそう言うと椅子から立ち上がり、ソファの鞄を持ってリビングから出ていった。
そしてすぐ、ガチャリと玄関のドアの開くのが聞こえた。


「ふー…」


息が詰まりそうだ。
我が家は一体いつから、こうまで落ち着かない場所になってしまったのか。
或いは、いつからここまで緊迫した空気を醸し出すような空間になってしまったのか。
そんな雰囲気を感じながら、僕は少女の方に目を遣った。
白いワンピース、三つ編みにされた濃紺の長髪、恐らく被ってきたのであろう麦藁帽子がテーブルの上においてある。
髪の色と同じ、綺麗な紺色の瞳が一体どこに向いているか、僕には分からなかった。
華奢な体躯は、その存在が弱々しいような錯覚を感じさせる。
見るからに大人しそうで、清楚で可憐な少女…というのが第一印象だった事を曖昧ながらも覚えている。

僕は彼女の淡い桃色の唇を横目に、投げた鞄を乗せたソファへ腰を下ろした。
何気なくテレビをつけて、特に興味も無い番組に焦点を合わせる。
番組の内容は全く持って頭に入ってこない。
それもそのはずだ。
僕の意識はテレビでないどこか別の方向へ一心に集中しているからだ。
時折聞こえてくる型に嵌ったような笑い声も、全く耳には入らなかった。
決して、この剣呑な状況に畏怖しているワケではないが…、どことなく足が地につかないでいる。

「それにしてもほんとに今日は暑いよね〜…」

ソファの縁で俯せになった少女は、そのままこちらへスライド移動。
そして脚をパタパタと振りながら、両手を組んだところに顎を乗っけた姿勢で僕に暑さを訴えかけた。
かなり薄手のそのワンピースは、最早肌を隠す以外の役割を成してはいないようで、汗も相まってかその体のラインをほとんど曝け出している。
細くくびれた腰、柔らかい曲線を描くヒップライン、それはどことなくいやらしかった。

っ…!

僕は、その体をまじまじと見つめていた自分に気づいて、慌てて視線を逸らす。

「いっちゃん家のソファ、ひんやりしてて気持ち〜…」
「そんなの、どこだって一緒だろ…?」
「分かってない〜…いっちゃん。こうしてよく私がここにいるのも、この涼しさを求めての事なんだから♪」
「年中いるじゃないか…」
「むっ…。…細かい事気にしていたらオトナになんてなれないよ?いっちゃん」

彼女は微笑みながらそう言って、その場で器用に体を回転させて仰向けになる。
歳不相応な、比較的膨らんだ胸が重力に押され、外側へと広がらんとした。
それを支えようとする、ワンピースとその中に着た下g―――

「    !?」

僕は思わず声を漏らしそうになった。
いっその事叫んでしまった方が気分が良かったのではないかというくらいの勢いで。
口にものを含んでいなくて本当に良かった。

薄手のワンピースは、汗と相まって体をラインをくっきりと描き出す。
しかも恐ろしい事に彼女はブラを着けていなかった。
その胸は薄い生地に、弱い力であれど圧迫され、その先端の小さな突起の輪郭をシャープに形作らせてしまっていた。

頬が熱くなっていくのを感じる。
ただ一人、異様に舞い上がる少年の図である。

「ヒノ…!そ、そんな格好でごろごろするなって…!」
「いいじゃん別に…、…ん?あ…。なるほど」

失言だったかもしれない。
というか、失言だったのだろう。
鬼さんに金棒のプレゼントと言ったところか。
そんなくだらない事を考えている場合じゃない…!。
ヒノはふぅ〜んと言って、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて僕を見やった。

ゴクッ―――

自分の喉の鳴る音が聞こえた。
鼓動が高鳴り、血の巡りが早くなっていく。
その顔は、よからぬ事を企んでいると本能的に分かった。
少女は突然、ソファから立ち上がる。
僕は無意識にちんけな構えをした。
防御は万全。
であったものの、少女はそのまま鼻歌なんかを歌いながらソファの背の方へと歩いていってしまった。


気づかれなかった…のだろうか。
或いは、気を遣ってくれたのだろうか。
…いや、それは絶対にありえない。
彼女が僕に気を遣う事なんて、絶対にありえない。

視界に捉えられないという不安と、視界からいなくなったという安心感。
勝っていたのは安心感らしく僕は安堵の息を漏らしていた。
狭まっていた視界が広がり、大きく聞こえていた周囲の音が拡散する。
異常な緊張状態から解かれた感覚は、非常にリラックスした状態にあった。
何も匂ってはこず、肌からは何も感じない。
心にぽっかりと余裕ができたと共に、警戒心、注意力が削がれていた事に僕は気づかなかった。
僕はソファの背に凭れ掛かり、その体を反発力の弱いクッションへと預ける。


その瞬間に、どこかぬるっとした、生暖かい何かが僕の耳を撫でた。


「―――!?」
僕は息を呑んだ。
体が身震いし、その意識がその一点へと集中された。
消えかけていた不安は膨れ上がって動揺へと変わる。

―――
――
―!


僕は慌てて立ち上がり、ソファと距離を取るように動きながらそちらを向いた。
撫でられ、少し冷やついたその耳の部分を押さえながら、それと対峙する。

「ナ…なな、何を…!?」
「くすくすっ…いっちゃんは何でいつも、そんなおもしろい反応をしてくれるの?♡」
「そ、それはヒノがおかしな事をするからだろ…!」
「私は別に何もしてないよぅ?」

ニヤつきながら少女はペロッと舌を出して見せた。
そしてゆっくり、裸足特有のペタペタという音を鳴らしながらこちらへと歩み寄る。
その表情は、絶好の玩具を見つけ嬉々としているように見えた。
体中に鳥肌が立っている。

前言撤回しよう。
正直、僕は彼女を恐れている。
声に畏怖し、姿に震悚し、瞳に悄然し、行動に憂懼しているのだ。
やっぱり苦手だ…。

僕は怖じ怖じと摺り足になり、その視線を交わしたまま体を引いていく。
少女はその歩幅を変えることなく、じりじりと僕へと近寄る。
言葉が交わされず、意志の疎通は行われていなかった。
いや…そうでなくとも、彼女がこれから僕にせんとする事は薄々承知していた。
だから僕は。
君と距離をとる。


ッ――


背中に硬い無機物が当たるのを感じて、僕は後ろを振り返った。

「………」

これほどまでだったろうか。
普段ならその影は極端に薄められ意識する事はあまりないが、我がフラットさを見よと言わんばかりに己を誇張している"壁"に対し、僕は間接的であれ恐怖を抱いていた。
袋小路。

窮鼠猫を噛むと言うけれど、果たして僕が彼女を噛むことなどできるだろうか。
そう意味のない自問をしながら少女の方へ視線を戻す。
先ほどまで捉えていた場所に素足は無かった。


「いっちゃん…♡」


心臓の音が聞こえなくなる。
呼吸は止まった。
身体は完全に硬直し、指一本動かせない。
声は出ない。
ただ、愕然としていた。
からきし、思考ができなくなっている。
頭の歯車はどこかに転がっていってしまったらしかった。
僕の心臓の音を確認するように密着する少女。
僕には聞こえないけれど、君には聞こえるのだろうか。

だが、その視界は曇り始める。
意識が朦朧とし始め、嬉しそうに口を動かす少女の姿も霞み始めた。
密着し感じる温度も、高鳴る鼓動も、その柔らかな肌の感覚も、次第に薄れていく。


ピピピピ、ピピピピ―――


それに代わるかのように、連続的に鳴り響く電子音が耳に留まった。
機械的な連打音が僕に不満を募らせる。
朦朧とした意識のまま、僕は手を伸ばし時計を探り始める。

ピピピピピピピピピ―――

僕は、それがどこで鳴っているのかいまいち分からないでいた。
それはもちろん、まだ寝ぼけているという事もあるが…それにしては幾分か聴覚の調子が悪い。
首をどう動かしても聞こえる方向が変わらないのは明らかにおかしかった。

ピピピピピピピピピ―――

…うるさいな…。
時折、光がこの真っ暗闇を赤く照らし出す。
まだ瞼は重く、開きそうになかった。

ピピピピピピピピピ―――

少しずつこの音に不快感を感じ始め、僕は最初とは別の苛立ちを感じ始める。
指先の感覚が先ほどより鋭敏に、動きがより機敏になり、目覚めを強制的に促されているのが嫌でも分かった。
目覚まし時計は結局、どんな方法を使ってでも起こす事ができれば職務を全うした事になる。
特に、イライラさせるようなストレスの元凶になるという事は、目覚まし時計のモットーと言っても過言ではないと私は思うのだ。
時計は悪くない。
朝の苦手な僕が悪いのだ。
…酷い自虐だ…、自ら時計を庇う日が訪れるなんて…。


ピピピピピッ………―――


途端、静寂がこの空間を包み込んだ。
耳障りな電子音は止み、少し耳を澄ませば小鳥の囀りも聞こえてくる。
膨れ上がった苛立ちはパッと治まった。
けれども、現状は明らかなる違和感に包まれていた。
僕を起こさなければならないはずの目覚まし時計が何故途中でその職務を放棄したのか。
電池が切れたというのが最もらしい理屈なのだけれど、残念ながらあれは太陽電池時計なので電池が切れることはない。
かと言って、時計が自ら鳴り止む事を閃いてアラームを止めたとも思えない。
時計がそこまで賢くないのは周知の事だ。
そう、自虐を挽回するかのごとく時計を罵ってみるがあまりスッキリできなかった。


「いっちゃん…」


聞いたことのある懐かしいような声と聞き慣れた呼び名。
誰だ…?
幻聴?
まだ僕は寝ぼけているのか?
いつもより体が重い気がするのも、寝ぼけているからなのか…。

疑義が次々と現れ、理解が追いつかない事が妙に腹立たしい。
とりあえず、現状を把握する意味も兼ねて起きるとしよう。
僕はそう決意し、瞼を擦りながらゆっくりと体を起こした。
お腹に何か強い力が加わっているのか、締め付けられている気分だ。
それに足も、やけに自由度が下がっている。
縛られている…というよりは押さえつけられている感じだろうか。
当然、新手の金縛りを疑う気にはなれなかった。

首をかしげながらも、僕は目を開け毛布を見つめる。
寒さも絶頂期を迎え、毛布はウールとアクリルの二段重ねで、それなりな厚みがあった。
温もりは、僕に至福の時を与えてくれる。

だが、今の温もりは度を越して温かい…いや寧ろ、少し熱いと言っても過言ではなかった。
見れば、毛布の厚みが今まで…いや昨日の夜までとはまるで違う。
どころか盛り上がり方があまりに不自然だった。
まるで僕と毛布の間に枕でも挟んであるような…、それくらい端との厚みが違う。
よくよく観察するとその厚み、変動している。
厚みは一定のリズムで増したり減ったりしているが、それは僕の呼吸とは何故か合わない。

何かがいるとでも言うのか。
じゃあ一体この中に、何がいるというんだ?
そもそも何故この中に何かがいるんだ?

感興をそそられ、何故か覚束ない手つきで毛布を掴むと、僕は勢い良くそれを持ち上げた。


バッ―――


「っ………!?」






「あ、ぁれ〜…?もう朝ぁ〜…?」






「あ、おはよう。いっ…くん!」
「………」
「どうしたの?折角こんな可愛い子が朝のご挨拶をしてるのに返事もなし?」

何が起きている。
毛布が宙を舞って美少女が枕で…おはよう…!?
いやいやいや落ち着け…少し状況を整理しよう…。
簡潔に…端的に…。

少女が僕を抱き枕のように抱きしめ武者振りついて、暖を取っていた。

む…。
まとめてみて、余りの現実感の無さに思わず嘆息してしまう。
たった8時間で自分の世界がここまで変化するものなのだろうか。
青い狸も電話BOXも見えないところを見ると、決してそれがそうでない事は理解できた。
だがやはり意味が分からなかった。
万感交到り、さらに頭の中が混乱混沌としていく。

…これはきっと、夢の続きなんじゃないだろうか。
不可思議な事が立て続けに起こるのも、夢だからなのだ。
そう考えた途端、凄く気が楽になった。

「いっくんってば聞いてる?」


ただ、体は重いままだった。


 他人から見れば、僕はきっと不快そうな表情をしているのだろう。
ああそうさ。
相違なく、今僕はひどく不愉快だ。
説明するなら…、カップ焼きそばのお湯を捨てる時に麺があの小さな穴からプリズンブレイクした後のような、何とも言い難い気持ちだ。
僕は椅子に腰掛けたまま、再びため息をつく。

「ほんとに久しぶりね〜ヒノちゃん〜!ん〜…ちょぅっと大人びちゃったけど相変わらず可愛いわぁ…!こんな娘がいたら私もう…」
「いえいえ、そんな…」
「………」

大人の女性が大人びた少女に抱き付いてはしゃぎまくる図。
これじゃあまるでどちらが大人なのやら。
小洒落たワンピース、三つ編みにされた濃紺の長髪、恐らく被ってきたのであろう麦藁帽子がテーブルの上においてある。
その顔立ちは非常に端正で、あの頃の面影を残したまま随分と妖艶さを増していた。

「あ、そうだ!今日泊まっていったらどうかしら?」
「え…?でも悪いですよー…」
「いいのいいの!いっくんもそうしてほしいって言ってたし!」
「ぶっ…!!」

願望を捏造され、飲んでいたお茶を噴出しかけたのを堪えたが、僕は酷く咽込んだ。
横に座っている大人びた少女が苦笑いながら僕の背を撫でる。
幼稚な大人がニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべ、こちらを見やった。
あー抓ってやりたい。

「ほら、図b「違うって…!」
「それに…私もオトナになったヒノちゃんと少しお話してみたいしね」
「ん……それじゃ、お言葉に甘えて…」

待て…待ってくれ…。
こやつら、勝手に話を進めて行きやがったぞ。
…別に嫌ではないけども…ってそうじゃなくて…。
そういえば何か大事な事を忘れている気がするが…気のせいだろうか。

「話したい事も聞きたい事も山ほどあるけど〜…、実はこれから大事な用があるのよねぇ…」
「何時くらいにお戻りになる予定なんですか?」
「う〜ん、夜になっちゃうかな〜…。夜は外食にでもしましょうか。ヒノちゃん、お昼お願いできるかしら?」

顎に手を当てて、さも考えているかのようなポーズをしている我が母親の姿は何とも憎らしい。
横目にヒノを見た時、彼女が怪しげな笑みを浮かべている気がした。
勘違いだったかもしれない、そう見えただけなのかも。
2人ともどこか怪しいのは何故だ。

「ええ、分かりました…!」
「ついでにいっちゃんの面倒も見て遣ってね。ヒノちゃん来て大興奮してるから」
「………」
「あら?図b「違うって…!」

母さんは、クククと悪役染みた笑い声を上げながら椅子から立ち上がった。
そして、リビングのドアノブを捻ったところでこちらに向き直る。
そのままグッとこちらに親指を突き立てて。

「アイルビー…バック…!」

親と子は心が通じ合っていると言うけれど、言葉を解さなくてもお互いを理解できると言うけれど。

今この瞬間だけは、これまでにない位にこの人を問い質したかった。
できれば小一時間程度、日頃の行いに対する説教も含めて。

鬱積した不満のはけ口が見つからず、何とも言えない脱力感に見舞われる。
母さんを見送る少女の横で、一人嘆息するは我なり。

「また、2人きりになっちゃったね」

彼女は唐突に、そんな事を口にする。
もちろんそれは間違っておらず、この空間にいる人間は僕とヒノだけだ。
だがそれはまるで、その事を再確認するかのように、或いは僕に知らしめるために言ったように聞こえた。
ぞくっ、と背筋が震える。

「また…って、それは一体どういう…」
「まさかいっくん、忘れたワケじゃないでしょ?あの日のコト…」

ほんのりと頬を染め、やけに色めいた笑みを見せる彼女に自然と喉が鳴る。
血の気がさっと引いた。
この感じは昔、何度も経験した覚えがあった。

「あの日、お母さんさんが出掛けて私といっくんだけ取り残された」
「あの夏の日…か…?」
「そう、いつまでもお母さんさんの言いつけ守って手を出してくれなくて…だから我慢できずに…」

nnn

何を
してい





「はぁ…いっちゃん…♡」

寄り縋り、押し当てられた胸は形を変え、どこか物欲しそうな目でこちらを見つめる少女。
どれほど逃げてしまいたいと願っても、体は凍ったように動かなくなっていた。
どころか、僕の中から劣情のようなものがくつくつと湧き出て、今にも彼女を押し倒したいという欲求を理性が何とか抑えつけているような状態だった。
一体どうして…。
今にも吸い込まれてしまいそうな彼女の瞳から、目が離せない。
やがて僕の手が、その華奢な体を抱きしめんと勝手に動き始めた。
その手はじりじりと彼女の背中へと回されていく。
恐怖は浮かんでこず、そこにはただどこか期待する気持ちだけがあった。
何かに操られるように、欲望が血を巡って体中へと回っていくような、そんな不思議な感覚。
抱きしめて…しまう…。
頭の中にあった疑念が1つずつ1つずつ欲望に掻き消されていく。
ヒノ…。



天国と地獄である。



あ…いや、この状況が天国と地獄と言っているワケではない。
あながち間違いではないが、そういう意味じゃない。
ヒノの視線がこちらから外れて、そちらを見やる。
その瞬間、僕の中から込み上げていた欲求がすとんとどこかへと落ち消えた。
体もフルオートからマニュアルへと戻っている。

「誰だっ…?」

僕は慌ててばたつきながらも、電話機の方へと向かい受話器をとった。
まさか救世主が地獄のオルフェだとは誰も思うまいて。

『I'll be――』

ガチャン――

なんて滑稽な吟遊詩人なんだろう。
できれば二度と家に帰ってこないで頂きたい。
そもそもどれだけその台詞気に入ってるんだ?
やっぱりあれか、ラストのシーンが良かったのか?
ある程度冗長な思考も働き始め、僕は冷静さを取り戻していた。
そのまま踵を返してリビングの戸へ向かう。
彼女と目は合わせない。

「僕は部屋に戻るから…ヒノは好きにしてていいよ」
「むぅ…」

ヒノはまるで子供のように頬を膨らませてそう唸る。
彼女が普段しない、そんな拗ねた表情はどこか可愛らしかった。
…選択は誤っていない。

僕は気づかれないように、そっと安堵の息を漏らす。
そして2つの世界の境界であるリビングの戸を開けて、自室へと向かった。



 時刻は昼の事である。
机から厚い布が四方に広がったこの暖房器具の中で、僕は悠々と時を過ごしていた。
机の上に置かれているのは参考書とノート、そして小型ゲーム機と携帯だ。
どこの誰が見ても恐らく、こいつは途中で勉強に飽きたんだなという状況が見て取れるラインナップだ。
最初こそやる気はあった。
それこそ無我夢中一心不乱の如くシャープペンを走らせていた。

…だが、どうやらやる気スイッチというのは時間制限付きのようだ。

ゴロンと床に寝転がりながら、広げた本の文字を追いかける。
これが有意義な時間の使い方なのかどうかは分からないが、はっきりしているのはこれこそ至高という事だ。
冬の寒さも感じず、ぽかぽかと包み込む温もりに体を預ける。
ああ、なんて素晴らしい。
ああ、なんて心地よい。


「やっぱり炬燵はいいもんだね〜」
「リビングはエアコン点いてた気が…」
「ふー」


この、人の話を聞かない少女をどうやってここから出してやろうかと、僕は今の今までずっと考えている。
唯一の絶対安全領域と考えていた僕の部屋も、彼女によって制圧されたらしかった。
どころか、広いとは言えないこの空間にはもう彼女の香りが蔓延してしまっている。
甘ったるいけれど、どこか棘があるというか…鋭いというか。
その香りは心地よいだけでなく、どこか艶っぽくて言葉では説明しづらい淫猥さを漂わせていた。
もう少し適当な言葉があるのかもしれないが…僕にはそうとしか説明できないのだ。
……もしあの時電話が鳴らなければ、どうなっていただろうか。
何故か思考がそちらの方向へとずれていく。
本の文字を追いかけるが、全く頭に入ってこなかった。


「ねぇ、いっくん」
「…何かな」
「抱いてくれないの?」


やはり僕の日常は壊れてしまったらしい。
何の前触れも予兆も無くそんな言葉が出てくる日常なんてありえないだろう。
それこそ、青い狸と電話BOXでも無ければ。

落ち着け。そう、落ち着くんだ。
変なのは日常でも僕でもない、この少女だ。
ヒノの得意な戦術は知っている…そう、精神攻撃だ。
そうやって僕の心を揺さ振って、頭が真っ白なうちに全てを済ませてハッピーエンド。
そうはさせるものか。

正直、彼女の誘惑を断る理由などそもそも無い。
今となっては何故拒み続けているのかさえ曖昧だ。
幼い頃からの習性なだけに、なかなか取れないでいるのかもしれない。
トラウマ…なのかそれとも、それが負けを認めるようで嫌なのか。
自分が負けず嫌いと知ったのは、つい最近の事だけれど…。
とにかく、よいそれと事を進ませるワケにはいかないのだ。

「………」
「いっくん、さっきから気づいてたけどその本逆さま」
「へ…?」
「誤魔化そうとしてるかもしれないけど、えっちぃ事考えてばっかりなのくらい分かるよ…?」
「そんな事―うぉっ!」

純粋宣言をしようと口を開いた瞬間に、僕は何かに足首を掴まれそのままずるずると炬燵の中へと引っ張られていった。
その姿はまるで、炬燵そのものが我を食らわんとしているようだ。
暢気に解説ができているうちはまだ大丈夫だ。
ここであえて言うなら、僕は嘘吐きだ。

「うそだよ…だってココ、こんなに辛そう…♡」


張れて膨らんでいる肉棒の裏筋が、布越しに撫でられているのを感じた。
ただ、彼女がどんな表情でそれを行っているのかは全く分からない。
何故なら、今眼前に広がるは真っ赤な熱線を放つヒーターユニットだからだ暑苦しい。

「いっくん…今日は最後までシちゃおっか…」
「ま…待てヒノ…」

ジーッ、とチャックの中のチャックがこじ開けられていく音が嫌でも耳に立った。
露になったのだろうか、上半身と性器との温度差がひどく大きく感じる。

頭が空回りして話す言葉がぐちゃぐちゃになっていた。
先端に何かドロッとしたものが付けられて、ゆっくりと垂れていく。
やばいやばいやばいやばいやばいやばい。


「こういうのは心の準備ってものが…!」
「…♡」


じゅるずるじゅるるぅ―――


っ――!!
押し寄せる衝撃に、驚いて閉まった喉から息が漏れた。
性器が根元まで生暖かいモノに包まれ、その中をザラザラとした何かが走っていく。
その快感に、焦りも恐怖も不安も何もかもが吹き飛ばされた。
それはまさしく、崩壊。
崩れて崩れて、それでも彼女はまだ僕を壊そうとする。

ザラザラが性器の周りを這いずり、裏筋を撫で回したかと思うと亀頭を弄び、竿を締め上げた。
彼女は着実に僕の弱い所を責め、僕の上げる情けない声を聞き楽しんでいた。
ただ、性器に意識が集中するのに抵抗するかのように上半身の温度は上がっていく。
ヒーラーユニット。

「びくびくしちゃっていっちゃん可愛い…♡」

僕の視界に広がっていたヒーラーユニットがどんどん上へと流れていった。
どうやら動いているのは僕の方か。
僕は仰向けのままカーペットの上を滑っていた。
結局成されるがままである。

やがて僕の目に彼女の顔が映り込んだ。
ヒノは肉棒を片手で握りながら、僕に恍惚と色めいた笑みを向けている。
頬を少し赤らめながらその瞳を潤わせており、その表情は今まで見たどのそれよりも欲情という言葉を体現しているように思えた。


「っ………」
僕はただ、絶句していた。
それは彼女の乙女らしからぬ淫らな笑みを見たからではない。

美しかったからだ。
それは最早恐怖とさえも形容できる程に美しかった。
普段の彼女ももちろん綺麗だが。
翼があり、角があり、尻尾のある彼女は今まで見たどんな時よりも美麗だった。
その貴やかで婀娜っぽい悪魔的な姿は、本当に彼女そのものを表しているようだ。
ごく自然に、僕は彼女に見入っていた。


ヒノはその緋色の瞳で僕を見つめる。


「やっぱりいっちゃんにはうまく効かないか…。うーん」


彼女は少し唸りながらも、じりじりと僕に顔を近づけていく。
その吐息が僕の濡れた唇を撫でる。
心臓の音を聞かれてはいないだろうか…。
だがそう心配になる以上に、僕は彼女への欲望を抑えられそうになかった。
ヒノ…。

「んん…!?」

自分でも何故こんな事をしたのかよく分からない。
ほとんど反射的に、僕は体を起こして彼女にキスをしていた。
やはりそんな事をされるとは思っていなかったのか、ヒノは非常に驚いた様子で現状を把握しようとしている。
こうしていると何故かすごく落ち着いた。
実感できるというか…なんというか…。

ただ、ふと我に返って思考を立て直す。
僕はこの後どうなるのか全く考えていなかった。

どうしよう、どうすべきか。

後悔と不安が込み上げ、心の中がどうしようもないくらいにぐるぐると掻き混ぜられていく。
どうすればいいんだコレ。

「ん――♡」

と思考を働かせる間もなく彼女はそのまま僕に乗り掛かり、唇を合わせ直す。
こちらの自由は利かず、主導権は完全に奪い取られていた。
危機的状態らしい。
そう落ち着いて説明している余裕も実はなく、正直焦りに焦っている。
きっと僕は、それほどまでに興奮し欲情しているのだ。


ん…!?
彼女の舌がペロッと僕の唇を舐めたかと思うと、そのまま口内へ侵入せんと這い出した。
予想外の出来事に体が自然と抵抗を示す。
目には目を、毒には毒を、舌には舌を。
僕はその舌を押さえようと同じく舌で抵抗せんとした。
冷静な判断の出来ない今の僕には、突き離すという行為が思い浮かばない。

が、どちらも唾液でぬるぬると滑り、ただ舌と舌とを絡めるだけの形になっていた。
その舌はまるで愛撫するかのように僕の口内を這い回る。
既に抵抗するだけの力は残っていなかった。

途端、ヒノの舌を経由してドロッとした液体が僕の口内へと送られる。
絡められる舌が、お互いの唾液を掻き混ぜていた。
唇は密着し、唾液が外へと逃げる隙間はなく彼女へと返す事も出来そうにない。
ぐちゃぐちゃになった口内に唾液が溜まっていった。

「ん…んぐっ…」

僕はそれを飲み込むほかなかった。
ゴクッ、と喉の鳴る音を聞いて、ヒノは服のすそから入れた手で僕の胸部を撫で始める。
喉が熱くなり、唾液が体の中を伝っていくのが直に感じられた。
どこか支配されているようで屈辱的だ。
それでもまだ彼女は僕の唇を放そうはしない。
ちょ…ちょっとそろそ…ろ……。

「ん゛ー!」
「ん?」

酸素不足になりカーペットを叩く僕にようやく気づいてか、ヒノは僕の唇から放れた。
嬉しそうに、指で自分の唇をなぞる。
可愛らしくも艶っぽいその仕草に、思わず胸が弾んだ。

もちろん彼女はこの程度で終わらせる気などないらしく…ファーストキス、とだけ呟いておもむろに服を脱ぎ始めた。
奪ったというより、奪うように仕向けられた気がしてならなかったが…というかそもそも僕も初めてだったのだけど。
需要…?
………。
自虐に走ってしまいそうなので、深く考えるのはやめておくことにする。


乱れた呼吸の中に、ただ服の擦れる音だけが響いて聞こえた。


彼女は、濡れてキラキラと照る自らの性器を恥ずかしそうに広げて、反り立つ肉棒へとあてがう。
くちゅ、と膣に肉棒が触れるのが見えた。
情欲をそそるように、艶麗な淡桃色の膣からは愛液が溢れ出ている。
それは今まで僕が思っていた以上に淫らなものだった。

両膝をついている彼女は、こちらに倒れ込みながらゆっくりとそれを受け入れていく。

「んっ…」

亀頭が見えなくなったあたりで、彼女の表情が少しだけ歪んだ。

「ヒノ…」
「大丈夫…、ダイジョウブ…」

彼女がもの欲しそうに舌を出すのに応えるように唇を合わせ、舌を絡める。
だが、性器への尋常でない快感にキスは覚束ないものになっていた。
ほとんど動いていないのに、絡み付く襞がまるで生き物のように肉棒を締め付け絶頂へと誘おうとしている。
吸い込まれてしまいそうな快感に、息も絶え絶えになっていた。
ぐちゅぐちゅと膣は肉棒を飲み込んでいく。

こんなの…知るわけがない…許容し切れるワケがない。
波のように押し寄せる衝撃が、思考も感情も壊していった。
その快楽から逃れる事などできるワケもない。

肉棒が全て納まり、再び彼女の顔を伺った時、そこに苦しそうな様子は一切なかった。
心配も無駄に終わったらしい。
どころか、ヒノはその火照った身体で淫靡な笑みを浮かべ、精液を貪らんと腰を動かし始めた。

「あっ…ぅんん…ふぁ…はっ…♡」

彼女が腰を下げる度、その喉が淫らな声を漏らした。
それだけでなく、ぐちょぐちょと愛液の掻き混ざる音が、より気持ちを昂らせる。
汗と唾液と愛液とが合わさり、ひどく淫猥な匂いが充満している事もお構いなしに、僕たちは愛し合った。


「好きぃ…いっちゃん好き…好き!好きぃい…♡」
「ヒノ…!」
「いっちゃん…いっちゃん…いっちゃぁん♡」

まるで人が変わったように僕の名前を連呼し、愛を謳うヒノ。
その顔は蕩け、ひどくふしだらなものになっている。
崩れているのは僕だけではなかった。
そんな些細な事にも、同じであるという喜びを感じる。
僕はふと体を起こして、無駄に大きなその2つの乳房を鷲掴みにした。

「あふっ…胸はぁ…♡」

膣が一瞬ぐにゃりと不規則な動きをみせる。
掴んだ指が埋もれそうな程に、何故形を保っていられるのか不思議な程にそれは柔らかかった。
そして、これが彼女の弱点でもあるらしい。

僕は一度胸を掴み直し、そのまま硬く立ったピンク色の突起に吸い付いた。

「あぁ…そんなっ…いっちゃんぅ…♡」

口に含んだ突起を舌で撫で回して、転がす。
膣の動きが乱れ始め、その不規則的な動きがさらに肉棒を刺激した。
彼女が感じていく度に、膣も精液を吸いだそうと肉棒を締め上げていく。
負けたくないという勝負心に火が付いたのか、ヒノも必死で僕の耳をしゃぶり始めた。
いつ間にやら勝負が始まっている。


「んふっ…いっちゃんは耳が弱いよね…ビクッてしたでしょ…♡」
「ヒノだって…。ここっ…」


カリッ――




「ふぁひぁっ――!?」




途端によく分からない声を上げて、彼女はいきなり僕を抱きしめた。
…!?
それと同時に膣が凄い力で肉棒を締め上げ、ほぼ強制的に僕に射精を促していた。
込み上がる出したいという欲求を抑えるのに、体が震えている。
負けたくは…なかった…。
こんな時だからこそか、嫌でも僕は自分が負けず嫌いだと実感する。
耐えろ…耐える意味はないけれど…。

やがて、一瞬は強かった膣の締め上げも耐え切れる分には弱まっていた。
彼女は僕を押し潰す勢いで抱きついたまま、ビクビクと体を痙攣させて動かない。

「ヒノ…?」
「ズル…いよ、いっちゃん…はぁ…。噛むなんて…」

これが、女性の絶頂というものなのだと気づくのにあまり時間はかからなかった。
もう少し締め付けが長ければ、出してしまっていたかもしれない。
女性を絶頂に導いた事が、無性に誇らしかった。
男の性というやつか。
ぐちゅ、と繋がったままの膣がうねる。

「いっちゃん…♡」

彼女はどこか楽しげな笑みを浮かべていた。
今までとは違いその笑みには可愛らしさがある。
そしてきゅぅ、と膣が肉棒を締め付けるのを感じて僕は嫌な予感がした。
まさか、分かったとかじゃないですよね。
彼女は何も喋らない。

そして突拍子も無く腰を動かし始めた。
先ほどよりも膣は肉棒を効率よく責め上げ、絶頂へと早急に導かんとヒダを絡みつかせてきた。
ちょ…ちょっと、そんなに回復って早いものなのか…!

「ちょ…っと…ヒノ…」
「いっちゃん…可愛い…好き、大好き…んぁ…んぅ…あっ…♡」


限界まで達しかけていた僕にとってこの猛攻は、治まりかけていた熱に再度火を掛けるようなものだった。
今、僕は完全に彼女の玩具となっている。
彼女のペースは明らかに、僕の耐えられる限界を越えていた。


「んぅ…はっ…あぁ…はぅ…ふぁ…ん―♡」

再び交わった唇。
僕の中へと入り込む舌は先ほどよりも乱暴で、まるでそれが自分の物であると誇張しているかのようだった。
成されるがままに口内を蹂躙され、放された舌と舌の間を唾液が糸を引いている。
ぐちゅぐちゅと卑猥な音が部屋に響き渡り、込み上がるこの高鳴りを僕はもう抑えられそうになかった。

「ヒノ…!もうっ…!」
「いいよいっちゃん…出して!全部膣内に出してぇ!♡」

一瞬、その言葉に戸惑いを覚えたが、彼女が抜いてくれるとも思えずこれ以上我慢できる程慣れているワケでもない。
下半身が熱くなり、肉棒へと何かが伝わっていくのが分かった。
この絶頂を抑える理由などなく。

そもそも不可能である。

「っ…!!」
「あぁぁっ――!!」

自分の性器から精液がドクドクと飛び出ているのが分かった。
膣に締め付けられ、尿道にあった精液までもが一気に押し出されていく。
電撃の走るような快感に、僕は拍子抜けした声を上げる。

膣は未だ精液を搾り取ろうと肉棒を締め付けるが、僕にはもう出せる気がしなかった。
どころか、今のたった一回で全てを吸い取られてしまったと思うほどに、心地良い脱力感と満足感に満たされていた。
パタリと倒れ込んできたヒノをそのまま受け止めて、余韻に浸る。
炬燵に篭っているのがアホらしくなるくらいに2人とも火照り切っていた。

ヒノと顔を合わせて、もう一度唇を合わせる。
今度は文字通り、唇を合わせるだけの軽いもの。
ただ彼女としては何かを再確認ができたらしく幸せそうに微笑んだ。

「大好きだよ…いっくん」
「僕も―――」

よく考えると僕は、人ではない悪魔のようなものに憑りつかれた事になるのか。
それどころか、ずっと昔から憑りつかれていた事になるワケなのか。

って…え?

よくよく考えてみればこの翼はナニ?角はナニ?尻尾はナニ?
最近の飾り物は凄いなー、まるで生きているみたいに動くなー。
そんなワケないなー。
ヒノは一体何者なんだ…?

もしや僕はとんでもない事をしてしまったのか…?
今更になって僕は冷静な思考を取り戻した。
だがもう遅い。

「…?」
「いや…僕も好きだよ、ヒノ」
「はぁ…好きぃ…いっくん…♡」

そう。
これが、射精後に男性が即座に悟り始めるという賢者タイムなのである。
こうして僕は彼女のものにされてしまったワケだ。









ふふふ…I have been back...

ハッピーエンドおめでとうヒノちゃん、それといっちゃん…ククク。



話は、部屋の前で気味の悪い笑みを浮かべる母親を捕縛してからのことになる。

「痛い痛い、いっちゃんお母さん超痛い」
「説明してもらおうかな、全部」
「うあーいっちゃん超怖ぇー母親譲りだからってそんな悪魔みたいな痛い痛いぃっ」

翼、角、尻尾。
母親の本当の姿はヒノのそれとよく似ていた。

「お母さんも実はサキュバスでしたテヘペ痛い痛い、ごめん言わなかったのは謝るからほんとに痛いから」
「あ…なるほど…だからチャームがあまり効かなかったのかぁ…」
「ヒノ、話がややこしくなるからそういうのを口にしないでくれ」
「え?あぁ、チャームってのはこれね?目が赤いでしょ?人間なら誰でも魅了でき―――」
「説明せんでいい。…つまり同じサキュバスとしてヒノを応援してたと…」
「んにゃ、いっちゃんが取られるのが嫌だったのでとことん妨害してましたー」
子供かこの人は…。

「ふー…でも、息子ってのはいつか旅だって行くものなのよね…そう思うとお母さんも踏ん切りがついたって言うか…諦めがついたっていうのかな」
儚い表情をしているくせに、しれっと僕に抱き付いている人が言う台詞なのかそれは。

「はぁ…。って待てよ?ならお父さんは何なの…!?」
「インキュバスかな…?」
「インキュバスよ」
「………」

お爺ちゃん…お婆ちゃん、一家は淫魔だらけでした。
でもよく考えればお二方も淫魔なのでしょうか。
もういいです。

―――――――
後日談でした。
淫魔家族でございました。
いっちゃんが人間でいられるのも時間の問題でしょう。

相変わらず堅苦しい文章ですみませぬ。
読みにくい所など多々あったとは存じますが、読んで頂いてアリガトウゴザイマス。
ヒノちゃんは久々に合った主人公を何て呼べばいいか戸惑っていっくんと呼ぶ事にしたのですが、やっぱりいっちゃんの方が呼びやすかったみたいです。
書いたワタクシが何言ってんのって話ですけれどもw

さて、サキュバスでございました。
いっくんのチェリーさが欲しかったのでできるだけノーマルに済ませました。
今度は翼とか尻尾を愛撫するされる要素を追加してみたいデス。
今更ですが今年もたったんをよろしくお願いします(`・ω・´)

12/02/15 00:55 たったん

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