読切小説
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アリスのお茶会〜ブラックコーヒーが欲しい!〜
皆さんこんにちは、私はアリスです。
今日も今日とて不思議の国はいつも通り。
ハプニングが連続する平和な日常です。
人間達の世界ではおかしいかもしれないけど、私達の不思議の国ではこれが普通。
むしろ何もおかしな事が起こらない人間達の世界のほうが私にとっては不思議の世界です。

……これが今まで使っていた挨拶なのだけれど、今は不思議の国が大変なのでこれは使えません。
不思議の国だからおかしいことが普通だと言われるかもしれませんが、それでもおかしいものはおかしいんです。
人間さんが外から迷い込んでチェシャ猫のリビッコさんと結ばれて以来、ずっとこうなんです。
だけど私にはどうすることもできません。できるのはこうして皆さんにお伝えすることだけ。
そんな非力な私は今日も今日とて、非常事態なのに狂ったマッドハッターのルナさんにお茶会に誘われています。
……正直今は行きたくないのだけれど、アリスは良い子だからぐっと我慢します。
そう前向きに思った時、ドアがコンコンと鳴りました。

「ごめんね、待ったー? アリスちゃーん、お茶会始まるよー」

……そう、どうせ行かないとお迎えがくるんだもの。
何故か私を待たせている(つもりになっている)、マーチヘアのシーズにうんざりしながらもドアを開けます。

「シーズ? 今日はお腹が痛いの、だからお茶会じゃなくて運動会にしましょう?」

シーズにお返事をしつつもやんわりと駄々をこねてみます。
最近分かったのだけど、シーズは言動はおかしい割に頭はちゃんと回ります。
だから私の要望もあっさり踏みにじられました。

「さあさあ、今日も砂糖をやっつける時間だ。 勇敢な騎士アリス殿、是非悪者の砂糖を討伐してくださいませー」

そして、シーズについて最近分かったことがもう一つあります。
それは、彼女が真剣になるときは一番おどけた言い方をするんです。

「一週間前みたいにかけっこしたら、ビリには大賞で皆の分のケーキをプレゼントするからね〜ん♪ ふふふ〜ん」

……そして、恐らく今のシーズは真剣そのものなのでしょう。
私は一週間前の胸焼けの苦しみを思い出さないようにしながらシーズについて行きました。


「やぁアリス、お茶会の時間より23時間45分早く来たね。 昨日は来なかったけどどうしたの?」

マッドハッターのルナさんはカップにお茶を注ぎながら、私を歓迎しました。
どうやら、ルナさんの中では明日が今で、今のことを昨日だと思っているようです。

「あらごめんなさい、昨日の私とおかしな帽子屋さんは時計を二周分見間違えちゃったみたいなの」

ルナさんに皮肉を返しつつ、私のカップを手に取る。
既に庭園にはドーマウスのレストちゃんといつの間にか私を追い抜いていたシーズ、普段より少し顔色の悪いルナさんと、一組の夫婦が座っていました。
人間世界からやってきたチャーリーさんと、チェシャ猫のリビッコさんです。
最初にも書きましたが、この二人が不思議の国を大変にしているんです。

「にゃはは、ここに着くまで何度ボクに騙された? 君の慌てる姿は愛おしくて堪らないよ」

「9と4分の3回やられたよ、君の笑顔があんまりにも可愛いから、何度かわざとひっかかったけどね」

ポコッ、ポコッ、ポコッ。

ああ、まただ。
そんな顔をしているルナさんがビンを開けました。
すると、中から砂糖が沸いてきます。
そう、これが不思議の国に起こっている大変な事なんです。
チャーリーさんとリビッコさんが人前でいちゃいちゃしていると、どんどん砂糖が増えていくんです。
カップルにうんざりする事を『砂糖を吐く』なんて言ったりしますが、まさか不思議の国そのものが砂糖を吐くなんて。
一時的な場の流れのあらゆる摂理が捻じ曲がる、不思議の国ならではの異変と言えるでしょう。
そのまま放ったらかしにしておくと砂糖のビンが壊れてしまうため、シーズは日々余りある砂糖を使ってお菓子を量産しています。
……砂糖が無くならないなら甘い物食べ放題じゃないかって?私も最初はそう思いました。
確かに最初は喜びましたが、それが何日も続けば甘い物は次第につらくなってきます。
私はすぐに音を上げました、今や紅茶とケーキが大好きな私は何処にも居ません。
少し前にトランプ兵さんのお仕事を手伝ったときに貰った、コーヒーの豆を大事に保管して少しずつ飲んでいます。
お砂糖?入れる訳ないじゃないあんなの。

「ね、ねぇルナさん。 揃ったんだし早く始めましょう。 私早く帰りた……もう待ちきれないわ!」

砂糖の体積が増えていくのを見ていられなかったので、チャーリーさんとリビッコさんの気を引こうとお茶会(の終わり)を急かします。
うっかり本音が出かけましたが、私の意志が通じたシーズも同調してくれました。

「そ、そうだよルナ! あーお茶会のお終いが楽しみで仕方ないなぁー」

……ただ、シーズは相当動揺していたみたいです。
マーチヘアともあろうものが至極真っ当な受け答えをするなんて。

「そ、そうだね! では、誕生日じゃない日おめでとう!」

もう砂糖の氾濫が止まればどうでも良かったのでしょう、ルナさんが半ばヤケになってお茶会の開始を宣言しました。
そのまま勢いで押し切ろうとしたルナさんの努力は……。

「Zzz……今日は私の誕生日……Zzz」

あっさりと壊されます。
寝言で今日が誕生日だということを告白するレストちゃん。
……どうやらレストちゃんは一年に一度だけの、甘いもの地獄から開放される日だったようです。
レストちゃんへのお誕生日プレゼント何にしましょうか。
そうだわ、お菓子を沢山おすそ分けすれば良いでしょう……ルナさんもシーズもそうするだろうけど。


「アリス、建築学に興味はないかな?家に良い本があってね……おっといけない、勉強をするときは甘いものが一番だ。 僕の分のケーキもあげるからお食べ」

「ありがとうルナさん、でもこんなに食べたらお夕飯が食べられないわ。 アリスは良い子だからお残しなんてできないの」

「ルナさん、久々に『きらきらワーバット』を聞かせてよ。 お代はクッキーで支払うから」

「止めてくれシーズ、友達からお代を受け取るなんて僕にはできないよ! 友達のためならいくらでも歌うさ……それと、この歌はケーキを食べながらだと一層美しいんだよ」

「ねぇシーズ、いつも私を送り迎えしてくれてありがとうね? いつもお礼にこのチョコレートを受け取って頂戴」

「私はアリスの気持ちだけで十分、だからアリスも『きらきらワーバット』を聞こう? ほら、このケーキを食べて」

文面だけは綺麗事を言いながら、ルナさんもシーズも必死にお皿を滑らせています。
ルナさんは口先はいつも通りだけど頬が引きつってるし、シーズなんて普段の支離滅裂な言動なんて忘れたと言わんばかり。
ああ……なんて醜いお茶会なんでしょう。
皆友達に甘いものを押し付けてばっかり!
私の大好きなお茶会はどこに行ったの?
きっともう砂糖の山に押しつぶされてしまったんだわ。
私達の楽しみを取り上げるだけじゃなくて友情にまでヒビを入れるなんて、なんて悲しい事なんでしょう!
……シーズへのチョコレート?良い子は感謝の気持ちを忘れてはいけないものなんです。

「リビッコ、君の友達は素晴らしいね! あんなにお互いを想い合える友人を持てて彼女達は幸せものだ!」

「いいや、残念だけど皆腹黒だよ。 無垢だったアリスもあんなに強かになっちゃって」

「ははん、リビッコ……さてはまた僕を騙そうとしているな?」

こんな時でも騒乱の元凶は元気です。
この水面下の争いに気づかないチャーリーさんもチャーリーさんだけど、分かりきった顔してるリビッコさんの笑顔は裁判なしで処刑モノだと思います。
ええ、きっとハートの女王様もお許しになるに違いないわ。

「そう言えばお茶会の皆、悲しい悲しーいお知らせだよ」

リビッコさんの一言で場が止まりました。
お互いの頬とお皿を握ったルナさんとシーズさんも動くのを止めて(多分力は抜いていない)リビッコさんに視線を向けました。
私も、手をつけていない紅茶をシーズの半分くらい飲み干した紅茶とすり替えながらリビッコさんの話に耳を傾けます。

「ハートの女王様に『砂糖が止まらない』って怒られちゃってね……暫く旅に出るよ」

その一言を聞いて、更に私たちの時間が止まります。
リビッコさんとチャーリーさんが不思議の国を離れる?このバ……カップルが?
……それはつまり。
この砂糖地獄からの解放、という事でしょうか?

「Zzz……Zzz……何だって!? 誕生日じゃない日万歳!」

今まで私たちの泥沼そっちのけで惰眠を貪っていたレストちゃんが私たちの気持ちを代弁してくれます。
私も砂糖地獄からの解放……もとい、お誕生日じゃない日が嬉しくて嬉しくてたまりません。
私は勢い余ってレストちゃんへの『お誕生日じゃない日プレゼント』のチョコレートを口にねじ込んじゃいました。
裏切り者……じゃなくて、お誕生日じゃない日のレストちゃんにはルナさんとシーズからも熱心なプレゼントがある事でしょう。

「砂糖の増殖が……止まった……!これはお祝いしなきゃならないね、ねぇレストちゃん?」

「お祝いでチョコレストランドを設立しちゃおう!彫像の中身はもちろん……」

やっと砂糖を入れるビンの蓋が締まるようになって、ルナさんはとても嬉しそうです。
シーズも嬉しさからか、一番おどけた表情を浮かべてレストちゃんに迫っています。
……いいなぁチョコレストランド、来年くらいになったら遊びに行きたいなぁ。
きっとチョコを口から噴水みたいに出すネズミさんとかが居るんだわ。

「……わ、私は眠いからこれで……」

「あら駄目よ、チョコレート食べた後に歯も磨かずに寝たら虫歯になっちゃうわ!」

……こうしてドーマウスの嘘つきオオカミ少女レストちゃんは報いを受けたのでした、めでたしめでたし。
やっぱり人を騙したり、人の逃げ道を塞いだりしたら駄目ね! 良いお勉強になりました。


それからの生活は平穏に続きました。
もうお菓子を押し付けあう事もなく、シーズと要領を得ない話をしたり、ルナさんに訳の分からない歌を聞かせられたり……。
不思議な事だらけだけど至って普通の生活を取り戻す事ができたのです。
そうやって不思議な日常を送っていると、リビッコさん達から私たち宛てにお手紙が届きました。
ルナさんに読んで貰った所、増え続ける砂糖への対策を見つけたらしいです。
ルナさんが読み終わって手紙をテーブルの上に置くと。

「やあやあ皆暫くぶりだね。 リビッコのお帰りだ、寂しかったかい?」

「うひゃあ!?」

三人で声を揃えて飛び上がってしまいました。
後ろを振り向くと、そこにはいつの間にかリビッコさんが逆立ちで笑っていました。

「や、やあリビッコ……それで、対策は見つかったのかい?」

ルナさんは驚きを隠せないながらもリビッコさんに聞きました。
私もシーズも、多分レストちゃんも一番気になっていることです。自然と耳を研ぎ澄ませます。

「ああ、ルナ……君には迷惑をかけたね。でももう大丈夫ッ!」

バンッ!とリビッコさんは宙返りしてちゃんと足で立つと、お茶会のテーブルの上に何かを叩きつけました。
これは……まな板と、ボウル?

「そう、お砂糖があるならそれでお菓子を作れば良い! 前はシーズちゃん一人だったけど、ボクとチャーリーの三人なら沢山お菓子を作れるから心配ないよ!」

……何がどう心配ないんだろう。
聞くだけ無駄な話だと思ったので、お菓子作りに目覚めたであろうリビッコさんの話を聞き流してシーズにちょっと相談してみます。

「……ねぇシーズ、お菓子って食べる以外にも使い道あるわよね?」

「どうしたのさアリス?……まぁ、あるとは思うけど」

そうよね、別にお菓子を消費する手段は食べるだけじゃないですよね。
そう、例えば……家の建材とか!

「ねぇルナさん、前言ってた本を貸して? 私建築学の勉強をするわ」

「良いけれど……どうしたんだい急に?」

「お菓子の家を作るの。 魔女は……私がやればいっか」

全てを諦めた私は、お菓子の家を作る事に決めました。
15/08/17 12:27更新 / ナコタス

■作者メッセージ
それは別のおとぎ話じゃないかって?
いいじゃないですか、ここはルイス・キャロルの手からも離れた不思議の国なのですから。

今回は、人の醜さを見せ付けられてあざとさ(本来の意味で)と目の濁りを手に入れていくアリスちゃんのお話でした。
リビングドールは……ごめんなさい、書いてる内にリビドちゃんと元恋人のNTR合戦(半ギレ)になっちゃったので終着点決めるのに時間かかりそうです

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