Majestic Boring Day
頭上から容赦ない夏の蝉の声が全身に突き刺さる
絶え間なく熱線を発しているコンクリートの道に辟易しながら、俺はフラフラと我が家を目指して走っていた
ひさびさの仕事休みだし、どこかに出かけないともったいないとテンションに任せてランニングに出たのが失敗だった
楽しかったのは朝方の行きのみで、たった今帰り道の最中の熱地獄の中を苦しむことになっている
あまりの暑さに喉の渇きが限界を訴える、多少微熱っぽさもあるので典型的な熱中症初期症状だろう
持ってきたペットボトルはとうに底をつき、ジョギングですらないよろよろとした動きで水分を確保できる場を探し回っている
が、こんな中途半端な田舎の不条理なのか、こんな時に限って辺りに自販機が見つからない
公園の水飲み場という手も考えたが、ここからはかなりの距離だ
ここから向かうくらいなら家に帰った方がまだ近いだろう
イヤホンから流れてくるラジオは、まるで他人事のように熱中症の増加を警告する話題で盛り上がっている
こちとら現在進行形でぶっ倒れそうなのに…天気予報をちゃんとチェックしておけばよかった
足を蹴りだすたびに起きるわずかな風だけが今の救いである
―――というか、そろそろまずいな…目の端がチカチカしてきた…
チリン…チリン…
そんな朦朧とした意識の中、イヤホンをしているはずの耳にやけにはっきりとした涼しげな音が響いてきた
ふと辺りを見渡すと、コンクリートが砕けている古ぼけた脇道が視界に入る
人気がなく街灯もない、車が一台通れるかどうかの細い路地だった
そこには小さなリアカーの屋台が、青い布に紺色の文字で「根鈴巣」と書かれた小さなのぼりを掲げて止まっていた
のぼりの横には薄藍色の風鈴が僅かにゆらゆらと揺れながら音を奏でている
―――こんなところに屋台?祭りでもないのに?てか根鈴巣ってなんだ?
ある意味自販機よりも奇跡的なめぐり合わせ、テレビや漫画で見たことはあるが実際に目にするのは初めてだ
怪しさを醸し出すその屋台を訝しむも、俺はそのまま屋台に近づく
正直に言うとあまり近づきたくないのだが文句など言っていられない、何事にも緊急事態というものは存在する、いつ倒れるかわからない状況で近くに飲み物の調達ができそうなところもないのだから仕方ない
音の正体である風鈴をチラ見する、さっきは妙にはっきり聞こえたが…気のせいだろうか?
俺はポケットから財布を取り出す、ラムネ一本くらいを買う小銭はあるはずだ
屋台の脇には麦藁帽子を深く被る小柄な屋台主が黒いビールコンテナに腰掛けていた
細身だが全身を白いつなぎで覆っているため性別は分からない、この猛暑の中でその姿は屋台をさらに怪しげに彩る
俺は警戒心を抱きつつも、目の前でキラキラと太陽を反射する氷水の容器の魅力に逆らえず、おどおどと口を開く
「す…すいません、やってますか?ラムネを一つ…」
屋台主はこちらに気づくと黙って立ち上がり、氷水の中のラムネをとり出し手元のタオルで拭う
『ラムネ200円』
そう書かれた張り紙を指さし、屋台主は手のひらを空へ向けてこちらに差し出す
一言くらいしゃべったらどうなのだ、と俺は不満と疑念を抑えつつ財布を開けて二枚のコインを手渡す、相変わらず麦わらの鍔は深く、俺に彼女の顔を見せることを許さない
屋台主はコインをつなぎのポケットに押し込むと、屋台から凸型の栓抜きを取り、蓋になったビー玉を容器にコトンと落とす
不愛想な屋台主の雰囲気と炭酸の抜ける軽快な音の組み合わせがやけに不釣り合いでかみ合わない
受け取ったラムネにはラベルが貼られていなかった、透き通る紺碧のビンだけが汗ばんだ俺の顔を歪めて写しているのみだ
ますます怪しい、最近はメーカーが分かるようにラベルははがさないもんだろう…
だが、拭いきれない不信感も飲み口から漏れるラムネの冷気によって意識の端に押し込められてしまう
まぁいい、今はこの渇きを何とかすることが最優先だ、いただきます―――
俺はそう無理やり納得してそのままビンを口に運ぶ
飲み口からラムネがシュワシュワと音を立ててのどを潤す
…はずだった
飲み口を口につける瞬間、大量の水が弾けるように吹き出してきた
とてもあのビンの中に納まっていたとは思えないほどの水がビンから俺の顔に直撃する
俺はよろけて思わずビンを手から離そうとする、が吸い付いたように手のひらからビンは離れなかった
狼狽する俺をよそに水の勢いは止まらないどころか勢いを増し続ける、次から次へと溢れ出す水は俺の身体を濡らし、そして足元から辺りの景色を下から覆い尽くす
俺の膝や胸、屋台、近所の住宅に電柱…
やがては空にも水は届き、町は一面の水に沈んでしまった
…何がなんだかさっぱり理解できなかった
唯一分かるのは、必死で求めていたはずの水が、今は俺から水より重要なものを奪いに来ているということだ
町の中なのに水の中…なのになぜか浮くこともできず俺はバタバタともがくことしかできなかった、ただ残りの空気が減るだけなのはわかっていても身体は水を拒絶しようとする
…息ができない、誰か空気を…!
どこもかしこも、水で埋まっている見上げてみても水面がどれくらいか見当もつかない
確保しようにも、空気がどこにもなかった
絶望感に目を白黒させながら近くの屋台の手すりを掴む
その脇の屋台主は依然として佇んだままだった
…何でコイツ平気なんだ?いや…俺がおかしいのか?
屋台主は麦わら帽子とつなぎを脱ぎ捨てるとこちらにすぅっと近づいてくる
その姿を見て俺はさらに狼狽する
その下から現れたのは黒髪を背中まで長く伸ばした若い女性だった…細くて華奢な身体に目じりは垂れていておっとりとした雰囲気に胸が一瞬高鳴る
だが、胸の高鳴りはそれだけではない
彼女は…人間ではなかった
尖った耳、青い肌、頭には濃紺色の角が数本生えている
ひれのような足ともう一本、尾ひれともいるべき尻尾が腰のあたりからゆらゆらと水になびいている
人魚とは何か違う、ああいう神秘的なものではなくもっと全体的に魚に近い感じだ
明らかに自分と違う存在に困惑するが、未知の存在に慌てふためいて暴れたり考え込んだりするほど今の俺には酸素の余裕がなかった
大和撫子にふさわしい彼女の優しげな瞳が俺に向けられていた
と、ふいに彼女は怪しく笑みを浮かべると突然顔をグッと寄せて
そして、俺に唇を重ねてきた
直後に彼女の唇の奥からボコボコと気泡が俺の口に送られてくる
これは…空気?
酸欠になりかけた頭でそれを察した俺は貪るように気泡を吸い込む、慌てたせいで少し水も飲んでしまった
どうやら彼女は空気を出せるようだった
もちろんこんなことになったのは彼女のラムネが原因だが、この状況で命が助かるならなんだっていい
もっと空気をくれ…
そんな藁にもすがるような、嘆願するような目で彼女を見た途端―――
彼女は唇を離し、すぅっと後ろに下がってしまった。
そして、見せびらかすように不敵に微笑んで口から気泡を吐きだす。泡はゆらゆらと上に進んでいき、やがて見えなくなる。
…なるほど
私は空気を与えられるが、それをするかは私次第
お前の命は私のものだ
彼女はそういいたいようだ
俺は彼女の罠にハメられたことに今更気が付いた、まるで巣で待ち伏せするクモのように、あんな時代錯誤な屋台を使ってまで
あれだけ怪しいと逆にこんな展開は予想できなった、その発想はなかったというべきか
逃げ道がないことに気づいた俺は再び訪れる酸欠の目まいに襲われる前に全身の力を抜き、抵抗しない意思を彼女に向ける
何をされるかはさっぱりだが、少なくとも酸欠で死ぬのだけはごめんだ
彼女はそれを見ると満足げにくすくすと笑う
そして、再度近づいて俺に唇を重ねて気泡を送り込んできた
こうして空気を与えるということは、少なくともしばらくは命を奪う気がないらしい
まるで母親に乳をもらう赤子のように、そのまま俺は彼女の口から直接空気をもらい続ける
キスをやめれば死ぬ…そんなわけのわからない崖っぷちな状況にありながら、否、そんな状況だからだろうか
命の危機を前にして俺の分身は今までかつてないほどにいきり立っていた
股間の状況に気が付いたのか、ふいに彼女の右手が動く
彼女の掌の鱗の感触がするりとジャージの下に滑り込み、俺のものを優しく握りこむ
事の異常性にも関わらず俺のものは敏感に反応を起こす、ヒヤリと冷える手のひらに腰が引けてしまうが彼女から離れることもできずそのままビクビクと震えてしまう
彼女は水の抵抗などものともしないかのようにそのまま手を前後に振りはじめる、ざらざらとした鱗の感触に声が出そうになるが口がふさがっているのでそれもままならない
必死に息を押し殺す俺の苦悶の表情に彼女は蠱惑的に微笑む、彼女から送り込まれる空気もだんだんと荒々しくなる
羞恥心から目を背けることもできずにただただ彼女の潤んだ瞳に見つめられながら赤子のように唇を求めるしかなかった
彼女の手つきは艶めかしさと激しさを増していく、鱗のゴリゴリとした感触が生み出す程よい心地よさに俺の下腹部が熱くなってくる
射精感がふつふつと煮えたぎってくる、俺は体をブルリと震わせた、もう限界だ
そんな俺の状態をさとったのだろうか、ふと彼女はその手を止める
湧き上がってきた感覚はすっと引き戻され、盛大に生殺しを味わった
達することのできなかった下半身が切なくヒクヒクと震える、俺は荒れる息だけでも整えようと必死で彼女の口を貪る
空気とともにヌルヌルとした唾液が俺の口に流れ込む、絡みつくような粘り気に呼吸を阻害されないようにそれらを次々に飲み下した
彼女は嗜虐的な顔で俺の顔を見つめ続ける、火照った顔にとろんと溶けるような瞳から視線を離せなくなる
このままじゃ終わらない、言葉は通じないがそういうかのように俺の腰に腕を回す
もちろん俺もこのままでは終われなかった
理性では命の危機であることは理解できている、いくら空気をもらっていても水中でこれ以上息を荒くすれば危険なことは重々わかっている
しかし、人外であるとはいえ見目麗しい彼女と1センチたりとも離れられない
この状況、空気のために求めていたの唇がいつの間にか愛しく思えるようになっている
どうせここで引いたところで逃げ場はない、目の前にはお世辞を抜いても見目麗しい黒髪の女性
なら、いっそのこと…
彼女の内腿に下半身が当たる、そのまま俺はその中心に一物を挿入する
「……っ!…ぁ…!」
彼女は喘ぐのをこらえてながら上半身を反らせる、彼女は空気をはく余裕もないようで俺は勢いに任せて一気に奥までねじこんだ
「…!!」
キツい入り口を突き抜け、奥まで到達する、亀頭の先に子宮らしきものが感じられる
しばらくギュッと中で締め付けられるのをじっくりと味わう、暖かくぬめった感触が心地いい
ふと彼女がなにかひらめいたかのように両足と尾ひれを交互に動かす
俺と彼女はそのまま浮き上がり、住宅の屋根や電柱を越えフヨフヨと空に漂う
そのまま町を見下ろせるくらいに決してスピードが出過ぎないように浮上していく
突然の行動に俺は焦ったが、彼女の右手は俺の頭を軽く撫でてくる
そして、一瞬だけ口を離すとそのまま額にそっと柔らかく唇で触れてきた
『大丈夫』…といいたいのだろうか?
彼女の顔が離れたので下の景色が見えるようになる、水に飲まれたというのに
町には平然と道を歩く人々がいる
透き通った水の景色の下に変わらない田舎の町並み、視界のほとんどを占める空地の土と草原と木々がまるで海の海藻のように色鮮やかに見えた
普段見ている景色の見慣れない姿に見惚れながらも俺は改めてこの状況の非現実さを思い出すと息をのんだ
いや、こんな状況なのにそんなことを忘れさせるほどに…彼女は異様でいて魅力的だったのだ
…やはりこれは、夢なのだろうか?
ふいに冷静になりかけた俺の首を彼女の腕がぐいと引き寄せる
彼女はそのまま唇を再び重ねて、今度は舌を絡ませてくる
おれはそれに答えるように絡み取られる舌に自分の舌を重ねる、唾液が絡み合いネチャネチャという艶めかしい音が頭の内側から響いてくる
多少息がしづらいがそんなことはどうでもよくなってきた
いまはただ、目の前の女性とまじわること、それだけが頭の中に満ちている
水で満たされた空を漂いながら、俺たちは行為を続けた
お互いに離れないように腕を回し、唇を強く重ねて抱きしめあう
彼女の秘部がキュウと激しく俺のペニスを激しく攻め立てる、子宮が迎え入れようとペニスにコツコツと何度も触れる
愛液を水に混ぜながら荒々しく膣口がペニスの根元をこすり上げていく、水にいくら溶けて流れ出ても、愛液は止まらず流れ出る
足場のない空中、もとい水中では俺はまともに動けず彼女が率先して動く
荒っぽくも確実に俺を追い込んでいく、俺も必死で腰を振るが水の抵抗で身動きが取れない
夢中で腰を振る彼女になすがままだが、そんな状態も悪くないとすら思える
恍惚な表情で焦点の合わない目で彼女は俺を貪ってくる、唇もとうにふやけてきている
ふと湧き上がる射精感、だが出会ったばかりの女性に膣内にぶちまけるなど…
俺の引け目に連動するように腰は引き抜こうと後ろに下がる
しかし、彼女はそれを許さない
俺の限界を察知すると、外からするりと俺の両足を尾ひれで挟み込むと腰をグッと引き寄せる
腰の動きも追い込むように激しくなっていき、締まりも一層強みを増してくる
絞り上げるようなその猛攻に俺はついに我慢が出来なくなった
「…!っ…っ……!!」
彼女の膣を真っ白に白濁が埋める、ドロドロとした液がぺニスの周りを満たしているのが分かる
溢れるように放出される精液を一滴も漏らさないように彼女はぎゅうと膣を締めて閉じ込める
射精中にうけるその締め付けは耐えがたく、俺は膝をがくがくと震えさせながら精液を尽きるまで放出する
お互いにビクビクと身体を震わせて絶頂の瞬間を噛みしめるように味わったのだった
俺はフッ…と全身の力を抜く、いや抜けてしまった
瞼が重い、焦点が定まらない、彼女の顔が見えない
十分な空気をもらえてないわけではない、だがそれよりも先に俺の身体の限界がきたのだ、いくら空気が供給されていてもあんな水の中での行為は身体への負担が大きすぎた
彼女を抱きしめていた俺の腕がズルリと落ちる、そのまま彼女は俺の顔を胸元に引き寄せた
細身ながらも包容力のある胸に、俺は身体のすべての重みを彼女に預ける
景色がぐるぐる回る、光の川が目の端を横切る、青と白の粒が目の前を漂う
俺はそんな症状に気力で抗うこともできず、俺は眠るようにそのまま上から降りてくる暗闇に意識は押しつぶされたのだった…
――――
「……あっ、○○さん、大丈夫ですか?」
うっすらと浮かび上がた意識が捉えたのは白い天井と看護師の姿だった
ここは病院か?さっきのは夢?いつからここに?
夕日の橙色に染まった病院のベッドのうえで俺は横になっていた
あれから何時間が経っているのだろうか?
狼狽する俺に看護師は落ち着かせるように話しかけてきた
「○○さん、あなた△△のちかくの細い道端で倒れていたんですよ、熱中症で」
あの道端…やはり彼女と会った付近だ、ということはやはりあれは全て夢だったのだろうか?
辺りを見回しても病院の個室しか映らない、鼻から空気を吸い込んで水の中でないことをあえて確認してみる
ちゃんと自分で呼吸できるということにさりげなく感動する
夢で助かったと思うべきか、現実でなくて残念と思うべきか
どちらにせよあんな不思議経験をしたということが俺の反応を遅れさせたのはたしかだった
「○○さん、大丈夫ですか?今点滴を打ってますからそれがおわったら色々と検査をしますからね、今日は帰れませんから無理せずゆっくり休んでいてください」
看護師の言葉と腕から伸びたチューブが現実を教えてくれる、意識がちゃんとしてないと誤解したのかもしれない
いろいろわからない点はあるものの、なんとか生きて空気のある場に戻ってこれたのは良かったと思おう
おれが看護師の言葉に頷くと、看護師はそのまま部屋を後にした
枕に体重を任せて、俺はぼんやりと夕日を眺めながら人間ではない彼女の姿を思い出す
つなぎと麦わらで隠していた青い肌や角、指のないヒレ状の足
そしてあの瞳と柔らかな唇…
それらを夢中で味わっていたことを思い出すと、目のあたりが熱くなる
彼女はいったい何者だったのだろう?どうして俺を待ち伏せていたのだろう?
そんなどうしようもない考えの答え合わせなどできるはずもなく、ただただ治りきっていない熱中症の頭痛がひどくなるだけだった
考えたところで仕方ないことだってある、俺は思考をやめて看護師の言うとおりにそのままベッドに横になる
そして枕に頭の体重を投げ出して、再び瞼を閉じたのだった
――――――
それから二日ほどの入院をしてから一か月が経つ
あの後、俺は時間があればこの細いわき道やその近辺の道を何度も訪れてみたが魚の彼女にであることは一度もなかった
あの日この場所で起きた彼女との一つ一つが忘れられずに度々思い出す
単なる夢と片付けることもできず、彼女のあの面妖さ、美しさに未練がましく縋り、こうやって今日も何もないこの辺鄙な場所に毎日ランニングコースとして通い続けている
だが、いつかまた彼女に会えるのでは?という淡い期待を抱きながら通うもののことごとく裏切られ、現実という寂しさに屈服しそうになる
いつ出会ってもいいようにご丁寧にわざわざ200円を用意して昔の子供のように屋台を待つ大人の男の姿がそこにはあった、我ながら情けない限りだ
そんな愚か者に水をかけるように蝉の声が刃物のように頭につきささり、コンクリートの熱が襲い掛かり、太陽はじりじりと頭上から日ざしを落としてくる
2枚の硬貨が汗で湿り、かすかに漂う金属特有の匂いが鼻をかすめて妙に不快だ
いやはや本当に嫌気がさしてくる、もう月が変わったというのにまったく残暑がひかない、夏がこんなに嫌になるのも久しぶりだ
あまりの暑さに俺はわき道の端にあるブロックに座り込む、実在するかもわからない彼女を探すのもいささか疲れてきた
あと数日のうちに見つからなければ、諦めよう…
それにしても、喉が渇いた…それに頭も熱っぽい
いつの間にかペットボトルの中身がなくなっていることに気づき、汗だくのまま動く気力もなくしてうなだれる
頭が痛い、目がチカチカする…
前にもあったような身体の訴えに懐かしさすら覚えたことに少々笑ってしまった
チリン…チリン…
どこからか聞こえるその音は落とした小銭の音なのか、それとも違う何かの音なのかは覚えていない
――――
「では次のニュースです、今年もまた熱中症で搬送される方が増加しています」
「毎年この時期は大変ですねー」
「こまめな水分補給や体調管理が求められる中、少し変わった現象が起きています」
「熱中症なのに全身は水につかっていたかのようにふやけて水浸し、ですが長時間プールや風呂に入っていたわけではない…そういった症状の人が全国各地で見受けられます」
「この現象で亡くなった方はいないものの、一度症状が出ると何度も繰り返す再発性があります」
「なにか…妙な現象ですね、何かの病気か犯罪の可能性はあるんでしょうか?」
「そうですね、搬送されてくる場所に今のところ共通点は見つかっておらず、患者からウイルスなどの検出もされていません。同時刻に数か所で搬送される事もあるので犯罪の場合、単独犯ではないようです」
「まったくの謎、というわけですか、都市伝説じみていますね」
「この現象について、病院や地域などでは外出時には水分を必ず持ち歩くことを呼び掛けています」
「…続いてのニュースです、全国各地で昔懐かしの駄菓子を売るリアカーの屋台が話題になっています、××市の△△では…」
絶え間なく熱線を発しているコンクリートの道に辟易しながら、俺はフラフラと我が家を目指して走っていた
ひさびさの仕事休みだし、どこかに出かけないともったいないとテンションに任せてランニングに出たのが失敗だった
楽しかったのは朝方の行きのみで、たった今帰り道の最中の熱地獄の中を苦しむことになっている
あまりの暑さに喉の渇きが限界を訴える、多少微熱っぽさもあるので典型的な熱中症初期症状だろう
持ってきたペットボトルはとうに底をつき、ジョギングですらないよろよろとした動きで水分を確保できる場を探し回っている
が、こんな中途半端な田舎の不条理なのか、こんな時に限って辺りに自販機が見つからない
公園の水飲み場という手も考えたが、ここからはかなりの距離だ
ここから向かうくらいなら家に帰った方がまだ近いだろう
イヤホンから流れてくるラジオは、まるで他人事のように熱中症の増加を警告する話題で盛り上がっている
こちとら現在進行形でぶっ倒れそうなのに…天気予報をちゃんとチェックしておけばよかった
足を蹴りだすたびに起きるわずかな風だけが今の救いである
―――というか、そろそろまずいな…目の端がチカチカしてきた…
チリン…チリン…
そんな朦朧とした意識の中、イヤホンをしているはずの耳にやけにはっきりとした涼しげな音が響いてきた
ふと辺りを見渡すと、コンクリートが砕けている古ぼけた脇道が視界に入る
人気がなく街灯もない、車が一台通れるかどうかの細い路地だった
そこには小さなリアカーの屋台が、青い布に紺色の文字で「根鈴巣」と書かれた小さなのぼりを掲げて止まっていた
のぼりの横には薄藍色の風鈴が僅かにゆらゆらと揺れながら音を奏でている
―――こんなところに屋台?祭りでもないのに?てか根鈴巣ってなんだ?
ある意味自販機よりも奇跡的なめぐり合わせ、テレビや漫画で見たことはあるが実際に目にするのは初めてだ
怪しさを醸し出すその屋台を訝しむも、俺はそのまま屋台に近づく
正直に言うとあまり近づきたくないのだが文句など言っていられない、何事にも緊急事態というものは存在する、いつ倒れるかわからない状況で近くに飲み物の調達ができそうなところもないのだから仕方ない
音の正体である風鈴をチラ見する、さっきは妙にはっきり聞こえたが…気のせいだろうか?
俺はポケットから財布を取り出す、ラムネ一本くらいを買う小銭はあるはずだ
屋台の脇には麦藁帽子を深く被る小柄な屋台主が黒いビールコンテナに腰掛けていた
細身だが全身を白いつなぎで覆っているため性別は分からない、この猛暑の中でその姿は屋台をさらに怪しげに彩る
俺は警戒心を抱きつつも、目の前でキラキラと太陽を反射する氷水の容器の魅力に逆らえず、おどおどと口を開く
「す…すいません、やってますか?ラムネを一つ…」
屋台主はこちらに気づくと黙って立ち上がり、氷水の中のラムネをとり出し手元のタオルで拭う
『ラムネ200円』
そう書かれた張り紙を指さし、屋台主は手のひらを空へ向けてこちらに差し出す
一言くらいしゃべったらどうなのだ、と俺は不満と疑念を抑えつつ財布を開けて二枚のコインを手渡す、相変わらず麦わらの鍔は深く、俺に彼女の顔を見せることを許さない
屋台主はコインをつなぎのポケットに押し込むと、屋台から凸型の栓抜きを取り、蓋になったビー玉を容器にコトンと落とす
不愛想な屋台主の雰囲気と炭酸の抜ける軽快な音の組み合わせがやけに不釣り合いでかみ合わない
受け取ったラムネにはラベルが貼られていなかった、透き通る紺碧のビンだけが汗ばんだ俺の顔を歪めて写しているのみだ
ますます怪しい、最近はメーカーが分かるようにラベルははがさないもんだろう…
だが、拭いきれない不信感も飲み口から漏れるラムネの冷気によって意識の端に押し込められてしまう
まぁいい、今はこの渇きを何とかすることが最優先だ、いただきます―――
俺はそう無理やり納得してそのままビンを口に運ぶ
飲み口からラムネがシュワシュワと音を立ててのどを潤す
…はずだった
飲み口を口につける瞬間、大量の水が弾けるように吹き出してきた
とてもあのビンの中に納まっていたとは思えないほどの水がビンから俺の顔に直撃する
俺はよろけて思わずビンを手から離そうとする、が吸い付いたように手のひらからビンは離れなかった
狼狽する俺をよそに水の勢いは止まらないどころか勢いを増し続ける、次から次へと溢れ出す水は俺の身体を濡らし、そして足元から辺りの景色を下から覆い尽くす
俺の膝や胸、屋台、近所の住宅に電柱…
やがては空にも水は届き、町は一面の水に沈んでしまった
…何がなんだかさっぱり理解できなかった
唯一分かるのは、必死で求めていたはずの水が、今は俺から水より重要なものを奪いに来ているということだ
町の中なのに水の中…なのになぜか浮くこともできず俺はバタバタともがくことしかできなかった、ただ残りの空気が減るだけなのはわかっていても身体は水を拒絶しようとする
…息ができない、誰か空気を…!
どこもかしこも、水で埋まっている見上げてみても水面がどれくらいか見当もつかない
確保しようにも、空気がどこにもなかった
絶望感に目を白黒させながら近くの屋台の手すりを掴む
その脇の屋台主は依然として佇んだままだった
…何でコイツ平気なんだ?いや…俺がおかしいのか?
屋台主は麦わら帽子とつなぎを脱ぎ捨てるとこちらにすぅっと近づいてくる
その姿を見て俺はさらに狼狽する
その下から現れたのは黒髪を背中まで長く伸ばした若い女性だった…細くて華奢な身体に目じりは垂れていておっとりとした雰囲気に胸が一瞬高鳴る
だが、胸の高鳴りはそれだけではない
彼女は…人間ではなかった
尖った耳、青い肌、頭には濃紺色の角が数本生えている
ひれのような足ともう一本、尾ひれともいるべき尻尾が腰のあたりからゆらゆらと水になびいている
人魚とは何か違う、ああいう神秘的なものではなくもっと全体的に魚に近い感じだ
明らかに自分と違う存在に困惑するが、未知の存在に慌てふためいて暴れたり考え込んだりするほど今の俺には酸素の余裕がなかった
大和撫子にふさわしい彼女の優しげな瞳が俺に向けられていた
と、ふいに彼女は怪しく笑みを浮かべると突然顔をグッと寄せて
そして、俺に唇を重ねてきた
直後に彼女の唇の奥からボコボコと気泡が俺の口に送られてくる
これは…空気?
酸欠になりかけた頭でそれを察した俺は貪るように気泡を吸い込む、慌てたせいで少し水も飲んでしまった
どうやら彼女は空気を出せるようだった
もちろんこんなことになったのは彼女のラムネが原因だが、この状況で命が助かるならなんだっていい
もっと空気をくれ…
そんな藁にもすがるような、嘆願するような目で彼女を見た途端―――
彼女は唇を離し、すぅっと後ろに下がってしまった。
そして、見せびらかすように不敵に微笑んで口から気泡を吐きだす。泡はゆらゆらと上に進んでいき、やがて見えなくなる。
…なるほど
私は空気を与えられるが、それをするかは私次第
お前の命は私のものだ
彼女はそういいたいようだ
俺は彼女の罠にハメられたことに今更気が付いた、まるで巣で待ち伏せするクモのように、あんな時代錯誤な屋台を使ってまで
あれだけ怪しいと逆にこんな展開は予想できなった、その発想はなかったというべきか
逃げ道がないことに気づいた俺は再び訪れる酸欠の目まいに襲われる前に全身の力を抜き、抵抗しない意思を彼女に向ける
何をされるかはさっぱりだが、少なくとも酸欠で死ぬのだけはごめんだ
彼女はそれを見ると満足げにくすくすと笑う
そして、再度近づいて俺に唇を重ねて気泡を送り込んできた
こうして空気を与えるということは、少なくともしばらくは命を奪う気がないらしい
まるで母親に乳をもらう赤子のように、そのまま俺は彼女の口から直接空気をもらい続ける
キスをやめれば死ぬ…そんなわけのわからない崖っぷちな状況にありながら、否、そんな状況だからだろうか
命の危機を前にして俺の分身は今までかつてないほどにいきり立っていた
股間の状況に気が付いたのか、ふいに彼女の右手が動く
彼女の掌の鱗の感触がするりとジャージの下に滑り込み、俺のものを優しく握りこむ
事の異常性にも関わらず俺のものは敏感に反応を起こす、ヒヤリと冷える手のひらに腰が引けてしまうが彼女から離れることもできずそのままビクビクと震えてしまう
彼女は水の抵抗などものともしないかのようにそのまま手を前後に振りはじめる、ざらざらとした鱗の感触に声が出そうになるが口がふさがっているのでそれもままならない
必死に息を押し殺す俺の苦悶の表情に彼女は蠱惑的に微笑む、彼女から送り込まれる空気もだんだんと荒々しくなる
羞恥心から目を背けることもできずにただただ彼女の潤んだ瞳に見つめられながら赤子のように唇を求めるしかなかった
彼女の手つきは艶めかしさと激しさを増していく、鱗のゴリゴリとした感触が生み出す程よい心地よさに俺の下腹部が熱くなってくる
射精感がふつふつと煮えたぎってくる、俺は体をブルリと震わせた、もう限界だ
そんな俺の状態をさとったのだろうか、ふと彼女はその手を止める
湧き上がってきた感覚はすっと引き戻され、盛大に生殺しを味わった
達することのできなかった下半身が切なくヒクヒクと震える、俺は荒れる息だけでも整えようと必死で彼女の口を貪る
空気とともにヌルヌルとした唾液が俺の口に流れ込む、絡みつくような粘り気に呼吸を阻害されないようにそれらを次々に飲み下した
彼女は嗜虐的な顔で俺の顔を見つめ続ける、火照った顔にとろんと溶けるような瞳から視線を離せなくなる
このままじゃ終わらない、言葉は通じないがそういうかのように俺の腰に腕を回す
もちろん俺もこのままでは終われなかった
理性では命の危機であることは理解できている、いくら空気をもらっていても水中でこれ以上息を荒くすれば危険なことは重々わかっている
しかし、人外であるとはいえ見目麗しい彼女と1センチたりとも離れられない
この状況、空気のために求めていたの唇がいつの間にか愛しく思えるようになっている
どうせここで引いたところで逃げ場はない、目の前にはお世辞を抜いても見目麗しい黒髪の女性
なら、いっそのこと…
彼女の内腿に下半身が当たる、そのまま俺はその中心に一物を挿入する
「……っ!…ぁ…!」
彼女は喘ぐのをこらえてながら上半身を反らせる、彼女は空気をはく余裕もないようで俺は勢いに任せて一気に奥までねじこんだ
「…!!」
キツい入り口を突き抜け、奥まで到達する、亀頭の先に子宮らしきものが感じられる
しばらくギュッと中で締め付けられるのをじっくりと味わう、暖かくぬめった感触が心地いい
ふと彼女がなにかひらめいたかのように両足と尾ひれを交互に動かす
俺と彼女はそのまま浮き上がり、住宅の屋根や電柱を越えフヨフヨと空に漂う
そのまま町を見下ろせるくらいに決してスピードが出過ぎないように浮上していく
突然の行動に俺は焦ったが、彼女の右手は俺の頭を軽く撫でてくる
そして、一瞬だけ口を離すとそのまま額にそっと柔らかく唇で触れてきた
『大丈夫』…といいたいのだろうか?
彼女の顔が離れたので下の景色が見えるようになる、水に飲まれたというのに
町には平然と道を歩く人々がいる
透き通った水の景色の下に変わらない田舎の町並み、視界のほとんどを占める空地の土と草原と木々がまるで海の海藻のように色鮮やかに見えた
普段見ている景色の見慣れない姿に見惚れながらも俺は改めてこの状況の非現実さを思い出すと息をのんだ
いや、こんな状況なのにそんなことを忘れさせるほどに…彼女は異様でいて魅力的だったのだ
…やはりこれは、夢なのだろうか?
ふいに冷静になりかけた俺の首を彼女の腕がぐいと引き寄せる
彼女はそのまま唇を再び重ねて、今度は舌を絡ませてくる
おれはそれに答えるように絡み取られる舌に自分の舌を重ねる、唾液が絡み合いネチャネチャという艶めかしい音が頭の内側から響いてくる
多少息がしづらいがそんなことはどうでもよくなってきた
いまはただ、目の前の女性とまじわること、それだけが頭の中に満ちている
水で満たされた空を漂いながら、俺たちは行為を続けた
お互いに離れないように腕を回し、唇を強く重ねて抱きしめあう
彼女の秘部がキュウと激しく俺のペニスを激しく攻め立てる、子宮が迎え入れようとペニスにコツコツと何度も触れる
愛液を水に混ぜながら荒々しく膣口がペニスの根元をこすり上げていく、水にいくら溶けて流れ出ても、愛液は止まらず流れ出る
足場のない空中、もとい水中では俺はまともに動けず彼女が率先して動く
荒っぽくも確実に俺を追い込んでいく、俺も必死で腰を振るが水の抵抗で身動きが取れない
夢中で腰を振る彼女になすがままだが、そんな状態も悪くないとすら思える
恍惚な表情で焦点の合わない目で彼女は俺を貪ってくる、唇もとうにふやけてきている
ふと湧き上がる射精感、だが出会ったばかりの女性に膣内にぶちまけるなど…
俺の引け目に連動するように腰は引き抜こうと後ろに下がる
しかし、彼女はそれを許さない
俺の限界を察知すると、外からするりと俺の両足を尾ひれで挟み込むと腰をグッと引き寄せる
腰の動きも追い込むように激しくなっていき、締まりも一層強みを増してくる
絞り上げるようなその猛攻に俺はついに我慢が出来なくなった
「…!っ…っ……!!」
彼女の膣を真っ白に白濁が埋める、ドロドロとした液がぺニスの周りを満たしているのが分かる
溢れるように放出される精液を一滴も漏らさないように彼女はぎゅうと膣を締めて閉じ込める
射精中にうけるその締め付けは耐えがたく、俺は膝をがくがくと震えさせながら精液を尽きるまで放出する
お互いにビクビクと身体を震わせて絶頂の瞬間を噛みしめるように味わったのだった
俺はフッ…と全身の力を抜く、いや抜けてしまった
瞼が重い、焦点が定まらない、彼女の顔が見えない
十分な空気をもらえてないわけではない、だがそれよりも先に俺の身体の限界がきたのだ、いくら空気が供給されていてもあんな水の中での行為は身体への負担が大きすぎた
彼女を抱きしめていた俺の腕がズルリと落ちる、そのまま彼女は俺の顔を胸元に引き寄せた
細身ながらも包容力のある胸に、俺は身体のすべての重みを彼女に預ける
景色がぐるぐる回る、光の川が目の端を横切る、青と白の粒が目の前を漂う
俺はそんな症状に気力で抗うこともできず、俺は眠るようにそのまま上から降りてくる暗闇に意識は押しつぶされたのだった…
――――
「……あっ、○○さん、大丈夫ですか?」
うっすらと浮かび上がた意識が捉えたのは白い天井と看護師の姿だった
ここは病院か?さっきのは夢?いつからここに?
夕日の橙色に染まった病院のベッドのうえで俺は横になっていた
あれから何時間が経っているのだろうか?
狼狽する俺に看護師は落ち着かせるように話しかけてきた
「○○さん、あなた△△のちかくの細い道端で倒れていたんですよ、熱中症で」
あの道端…やはり彼女と会った付近だ、ということはやはりあれは全て夢だったのだろうか?
辺りを見回しても病院の個室しか映らない、鼻から空気を吸い込んで水の中でないことをあえて確認してみる
ちゃんと自分で呼吸できるということにさりげなく感動する
夢で助かったと思うべきか、現実でなくて残念と思うべきか
どちらにせよあんな不思議経験をしたということが俺の反応を遅れさせたのはたしかだった
「○○さん、大丈夫ですか?今点滴を打ってますからそれがおわったら色々と検査をしますからね、今日は帰れませんから無理せずゆっくり休んでいてください」
看護師の言葉と腕から伸びたチューブが現実を教えてくれる、意識がちゃんとしてないと誤解したのかもしれない
いろいろわからない点はあるものの、なんとか生きて空気のある場に戻ってこれたのは良かったと思おう
おれが看護師の言葉に頷くと、看護師はそのまま部屋を後にした
枕に体重を任せて、俺はぼんやりと夕日を眺めながら人間ではない彼女の姿を思い出す
つなぎと麦わらで隠していた青い肌や角、指のないヒレ状の足
そしてあの瞳と柔らかな唇…
それらを夢中で味わっていたことを思い出すと、目のあたりが熱くなる
彼女はいったい何者だったのだろう?どうして俺を待ち伏せていたのだろう?
そんなどうしようもない考えの答え合わせなどできるはずもなく、ただただ治りきっていない熱中症の頭痛がひどくなるだけだった
考えたところで仕方ないことだってある、俺は思考をやめて看護師の言うとおりにそのままベッドに横になる
そして枕に頭の体重を投げ出して、再び瞼を閉じたのだった
――――――
それから二日ほどの入院をしてから一か月が経つ
あの後、俺は時間があればこの細いわき道やその近辺の道を何度も訪れてみたが魚の彼女にであることは一度もなかった
あの日この場所で起きた彼女との一つ一つが忘れられずに度々思い出す
単なる夢と片付けることもできず、彼女のあの面妖さ、美しさに未練がましく縋り、こうやって今日も何もないこの辺鄙な場所に毎日ランニングコースとして通い続けている
だが、いつかまた彼女に会えるのでは?という淡い期待を抱きながら通うもののことごとく裏切られ、現実という寂しさに屈服しそうになる
いつ出会ってもいいようにご丁寧にわざわざ200円を用意して昔の子供のように屋台を待つ大人の男の姿がそこにはあった、我ながら情けない限りだ
そんな愚か者に水をかけるように蝉の声が刃物のように頭につきささり、コンクリートの熱が襲い掛かり、太陽はじりじりと頭上から日ざしを落としてくる
2枚の硬貨が汗で湿り、かすかに漂う金属特有の匂いが鼻をかすめて妙に不快だ
いやはや本当に嫌気がさしてくる、もう月が変わったというのにまったく残暑がひかない、夏がこんなに嫌になるのも久しぶりだ
あまりの暑さに俺はわき道の端にあるブロックに座り込む、実在するかもわからない彼女を探すのもいささか疲れてきた
あと数日のうちに見つからなければ、諦めよう…
それにしても、喉が渇いた…それに頭も熱っぽい
いつの間にかペットボトルの中身がなくなっていることに気づき、汗だくのまま動く気力もなくしてうなだれる
頭が痛い、目がチカチカする…
前にもあったような身体の訴えに懐かしさすら覚えたことに少々笑ってしまった
チリン…チリン…
どこからか聞こえるその音は落とした小銭の音なのか、それとも違う何かの音なのかは覚えていない
――――
「では次のニュースです、今年もまた熱中症で搬送される方が増加しています」
「毎年この時期は大変ですねー」
「こまめな水分補給や体調管理が求められる中、少し変わった現象が起きています」
「熱中症なのに全身は水につかっていたかのようにふやけて水浸し、ですが長時間プールや風呂に入っていたわけではない…そういった症状の人が全国各地で見受けられます」
「この現象で亡くなった方はいないものの、一度症状が出ると何度も繰り返す再発性があります」
「なにか…妙な現象ですね、何かの病気か犯罪の可能性はあるんでしょうか?」
「そうですね、搬送されてくる場所に今のところ共通点は見つかっておらず、患者からウイルスなどの検出もされていません。同時刻に数か所で搬送される事もあるので犯罪の場合、単独犯ではないようです」
「まったくの謎、というわけですか、都市伝説じみていますね」
「この現象について、病院や地域などでは外出時には水分を必ず持ち歩くことを呼び掛けています」
「…続いてのニュースです、全国各地で昔懐かしの駄菓子を売るリアカーの屋台が話題になっています、××市の△△では…」
14/05/28 19:51更新 / とげまる