赤い眼(中)
…少し、話が長くなっちゃったわねー。
悪いけど、もう少し頑張って付き合ってね、継。
―――剛ちゃんと渡志ちゃんと出会って半年くらいかしら。
私は中学3年生だった。
いつまでも変わらないでいたいと心の中で息巻いていてもとうとう、変化の時期は来た。
半年という月日が経っても、私は二人にダンピールであることを明かせていなかった。
中学校で浮いていたこともあってか、人間に自分の魔物の部分を知られることに、自信が持てなかったの。
ましてや、私は半分だけが吸血鬼のダンピール。
人間でも魔物でもない半端者の私じゃあ、とてもじゃないけどハッピーな未来予想はできなかったわ。
私が、もっとちゃんとした魔物らしい魔物の形をしていたら、もっと魔物らしい振る舞いをしていたら、もっと違ったお話になっていたんじゃないかって何度も考えた。
でも、所詮どんなに考えても、私は私でしかなくて。
魔物らしい色恋とか番いのことはほとんど考えなくて、佐島兄弟と馬鹿騒ぎをして、吸血鬼なのにヴァンパイアハンターに憧れていて…。
それが、私であり、佐島扶美だった。
私は魔物でも人間でもないまま、なまじ中途半端に二人と仲よくなって、未練がましく身を引くこともできずにいた。その頃は友達いなかったからね。
…たしかさっき、二人と出会ったばかりの頃は、吸血衝動が出なかったといったわよね?
けどね。
不安がないわけではなかったわ。
時間が経つごとに、私の中に少しずつ『いつかまた同じことを起こすかもしれない』という不安の種が芽吹いてきた。
―――このまま何もせずにいて、いつかの小学校の体育の時みたいに、二人に襲い掛かって、バレてしまうのも時間の問題じゃないのかって。
どこか心の隅で怯えていたわ。
いくら魔物に興味を持ってくれている二人でも、『半端者である佐島扶美』を、私自身ですら受け入れられてない私を受け入れてくれるだろうか。
―――何度、自問してみても、答えは一緒だった。
私は、変わるしかないって。
二人と出会うまでの私は、ダンピールのことを隠す反面、自分を周りの人間にはどう見られても、どう思われても、どうだってよかった。
かなり人生を投げやりに思っていたのよね。
けれど、まずその考えが変わった。
魔物か、人間か。
選ぶことにしたの。
結論から言うとね…私は魔物であることを隠して、『普通の人間』としての道を選んだわ。
魔物みたいに情欲で生きれるほど、私の心は寛容じゃなかったみたいでね。
でも、ダンピールであることを隠し通すためには必要なものがあった。
二人に出会うまでの当時の私は半分、引きこもりのような状態だった。
当然、人間らしいコミュニケーションの技術なんて、何一つも身についていなかったわ。
相手の目を見れば露骨に逸らし、警戒心丸出しで、挨拶も「おはよう」の一つもろくに言えなかった。
そんなのが人に対して、秘密を隠したまま接するだなんて絶対に無理だと思ったわ。
秘密を隠し持ったまま、暮らしていける技術が必要だった。
だからまずは、それを得られる場所に行くことにしたの。
私は中学三年の後半にして、中学校に再び通い始めたわ。
なぜ学校なのかって?
身近に丁度いいお手本が、学校のそこら中にいたからよ。
学校の女子ほど表面上で誤魔化したり察したり、取り繕い、仲良くする技術に長けた存在は中々いないからね。
人間とのコミュニケーションを学ぶためにはうってつけの場所だったし、どうせ中学なんてあと半年しかいないのだから、せいぜい有効に使おうってね。
その半年で私は、とにかく試せるものを色々やってみた。
赤い眼や吸血衝動に予兆が見えたときにどう誤魔化すのか、とか。
日焼けに敏感な女子に日光対策を尋ねつつ、友好関係を作ってみたり、とか。
吸血衝動でピンチな時は水を飲むと落ち着く、とか。
涎用のタオルも保健室や備え付けのものとか脱脂綿を利用する、とか。
いかに怪しまれないように、人間の環境に溶け込めるかを常に考えたわ。
ダンピールだって知る前から、元々人間関係の輪に入るのは苦手ではなかったからね。目的意識さえあれば、人の視線の怖さにだって耐えられたわ。
私は次々と思考錯誤して、小学生の時から止まったままだった『人間として暮らせる技術』をドンドン身に付けていった。
…そしてその放課後や週末。
その技術を携えて、私は剛ちゃん達と出会っていた。
二人といる時も、二人の仕草を注意深く見つめて、私のことをいぶかしむ様子がないかバレない様に逐一、観察を続けた。
二人の視線や手先の動き、椅子の座り方から声の抑揚などの「言葉でない言語」を読む技術。
言葉の裏にある意味を汲み取ろうとする意識とかね。
…思い返すと本当に、色んなことを考えていたわね。
私は、人間になろうと必死だった。
―――そうやって剛ちゃん達を誤魔化すテクニックを身に付けるために学校に再度通い始めた結果、予想外のことが起きたわ。
吸血衝動や赤い眼や大量の涎が、現れる機会が段々となくなっていたの。
クラスの男子と接していても、もう涎や吸血衝動の兆しは現れなくなっていたわ。
私はすぐに察しがついたわ。
なぜなら反対に、剛ちゃんたちに会う時だけ、毎回症状が出ていたからね。
『魔物は好意を持った特定の相手にしか惹かれない。』
つまり、私の魔物の身体が二人を、『番い』として認識し始めた証拠ね。
私は安堵した。
努力の成果もあってか、私のクラスでの地位も回復を見せていたし、もう余計な心配を学校でしなくてもいいと分かったからね。
その後の私の学校生活は不思議なくらい、穏やかだったわ。
でも反面、不安が拭えなかった。
私が必死に人間としての努力を重ねているのに、身体の方は相変わらず魔物のままで、「あぁ何も変わっていないんだなぁ」っていう悔しさもあった。
その半年でどんなことだって、あらかじめ対策して予防線を張って、ちゃんと努力をすれば、ある程度のことは上手くいくものなんだって知ったわ。
でも、それはあくまで『ある程度』であって、100%じゃない。
つのるばかりの不安におびえながらも、私はさらに人間社会の勉強に勤しんでいった。
―――高校生になる頃には、私の周りには小学校の頃と同じように、話せる人間の友人が沢山できていたわ。
傍から見れば、私は紛れもない普通の『人間の』女子高生になっていた。
でも、素直には喜べなかった。
高校に上がってからは、明らかに二人に会う頻度が減っていったのよ。
最初に出会った頃は、ほぼ毎日会っていたはずなのにね。
それも、当然だった。
だって二人に会えば会うほど、魔物とバレるリスクが高まるんだもの。
魔物である事実を隠すことに全力を注いできた私にとって、いつの間にか二人に会うことはどこか面倒なものになっていたの。
―――人間には多少面倒でも『お付き合い』ってのがあるから仕方ないよね。
高校の友人ができたのは、幸か不幸か。
そんな理由を勝手に考えて、私はいつの間にか二人よりも、高校の友人との約束を優先するようになっていったわ。
あれだけ学校が怖かったというのに、皮肉なものよね。
全く、何のための学校生活だったのかしらね。
それでも、私は高校に通い続けた。
沢山の友人に囲まれるのは、不思議と悪くない気分だった。
私はどんどん人間の中に上手く溶け込めるようになっていって、二人とは少しずつ疎遠になって。
…いつしか自分が魔物であることを忘れてしまったわ。
でも、それはダンピールが半分だけ人間だから。
限りなく人間と似たような生活を送れたってだけ。
決して私が、人間になれたっていうわけではなかった。
悪いけど、もう少し頑張って付き合ってね、継。
―――剛ちゃんと渡志ちゃんと出会って半年くらいかしら。
私は中学3年生だった。
いつまでも変わらないでいたいと心の中で息巻いていてもとうとう、変化の時期は来た。
半年という月日が経っても、私は二人にダンピールであることを明かせていなかった。
中学校で浮いていたこともあってか、人間に自分の魔物の部分を知られることに、自信が持てなかったの。
ましてや、私は半分だけが吸血鬼のダンピール。
人間でも魔物でもない半端者の私じゃあ、とてもじゃないけどハッピーな未来予想はできなかったわ。
私が、もっとちゃんとした魔物らしい魔物の形をしていたら、もっと魔物らしい振る舞いをしていたら、もっと違ったお話になっていたんじゃないかって何度も考えた。
でも、所詮どんなに考えても、私は私でしかなくて。
魔物らしい色恋とか番いのことはほとんど考えなくて、佐島兄弟と馬鹿騒ぎをして、吸血鬼なのにヴァンパイアハンターに憧れていて…。
それが、私であり、佐島扶美だった。
私は魔物でも人間でもないまま、なまじ中途半端に二人と仲よくなって、未練がましく身を引くこともできずにいた。その頃は友達いなかったからね。
…たしかさっき、二人と出会ったばかりの頃は、吸血衝動が出なかったといったわよね?
けどね。
不安がないわけではなかったわ。
時間が経つごとに、私の中に少しずつ『いつかまた同じことを起こすかもしれない』という不安の種が芽吹いてきた。
―――このまま何もせずにいて、いつかの小学校の体育の時みたいに、二人に襲い掛かって、バレてしまうのも時間の問題じゃないのかって。
どこか心の隅で怯えていたわ。
いくら魔物に興味を持ってくれている二人でも、『半端者である佐島扶美』を、私自身ですら受け入れられてない私を受け入れてくれるだろうか。
―――何度、自問してみても、答えは一緒だった。
私は、変わるしかないって。
二人と出会うまでの私は、ダンピールのことを隠す反面、自分を周りの人間にはどう見られても、どう思われても、どうだってよかった。
かなり人生を投げやりに思っていたのよね。
けれど、まずその考えが変わった。
魔物か、人間か。
選ぶことにしたの。
結論から言うとね…私は魔物であることを隠して、『普通の人間』としての道を選んだわ。
魔物みたいに情欲で生きれるほど、私の心は寛容じゃなかったみたいでね。
でも、ダンピールであることを隠し通すためには必要なものがあった。
二人に出会うまでの当時の私は半分、引きこもりのような状態だった。
当然、人間らしいコミュニケーションの技術なんて、何一つも身についていなかったわ。
相手の目を見れば露骨に逸らし、警戒心丸出しで、挨拶も「おはよう」の一つもろくに言えなかった。
そんなのが人に対して、秘密を隠したまま接するだなんて絶対に無理だと思ったわ。
秘密を隠し持ったまま、暮らしていける技術が必要だった。
だからまずは、それを得られる場所に行くことにしたの。
私は中学三年の後半にして、中学校に再び通い始めたわ。
なぜ学校なのかって?
身近に丁度いいお手本が、学校のそこら中にいたからよ。
学校の女子ほど表面上で誤魔化したり察したり、取り繕い、仲良くする技術に長けた存在は中々いないからね。
人間とのコミュニケーションを学ぶためにはうってつけの場所だったし、どうせ中学なんてあと半年しかいないのだから、せいぜい有効に使おうってね。
その半年で私は、とにかく試せるものを色々やってみた。
赤い眼や吸血衝動に予兆が見えたときにどう誤魔化すのか、とか。
日焼けに敏感な女子に日光対策を尋ねつつ、友好関係を作ってみたり、とか。
吸血衝動でピンチな時は水を飲むと落ち着く、とか。
涎用のタオルも保健室や備え付けのものとか脱脂綿を利用する、とか。
いかに怪しまれないように、人間の環境に溶け込めるかを常に考えたわ。
ダンピールだって知る前から、元々人間関係の輪に入るのは苦手ではなかったからね。目的意識さえあれば、人の視線の怖さにだって耐えられたわ。
私は次々と思考錯誤して、小学生の時から止まったままだった『人間として暮らせる技術』をドンドン身に付けていった。
…そしてその放課後や週末。
その技術を携えて、私は剛ちゃん達と出会っていた。
二人といる時も、二人の仕草を注意深く見つめて、私のことをいぶかしむ様子がないかバレない様に逐一、観察を続けた。
二人の視線や手先の動き、椅子の座り方から声の抑揚などの「言葉でない言語」を読む技術。
言葉の裏にある意味を汲み取ろうとする意識とかね。
…思い返すと本当に、色んなことを考えていたわね。
私は、人間になろうと必死だった。
―――そうやって剛ちゃん達を誤魔化すテクニックを身に付けるために学校に再度通い始めた結果、予想外のことが起きたわ。
吸血衝動や赤い眼や大量の涎が、現れる機会が段々となくなっていたの。
クラスの男子と接していても、もう涎や吸血衝動の兆しは現れなくなっていたわ。
私はすぐに察しがついたわ。
なぜなら反対に、剛ちゃんたちに会う時だけ、毎回症状が出ていたからね。
『魔物は好意を持った特定の相手にしか惹かれない。』
つまり、私の魔物の身体が二人を、『番い』として認識し始めた証拠ね。
私は安堵した。
努力の成果もあってか、私のクラスでの地位も回復を見せていたし、もう余計な心配を学校でしなくてもいいと分かったからね。
その後の私の学校生活は不思議なくらい、穏やかだったわ。
でも反面、不安が拭えなかった。
私が必死に人間としての努力を重ねているのに、身体の方は相変わらず魔物のままで、「あぁ何も変わっていないんだなぁ」っていう悔しさもあった。
その半年でどんなことだって、あらかじめ対策して予防線を張って、ちゃんと努力をすれば、ある程度のことは上手くいくものなんだって知ったわ。
でも、それはあくまで『ある程度』であって、100%じゃない。
つのるばかりの不安におびえながらも、私はさらに人間社会の勉強に勤しんでいった。
―――高校生になる頃には、私の周りには小学校の頃と同じように、話せる人間の友人が沢山できていたわ。
傍から見れば、私は紛れもない普通の『人間の』女子高生になっていた。
でも、素直には喜べなかった。
高校に上がってからは、明らかに二人に会う頻度が減っていったのよ。
最初に出会った頃は、ほぼ毎日会っていたはずなのにね。
それも、当然だった。
だって二人に会えば会うほど、魔物とバレるリスクが高まるんだもの。
魔物である事実を隠すことに全力を注いできた私にとって、いつの間にか二人に会うことはどこか面倒なものになっていたの。
―――人間には多少面倒でも『お付き合い』ってのがあるから仕方ないよね。
高校の友人ができたのは、幸か不幸か。
そんな理由を勝手に考えて、私はいつの間にか二人よりも、高校の友人との約束を優先するようになっていったわ。
あれだけ学校が怖かったというのに、皮肉なものよね。
全く、何のための学校生活だったのかしらね。
それでも、私は高校に通い続けた。
沢山の友人に囲まれるのは、不思議と悪くない気分だった。
私はどんどん人間の中に上手く溶け込めるようになっていって、二人とは少しずつ疎遠になって。
…いつしか自分が魔物であることを忘れてしまったわ。
でも、それはダンピールが半分だけ人間だから。
限りなく人間と似たような生活を送れたってだけ。
決して私が、人間になれたっていうわけではなかった。
15/12/07 00:24更新 / とげまる
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