海の跡

連載小説

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唾液

頭がぼうっと湯の湧き立つような感覚に包まれていた。
墓地までの杉の木の入り組んだ坂道をフラフラと歩いている。

　今の時刻は昨日の墓参りの時と同じくらいだが、叔父の秘密の解明を企てていた昨日とは打って変わって頭が働かない。

いや、正確には意識があるが身体がいうことを聞かないという方が正しかった。
少し前に家を飛び出してから、体の異変は墓地についてからも相変わらず続いていた。
　身体の内側からは沸騰するような火照りが湧き上がり、外側からはじりじりと蒸すように空気の熱気がのしかかる。目の端にはチカチカと白い光が差しこむような錯覚を感じる。
　
本当に僕はどうしてしまったのだろう？まるで何かに操られているようだ。

ぼんやりと考えるが、集中できずに思考が靄の中に消えていく。

　やがて、僕の先祖の墓のある開けた芝生のところにたどり着く。
僕の足はそのまま先祖の墓の前まで進み―――そこでふっと動きが止まった。
　
20分ほど歩いてきて身体の火照りには段々と慣れてきたものの、さほど足は疲れていなかった。だがやはり身体は全く動かなかった。
電池の切れたロボットのようにその場に僕は立ちつくしていた。

疲労で動けないのとは違い、何か金縛りめいたもののようであった。

僕は視線だけを足元に移す。そこには墓の目の前には昨日と同じように、僕が置いた赤飯とサイコロ状の野菜の山が置かれている。

ただ昨日との違うのは蟻たちがご馳走にがっつく様に群がっていたことだ。

　牙をガチガチと開閉して、貪るように食料を運び出すその蟻の様子をただじぃっと見つめていると、僕もその赤飯と同じなんだなと思えてきた。

ここで待っていればきっとこのまま彼女にみつかって、そして餌のように貪られて無残に扱われるのだ…。

僕は唾をのみこむ。慣れたはずの火照りがまたぶり返してきそうだった。

あの紅い腕と脚の彼女がいつ目の前に現れるのか。恐怖とは裏腹に自分がそんなことを考えているのが驚愕だ。

　家を出る前の自分はあんなに怖がっていたはずなのに、今では彼女の登場をどこか期待するようになってしまった自分が同時に恐ろしくて仕方ない。

木々が入り組んでいて太陽の光は直接届かない。なにかを日光から守るようにゆらゆらと風に身を任せている。

「そこにおいても誰も食べないのにねぇ、そう思わない？」

ふと背後から声が聞こえた。

僕の背中の筋肉がピクリと跳ねる。
ハスキーで若干しわがれたような感じの女性の声。ふにゃりとした力の抜け気味な声だ。

きっと、彼女だ。　

とうとう見つかってしまった。

僕は後ろを振り向こうとしたが、やはり身体はなんの反応もしてはくれなかった。僕の首は全く動かずに、顔はそのまま目の前の墓の方向を見ているままだった。

「身体が動かないでしょう？ちゃんと効果はでてるようね」

声の主が段々と右側に寄っていく。
力の入ったままの僕の背中にゾクゾクと寒気が走る。彼女が喋れることはわかっていたが、こうも流暢に話せるのか。今までの彼女への化け物のようなイメージが崩れていく。

「これ、私の唾液なのぉ、即効性があって媚薬みたいな効果が出るのよぉ」

一体何を言っているんだろう？そんなものをどこで受けたのか。
僕は数瞬彼女の言葉の意味が分からずに考えた後、布団にあったあの杉の木の皮が浮かび上がった。

「あ…あの、木の皮…」

力の入らない口でポツポツと言葉を紡ぐ。恐怖で怯えているのか、緊張で震えてるのか、はたまたその誘惑とやらのせいなのかは分からなかった。

「あら、もしかして今ごろ気づいたのぉ？そうよ、ここの木の皮を剥がして染み込ませておいたの、臭いを嗅ぐだけで人を自分のところに引き寄せるくらいには強力よぉ」

妙に皮が湿っていたのはそういうわけだったのか、僕はそのまま質問を続ける。

「なん…なんで、うちの場所…知ってたの？」

「なんでってぇ…？…何言ってるのぉ？毎年来ているじゃない」

毎年…やはり叔父は意図的に彼女に会っていたのだ。
声が段々と近づいてくる、見えてはないが背後30センチくらいのかなりの近距離であるのはわかる。

彼女の呼吸の音が、聞こえない。
会話ができて限りなく人間に近いが、やはり生きた人間ではないのだ。

「…毎年、お、叔父さんはああやって…」

「叔父さん？あぁ渡志（わたり）のことぉ」

彼女は一瞬怪訝そうな声を出す、渡志は叔父の下の名前だ。
いつも叔父さんと呼ぶので僕にはあまり馴染みがないので一瞬叔父の名前と理解できなかった。

「そうよ、ここ最近はずっと彼が担当してたわぁ、でも…」

担当？

気になる発言が耳に届くが、その言葉の途中で彼女の身体が密着してきた。
僕は背中から彼女に抱きしめられる。唐突過ぎて何も反応できなかった。
もちろん反応しようにも身体が動かないのだが。

「これからはあなたの番だからねぇ」

その言葉と共に彼女が僕の顔をのぞき込む。
視界のほとんどが彼女の黒ずんだ肌で埋められる。

彼女のまっすぐ見つめてくるその目にドキリと心臓がハネあがった。

昨日も見た紅い瞳、飢えた獣が餌を見つけたような雰囲気だが瞳孔が開いたままだ。こちらを見ているはずなのに焦点があってないような、そんな不思議な感覚だった。　

　彼女は前のようにボロボロの衣服ではなく、ついそこで買ってきた新品のように新しい黒Tシャツとホットポンツを身に着けていた。全体的に色が暗いせいか白い髪がやたらと目立っている。

およそ動物が帯びるであろうはずの汗の匂いはしなかった。真白い髪からは青臭い草木の匂いすら感じる。雨の後に匂うような自然の臭いともいえる。

　
　彼女の真っ赤な手のひらが僕の頬に触れる。その燃えるような暖色とは裏腹に彼女の皮膚はひやりと冷たく、生き物の温度が感じられなかった。

まともな衣服と肌の色の不一致さと合わせて、以前とはまた違った異様さを醸し出していた。
　
　身体を震えが襲う。
すでに動かない身体がさらに硬直する、心までも蛇にがんじがらめにされてしまったかのようだ。

僕はあきらめたかのように張りつめていた気をとっぱらった。

「やけに素直じゃない。そういう子は嫌いじゃないわぁ」

　彼女はそういうと唇を僕の口に押し付けてきた。

　彼女のそれがふれている部分はやけに気持ちがいい。
体温はないはずなのに、彼女の唇が触れた部分がやけに熱く感じる。
水気の帯びた音が口の中で何度も響く、貪るようにという表現はこうも的確な表現だと初めて知った。

　何分か唇を密着させてふと、彼女はそのままするりと僕の腰に手を回し僕の身体を180度回転させる。すると僕の身体が丁度ご先祖様のお墓に背を向ける形になる。

　彼女はそのまま僕に寄り掛かると、僕の背中をどさりと墓石に押し付けてきた。背中には固くひんやりとした感触が伝わってくる。

彼女はそのまま僕のシャツを上にまくり上げる。そしてズボンを下ろし僕の胸のあたりから膝までが露わにされる。日差しの中を歩いてきたせいで汗ばんでいる。

「…じゃあ、はじめようねぇ」

　彼女はそういうと僕の腰に両手を当てたまま、地面に立て膝をつく。
彼女の顔は丁度僕のお腹の前だ。

　僕の左側の腰を抑えていた彼女の右手がするりと下に落ちる。いつ股間に触られてもいいように僕は膝にぐっと力を入れる。

だが、期待していたはずの男性器は全くの手つかずだった。
彼女の右手は鼠蹊部のあたりで急カーブをして、僕のへその下に添えられる。

「…えっ？」

予想と反した行動に僕は思わず声を出してしまう。

「…ふふ、なにを期待したのぉ？…ちょっと変わったこと、してあげるぅ」

そういうと彼女は口をパカリと大きく開き、てらてらと桃色に光る長い舌を突き出してきた。

そのまま僕のお腹に向かって顔が近づいてくる。
彼女の長い舌が僕のヘソのふちの部分に触れる。そのまま彼女の舌はゆっくりとヘソの周りで円を描く。

「…あ、うぁ…」

まるで男性器を舐められているような快感が腹部から背中に響き、背骨を通って頭に伝わってくる。今までの自慰とは違った快楽に喘ぎ声が漏れだした。
反射的に足の指にきゅうと力がこもる。

「おへそって普段触らないから気持ちいいでしょう？」

「あぁ…あ…」
彼女は唾液を垂れ流しながら嗜虐的に笑う。今まで覚えたてのせいか、亀頭をこするだけの簡単な自慰しかしてこなかった僕にとってはあまりにも未知の快感であった。

「ん…柔らかくて、とてもかわいいわぁ」

彼女の舌がヘソのくぼみにじゅるりと滑り込む。
僕のヘソの隙間をぬめったピンク色の肉が埋めつくす。

お腹がじんわりと熱くてたまらない。僕は身体をくねらせるが彼女は僕の腰に手を当てて離さなかった。

舌がヘソのぷっくりとした中心部をチロチロと刺激する。
溝の隙間まで丁寧に刺激してくる。唇と同じように彼女の舌に触れた部分はやけに熱く感じる。錯覚かもしれないが、彼女冷たい手が触れている分余計にそう思えた。

「ん…なんか…胸に当たってる」

気づくと僕の股間が彼女の谷間に向かって服の上からでもわかるくらいにつき上がっていた。

「ふふ…元気。でも、触ってあげなぁい」

彼女は一瞥したものの、相変わらずヘソを執拗に舐めてきた。
亀頭が彼女の胸に触れているせいで生殺しの感覚に襲われる。

だが、それ以上に自分のヘソの異常事態に僕は動揺していた。

「あ…なんか、出てる…？」

実際にヘソから何かが出ているわけではない。

ただ、見えない何かがトロトロと蜜のように、僕のお腹の中心から漏れだしているような感覚が脳裏に走ったのだ。
彼女の舌は、その蜜を丁寧になめとるようにヘソ全体を駆け巡るように攻めたててきた。

「…すごく良い反応ぉ、おへそだけでいっちゃうんじゃないの？」

「あ…うぁ…なに、コレ…？」

「んふ、ホント可愛い…じゃあ、一気に吸ってしまったらどうなるかしら？」

「えっ…？あぁ…ああっ！」

　じゅるじゅると音を立てながら、彼女が急に口をすぼめてくる。
蜜のような何かがズルズルとヘソから引きずり出され、彼女の口の中へと移動していくようだった。

「あああ…ぅあぁあ！っ」

まるで内臓ごと吸い出されるようだ。全身の筋肉が小刻みに何度も震える。
背骨に何度も何度も電流が走る。呼吸もままならないほどに。

男性器が射精するかのようにビクビクと跳ねる。全く触られていないのにもう爆発寸前だった。

「あぅ、ああああぁ…！」

「んむぅ…じゅるるる…」

　彼女の口は全く吸引の力を緩めない。唾液ごとへそを吸い上げる音が派手に鳴り響く。

だめだ、あまりの快感にとても耐え切れない。
お腹が、下腹部が火傷しそうに熱い。ヘソから射精しているみたいだ。

「…あ！でるぅ…あ、あ、ぁ…」

「じゅる…ずずずぅ…！」

快感に次ぐ快感の波。

僕はついに耐えられなくなり、ペニスは触れてもいないのに暴発するようにカノジョのシャツの胸のあたりに向けて果ててしまった。　

　勢いは強くなく、量もそこまで多くはない。
まるで夢精をする時のような感じだがその快感は夢精とはあまりにも段違いなものだった。
膝から力が失われて、地面にズルズルと身体を落とす。

彼女の顔はそれについてくる。気づけば、僕は昨日の叔父の時と同じテディベアのような体制で彼女にへそを吸い取られていた。

射精したというのに、彼女はヘソ攻めを一向にやめようとしない。

まるで水道の蛇口で水をがぶ飲みするように、彼女は僕のヘソを夢中になって貪っていた。

　

　やがて、彼女は吸引の勢いを弱めていく。
時間は数えてないが、僕の頭では10分は吸われたんじゃないかという感覚に陥ってた。

「…ふぅ、昨日もだけどこうやってヘソを苛めるのもいいわねぇ、でも肝心の量がちょっと足りないかも…あ、ちょっと乾いてる…」

彼女はTシャツについた精液をぺろりとなめとりながらそう感想を漏らす。

…昨日も？つまり叔父もこんな風に搾り取られていたのだろうか。

自分の想像していた方法とは違ったことに戸惑いながらも彼女の方をじっと見ると、味わうように口元をもごもごと動かしている。

「ふぅ…おいしいわぁ、ご馳走様でした」

「あ…お、お粗末さま…です」

思わず返事をしてしまった。そこでようやく精液を全てなめとるまで見惚れてしまったことに気づく。

「ごめんね、新しい人がくるからつい新しいこと試してみたくて…あ、ほら…涎が垂れているわ」

　彼女はそういうと僕の身体を起こして墓に寄り掛からせてTシャツの裾をひっぱり、僕の口元から垂れている涎や、お腹に残った唾液を丁寧にふき取っていく。
それから僕の尻や背中についた土を手で払い、衣服の皺も綺麗に整えていく。

随分と手慣れた動きだった。

「ちょっとやりすぎたわ…どう、立てそう？家の近くまでは肩を貸すわ…日には少しくらいなら直接当たっても平気だし…」

彼女は僕の頭に手を置き、優しく撫でてくる。
その手つきにはどこか懐かしいような感じさえする。
まるで怪我をした子供を家族が介抱するような、そんな不思議な優しさだった。

…あれ？

僕は彼女のその雰囲気の変わりように違和感を感じていた。

先ほどまで彼女はまるで痴女のようなオーラを醸し出していたのに、今は打って変わって母親のような温和な優しさに包まれているようだった。

あの行為の後、いつの間にかふにゃりとした声もなくなっていて
なんというか、より「普通の」人間に近い喋り方に変わっていた。

「…あの、逃がして…くれるの？というか君は…一体、何者なの？」

想像していたよりも随分と親身な対応に僕は戸惑いながら、ついそんなことを聞いた。

すると、なぜか彼女は訝しそうにこちらを見返してきた。

「…ねぇ、なんかさっきから違和感があるのだけど、渡志から聞いたんじゃないの？」

意味深な言葉。真剣なまなざし。
またしても彼女の態度が変わった。

とてもごまかせる感じではないので正直に答える。

「…叔父さんには、何も…聞いてない。君のことも…朝起きたら…あの皮が布団にあって」

疲れのせいなのか、それとも彼女の急な態度の変化に気圧されたせいか。
どうにも頼りない声で僕は答えた。

「…はぁ、やられた。家族とは話が付いたとか嘘ばっかり…ていうか肝心の甥に話さないんじゃ意味ないじゃない…」

彼女はブツブツといいながら不満をあらわにする。
そのまま考え込むように俯いてしまった。

なんなんだ一体、叔父はまだ何かを隠しているのだろうか？

　彼女に質問をしようとするが、一体何から聞けばいいか分からずにためらってしまう。僕自身、ここにくるまでは彼女に絞り殺されるのではないかとおどおどしている身だったのだ。そもそも彼女が普通の生き物でないという以外なにも分かっていない。

少しずつ真っ白になった頭は落ち着いてはきたが、身体の方は未だ動きそうにない。とりあえず僕は彼女の反応を待ちながら聞きたいことを頭の中で整理する。

数十秒たって彼女がパッと顔を上げる。

「わかったわ、とりあえず今は家に送るわ。私は後で渡志に事情を聴きだしてみる。継は一応、私に何か聞いたって渡志に気づかれないようにね、彼がなぜ嘘をついたのかわからないからね、私のことは…送る途中で説明するわ」

　矢継ぎ早に彼女の指示が飛んでくる。僕は圧倒されながらつい頷いてしまった。
まだ二度目だというのに、不思議と彼女のいうことには安心感があったのだ。
昨日まではあんなに恐怖していたというのに。

　
ん？そういえば…

「…僕の名前…叔父さんに聞いたの？」
どうにも中二めいた名前なのであまり家族以外に呼ばれたくないのだが。

おもわず尋ねる。

「…そうね、そんなところよ」

彼女はなにか、はぐらかすような感じで答えた。

「さぁ…じゃあとりあえず立ちましょう、ゆっくりよ」

「…うん」
彼女に左肩を担いでもらって、僕は立ち上がる。

怯えていたはずの彼女に支えられながら、僕は震える膝を引きずってそのまま帰りのくだり道を進んでいく。

彼女も、何か隠しているのだろうか？
もういっそのこと全てを話してほしいが、余計に混乱しそうなので今はそれ以上の追及はしなかった。後でゆっくり道々で聞いていけばいいだろう。

まず話を聞きたいのは叔父さんだ、一体どういうつもりなのだろう？

なにより、彼女はいったい何なのか？それが聞きたい。

「そういえば、君の…名前は？」

彼女は少し間をおいて答える。

「ん、じゃあ…タガネ、とよんで」

名前を聞いたのに「じゃあ」という答えはどうなんだろう…？

やはり、彼女はまともじゃない。

そして、それと同じく叔父に対しても何か一抹の不安を感じつつ、僕はひとまずタガネに肩を借りながら家に向かったのだった。

14/12/08 01:30更新 / とげまる

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