連載小説
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喰人鬼
 先ほど通ったばかりの田舎道を、僕はタガネと名乗る死体の彼女に肩を担がれながら引き返していた。

朝日はいつの間にか強さをだんだんと増してきていて、僕の首筋が焼けるようだ。ひび割れた凹凸の道路は疲弊して膝が震える身体では歩きづらかった。

だが少しずつ体力の回復してきた僕は次第に自分の足で進めるようになってきていた。

ゆっくりと歩きながら、僕はタガネ自身のことを聞いていた。
 


「…そうね、何も知らないのだったわよね?どこから話そうかしら…」

彼女は僕に歩調を合わせながら、考える素振りを見せる。

やがて彼女は、順番に並べるようにポツポツと話を進めていった。


彼女のその話はあまりにも突拍子もないものであった。




タガネは自分は喰人鬼(グール)なのだといった。


 彼女は僕の考えた通りの動く元死体で、もうずっと何年も前からあの墓地のある山に住み着いているというのだ。

 冬場は掘り返してあった墓の桶の中で眠っていて、夏になると毎年墓参りの時に、叔父が掘り返すのを合図に目を覚ますというサイクルをずっと繰り返していたらしい。あの桶についていた取っ手はやはり彼女が外に出るときに使うものだったようだ。

 そして、外に出た後はそのまま叔父の精をすすり、それを糧に生きてきたのだ。
死体に対して「生きている」なんて言うのもおかしな話だが。

 人の精、人間の素を喰らって生きる鬼、喰人鬼。
映画や小説のような典型的グールとは少し違うようだが基本の部分では一緒のようだった。

道中で彼女が見せたくれたが、髪の中のつむじの両横には周りの突き出した骨のような小さな角が2本突き出ていた。

「喰人鬼…なんていうから人間の肉とか血を食べているのかと思ってた」

僕は率直な感想を漏らす。実際そっちの方がなじみがある。

タガネは掻き分けた髪の毛を整えながら答える。

「まぁ本来はそういう化け物じみたものなんだろうけどね、できることなら人を傷つけない方が越したことはないし…なにより」

タガネはからかうように僕の顔をのぞき込んでくる。


「…そっちの方が気持ちいいでしょう?」


「う…えと、とりあえず人の肉を食べたりしないってことなんだね」

 つい目を逸らしながら、早口でそう切り返すとタガネが意地悪な笑いをこぼす。この赤い瞳に見られるとどうも緊張してしまう。

逸らした視線の行き場が分からず、僕は額や顔の汗を何度もぬぐった。

「ふふ、初心よね、全く」

タガネは満足したようにそう呟いた。

 それにしても、あんなに恐れていた喰人鬼なんて未知の存在とこうやって談笑するなんて思わなかった。

 一昨日この島に来た時は、滑り止めだけしか受けないつまらない受験勉強の日々だったのだ。ある意味受験より貴重な体験といえる。

 そもそも死体が動くなんてこと、彼女が親身に接してくれなければ信じられるわけもなく、あっという間に警察に通報するところだった。



 しかし、こうやって落ち着いて話していると、やはりタガネの特殊さが目に見えてわかる。

 僕が汗だくで歩きながら話をしている間、彼女の肌には全くといっていいほど汗が出ていなかった。あれほど強い日ざしを浴びているというのに、一滴も垂らすことはなかったのだ。

 ちなみに、汗に気づいたのは決して彼女のやたら露出の多い恰好を見てたからではない、多分。大体、山で暮らしているのになぜTシャツにホットパンツなんて際どいものを選んだのだろう?と疑問すら浮かぶ。

 基本的に死んでいるので体液はほとんど出ないし、身体から垢も出ないので土汚れを落とす以外では風呂にも入らないのだという。

「…いつから山にいるか、ね…少なくともあなたが生まれる前からだとは思うわ」

タガネは困ったような笑っているような妙な顔で微笑んだ。
どちらかというと、この人?の表情こそあいまいでとても読み取りづらい。

「さっきこれからは僕の番って言ってたけど、あれはつまり叔父が今やっていることを引き継ぐってことなの?」

「そうよ。あなたの家族が代々それをやってたのよ、だからてっきり…」

彼女の視線が地面に向く。叔父に嘘をつかれたことを気にしているようだ。

「…いや、いいよ別に。叔父さんだっていつかは話すつもりだったんだろうし…」

「でも、これじゃ継を騙したみたいで申し訳ないわ。渡志を問い詰めないと」

「いいってば」

 彼女はやたら叔父に対して否定的な感情をあらわにする。仲が良くなかったのだろうか?
行為はあくまで食事的な意味だったみたいだから、もしかしたらということもある。実際はどうなのだろう?

「タガネは…叔父が嫌い?」

「…いや、嫌いではないのよ。ただ…実際に行動には移さないって思ってたのに…あ」



彼女は不意に立ち止まる。家までもう少しなのだが、一体どうしたのだろう?

「継…ごめんね、私はここまでしか送れないの」

「え、なんで?家まで来ていたんじゃないの?」
僕は疑問が隠し切れずそう答える。

「…本当はね、私…あまりあの家に行ってはいけないの、色々あってね」

タガネはそういうと踵を返す。白い髪がふわりと弧を描く。


「それに…私ってグールだから、日ざしに長時間当たると身体によくないの、それじゃあね、お昼はちゃんと食べるのよ?いい?」

「あ、っちょ、まだ聞きたいことが…」

「それとね」

背中を向けたまま、タガネは僕の言葉を上書きするように話し出す。

「…多分、これから家族のみんなから色々な話を聞くとおもうけど、誰か一人が悪いわけじゃないの、だからその時は…何も言わずに全部聞いてあげてほしいの」

それだけ言うとタガネはそそくさと墓地の方へと去って行った。

またしても、突然の態度の急変に僕は対応できずに唖然とする。

辺りに残されたのは、蝉の鳴く音と肌を少しずつ焦がしてくる日ざしだけであった。


――――




 家の近くまで歩いてきて、今更僕は家族にどんな顔をして会えばわからなくなっていた。

タガネは確か家族が代々受け継いできた、といっていた。つまり、彼女の存在や叔父がどんな行為を受けていたのかをみんな知っているのだ。

 そして僕がこの1時間以上もの間、外出していた理由にも気づいているのだろう。

というか僕が、タガネに無理やりされたこともきっと。



……



…うわ。

 そう考えると、無性に恥ずかしくなってきた。今すぐ墓石に頭打ちつけて死にたくなる。

彼女との情事を見られた気分だ、彼女いないけど。


昼御飯食べたくない。
このまま都会の家に泳いで帰りたい。


 だが、こんな暇をつぶすものもないド田舎で帰らないなんて選択肢は選べない。

それなりに歩いた上に一度射精もしたので、胃袋はグルグルと音を鳴らして空腹を訴えていた。
汗もとめどなく流れ続けていて、水分も足りていない。

 大体、父さんも母さんも叔父さんもなんで何も言ってくれないのか。こんなおとぎ話めいたこととはいえ、事情をちゃんと聴けばゆっくりと考えることもできたかもしれないのだ。

 僕は別れ際のタガネの言葉をふと思い出す。



「誰か一人が悪いわけじゃない」


 それがいったい何なのかはわからないが、僕だけ蚊帳の外にされているように感じられて、訳が分からないうちに巻き込まれて、どうにも不公平な気持ちが否めなかった。
 

 何を隠しているかは知らないが、ここまで首をつっこんだら家族全員に全部話してもらうしかない。家族が引き継いできたというのなら家族のみんなは僕にはすべてを話す義務があると思う。


そう、これは聞くべきことなのだ。


 僕は決意と共に、なるべく羞恥心をおさえつけるように顔に力を入れ、家までの道をズンズンと足を大げさに踏み込んで進む。

もう足は震えることなく、しっかり踏み出せるようになっていた。


 この時の僕はまだ、僕がこの一連の出来事の中でどれだけの責任を負わされるかを全く理解していなかったのだ。



―――――


 家までの坂道を登り終えるとその脇にある少し開けた道に入る。

そこからはひび割れたコンクリートの道は途切れていて、砂利と土の道に変わっていた。

 しばらく進むと今度はゆったりとした下り坂になり、その坂の始まりに合わせて右手側には石の壁が続いていた。その入り口には迎え火用のおがらが白く焼け残り、大量の灰となっていた。

そこに、バケツで水をかけて灰を洗い流す後ろ姿があった。背は大きくないが、がたいのいい身体。僕の父さんだ。

 僕は一度大きく深呼吸をする。
 思えば、僕があの墓地で杓文字を探すふりをしていたのもばれていたのではないだろうか。

 いや、むしろ父さんは既に叔父さんとグルで何かをしでかす気だったんじゃないかと、そんな妄想が頭の中で膨らんできた。

だが、何もわからない故に確信が持てず、そして否定もできないもどかしさと疑問が胸の奥で突っかかる。



父さんは、味方だろうか?

 疑心暗鬼に陥ったが、とにかく話して見ないとわからない。
さっき家族に全てを話を聞くと決めたばかりではないか。
僕はそう思い、頭の中で膨らんだ妄想を蹴り飛ばし、僕は汗に染みだした父の背中に声をかける。

「ただいま」

「…ん、継か」

額の汗をぬぐった父さんは僕に気づくと、いつものように男性らしい低めの声で声をかけてくる。

「川か山にいってたのか?もうそろそろ昼飯だぞ」

「…うん、腹減ったから帰ってきた」

いつも通りの会話に少し気が抜けるが、僕はなんとか気を取り直した。

「そういや、あいつミョウガ焼くとかいった癖にまったく手ぇ付けてなかったなぁ…継、夕飯前に七輪出すから手伝え」

 父さんのいう「あいつ」とは叔父のことだ。
 

 僕の父さん、佐島剛樹(ごうき)は叔父の名前を呼ぶことがない。

 大概は「あいつ」とか「弟」とか、そんな曖昧な言葉で濁してしまうことが多い。僕が「渡志」という叔父の名前に馴染みがないのも、こうして普段から名前を聞く機会がほとんどないからなのである。
 別段仲が悪いというわけではないが、名前を呼ばないのは兄弟にしては少しよそよそしいのではないかと、傍からみていて思うことがたまにある。

「え、また味噌焼きにするの?僕あんまり好きじゃないんだけど」

僕は若干うんざり気味に声を漏らす。

「何言ってんだ、あれビールに最高に合うんだぞ、お前も20歳になったらわかる」

「すいませんね未成年で」

「おう、食い扶持が減るから助かるわ」

「酒控えなよ高血圧なのに」

「馬鹿野郎、盆に酒飲まないで何するんだ」

「来年の盆は父さんを供養するのかぁ、大変だなぁ」

「おうそうだぞ、家の残りのローンは頼むぞ」
父さんがにカッと笑う。

ついついお互いにそんな憎まれ口を叩き合った。
笑ってしまうくらい、いつもの調子、いつもの父さんだった。

 昔から、父さんも叔父さんも僕にはちゃんと家族として優しく接してくれている。山や川での遊び方を教えてくれたのも父さんだ。

くさい言葉だが、家族愛というものを十分に受けていると思っている。



 でも、そんな父さんでも、僕に何か隠していたりするのだろうか?

 誰でも隠しごとの一つや二つはあるものだとは思っているけど、そういう事実があるということは、不思議と切ない気持ちになる。それだけ距離を置かれているということを思い知らされているような気がしてならない。
 


「なぁ…」


そんな学生らしい物思いにふけっている中、父さんが話を続ける。



「墓場の化け物は、まだ生きているのか?」

14/12/15 02:01更新 / とげまる
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■作者メッセージ
自分で書いててややこしくなってきた…

連載ってあとから書き直ししてもいいものかとても悩みます。



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