連載小説
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遭遇
 Tシャツが汗で腹や背中にまとわりつく。山道を駆け上がるというのは思った以上にハードだった。


 祖母のお経が終わるのはそれから5分はかかっただろう。
その後、父は叔父がいないことが当然かのように皆に撤収の声をかけた。

母も祖母も祖父も、誰も叔父のことを口にすることなく帰りの山道を下り始めた。毎年のこと慣れてしまっていたが、いざ意識してみるとやはり何か不自然な光景だったんだなと改めて思う。

 僕は計画通りに途中で杓文字がないことを告げて、元の墓場の位置まで全速力で戻ってきていた。

「まずい…もう10分以上は経ってる」

 早くしなければ叔父の秘密を見つける前に叔父が戻ってきてしまう。いや、下手をしたらこのまま叔父と鉢合わせてしまうかもしれない。

そうしたら、僕が秘密を探っていることがばれてしまう。

何年も僕にはぐらかして秘密にするくらいだから、ばれたらきっと家族からいい印象は持たれない。少なくとも後々面倒くさいことになるのは確実だろう。
 
命こそかからないが失敗すると面倒くさい、こういった中途半端でペナルティがなんだか分からないというのは意外とこの追跡ミッションを演出するのにどうやら一役買ってくれているようだった。


「たしか…こっちをいって、右に曲がって…」
 
 僕は僕は肩で息を整えながら墓の近くに落ちた杓文字を拾い上げて、建前を回収する。この杓文字はうち長い間使っているものだから失くすわけにはいかない、だからこそ一人で引き返す言い訳になったのだ。


そして2,3度深呼吸をする、さぁミッションスタートだ。



先ほどの記憶を頼りに叔父の追跡を開始する。

といっても時間はあまり残されていない。せいぜい10分というところだろう。

僕は杉の木々の間をするすると抜けていく。複雑に入り組んでいるわけではなかったので足元にさえ気を付けていれば案外楽に進むことができた。

 つまづかないように足先に気を付けながら、腰をかがめて僕は進んでいく。
叔父の去り際を見ているとはいえ、途中から追跡は正直言ってあてずっぽうだ。どちらかというと叔父に発見されないことを意識していた方がいいだろう。

 先ほどの墓地からジグザグに進んでいくとふいに、少し6畳くらいのスペースを発見した。地面には光が差しにくいのか、草が全く生えていなかった。

「ひらけたところは見つかりやすいかも、危ないかな…ん?」

ふと、そのスペースに視線を下ろすと墓石がごろりと転がっていた。

その墓石は名前がなく、当時は磨かれていただろう石の表面がところどころ欠けていたり苔や土がついていた。
かなり古いものなのかそれとも長い間掃除をしてもらえなかったか、どちらにしろ普段人が触られる機会のない墓なのだなということは明らかだった。





しかし、そんなことは問題ではなかった。

僕はその墓より手前にあるものをみて目を見開いた。

 その墓石のすぐ近くには、1,5メートル以上はある大きな穴が開いていたのだ。
 穴の底には腐りかけた大きな桶のようなものがあり蓋が外されていた、穴の深さも2,3メートル以上はある。

よくみると墓石の近くには掘り返したように大量の土が穴の周りにあった。穴の中のある根っこもちぎれられた跡があり、明らかに人為的に掘り出されていているようであった。

穴の反対側を見てみると何かを引きずったような跡が残っている。すぐそばにスニーカーの足跡も発見した。





まるで、誰かがさっきまでそこに入っていた人間の死体を掘り返したばかりだといわんばかりに―――



「まさか…叔父さんが?」

 目の前にある不自然な光景に僕は動揺を隠せなかった。

あの叔父が、朗らかな雰囲気で虫も殺せそうにない叔父が墓荒らしをしているというのか?

思わず唾をごくりとのみこむ。普通の人は墓荒らしなんて時代外れなんて思うかもしれないが、僕はこれがドラマや時代劇に限ったことではないことを知っている。

 昔、寺生まれの友人から聞いたことがある話だが、今でも昔の人の金歯や一緒の埋葬された昔のお金を目当てに墓を掘り起こす不逞な輩がいるのだとか。


 僕は急に不安になってきた。
もしかしたら叔父もそんな風にして金目のものを得ているのでは?
家族も、もしかしたら叔父の悪行を知っているのか?


いやまて、落ち着け…そんなはずがない。

僕はパニックになりそうな頭を振って落ち着かせる。



 まず今叔父が死体を運んでいるとして、周りにスコップなど掘るための道具が見当たらない。流石にスコップと死体両方は持てないだろうし、去る瞬間は叔父は手ぶらだった。事前に用意してあったとしてもあの朗らかな叔父が20分足らずでこんな大穴を掘り起こせるだろうか?いや、無理だろう。

 そしてこの墓石、少なくとも50キロ以上はあるこの石を人の力で動かせるはずがない。あらかじめ前日に倒していたとしても、じゃあなぜ昨日のうちに墓を荒らさなかったのかという話になる。

何か、今でないといけない理由がないと説明がつかなかった。
  
もちろん何もかもが憶測をでない話だ、そもそも本当に墓荒らしかも分からない話だ。


だがそんな頭では理性的に見れても、本心では湧き上がった叔父への猜疑心が拭えなかった。
 もし、もし本当に墓荒らしだとしたら流石に冒険とかミッションだとかそんなことでは済まされない事態だ。今すぐにでも警察を呼ぶべきかもしれない。



僕は少し考えたあと、あたりを見回すと叔父の捜索を再開した。

 叔父の墓荒らしの可能性は低いとしても、悪いがこの現場を見てしまった以上見てないふりはできなかった。
叔父を信用してやりたいのは山々だがここで引いて今後、変に墓荒らしかも?なんてあらぬ疑いの目を持ち続けるよりは、実際に目にしてはっきりしておいた方が気分的にいい。
 大丈夫、死体を掘り起こすなんて非道な行いをあの叔父がしているわけがないとこの目で証拠として見ておきたいと思ったのだ。


 僕は近くに叔父がいないか警戒しながら、座り込むような形で手を足を地面につきながら穴の反対側に回り込む。

なんとなく再度穴の中を覗く、やはり死体は入っていない。


ん?


僕は何か妙な感覚がした。

 中の桶は腐りかけているのは一部だけで形状はしっかりと保っており、むしろどこか目新しさを感じる。普通何年も埋めていたら桶なんてとっくに腐って虫に食われているはずだ。
誰かが定期的に桶を換えている?死体が入っている桶を?なんのために?

 様々な疑問が頭で生じている中、穴の脇を通り過ぎる。
すると、反対側からは見えなかった蓋の内側になる部分が見えた。
そこにも、妙なものがあった。


蓋の内側に…取っ手?

まるで、襖のそれのように、蓋の内側には丁度よくつかめそうな感じの半円のくぼみが二つ並んで彫りこまれていたのだ。
ますますわからない、なぜ死体のいる内側にそんなものをつけるのか。

 僕はなにか…墓荒らしどころではない異常に首を突っ込もうとしているような気がしてならなかった。

僕は穴の先の引きずった跡を追っていく。草木やがなぎ倒れて苔が削れているので、どこを通ったかがよくわかる。しかし屈んでいるので遠くまでは見渡せない。

 さらに数十mほど進み、タイムアップの危機を感じ始めたかけたころだった。
突然、うぅ…と獣の唸るような声が右から耳に飛び込んできた。

身体がびくりと硬直する。視界は悪くないとはいえ、ここは林の中だ。
人に被害を与える野生動物がいて不思議ではない。クマやイノシシの目撃情報はこのあたりではまだ聞いたことがないが、この状況で聞いて緊張しないわけがない。


僕は近くの木に身を隠し、そのまま声のした方を警戒する。

よく聞くと唸り声は人間の男性のように聞こえる。その中でぺちゃ…ぺちゃ…といった何かをすする様な水気の帯びた音が混じる。



僕のいる木から20mほど先だろうか、木の根元に見覚えのある年のいった男性がテディデアのように座り込んでいた。
紛れもなくさっきまで一緒に墓参りをしていた叔父だった。


彼の両足の間には若い女性らしきものの後ろ姿があった。小さく丸い臀部がこちらを向いている。
その女性は膝を地面につき叔父の股間の部分に顔をうずめて、しきりに頭を上下左右に振っていた。ここからだと見づらいが、叔父のチノパンは太ももの付け根まで下ろされていた。

正面からは見えないが何をしているかはそれが男女の営みの前戯であることは一目瞭然だった。





 僕は悲しんでいいのかいいかわからなかった、今まで墓荒らしだのなんだの散々叔父に心配をかけにかけたというのに、結局アオカン現場だったことに対してどんな感情を持てばいいのだろう。さっきまで優しい顔だった叔父が情けなく上の空で呻いている。死体とは別の意味で見てはいけないものを見てしまったみたいだ。

 そして、近しい人の痴態をみてしまったそれ以上に健全な青少年であるゆえの自身の股間の興奮が抑えられないことにも同じくらい失望だった。
僕自身、あまり性に対していい感情を持っていないからだろうか。その失望さえ興奮の材料になっていた。


 何度も帰ろうと思ったが、性に敏感なその若者の身体がそれを許さなかった。
叔父の前の女性から目が離せない。
 後ろからでは何をしているの分からない、叔父のそれをどんな風に攻めているのか、舌でなめているのか、喉の奥までくわえ込んでいるのか、吸い上げて攻めたてているのか…

周り込んで見れないだろうか。


興味が僕の身体を縛り付けて動かなかった。むしろ木から身を乗り出そうとさえしている。



だが、なにより僕をひきつけたのは、その女性の容姿だったと思う。


 全身は土まみれで衣服は駅前にいるホームレスの方が綺麗なものを着ているのではと思うくらいにボロボロになっている。
手の先から肘上まで、つま先から太ももまでが血のように真っ赤にそまっていた。肩やつま先など身体の様々な部位からは白い鉱物のようなものが突き出ているように見える。あれは…骨だろうか?
肌は薄黒かった。肌の感じから見て10代、よくて20代くらいには見えるが肌の黒さは日焼けをしているというより土や泥で薄汚れているといった方が適切かもしれなかった。
髪の毛は老婆のように真っ白だった。石ころや湿った土がくしゃくしゃで長い髪に絡まっていてさっきまで土に埋まっていたい感じだ。


埋まっていた感じ…?

僕はさっきの荒らされた墓を思い出す。
彼女の踵と臀部には特に泥が集中して付着していた。
まるでさっきまで後ろに引きずられたかのようなの汚れ…。



その時、僕には一つの回答が浮かび上がった。
が、偶然の一致にしてはできすぎている。そんなわけがないと。

僕はその回答に頭の中ですぐさま×を付けた。

 僕がまたもや現場のおかしさに考え込んでいると、ふと彼女の動きがぴたりと止まる。彼女は上半身を上げるとそのまま叔父の股の間にぺたんと座り込んだ。


急にどうしたんだ?と訝しんだ目で彼女を見ていると



 次の瞬間、彼女はいきなり僕の隠れている方向に振り向いてきた。

彼女と完全に目が合った。心臓が跳ね上がった。
つりあがった白い眉に手足と同じ真っ赤な瞳が僕の存在をしっかりと見据えてきたのだ。

…見つかった、この距離で?

いやそれより、バレてしまった。

僕はじりっと身じろぐ。視線の先を彼女の足元へ移す。
叔父は意識はあるのかないのか、さっきからあうあうと唸ってばかりで目も虚ろだ。きっと僕には気づいてないだろう。

とにかく、今は逃げないと。
 彼女は得体がしれない。叔父には悪いが自分の身の危機だ。
彼女を見つめながら僕は少しずつ、少しずつ足を後ろに下げていく。

彼女もそのまま僕を見つめながら首を傾げた。

そして、何かに気づいたように一瞬目を見開く。


と、急に彼女は顔をゆがませて立ち上がる。


 ぞくっとした。目の前の女性が急にパニック映画のクリーチャーになったような、人間らしさが消えうせた感覚。

 蠱惑的なような、モンスターの狂気に満ちたような、それでいてこれから食事を無邪気に楽しむような子供のような、大人の色気と子供の無垢と幼さを混ぜ合わせたようなオーラを漂わせながら、ゆっくりとだが確実にスピードを上げながら足を踏み出してきた。



 僕の足も同じように彼女から後退のスピードを上げていく。
彼女から目を離さないように、かかとで足元を確認しながらとにかく下がる。

彼女の表情は笑っているのか悲しんでいるのかわかりづらい。


そして見れば見るほど、人間と対峙しているように感じられなかった。

言葉は通じるだろうか?説得できるか?


そんな、彼女が危険かどうかを判断する理性はどこかに行ってしまった。


それよりも本能の方が今すぐ逃げろ、彼女につかまってはいけないということを身体全体に告げていた。

彼女はやばい、普通じゃない、と。















次の瞬間、本能が説得を完全拒否した。

僕は踵を返して走り出す。彼女も同じように地面をける音が耳に届いた。
 杉の木々を次々とかいくぐっていく。夢中で足を前に蹴りだす。蝉の鳴き声、空に羽ばたく鳥の音、彼女の足音がやけに大きく聞こえた。体育会系の部活に入っていてよかったと思うのはこれが初めてだった。


よかった。
さっき山道を駆け上がったばかりだが、なんとか走れる。


彼女の方はまだ走り慣れてないのか、足音が遅くリズムも不安定だった。

不意に後ろからばたっと重いものが倒れる音がした、きっと彼女が倒れたのだろう。

「お…え、…じ…う?」

彼女が何かを言った気がした。喋れることに驚いたが、今の僕に止まって話を聞く余裕は一切なかった。

僕は振り向きもせずに走った。来る時に見た杉の木々を追い越していく。

逃げろ、逃げろ、とにかく逃げろ―――



全速力で駆け抜ける中、頭はだんだんと冷静さを取り戻していた。


僕の頭の中で、ポロッと×印が取れる。

理由なんてない、ただ直感だが間違いないと頭のどこかが判断したのだ。



彼女は、―――死体だ。


そして、このときの僕は気づいていなかった。杓文字が僕の手元にないことに。

15/07/17 01:32更新 / とげまる
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■作者メッセージ
ホラーっぽいですがホラーじゃないのでご安心を

次回の話のストックがゼロなのでしばらく間が空くと思います
変化球過ぎて怒られないかが心配です




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