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種族と、個人を、それでも愛する黒羽。 |
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何処かの世界。
過去。人間と魔物は争い合う運命で繋がれていた。 魔物は人間を喰らい、人間は自分達を守るために魔物と戦った。 そして現在。 今では魔物は女性しかおらず、人間に害を加えていた魔物たちとは全く異なるものとなった。 人間を愛し、人間と繋がる事を欲する彼女等を魔物娘と呼ぶ。 魔物娘はしばしば誤解される。 人を攫いそのまま夫にするなどは日常茶飯事にある事では無い。けれども、頻繁にある。 しかし。人間からしてみれば、状況証拠だけでは明らかに骨ごと丸呑みしてしまったような印象を受けるだろう。 少しのすれ違いが、大きな亀裂を生んでしまった世界の中。 そんな、人間と魔物娘の物語。 三日後に、この王国の魔物娘と人間の溝を埋める。 そんな決意を三日前にしたが、想像していたよりも暇を持て余した。 然るべき対策を講じ、外で珈琲を飲んだ。 活気を多少感じられるが、王子である自分が魔物に攫われた不安を感じる人も確認できた。当然、不平不満も。 密偵として忍び込んでいるサキュバスに話を聞き、役所がどの程度機能しているかを聞き出した。自国が安定していないという不安が、魔物娘という敵が現れたことにより和らいでいることも。 反魔物国家である人間の国が、親魔物国家である魔物の国を侵略する未来を変えるには。 親魔物国家である魔物の国が、反魔物国家である人間の国を侵略する未来を変えるには。 「ここに来るしか無いと思ってた」 王子として攫われる直前、僕がいつも過ごしていて、いつか僕が座るのだろうと想い描きながら、跪き、生きていた場所。 目の前の男が踊る。 「よく来られまし、た。いやしかし、お父様は今病床に伏せっておられ…王子様もおられない今、私が政を成しております。いえ、帰って頂き誠に恐縮でございます。現在隣の国家から密偵を送られていることも、市民に紛れてきな臭い動きをする魔物、あー……いや人間がいることも私は掴んでおります。私はその対応でてんてこ舞いなのですよ。戻って頂いて早速やっていただきたいことがありましてね」 彼が右腕を垂直に上げ、手の平を、屋根に隠れた見えぬ太陽にかざす。 「三歩後ろの女を殺してもらおう」 手のひらを床にゆっくり向ける。玉座を囲うように構える八人の兵のうち、一人が体形を崩しながらも、腰に据えている短剣を王子に投げ捨てる。この短剣を渡すことによる戦術的優位は微々たるものと考えているのだろうか。それとも本当にその選択をすると思ったのだろうか。それとも僕が八人の兵士を倒すだけの、 「戦う力を用意して無いと思ってるのか」 八人の魔物娘が、兵士に対して各々の感情を抱きながら散開する。 彼女たちにとって甲冑や、ましてや顔を隠す兜なんてものは魅力を増幅させる道具でしかない。ステップを踏むサキュバス。翼を扇情的に羽ばたかせるハーピー。体の芯から神の怒りを呼び出すサンダーバード。そして、さらにそして、 「私を…刺すの?」 ブラックハーピー、黒羽が、僕の右手を、後ろからゆっくりと羽で包む。 僕は振り返ることは出来なかったが、そっと握る。 艶やかな肌触りである羽の裏に、飛ぶために鍛えられたしなやかな筋肉と、そして震える骨から、僕は彼女の感情を知ることができた。 僕の二歩先にある短剣を、16人、そして僕と目の前の人間が10秒にらみ続けた。 まだ男は踊る。 「王子よ。おままごとは6歳で卒業したと思っていましたよ。君の気持ちは当然理解できなくも無い、説明できる感情だと確信もしている。いやどうだ、隣の国に自国を売り込むなど、やはり理解する必要も無い感情なように思える。この国の王子はどう思う。この国はそこまで悪かったかい。もし、もし僕が例え悪い人間だったとしよう。でも君が正義感を持って立ち向かうことで、折衷案が選択できていたと思わないかい。この仕打ちはどうだ」 丁寧な所作で、上手に兵士に問う。 兵士の構える槍は震えない。 国に対する忠誠心が高いことは僕にとっては幸せなことであり、僕自身に正義を問うていた。 「売国奴扱いか」 「そう疑いませんでしょう。少なくともこの国に住まう兵士たちは」 まだにらみ合う。 兵士としての質は高く、目の前の男を含めた8人は動じない。 こちらの魔物娘たちは、各々の心境で彼らを見つめる。 当然…彼女たちは人間を、 「私は、人間という種族を愛してる。彼自身も…」 黒羽は…後ろからそっと僕の横に立つ。 それでも彼女だけは戦闘の態勢を取っていない。 その言葉を…目の前の男は納得したように頷く。 そして目の前の男は…懐から小瓶を取り出して、ナイフと同じ位置に投げ捨てる。 当然割れて…少々腐ったような匂いが立ち込める。 「答え合わせとしましょう。貴方はまだ武を持って国民を制すと言えないんでしょうね」 毒物の香り。 「これ…私たちのじゃない、人間が人間のために作ったものだよ……?」 「察しが良い!種族さえ違わなければ家臣にしたい所でした。そう、あなたは自分の父親がなぜ急に体調が優れなくなったのか、考えたことはなかったのですか?そんなだから、私に取って代わられるのです。貴方に国は任せられない」 僕は過去の父親の様子を顧みた直後に、 手元に投げ捨てられたナイフを右手に取り、 目の前の男に投げ返すために振りかぶった直後、 「ストップ!後は私たちに任せて」 右ひじ、左足、頭を地面に優しく打ち付けられた。 優しく。もう大丈夫と言わん限りに。 同じくして、僕は気を失った。 ……。 そこは寝室のベッドだった。 その光景には見覚えがあり、外の風景は変わらず平和だった。 夢にしては痛ましく、現実だとしたら僕は国に対して無神経だった。 「おはよ」 椅子に座っていた黒羽が自分に気が付いて、 ゆっくりと僕に近づく。 ベットに寄り添うように僕の顔を覗き込み、 僕に今まで見せたことの無い表情を浮かべる。 「大変だったね」 一言だけ僕に伝えると、僕の首筋に顔を埋める。 その一言を聞いた途端、先ほどの夢の内容を三度ほど繰り返し読み直した。 「皆は大丈夫なのか!?」 「けがした人はいないよ」 僕が黒羽と名付けた少女は、 そっと両羽を僕のほほに添える。 「魔物娘…私たち強いから。人間なんて、魅了しようと思えばすぐなのよ」 彼女はまだ顔を伏せたままだ。 「サキュバスちゃんが、色々と仕込んでくれてたみたい。最終手段だけど、もし人と人が争うようならって」 僕を包む羽が、強まる。 「私たちが愛する人同士が争ったらって!」 彼女は顔を僕に見せた。 静かに涙を流していて、僕は我慢できずに目を背けてしまった。 「全部私たちがなんとかしたよ。私たち強いもん。でもそれだと人と魔物が手を取り合うなんて出来ないじゃん。人と人が手を取り合えないのに…」 僕は彼女の体を抱きとめようか少し悩んだが、そうする資格が無いことを悔やんだ。 「でも、さっきのは仕方なかったと思う。仕方ない。でも、貴方がナイフを手に取ったことだけは…忘れられない」 彼女はベッドに上がり、鋭い足で僕の足をにらむように覆いかぶさる。 「私が力づくでもいいの?」 種族としての愛と、 個人としての愛を、 僕の幼い心では捉え切れなかった。 19/07/09 14:30 家庭科室
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