連載小説
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平和を求めて旅立つ黒羽。
何処かの世界。
過去。人間と魔物は争い合う運命で繋がれていた。
魔物は人間を喰らい、人間は自分達を守るために魔物と戦った。
そして現在。
今では魔物は女性しかおらず、人間に害を加えていた魔物たちとは全く異なるものとなった。
人間を愛し、人間と繋がる事を欲する彼女等を魔物娘と呼ぶ。
魔物娘はしばしば誤解される。
人を攫いそのまま夫にするなど日常茶飯事でも無い。けれども、頻繁にあることではある。
しかし。人間からしてみれば、状況証拠だけでは明らかに骨ごと丸呑みしてしまったような印象を受けるだろう。
そんな、人間と魔物娘の物語。

どん。どんどんどんどん。
「王子!ここに逃げ込んでも、逃げられませんぞ!観念しなされ!」
何やら壁を叩く音。
仕方が無いとはいえ、自分の国の衛兵に追われる事になってしまうとは。後悔、はしていないが、それでも虚しさを多少感じる。

とある反魔物国家の王国。
今自分がいる場所は、王の謁見の間より上の階にある自室。
部屋には、扉と窓。後は何もない殺風景な部屋。

俺の父である現在の王は、病により衰弱しているので口数が少なかった。
その側近が魔物に屈しないと。魔物娘からの友好的な外交を強く拒否したのである。
拒否するだけならばまだ良い。側近の部下は、彼女らに武器を振りかざしたのである。
自分は思わず飛び出した。魔物娘達は、過去人族に甚大な被害をもたらした存在とは違うのだ。彼女らを庇い側近の前に立ちはだかる。王族が魔物娘をかばう発言をするなどもってのほかだとは解っていた。当然追われる身となってしまったが、混乱に乗じて魔物娘を出口へ逃がし、自分は自室に逃げ込んだ。
今はこうして、扉に仕掛けている頑丈な鍵で事なきを得ている。
逃げ込んだとは、語弊がある。閉じ込められたのと同じだ。
「っさて」
自分は魔物娘の事を知っている。どうせ何処かでこの国を敵に回すような発言を自分でするだろうとは思っていた。もしかしたら役に立つのでは、と扉と鍵を頑強にしておいたがまさか本当に役に立つとは。あの時の自分を褒めてやりたい。
余程の兵器を使わない限りは絶対に開かないし、そんな兵器を使ったのなら中にいる人間まで木端微塵。
王子をまさか殺しはしないだろう。
どうするか、ベッドに寝転りながら考える事にした。

「……ねえ、起きてよ。ねえねえ」
どうやらあのまま、ベッドで寝ていたらしい。窓から見ると夕暮れに差し掛かっている。
衛兵が入り込んでいないということは、扉が上手く機能してくれたということだ。
側近も、どうせ逃げる事は出来ないだろうと諦めてくれたかもしれない。
そんなことよりも。
「誰」
黒い羽。美しい顔。彼女の肉体が語る曲線美。
魔物娘が、自分の隣に腰掛けていた。
「ええと。見てわかる?ハーピィよ」
ふんっ、と胸を張る。黒い羽がその動きで少し散る。
そうじゃない。違う、そうじゃない。
「何故ここにいるんだ?」
寝ぼけた頭で、何とか質問を捻り出す。
人間ならば、腕である箇所に存在する黒い羽に目が行く。
掃除が大変そうだ。そんなどうでも良い事を考える。
「え、さっきの騒ぎ、知らないの?」
彼女の黒い髪がさらりと揺れる。
いよいよ目が覚めて、彼女の全景が目に入る。
よく見ると、人間の腕に当たる部分には翼があり、手や足には鋭いかぎ爪がある。
最初はかぎ爪が出ていたが、彼女が自分の髪を撫でる際に爪が引っ込んでいた。
随分と機能的だ。それ以外は、人間と同じように思える。
実際に見るのは久しぶりだが、相変わらず人間にある程度近いのだなあと感心する。
「私達が送った使者が、すんでの所で殺されそうになったじゃない。確か貴方が救ってくれたのよね。ありがとう」
確かに、彼女らに武器が振るわれた。普段藁で作られた人形しか切ってない人間が愚かにも魔物娘に。
「目の前で切られるのはごめんだからな」
それでも、と彼女はベッドから立ち上がって礼をする。
面と向かうと恥ずかしい気持ちを感じる。どう言い訳をしようが、彼女は美しいのだ。
「んで、なんだ。俺を攫いにでも来たのか?それだけを言いに来たという訳でもないだろう」
ふん、と布団を被る。
「攫っても良いのだけれど、情報を集めに来たの。ほら、私飛べるし」
黒いけどな。と、彼女の翼を見ながら相槌を打つ。
ハーピィにもある程度種類があったような。普通のハーピィ、性質が大きく異なるブラックハーピィ、確か新種のサンダーバード……。
「い、良いのよ。ともかく。最近この国物騒じゃない。私達の国家に大きな戦争を仕掛けるっていう話を、友達の魔物娘が兵士だった夫から聞いたのよ。私に相談してきたの。そんな事、させる訳にはいかないじゃない。私達は、こんなにも人間を愛しているのに……」
自分の国は反魔物国家。魔物娘の関係を否定している。
このハーピィは親魔物国家にいるそうだ。その国は魔物娘と良い関係を築こうとしている。
お互い国は遠くない位置にあるのだが、それでも牽制しあっているのが現状だ。
そして以前行方知れずとなった兵士の謎が解り、幸せに過ごせよ。と、小さく呟いた。
「知ってるよ」
そうして、相槌を打つ。
彼女は嬉しそうに微笑む。反魔物国家にでも理解者がいることが何よりも嬉しかったのだろう。
「なら、どう? 良いことする?」
ふふふ、と艶美な顔をしてこちらを見つめる。ベッドに腰掛けた状態から、丁寧に手足の爪をひっこめながら添い寝の形をとる。その意味も、解る。
しかし残念だったな、と首にある妙な形をした魔除けを示す。
「俺たちだけじゃない。王族だけでなく衛兵にまで、この魔除けが配られてる。強度は違えど」
魔物娘からの魅了を防ぐ……らしいが、実際どのようにして魅了を防いでいるかは解らない。
それでも、めんどくさがりながら毎日つけていた自分を褒め称えたい。
知らないうちに夫になるのは御免こうむる。
こちらの考えが透けて見えたのか。それとも魔物娘としてのプライドが許さないのか。むう、という顔をして大人しくしていた。
「ちょっと見せてよ。どんな効果なのか気になるからさ」
美しい顔に似合わない様な鍵爪をこちらに差し出す。渡せということなのだろうか。
「遠慮しておく」
魔除けを、相手から見えないように庇う。
むう。という顔をしてまたしても大人しくなったが、大人しくしている場合では無いと気が付いたので直ぐに騒がしくなった。
「それよりも、貴方。この反魔物国家でよく魔物娘を擁護する発言したわね。殺されてもおかしくないわよ?」
布団の中で隠れるように寝ている自分を起こしながら、彼女は疑問を投げかける。
反魔物国家では、神に仕える教団が≪教育≫を行っている。
彼らが引き起こす歪みが、魔物娘への反感を煽っているのはよくある話だ。
それに疑問を持つと、迫害される。どうも、勉強熱心な事だ。
「別に昔、少し世話になっただけだよ」
布団を被り直し、そっぽを向く。
「このままで良いの?あの側近、使者に宣戦布告したわよ? 東にある親魔物国家なのに。魔物娘が生まれる前、あの国は確かに人間しかいなかった。けれど、今でも魔物娘達は人間の事を大切しているし、大切にされているわ」
「解ってる」
だからこそ、だ。
そう呟いて布団を被る。
少しだけ、お互いに黙ったままだった。
「これからどうするの?」
不安そうな顔でこちらを見やる。
自分は、また眠ってしまったのだろうか。頭を、優しいその手で撫でられていた。
「戦争を止める」
久しぶりだった。
「どうやって?」
責めている訳では無いのだろう意思が、伝わってくる。
「王は、病により衰弱している。側近の言いなりになっていることぐらい火を見るより明らか。だけれど、王は側近の者を一番に信用している……」
思わずため息が出る。簡単な話、側近が解りやすい悪役なのだ。けれども階級のせいで、簡単に解決できない問題となっている。
「とりあえず、ここから出なきゃいけないよね」
ばさりと、黒い翼で艶美に羽ばたく。
「うん」
「行こう!」
聞くや否や、彼の肩を足で掴み。
「そーれっ!」
窓を超え。大空に向かって羽ばたいた!





王様、調子はいかがでしょうか……?
東の、紫色の空周辺にある魔物達への侵攻の準備は着々と出来ております故。
何も心配なさらずここに座っておいてくだされば良いのです。
奴らは魔物です。人を喰らいし魔物です。
魔物が近くにいれば、国民も安心して暮らせはしないでしょう。
大丈夫です。私にお任せくだされ……。

君が空に見つけたのは、夢か。

「何処に、何処に俺を攫うつもりなんだ」
青い空に、黒い翼が駆けながら問うた。
既にもう諦めはついている。どうせ、この黒い羽は無益な血を流させない為に自分を使う予定だったのだろう。こちらとしても好都合だった。
「ああ、ええと。とりあえず親魔物国家に来てもらおっかなーとか何とか。適当に考えてた」
掴まれながら、自分は器用にも頭を抱える。
まさか、打つ手ゼロで適当に王子を攫ったのか。
彼女は俺を足で掴みながら空を優雅に舞う。恐怖に勝ち見下ろすと、森が綺麗だなあと感じる。
速度も酷い物で、時折自分の肩を掴んでいるハーピィが急に止まって別のハーピィと談話を始める等の緩急も備えている。
意識を、手放すな。俺。
「あ、そうだ!とりあえず王様に会いに行ってよ!あの人達に会えば、何か手を考えてくれるかも」
「王様ぁ!?」
当然彼らが受けているのは強風。
何故、彼女の声は強風の中でも透き通るのだろう。
解らないが、ひとまず連れて行かれるしか無いようだ。


ここは、反魔物国家が戦争を予定している国の城。勿論、アポイントメントなんて取っているわけも無い。
「ついたよ!」
着いた先は、何と城の屋根の上。窓から、玉座に佇む王とその妻が見える。
「ついてない。何て場所に降ろすんだ!」
かなり高い場所にあり、もしこのまま窓から部屋の中に入っても大けがは必至だろう。
入口があるはずなのだが。
「こっちの方が速いし。行こう!」
急にハーピィが、自分の肩を掴んだ。そうした瞬間、窓を開けて屋根から城の部屋へ落下したのである。当然、巻き込まれてしまう。
「王様!あっちの国の王子を連れてきましたよ!」
部屋にいる全員、何を言ってるのか解らないような顔をしながら落下している自分達を見る。
ひとまず、華麗に着地。痛みなども無く素晴らしい。100点満点。
「そ、そのだな。話を聞かせてくれないか」
王様であろう人から、問われた。
説明するのもアホらしい。が、即刻牢獄に入れられない為にも懇切丁寧に説明する事にした。

結果として、さすが普通ならざる国だと感じた。
「それで、我らの所に来たのか?いや、まあ、ハーピィ達は情報を探すと共に重要人物を連れてくる等、良い働きだったと褒めるべきだろうし、ええと、王子もよく来てくださった」
腕を組みながら王様と思わしき人間は語る。動揺したものの、話を理解してくれた。身分も本当かどうか解らないのだが、黒い羽のハーピィが言っている事を信じてくれるそうだ。
未だ若さを保っている王様とその隣に座っている王女……。王女と言っても綺麗なのは確かだが、頭に角、蝙蝠の羽に尻尾と完璧なるサキュバスも隣に座っていた。
「私達も、争う事は望んでないのだけれどねえ?後、貴方……落ち着いてちょうだい。まあ確かに予想外ではあったのだけれど」
ああ。喧嘩を売りそうな風貌ではあるが、それは望んでいないと。
この意思を伝えるだけで、今、反魔物国家が描いている幻想は消えそうだが。
「そうはいかない。あの堅物の王と側近をどうにかしなければ。そうでなくとも教団や教会が国に圧力をかけている。生半可な事では……」
そういって、首を振る。その際、ちらりとこちらを見ている魔物娘達が見えた。何やらこちらに対して興味深々になっている者も居て非常に厄介だ。左から二人目、よだれくらい隠せ。味方はこの黒い羽少女しかいないのか。黒羽少女に視線を送ると、彼女は任せろとばかりに宣言した。
「逆にこっちから襲って魔物娘の良さを体感して頂くのはどうでしょう」
前言撤回だろう。真顔で言われては否定する気にもならない。
「とにかく、折角来てくださったのですから。ゆっくりしなされ。貴殿も、親魔物国家に来たのは初めてだろう。城に匿う形になってしまうが……」
ふうん。と、隣の魔物娘が美しく笑う。
「頭の固い、貴方にしては良い判断だわ。王族を連れ去った勇気のある黒羽ちゃんも、王子についていっておあげ」
はい!と、元気な声が隣で木霊した。どうやら黒羽はまだついてくるようで。その前に、彼女は黒羽と呼ばれているようだ。非常に安直だが良い。
上を見れば天井が高い。広い。天井にある窓に羽のある女性が何人かいる。見物にしては豪快だなあと思った矢先。
「伝令!伝令!」
上から、彼女らを押しのけて、白い羽のハーピィ種が降りて……落ちてくる。
なんとか着地したものの、彼女の羽には鮮血が。
「何があったんだ」
王は少しだけ声を荒げる。動揺などは見せないが、それでも全体に緊張した空気を感じられた。
血染の羽を抱えている女性は息絶え絶えながらもこう伝えた。
「他国の尖鋭がこちらまで攻めてきました。彼らは明らかに戦闘する意思を持っていました。この傷がその証拠です」
王女であるサキュバスは、もう良いと伝えた。
そして、高々に叫ぶ。
「治療班!はやく彼女を治療を!貴方は良く頑張りました。他の味方は何処にいますか?」
担架で運ばれようとしている彼女は、答える。
「総員、多少の傷は受けましたが散り散りになってし……」
ここで、彼女の意識は無くなってしまった。
「もしかして、貴方の国が……」
黒羽少女が、不安そうにこちらを見る。
なんとなくあの側近のやりそうな事だ。多方、王様には調子悪いだろうからと寝ているのだろう。
「俺が攫われたから、奪いに来たんだろう」
にしてはあまりにも仕組まれてる。解り易すぎる。
王子の部屋……つまり自分の部屋は、鍵と扉を頑丈にしている。魔法の力を使ったよくわからん鍵。何故入れたか……は、まさか扉を破壊したんだろうか。
王の妻がこちらに問いかける。
「確か、さっき自ら自室に閉じこもったと聞いたばかりだけれど。その頑丈な扉を突破されたの?」
「いや、そんなはずは……」
軍の……決して恵まれているとは言えない武器を、ただの扉を開く為に使うだろうか?
王様は、はっと気が付く。
「飛んでいる姿を見られたとか?」
「それです」
自分でも悲しく思う。そう。そうだ。何故気が付かなかったのか、恥ずかしい。鳥型の魔物娘が城から人間を担いで飛んできたら、あんな状況では、敵国が魔物娘を使って王子を攫ったと宣伝しているようなものだ。
魔物娘ならこの国だ。王子を取り返す為、襲う理由が出来たと。
「我々は、別に貴方を捉えて捕虜にしようとは考えていない。戦う事も勿論望んではいない。だが、このまま貴方が戻ったからといって平穏に終わるとは思えない」
「何も考えずに戻るつもりは無いよ。多分このタイミングで戻ったら殺される。そして、殺された事を隠されてここと戦争を起こす予定だろうよ」
それぞれが険しい顔をする。もう少し彼等には何か策がありそうな気がするが。
「じゃ、じゃあどうしたら良いの?」
「解ったら苦労しないよ」
ははは、と乾いた笑いで黒羽に笑う。
反魔物国家の王様は老いにより衰弱している。その王様は側近の者を非常に信頼している。
彼等に逆らえる人間は王子しかいないはずだったのだが。
「奴を殺すしか……」
ふっと、王子の口から言葉が出る。その言葉を制したのは以外にも人間では無い美しき女性達だった。
「それはいけません。人を傷つけるなど御法度ですし、何より人間同士が傷つけあうなんて……」
「そうです!もったいないです!」
「人間を傷つけるなんてとんでもない!」
周りが多少騒めく。
不安がる彼女等を制したのもまた王女。
「静まりなさい。ともかく、刃による解決は最後の手段。そのようにお願いできない?」
王女であるサキュバスの懇願を、断れる人間がどのくらいいるのやら。

おっと、王様。無理はなさらず。お体も悪いのですから。
さあさあ、この薬をお飲みください。
優秀な医者から頂いた物ですから、よく効きますよ。
治りましたら、近日中に兵士の士気を高めるために親魔物国家への侵攻に立ってくだれば……。
これで、魔物に苦しめられる事は無くなりますよ。
さあ、王はおやすみになられる。皆、部屋から出るように。

ひとまず、その日は城で休む事にした。

町に繰り出そうよと黒羽から言われたものの、追われている身である上に敵国でうろつく事は出来ない。自分の戦闘力は、魔物娘の戦闘力と比べると余りに低い。
と、何度も伝えたのだが。
他の魔物娘達も、人間を襲いはするが絶対に傷付けることはしない。大丈夫!と言われて仕方なく折れた。
武器屋、防具屋、道具屋……バザーと何やら物騒な物から、八百屋、肉屋、魚屋等、食糧に関しても。どちらかと言えばこっちの国の方が恵まれているように思えた。
「やっぱり、たとえば漁にしても、人間と魔物娘ではやり方も効率も違いますから。生態系も傷付けないようにコントロールしてますし。」
と、黒羽が自慢げに語る。
それぞれ店のオーナーから話を聞いてみるが、概ねそうらしい。
「なら、人間の価値なんて無いんじゃないのか?」
魔物娘が人間よりも優れているならば、人間が不必要に思えるのだが。
自虐めいた質問にも、丁寧に答えてくれた。
「魔物娘は、その名の通り女性しかいません。単純に好きというのもあるのですが、サポートしたりされたりと二人でないと成り立たない場合が多いです。愛、ですかね!」
きゃー、と言いながらほっぺを押さえて悶えているのを横目に周囲にいる人を見まわす。
幸せそうだ。俺たちの国の、圧政されて苦しんでいる彼らの何十倍も。
自分も抵抗して、市民に不利な規約ができそうになった時も戦ったが負けた。
裏ルートで流通している新聞紙に、自分の働きが書かれて応援してもらったにも関わらず。
その時は自分の不甲斐なさが原因だと思っていたが、最初から俺の言うことを聞くつもりは無かったのだろうか。
ぽやぽやと事を考えていると、ほっぺに冷たい感触を感じた。
「考え込んでいますね。バニラアイスです、美味しいですよ。なんせ……」
うんちくが、隣で繰り広げられる中。自分にできる事を考えた。
このアイス、うまい。

何だかんだでこの町を楽しんでいるなと、反省しながら城に帰ってきた。
既に自分の事は城の魔物娘達に知られていた。戦争を止める救世主だとかなんとかで呼ばれてしまい、苦笑してしまった。
そして、会話の反応は様々。すぐさま襲いかかろうとする好色な者や、おしとやかだが虎視眈々とこちらを狙う者。既婚者で、余裕のある者。
黒羽に何度も聞いたが、やはり人間が好きなのであまり変に思わないでくれと申し訳なさそうにしていた。
どう声をかけてやれば良いか解らなかったが、困っている時にたまたま周囲にいた魔物娘にニヤニヤされてしまった為、答えはお預けとなった。

そして、王の間にようやくたどり着いた。
「ふふ、町はどうだったかしら?」
王の妻サキュバスは、耳に残るねっとりとした声で言った。
「にぎやかでしたね。とても楽しそうでした」
こんな感想しか言えないが、それでも楽しそうだった。
元人間から魔物娘になった方からも話を聞くことができたが、ここにいるのは楽しいと。
色んな人から話を聞けた事は、自分の身分等々についてはラッキーだった。
「それは良かった。今日と言わず、しばらくは城の一室で寝泊まりすると良い。案内させよう」
王様が手で合図すると、トカゲの面影を得た魔物娘が陰から出てきた。
こちらですと、先ほどまで見ていた魔物娘達とは違う厳格な表情で道を指し示す。
「ありがとうございます」
良かった。この魔物娘は安心できそうだ。
心軽やかに、彼女についていった。
彼らを見送った後。
「ふふふ、私の部下のサキュバスをつけておいて正解だったわね」
「要人を魔物娘と二人きりにさせる訳が無いと言えば無いのだが……。報告を聞くに、彼女らサキュバスの事は気にせずにイチャイチャしていたらしいな」
「ええ。でも、おかげ様で二人ほど捕まえれたらしいわ。今頃牢獄で、男に生まれたことを幸せに思ってるんじゃないかしら……?」
王様とその部下は、やれやれと肩をすくめる。
実は、こちらの国にスパイが紛れ込んでいた。しかし、魔物娘の特徴から喜んでこの国に迎え入れた。
王子の姿を見つけて後をつけてナイフを出すために懐に手を入れた瞬間、人知れず護衛の護衛をしていたサキュバスが無力化したとのこと。
ある意味よくある光景だ。夫婦喧嘩でもしたのだろうと微笑ましく周囲の人は見ていた。何の疑問も無く裏路地に行った後、彼らの行方を知る者は誰もいなかった。


城の一室を借りる事になり、夜中は何人かの城にいる魔物娘に誘われたがなんとか断り今に至る。
「んで、なんでお前がいるんだ」
部屋には、ベッドと机と椅子と窓と本棚。ただの一室にしては豪華に感じる。
そのベッドの上に、黒い羽のハーピィが座っている。顔も、見間違える事は無い。先ほどの黒羽だ。
「ああ、護衛の為についていろとのお達しがありまして」
ふわー、と欠伸をしながら布団にしなだれかかる。
「少しは守る様子を見せてくれても良いけど?」
「もし来たら、頑張ります」
椅子に座りながら、頭を抱える。
自分がいない事を口実に戦争を起こすのだろうか、自分の動き方を間違えたら多くの人と魔物娘の血が流れるのだろうか、とこっちは気が気では無い。
さてどうしようかと考えている自分を横目に、彼女はのほほんと過ごしている。
「一応外にも魔物娘が一人いるようなので、大丈夫でしょう。恐らく先ほど案内の為に王様が付けてくれた方だと思いますよ。今見張ってくださっている方には夫がいますし、安全です」
一言多い事に触れてはいけない……。食われる。
「さて、寝ましょう」
「退出して頂けないかな、黒羽ちゃん」
ははは、と冗談のように語り掛ける。
彼女が動くたびに艶やかな肌が、闇に溶けて黒く光る。
「えええええ。何で誘いに乗らないんですか。何ですか?実は婚約した姫がいるとか幼馴染を探すための旅をしているとかそんなんですか」
急に立ち上がり、近づいてくる。それを見て、後ずさる。
「ほら、表に人がいるんだろう」
扉に、後ろ脚で少しずつ近づく。
「魔物娘は恋に寛大。夜に突撃するのもされるのも大歓迎ですよ?勿論自分が誰かのキューピッドになれるなんて最高だと皆思っています」
じわり、じわり。
薄暗い。明かりも必要最低現しかつけていないので、彼女の体がうっすらと見える。服をはだけさせ、こちらにゆらゆらと近づく。手元の爪が鈍く光ると同時に、赤い眼光が自分の体を貫く。
本気か。
咄嗟に後ろに走り、扉を開けようとノブに手を伸ばす。
強く押したが開かない!何も考えずに足で扉に攻撃を加えたが、外から抑えられている感触を感じられた。
あの堅物そうな娘が、この黒羽の恋を成就させる為に頑張っているだと。
「ちぃ……お前らグルか!」
振り返ると、ニタニタ笑う黒羽の姿。
「何乱暴な事してるんですか……?ほら、楽しい事しましょうよう」
扉に、背中を預けて倒れ込んだ。

ちゅん、ちゅんと鳥の声。
「さて、今日はどうしましょうか?早く動かないと、ですよね」
んーっ、と伸びながら言う。
自分のすぐ隣で。
「とりあえず、自分の身分を隠して、国に戻る」
黒羽は、それを聞くとやはり不安そうな表情でこちらを見る。
「レジスタンスが……あればいいな。ありがたい事に、俺は国民からそれなりに愛されているようなので」
と、少しばかり自分の武勇伝を聞かせてやる。
ふむ。と、黒羽が、と考えだす。服を着替える為に、ベッドから降りてタンスから服を出す。
「私が、あちらまで運びましょうか?森に紛れて隠れて飛んでいけばいいですし、フードを被れば殆ど人間なんでわからないですよ。」
自分も服を適当に借りる。それなりに良い布のようだ、肌触りが良い。
「隠れて、か。上手くいくかどうか」

そうして、王様に進言する事にした。
「かなり危ないぞ。国に戻るということは、敵国の中で、国を崩す活動をするようなものだ」
俺はあちらの国の王子だったはずなんだがな、と笑ってしまう。
「あら。それならあの国に送っているサキュバス達にも応援させるわ。何処まで役に立てるか分からないけれど……」
王の妻なりにも心配しているようだ。見た目に寄らず、中々にしたたかだが。
「それでは、黒羽に移動と護衛を命じる。その他、何かあれば部下のサキュバスに聞くがいい。恐らく、あちらからも接触されるだろう。頼む、誰も血を流さないように」
王様から命じられる。
全く、どちらの王子なんだか。

そうして、王様との協議は進んだ。
不満を持っているレジスタンスを探す。
そして、彼らの力を利用して魔物娘達と一緒に城を陥落させる。
倒さねばならぬのは側近とその部下達。彼らは堕落させるのが手っ取り早いとのサキュバスの談。
そういった、凄まじく雑ながらも彼女なりには正当な作戦を行う。
不確定な要素が多いが、戦争が起こるくらいなら。
自分でも良く解らない作戦が、今始まった。
19/07/09 14:28更新 / 家庭科室
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■作者メッセージ
連載を続けようと動いてみると、なんだかややこしい。
傷口から詩が流れるのはやはりいつもの事だろうか。

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