連載小説
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戦いの中で
荒野を男が歩いていた。
少し高めの身長と、鍛えられたであろうしっかりとした体。
だからといってゴツイ印象はなく、どちらかというと細身だ。

その細身な体に合わせて作られた黒塗りの鎧がとても良く似合っている。

柔和そうな顔立ちの青年だが、意志の強そうな瞳の持ち主で、気が弱そうな印象は感じない。

そんな青年がこんな荒野に何をしに来たのか?

それは、青年の後ろから聞こえてくる足音が答えでもある。

ドッドッドッドッド

何頭もの馬に乗ってやってくる騎士に連れられてくる何人もの兵士。

そう、今から戦争が始まるのだ。
民を苦しめる蛮族を討つための戦争。
人々から金を奪い、食物を奪い、人の命も奪ってしまう蛮族を倒すため。

そして、何を隠そう、先に荒野を歩いていた青年こそが、この軍の指揮官であり、将軍でもある、グリー・オールドマンその人だった。

「将軍!第二陣が到着。配置に向かわせます!」

「了解。ありがとう。」

部下の報告に微笑みながら答える。
正直な話、緊張していないわけではなかった。
しかし、上の立場に立った以上、不安な表情は見せられない。

『上に立つものは余裕を持って事に当たらなければならない。』



その言葉を守って今まで戦ってきたのだ。

「投石器は10m感覚で配置。バリスタ(大弓)はその前に配置させて。弓部隊は一番後ろでいいよ。」

「了解しました!すぐ配置いたします!」

昔から司令官が若すぎれば、部下は命令を聞かず、最悪、謀反なんてありえた。
それなのに、なぜ若い彼が司令官に・・・それも将軍に抜擢されたのか。

腕っ節の強さ?
彼は確かに強いが、とても強いというほどでもない。

家柄の良さ?
彼は農民の家の出だ。

彼は、類まれなる才能の持ち主だった。
戦場の状況をいち早く整理し、的確な判断を行う能力。
そして、それを行動に移す実行力。
何より、人望が厚いことが一番大きかった。

どんな兵士でも差別せず、平等に扱う人柄。
自分の権力を傘に着ない人格。

これらが一番の要因かと思われる。

「配置完了致しました!」

「うん。ご苦労さま。」

再度、報告に来た兵士に労いをかけるグリー。
相変わらず微笑んでいるが、兵士は心配そうな表情だ。

「将軍。本当にあの作戦を実行なさるおつもりですか?」

「うん。そうしなければ、多分、この戦争は大きな損害が出ると思う。」
「しかし、将軍がそのような危険な目に合われなくても、この戦争は勝てるでしょう。」

「だからこそ・・・だよ。」

「・・・しかし・・・。」

人望が厚いということは、周りから、心配だ、という声を多く聞くということだ。
グリー自身、この声を聞くことは、ありがたいことだと思っている。
しかし、この戦争に勝てば、我が国に仇なす勢力を一掃できたことになる。

だからこそ、損害を出すわけにはいかないのだ。

損害を出してまで戦争に勝っても、敵がいなくなったわけではない。
それをグリーは心配したのだ。
必ず、その隙をついてくるだろうということを恐れた。

「わ、分かりました。配置は完了しております。ご武運を・・・!」

「うん、ありがとう。君もね。」

「はい!」

兵士の信頼に満ちた目を一度見て、馬を走らせ、グリーは所定の位置に向かった。



グリーが目的地に着くと、そこには馬に乗った多くの兵士がいた。
彼らはグリーが到着したと分かった途端『ウオォォォォォオ!』と吠えた。
彼らの激励に腹のそこが震えるのを感じたグリーもそれに応えるべく叫んだ。

「戦友よ!!」

グリーのこの一言で、一気に周りが静かになった。

「今日が決戦の時だ。恐らく、今までで一番の激戦になると思う。」

兵士たちは静かに耳を傾けている。

「もしかしたら、この場で生き残る者はいないかもしれない。
それでも!!俺について来てくれるか!!」

『ウォォォォォォオ!!!』

再度、兵士から咆哮が聞こえた。
先ほどのより大きい。

将軍についていきます!
今更ですよ、将軍!
この場には、逃げようと思う人間はおりません!

所々で兵士の声が聞こえ、胸に込み上げるものがあったが、それをグッと我慢して、正面を向いた。

「合図を!!」

声をかけられた兵士は、開戦の合図として決めていた火矢を空に打ち上げた。


「副将軍!!合図です!!」

「良し。歩兵部隊、前へ!!歩兵部隊2陣が出たと同時に、投石機、バリスタ、弓を射よ!!」

「了解!!」

いよいよ戦争が始まった。

戦場である荒野は、歩兵部隊と蛮族で入り乱れ、大乱戦に突入した。
鍛え上げられた兵士たちだけあってか、敵味方入り乱れても、統制は崩れなかったが、蛮族の方が戦い慣れしていたのか、徐々に押され始めていた。

しかし・・・・。


「戦友よ!!ともに勝利を!!」

敵の後ろからグリー率いる騎馬隊が到着。
敵の後ろから騎馬隊がいきなり出現したとあって、蛮族たちは大混乱に陥った。

敵の後ろにある森に潜んでいたグリーたちは開戦の合図と共に出撃。
戦場に時間差で着くように計算していたのだ。

これまでのノルマに予想外のノルマを足されればどうなるか。
それは言わずもがな絶望しかない。

そこから一気に形勢は逆転。
その戦いは勝利に収めた。

被害は出たものの、当初に予想されていた被害よりも少なく勝利することができた。

「我らの勝利だぁぁぁあ!!」

戦場の真ん中で、勝鬨をあげるグリー。
周りも呼応して勝鬨を上げる中、グリーを見つめる人影があった。


戦争のあとの大宴会、兵士たちはお互いの無事を喜び合って笑い合っていた。

「おぉ!君は、先の戦場で!生きてたか!よかったぁ・・・。」

「将軍もご無事で!」

「神様は、中々に気前がいいみたいだ。」

「その気前の良さで将軍の身も助けたのでしょうな。」

ハハハッと笑い合ってグリーも無事を祝いあった。

そしてここでも、彼を見つめる人影があった。
「グリー・オールドマン・・・。」

綺麗な金の髪を結い上げてドレスに身を包んだ赤い目を持つ女性。
ヴァンパイアの王妃、ジュリエ・エンターナだった。

先の戦場で彼を見つめていたのも彼女だったのだ。
彼の身が心配で仕方がなかったらしく、家来の静止を聞かずに見に来ていたのだ。

年齢はグリーよりも年上で、見た目も大人の色香に溢れていた。
しかし、グリーを見つめる、その顔はまるで恋する少女のように頬を赤くさせていた。

「ハァ・・・。」

「お嬢様、そんなにお慕いしておいででしたら、お会いになればよろしいのでは?」

「そそそそんなことはできるわけがありません!私は領主の娘なのですよ!示しがつきませんわ!」

「そんなことを言っている暇はないかもしれませんよ?ほら。」

召使いが指し示す方を見ると、グリーが様々な女性に囲まれているのが見える。
魔物娘の姿がちらほらと。

「あぁ!あの蛇女!私のグリーに馴れ馴れしい!羨ましいですわ!」

「まだお嬢様のものでもありませんが。それに心の声がダダ漏れです。」

この召使いは相手が主であっても言いたいことは言う性分なのだろう。
だからなのか、主人であるジュリエも信頼していたりする。

とにもかくにも、立てられた大きなテントの中で指をくわえて悔しそうにしている主人を、召使いは気づかれないようにため息をついて眺めていた。


さて、自分の知らないところで渦中の人物にされているグリーはというと・・・。

「将軍。此度の勝利、おめでとうございます。もしよろしければ我が寝所にて勝利の祝杯をあげたいと。」

「お誘いはありがたいのですが、自分にはまだやらなければならないことが。」

お誘いを断っている最中でした。
やはりというべきか、勝利に貢献した英雄ともなると、その周りには祝いと称してあからさまな誘惑は多かった。

先ほどの女性・・・下半身が蛇の女性、ラミアといったか、勝利の祝いという建前でグリーを誘惑しようとしていたのだ。

まぁ、魔物娘が寝所で祝いを、なんて言えば目的は1つなのは目に見えてはいたが。

「さすがは我が英雄様はモテモテでいらっしゃるわね。」

先ほどのラミアの女性のお誘いを断ってすぐ、グリーの後ろから声が聞こえた。
振り向けば、10人が見れば10人が振り返るであろう美人な女性が立っていた。

こちらも下半身が蛇の女性ではあったが、髪に蛇がいるということはメデューサだろう。

ラミアの女性もそうだが、魔物娘は本当に美形が多い。

「お勤めご苦労さま。サーラ。」

「・・・・・ふん。」

彼女は、サーラ。
この軍に従軍してきた軍医だった。

もともとは町医者だったのだが、腕を見込まれ、ついてきたのだという。
まぁ、本人には別の目的もあったようなのだが。

「今回はいつも以上に苦しい戦いだったみたいだけど、無事だったみたいね。まぁ、こんなところで死ぬ奴なんて思っていないけど。」

「何とか生きて帰れたよ。それと、心配してくれてありがとう。」

「べ、別に心配なんてしてないわよ。ただ、怪我をした人を治すのが私の役目だし。」

と言いながら、ゆっくりとグリーに近づいていく。
手を伸ばせば容易に届く距離まで来てグリーの服をキュッと掴んだ。

「ねぇ、あんた、どこか怪我してるんじゃないの?」

「いや、特に大きな怪我はないけど・・・。」

「嘘よ。あんたは周りを心配させないように強がるところがあるんだから。」

「い、いや、本当に怪我はしてないんだが・・・。」

言わなくても分かるが、彼女はグリーが心配で戦争についてきていたのだ。
グリーとサーラは実は同じ村の出身で、幼馴染でもあった。

べ、別にあんたのことが心配で医者になるんじゃないんだからね!
と言っていたことは記憶に新しい。

「だ、だから怪我なんてしてないって!」

「いいからこっち来なさい!あんたの言うことなんて信用できないんだから!」

グリーの服を掴んでいた腕を強引に引っ張って行こうとするサーラ。
素直に一緒にいたいって言えばいいのに「あんたは黙ってて!」
・・・・はい。

しかし、そんなスキンシップも終わりを告げられる。

「ハハハッ、相変わらず仲がいいことだ。」

周りの兵士たちが声の方を向くと、ハッとした表情を浮かべ頭を垂れた。
グリーとサーラも同じく頭を下げる。

「よいよい、本日は戦勝につき無礼講だ。皆、ゆっくり楽しんでくれ。」

その一言で周りの緊張が一気に解け、また談笑が始まった。
それを見て満足そうに頷くと、男性はゆっくりとグリーの方を向いた。

「此度の戦、見事な勝利であった。さすがは『若き老将』であるな。」

「ありがたきお言葉でございます領主様。」

グリーの二つ名でもあった『若き老将』は彼の名前オールドマンから来ていた。
親しみを込めて付けられた、あだ名ではあるが今では尊敬と畏怖の念を込めて呼ばれていた。

「堅苦しい挨拶はよい。それよりも少し話がしたい。後でワシのいるテントに来てはくれまいか。」

「はっ!仰せの通りに。」

その返事に、うむ、と頷くとお付きの人と一緒にテントに入っていった。

「領主様が言うんだったら仕方ないわね!早く行ってきなさいよ。」

「うん、行ってくる。」

テントに向かおうとして、あ、そうだ、と振り返ってサーラを見つめた。

「あとでお茶でも飲みに行くよ。」

その言葉を聞いて、サーラは顔を真っ赤にしながら、ふん!と顔を背けてしまったが、髪の蛇のせいで感情が丸分かりだった。
嬉しがっている。

それを見て自分の判断が正しかったことを確信しテントに向かった。
13/10/16 08:39更新 / 心結
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