ビートルへのごほうび
ランサービートルのルネは、大森林武闘大会で四連覇を成し遂げた覇者である。
初参加時では予選で敗北。その後に婿と運命的な出会いを果たし、結婚を遂げた。
旦那との交尾によって力をつけたあと、参加二回目にして快進撃。優勝を勝ち取る。
それからの三回目、四回目、五回目と武闘大会が開催されるたびに優勝し、自慢の槍捌きには並ぶ者がいないと言われていた。
それ故に、六回目の決勝戦も負けられない戦いだった。
「――――勝負あり！」
審判の声で我に返ったルネは、ようやく自分が倒れていることに気づいた。
視界の右半分には闘技場の茶色い土。視界の左半分には、自分を投げ飛ばしたシザービートルが構えを解く姿が見えた。一瞬の静寂。その後の、森林全体が揺れるような大喝采。
ジャイアントキリング、という言葉そのもの。そのシザービートルは、ルネの半分ほどしかない小さな体躯だった。それが大会の覇者を倒し、優勝。無口なものが多い森林の魔物娘たちも沸き立つほどの大偉業。誰もがルネの勝ちだと思っていた予想の上を行く勝利だ。そしてそれは、ルネ自身でさえも思い込んでいたのだ。
それ故に、ルネは悔しむ気持ちも悲しむ気持ちも生ぜぬまま、ただ呆然と起き上がって握手し、退場していった。
敗北。
長い間、忘れていた言葉。
ルネの心から、身体中から、何かが抜け落ちていく。自信、気力、信頼、余裕。
その代わりに膨らんでいくのは、失望への恐怖だった。
彼女は旦那を愛している。自分を信じて送り出してくれた彼に、今日も勝利を持って帰るつもりだったのだ。きっと今回も優勝して、五連覇なんてすごいな、と褒められるはずだったのだ。だが、そうはならなかった。
失望。失望。失望。ルネの脳裏にその言葉ばかりが響いて頭を揺さぶり、身体を震えさせる。顔が青くなり、動悸が激しくなっていく。胃が逆流しそうになる。まともに立っていられなくなり、壁に手をついても足がふらつく。
闘技場と待合室を繋ぐ通用路。この短い道が、ルネにとってとてつもなく長く思えた。前大会優勝者には個別の待合室が用意され、その中ではいま一番会いたくない旦那が待っている。彼女の足は鈍く重くなっていく。
相手を侮っていた。調子が出なかった。相手が卓越していた。言い訳はいくらでも思いつくが、そんなことを言っても彼の失望は拭い去れないだろうという絶望。いっそのこと彼に背を向けて飛び出していってしまおうか、とまで追い詰められる。
だが、そうしてしまう前に、
「…………ルネ」
普段であれば愛しいと思う声。今は聞きたくなかった声。
顔を上げたその視線の先に、ルネに駆け寄る男性の――彼女の旦那、カラムがいた。
「カ、カラム……」
叱られる。幻滅される。捨てられる。そんな思いが急速に増大する。
だが、ルネの四本の足は根を張ったかのように動かない。動けない。恐怖で身が竦んで、一歩たりともその場から動かすことがかなわない。
まるで断頭台の前に立つ死刑囚のような心持ち。ルネは為すがままに、カラムからのギロチンに首を差しだそうと、
「……準優勝、おめでとう。疲れたよな。ゆっくり休もう」
「………………え？」
ルネをふわりと優しく抱きしめる、カラムの両腕。
祝う言葉、ねぎらう言葉。
「明日、賞品を取りに行かないとな。当日に賞品受け渡しがあるのは優勝者だけって始めて知ったよ。今日は疲れを癒やさないと」
彼の言葉には、怒りや失望などはどこにもない。あるのはただ、妻を慈しむ夫の言葉。穏やかさ以外の響きは、彼の声には何一つ含まれていない。
ルネは再度硬直し、呆然とし、独り言のような疑問を放つ。
「……負けた私に、失望しないの……？」
「失望？そんなことするわけないよ。ルネは立派に戦ったじゃないか」
さも当然のように微笑むカラム。
それはじんわりとルネに染み通り、心の中にあった黒いものが消えていく。
許しではない。慈悲でもない。あるのはただ、ルネという戦士への敬意。ルネという妻への愛情であった。
ああ、そうだ。ルネという魔物娘は、カラムがこういう男であるからこそ惚れた。予選敗退での失意の中で彼に出会ったからこそ、彼と添い遂げようと思えた。
彼女の小さな瞳から涙が溢れ出し、カラムの胸に顔を埋める。それを彼は受け止め、背中を撫でてやる。
「……夕飯はご馳走だよ。水浴びも一緒にしよう。せっかくだし、お酒も開けちゃおうか。今日はルネのためになんでもするぞー」
カラムの言葉に、ルネは泣きながらも確かに頷く。
例え覇者という名声を失ったとしても、愛する隣人を失うわけではない。それすら忘れていたということが、ルネにとっては負けた事実なんかよりも遙かに悔しかった。同時に、彼を愛おしいと思う気持ちがもっともっと大きくなっていく。とても嬉しいことだった。
「……カラム」
しばらくそうして泣いたあと、落ち着きを取り戻して。
ようやくルネの口から出たのは、甘えるような縋り付くような声。
「ご馳走もお酒も、いらない」
「いいのか？水浴びは？」
「する。でも、ご飯はいつもの」
ルネの瞳が揺れ、潤む。
これまで彼女と触れ合ってきた時間の積み重ねがあったからこそ、カラムはルネの求めることが瞬時に理解できた。初めは口数の少なさにやきもきしていたけれど、今は面と向かえば誤解することもなく意思疎通ができる。それはルネが喋りやすくなったという成長でもあるし、カラムがルネの意思表示を把握できるようになったということでもある。
いま、彼女が求めているモノ。
「ぎゅう、ぎゅぅ……」
カラムの身体に頭を擦り付けながら、下半身を低く降ろしていくルネ。必然的に彼女の頭はカラムの胸から胴をなぞり、さらに下へと向かっていく。
ルネの喉からは、絞り出すような唸り声。ソルジャービートル種に特有の鳴き声だ。これが使われるのは主に敵への威嚇と、もう一つ。求愛行動。
紅潮した頬。細められた瞳。命のやりとりをしたあとだからというわけでも、魔物娘の本能としてというわけでもない。今現在のルネの心の中を満たしているのは、紛れもなくカラムへの感謝と愛情。愛おしいから発情している。
「ルネ……っ」
カラムにだって、ルネは最も愛しい相手だ。
凜々しく勇ましい戦士であり、真面目で素直な素晴らしい妻であり、生涯を捧げると誓い合った異種族である。人間であるカラムと、ソルジャービートルであるルネ。生まれも種族も食べ物も生態も違えど、胸に宿した想いは同じ。
その彼女が、布越しに股間へ頬擦りしている。物欲しそうにこちらを見上げ許可が出るのを待ちながら、それでも待ちきれなくてカラムのにおいを堪能しようと深く鼻呼吸を繰り返している。あまりの淫靡さに、カラムの喉が鳴る。期待が膨らみ始める。
「ぎゅぅ……カラム、いい……？」
カラムにはそれを断る理由はなく、ルネもそれをわかっている。
彼の首肯を観ると、ルネは笑顔を蕩けさせてカラムのボトムスを引き下げた。
「……はぁー、すぅーっ、はぁーっ……♥」
びんと立派にそびえるソレが空気に晒され、むわりと熱気が発散される。脈打つ肉棒の根元にすぐさま鼻を押しつけ、より濃厚に増した精の臭いに恍惚で肩を震わせるルネ。上の口からも下の口からも、地面にぼたぼたとよだれが垂れていた。
唇で袋を啄み、ひとしきり肺を雄臭で満たして満足したのか、舌で竿の裏筋を緩慢な動きで舐め拭っていく。この小さな導管を通って精液が出ることを知っていて、それがカラムのものであるからこそ大切に舐めて清めていく。
単純な快感はもちろん、ルネが自分の一部を溺愛してくれているということがカラムにはとても嬉しく感じてしまう。どんなに美味しいご馳走を食べても、どんなに高い酒を呑んでも、これより至福だとは思えなかった。
やがてルネの唇が先端部に到着すると、既に小さな切れ目から透明な液体が零れ始めていた。ルネの瞳はそれに釘付けになり、喉を大きく鳴らす。
ソルジャービートルという種族の魔物娘たちに共通している大好物は、自らが夫と見定めた男性の精。性交での摂取も彼女たちは求めるが、一番良いのは経口摂取だ。ルネも例外ではなく、常日頃からカラムの精を舌で味わってきた。味も温度もその量も完璧に把握しているのに、いつまで経っても飽きることはない至上の液体。
「ふ、んちゅ……ちゅ、んくっ」
亀頭に唇を重ねて啜り、飲み下す。カラムのカウパー腺液は、ルネの中ではどんな蜜よりも甘美な味だ。目じりが蕩け、満足度の高い鼻息が溢れる。
だが、これは言うなればウェルカムドリンクでしかない。よだれに塗れた舌が動き出して亀頭の周りを一舐めして潤滑油にしたあと、さらに深く味わおうとずるりずるり唇を下げていく。
ルネの口内では迎え入れた熱い竿をもてなそうと舌が動き回り、執拗にカラムが感じるポイントを磨いていく。初めは稚拙だったルネの精の吸い方も、長く共に暮らしている間に娼婦と比肩する舌技を身につけていた。カラムを気持ちよくしてあげたい、というルネの実直な想いと毎日の練習の賜物だった。
カラムの竿が半分ほど埋まった辺りで一旦動きが止まる。口内に収められるのはこの程度だ。潮が引いていくようにルネの頭がカラムから離れていく。だがその唇はカラムの肉棒の皮にしゃぶりついたままで、竿と皮がぐりゅぐりゅとこすれ合って快感を生む。
「ぐぷ、んじゅうぅっ……んぶ、ふーっ、じゅるるっ」
行きつ戻りつ、上下の往復。一見単調に思えるフェラチオだが、その口内で産み出される男性器への快楽は尋常なものではない。カラムは歯を食いしばり腰に力を込め、ルネの熱心で丹念な愛撫を少しでも長く受けていたいと耐え続ける。
「ずちゅっぷちゅ、ちゅる、じゅぷ、ぢゅぽっ……はぁ、ちゅぶぢゅうっ」
口の端から零れたものが胸元を汚しても、ルネは一切構わず頭を動かす。カラムの脚にしがみついて身体を安定させ、ただ一心不乱に。瞼を閉じているのは自分がいましゃぶっているモノをより明確に感じ取り味わうため。血管の一本一本の脈動さえルネには愛おしく感じられる。余すところがないよう舐られていく。
鈴口からの先走りの漏出が増え、陰茎が張り詰め始める。愛が込められた口淫を長く耐えられるわけがなく、もう限界が近づいている。それを感じ取ったルネはピストンを変化させた。口の中の限界まで深く長く浸すような動きを止め、男性器で最も神経が集中しているカリ首の周辺を小刻みに擦るフェラへ。
「くぷ、ぐぷ、ぐぷ、じゅる、ぐちゅ、じゅりゅっ」
舌はぺっとりと陰茎に張り付き、こちらも小刻みに裏筋をなぞる。
搾り取るための動き。射精を我慢せずに気持ちよくいっぱい出してほしい、という想い。熱の篭もった瞳がカラムを見上げ、無言の催促を伝える。
「くぷっ、くぷ、んぶっ！ ん、んく、ごきゅっ……」
そうしてカラムの堰は切られ、白蜜の波濤が放出を始める。精液を放つ快楽で震えるカラムと、最愛の人が絶頂した喜びで震えるルネ。放精は彼女の小さな口内に収まらないほどの量でびゅくりびゅくりと出され、唇や鼻からぼたぼたと泡だった白濁が溢れていく。顎の下で両手を皿にして受け止めているのがなんとも抜け目ない。
新米インキュバスとなってから、カラムが出す精の量はどんどんと増えていた。ルネの口内はジェル状の濃厚すぎる精液で満杯であり、頬がぷっくりと膨らんでいる。呑んでも呑んでも射精は留まらない上に、濃すぎてなかなか喉から降りていかないのだ。
行き場を失った精液が逆流して鼻の穴から漏れ出している。魔物娘じゃない人間の女性では溺れてしまうのではと思ってしまうが、魔物娘であるルネは眉一つ動かさず、どころか幸せそうに喉を鳴らしてそれをどうにか呑んでいく。
できるかぎり零れないようにと唇は陰茎に吸い付いているが、舌は猶も裏筋を下から上へと射精を助けるために動いていた。舌が押し出した精液は勢いよく発射され、カラムの脳を焼き切ってしまいそうな快楽が打ち出されていく。
「んぐ、んくっ、んきゅ、んん……」
長かった射精も永遠ではなく、しばらくして収まりを見せた。脈動が終わった竿に最後の一絞りをしながらルネの頭が引いていき、ぷっと離れた亀頭と唇の間に白濁色の吊り橋ができる。
ルネは口に溜まった精液をぐぢゅぐぢゅと咀嚼してじっくりと堪能し、それを飲み下すと今度は両手でぷりぷり波打っているこぼれた精液も啜っていく。
そうして味わい尽くすと、ルネは心底満足そうに深く息を吐いた。
「……足りない」
「えっ！？」
実際のところはまだまだ満足していない。お腹は満たされたし、カラムも気持ちよかった。だが、もっともっと重要なことがある。
「今日こそ子どもを作る」
「……ああ、うん。そうだね。俺も、欲しい」
それは愛を確かめ合う行為ではなく、愛を形作る行為。
ルネは微笑み、カラムもまた微笑む。
「……帰ろう、家へ」
☆
翌年。
「――――勝負あり！」
審判の声を聞き、ランサービートル――ルネはようやくほっと胸をなで下ろした。
眼前で転がっているのは、かつての小さな挑戦者――ジャイアントキラー。
ルネは構えを解き、因縁の彼女に手を差し出す。
「去年はなんだったんだ、覇者……」
「少し、迷っていた。それが吹っ切れただけ」
なるほどな、と苦笑し、ジャイアントキラーは握手を交わす。
きっとこの年から、また華々しい連覇記録を伸ばしていくのだろう。今度ばかりは、恐らく誰もルネを倒すことは叶わないはずだ。
ルネは背後に振り返り、二人へ穏やかに笑顔を向ける。彼女の勇姿を見守る最愛のものが、一人増えたのだから。
初参加時では予選で敗北。その後に婿と運命的な出会いを果たし、結婚を遂げた。
旦那との交尾によって力をつけたあと、参加二回目にして快進撃。優勝を勝ち取る。
それからの三回目、四回目、五回目と武闘大会が開催されるたびに優勝し、自慢の槍捌きには並ぶ者がいないと言われていた。
それ故に、六回目の決勝戦も負けられない戦いだった。
「――――勝負あり！」
審判の声で我に返ったルネは、ようやく自分が倒れていることに気づいた。
視界の右半分には闘技場の茶色い土。視界の左半分には、自分を投げ飛ばしたシザービートルが構えを解く姿が見えた。一瞬の静寂。その後の、森林全体が揺れるような大喝采。
ジャイアントキリング、という言葉そのもの。そのシザービートルは、ルネの半分ほどしかない小さな体躯だった。それが大会の覇者を倒し、優勝。無口なものが多い森林の魔物娘たちも沸き立つほどの大偉業。誰もがルネの勝ちだと思っていた予想の上を行く勝利だ。そしてそれは、ルネ自身でさえも思い込んでいたのだ。
それ故に、ルネは悔しむ気持ちも悲しむ気持ちも生ぜぬまま、ただ呆然と起き上がって握手し、退場していった。
敗北。
長い間、忘れていた言葉。
ルネの心から、身体中から、何かが抜け落ちていく。自信、気力、信頼、余裕。
その代わりに膨らんでいくのは、失望への恐怖だった。
彼女は旦那を愛している。自分を信じて送り出してくれた彼に、今日も勝利を持って帰るつもりだったのだ。きっと今回も優勝して、五連覇なんてすごいな、と褒められるはずだったのだ。だが、そうはならなかった。
失望。失望。失望。ルネの脳裏にその言葉ばかりが響いて頭を揺さぶり、身体を震えさせる。顔が青くなり、動悸が激しくなっていく。胃が逆流しそうになる。まともに立っていられなくなり、壁に手をついても足がふらつく。
闘技場と待合室を繋ぐ通用路。この短い道が、ルネにとってとてつもなく長く思えた。前大会優勝者には個別の待合室が用意され、その中ではいま一番会いたくない旦那が待っている。彼女の足は鈍く重くなっていく。
相手を侮っていた。調子が出なかった。相手が卓越していた。言い訳はいくらでも思いつくが、そんなことを言っても彼の失望は拭い去れないだろうという絶望。いっそのこと彼に背を向けて飛び出していってしまおうか、とまで追い詰められる。
だが、そうしてしまう前に、
「…………ルネ」
普段であれば愛しいと思う声。今は聞きたくなかった声。
顔を上げたその視線の先に、ルネに駆け寄る男性の――彼女の旦那、カラムがいた。
「カ、カラム……」
叱られる。幻滅される。捨てられる。そんな思いが急速に増大する。
だが、ルネの四本の足は根を張ったかのように動かない。動けない。恐怖で身が竦んで、一歩たりともその場から動かすことがかなわない。
まるで断頭台の前に立つ死刑囚のような心持ち。ルネは為すがままに、カラムからのギロチンに首を差しだそうと、
「……準優勝、おめでとう。疲れたよな。ゆっくり休もう」
「………………え？」
ルネをふわりと優しく抱きしめる、カラムの両腕。
祝う言葉、ねぎらう言葉。
「明日、賞品を取りに行かないとな。当日に賞品受け渡しがあるのは優勝者だけって始めて知ったよ。今日は疲れを癒やさないと」
彼の言葉には、怒りや失望などはどこにもない。あるのはただ、妻を慈しむ夫の言葉。穏やかさ以外の響きは、彼の声には何一つ含まれていない。
ルネは再度硬直し、呆然とし、独り言のような疑問を放つ。
「……負けた私に、失望しないの……？」
「失望？そんなことするわけないよ。ルネは立派に戦ったじゃないか」
さも当然のように微笑むカラム。
それはじんわりとルネに染み通り、心の中にあった黒いものが消えていく。
許しではない。慈悲でもない。あるのはただ、ルネという戦士への敬意。ルネという妻への愛情であった。
ああ、そうだ。ルネという魔物娘は、カラムがこういう男であるからこそ惚れた。予選敗退での失意の中で彼に出会ったからこそ、彼と添い遂げようと思えた。
彼女の小さな瞳から涙が溢れ出し、カラムの胸に顔を埋める。それを彼は受け止め、背中を撫でてやる。
「……夕飯はご馳走だよ。水浴びも一緒にしよう。せっかくだし、お酒も開けちゃおうか。今日はルネのためになんでもするぞー」
カラムの言葉に、ルネは泣きながらも確かに頷く。
例え覇者という名声を失ったとしても、愛する隣人を失うわけではない。それすら忘れていたということが、ルネにとっては負けた事実なんかよりも遙かに悔しかった。同時に、彼を愛おしいと思う気持ちがもっともっと大きくなっていく。とても嬉しいことだった。
「……カラム」
しばらくそうして泣いたあと、落ち着きを取り戻して。
ようやくルネの口から出たのは、甘えるような縋り付くような声。
「ご馳走もお酒も、いらない」
「いいのか？水浴びは？」
「する。でも、ご飯はいつもの」
ルネの瞳が揺れ、潤む。
これまで彼女と触れ合ってきた時間の積み重ねがあったからこそ、カラムはルネの求めることが瞬時に理解できた。初めは口数の少なさにやきもきしていたけれど、今は面と向かえば誤解することもなく意思疎通ができる。それはルネが喋りやすくなったという成長でもあるし、カラムがルネの意思表示を把握できるようになったということでもある。
いま、彼女が求めているモノ。
「ぎゅう、ぎゅぅ……」
カラムの身体に頭を擦り付けながら、下半身を低く降ろしていくルネ。必然的に彼女の頭はカラムの胸から胴をなぞり、さらに下へと向かっていく。
ルネの喉からは、絞り出すような唸り声。ソルジャービートル種に特有の鳴き声だ。これが使われるのは主に敵への威嚇と、もう一つ。求愛行動。
紅潮した頬。細められた瞳。命のやりとりをしたあとだからというわけでも、魔物娘の本能としてというわけでもない。今現在のルネの心の中を満たしているのは、紛れもなくカラムへの感謝と愛情。愛おしいから発情している。
「ルネ……っ」
カラムにだって、ルネは最も愛しい相手だ。
凜々しく勇ましい戦士であり、真面目で素直な素晴らしい妻であり、生涯を捧げると誓い合った異種族である。人間であるカラムと、ソルジャービートルであるルネ。生まれも種族も食べ物も生態も違えど、胸に宿した想いは同じ。
その彼女が、布越しに股間へ頬擦りしている。物欲しそうにこちらを見上げ許可が出るのを待ちながら、それでも待ちきれなくてカラムのにおいを堪能しようと深く鼻呼吸を繰り返している。あまりの淫靡さに、カラムの喉が鳴る。期待が膨らみ始める。
「ぎゅぅ……カラム、いい……？」
カラムにはそれを断る理由はなく、ルネもそれをわかっている。
彼の首肯を観ると、ルネは笑顔を蕩けさせてカラムのボトムスを引き下げた。
「……はぁー、すぅーっ、はぁーっ……♥」
びんと立派にそびえるソレが空気に晒され、むわりと熱気が発散される。脈打つ肉棒の根元にすぐさま鼻を押しつけ、より濃厚に増した精の臭いに恍惚で肩を震わせるルネ。上の口からも下の口からも、地面にぼたぼたとよだれが垂れていた。
唇で袋を啄み、ひとしきり肺を雄臭で満たして満足したのか、舌で竿の裏筋を緩慢な動きで舐め拭っていく。この小さな導管を通って精液が出ることを知っていて、それがカラムのものであるからこそ大切に舐めて清めていく。
単純な快感はもちろん、ルネが自分の一部を溺愛してくれているということがカラムにはとても嬉しく感じてしまう。どんなに美味しいご馳走を食べても、どんなに高い酒を呑んでも、これより至福だとは思えなかった。
やがてルネの唇が先端部に到着すると、既に小さな切れ目から透明な液体が零れ始めていた。ルネの瞳はそれに釘付けになり、喉を大きく鳴らす。
ソルジャービートルという種族の魔物娘たちに共通している大好物は、自らが夫と見定めた男性の精。性交での摂取も彼女たちは求めるが、一番良いのは経口摂取だ。ルネも例外ではなく、常日頃からカラムの精を舌で味わってきた。味も温度もその量も完璧に把握しているのに、いつまで経っても飽きることはない至上の液体。
「ふ、んちゅ……ちゅ、んくっ」
亀頭に唇を重ねて啜り、飲み下す。カラムのカウパー腺液は、ルネの中ではどんな蜜よりも甘美な味だ。目じりが蕩け、満足度の高い鼻息が溢れる。
だが、これは言うなればウェルカムドリンクでしかない。よだれに塗れた舌が動き出して亀頭の周りを一舐めして潤滑油にしたあと、さらに深く味わおうとずるりずるり唇を下げていく。
ルネの口内では迎え入れた熱い竿をもてなそうと舌が動き回り、執拗にカラムが感じるポイントを磨いていく。初めは稚拙だったルネの精の吸い方も、長く共に暮らしている間に娼婦と比肩する舌技を身につけていた。カラムを気持ちよくしてあげたい、というルネの実直な想いと毎日の練習の賜物だった。
カラムの竿が半分ほど埋まった辺りで一旦動きが止まる。口内に収められるのはこの程度だ。潮が引いていくようにルネの頭がカラムから離れていく。だがその唇はカラムの肉棒の皮にしゃぶりついたままで、竿と皮がぐりゅぐりゅとこすれ合って快感を生む。
「ぐぷ、んじゅうぅっ……んぶ、ふーっ、じゅるるっ」
行きつ戻りつ、上下の往復。一見単調に思えるフェラチオだが、その口内で産み出される男性器への快楽は尋常なものではない。カラムは歯を食いしばり腰に力を込め、ルネの熱心で丹念な愛撫を少しでも長く受けていたいと耐え続ける。
「ずちゅっぷちゅ、ちゅる、じゅぷ、ぢゅぽっ……はぁ、ちゅぶぢゅうっ」
口の端から零れたものが胸元を汚しても、ルネは一切構わず頭を動かす。カラムの脚にしがみついて身体を安定させ、ただ一心不乱に。瞼を閉じているのは自分がいましゃぶっているモノをより明確に感じ取り味わうため。血管の一本一本の脈動さえルネには愛おしく感じられる。余すところがないよう舐られていく。
鈴口からの先走りの漏出が増え、陰茎が張り詰め始める。愛が込められた口淫を長く耐えられるわけがなく、もう限界が近づいている。それを感じ取ったルネはピストンを変化させた。口の中の限界まで深く長く浸すような動きを止め、男性器で最も神経が集中しているカリ首の周辺を小刻みに擦るフェラへ。
「くぷ、ぐぷ、ぐぷ、じゅる、ぐちゅ、じゅりゅっ」
舌はぺっとりと陰茎に張り付き、こちらも小刻みに裏筋をなぞる。
搾り取るための動き。射精を我慢せずに気持ちよくいっぱい出してほしい、という想い。熱の篭もった瞳がカラムを見上げ、無言の催促を伝える。
「くぷっ、くぷ、んぶっ！ ん、んく、ごきゅっ……」
そうしてカラムの堰は切られ、白蜜の波濤が放出を始める。精液を放つ快楽で震えるカラムと、最愛の人が絶頂した喜びで震えるルネ。放精は彼女の小さな口内に収まらないほどの量でびゅくりびゅくりと出され、唇や鼻からぼたぼたと泡だった白濁が溢れていく。顎の下で両手を皿にして受け止めているのがなんとも抜け目ない。
新米インキュバスとなってから、カラムが出す精の量はどんどんと増えていた。ルネの口内はジェル状の濃厚すぎる精液で満杯であり、頬がぷっくりと膨らんでいる。呑んでも呑んでも射精は留まらない上に、濃すぎてなかなか喉から降りていかないのだ。
行き場を失った精液が逆流して鼻の穴から漏れ出している。魔物娘じゃない人間の女性では溺れてしまうのではと思ってしまうが、魔物娘であるルネは眉一つ動かさず、どころか幸せそうに喉を鳴らしてそれをどうにか呑んでいく。
できるかぎり零れないようにと唇は陰茎に吸い付いているが、舌は猶も裏筋を下から上へと射精を助けるために動いていた。舌が押し出した精液は勢いよく発射され、カラムの脳を焼き切ってしまいそうな快楽が打ち出されていく。
「んぐ、んくっ、んきゅ、んん……」
長かった射精も永遠ではなく、しばらくして収まりを見せた。脈動が終わった竿に最後の一絞りをしながらルネの頭が引いていき、ぷっと離れた亀頭と唇の間に白濁色の吊り橋ができる。
ルネは口に溜まった精液をぐぢゅぐぢゅと咀嚼してじっくりと堪能し、それを飲み下すと今度は両手でぷりぷり波打っているこぼれた精液も啜っていく。
そうして味わい尽くすと、ルネは心底満足そうに深く息を吐いた。
「……足りない」
「えっ！？」
実際のところはまだまだ満足していない。お腹は満たされたし、カラムも気持ちよかった。だが、もっともっと重要なことがある。
「今日こそ子どもを作る」
「……ああ、うん。そうだね。俺も、欲しい」
それは愛を確かめ合う行為ではなく、愛を形作る行為。
ルネは微笑み、カラムもまた微笑む。
「……帰ろう、家へ」
☆
翌年。
「――――勝負あり！」
審判の声を聞き、ランサービートル――ルネはようやくほっと胸をなで下ろした。
眼前で転がっているのは、かつての小さな挑戦者――ジャイアントキラー。
ルネは構えを解き、因縁の彼女に手を差し出す。
「去年はなんだったんだ、覇者……」
「少し、迷っていた。それが吹っ切れただけ」
なるほどな、と苦笑し、ジャイアントキラーは握手を交わす。
きっとこの年から、また華々しい連覇記録を伸ばしていくのだろう。今度ばかりは、恐らく誰もルネを倒すことは叶わないはずだ。
ルネは背後に振り返り、二人へ穏やかに笑顔を向ける。彼女の勇姿を見守る最愛のものが、一人増えたのだから。
17/02/21 22:30更新 / 鍵山白煙