さんぶんのいちのしあわせ
――極端なものは印象深く覚えてしまうそうだ。
例えば燃え上がるように激しい情熱や、海の底よりも深い絶望。
例えば絢爛豪華な宮廷生活、泥水を啜り血を吐く貧民街。
下から上へと這い上がるお伽噺だったり、上から下へと転がり落ちる教訓だったり。
そういったものは娯楽としてよく耳にする。でもそれは結局のところ、お噺の世界。
針葉樹のように上が細く下は太いのが世の常だ。登ろうとするほど辛くなる。
だからお伽噺はお伽噺として、今を生きる人たちは現状で満足する。
極端なものなんかいらない。その中間の、中途半端さこそが愛おしい。
小さくてもささやかでも、それで構わない。一つ一つの幸せを噛み締められればいい。
そうして日々を緩やかに生きていられたら、ああ幸せな人生だったなぁと思えるそうだ。
「ごしゅじんおきてー! おーきーてーっ!!」
ただし賑やかでないとは言っていない。
横合いから、きゃんきゃんと子犬のような声を発しながらどったんばったん跳ね回る音が聞こえる。やめなさい埃が立つから、なんて注意できるほど朝は強くない。近所迷惑に関してはもう既に諦めている(諦められていた)。隣人には本当に申し訳ない。
そうして心地よい睡眠から覚めて、朝。固めのマットレスが敷かれたベッドに横たわっていることを背中の感触で把握し、それから全身が気だるげに弛緩していることを自覚する。瞼がとても重たい。三時間ほど延長したい重さ。これ朝じゃないかもしれないな。
しょうがないので寝たふりを続行するぞ、と強い意志で飼い犬の献身を無視し、
「死んだー!? 死んでるー!? ごしゅじん死んじゃったー!!」
今度はわんわん泣き始めた。イチかゼロしかないのか。
しょうがないので上体を起こし、床にへたりこんでる彼女に声を掛ける。
「勝手に殺すな。起きてるよ」
「生き返ったあああああ! あんでっど!? アンデッドですかごしゅじん!」
「死んでねーよ」
「じゃあいいです。あさごはんください!」
さっきまでの涙はどこ行ったんだ。満面の笑みで尻尾振りながら飯を催促する駄犬。
彼女は魔物娘の中でも無害だと評判の、コボルドという種族だ。名前はサーティ。
飼い主の俺が名付けた名だ。一でも百でもない、三十のような中途半端さが彼女には必要だと思ったからこう名付けた、と対外的には言ってるけど実際のところテキトーにつけただけ。彼女も気に入ってるから文句ないだろう。
俺たちが出会った経緯もなんともロマンチックさがない。腹を減らしてる野良コボルドに飯をやったら懐いてきたので便利に雑用させるか、くらいの勢いだ。劇的な情熱さや、心をささくれさせるようなドラマなんか必要ない。そういうもんだ。
行儀良くぺたんと座って、俺が起きるのを待つサーティ。犬耳がついた頭をるんるんとメトロノームのように振って、朝食を楽しみにしている。尻尾が箒みたいに床を綺麗にしようとしているんだが、彼女的にはそれでいいのか。
コボルドって毎日幸せそうでいいよな、なんてよく言われるけれど、本当に毎日幸せそうなもんだから言われる度に頷くしかない。振り回されてる方もまあ、そこそこ。
でも今日はねむたい気分なので、彼女の笑顔を無視して横になる。
「おやすみ」
「あさですよー! あーさーでーすーよー! おひるねには早すぎますからー!」
これには忠犬も猛抗議である。
物理的に起こすため、ゆっさゆっさと肩を揺すってくる。こっちとしてもサーティとはそこそこ長い付き合いだ。これくらいのアタックには耐え忍ぶことができる。
がしゃんと乱暴にカーテンが開けられて朝日が瞼の裏を明るくするが、顔を逸らす。ていうかカーテンに乱暴するな。意外と壊れやすいんだぞ。
「なんで起きないのごしゅじんー! おなかすいたでしょー! ぺこぺこー!」
「ねむい」
「おうぼうだー! わたしはねむくないからおなかすいてるのー!」
それもそれで横暴な気がするな。
しかし、このまま駄々をこねられても安眠できないので困る。
とすると、そうだな。
「サーティ」
「なんですかごしゅじん! ごはんですかごはんですか!」
「抱き枕」
「あ……そ、その手には……うう!」
サーティの分のスペースを開けてやり、毛布を開く。
こいつも一緒に寝かしつけてしまえばいいわけだ。そう思ってサーティの顔を見ると、なにやら頬を赤くして迷っていた。いまさら同衾を恥ずかしがる仲じゃあるまいに。
無言でシーツをぽんぽんと叩き、手招きする。尻尾がぴんと立ってるのが愛らしい。
「うぅーっ……じゃあ、その……ちょ、ちょーっとだけ二度寝しようかなー」
誰に言い訳してるんだ。自分にか。
サーティは顔を赤くしたまま、おっかなびっくりとベッドに潜り込んでくる。
すかさず頭まで毛布をかけてやり、がっちりとホールドする。これで逃げられんぞ。
「ほあーっ! ご、ごしゅじんそんな、朝からだいたんっ……あれ?」
「じゃあおやすみ」
「あれ?」
サーティの頭を胸に抱き締めて腕枕をしてやりながら、眠気に任せて瞼を閉じる。
コボルドだからなのかサーティだからなのか、体温が高くてぽかぽか温かい。毛質のいい体毛も肌触りが良くて、少女らしい柔らかい肉付きも抱き枕としてのポイントが高い。彼女を抱き締めているだけで気持ちよく眠れるわけだ。ワーシープかよ。
それに、彼女は太陽の匂いがする。マットレスを洗って干して、存分に太陽の光を浴びさせたあとの匂い。心が落ち着くいい匂いだ。
激しくなくてどん底でもない、そこそこそれなりな幸せ。サーティと一緒に寝るたびにそれがどういうものなのかを噛み締められる。
「あう……ご、ごしゅじん……」
「……んー」
ぽしょぽしょと小声で囁いてくるサーティ。
片目を開けて様子を窺うと、いつもの賑やかさはなりを潜めて乙女のようにしおらしく戸惑っている様子だった。心なしか、鼓動も早い。
瞳は潤み、さっきよりも紅潮は強まって顔が真っ赤になっていて。
「あのね……その、ごしゅじんのからだ……おっきくて、いいにおいがする。おふとんのなか、ごしゅじんがぎゅーって詰まってて……」
妙な雰囲気だ。じっと見つめてくる彼女に、同じく見つめ返す。
そうしてるうちに彼女は恥ずかしくなったのか、誤魔化すように胸へ顔を埋めてきて、でも堪えきれなくてお願いを口にする。
「朝だよ、あさなんだけど、……ごしゅじんの、こどもがほしいなって……」
……ああ、やっぱり。
こっちの胸に頭をこすりつけてくる感触。衣擦れの音。
サーティはもじもじと恥ずかしそうに、切なそうに身を捩っていた。
少女の体躯、未成熟の肢体。子犬の顔。あどけなくどうしようもなく、発情したメス。
「あ、や、でもね! でもごしゅじんがねむたいなら、待てするよ?」
「………………」
「ごはんだって、待てできるよ。ひとりでもごはんたべれるけど、ごしゅじんといっしょじゃないといやだから……だから、はやめのおひるねでもいいよ。こづくりは夜するものだ、ってごしゅじんもいってたよね……わたし、がまん、できるよ」
意地の悪い自分に、罪悪感が芽生えてくる。
コボルドは雑食性だが、魔物娘でもある。男性の精でだって、お腹は膨らむ。
彼女が言っていた朝ご飯とは文字通りのものだけど、サーティが望むならたまには朝からしたっていいな、という気まぐれも含めてベッドに誘ったわけだが。だけどサーティは毎朝決まった時間に起こしにくるくらい健気な忠犬で、自らの主人を第一に考えてくれている。こっちが想っているのと同じかそれ以上に、大切に想ってくれている。
彼女はいつだってまっすぐで明るくて、幸せそうな笑顔を向けてくれる。
「サーティ」
「わふ……ん、ちゅ。……えへへ」
腕のなかにすっぽり収まる微笑みを愛さずにいられるものか。
触れ合わせるキスをしながら、指をサーティの股に這わせる。
彼女の内股に掠めただけで、ぴくり、と肩を跳ねさせた。期待しすぎて敏感になっているらしい。そのままスリットに指先を食い込ませると、水気を含んだ音が漏れた。
「な、慣らさなくてもいいよ、ごしゅじん。わたしのここ、ごしゅじんの形になってるから……いきなりでもらんぼうでも、へーき、だよ」
指に絡んでくる狭穴は、じっとりと熱を与えてくる。
脳裏に反芻できるほど慣れ親しんだ彼女の若い膣。だけどそれは飽きるなんてものじゃなくて、むしろ回数を重ねるごとにサーティに引き寄せられていると感じていた。彼女の口振りだとこっちに合わせているみたいだが、そんな一方的なものじゃない。
指を引き抜いて、身体を浮かせてサーティに覆い被さる。彼女の脚の間に腰を割り込ませて、ズボンを下ろした。
「わぅっ……」
準備万端なのは、こっちだってそうだ。
亀頭を割れ目に這わせると、サーティの口から色気のあるため息が漏れる。本当に魔物娘ってのはずるい。普段は元気いっぱいに無邪気さを振りまく彼女ですら、経験豊富な娼婦も顔負けするほどの淫らさを内包している。
腰に吹き溜まるような疼きが燃えて、理性を失わせていく。
繋がる前に彼女の顔をじっと見て、その綺麗な瞳に映り込んだ自分の顔でようやく自覚できたくらいだ。こっちのほうが我慢できてない。だけど、それも仕方ないだろう。
目の前に、幸せを分け与えてくれる最愛の相手が居る。
そうして彼女は、愛おしげに囁く。
「いっぱいだしてね、ごしゅじん……♥」
なにかがぷつりと切れた。
その小さな穴めがけて、欲望のままに腰を突き出す。
「ふううううぅぅっ!? っあ、はああっ……♥」
ぎし、とベッドが軋む。サーティの顔が快楽に歪み、ピンク色の舌がでろんとだらしなく半開きの口から垂れ下がる。薄くてみずみずしい唇。こんな顔でもまだ笑ってる。
一息に挿入したことで急激に昂ぶった放精欲をこらえながら、毛布を手に取る。
「ふっ、ふっ……ごしゅじん?」
「包まれるのが好きなら、こういうのもアリじゃないかな」
「え? ……あっ、えへ、あつくなっちゃいますよぅ……♥」
サーティは元より、俺も一緒に毛布に包まって篭もってしまう。
こうすれば熱や匂いが外へ逃げることなく毛布のなかで滞留するはず。
その代わりちょっぴり暗いが、なんてことはない。こんなに肌を重ね合わせているんだから、お互いになに考えてるかなんてすぐわかるもんだ。
サーティの背中に腕を回してより深く密着し、それから下半身を揺動する。
「ふあっ、わぁ♥ ごしゅじぃん、これぇ、いつもとちがうぅ……♥」
耳障りなベッドの軋みをバックグラウンドミュージックにして、彼女の口から可愛らしい鳴き声が上がる。もしかしたらサーティは気持ちよくないかなと思ったが、この鼻にかかった吐息は間違いなく感じてるものだ。
彼女の言ったように、あまり使わない責め方をしていた。膣の奥、子宮の前辺りで小刻みにカリを行ったり来たりさせて、子宮を執拗に軽くノックする。ポルチオを開発できそうなねちっこい責め。亀頭が行き止まりにぶつかるたびに膣が食らいついてくる。
「はっ♥ はっ♥ はっ♥ きもちいいっ♥ これすきっ、きもちよくてすき♥」
効果はてきめんらしい。彼女が好きだからって頻繁にやったら腰を痛めそうだ。
おじいちゃんみたいなよぼよぼ腰になっても仕方ないかなと思えるくらい、こっちに与えられる快楽もかなり具合が良い。そもそもサーティの膣内自体が狭くて常にいいところを刺激してくる上に、いつも駆け回ってるせいで筋肉がついてるのか、入れてるだけでも自在に膣内が蠢いて変化に富んだ刺激を加えてくる。
こうしてしつこく子宮をノックしてるだけで、裏筋を舐めるように膣床が波打ったり、カリ首の段差を面白がるように波紋が往復したり、根元の太さに今更驚いて膣口がかみかみしてきたり、これ自体がサーティとは別の生き物なんじゃないかと思ってしまう。
「わふぅっ♥ えへっ、えへへっ♥ しあわせで、くらくらするぅ……っ♥」
思わず、彼女を抱き締める腕に力が篭もる。未成熟な肉体へひどいことをしてるはずなのに、彼女は幸せと呟く。サーティはコボルドで主人に忠実で、その身に見合わない深い愛情を捧げてくれている。密着した彼女の胸から伝わる小さくて速い脈動が、サーティに対する愛おしさを募らせてくれる。
どれだけ我慢できるか。そんなに長くは耐えられない。射精をこらえるだけでろくにしゃべることもできず、ただ彼女を堪能する。
「んふぅ、いぃ♥ きもちいぃ♥ こんこんってされてるぅ♥ コボルドなのに、わんわんなのにー♥ きつねさんじゃないですよごしゅじん〜♥」
こいつめっちゃ余裕なのかよ。
と思って顔を見ると、違う。よだれ垂らして口角上げて、目が望洋としていた。匂い、熱、それから快楽によって酩酊してるのか。気持ちよすぎてばかになってやがる。
膣は無軌道な踊りを繰り返すためにペニスで察知できないが、びくびくと身体が震え出した。彼女も絶頂に近づいているらしい。
動き自体はそのままに、スピードだけを速めていく。
「こんなのっ、すごいよぅ♥ だめっ、だめになっちゃいますぅ♥ こーびしかできなくなりゅっ♥ だけんになっちゃうっ♥ すけべやだぁっ♥」
こう言いつつも、脚をがっちりと俺の背中に回して離れることを許さない。
互いの汗で服と体毛がぐしょぐしょに濡れ、だけど不思議と不快感はなかった。
魔物娘は元々スケベ生物だろうが。最初からセックスしか考えてないだろ、と囁く。
「そんなことっ♥ うぅ、さいしょからじゃないからっ、ごしゅじんといる時だけっ♥ えっちしかかんがえてないのは、ごしゅじんの近くにいる時だけなのっ♥」
いつもいつもぐちゃぐちゃに濡れてて前戯する必要がなかったのは、単に濡れやすいってだけじゃなかったのか。彼女が言ったことを踏まえてサーティと過ごしていた時間を思い出すと、それだけで脳みそがじりじりと焼けていく。
なら、望み通り母親にしてやらなきゃな。
昂ぶりに身を任せて腰を打ち込み、絶頂したい欲望にすべてを委ねる。
「うぅあっあぁっ♥ はゃ、も、いくぅ♥ おっきいの、あぅんっ♥ おっきすぎてぇ、い、くひぃっ♥ あ゙ぅあっ♥ あ、ああ、あ゙ぇえっ♥」
子宮が亀頭に吸い付いて精液をねだってくる。
奥歯をかみ砕きそうなほど堪えて、限界まで堪えて堪えて。
「ゔ♥ いっ、いぅ゙う♥ っく♥ ご、しゅじんっ♥ ごしゅじん、ごしゅっ♥ じ、ひぃ♥ ご、ぁぁあっ、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♥♥♥」
遠吠えに似たイキ声を上げて万力のように搾り上げてくるサーティ。
それと同時に、一番奥に叩きつけて射精する。
どぐんどぐんと跳ねるペニス。尿道を止めどなく滑り出していく快楽が痛烈に脳を殴りつけてくる。孕ませる一心。メスを征服するオスの本能が身体を硬直させる。
牛の乳搾りのように膣が波をつくって精液を吸い上げてくる。びきびきと手足の末端が熱を持ち痛みを訴え、お構いなしにサーティを抱き締める。
「〜〜〜〜〜っ♥♥♥ ふ、っあ゙ああぁ♥ はっ♥ はへっ、は♥ あ゙、あ゙♥」
サーティの絶頂がピークをしのいだとしても、こっちはそういうわけには行かない。生成された精液を全部種付けするまでは止まることができない。
どぷんと一つ脈動するごとにサーティの身体が跳ねて、どうやら絶頂の余韻を残したままさらに軽度な絶頂を迎えてるらしい。そんなようだから、膣が不規則に搾ってきて精液を飲み下していく。脊髄から伝ってくる快楽に対して獣の唸り以外を出せない。
長い長い時間――といっても一分くらいかけて、たっぷりコップ一杯分を吐精する。
そうしてしばらく、二人の荒い息だけが世界を支配して。
「うぅっ♥ んびぇ♥ ご、っひゅじん……♥ は、へへっ……♥」
ろれつの回らない舌で満悦そうにサーティが笑みを漏らす。
ぐったり脱力してるくせに、腕だけこっちにしがみつくのか。つられて笑い、サーティの頭をかりかり撫でてやる。
「は……。んふ、もー……はぁ、おなかいっぱいですよー、ごしゅじんー」
「そりゃよかった」
息を整えて毛布を払いのけ、サーティの隣に寝転がる。身体の節々に心地良い倦怠感。
わかってたけど、朝からはどうもしんどいな。インキュバスになっても同じか。
新鮮な空気が肺に染み込む感覚が僅かに疲れを癒やしてくれる。
「ごしゅじん、ねますか?」
「また眠くなってきたしなぁ……」
「いっしょですねぇ。おあさねしましょー」
「こういうときは普通に二度寝でいいんだよ」
今度はサーティの方からぎゅっと抱き締めてくる。
肩を抱いてやり、眠気に任せて瞼を閉じた。
幸せにため息が溢れる。あくびだけど。
最高でもなくどん底でもなく、たとえば休日だけ二度寝三度寝するような。
そういうくっそどうでもいい小さな幸せが、最終的には一番長持ちしてくれる。
百じゃほかの幸せが入ってこられないし、ゼロじゃさびしいだろう。
「ふあ……おやすみなさい、ごしゅじん」
「おやすみ、サーティ」
だからきっと、百を三つに割れるくらいがちょうどいい。
そう思って、サーティのお腹を愛おしく撫でた。
今日もいい夢が見られそうだ。
17/03/29 22:46更新 / 鍵山白煙