空模様みたいに
木漏れ日が差し込む街道では、春の安穏な空気に反して常に警戒をしなければならない。
特に、森を横切る形で敷設されたこの石畳の道は、両横からの木々や茂みの侵食を跳ね返すことはできていても、森の暗がりについては一切関与しないことだし、それを悪用するものたちについてもそうだ。
山賊、獣、魔物。何が襲ってきても不思議ではないというのが、残念ながらこの街道への正しい評価だ。
「そういうわけなので、日没前に出来る限り距離を稼ぎたいですね」
「……」
外套を纏った長身の男は共に歩く小柄な女性に話しかけ、それでもやっぱり彼女が黙ったままだったので、絞りだすように小さくため息をついた。無視されるのは寂しいというのは男女関係なく当たり前のことだ。
クロークを着た女性は彼の腰から腹ほどの身長しかなく、子どものようにしか見えない。顔以外を柔らかく包む濃紺のベールからちらちらと溢れる燃えるような赤い髪に、鋭さのある吊り目と可愛らしい小鼻、そしてむっつりと不機嫌そうに引き結んだ唇。身長だけを見て一概に子どもだと断言するには少し大人びた風情が伺える。
東洋顔の長身の男は頬を掻き、なにかを言おうとして彼女の方を見て、目を逸らして飲み込む。朝に街を出てから彼女はずっとこの様子で、話そうとする気配がない。空気は最悪だし歩くことを楽しむ気分にもなれなくて、男は困っていた。
「……師匠？」
「……」
呼びかけても反応はせず、黙々と歩いていく。一歩で進める距離は明らかに男の方が大きいのに、彼女はそれを感じさせない早足で男の少し前を進み、男を置いてけぼりにしていくのではないかと思えるほどにペースが速い。
だが、ついていけないペースでもない。その辺のほんの少しの配慮が可愛いとは思いつつも、だったらなんでそんなぶすっとしてるのか教えてくれ、と彼は声も出さずに苦笑いする。
そんな折だ。
右横の森から矢が飛来し、二人の足元にどすりと突き立った。
「おっと」
「……はぁ」
それを見て二人は足を止め、すぐに両脇からぞろぞろと不潔な見た目の連中が武器を携えて現れる。野盗だ。
多少は統率が取れてるのか、取り囲むように並んで武器を構えて威圧さえしてくる。二人は自然と背中合わせになるが、二人とも徒手であり武器は見受けられない。旅用の荷物だけは立派だが、それ以外は不用心にもほどがあるので、ただのカモだと思われたらしい。
「十二人。私が十」
「やっと喋ってくれた……」
「お前は外の弓兵二人だ」
ぼそぼそと二人が耳打ちしている内に、この山賊どもを率いているらしい偉そうな男が下卑た笑みを見せながら近づいてくる。皮鎧で身体を包んではいるが、手にしている長剣はよく整備された代物だ。
いや、その頭目だけじゃない。包囲を形成している手下たちでさえも、武器は賊にしてはしっかりとしている。
「運が悪かったなぁ、旅の途中でよぉ。護衛の一人も雇えなかったのかぁ、お父さん？ハッハ」
「師匠が娘ってことですかね」
「師匠？あぁ？とりあえず荷物置いて――」
油断しきった表情で、のんきにてこてこ近づいてきたこの頭目が悪かっただけの話だ。
ぶわりと風が巻き起こり、一息で頭目の横脇に潜り込んだ小柄な女性――師匠と呼ばれた火鼠が、頭目の脇腹に両手を添える。文字通り、怒りに燃える両手を。
「え？」
「吹っ飛べ、小童」
その一言と共に、彼女は地面を揺れさせるほど強く一歩を踏み込み、両腕を真っ直ぐ一直線に突き出した。彼女が行ったのはそれだけの所作だった。
そして、それだけで皮鎧と筋肉で出来た男が軽々と吹き飛んだ。誰もがリアクションできない間に頭目はかっ飛んでいき、ぼけっとしていた手下二人を巻き込んで街道傍の樹木に叩きつけられた。
師匠と呼ばれる女性はクロークを放り捨て、ベールも取り去る。赤い髪の頭頂に生えた丸っこい耳と火を放つ細い尻尾だけで、彼女は魔物だと誰もが確信できるだろう。そして何より目を引くのは、両の拳で燃え盛る赤い炎。よく観察してみれば、火元は彼女の手首から滲み出している。普通の火ではないことは確かだ。
この後のことを少しだけ心配しながら、男性も荷物を置く。
「あ、師匠。塒を聞き出すのは」
「ヤンがやれ」
「はい」
「……うっ、うおおおおおおおおおお！！」
なんの気負いもないその会話でようやく硬直が解けたのか、統率を失った手下たちは一拍遅れてヤケクソ気味な喊声を上げる。困惑、怒り、破れかぶれの勢いだけの裂帛。
彼ら野盗は、敗残兵だった。過激派の魔物たちの侵攻に対して衝突し、勝てないことを悟って逃げ、支給された装備をそのままに賊に成り下がり、こうして街道で待ち伏せをして馬車や旅人を襲撃して暮らしていた。形勢の悪い相手は見過ごし、勝てる相手だけに、だ。
そして、結局彼らは魔物に負ける定めだった。
「オラァ！」
「それで踏み込んでるつもりか」
槍を縦に振るってきた相手を最小限の歩法で紙一重に躱し、槍を握る手首を掴んで引き寄せ顎に掌底を一撃。的確に意識を刈り取り落とす。
「このガキッ！」
「木を伐っていろ」
斧を横薙ぎに振り回してきた相手の握り手に素早く拳を打ち込み、怯んだところに一歩踏み込んで腹に一撃、痛みに身体を丸めたところで横っ面に膝を当てる。すとんと気絶した。あと五人。
「うらぁ！」
「チャンバラは子どもまでだ」
小剣を袈裟斬りに突っ込んできた相手にすれ違うように外側へ一歩、足で握り手を踏んで地面を叩かせ身体がそれに引っ張られて前かがみにさせ、首裏に肘を落とし、崩れ落ちる前に腹を脛で蹴り飛ばす。横隔膜に脛での痛打を食らえばしばらくは動けない。
「よくもお頭をっ！」
「人望あるように見えなかったが」
突き出してきた槍を腰を捻って躱し、柄に手を添えながら手刀を落として叩き折り、狼狽する相手の膝に横から蹴りを入れて姿勢を崩させ、更に一歩踏み込んで顎に裏拳。平衡感覚が狂ってふらふらと覚束なく歩き、倒れ伏す。
「ひ、ひえっ」
「怖気づくのは一番悪手だぞ」
後ずさる男に素早く駆け寄り、一手遅れてひょろひょろ振られた棍棒の手首を掴んで無理やり逸らし、もう一方の手で即座に腹と胸部と喉に一撃ずつ。寸分違わず正中線に貰えば、大の男も当然沈む。
あっという間の出来事だった。ひとりずつ確実にいなし、拳や蹴りを浴びせ、無力化していった。そうして彼女は残る一人へと振り返る。
彼女が最後に構えを向けた男は、それまで冷静に様子を見ていたようだった。
「あんた、ただの魔物娘じゃないな。何者だ。どこから来た」
「……遥か東。この地には関係ない」
下段に鈍器を構え彼女に問いかけるこの男は、さっきまでの手下どもとは明らかに雰囲気が違う。徴兵され訓練を施されたばかりの弱兵ではなく、戦いを乗り越えてきた者の風格が漂っていた。
彼女は焦らず淡々と構え、機を伺う。拳の炎が一旦弱まるが、いざ拳を叩き込むその瞬間に彼女の炎は再び激しく燃え噴き上がる。
「東方には拳での武闘を極めた戦闘術があると聞いたが……あんたみたいなのがそうか。魔物はみんな力任せに暴れるのかと思ってたぜ」
「戦場と格闘は違う。数を相手には力任せに暴れたほうが速いだけのこと。私の拳は自衛手段。そして――」
そう言って彼女は突然背後に振り向き、後ろから襲いかかろうとしていた小剣の男の腹部と顔面に同時に拳を打ち込む。衝撃で大の男がぽんと宙を舞い、地面に落ちる頃には気絶した。
「私の拳とは、古くから身を守るために技と時間を重ねてきた先人たちの歴史が折り重なった拳。私の炎は、闇を振り払う灯火。火鼠として生まれて鍛錬を重ね、研鑽を重ねた」
再度男の方を向き、一歩を踏み出して拳を向ける。
「功夫。私の国では、生涯をかけて積み上げた拳をそう呼ぶ」
「あいにく俺はしがない傭兵だが、それはそれとして拳法家とやらと戦ってみたかったんだ。相手してもらうぜ、功夫とやらを味わわせてくれよ？」
傭兵は獰猛な笑みを浮かべ、鈍器の頭を彼女の方に向けた。そこでようやく、彼女に表情が生まれた。期待の眼差しと引きつった頬。
彼女は鋭敏な感覚で、目の前の相手が厄介なバトルジャンキーだと察していた。だが、娯楽にはなる。近頃はうってつけな手合いもなく、鈍るのではないかと心配していた頃だった。ヤンも観戦しているだろうから、いい勉強にもなるだろう。そう考えながら、じりじりと距離を縮めていく。
「魔物は頑丈だって聞くからな、手加減一切無しで行かせてもらうぜ。ていうか手加減したら瞬殺されそうだからな……文句言うなよ」
「お前は後で衛兵に突き出された時に釈明する内容でも考えていろ。こっちは元より気絶させるつもりだ」
互いに構え、睨み合い、距離を測りながら徐々に寄り合い、――風で木々がざわめいた瞬間、同時に仕掛けた。
「ッおらぁ！」
「ふっ」
リーチで勝る傭兵が先にアプローチをしかけ、鈍器を横に振って的確に頭に命中する軌道をとる。これを闘牛のように身を低めて突撃しながら躱し、
「ッ！」
「ち、ダメか！」
そこへ飛んでくる傭兵の膝を手の平で叩き受け流しながら横っ飛びに距離を取り、遅れて振り下ろされた鈍器が空を切る。鈍器の頭は中空に留まり、地面を叩かなかった。並の使い手なら振りぬく力を持て余し地面に武器を当てて隙を晒す場面だ。
この切り結び一つだけで、傭兵が武器の扱いも攻撃も防御も慣れていることは察せる。それに加えて、一撃に重みがある。彼女は手の平にじわりと広がる衝撃の名残を一瞥し、唾を飲み込んだ。彼がもし主神の加護を受けていたなら、間違いなく手強い勇者だったことだろう。
彼女を追いかけ、傭兵が突撃を敢行する。鈍器を斜め下から掬い上げるように振り、それをバックステップで回避。流れるように鈍器で外向きに薙いで反撃を寄せ付けず、そこから傭兵は片足を一歩だけ前進させ低姿勢での徒手中段突き。それを彼女は腰の捻りで躱して前進しつつ、一瞬の空白を見せた脇腹に炎の拳を一撃差し込み、降ってくる頭突きからすれ違うように転がって回避。
「くそっ」
一撃は入った。だが十分威力を伝える余裕がなく、浅い。対応が柔軟だ。一発当てただけでは怯まない程度に痛みにも強い。互いに殺意を向け合う本気の立ち合いなら圧倒できるだろうが、生憎彼女の拳は人を殺すための拳ではなかった。
手強い相手だ。名のある者かもしれない。だから、彼女の脳内に疑問が湧く。
「……お前はなぜ、野盗の傭兵なんかをしてるんだ」
「今更か？簡単だよ。野盗やってりゃ戦えるから、ってだけだ。一番重要なのは自由なことだしな」
「お前……剣闘士とか護衛ではダメなのか」
「ああ、ダメだな。自由にやれねえ。確かにそういう仕事で戦うのは楽しそうだが、窮屈で仕方ないだろ」
「……」
自由。
この傭兵は実力もあり肉体も鍛えられていて、剣闘士でも護衛でも引く手数多の勇士となれる格がある。大の大人九人を瞬時に制圧した火鼠の格闘家と相対して、彼女が本気ではないとしてもまともに渡り合えているのだ。勇者の血族でした、と言われても納得できそうな資質だ。
だが、所詮は賊に成り下がったバトルジャンキーだった。そこには何の正当性も使命もない。ただ力を振るう場所を求めた暴れる獣だった。
野盗の活動は野道を歩く者を襲っては金品を奪い、馬車を襲撃しては馬と人を金に変えること。弱者のみを狙って不当に儲けを得る悪逆な犯罪行為。決して許されることではない。それに加担することだって、許されてはいけない。
「……お前の実力を認める。だから、これから一瞬だけ本気を見せよう」
「一瞬だけだぁ？ずいぶんと見くびられたもんだな。いいぜ、やってやる」
「一瞬だけ、だ。お前の心を折るために」
「は――」
ごう、と両拳の炎が火柱を上げた。赤々と灼熱し、網膜に焼け付くような太陽光じみた輝きが放たれる。傭兵の肌を撫でて泡立たせるのは、炎の熱波か彼女の威圧か。
温度として熱を発しているわけではない。物体を燃焼させることもない。火鼠の炎とは本来、相手の闘争心を着火させるためのものだ。だが、この炎は――
「行くぞ」
「うっ、おおおおッ」
彼女は再度傭兵に向けて突撃し、傭兵は渾身の力を持って鈍器を振りかざし彼女の骨を砕こうとした。強く風を切る音。鈍器が凄まじい速度で彼女へと迫る。叩きつけられればいくら魔物でも無事で済まないほどの膂力を持って、本気の一撃。
だが彼女はそれを、
「ふッ」
「……嘘だろ」
向けられる凶器に臆すること無く、一瞬屈んだ後に素早く伸び上がるようにアッパーで鈍器を殴りつけ、逆に鈍器を砕いたのだ。
「これが功夫だ、某とやら」
驚愕に目を見開く傭兵に、間髪入れずもう一方の拳で胸部を叩き、爛々と燃え盛る業火を捻り込みながら押しこむように腕を前へ突き出す。それは芸術的なまでに自然な所作だった。死なない程度の手心も介在する、怒りの一発。
凄絶なインパクトが傭兵に流れ込み、鍛えられた肉体が吹き飛んでいく。
「リン・ホンファ。覚えておけ」
威厳を示すような重みのある彼女の一言は、崩れ落ちる相手への礼儀として自らの名前を伝えるためのものだった。
★
夜の帳が下りた、街道上の小さな街の、これまた平凡な宿。
「……書きにくいんで離してくださいよ」
「ん〜〜？まぁだそんなこと言ってんのー、ロリコンめー♥」
「酒くさい……」
彼に師匠と呼ばれた火鼠、ホンファは酒でぐでんぐでんになっていた。
備え付けの机に向かって日誌を書くヤンの横で酒盛りをしながら、頭を彼の脇に擦り付けたり頬を擦り合わせたり。ふにゃふにゃな猫なで声で甘える姿は、見た目相応の女の子だ。
彼女が持つ曇ったガラス瓶の中身は、街で買ってきたブランデー。それなりに値段の張る品物だ。それももう、半分ほどになっていた。
「あの野盗たちを衛兵に引き渡した時の謝礼とあいつらの塒にあったお金で、しばらく楽に旅できるかと思ったのに……」
「え〜〜〜、いいでしょお酒くらいー。全部私が飲んじゃうけどね〜♥」
「まあ、師匠の手柄なんでいいんですが……」
ノーモーションで放たれるショートフック。ヤンの腹部にめり込む。
「二人っきりのときは名前で呼ぶ」
「はい……」
ほんとは酔ってないんじゃないかこの人、と胡乱げにしながら腹を抑えるヤン。一瞬だけ昼間のように冷淡な声で二人の約束を復唱した後、すぐにまた彼に寄りかかって甘える。
顔を赤く染めてだらしない笑みを浮かべる彼女は、普段の厳とした態度からは想像できない姿だ。もし彼女のことを知っている人間がこれを見れば確実に驚くだろう。その数秒後に昏倒させられるが。
「はやく書くの終わらせてよ〜〜。ほらほらー」
「だったら引っ付かないでくださいって……」
今日は出発して早々に野盗に襲われて、それから街に引き返して諸々の処理をしただけで一日が終わってしまったので、大して書くこともなくすぐに終わるはずだ。横から絡み酒をしてくる者がいなければ。
ヤンの膝の上に頭を下ろし、椅子の上に寝っ転がる。ヤンはそれを見もせず、空いてる手でホンファの頭を撫でてやりながら黙々と文を書く。
彼女がこうも甘えることができるのは、二人きりの時だけ。外では誰に見られているか分からないために凛々しく振る舞ってはいるが、ホンファも結局は魔物。尻尾をぶんぶん振り回しながら自らの夫に甘えるのが彼女の本性だ。
「そういえば今朝からあの時までずっと怒ってましたけど、あれなんだったんですか」
「わかってなかったのかおまえー」
「うわ痛っ、どうなってんですかその尻尾」
ぺしりぺしりと尻尾がヤンの脛に当たる。鞭のようにしなって命中するために、火鼠にとっては後方からの矢をはたき落とすためにも使われるほど立派な武器だ。ただ、専ら感情表現としてしか使われない。
「簡単でしょー。ばんばん先に進むんじゃなくて、もうちょっとこの街でヤンと一緒に滞在したかっただけ。馬鹿弟子めがー」
「うう、言ってることはかわいいのに」
「面倒くさいのもかわいいだろばーか」
ホンファの本性をヤンは悪く思っていない。悪く思っていないが、酒に酔うとかなり面倒くさいのも事実だ。普段とのギャップの差があるために、あやしていると疲れるわけだ。
だけどこれも、彼女の良さの一つでもある。
「で、明日はどうしますか」
「なにが？」
「街を見て回るんですよね。まだお金に余裕はありますから、服か装飾かなにか買いましょうか」
「ほんとっ！？さっすが一番弟子！気前がいいなぁ♥」
ヤンの言葉に目を輝かせて起き上がり、一転して媚びるようにヤンに抱きつく。良さなんだろうか、これは。ヤンは憮然として考える。
「じゃあー、明日はおめかししなくっちゃねー」
「化粧道具なんてありましたっけ。買ったんですか？」
「買ってないし持ってないよ。ふふ、ヤンのお嫁さんですよーって周りにアピールする！」
「……そうですね」
もうなんでもいいかもしれない、とヤンはにこにこ笑う彼女から目を逸らして顔面を抑えながら思考を放棄した。
武道を生き拳で語る冷たい姿も、小さな身体と豊かな表情で好意を示してくれる暖かい姿も、彼女の素敵な一面だ。ヤンが彼女に学び始めてから数年経つが、彼女から心が離れることはなさそうだ。
「へへー、明日が楽しみだなー♥」
「お酒もほどほどにしておいてくださいよ」
「わかってるわかってる。ヤンだって、明日はいっぱい歩くから！」
「はいはい」
明日が晴れることを、ヤンは切に願う。
空模様みたいにころころ変わる彼女を、太陽の下で眺めたい。異国、西洋の地での二人旅は、彼女の笑顔で成り立っているのだから。
特に、森を横切る形で敷設されたこの石畳の道は、両横からの木々や茂みの侵食を跳ね返すことはできていても、森の暗がりについては一切関与しないことだし、それを悪用するものたちについてもそうだ。
山賊、獣、魔物。何が襲ってきても不思議ではないというのが、残念ながらこの街道への正しい評価だ。
「そういうわけなので、日没前に出来る限り距離を稼ぎたいですね」
「……」
外套を纏った長身の男は共に歩く小柄な女性に話しかけ、それでもやっぱり彼女が黙ったままだったので、絞りだすように小さくため息をついた。無視されるのは寂しいというのは男女関係なく当たり前のことだ。
クロークを着た女性は彼の腰から腹ほどの身長しかなく、子どものようにしか見えない。顔以外を柔らかく包む濃紺のベールからちらちらと溢れる燃えるような赤い髪に、鋭さのある吊り目と可愛らしい小鼻、そしてむっつりと不機嫌そうに引き結んだ唇。身長だけを見て一概に子どもだと断言するには少し大人びた風情が伺える。
東洋顔の長身の男は頬を掻き、なにかを言おうとして彼女の方を見て、目を逸らして飲み込む。朝に街を出てから彼女はずっとこの様子で、話そうとする気配がない。空気は最悪だし歩くことを楽しむ気分にもなれなくて、男は困っていた。
「……師匠？」
「……」
呼びかけても反応はせず、黙々と歩いていく。一歩で進める距離は明らかに男の方が大きいのに、彼女はそれを感じさせない早足で男の少し前を進み、男を置いてけぼりにしていくのではないかと思えるほどにペースが速い。
だが、ついていけないペースでもない。その辺のほんの少しの配慮が可愛いとは思いつつも、だったらなんでそんなぶすっとしてるのか教えてくれ、と彼は声も出さずに苦笑いする。
そんな折だ。
右横の森から矢が飛来し、二人の足元にどすりと突き立った。
「おっと」
「……はぁ」
それを見て二人は足を止め、すぐに両脇からぞろぞろと不潔な見た目の連中が武器を携えて現れる。野盗だ。
多少は統率が取れてるのか、取り囲むように並んで武器を構えて威圧さえしてくる。二人は自然と背中合わせになるが、二人とも徒手であり武器は見受けられない。旅用の荷物だけは立派だが、それ以外は不用心にもほどがあるので、ただのカモだと思われたらしい。
「十二人。私が十」
「やっと喋ってくれた……」
「お前は外の弓兵二人だ」
ぼそぼそと二人が耳打ちしている内に、この山賊どもを率いているらしい偉そうな男が下卑た笑みを見せながら近づいてくる。皮鎧で身体を包んではいるが、手にしている長剣はよく整備された代物だ。
いや、その頭目だけじゃない。包囲を形成している手下たちでさえも、武器は賊にしてはしっかりとしている。
「運が悪かったなぁ、旅の途中でよぉ。護衛の一人も雇えなかったのかぁ、お父さん？ハッハ」
「師匠が娘ってことですかね」
「師匠？あぁ？とりあえず荷物置いて――」
油断しきった表情で、のんきにてこてこ近づいてきたこの頭目が悪かっただけの話だ。
ぶわりと風が巻き起こり、一息で頭目の横脇に潜り込んだ小柄な女性――師匠と呼ばれた火鼠が、頭目の脇腹に両手を添える。文字通り、怒りに燃える両手を。
「え？」
「吹っ飛べ、小童」
その一言と共に、彼女は地面を揺れさせるほど強く一歩を踏み込み、両腕を真っ直ぐ一直線に突き出した。彼女が行ったのはそれだけの所作だった。
そして、それだけで皮鎧と筋肉で出来た男が軽々と吹き飛んだ。誰もがリアクションできない間に頭目はかっ飛んでいき、ぼけっとしていた手下二人を巻き込んで街道傍の樹木に叩きつけられた。
師匠と呼ばれる女性はクロークを放り捨て、ベールも取り去る。赤い髪の頭頂に生えた丸っこい耳と火を放つ細い尻尾だけで、彼女は魔物だと誰もが確信できるだろう。そして何より目を引くのは、両の拳で燃え盛る赤い炎。よく観察してみれば、火元は彼女の手首から滲み出している。普通の火ではないことは確かだ。
この後のことを少しだけ心配しながら、男性も荷物を置く。
「あ、師匠。塒を聞き出すのは」
「ヤンがやれ」
「はい」
「……うっ、うおおおおおおおおおお！！」
なんの気負いもないその会話でようやく硬直が解けたのか、統率を失った手下たちは一拍遅れてヤケクソ気味な喊声を上げる。困惑、怒り、破れかぶれの勢いだけの裂帛。
彼ら野盗は、敗残兵だった。過激派の魔物たちの侵攻に対して衝突し、勝てないことを悟って逃げ、支給された装備をそのままに賊に成り下がり、こうして街道で待ち伏せをして馬車や旅人を襲撃して暮らしていた。形勢の悪い相手は見過ごし、勝てる相手だけに、だ。
そして、結局彼らは魔物に負ける定めだった。
「オラァ！」
「それで踏み込んでるつもりか」
槍を縦に振るってきた相手を最小限の歩法で紙一重に躱し、槍を握る手首を掴んで引き寄せ顎に掌底を一撃。的確に意識を刈り取り落とす。
「このガキッ！」
「木を伐っていろ」
斧を横薙ぎに振り回してきた相手の握り手に素早く拳を打ち込み、怯んだところに一歩踏み込んで腹に一撃、痛みに身体を丸めたところで横っ面に膝を当てる。すとんと気絶した。あと五人。
「うらぁ！」
「チャンバラは子どもまでだ」
小剣を袈裟斬りに突っ込んできた相手にすれ違うように外側へ一歩、足で握り手を踏んで地面を叩かせ身体がそれに引っ張られて前かがみにさせ、首裏に肘を落とし、崩れ落ちる前に腹を脛で蹴り飛ばす。横隔膜に脛での痛打を食らえばしばらくは動けない。
「よくもお頭をっ！」
「人望あるように見えなかったが」
突き出してきた槍を腰を捻って躱し、柄に手を添えながら手刀を落として叩き折り、狼狽する相手の膝に横から蹴りを入れて姿勢を崩させ、更に一歩踏み込んで顎に裏拳。平衡感覚が狂ってふらふらと覚束なく歩き、倒れ伏す。
「ひ、ひえっ」
「怖気づくのは一番悪手だぞ」
後ずさる男に素早く駆け寄り、一手遅れてひょろひょろ振られた棍棒の手首を掴んで無理やり逸らし、もう一方の手で即座に腹と胸部と喉に一撃ずつ。寸分違わず正中線に貰えば、大の男も当然沈む。
あっという間の出来事だった。ひとりずつ確実にいなし、拳や蹴りを浴びせ、無力化していった。そうして彼女は残る一人へと振り返る。
彼女が最後に構えを向けた男は、それまで冷静に様子を見ていたようだった。
「あんた、ただの魔物娘じゃないな。何者だ。どこから来た」
「……遥か東。この地には関係ない」
下段に鈍器を構え彼女に問いかけるこの男は、さっきまでの手下どもとは明らかに雰囲気が違う。徴兵され訓練を施されたばかりの弱兵ではなく、戦いを乗り越えてきた者の風格が漂っていた。
彼女は焦らず淡々と構え、機を伺う。拳の炎が一旦弱まるが、いざ拳を叩き込むその瞬間に彼女の炎は再び激しく燃え噴き上がる。
「東方には拳での武闘を極めた戦闘術があると聞いたが……あんたみたいなのがそうか。魔物はみんな力任せに暴れるのかと思ってたぜ」
「戦場と格闘は違う。数を相手には力任せに暴れたほうが速いだけのこと。私の拳は自衛手段。そして――」
そう言って彼女は突然背後に振り向き、後ろから襲いかかろうとしていた小剣の男の腹部と顔面に同時に拳を打ち込む。衝撃で大の男がぽんと宙を舞い、地面に落ちる頃には気絶した。
「私の拳とは、古くから身を守るために技と時間を重ねてきた先人たちの歴史が折り重なった拳。私の炎は、闇を振り払う灯火。火鼠として生まれて鍛錬を重ね、研鑽を重ねた」
再度男の方を向き、一歩を踏み出して拳を向ける。
「功夫。私の国では、生涯をかけて積み上げた拳をそう呼ぶ」
「あいにく俺はしがない傭兵だが、それはそれとして拳法家とやらと戦ってみたかったんだ。相手してもらうぜ、功夫とやらを味わわせてくれよ？」
傭兵は獰猛な笑みを浮かべ、鈍器の頭を彼女の方に向けた。そこでようやく、彼女に表情が生まれた。期待の眼差しと引きつった頬。
彼女は鋭敏な感覚で、目の前の相手が厄介なバトルジャンキーだと察していた。だが、娯楽にはなる。近頃はうってつけな手合いもなく、鈍るのではないかと心配していた頃だった。ヤンも観戦しているだろうから、いい勉強にもなるだろう。そう考えながら、じりじりと距離を縮めていく。
「魔物は頑丈だって聞くからな、手加減一切無しで行かせてもらうぜ。ていうか手加減したら瞬殺されそうだからな……文句言うなよ」
「お前は後で衛兵に突き出された時に釈明する内容でも考えていろ。こっちは元より気絶させるつもりだ」
互いに構え、睨み合い、距離を測りながら徐々に寄り合い、――風で木々がざわめいた瞬間、同時に仕掛けた。
「ッおらぁ！」
「ふっ」
リーチで勝る傭兵が先にアプローチをしかけ、鈍器を横に振って的確に頭に命中する軌道をとる。これを闘牛のように身を低めて突撃しながら躱し、
「ッ！」
「ち、ダメか！」
そこへ飛んでくる傭兵の膝を手の平で叩き受け流しながら横っ飛びに距離を取り、遅れて振り下ろされた鈍器が空を切る。鈍器の頭は中空に留まり、地面を叩かなかった。並の使い手なら振りぬく力を持て余し地面に武器を当てて隙を晒す場面だ。
この切り結び一つだけで、傭兵が武器の扱いも攻撃も防御も慣れていることは察せる。それに加えて、一撃に重みがある。彼女は手の平にじわりと広がる衝撃の名残を一瞥し、唾を飲み込んだ。彼がもし主神の加護を受けていたなら、間違いなく手強い勇者だったことだろう。
彼女を追いかけ、傭兵が突撃を敢行する。鈍器を斜め下から掬い上げるように振り、それをバックステップで回避。流れるように鈍器で外向きに薙いで反撃を寄せ付けず、そこから傭兵は片足を一歩だけ前進させ低姿勢での徒手中段突き。それを彼女は腰の捻りで躱して前進しつつ、一瞬の空白を見せた脇腹に炎の拳を一撃差し込み、降ってくる頭突きからすれ違うように転がって回避。
「くそっ」
一撃は入った。だが十分威力を伝える余裕がなく、浅い。対応が柔軟だ。一発当てただけでは怯まない程度に痛みにも強い。互いに殺意を向け合う本気の立ち合いなら圧倒できるだろうが、生憎彼女の拳は人を殺すための拳ではなかった。
手強い相手だ。名のある者かもしれない。だから、彼女の脳内に疑問が湧く。
「……お前はなぜ、野盗の傭兵なんかをしてるんだ」
「今更か？簡単だよ。野盗やってりゃ戦えるから、ってだけだ。一番重要なのは自由なことだしな」
「お前……剣闘士とか護衛ではダメなのか」
「ああ、ダメだな。自由にやれねえ。確かにそういう仕事で戦うのは楽しそうだが、窮屈で仕方ないだろ」
「……」
自由。
この傭兵は実力もあり肉体も鍛えられていて、剣闘士でも護衛でも引く手数多の勇士となれる格がある。大の大人九人を瞬時に制圧した火鼠の格闘家と相対して、彼女が本気ではないとしてもまともに渡り合えているのだ。勇者の血族でした、と言われても納得できそうな資質だ。
だが、所詮は賊に成り下がったバトルジャンキーだった。そこには何の正当性も使命もない。ただ力を振るう場所を求めた暴れる獣だった。
野盗の活動は野道を歩く者を襲っては金品を奪い、馬車を襲撃しては馬と人を金に変えること。弱者のみを狙って不当に儲けを得る悪逆な犯罪行為。決して許されることではない。それに加担することだって、許されてはいけない。
「……お前の実力を認める。だから、これから一瞬だけ本気を見せよう」
「一瞬だけだぁ？ずいぶんと見くびられたもんだな。いいぜ、やってやる」
「一瞬だけ、だ。お前の心を折るために」
「は――」
ごう、と両拳の炎が火柱を上げた。赤々と灼熱し、網膜に焼け付くような太陽光じみた輝きが放たれる。傭兵の肌を撫でて泡立たせるのは、炎の熱波か彼女の威圧か。
温度として熱を発しているわけではない。物体を燃焼させることもない。火鼠の炎とは本来、相手の闘争心を着火させるためのものだ。だが、この炎は――
「行くぞ」
「うっ、おおおおッ」
彼女は再度傭兵に向けて突撃し、傭兵は渾身の力を持って鈍器を振りかざし彼女の骨を砕こうとした。強く風を切る音。鈍器が凄まじい速度で彼女へと迫る。叩きつけられればいくら魔物でも無事で済まないほどの膂力を持って、本気の一撃。
だが彼女はそれを、
「ふッ」
「……嘘だろ」
向けられる凶器に臆すること無く、一瞬屈んだ後に素早く伸び上がるようにアッパーで鈍器を殴りつけ、逆に鈍器を砕いたのだ。
「これが功夫だ、某とやら」
驚愕に目を見開く傭兵に、間髪入れずもう一方の拳で胸部を叩き、爛々と燃え盛る業火を捻り込みながら押しこむように腕を前へ突き出す。それは芸術的なまでに自然な所作だった。死なない程度の手心も介在する、怒りの一発。
凄絶なインパクトが傭兵に流れ込み、鍛えられた肉体が吹き飛んでいく。
「リン・ホンファ。覚えておけ」
威厳を示すような重みのある彼女の一言は、崩れ落ちる相手への礼儀として自らの名前を伝えるためのものだった。
★
夜の帳が下りた、街道上の小さな街の、これまた平凡な宿。
「……書きにくいんで離してくださいよ」
「ん〜〜？まぁだそんなこと言ってんのー、ロリコンめー♥」
「酒くさい……」
彼に師匠と呼ばれた火鼠、ホンファは酒でぐでんぐでんになっていた。
備え付けの机に向かって日誌を書くヤンの横で酒盛りをしながら、頭を彼の脇に擦り付けたり頬を擦り合わせたり。ふにゃふにゃな猫なで声で甘える姿は、見た目相応の女の子だ。
彼女が持つ曇ったガラス瓶の中身は、街で買ってきたブランデー。それなりに値段の張る品物だ。それももう、半分ほどになっていた。
「あの野盗たちを衛兵に引き渡した時の謝礼とあいつらの塒にあったお金で、しばらく楽に旅できるかと思ったのに……」
「え〜〜〜、いいでしょお酒くらいー。全部私が飲んじゃうけどね〜♥」
「まあ、師匠の手柄なんでいいんですが……」
ノーモーションで放たれるショートフック。ヤンの腹部にめり込む。
「二人っきりのときは名前で呼ぶ」
「はい……」
ほんとは酔ってないんじゃないかこの人、と胡乱げにしながら腹を抑えるヤン。一瞬だけ昼間のように冷淡な声で二人の約束を復唱した後、すぐにまた彼に寄りかかって甘える。
顔を赤く染めてだらしない笑みを浮かべる彼女は、普段の厳とした態度からは想像できない姿だ。もし彼女のことを知っている人間がこれを見れば確実に驚くだろう。その数秒後に昏倒させられるが。
「はやく書くの終わらせてよ〜〜。ほらほらー」
「だったら引っ付かないでくださいって……」
今日は出発して早々に野盗に襲われて、それから街に引き返して諸々の処理をしただけで一日が終わってしまったので、大して書くこともなくすぐに終わるはずだ。横から絡み酒をしてくる者がいなければ。
ヤンの膝の上に頭を下ろし、椅子の上に寝っ転がる。ヤンはそれを見もせず、空いてる手でホンファの頭を撫でてやりながら黙々と文を書く。
彼女がこうも甘えることができるのは、二人きりの時だけ。外では誰に見られているか分からないために凛々しく振る舞ってはいるが、ホンファも結局は魔物。尻尾をぶんぶん振り回しながら自らの夫に甘えるのが彼女の本性だ。
「そういえば今朝からあの時までずっと怒ってましたけど、あれなんだったんですか」
「わかってなかったのかおまえー」
「うわ痛っ、どうなってんですかその尻尾」
ぺしりぺしりと尻尾がヤンの脛に当たる。鞭のようにしなって命中するために、火鼠にとっては後方からの矢をはたき落とすためにも使われるほど立派な武器だ。ただ、専ら感情表現としてしか使われない。
「簡単でしょー。ばんばん先に進むんじゃなくて、もうちょっとこの街でヤンと一緒に滞在したかっただけ。馬鹿弟子めがー」
「うう、言ってることはかわいいのに」
「面倒くさいのもかわいいだろばーか」
ホンファの本性をヤンは悪く思っていない。悪く思っていないが、酒に酔うとかなり面倒くさいのも事実だ。普段とのギャップの差があるために、あやしていると疲れるわけだ。
だけどこれも、彼女の良さの一つでもある。
「で、明日はどうしますか」
「なにが？」
「街を見て回るんですよね。まだお金に余裕はありますから、服か装飾かなにか買いましょうか」
「ほんとっ！？さっすが一番弟子！気前がいいなぁ♥」
ヤンの言葉に目を輝かせて起き上がり、一転して媚びるようにヤンに抱きつく。良さなんだろうか、これは。ヤンは憮然として考える。
「じゃあー、明日はおめかししなくっちゃねー」
「化粧道具なんてありましたっけ。買ったんですか？」
「買ってないし持ってないよ。ふふ、ヤンのお嫁さんですよーって周りにアピールする！」
「……そうですね」
もうなんでもいいかもしれない、とヤンはにこにこ笑う彼女から目を逸らして顔面を抑えながら思考を放棄した。
武道を生き拳で語る冷たい姿も、小さな身体と豊かな表情で好意を示してくれる暖かい姿も、彼女の素敵な一面だ。ヤンが彼女に学び始めてから数年経つが、彼女から心が離れることはなさそうだ。
「へへー、明日が楽しみだなー♥」
「お酒もほどほどにしておいてくださいよ」
「わかってるわかってる。ヤンだって、明日はいっぱい歩くから！」
「はいはい」
明日が晴れることを、ヤンは切に願う。
空模様みたいにころころ変わる彼女を、太陽の下で眺めたい。異国、西洋の地での二人旅は、彼女の笑顔で成り立っているのだから。
16/03/07 20:05更新 / 鍵山白煙