連載小説
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先輩と弁当
「今日も幕の内弁当か。好きなのか、それ」
「幕の内風、ですね。好きってのもあるんですけど、考えるのが楽で」
「ふふ。なるほど」

 メロンパンを両手で持ってかじる先輩に苦笑しながら理由を話し、箸を手に取った。
 今日は少し起きるのが遅くて、弁当の中身を考える時間がなかった。そういう時はたいてい幕の内弁当をパクったものを作る。今日も、と先輩に言われるのは自分の不徳の致すところだ。

「後輩」
「なんですか?」
「毎日私の弁当を作ってくれ」
「……それ、プロポーズじゃなくて食欲が先に来てますよね」

 そりゃあ先輩は毎日パンなんだから飽きてるんだろうけど。

「実は先輩の分のお弁当を作ってきたんです!って、よくあるじゃないか。王道中の王道だろう」
「あれってありがた迷惑じゃないですか?手作りなんてなに入ってるかわからないし、量が少なかったり多かったりしても作ってきてくれたんだから文句も言えないわけで」
「……きみは、本当に、ほんっとうに野暮だな。フィクションのご都合主義というのはフィクションだからこそのものだ。別にいいじゃないか、お揃いの弁当ふたつ分作ったって」
「あー……拗ねないでくださいよ。ごめんなさい」

 眉根をひそめて顔を逸らして、見るからに不機嫌ですって顔の先輩を前にすると、不躾なことを言ってしまった自覚が出る。
 普段の先輩は全然そんな風に見えないのに、ときどきこうして乙女になるから扱いに困る。

「先輩の言うとおりだと思います。創作なんだからで済むことでした。ごめんなさい」
「……私のお弁当を作ってくれなきゃ許さない。ぜったい」
「絶対って……わかりましたよ、明日くらいなら先輩のお弁当作ってきますから」
「ちゃんと"センパイLOVE"って刻み海苔で書くんだぞ。肉類もたくさん入れるんだ。唐揚げとソーセージとハンバーグがいい。ご飯も多めで。ガッツリ食べるからな」
「乙女になったり体育会系になったり忙しいですね……」

 先輩、思ったよりも食べる人なんだよな。普段はパンで嵩増ししてるけど。

「絶対にな。約束してくれ。ずっと後輩の弁当が食べたかったんだ」
「そんなに?」
「ワクワクが止まらないくらいにだ」
「……明日以降二度と作りませんからね」
「な、なんで?」

 さっきの怒ったの演技だったなって察せるくらいにうきうき笑顔になっちゃダメでしょ。
 ……まあ、でも、いいか。





 弁当を食べ終えて、調理準備室に備え付けられた水道に弁当を持っていく。

「弁当のデメリットはそれだな。洗わないとすぐに弁当の中が臭くなること」
「そうですね。面倒だとは思うんですけど、やらないといけないし」
「難儀なものだ」

 のんきにワインを飲みながら、他人事のように呟く先輩。

「明日は先輩一人で俺の分も洗ってもらいますからね」
「え、私が?どういうことだ。後輩革命か?」
「意味わかりませんよ……。弁当作るのはタダじゃないんですから、お返しにやってもらいたいだけです」
「ああ、なんだ。いや待て、本当にそれだけか?」
「それだけですけど」
「怪しい。弁当を洗うだけじゃ飽きたらず、風呂を洗えとか風呂で背中を流せとか、終いには胸で後輩の大きな一物を」
「奴隷モノかメイドモノにハマりましたね先輩」
「えっ、なぜそれを」

 下ネタ関連の思考回路が安直すぎる。あれかな、最近巷でブームになってるらしい"貰った奴隷の女の子"系のやつかな。

「毎日弁当を洗うのも疲れますし、明日くらいは先輩にお願いしたいんですよ。その分腕によりをかけますから」
「それくらいなら構わないさ。先輩らしいところを見せてあげないとな」
「普段は先輩らしいところがありませんもんね」
「けっこうグッサリ来るな、実際言われると」

 胸を抑えて露骨に落ち込む先輩。自覚あったのか。

「くそ、それなら後輩の勉強でも見てやろうか。専門学校に行くとしても高校の学力はいくらあったって困らないものなんだ」
「いいですよ、そんな無理しなくて。先輩って勉強嫌いじゃないですか」
「うう……後輩の気遣いが優しい……」
「あと、先輩に教わると事あるごとにボディタッチしてきそうなんで」
「し、しないよ……」
「断っといて良かった……」

 乾燥機の近くに弁当を干してタオルで手を拭い、席に座る。急に静かになった先輩の方を見ると、なんだか難しそうな表情をしていた。

「なんですか、その顔」
「うん……どうすれば後輩からのイメージアップを図れるか考えてるところだ」
「はあ。いいアイデア出ましたか」
「……キュート路線かクール路線かパッション路線かで悩んでる。後輩はどっちがいい?」
「その前に先輩の頭のネジがどこに行ったか探すべきじゃないですか?」

 アイドルにでもなるつもりかこの人。





 窓の外を見ると、やっぱり未だに雨が降っていた。しょうがないことだけど、朝からずっとだ。

「前線のやつには早く何処かに行ってほしいな。梅雨なんてじめじめした季節にはいいことがなにひとつない。梅酒くらいだよ」
「学校に行くにも帰るにも億劫になりますからね。おまけに暗いし暑いし」
「私は別に帰らなくてもいいんだけどな。後輩がいてくれるなら」
「それだと先輩の弁当作れませんよ」
「あ!それはすごく困る!やっぱなしだ、今日はノーお持ち帰りデー」
「はいはい」

 忘れてたのかな。忘れられてても作るけども。
 部活が終わったあとにぐだぐだと管を巻くのはいつもどおりだけど、雨の中を帰りたくないというのもあって、二人揃って帰る気配が全く出てこない。
 だからといって何かやることもないので、俺は雑誌を読んで先輩は俺の膝に寝転がっていた。

「そういえば、私の弁当を作ってきてくれるのはいいが、いつもの奴以外の弁当箱はあるのか?明日のためだけに買うのは勿体無いと思うんだが」
「大丈夫ですよ、ちゃんとあります。いつも使ってるやつの他に、いつか先輩にあげるとき用の弁当箱も買ってあって」
「えっ!?ほんとうに!?」
「あっ」

 ポロッと口から滑るってこういうことなんだな、と心で理解できた。
 先輩の表情がみるみるうちに破顔していって、頬に赤みが差していく。こっちも赤面。

「そっか……そっかー、私に弁当を作るとき専用の弁当箱かー……ふふふ」
「その、あれですよ。どうせ先輩のことだから、なにかにつけて弁当を作れとねだってくるんじゃないかって思って、先回りしてただけなんで」
「うんうん、そうだな。ふふふ、後輩に免じてそういうことにしておいてあげよう。別に先輩に弁当を食べさせたくて買ったわけじゃないんだからね。ふふふふ」
「くっそ、すごい失言だった……」

 ツンデレ翻訳されてるし、先輩が無敵モードに入った以上は何を言おうがもう手遅れだ。しくじった。やらかした。顔を抑える。
 先輩は身を起こして、満面の笑みで横から抱きついてくる。

「はあー、私は良い後輩を持ったなぁ」
「ちょ、暑苦しいんでやめてくださいよ」
「いいじゃないか、後輩もまんざらでもないだろう。私は幸せだよ」
「ああもう……弁当作るの明日限りですからね」
「それでも構わないよ。きみがしたことは私がずっと覚えてるからな」
「勘弁してください……」

 先輩の手で頭を撫でられ抱きしめられて、無敵状態の先輩に対して身を縮こまることしかできない。
 先輩の嬉しそうな顔とか全身から伝わってくる喜びとかで、こっちもニヤけそうになって非常に困る。やっぱり買っておいてよかったなとか思ってしまう自分の心が憎い。

「後輩、後輩」
「なんですかもう、耳元でぼそぼそするのやめてくださいよ」
「毎日、私の弁当を作ってくれないか」
「っ……、ほんとのほんっとに、明日限りですから。絶対に明日だけ」
「ふふ。そっぽ向かないでほしいんだけどな」

 そんな本気のプロポーズされたら、誰だって照れるに決まってるだろ。
16/09/30 17:35更新 / 鍵山白煙
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