墓守



 魔物が人間を殺すだとか、世界は闇に包まれるだとか、そういった数世紀遅れた価値観はこの西の辺鄙なオーリオ村にすらも消え失せていて、かといって魔物が人間を魅了して男性を殺すとか女性を魔物に変えるとかをやめたわけではなかった。というのはつまり、魔物の性質の暴力が淫蕩へと変わったらしかった。なんでも男性の精を全ての魔物が糧にしていて、魔物は生まれもって男性を飼い慣らす術に長けていて、しかし実のところほとんどの魔物には弱点があり、それを発見さえできれば逆に男性が魔物を飼うなどということもできるようである。実際に何件も、男性と魔物が結婚して子を成したという話が聞こえてくるし、ドイテやホランスなどの国では魔物が作るエールや魔物が作る美食などが最近流行っていると村の若者の下らないお喋りの中で上がっていた。
 私は墓守の仕事を父親から引き継いだ時、当時の若者たちの間に蔓延っていた自分が愛すべき魔物を捜しに行く旅のことを正直のところしてみたいとは思っていた。何世紀も前は魔王を倒すために勇者として冒険しに行き途中で野垂れ死ぬかあっけなく魔物の腹に収まるかしていたという話だが、今の時代ではそういった死の危険性は魔物が隠れ潜む村や洞窟へ行き一生家畜として飼われるくらいのもので、たとえば藪に石を投げれば怒ったラミアが石を投げた本人に対して求愛をしてくる、などという冗談も生まれてくるくらい気楽なものだった。しかし結局私がこの自然に包まれて畑仕事か土に包まれて墓仕事するという生活を選んだのは、紛れもなくこの村に好意を抱いているからだった。それだけではなく、ヨアンナ・ボールンという名の綺麗な碧色の眼をした娘に恋い焦がれていたからに違いなかった。けれども思春期のうぶな私は彼女へ求婚する甲斐性もなく、しかし彼女と親密になろうとして幾度も話をした。老齢になった今でも、あのときの彼女の綺麗な瞳と心にすっと入り込むような高い美声と私の顔を熱くさせる笑顔を思い出せる。
 今となっては笑い話だが、私が十四でヨアンナが十三のころ、ひどい失敗をしたことがある。あのときの失敗はしばらく彼女の前に現れるのをひどく恐れ、彼女に嫌われてしまったと一週間に渡って堅いマットレスの上で頭を抱えて寝転がっていた。かといって親にことの顛末を話すのも確実に怒られると思って話せず、母親は非常に心配をした。その後父親に促されてなんとかヨアンナに面と向かうことができたが、拍子抜けするくらい彼女は何とも思っていなかった。その失敗をなんとかして後ろに回そうと文を連ねている今も、その失敗のことを恥ずかしく思っているからなのだろう。結論から言えば、失敗というのはなんとも間抜けな一言を発したからだった。そのときはようやく雪が溶けて春が訪れたので、雪遊びは出来なくなったことを残念に思っていたことを覚えている。いや、私は雪が好きで、できることなら春夏秋冬ではなく春冬秋冬と来てほしいくらい暑いのが苦手だが、しかしヨアンナと一緒に遊べると考えればどの季節も天国のように感じられた。雪が溶けると山から来る川の水が増えて冷たくなり、春なので温度差に少し暑く思えて、ますます雪解け水が美味しく感じられた。しかし土はそうはいかず、あらゆるところが湿って泥くちゃだった。子供には汚い泥もおもちゃの一つなので、村の子供たちはみんな一斉に泥団子を作り始めた。十を過ぎると畑仕事を手伝わされるようになるが、確かその失敗をした日は安息日だった。私とヨアンナは子供のお守りをさせられ、まあすることもないのでとりあえず泥団子を作らせておけば大人しくするだろうと思ったし、子供たちがあっちこっちの土を掘り返して服が泥だらけになって母親たちに怒られるのを忘れていたことを除けば、みんなしっかりと泥を固めたちゃちな団子を作っていた。私とヨアンナは取り留めのない話をしていて、なんだったか、たぶんヨアンナから股から血が流れることを相談されていた。今でこそこの村にも基本教育のための学校があるが、その当時は全く性教育がなされていなかったので、毎月股から血が流れるのは女性限定らしいという話を聞かされたときも感心していた。ほほうなるほど、俺の股から血が流れたらたぶん失神すると思う、とか言って相づちを打っていたに違いない。そのころの私はとにかくヨアンナの体の発達に感心していて、綺麗なストレートの栗毛がヨアンナのワンピースの上にかかり、まあこのくらいの男の感心するところと言えば決まっていて、とにかくその二つの大きな山脈に横目でちらりちらりと覗きながらヨアンナの美声を脳に焼き付けていた。ふと甲高い声がかかって振り返ると、子供たちのうち二人の男子がなにやら言い争っていた。次第に殴りあう喧嘩に発展して、近くで泣いていた女の子にヨアンナがいきさつを聞いてみれば、二人はどっちの団子の方がたくましいかなどという至極どうでもいいことで喧嘩しているようだった。私でもちょっと呆れるくらいの内容に二人の子供が本気になって喧嘩をしているのを面白く感じられたが、しかし怪我をしてはいけないと思ってヨアンナと二人で仲裁に入った。そうしてどうにかその場を収めたものの、どうやら最初の張り合いから劣っていたと自覚していた男の子が、もう一方の男の子へ向けて泥団子を投げて、当たるのを見ずにその子の家らしい方へ走って帰っていった。しかしその子のボールコントロールは甘く、男の子の近くにいたヨアンナの胸元に当たってしまい、泥が彼女の髪とワンピースと胸元を汚してしまった。自分は相当焦って、痛くないかを聞きながら堂々と胸元を覗いた。ヨアンナは平気だと言い、「でもワンピースを洗わないと」と言った。彼女の家は少しばかりその場から遠く、自分の家の方が近かった。ヨアンナと私の母親はそれなりに仲が良かったので、きっと私の母親ならヨアンナの母親に内緒で洗ってくれるよ、と言った。これはヨアンナを家に招く口実でもあったのだが、彼女は可愛らしい笑みで私の案を採用した。
 そうして私はヨアンナを家に招き入れたのだが、しかし招き入れることは大して特別ではなく、事実何回もヨアンナを招いて食事したことがある。その逆も然りだった。なので平気な様子でヨアンナを家の水浴び場にタオルと共に押し込み、自分の母親に対して彼女のワンピースを洗ってもらえないかを交渉し、了承を得た。安堵しながらそのことをヨアンナに告げようとして浴場に入り、既に服を脱いでいて髪を後ろにまとめようとしていたヨアンナと偶然にも、そう偶然にも遭遇してしまった。彼女の体はすらりとしていてタイトだが、胸は張りがあってツンと上を向いており、頂点の綺麗な桃色は心をときめかせた。血が流れる云々といっていた股は毛も生えておらず、また生娘であったために美しいスジが一本走っているのみだった。尻の形はすこし小さめだったが、脂肪はしっかりとついていて、触ればきっと指を心地よく跳ね返してくれるだろうと想像できた。おなかは弛んでいる様子もなく、皮下脂肪に押されてへその部分にもスジがくっきり出来ていた。私は二度三度彼女の肢体を舐め回すように見てからようやく彼女の顔を見て、怪訝そうな顔をしている彼女に慌ててワンピースを洗ってもらえるよと報告し、ああと合点がいった彼女に、続けてとんでもない言葉を発した。あのときの私はそれなりに成熟した彼女の体を見て−−もっと幼い頃から二、三年前までだって、彼女の裸体なんて何回もみたというのに−−気が動転していたのだろう。もし相手がヨアンナではなくもっと見知らぬ女性相手であれば殴られ蹴られでも仕方ないことのように思う。私はなにを言ったのかというと、

「ヨアンナって良い身体してるよね!」

という取り繕おうと考えて瞬時に選んだ最悪の一言を発して、私がなにを言ったかを理解したヨアンナと、自分がなにを言ったかを理解した私は、ほぼ同時に顔を赤くし縮こまり、ヨアンナから「出ていきなさい!」と力強く叫ばれたときには既に私は尻尾を巻いていた。
 こういった顛末を経て、尚も仲良くなっていった私たちは、私が十六でヨアンナが十五のときには選ぶべき道を考えなければいけなかった。とはいえ私は既に一族代々受け継いできた墓守の仕事をすることが決まっていたので、彼女の選ぶ道如何によってはこの辺鄙な場所にある村から一緒くたに逃げなければいけないと覚悟していた。しかし彼女が選んだのは村の牧場で働くことで、それもやはり彼女の家が持つ小さな牧場のことだった。十六ともなればそろそろ結婚も考えなければいけない時期であり、腹を据えて彼女へ結婚しようと考えていたのが忌々しい夏のことだった。夏というのはやはり私には悪いものとしか考えられず、毎年陰鬱な気持ちになっている。知らせを聞いたときには私はたっぷり一時間は理解に時間を要したし、あのときの心境はもはやどうともならぬことを理解していた。彼女にはランドンという都市に従姉妹がいて、夏のある時期に毎年家族で遊びに行っていた。彼女が村から数日だけでも離れてしまうのが夏の嫌いなところであったし、それまでは八割がたがこの理由で夏が嫌いだった。ヨアンナと家族は家で飼っている馬を使った馬車でランドンまではるばる赴き、数日親戚と楽しく過ごして、そして帰ってくる。その途中の道には少々狭い道があり、そのすぐ横に川があった。村まではほんの三百メートルほどで、子供の遊び場として、はたまた釣り場としてそれなりに親しまれていた。知らせを聞かされた前夜はひどい雨がざあざあ降り、私の陰鬱な気持ちに拍車をかけていた。明日から数日ヨアンナと会えないのに、畑か墓で土をいじらないといけないと考えるととてもとてもやってられないように思えた。私がもう少し思慮に欠けて変態的だったなら、彼女の家に忍び込んで服を頂戴して、彼女のにおいを心行くまで堪能していたかもしれないほど、非常に苛立っていた。このひどい雨の中で彼女らの馬車は大丈夫だろうかと考えて、ヨアンナのことを考えて、三年前のヨアンナの素晴らしい裸体を思い出していた。明くる日、どうしたことか、にわかに表が騒がしいことで目を覚ました。まだ日も頭のほうしか出ておらず、村が薄暗かったことを覚えている。その薄暗さと表から聞こえる騒がしさに何かすごく不安になって、簡単に服を着ると家を飛び出し、話していた若い衆にどうしたことかと訊き、返事を聞く前に私はヨアンナの父親を発見し、彼が涙を流しながらも自分のことに気づいた様子を見て、背中に鋭く剣が突き刺さったような錯覚を覚えた。若い衆の言葉を聞く前に自分の頭に横切った嫌な想像を払いのけるように、しかし弱々しく若い衆を払いのけて、彼女の父親の前に立った。彼はしきりに私に向けて許してくれ、許してくれと言った。ますます嫌な想像の剣が私の身体を突き刺してくるようだった。自分でもどうかしているほど強い口調でなにがあったかを聞いても、彼は天におわすという神への罵倒を垂れ流すばかりでとりつくしまがない。いよいよもって確信を帯びてくると、ついにその剣は私の心へと突き立つことに成功した。ヨアンナの父親はさんざんにためらった後、どうか心して聞いてくれと前置きした上で、私の頭をきっかり六十分制止させることにした。

「ヨアンナが死んだんだ」

 死因はよくある馬に蹴られたという奴で、川へさしかかったときに馬車が転倒し、投げ出されたヨアンナが馬の様子を見ようとしたら、横たわって立てず恐慌をきたした馬がヨアンナの首の骨をあらざる方向へ蹴り折ったとのことだった。あのときの胸にたまっていく気持ちは名状しがたく、私は彼がよろよろとどこかへ歩いていくのも、若い衆が私に上っ面だけの慰めの言葉を投げかけてくれているのも、よくよく理解できなかった。自分の父親がいつになく堅い顔で私に話してくれたことも、自分の母親が泣きながらに語ってくれたことも、そうして翌日にヨアンナの父親が妻も娘も失ったので自殺したということも、その後自分がしたことや何かもがすっぽり私の記憶から抜け落ちているせいで、これ以上にうまく書くことができない。とにかくそうしたことがあって、一ヶ月してようやく現実が私にしみこんできた。収穫の時期で、私は畑に向かうが、そのあとヨアンナを探してもいないので探してみると、どうにもヨアンナの住んでいる家が焼け落ちてなくなっていることに気がつき、そのときまでヨアンナが死んで以来ヨアンナの家に行ってなかったことに気がついた。きっと彼女の父親が自殺した際に自棄になった父親が家を燃やしてついでに自殺したということなのだろう。とにかくそうして、ようやくヨアンナの死が私の現実となり、真実となった。そして私は無意識のうちに、父親から初めての墓守の仕事をさせられ、ヨアンナが眠る棺を埋葬したことを理解した。私がヨアンナを埋葬した。思いだそうとしても仕事したことを思い出せないが、しかしその後数人埋葬したときに父親から作業の手順を教えられなくても出来たということは、つまりはそのとき私はヨアンナを埋葬し、初めての墓守の仕事を完遂したのだ。
 自殺という選択もできぬまま、ただ呆然と日々を過ごした。

 墓守の仕事は埋葬だけではなく文字通り墓を守ることなのだが、ときおり墓にも魔物娘が出ることがある。それはだいたいが墓に漂う死の臭いを求めたものであるか、もしくは掘り返されて蘇った「戻りし者」だ。そういうのは居るだけであってとくに用事はないのだが、しかし墓に花を供えにくる人たちに襲いかかられでもしたら迷惑であるし、なにより私にさえ襲いかかってくるのだから迷惑であった。なので、いつもだいたい土曜日と火曜日の夜には松明を持って墓を巡回し、戻りし者がいれば丁重にお帰り願い、墓を埋め直した。こういうのは中身が本当にあるかどうかは大した問題ではないし、戻りし者が出てくるのが掘り返されることという引き金が明確にあるため、たとえ遺族が引っ越したとしても墓はそのまま置かれる。「骨のもの」ならば魔力で肉付けされた存在のために面影は少しくらいしかないが、「腐敗した者」やら「肉貪り」やらは肉体が存在してやたらに死臭が漂い、なによりショックなのはまともに意志の疎通が出来ないことだ。見知った者の顔をしているのにああとかううとか喋らず、火を見ると逃げていくという動物的なものしか残っていない。魔物の性質が暴力であるときはそれらゾンビやグールは生者に襲いかかってくるようだが、淫蕩である今は性的に襲いかかってくる。埋葬されて数日しか経たずに掘り返された場合にのみ成ってしまうグールなどは、冷たいこと以外はまるで人間のようなのに、人間らしからぬ妖艶さと人間らしからぬ死臭、そして人間らしからぬ魅力に満ちあふれている。そう、彼女らは人間ではなく死者となり、死者ではなく魔物となってしまい、人間の男性から精液を貰って身体を維持するのだ。ぼろぼろの死に装束から覗く淫らな肉壺を見てしまえばその場から動けなくなり、いやむしろ彼女らの方へ動いてしまう。それが彼女らが放つ死臭の魔力で、ぷんと漂う眉をひそめるような臭いも、彼女らの力にかかればどこか魅力的な香りとなり、それを放つ彼女たちは素晴らしく、そしてどこまでも淫らで、男性の肉欲を満たすためだけに存在すると囁きかけてくるようであった。墓守はそれに呑まれないようにするために松明を持つ。煌々と閃く火の光は彼女らの魔力を跳ね返し、彼女たちも逃げざるを得なくなる。火は生の輝きと考えられており、実際食事のために使われることがほとんどの火というものはそうなのであろう。
 そうして私は墓守の仕事をこなし、畑仕事をし、彼女の死を忘れるようにして一ヶ月過ごしたわけだが、ようやく彼女の墓を見に行って、違和感を感じた。一ヶ月しか墓守の仕事をしていないが、しかし掘り返されたのを埋め直したというのにはどうしても土がほじくられた後ができるので、そういう具合のことがヨアンナの墓にも見受けられたが、しかしこの一ヶ月でヨアンナの死体が歩き回るといったことを見たつもりはなかった。はてどうしたことだろうとヨアンナの墓をよくよく見てみると、土の感じからして、埋葬されてすぐ掘り返されたようであることがわかった。戦慄した。いったい誰が彼女の墓を掘り返そうと思うか?戻りし者が火を嫌うというのは誰しもが知る事実では?彼女の父親の死因はなんだ?彼女の家はどうなっていた?父親の自殺した日はいつだったか?それらのことが一斉に頭に浮かび、気づいたときには既に彼女の家に来ていた。ずいぶんと荒れた呼吸を正そうと努力しながらも、想像してしまったことにかなり動揺して、なかなか呼吸は収まらなかった。しばらくかつて彼女の家だった焼け跡を見ながら、自分の想像がまったくの噴飯もので、いったいどうしてそんな発想になるのか皆目分からない、と言ってくれる人が現れてくれればそのときの私はずいぶんと救われていたと思う。そもそもなぜ彼女の父親が彼女の死体を焼こうと思ったのか全く意味不明ではないか。今になってそう思う。とにかく私は焼け跡を隅々まで見て回り、四辻に父親と一緒に埋められたのではないことを切実に願っていた。結局なにも見つけられず。ただ服は煤で汚れただけであった。彼女の死体の安否を確認する術はなく、もし今掘り返しても、まだ彼女の死体がちゃんと墓に収まっていた場合は私がヨアンナを冒涜していることになる。結局どうすることも出来ず、私はその日の仕事を終えて自宅に戻った。父と母は畑にいて、私を見るなり服を洗え水を浴びろ最近臭うぞ、と朗らかに笑いながら手を振ってくれた。どうにか私は平静を取り戻して、彼女の死体が安らかに眠っていることを願っていた。そうして私は家に戻り、自室に割り振られている地下の部屋に入り、ゆっくりと腰を落ち着けて一息をついた。改めて彼女の死を実感し、部屋で小一時間ほど涙を流していた。親からは特に何もいわれず、結婚やら子供やらの話をされないのがありがたかった。そのときの周囲の人たちの私への評価は、誰しもが愛する人を失った孤独な男に見えたことだろう。涙を流し終えて冷静になり、水で濡らしたタオルで顔を拭ってから母親の食事にありつき、そして自室へ戻った。
 しかしそれにしても、誰がヨアンナの墓を掘り返したのだろう、とそればかりを考えていた。ヨアンナが死んでから一週間のことが記憶から欠落していて思い出せず、その頃から夜になると無意識が私の身体をむしばみ始めていたように思う。なのでその記憶がないところに何か手がかりがあるのではないかと思ったが、しかし家族や他人にそんなことを聞けば、ああいよいよ気が違ってしまったかと思われることはそのときの私にも容易に想像ついた。なので結局のところどうしようもなく、そして気がつけば湯を浴びて身体を洗った後で、そのあとすることもないので眠ることにした。
 そうしてしばらく過ごして、最近なんだか疲れがとれないと思い始めてきた。その頃私は十七を既に迎えていて、同期に生まれた友人たちはだいたいが伴侶がいるか伴侶となる魔物を求めて旅立ったかだった。独身は私だけだった。十六の最後の二ヶ月前に今度は父と母が街道で盗賊に遭って殺害され、いよいよ私は孤独の身となってしまった。親が残した畑は管理しているし、毎日ヨアンナの墓にお見舞いしていたが、しかしそれ以外はほとんど家にいた。とにかく人に自分を見られたくなくて、独りとなったことで広くなった家を満喫したいというのがとりあえずの建前だった。しかしなぜか、私は家にいるときの記憶が思い出せないようになっていた。気がついたら畑をいじっていて、日が暮れたから家に戻ると、気がついたら墓を巡回していた、というように、まるで何かを見たくないかのように家の中にいるときの記憶がない。しかしそれでも一つわかることは、なぜだか家に帰るという行動を取るときに心に幸せが満ちていたのだ。誰もおらず、自分ただ独りの家に帰るということを最上の喜びのように感じていた。喜びを感じる一方で、何か家に嫌なものでもあるのではないかと疑念が湧くようになっていた。そのときの私はさっぱりと言っていいほど家の中の事情を理解できなくて、どうしたものかと考えていた。家のドアに手をかけると、まるで脳が何かを切り替えるかのように、そこからぶっつりと家の中での記憶がなくなるのである。これをなぜだと自分に問うてみても、本当にわからない。いよいよ気味が悪くなった私は、もしやと思い、ヨアンナの墓の前である一つの誓いを立てた。もしヨアンナの墓を掘り返してヨアンナが戻りし者になった場合は、全力でヨアンナを墓にもどし、自分が墓暴きになってしまったことを教会へ懺悔にいこうと決めた。自分がとてもとても好きで好きで愛している女性の墓を暴かなければならないと考えると自責の念がどんどんと強まったが、しかし気味の悪い家の中のことを知るためには必要なことだと割り切るしかなかった。この時点で既に私は、自分の身になにが起きているかを十二分に理解していた。それでも正気の私はそんなはずはないと強く否定していて、私がそのような狂気の人間ではないと自負していた。その日の月明かりはよく見渡せて、ヨアンナの墓碑名がしっかりと読めた。私は月光を受けて光るスコップを使い、たっぷり三十分の格闘でヨアンナの棺を掘り返した。松明を持って身構えていたが、いっこうに棺の蓋が持ち上がる気配がない。そしてやはりというべきか、その棺から死臭などは臭ってこないのだ。私の鼻がバカになったわけではないのは、土の臭いからしてわかるのに、それは嘘だと私の正気はすべてを否定する。いよいよ棺の蓋に手をかけて、目をつぶりながら樫の蓋を横にうっちゃって、そうして棺に顔を向けて目を開くと、とうとう私の正気は殺された。




 私がヨアンナを埋葬した日の深夜、彼女を冒涜した。眠りについた親を起こさないように部屋を抜け出して、人目を気にしながらも早足で墓場に向かった。守衛小屋にあるスコップを持ち出してヨアンナの墓を暴いた後、当然のように彼女の棺の蓋が独りでに開き、ヨアンナの姿をしたグールが姿を現した。いや、埋められて数時間しか経たずに暴かれたため、魔力によって補強されたのが首の骨くらいで、あとは髪が驚くほど白くなっていることを除けば確かに彼女はヨアンナだった。彼女の体は死に装束のドレスを着ていたが、グールとなった彼女には邪魔に思えたらしく、死後硬直を感じさせない動きでするりと服を脱いだ。そうして露わになった死体の彼女の肢体は、三年前にみたあのときよりも成熟していて、そして淫らだった。胸はあのときよりもさらに大きくなって、片手でははみ出すだろうと瞬時に理解できるほどだった。尻も三年前よりもしっかり脂肪が乗り、さぞ揉み心地がいいだろうと感じさせられた。これほど魅力的な体だというのに生娘なのは、正直に言えば、私の一歩を踏み出せない弱さだった。ハグやキスをしたことはあっても、彼女を抱いたことはなかった。彼女が戻ってからの第一声はあの三日前に聞いた声と全く変わっておらず、それどころかこの声を快楽の渦に溺れさせたいと思うほどに心惹かれる声だった。
 彼女は私に近寄り、優しく抱きついてきて、耳元で囁いた。
「今の私の体は、あなたにとっていい体?」
 それは紛れもなくヨアンナの声で、ヨアンナの発音で、ヨアンナがこう言うかもしれないと思わせるものだった。私はそれに対して抱きついて返事の代わりとすると、くすりと笑った声がヨアンナの口から聞こえた。そのときの私の頭にはもはや死体でも彼女を愛することには変わらないというものが渦巻いていて、今すぐにでも彼女を抱きたいと思っていた。私の手はすべすべとしたヨアンナの柔らかい尻を丹念に撫で回し、剛直は服ごしにヨアンナのとても柔らかい下腹部に押し当てられ、私の息はとても荒かった。今すぐ彼女と交わりたい。それだけしか考えられなかった。しかしヨアンナは、墓を埋め直してからね、と囁いてくるので、それからは五分ほどで元のように埋め直した。その様子を背後から眺めていたヨアンナは魅力的な肢体を見せつけながら私にこう言った。
「あなたの部屋に行きましょう」
 いてもたってもいられず、ヨアンナをお姫様だっこして、ヨアンナの体から香り立つ死臭に朦朧と酔いながら自室へと急いだ。親はもう既に寝ている時間で、起きないか心配だったが、扉を開けても廊下を歩いても全く起きてくる気配がないので杞憂のようだった。ようやく自室へ戻ると、ヨアンナを私のベッドへ降ろし、改めてランプの光を受けてよくよく舐め回すように観察し、その艶やかで淫らな容姿に魅入ってしまった。肌は生前よりも白く透き通っていて、さわり心地は絹のようなきめ細やかさだった。四肢の末端は赤く染まっていて固いが、手触りは心地よく冷たく、この手で剛直に触られたならと想像をするだけで漏れ出そうになるほどだった。瞳は私が愛するあの碧色で、優しくこちらを見つめてくる眼差しは彼女と過ごしてきた生涯から死後の今までずっと変わらずにいてくれた。そうしてしばらく互いに見つめあったまま動けなかった。ふいにヨアンナは視線を落とし、私のズボンを汚している股間の膨らみを凝視し、いびつに、妖艶に、口を歪ませて舌なめずりをした。正気があればその視線に思わず赤面するところであろうが、そのときの私はとにかくヨアンナの肢体と匂いと妖しげな瞳に気がどうにかしていて、荒い息と運動後のような心拍はますます強まっていくのみだった。
 ヨアンナは再度私の瞳を覗き込み、数瞬冒涜的なまでに瞳孔がゆがんだかと思えば、その瞳孔の名状しがたい奇怪な動きを細部までしっかと見ていた私の脳がとうとう本格的に理性と本能の糸を断ち切り、いやヨアンナが意図して断ち切ったのだろう、しかし私の本能が体を動かしているだけで理性はちゃんと自分の体に与えられる刺激をこと細かく処理できる意識は残っていた。ヨアンナは私の目の前まで顔を近づけ、それまでしたことがないような激しいキスを降らせた。それは最早キスというよりも口内への蹂躙と言った方が正しく、その冷たく長い舌が私の舌を余すところなく舐めとり、絡ませ、吸って、口のみで快楽の渦に叩き込もうとしてきた。脳髄は焼け焦げ、グールの能力である唾液の媚薬作用によって気が違っていた。その間にヨアンナはさりげなく私のズボンを脱がそうと指を這わせ、信じられないほど怒張している肉棒をあえて触らないようにしながら少しずつズボンを下げていき、一物が半ばまで出ると急にキスを中断した。餌を取り上げられた家畜のごとく困惑した面もちでヨアンナを観察しようとしていると、ヨアンナも物欲しそうにしてだらだらとよだれを垂らしていることに気づいた。そこでようやく私はズボンが腰の中間ほどまで脱がされていることに気づき、慌ててズボンを脱いだ。その慌てようにヨアンナはくすりと笑い、しかし目を細めながらたぎっている肉棒をじっと眺めていた。
 ズボンを脱ぎ終えてヨアンナに視線を戻そうと顔を上げると同時にヨアンナは素早い動きで私の男根にしゃぶりつき、瞬時にグールの唾液の作用が私の快楽神経に影響を及ぼし始め、濃密な魔力というものに初めて曝されたばかりでことさら過敏になっていた童貞の一物がどうやってこれに耐えられようというのか。私は歯を食いしばって与えられる快楽に酔いしれながらヨアンナの口へ情けなく精液を漏らすが、ヨアンナはそれを馬鹿にするようなことはなく、ただ魔力によって増生された精液を喉を鳴らして嚥下していくのみだった。数秒ほどの射精が終わり、上目遣いにこちらを見てくる彼女の眼がまだ足りぬ風情を語っていたが、出してすぐは無理なものだし痛みに変わっていくという自慰からの経験でヨアンナの頭を外そうとし、すぐに異変に気づいた。なおもヨアンナは溶かすつもりでしゃぶってくるのだが、その舌の動きからやってくる快楽はどういったわけだか更に強まってきており、とうとう呻き声まで情けなく漏れるようになり、自らの精排泄欲も比肩して高まっていくのだ。これもグールの唾液の作用らしく、尋常ではない神経の信号に私は半ばパニックを引き起こし、ヨアンナの頭を掴んで腰を強く振り始めた。もはやフェラチオではなく、喉咽で行う野獣めいたセックスに他ならない。ヨアンナはそんな陵辱すらも受け入れるのか、むしろ彼女の腕で私の腰を掻き抱き、もっともっと強く犯せと言わんばかりにその眼を瞬かせた。
「ごぼっ、おごっ、ふごっ」
 唾液の作用でひどく醜悪に勃起した男根が彼女の喉に侵入を繰り返すたびに、水音と共に家畜の嘶きがごとき吃音が彼女の口から漏れ、こんなに麗しく艶やかな恋人がここまで下品に悦ぶのかと背徳ささえもが脳を燃やし始め、第二射はあっけなく訪れた。絶頂の瞬間に謝ることもせずにヨアンナの喉を陰茎で突き、精液が零れないように食道を全て灼熱した亀頭が塞ぎ、手でヨアンナの頭を私の腰へ力強く押し付け、もはや殺す腹づもりで精を吐出し始めた。グールの魔力が男性器全体に密着して送り込まれたというのもあり、最初の射精とは比べ物にならないほどの精液が彼女の胃へと排泄されていく。彼女は不満一つ言うことはできず、むしろ満足だろう、目を瞑って喉を締めて精液の排泄を助けるように舌で裏筋を擦り、数十秒にも渡る射精の間ずっと嚥下し続けた。
 長い長い射精が終わって陰嚢から一滴残らず精液が排出されると、ヨアンナは名残惜しげに舌を陰茎に絡ませつつ口をずるりと外した。彼女の身体が精液を受け取ったことにより一段と肌質がきめ細かく美しく綺羅びやかに変わり、満足だという拍子の青くさい深い息を吐きながら、腰が抜けて尻餅をついた私を見下ろすように立ち尽くす。ヨアンナの秘裂から僅かに滴る愛液を目ざとく発見した私は、一度顔を上げてヨアンナの表情を伺おうとし、私の眼がヨアンナの双眸と交差した刹那にヨアンナの瞳孔が再度怪しく瞬くのを直視してしまい、そこで私の意識は途切れた。



 それから結局正気の私がヨアンナの秘密を理解するまでの間ずっと私はヨアンナの給餌機と化していたようで、しかしヨアンナがグールとなって我が家に住んでいることを知ってしまっても、私は彼女の給餌機とならざるを得なかった。
 私は彼女の美しい眼を知っており、ヨアンナは私がつい彼女の眼を見てしまう癖を知っており、そうして彼女は私に催眠術を施して優位に立つ。一時的に狂気的に彼女を求める際の私だって彼女の女陰に突き立てて交わりたいと思うだろうに、一度たりともそれを為すことはできない。彼女の催眠術は私の全てを縛り付け、捕らえ、離さない。両親が死んだのは彼女にとってもラッキーだったようで、彼女はテリトリーを広げることができた。そして私が全てを理解した時、その背後に立っていた彼女は、死者の同胞を増やすために墓を掘り返すことにしたようだった。
 洗脳された私とヨアンナの二人がかりで一晩で全ての墓をほじくり返し、這い出てきたゾンビやスケルトンやグールはヨアンナに率いられ、寝静まるオーリオ村へと仕向けられた。つまり、オーリオ村は一晩で壊滅した。
 死者たちが生者たちの精を啜り、捕らえ、快楽の渦へと叩きこむ。人間の脳に一番作用するのは快楽信号らしく、村人たちは抵抗することは叶わずに、魔力がオーリオ村を急激に汚染していった。そして魔界となった。インキュバスとならずにいられた男性は私一人のみであり、我が家の地下に幽閉生活させられていた恩恵とも言える。彼女は頑なに私を魔物にしたくないのか、摂らせる物さえ魔界のものではなく人間界の食物で、魔力に曝されるのはグールであるヨアンナからの唾液のみという徹底ぶりであった。そして魔力を私の身体から抜くことも忘れず、定期的に3日ほど私のベッドから離れて外へ向かう。その間私が脱走することの無いよう私へ催眠術をかけていくが、どうもその催眠術の内容に甘えがあり、こうして私は手記をしたためることができた。
 生まれ故郷の愛すべきオーリオ村が死臭のひどい魔界となっているだろうに、私はどうすることもできない。彼女に反発することもできず、おそらく一生こうして籠の中で飼われていく。私が恐ろしいのはこの境遇に対してむしろ幸運とさえ思ってしまっていることだった。彼女が帰ってくればまたすぐ精液を差し出すだけの豚となる。私が死のうとも、きっと彼女は私の魂すら捕らえる。私は死んでも彼女から解放されることはない。だが私の心はそれを考えるだけで幸福に思えてしまっている。
 この手記は彼女の見えないところに隠し、いつか私が死に彼女が離れた後にこれが発見されることを祈り、筆を置きたい。これを読んでいるあなたに伝えたい、墓と背後には絶対に用心してほしい。死者は音もなく忍び寄り、あなたを捕らえ、あなたを飼う。火を手放す事なかれ。暗闇のなかで蝙蝠のように目が退化して火をつけることさえできなくなっては手遅れなのだから。
 そして忘れないでくれ、ヨアンナ・ボールンは本当に良い娘であったことを。全てを狂わせるに足るのは、一つの人命の喪失だということを。

皆さんも周りの人へアクションを起こしたい場合は先送りにせずに出来る限り早くやりましょう。手遅れになってからでは遅いのです。

過去作のリメイクとして一年前から温めていたネタですが、いかがだったでしょうか。リッチのやつは一時間で書きましたが、この作品の場合は一ヶ月くらい練って半分まで書いて一年寝かして今日書き終えたので、一年と一ヶ月くらいの執筆時間ですね。
魔物娘上位がいいのか、男性上位がいいのか、未だに判断がつきません。どっちもおいしくいけるからなんですけれども。
エロ描写もまだ恥ずかしさがあるのでうまく書けなかったりします。先人たちほんとしゅごい。私にもいつかエロ描写のブレイクスルーが来るのだろうか。
こういうところをこうしたほうがいい、といったアドバイスがあればお願いします。主にエロ描写で。エロ描写のアドバイスマジでお願いします。マジで。あとこれホラーでいいですよね?

15/04/16 21:32 鍵山白煙

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