連載小説
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先輩と手指
 昼休みが一時間もあるおかげで、弁当を食べて洗い終わる頃には特に話すこともなくなる。一週間のうちに五日も顔を合わせるので、当然と言えば当然。
 そういう時は決まって、先輩はだらだらとこちらに絡みついてくる。

「後輩の手は大きいな」
「育ち盛りなので」
「いい手をしている」

 両手を差し出せ、と言ってきたので素直に見せると、隣りに座ってる先輩は手首を掴んでグッと引き寄せてきた。ちょっと怖かった。
 その状態で何をするのかと思えば、別になにもしない。ただ手を眺めるだけ。
 まあ、先輩は楽しそうに微笑んでるし、それなら別に何も文句はないかな。

「それにしても綺麗な手だ。爪は揃えて切られているしささくれもないし、高得点間違いなし」
「どうも。景品はいらないです」
「……先回りして私のネタを潰すのはやめてほしいんだが」
「パターン丸見えじゃないですか」
「く、生意気になってきたな……いずれ格の違いを見せてやる」
「お手柔らかにお願いしますよ」

 先輩の手は十分に柔らかいけど。自分と比べるとずいぶん華奢に見える指に、健康的に皮下脂肪を蓄えた手。男の手は筋張ってごりごりしてるのに対して、女性の手はぷにぷにだ。

「今度、後輩もネイルやってみるか」
「男がやったら気持ち悪いでしょ……」
「ファッションのひとつと考えれば、男がやったら悪いというものでもないさ。こんなに綺麗な手をしているんだし、問題なく似合うだろう。まあ、料理の邪魔になるかもしれないが」
「致命的じゃないですか。料理するために清潔にしてるのに」
「なるほどね。そんなところだろうと思ってたよ。手が清潔な男はモテるぞ」
「それだけでモテるってものでもないでしょう」
「どうかな。恋ってのは案外簡単にしてしまうものだから」

 そんなものかな、と首をひねりながら自分の場合を考える。
 まあ、そうかも。

「ところで、薬指の長さと一物の大きさはある程度比例しているらしい」
「見ないでください」
「もう遅い。後輩は女泣かせらしいな」
「知りませんよ……」
「中指と薬指が同じくらいの長さだぞ。誇っていいところだ」

 じっとり観察されてたのはそういうことか。両手を引っ込めたあとでも、先輩は変わらずにこにこと微笑んでいた。

「あと、手が清潔ならモテるというのは本当の話だ。前戯で穴に突っ込まれる指が不潔だったら嫌だろう」
「それナンパ男の話じゃないですか。そういうところから話題を仕入れてくるのやめてくださいよ」
「君が硬派だからもう少し軟らかくしてあげようと思ってね。硬くするのは」
「下だけでいいんでしょ、はいはい」
「……後輩がいじめる」

 それだけ、先輩と過ごした時間が長いってことでもある。なんて言ったら先輩は調子に乗るので、いじめるだけいじめよう。

「俺が硬派なんじゃなくて、先輩が軟派に突き抜けすぎなんですよ。白昼堂々酒飲んだり下ネタ発言しまくったり、外見に甘えすぎじゃないですか」
「うぐぐ……そうは言っても私は美少女だぞ。美少女は何してもだいたい許されるのが世の摂理だ」
「許されるとしても印象の問題ですよ。おっさんみたいな美少女と女の子らしい美少女だったらどっちがいいですか」
「どっちもいただくのが男の甲斐性ってものじゃないか」
「それが軟派すぎるって言うんですよ」
「今日の後輩強くない……?」

 誰かに鍛えられましたからね、と目の前でしょぼくれた表情をしてる先輩を見据える。
 これに懲りて多少なり身の振る舞いを改めてくれれば、安心して構ってあげられるというのに。

「俺が見てないところなら真面目にやってるんでしょう。俺からの視点じゃものすごく不真面目な不良にしか見えませんけど」
「失敬な。私は品行方正で真面目な模範的生徒だぞ。体育でペアになった子の胸や尻を触ったりどさくさに紛れてキスしたりはするが」
「おい」
「?」

 なんだその"なにか変なことを言いましたでしょうか"って言いたげな顔は。コントじゃないんだぞ。
 呆れて顔を覆いながら、先輩に続きを促す。

「授業中は基本的に真面目な生徒だ。きっちりノートを取るし、聞くだけじゃなく参加もする。この前なんか国語の先生の惚気を授業中に聞き出す快挙を成し遂げた」
「その話のどこに真面目な要素があるんですか……」
「他の生徒からは絶賛だったぞ。なにしろつまらない授業がなくなってためになる話を聞けたからな」
「まあ、魔物からすればそうなのかもだけど……」
「それからはその先生とすっかり仲良しだ。きみも、人生の先輩がいてくれるといろいろと助かるぞ」
「……うちの学校って男の先生少ないですよね」
「こんな学校だからな。人生は長いんだし、その内そういう人が出てくるさ」

 だといいんですが、と答えたところで予鈴が廊下のスピーカーから聞こえてくる。

「よし、私は戻るぞ。あとは部活までお預けだ」
「はいはい。楽しみにしときます」
「素直でよろしい。あんまり先輩をいじめないようにするんだぞ」
「そんな頻繁にはしませんから」

 後ろ手に手を振りながら退室していく先輩を見送りつつ、乾いた弁当を風呂敷で包み終える。俺も教室に戻ろう。





 今日はフリーの日、と部室の黒板にデカデカと書かれているのを見た部員が心得たように頷いて帰っていくのを眺めながら、コンロの汚れを拭き払う。

「よく訓練された部員たちだ。部長としてはありがたいな」
「単純に彼氏との時間を優先したいだけじゃないんですかね」
「それは野暮さ。互いに何も言わないのが一番いい」
「そうですね」

 そんなわけで、部室には部長と俺しかいない。まだ放課後になって間もないのにだ。
 この"フリーの日"というのは、要は何してもいい日。好きな材料使って調理するもよし家に帰ったり他の用事したりもよしの、実質的に部活なしの日だ。
 こんなのが設けられている原因は、毎日毎日部活をしてたら食材費でどんどん部費が高くなっていくため。ただ料理をするだけの部活でやたらと金をかけるのも、生徒会からしたら印象悪いだろうし。それに、魔物娘は恋人と接する機会が減るのを良しとしないってのもある。

「後輩は今日もなにか作るのか?」
「掃除が終わって時間が余ったら作ろうかな、と。冷蔵庫、なにがありましたっけ」
「少し前に買い出し行ったばかりだろう。なんでもあるさ」
「じゃあどうしようかな」

 脳裏にいろいろなレシピを思い浮かべ、どれを作るか悩む。
 机に頬杖をつきながらこっちをにこにこ眺めてる先輩をいっぱい喜ばせる、お菓子か手料理を。

「私だったら、何も作らずにひたすら想い人といちゃつくのをおすすめする」
「かまってほしいだけでしょ。先輩もなにか作ればいいじゃないですか」
「後輩の作ったものを味わう係だ。重要な役目だろう」

 まあ、かまってあげるだけでも先輩は喜ぶか。手間もかからない。

「たまにはなにも作らなくてもいいですかね。掃除だけ終わらせますか」
「おっ、偉いぞ後輩。先輩の心情を推し量った選択をできる男は出世するぞ。太鼓判押してやる」
「遊ばないとすぐ拗ねますからね、先輩は。幼稚園児並み」
「ふふ、喧嘩を売られてしまった。あいにく手持ちがなくて買えないんだよ」

 上機嫌に笑う先輩。この人はときどき無敵だ。

「ぱぱっとやっちゃいますから、そこでなにがしたいかだけ考えといてください」
「なにがしたいかって、そりゃあ最終的には合体だよ。初体験は彼氏の家が相場だろう。今日はお持ち帰りデーだ」
「却下」
「インポテンツめ」

 彼女の表情は笑顔のままだった。どうしてシないかの理由は、言わずとも先輩に伝わっているから。

「あーあ、早く大人になりたいな」
「……そうですね。俺も、早く大人になりたい」

 先輩のしなやかな薬指を一瞥しながら、彼女の言葉に頷いた。
16/09/30 17:12更新 / 鍵山白煙
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