初恋のリリー
初恋のリリー
大きなタルを幾つか運び、ため息と共に汗を拭うと爽やかな風がほほを撫でる。
秋の始まり。それはドイツは元より、ベルギーやチェコでは16日間に渡るビールのお祭りが催される。
僕は毎年この季節になるとバーデン・ヴェルテンブルグ州の大学から遠路遥々地元の村に帰るのだ。
因みに僕の専門は経済学で、卒業したら大手企業に就職するのが小さな野望だったりする。
この季節は祭りの準備で仕事がいっぱいあってお金になるし、学費の足しにもなる。ついでに実家に顔を出せば両親も安心する。お祭り本番では周辺地域でしか消費されないマニアックな地ビールも飲めるし、煩わしい休暇中の課題レポートもでっち上げさえすれば後は楽しみたい放題の至れり尽くせりだ。
ただ……そんな良い季節だけど少し複雑な事もある。あくまでも僕の中ではだけれど。
『エリ君、毎年ありがとうねー♪おお助かりだわー』
『あ、マリーさん。いえ、こちらこそ……って、そろそろちゃんと名前で呼んでください。僕にはエリアスって名前があるんです。』
僕の事をエリ君と呼ぶこの人……もとい、このサキュバスはマリーさん。お隣りさん(と言っても1エーカーは離れてる)で彼女の家は代々ビール農家だ。小さい頃は歳の離れたお姉さんみたいな人で、良く遊んでもらった。
僕の初恋の人だ。今はサキュバスだけど。
『あらなぁに〜？まーだ女の子っぽい名前気にしてるの？？』
『うぐぐっ……』
『私は好きよ？いい名前じゃない？』
『か、からかわないで下さいっ！』
『ふふふ♪エリ君はやっぱりかわいいわね〜。うちの娘のお婿さんに欲しいぐらいだわっ！』
……そう。彼女は結婚してる。僕が10歳の頃、マリーさんは20歳で学生結婚をした。相手は彼女の幼馴染みのジョゼさんで僕も昔さんざん色んな所に連れてってもらった。カッコ良くて、頼りになって、今でも本当のお兄さんみたいな人だ。
この人なら仕方ないと思ったけど、当時幼かった僕は挨拶に来たマリーさんに泣きじゃくって、その後38°cの熱を出して3日間寝込んだ。
本当に大好きだった。
そして後になって、もっと早くマリーさんに告白をしていれば、なぜその勇気と行動を起こさなかったのかと酷く後悔した。
ついでにマリーさんがサキュバスになったのは、結婚翌年の夏休みを利用した新婚旅行で当時はまだ目新しかった異世界旅行に行った時、向こうのビール(魔界産)を飲みまくったらいつの間にか魔物娘になってしまったらしい。
『はぁ……。』
『ふふふふ♪……ねぇ、クリスマスも帰って来なよ？私もジョゼも嬉しいし、リリーも喜ぶわ！』
『マリーさん、母さんと同じこと言わないでくださいよ……。あれ？そう言えばリリーちゃんは？』
会話に出てきたマリーさんの娘さん、リリーちゃんはたしかアリスと言う魔物娘だった。マリーさんよりはジョゼさんに似ている。最後に会ったのは去年のこの季節だ。懐かれているようで、毎年僕を見れば飛び掛かって来る。それはやめてほしいけど、姿が見えないのはちょっと寂しい。
『ふふふ♪それは後のお楽しみよ〜』
と何か企んでいるっぽいマリーさんとそんな他愛もない会話をしてると、遠くからジョゼさんの呼ぶ声が聞こえて来た。僕は少し急ぎ足でジョゼ兄さんの所に行く。
『エリ坊ー、遅いぞぉ！もう大方仕事は片付いた。前夜祭だ！！ほら、お前さんのマスジョッキだ！！』
そう言うとジョッキ(1リットルサイズ)を渡され、なみなみと黄金色の液体が注がれる。
ジョゼ兄さんも相変わらずで、優しくて、頼もしくて、少し豪快で強引で。
『アイン・プローージットッ！！(乾杯！！)』
手拍子の中、上機嫌で乾杯の歌を大声で歌うジョゼ兄さんに、マリーさんにまた叱られますよ？と言う僕の声にも笑っていた。2人共あの頃から変わっていない。外見も性格も何もかも。
帰って来れば暖かく迎えてくれて、遠く離れた大学の学寮に戻る時には少し寂しそうに頑張れよ、また帰って来るんだぞ！と送り出してくれる。
僕はそんなジョゼ兄さんとマリー姉さんが大好きで少し苦手だ。
ホロ苦いエールを飲んでそんな事を思っていた。
その後、夕食をすっぽかしそうになったジョゼ兄さんをマリーさんが耳を引っ張って連行したのだった。ちょっと胸のすくような気持ちになったのは内緒だ。
そうして夜が明けて次の日の朝、花火がうち上がっていよいよお祭りの幕が上がる。
お祭りの最初の催し物はパレードで、先頭を行くのは伝統的な修道女の衣装とフード付きマントを身に付け、黒毛の馬に乗ったミュンヘナーキンドル。通称はフロイライン。選ばれるのはその年1番の美人だ。
さて、今年は誰なんだろうか？
マーチングバンドのファンファーレが高らかに鳴り響くと、今年のフロイラインが出て来る。
え？
あれは……『マリー姉さん………？』
いや、違う。僕は目を擦って眼鏡をかけ直してもう一度見てみる。
目が合った……ほんの一瞬。少し赤らんだ花のような笑顔で。
あそこに居るフロイラインはマリー姉さんとジョゼ兄さんの子供、リリーちゃんだ。
黒いフードの中から見えるサファイアより青い瞳と絹のような金色の髪に透き通るような白い頬。黒毛の馬に跨り輝くような笑顔を振りまいている。
とても綺麗で可愛らしくて
でも、僕には子供の頃のマリーさんに見える
本当にそっくりで
でも、大好きだった初恋の人は僕の手の届かない所に居て
あそこで花のような笑顔を振りまいている少女はその証明だ
少年の頃の僕が涙を流している
治りかけた傷が開くように
置いて来た筈の過去と
忘れてしまった筈の最初で最後の恋が
心臓を締め付けるようで
それが苦しくて
過去を忘れられない自分自身が嫌で
マリー姉さんとジョゼ兄さんの幸せを心から喜べない自分自身が大嫌いで
だから、もうこれで最後にしよう
もう僕はここには戻らない
この村には戻らない
大人になるんだエリアス………
景色に滲むような人々の楽しげな背中を僕はただ見ていた。
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ……
拍手の中、ゆっくりとしたパレードはお祭りの会場の中心へとやって来た。
わたしは馬から降りて旗を村長さん達に渡す。描かれている4つの紋章はそれぞれの村の紋章で、この旗はお姫さまや騎士がいる時代からある "ゆうしょ正しい" 村どうし仲良しのしるしらしい。
辛くて厳しい "ちゅうせいの時代" に、収穫に感謝してみんなでお酒を飲んで一緒に喜んだのがこのお祭りの始まりらしい。
旗を渡すと偉ーい人達の長ーーーーいお話しが始まった。どうして偉い人のお話はこんなに長いのだろう？？
長ーーーーいお話しが終わると、4人の村長さん達がお祭りの開催をやっとの事で宣言した。
その瞬間、耳が痛いほどの拍手と歓声が上がった。
みんなそんなに早くビールが飲みたいのかな？
でもこれでわたしの役目は終わったから、パパとママの所に行ける。毎年忙しいから早くお手伝いしなきゃ。
エリアスさんも来ているし……。
ちゃんと見てくれたかな？
ううん。大丈夫。だって目が合ったから。
綺麗だって誉めてくれるかな？えへへ……♪
今年こそはエリアスさんに大好きですって伝えるんだぁ♪パパもママも応援してくれてるし、絶対エリアスさんと……こ、恋人になるんだ！
『おーい！リリーちゃん！』
パレード用の衣装からディアンドル(伝統衣装)に着替えてパパとママの畑に建てられたビアツェルト(仮設ビールレストラン)に戻ると、パパのお友達のペーターさんから声を掛けられた。
『ペーターさん、こんにちは！』
『リリーちゃん、こんにちは。パレード綺麗だったねー。』
『あ、ありがとうございます♪』
嬉しいけど、1番最初はエリアスさんに言って欲しかったな〜。
あれ？エリアスさん？
『ああ、コイツなんだか知らないけどバカスカ飲んじゃって、見ての通り酔い潰れてるんだよ。リリーちゃん、悪いけどこのバカよろしく頼むよ。』
『あらら……』
見るとテーブルの上に1…2……わっ！凄いジョッキが5つも！
『うう"………もう一杯……。』
『だ、だめですよ〜〜！エリアスさん、しっかりしてください！大丈夫ですか？立てます？』
『う〜〜ん………』
とりあえず、ふらふらエリアスさんをお家に連れて行こう。パパ、ママ、ごめんね。きっと後で手伝うから。
そうして、ふらふらエリアスさんを支えながら、自分の部屋まで連れて行った。ホントはリビングでも良かったけど、エリアスさんにお部屋に来て欲しかったのは乙女のひみつだ。
いまは気持ち良さそうにわたしのベッドで寝息を立てている。ビールをたくさん飲んだから寝汗が額に滲んでいた。そっと、タオルで拭いておく。
あ、そうだ。あぶないからメガネをとらなきゃ。寝返りしたら傷ついちゃう。
そっと手を伸ばしてエリアスさんの丸ぁるいメガネを取る。でもなんだかイケナイコトをしているようで、どきどきしてしまう。いつもの眼鏡のエリアスさんも素敵だけど、素顔のエリアスさんも素敵。
暗いブロンドのくしゃくしゃの髪は、撫でるともふもふとしている。ずっとこうしていられそう。
『う……うぅ〜……』
うなされてるみたい。大丈夫かな？
『マリー……姉…さん……嫌だ……行かな……い…で……』
あ………
うん……
そっか……
エリアスさん、ママが好きなんだ。
どうしよう。わたしの恋のライバルはママなんだ……。
いつからだろう？
きっとわたしが産まれるずっと前から。
でも、ママへの大好きの気持ちは叶わなかったんだ……。ママはパパと結婚したから。
だから、エリアスさんは村を出て遠くの学校に行っちゃったんだ。
きっと辛かったんだ……。ずっと、ずーっと……
『エリアスさん……』
『ん……あ、あれ？……ここは？？』
エリアスさんが起きた。ちょっと寝ぼけてる。
『もう大丈夫ですか？……飲み過ぎはダメですよ？』
『ん？？……リリーちゃん……そっか、迷惑かけたね。』
頭を抱えたお寝ぼけエリアスさんが辺りを見回した。
『えっと、ここって……？』
『はい、" 今は " わたしの部屋です。』
今わたし、どんな顔してるのかな？
『……そっか。そうだ、リリーちゃん。パレード見てたよ。とても綺麗だった。』
『………ママみたいでしたか？』
『……え？』
『エリアスさ……こほん、エリくん……』
エリアスさんの目がほんの少し開いて、そして俯くように下を向いて
『リリーちゃん、これはどういう……』
『マリー姉さんでしょ？エリくん？』
『マリー……姉さん……。』
『はい。よくできました。……おいでエリくん。』
エリアスさんはと惑いながらもわたしをママの名前で呼んでくれた。
でも、そこには確かに愛がこもっていて、だけど少し辛そうで。
わたしはエリアスさんを抱きしめずにはいられなかった。
『頑張ったね、エリくん……。』
『マリー姉さん……マリー姉さん……』
エリアスさんは泣きながら、わたしの胸の中で何度もママの名前でわたしを呼んだ。
『エリくん……ずっと辛かったね。がんばったんだね……エリ君の想いに気づいてあげられなくて……ごめんね……。』
彼の頭を包み込むようにして抱きしめて、頭をナデナデする。その度にエリアスさんが大好きな気持ちが溢れてくる。
ママの代わりでも何でもいい。
あぁ……やっぱりわたしはエリアスさんが大好きなんだ。
だから、エリアスさん……
ごめんなさい。
ちゅっ……
わたしはエリアスさんにキスをした。ありったけの魅了の魔力を込めて。
ビックリしたエリアスさんが目を見開いた時にも魅了の魔法を込めて彼の瞳を見つめた。
ママから滅多に使ってはいけないっていわれてたのに。リリーは悪い子です。
ぷちぷち……じーっ……
しゅる……するする……
『エリくん……おいで？』
『マリー姉さん……マリー姉さん……！』
『きゃっ……』
わたしが手を広げて誘惑するとエリアスさんはたくさん甘えてくれた。夢中で……必死で……赤ちゃんみたいでかわいい。
エリアスさんは魅了の影響なのか心が子供に……ママと過ごした小さい頃に戻ってるみたい。
『マリー姉さん、は、恥ずかしいよ……』
『だ〜め。今度はエリくんの番だよ？』
恥ずかしがるエリくんのズボンを脱がす。
『エリくん……大きいね。』
男の人ってこんなに固くなるんだ。
エリくんは両手で真っ赤になった顔をおおってる。
ふふふ……
あむ……ちゃぷっ……れろ……
『姉さん……！だめ、気持ちいい……』
エリくんのを頬張る。エリくんの味がする。
彼は気持ち良さそうに身をよじっている。
すこし口の中のエリくんのがピクピク震えてきた。
ちゃぷっ………
『しよっか？わたしの初めて……エリくんにあげる。……おいで？』
エリくんがわたしを優しく押し倒してくれた。
わたしのカラダはどうするかもう知っていて、勝手に腰を合わせて、エリくんもわたしの中に入ろうと頑張っている。
『ひっ……い……あっ……！』
エリくんが入ってくる。
痛いけど……
エリくんの体温が伝わって、愛おしさと嬉しさが溢れてくる。
幸せでおかしくなりそう。
『エリくん……わたし、幸せだよ。』
『マリー姉さん……！！』
鼓動の音に合わせてエリくんが動いてくれる。
エリくんのが女の子の……わたしの大事なところにキスをする度にカラダがびくんとなって
とても気持ちよくて
ふわふわふわふわするの……
夢みたいで
嬉しくて
でも心が少しちくちくして
『はぁ……！……はあっ！マリー姉さん！』
『エリくん！エリくん！』
あ、名前……リリーって呼んでほしいなぁ……
エリアスさん
ママの事好きになってくれてありがとう。
ずっと苦しい思いをさせてごめんね。
わたしはきっと悪い娘だ。
ママの影を利用して、エリアスさんの心に漬け込んで……
罪悪感があっても、わたしのカラダはエリアスさんに抱かれて喜んでいる。
気持ちよくて、嬉しくて。
奥に入ってくる度に変な声が出てしまう。
『ぁあ！……ひっ！あっあっあ、あ、あ、あ、あ……』
びくん！！
今のなんだろう？
頭がぱちぱち……
びくってしたら、ふにゃってなってカラダが雲の上みたい……
『リリーちゃん……』
エリアスさん？……あれ？魔法が……
『……ごめんね。僕の為に……また迷惑掛けちゃったね。』
エリアスさん
そんな顔しないで？
わたしは悪い娘なんだよ？
それでも
ぎゅっ……
『わたし……わたしっ！エリアスさんの事……大好き……です。』
あぁ……やっと……やっと伝えられた……
『……うん……こんな僕を好きになってくれてありがとう。』
『わたし……ずっと待ってます。離れてしまっても……この村で……エリアスさんの事を……待ってます。だから……』
ちゅっ……
あ………
エリアスさんがおでこにキスをしてくれた。
『まいったな。仕事……どうしようか？』
『お仕事ありますよ？……ビール農家でも良いですか？』
『………うん。』
エリアスさんはそう短く答えると、わたし達の唇と唇が触れ合って、そうしてまたキモチイイコトをはじめる。
エリアスさん……
わたし……今……この時を忘れたくない。
『はぁ！リリーちゃん……僕、もう！』
『エリアスさん！きて！……ぎゅっとしてっ！！』
でもダメなのかな？
わたしはアリスだから……
『『ーーーーーーーーーーっ！！！！』
わたしのお腹の中にエリアスさんがそそがれてる。
あつくて
心地よくて
さっきよりもぱちぱちふわふわする
それからふにゃってなって……
すごく眠くて……
あぁ……目を閉じたくない……この気持ちを忘れたくないよ……
『エリアスさん……大……す………き…………』
すーーっ……すーーっ………
そうして眠ってしまったリリーちゃんに僕はブランケットを掛けて部屋を後にした。
僕は彼女を知らぬ間に傷つけていたのかもしれない。彼女を通してマリーさんを見ていたのだから。
だから、ちゃんと彼女を愛そう。
今日の事はきっと忘れない。何十年経ってもずっと憶えているだろう。
リリーちゃんはどうだろうか。
いや………憶えているのは僕だけだろう。
彼女は確かアリスと言う魔物娘だ。
前にいつか聞いた事がある。アリスと言う魔物娘は男性との夜の事を忘れてしまう。一夜あげれば身も心も無垢な少女に戻ってしまうと。
でもそれは……なんだか寂しい気がする。
だから、僕が憶えていよう。リリーの分まで。
これからも、その先も。
その夜、僕は仕事を終えたマリーさんとジョゼ兄さんにリリーちゃんとの事を話した。
2人は驚くほどあっさりと、まるでそうなると分かっていたと言わんばかりに認めてくれた。ジョゼ兄さんには殴られる覚悟をしていたのに、義息子よ！と泣きながら喜ばれたのには、なんだか拍子が抜けた気分だった。
『エリ君、憶えてる？リリーが産まれたばかりの頃、あなたに抱っこしてもらったの。』
『はい、憶えています。』
『あの子、それまでずーっと泣きじゃくっていたのよ？でもエリ君が抱っこした途端、泣き止んで笑い始めたの。他の誰が抱っこしても泣き止まなかったのに。……その時、もしかしたらリリーは私の代わりにエリ君を幸せにする為に、アリスとして産まれてきてくれたんじゃないかな？最近そう思ったんだ。だからエリ君……娘の事……リリーの事をよろしくね。』
『はい。』
次の日の朝。僕は電車に乗った。
来年、大学を卒業してあの村に戻った後、畑を耕して作るビールはどんな味がするのだろう？
電車の窓から流れる秋の景色を見ながら、背中の遥か向こうにある故郷を思って。
おわり。
大きなタルを幾つか運び、ため息と共に汗を拭うと爽やかな風がほほを撫でる。
秋の始まり。それはドイツは元より、ベルギーやチェコでは16日間に渡るビールのお祭りが催される。
僕は毎年この季節になるとバーデン・ヴェルテンブルグ州の大学から遠路遥々地元の村に帰るのだ。
因みに僕の専門は経済学で、卒業したら大手企業に就職するのが小さな野望だったりする。
この季節は祭りの準備で仕事がいっぱいあってお金になるし、学費の足しにもなる。ついでに実家に顔を出せば両親も安心する。お祭り本番では周辺地域でしか消費されないマニアックな地ビールも飲めるし、煩わしい休暇中の課題レポートもでっち上げさえすれば後は楽しみたい放題の至れり尽くせりだ。
ただ……そんな良い季節だけど少し複雑な事もある。あくまでも僕の中ではだけれど。
『エリ君、毎年ありがとうねー♪おお助かりだわー』
『あ、マリーさん。いえ、こちらこそ……って、そろそろちゃんと名前で呼んでください。僕にはエリアスって名前があるんです。』
僕の事をエリ君と呼ぶこの人……もとい、このサキュバスはマリーさん。お隣りさん(と言っても1エーカーは離れてる)で彼女の家は代々ビール農家だ。小さい頃は歳の離れたお姉さんみたいな人で、良く遊んでもらった。
僕の初恋の人だ。今はサキュバスだけど。
『あらなぁに〜？まーだ女の子っぽい名前気にしてるの？？』
『うぐぐっ……』
『私は好きよ？いい名前じゃない？』
『か、からかわないで下さいっ！』
『ふふふ♪エリ君はやっぱりかわいいわね〜。うちの娘のお婿さんに欲しいぐらいだわっ！』
……そう。彼女は結婚してる。僕が10歳の頃、マリーさんは20歳で学生結婚をした。相手は彼女の幼馴染みのジョゼさんで僕も昔さんざん色んな所に連れてってもらった。カッコ良くて、頼りになって、今でも本当のお兄さんみたいな人だ。
この人なら仕方ないと思ったけど、当時幼かった僕は挨拶に来たマリーさんに泣きじゃくって、その後38°cの熱を出して3日間寝込んだ。
本当に大好きだった。
そして後になって、もっと早くマリーさんに告白をしていれば、なぜその勇気と行動を起こさなかったのかと酷く後悔した。
ついでにマリーさんがサキュバスになったのは、結婚翌年の夏休みを利用した新婚旅行で当時はまだ目新しかった異世界旅行に行った時、向こうのビール(魔界産)を飲みまくったらいつの間にか魔物娘になってしまったらしい。
『はぁ……。』
『ふふふふ♪……ねぇ、クリスマスも帰って来なよ？私もジョゼも嬉しいし、リリーも喜ぶわ！』
『マリーさん、母さんと同じこと言わないでくださいよ……。あれ？そう言えばリリーちゃんは？』
会話に出てきたマリーさんの娘さん、リリーちゃんはたしかアリスと言う魔物娘だった。マリーさんよりはジョゼさんに似ている。最後に会ったのは去年のこの季節だ。懐かれているようで、毎年僕を見れば飛び掛かって来る。それはやめてほしいけど、姿が見えないのはちょっと寂しい。
『ふふふ♪それは後のお楽しみよ〜』
と何か企んでいるっぽいマリーさんとそんな他愛もない会話をしてると、遠くからジョゼさんの呼ぶ声が聞こえて来た。僕は少し急ぎ足でジョゼ兄さんの所に行く。
『エリ坊ー、遅いぞぉ！もう大方仕事は片付いた。前夜祭だ！！ほら、お前さんのマスジョッキだ！！』
そう言うとジョッキ(1リットルサイズ)を渡され、なみなみと黄金色の液体が注がれる。
ジョゼ兄さんも相変わらずで、優しくて、頼もしくて、少し豪快で強引で。
『アイン・プローージットッ！！(乾杯！！)』
手拍子の中、上機嫌で乾杯の歌を大声で歌うジョゼ兄さんに、マリーさんにまた叱られますよ？と言う僕の声にも笑っていた。2人共あの頃から変わっていない。外見も性格も何もかも。
帰って来れば暖かく迎えてくれて、遠く離れた大学の学寮に戻る時には少し寂しそうに頑張れよ、また帰って来るんだぞ！と送り出してくれる。
僕はそんなジョゼ兄さんとマリー姉さんが大好きで少し苦手だ。
ホロ苦いエールを飲んでそんな事を思っていた。
その後、夕食をすっぽかしそうになったジョゼ兄さんをマリーさんが耳を引っ張って連行したのだった。ちょっと胸のすくような気持ちになったのは内緒だ。
そうして夜が明けて次の日の朝、花火がうち上がっていよいよお祭りの幕が上がる。
お祭りの最初の催し物はパレードで、先頭を行くのは伝統的な修道女の衣装とフード付きマントを身に付け、黒毛の馬に乗ったミュンヘナーキンドル。通称はフロイライン。選ばれるのはその年1番の美人だ。
さて、今年は誰なんだろうか？
マーチングバンドのファンファーレが高らかに鳴り響くと、今年のフロイラインが出て来る。
え？
あれは……『マリー姉さん………？』
いや、違う。僕は目を擦って眼鏡をかけ直してもう一度見てみる。
目が合った……ほんの一瞬。少し赤らんだ花のような笑顔で。
あそこに居るフロイラインはマリー姉さんとジョゼ兄さんの子供、リリーちゃんだ。
黒いフードの中から見えるサファイアより青い瞳と絹のような金色の髪に透き通るような白い頬。黒毛の馬に跨り輝くような笑顔を振りまいている。
とても綺麗で可愛らしくて
でも、僕には子供の頃のマリーさんに見える
本当にそっくりで
でも、大好きだった初恋の人は僕の手の届かない所に居て
あそこで花のような笑顔を振りまいている少女はその証明だ
少年の頃の僕が涙を流している
治りかけた傷が開くように
置いて来た筈の過去と
忘れてしまった筈の最初で最後の恋が
心臓を締め付けるようで
それが苦しくて
過去を忘れられない自分自身が嫌で
マリー姉さんとジョゼ兄さんの幸せを心から喜べない自分自身が大嫌いで
だから、もうこれで最後にしよう
もう僕はここには戻らない
この村には戻らない
大人になるんだエリアス………
景色に滲むような人々の楽しげな背中を僕はただ見ていた。
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ……
拍手の中、ゆっくりとしたパレードはお祭りの会場の中心へとやって来た。
わたしは馬から降りて旗を村長さん達に渡す。描かれている4つの紋章はそれぞれの村の紋章で、この旗はお姫さまや騎士がいる時代からある "ゆうしょ正しい" 村どうし仲良しのしるしらしい。
辛くて厳しい "ちゅうせいの時代" に、収穫に感謝してみんなでお酒を飲んで一緒に喜んだのがこのお祭りの始まりらしい。
旗を渡すと偉ーい人達の長ーーーーいお話しが始まった。どうして偉い人のお話はこんなに長いのだろう？？
長ーーーーいお話しが終わると、4人の村長さん達がお祭りの開催をやっとの事で宣言した。
その瞬間、耳が痛いほどの拍手と歓声が上がった。
みんなそんなに早くビールが飲みたいのかな？
でもこれでわたしの役目は終わったから、パパとママの所に行ける。毎年忙しいから早くお手伝いしなきゃ。
エリアスさんも来ているし……。
ちゃんと見てくれたかな？
ううん。大丈夫。だって目が合ったから。
綺麗だって誉めてくれるかな？えへへ……♪
今年こそはエリアスさんに大好きですって伝えるんだぁ♪パパもママも応援してくれてるし、絶対エリアスさんと……こ、恋人になるんだ！
『おーい！リリーちゃん！』
パレード用の衣装からディアンドル(伝統衣装)に着替えてパパとママの畑に建てられたビアツェルト(仮設ビールレストラン)に戻ると、パパのお友達のペーターさんから声を掛けられた。
『ペーターさん、こんにちは！』
『リリーちゃん、こんにちは。パレード綺麗だったねー。』
『あ、ありがとうございます♪』
嬉しいけど、1番最初はエリアスさんに言って欲しかったな〜。
あれ？エリアスさん？
『ああ、コイツなんだか知らないけどバカスカ飲んじゃって、見ての通り酔い潰れてるんだよ。リリーちゃん、悪いけどこのバカよろしく頼むよ。』
『あらら……』
見るとテーブルの上に1…2……わっ！凄いジョッキが5つも！
『うう"………もう一杯……。』
『だ、だめですよ〜〜！エリアスさん、しっかりしてください！大丈夫ですか？立てます？』
『う〜〜ん………』
とりあえず、ふらふらエリアスさんをお家に連れて行こう。パパ、ママ、ごめんね。きっと後で手伝うから。
そうして、ふらふらエリアスさんを支えながら、自分の部屋まで連れて行った。ホントはリビングでも良かったけど、エリアスさんにお部屋に来て欲しかったのは乙女のひみつだ。
いまは気持ち良さそうにわたしのベッドで寝息を立てている。ビールをたくさん飲んだから寝汗が額に滲んでいた。そっと、タオルで拭いておく。
あ、そうだ。あぶないからメガネをとらなきゃ。寝返りしたら傷ついちゃう。
そっと手を伸ばしてエリアスさんの丸ぁるいメガネを取る。でもなんだかイケナイコトをしているようで、どきどきしてしまう。いつもの眼鏡のエリアスさんも素敵だけど、素顔のエリアスさんも素敵。
暗いブロンドのくしゃくしゃの髪は、撫でるともふもふとしている。ずっとこうしていられそう。
『う……うぅ〜……』
うなされてるみたい。大丈夫かな？
『マリー……姉…さん……嫌だ……行かな……い…で……』
あ………
うん……
そっか……
エリアスさん、ママが好きなんだ。
どうしよう。わたしの恋のライバルはママなんだ……。
いつからだろう？
きっとわたしが産まれるずっと前から。
でも、ママへの大好きの気持ちは叶わなかったんだ……。ママはパパと結婚したから。
だから、エリアスさんは村を出て遠くの学校に行っちゃったんだ。
きっと辛かったんだ……。ずっと、ずーっと……
『エリアスさん……』
『ん……あ、あれ？……ここは？？』
エリアスさんが起きた。ちょっと寝ぼけてる。
『もう大丈夫ですか？……飲み過ぎはダメですよ？』
『ん？？……リリーちゃん……そっか、迷惑かけたね。』
頭を抱えたお寝ぼけエリアスさんが辺りを見回した。
『えっと、ここって……？』
『はい、" 今は " わたしの部屋です。』
今わたし、どんな顔してるのかな？
『……そっか。そうだ、リリーちゃん。パレード見てたよ。とても綺麗だった。』
『………ママみたいでしたか？』
『……え？』
『エリアスさ……こほん、エリくん……』
エリアスさんの目がほんの少し開いて、そして俯くように下を向いて
『リリーちゃん、これはどういう……』
『マリー姉さんでしょ？エリくん？』
『マリー……姉さん……。』
『はい。よくできました。……おいでエリくん。』
エリアスさんはと惑いながらもわたしをママの名前で呼んでくれた。
でも、そこには確かに愛がこもっていて、だけど少し辛そうで。
わたしはエリアスさんを抱きしめずにはいられなかった。
『頑張ったね、エリくん……。』
『マリー姉さん……マリー姉さん……』
エリアスさんは泣きながら、わたしの胸の中で何度もママの名前でわたしを呼んだ。
『エリくん……ずっと辛かったね。がんばったんだね……エリ君の想いに気づいてあげられなくて……ごめんね……。』
彼の頭を包み込むようにして抱きしめて、頭をナデナデする。その度にエリアスさんが大好きな気持ちが溢れてくる。
ママの代わりでも何でもいい。
あぁ……やっぱりわたしはエリアスさんが大好きなんだ。
だから、エリアスさん……
ごめんなさい。
ちゅっ……
わたしはエリアスさんにキスをした。ありったけの魅了の魔力を込めて。
ビックリしたエリアスさんが目を見開いた時にも魅了の魔法を込めて彼の瞳を見つめた。
ママから滅多に使ってはいけないっていわれてたのに。リリーは悪い子です。
ぷちぷち……じーっ……
しゅる……するする……
『エリくん……おいで？』
『マリー姉さん……マリー姉さん……！』
『きゃっ……』
わたしが手を広げて誘惑するとエリアスさんはたくさん甘えてくれた。夢中で……必死で……赤ちゃんみたいでかわいい。
エリアスさんは魅了の影響なのか心が子供に……ママと過ごした小さい頃に戻ってるみたい。
『マリー姉さん、は、恥ずかしいよ……』
『だ〜め。今度はエリくんの番だよ？』
恥ずかしがるエリくんのズボンを脱がす。
『エリくん……大きいね。』
男の人ってこんなに固くなるんだ。
エリくんは両手で真っ赤になった顔をおおってる。
ふふふ……
あむ……ちゃぷっ……れろ……
『姉さん……！だめ、気持ちいい……』
エリくんのを頬張る。エリくんの味がする。
彼は気持ち良さそうに身をよじっている。
すこし口の中のエリくんのがピクピク震えてきた。
ちゃぷっ………
『しよっか？わたしの初めて……エリくんにあげる。……おいで？』
エリくんがわたしを優しく押し倒してくれた。
わたしのカラダはどうするかもう知っていて、勝手に腰を合わせて、エリくんもわたしの中に入ろうと頑張っている。
『ひっ……い……あっ……！』
エリくんが入ってくる。
痛いけど……
エリくんの体温が伝わって、愛おしさと嬉しさが溢れてくる。
幸せでおかしくなりそう。
『エリくん……わたし、幸せだよ。』
『マリー姉さん……！！』
鼓動の音に合わせてエリくんが動いてくれる。
エリくんのが女の子の……わたしの大事なところにキスをする度にカラダがびくんとなって
とても気持ちよくて
ふわふわふわふわするの……
夢みたいで
嬉しくて
でも心が少しちくちくして
『はぁ……！……はあっ！マリー姉さん！』
『エリくん！エリくん！』
あ、名前……リリーって呼んでほしいなぁ……
エリアスさん
ママの事好きになってくれてありがとう。
ずっと苦しい思いをさせてごめんね。
わたしはきっと悪い娘だ。
ママの影を利用して、エリアスさんの心に漬け込んで……
罪悪感があっても、わたしのカラダはエリアスさんに抱かれて喜んでいる。
気持ちよくて、嬉しくて。
奥に入ってくる度に変な声が出てしまう。
『ぁあ！……ひっ！あっあっあ、あ、あ、あ、あ……』
びくん！！
今のなんだろう？
頭がぱちぱち……
びくってしたら、ふにゃってなってカラダが雲の上みたい……
『リリーちゃん……』
エリアスさん？……あれ？魔法が……
『……ごめんね。僕の為に……また迷惑掛けちゃったね。』
エリアスさん
そんな顔しないで？
わたしは悪い娘なんだよ？
それでも
ぎゅっ……
『わたし……わたしっ！エリアスさんの事……大好き……です。』
あぁ……やっと……やっと伝えられた……
『……うん……こんな僕を好きになってくれてありがとう。』
『わたし……ずっと待ってます。離れてしまっても……この村で……エリアスさんの事を……待ってます。だから……』
ちゅっ……
あ………
エリアスさんがおでこにキスをしてくれた。
『まいったな。仕事……どうしようか？』
『お仕事ありますよ？……ビール農家でも良いですか？』
『………うん。』
エリアスさんはそう短く答えると、わたし達の唇と唇が触れ合って、そうしてまたキモチイイコトをはじめる。
エリアスさん……
わたし……今……この時を忘れたくない。
『はぁ！リリーちゃん……僕、もう！』
『エリアスさん！きて！……ぎゅっとしてっ！！』
でもダメなのかな？
わたしはアリスだから……
『『ーーーーーーーーーーっ！！！！』
わたしのお腹の中にエリアスさんがそそがれてる。
あつくて
心地よくて
さっきよりもぱちぱちふわふわする
それからふにゃってなって……
すごく眠くて……
あぁ……目を閉じたくない……この気持ちを忘れたくないよ……
『エリアスさん……大……す………き…………』
すーーっ……すーーっ………
そうして眠ってしまったリリーちゃんに僕はブランケットを掛けて部屋を後にした。
僕は彼女を知らぬ間に傷つけていたのかもしれない。彼女を通してマリーさんを見ていたのだから。
だから、ちゃんと彼女を愛そう。
今日の事はきっと忘れない。何十年経ってもずっと憶えているだろう。
リリーちゃんはどうだろうか。
いや………憶えているのは僕だけだろう。
彼女は確かアリスと言う魔物娘だ。
前にいつか聞いた事がある。アリスと言う魔物娘は男性との夜の事を忘れてしまう。一夜あげれば身も心も無垢な少女に戻ってしまうと。
でもそれは……なんだか寂しい気がする。
だから、僕が憶えていよう。リリーの分まで。
これからも、その先も。
その夜、僕は仕事を終えたマリーさんとジョゼ兄さんにリリーちゃんとの事を話した。
2人は驚くほどあっさりと、まるでそうなると分かっていたと言わんばかりに認めてくれた。ジョゼ兄さんには殴られる覚悟をしていたのに、義息子よ！と泣きながら喜ばれたのには、なんだか拍子が抜けた気分だった。
『エリ君、憶えてる？リリーが産まれたばかりの頃、あなたに抱っこしてもらったの。』
『はい、憶えています。』
『あの子、それまでずーっと泣きじゃくっていたのよ？でもエリ君が抱っこした途端、泣き止んで笑い始めたの。他の誰が抱っこしても泣き止まなかったのに。……その時、もしかしたらリリーは私の代わりにエリ君を幸せにする為に、アリスとして産まれてきてくれたんじゃないかな？最近そう思ったんだ。だからエリ君……娘の事……リリーの事をよろしくね。』
『はい。』
次の日の朝。僕は電車に乗った。
来年、大学を卒業してあの村に戻った後、畑を耕して作るビールはどんな味がするのだろう？
電車の窓から流れる秋の景色を見ながら、背中の遥か向こうにある故郷を思って。
おわり。
21/11/01 23:09更新 / francois