見つけ愛
見つけ愛
僕がそれを見つけたのはクリスマス・イヴの夜だった。
6ヶ月前…………
『ゴメンね、仕事で忙しくて……』
そう言っていた僕の彼女はこの間偶然街で見かけた時、知らない男と腕を組んで楽しそうに歩いていた。
どうやら浮気をしていたらしい。もしかしたら、きっとずっと前からそうなっていたのかもしれない。
それを本人に確かめる勇気も無く、僕はただ『お仕事頑張ってね。』と曖昧な笑顔と当り障りの無い言葉を彼女に送ったのだった。
どうしてだろう?
何がいけなかったのだろうか?
僕が何か彼女に対して悪い事をしたのだろうか?
彼女を愛してあげられなかったのだろうか?
そんな考えが頭の中をぐるぐると蠢いて、胸をドロドロと気持ちの悪い何かが蝕んでいく。
僕は本当に彼女が好きだった。
誠実を尽くした。
ただただ……愛していた。
真綿で首を締め付けられるような不安から逃れる為に僕は仕事に打ち込んだ。
彼女は相変わらず忙しいらしい。殆ど顔を見ていない。
そうして暫く経った秋の頃、お別れのメールが届いた。
それを見ても何も感じない。
もう……疲れてしまって涙も出なかった。
仕事……仕事……仕事……。
そうして現実から逃避をしている間に、今年もこの季節がやって来た。
……やって来てしまった。
夕方5時に会社が終わる。街には人や人と魔物娘の恋人達で溢れていて、きらめく色鮮やかなイルミネーションは彼、彼女等を祝福している。
僕の傍らにもう彼女はいない。
行き交う人々の足音は僕を遠くへ追い越して行くようで。人々は皆幸せそうな笑顔を浮べている。
街頭で聖歌隊に歌われるクリスマスの歌は仕事で疲れ切った僕には耳障りなだけで、暖かい蝋燭の光は意味を成さずに、寒さばかりが僕の心に残るばかりだった。
夕方を告げる教会の鐘の音が聴こえる。
僕には嘆きの門を叩いているように聴こえる。
愛せば愛するほどそれは遠くに行って、大切にすればするほど壊れていってしまった。
フラフラと当ても無く幸せの街を彷徨い、せっかくだから安売りのチキンとケーキでも買って帰ろうかと思ったら、いつの間にか知らない路地に入り込んでしまった。
そんな時だった。
風変わりな雑貨屋を見つけた。
"風変わりな雑貨店"
そう書かれた今にも傾きそうな看板にクリスマス用の電飾が飾り付けられていて、店先にはツリーもある。嫌に軋む扉を開けて入るとそこはがらんとしていて、店の真ん中にポツリとある脚の長い椅子には可愛らしいアンティークドールが眠るように腰掛けていた。
人形にしては大きくて、亜麻色の髪が天使の羽のようで、整った優しそうな顔をして、それから白いドレスを着ている。
相当な高級品だと思う。
『……お気に召しましたやろか?』
まじまじと見ていると後ろから声がした。ドキリとして振り返ると、この店の主人だろうか?和服に羽織り姿の女性……いや、タヌキの尻尾が見えているから魔物娘さんか?とにかく店の主人が居た。
『あ、はい。とても綺麗で、つい見入ってしまいました。』
『ありがとおすなぁ〜。その娘も喜んではりますわぁ〜。せやけど、ようこそおいでやすぅ〜風変わりな雑貨店へ。』
『あの…………』
『あぁ、雑貨店と言うても、今売り物はそこんあるアンティークドールだけや〜。この季節でっしゃろ?おかげさんで忙しくさせてもろてて、せやからウチとしても稼ぎ時やさかい、商品はもちろん、机やろ、キャビネットやろ、陳列棚に、レジまで売れるモノは売らせてもろて。』
店の主人は僕の心中を読むようにそう言った。
いや、しかし、レジまで売ったのは問題では?商魂たくましいというかなんというか……
『……その娘はなぁ、長〜い間売れ残っております。せやから、もしお客はんが気に入って頂けたんやったら、いかがやろ?その娘を買っては頂けませんやろか?』
と、店内をぐるぐる歩き回りながら店の主人はそう続けた。
『えっと……その、お値段は?』
僕の言葉に対して、店の主人はどこに仕舞い込んでいたのだろうか?大きい電卓を取り出して何やらカタカタと計算し始めた。
『こないな感じでいかがでっしゃろ?』
うわっ!た、高い!!そんなお金……いやちょっと待てよ?……ある……か。ここ暫く仕事仕事で殆ど給料に手を付けていない。加えて冬のボーナスもある。出せなくは無いけど、痛い出費になりそうだ。
『今なら、メンテナンス一式に専用ケースをお付けします!』
あれ?いつの間にやら買う方向で話が進んで?
『更に!世間様はせっかくのクリスマス・イヴ言うもんやさかい!3割引かせてもろて……くりあらんす言うんやろか?在庫処分の割引きを合わせてもろて……これでいかがでっしゃろ!?』
凄い勢いで電卓を弾きまくって出た値段は元の値段の半額近かった。あまりの勢いに思わず首を縦に振ってしまい、財布の中身がすっからかん。さらばユキチパイセン……。また会う日まで。
『まいど〜〜♪♪あ、そやそや。メンテナンス?お手入れやな。教えますさかい、よろしゅう。』
『へ??』
その後、ひとしきりアンティーク・ドールのメンテナンスを店の主人から教わった。彼女の話だとこの娘はこの店に来てからずっと彼女に手入れをしてもらっているらしい。なるほどどうりで手慣れているはずだ。
触れてみると何で出来ているのか?髪はサラサラで絹のようなビロードのような手触りで、肌はビスクのはずなのに蕩けるように柔らかかった。
心なしかドールが笑ったような?
そうして、これまたどこから出したのやら少々ゴツい革のケースに人形とメンテナンス一式を入れると『まいどおおきに〜〜♪♪』とほくほくの笑顔で僕を見送ってくれた。
『あ、そうだ。この娘の……あれ?』
そうして振り返るとそこに雑貨店は無く、空き地になっていた。夢を見ていたのではないかと思ったけど、手にあるケースとすっかり軽くなった財布が夢ではないと教えてくれた。
『この娘の名前……聞き忘れちゃったな。』
それからトボトボと歩いて行くと、よく知った道に出た。
歩きながら何故、このアンティーク・ドールを買ったのだろう?とそう思った。押し売られたから?確かに強引だったけど、本当に嫌なら断れたはずだ。
ずっと売れ残っていたアンティーク・ドール……
きっと、このドールは僕と同類でほっとけなかったんだと思う。世界から必要とされていない……誰にも大切にされなかったから。
ラッシュ時と言うのにガラガラの電車に乗って、帰り道のコンビニのATMでお金を少し引き出してケーキを買い、笑顔の眩しいおじ様が目印のお店でフライドチキンとコーラを買って家に帰った。
『ただいま……』
そう言っても帰ってくる声は無くて僕はシャワーを浴びて、ソファーに座り込む。
テレビを付けるとどうでもいい番組が流れている。すぐに消してチキンとコーラを食べる。
ふと、去年のクリスマスを思い出した。
彼女と過ごした幸せな時間だった。
コンビニのケーキを食べる。
自分でも知らないうちに涙が出ていた。
甘いケーキがしょっぱくなってしまった。
時計の針の音だけが聞こえる。
それが嫌で嫌で電気を消して、ベッドに入り、布団にくるまる。
今思えば、彼女の事で色々とおかしい事があった。
信じたくなくて、目を逸らしていた。
愛してほしい……。
叶わなかった願いが、幸せな思い出が、枕を濡らしている。
嫌だ……嫌だ……もう辛いのは嫌だ…………
消えてなくなれ……
消えてなくなれ……
消えてなくなれ……
『ねぇ…………。』
『……え?』
ふと可愛らしい声が聞こえた。
いつの間にか僕の側にいて……
『ねぇ…………どうしたの?』
優しい笑顔で僕の顔を覗き込んでいた。
『どうしてますたぁは泣いているの?』
それは今日買ったアンティーク・ドールにそっくりな女の子。
ああ、そうか。
これは僕の夢か妄想に違いない。
『……胸が痛いんだ。ずっと寒くて……痛いんだ……』
『そう……わたくしが側にいてあげます。』
女の子が僕の頬に手を触れた。信じられない程に温かくて、胸の痛みが引いていく。その安心感からまた涙が溢れてくる。
『さぁ……こちらにいらっしゃい?』
小さな胸に顔を埋めると甘い薔薇の香りがする。頭に何か小さいものがわしゃわしゃと僕の髪を触れる。
『ますたぁは頑張りやさん。ですから、いい子いい子です。なでなで……です。つらかったのですね?さびしかったのですね?』
『うん……』
『わたくしがいます。ますたぁにはわたくしがいます。よしよし……です。』
僕はそのまま僕の事をマスターと言う少女の腕の中で泣き続けた。そんな僕を聖女のような優しい微笑みで少女は受け入れてくれた。
『愛してほしかったのですね?』
『うん……』
『わたくしはますたぁを愛しております。』
『うん……』
『裏切られてつからったのですね?』
『うん……』
少女の愛情に溶かされるよう包まれている。それが心地よくて、ずっとずっとこうしていたい。
『ますたぁは、わたしくしを見つけてくれました。だから、わたくしはますたぁのお人形です。』
『え……?』
『ますたぁは、あったかいをくれました。やっとわたくしは、わたくしのますたぁに出会えたのです。』
お人形の少女は真っ白のドレスのボタンをプチプチ開ける。
『この身体も心もますたぁのモノ。』
節の入った小さな手が僕のパジャマのボタンをひとつずつ開いていく。
『でも、お人形は欲張りさんなのです。ますたぁが欲しいのです……。ますたぁの心も身体も何もかも……。』
ふわりと薔薇の香りがする。
『永遠に愛して愛されて……。ステキではありませんか?』
『うん……。』
気づくと2人ともハダカ。
『ますたぁの欲しいモノはココにあります。わたくしはますたぁのモノ。ますたぁはわたくしのモノ……』
僕はお人形に覆いかぶさって……
そして…………
『んんっ❤……はっっ❤』
きつくて……
熱くて……
どろどろとした少女の蕾をムリやり掻き分けて行く。
コツンと奥に当たる何かが僕に吸い付いてくる。
ひとつ突く度に鳩の鳴くような可愛らしい声が聞こえてくる。
『ますたぁ❤ますたぁ❤ぎゅとしてぇ❤……ぎゅとしてぇ❤❤』
僕は息を荒げながら少女の頭の後ろと背中に手を回してきつく抱き締めた。
少女の足が、小さな手が僕の腰の後ろに回る。
ぎちっ……と軋むような音。
動く事が出来ない。なのに少女の中はぐちゃぐちゃと蠢いて。
強すぎる快楽から逃れようと、気を紛らわせようと僕たちはお互いの口を吸い合った。
でもそれは逆効果で、少女の小さい口は僕の舌を絡め取って更なる快楽を僕に与えてきた。
そしてそのまま……
『んん"っ❤❤❤❤❤』
少女の中で果ててしまった。僕たちは息を吸うのも忘れてお互い身動きが取れないくらい抱き合ったまま痙攣した。
そうして、絶頂の波が治ると僕は少女に覆いかぶさったまま泣き疲れた子供のように眠ってしまった。
クリスマスの朝。起きると少女は見当たらない。
あれは夢だったのか……と思って、眠い目を擦り、重い身体を起こすとなにやら台所から良い匂いがしてくる。
『ますたぁ、おはようございます。いまあさごはんができますよ。まっていてください。』
『あ、はい。』
僕のエプロンを小さい身体に無理くり着てあの少女が朝ごはんを作ってくれていた。
『いただきます。』
『い、いただきます。』
と、目の前の朝食を食べる。
あ……おいしい。
『ねぇ……どうしたの?』
『え?……』
気付いたら涙が出ていた。こんな朝は久しぶりで、思わず涙が出てしまった。
『ますたぁは泣きむしさんですね……よしよし……です。』
そう言って僕の頭をわしゃわしゃと撫でる人形の少女。恥ずかしいのに心地よい。そんな不思議な感覚だ。
それから、僕は少女の事を聞いた。
少女はやっぱり10数年前に開いたゲートの向こう側から来たリビング・ドールと言う魔物娘らしい。何でも、ハリー・シュミットと言う高名な人形職人に作られたと言う。
それで、巡り巡って僕と出会ったと言う事らしい。
『あ、そうだ……名前は?』
『まだありませんの。ますたぁが付けてください。』
付けろって言われても……うーん……
『メリー……』
『……メリー?』
『うん、そう。クリスマスに出会ったからメリー……って安直かなぁ?』
『メリー……メリー……わたくしはメリー……』
『えぇっと……その、他のに』
『いいえ!……わたくしはメリー。とてもすてきなお名前……ますたぁ、ありがとう。』
そうしてメリーは僕に抱きついた。
あれから幾つも歳を重ねた。僕たちは変わらずにお互いを愛している。時々はケンカもする。いじっぱりなメリー。でもそんな彼女の一面も僕は大好きなのだ。
これからもずっとずっと愛し合えたらどんなに素晴らしいだろう。
この季節になると思い出す。
何もかも失った僕が幸せを見つけたのはクリスマス・イヴの夜だった。
おわり。
僕がそれを見つけたのはクリスマス・イヴの夜だった。
6ヶ月前…………
『ゴメンね、仕事で忙しくて……』
そう言っていた僕の彼女はこの間偶然街で見かけた時、知らない男と腕を組んで楽しそうに歩いていた。
どうやら浮気をしていたらしい。もしかしたら、きっとずっと前からそうなっていたのかもしれない。
それを本人に確かめる勇気も無く、僕はただ『お仕事頑張ってね。』と曖昧な笑顔と当り障りの無い言葉を彼女に送ったのだった。
どうしてだろう?
何がいけなかったのだろうか?
僕が何か彼女に対して悪い事をしたのだろうか?
彼女を愛してあげられなかったのだろうか?
そんな考えが頭の中をぐるぐると蠢いて、胸をドロドロと気持ちの悪い何かが蝕んでいく。
僕は本当に彼女が好きだった。
誠実を尽くした。
ただただ……愛していた。
真綿で首を締め付けられるような不安から逃れる為に僕は仕事に打ち込んだ。
彼女は相変わらず忙しいらしい。殆ど顔を見ていない。
そうして暫く経った秋の頃、お別れのメールが届いた。
それを見ても何も感じない。
もう……疲れてしまって涙も出なかった。
仕事……仕事……仕事……。
そうして現実から逃避をしている間に、今年もこの季節がやって来た。
……やって来てしまった。
夕方5時に会社が終わる。街には人や人と魔物娘の恋人達で溢れていて、きらめく色鮮やかなイルミネーションは彼、彼女等を祝福している。
僕の傍らにもう彼女はいない。
行き交う人々の足音は僕を遠くへ追い越して行くようで。人々は皆幸せそうな笑顔を浮べている。
街頭で聖歌隊に歌われるクリスマスの歌は仕事で疲れ切った僕には耳障りなだけで、暖かい蝋燭の光は意味を成さずに、寒さばかりが僕の心に残るばかりだった。
夕方を告げる教会の鐘の音が聴こえる。
僕には嘆きの門を叩いているように聴こえる。
愛せば愛するほどそれは遠くに行って、大切にすればするほど壊れていってしまった。
フラフラと当ても無く幸せの街を彷徨い、せっかくだから安売りのチキンとケーキでも買って帰ろうかと思ったら、いつの間にか知らない路地に入り込んでしまった。
そんな時だった。
風変わりな雑貨屋を見つけた。
"風変わりな雑貨店"
そう書かれた今にも傾きそうな看板にクリスマス用の電飾が飾り付けられていて、店先にはツリーもある。嫌に軋む扉を開けて入るとそこはがらんとしていて、店の真ん中にポツリとある脚の長い椅子には可愛らしいアンティークドールが眠るように腰掛けていた。
人形にしては大きくて、亜麻色の髪が天使の羽のようで、整った優しそうな顔をして、それから白いドレスを着ている。
相当な高級品だと思う。
『……お気に召しましたやろか?』
まじまじと見ていると後ろから声がした。ドキリとして振り返ると、この店の主人だろうか?和服に羽織り姿の女性……いや、タヌキの尻尾が見えているから魔物娘さんか?とにかく店の主人が居た。
『あ、はい。とても綺麗で、つい見入ってしまいました。』
『ありがとおすなぁ〜。その娘も喜んではりますわぁ〜。せやけど、ようこそおいでやすぅ〜風変わりな雑貨店へ。』
『あの…………』
『あぁ、雑貨店と言うても、今売り物はそこんあるアンティークドールだけや〜。この季節でっしゃろ?おかげさんで忙しくさせてもろてて、せやからウチとしても稼ぎ時やさかい、商品はもちろん、机やろ、キャビネットやろ、陳列棚に、レジまで売れるモノは売らせてもろて。』
店の主人は僕の心中を読むようにそう言った。
いや、しかし、レジまで売ったのは問題では?商魂たくましいというかなんというか……
『……その娘はなぁ、長〜い間売れ残っております。せやから、もしお客はんが気に入って頂けたんやったら、いかがやろ?その娘を買っては頂けませんやろか?』
と、店内をぐるぐる歩き回りながら店の主人はそう続けた。
『えっと……その、お値段は?』
僕の言葉に対して、店の主人はどこに仕舞い込んでいたのだろうか?大きい電卓を取り出して何やらカタカタと計算し始めた。
『こないな感じでいかがでっしゃろ?』
うわっ!た、高い!!そんなお金……いやちょっと待てよ?……ある……か。ここ暫く仕事仕事で殆ど給料に手を付けていない。加えて冬のボーナスもある。出せなくは無いけど、痛い出費になりそうだ。
『今なら、メンテナンス一式に専用ケースをお付けします!』
あれ?いつの間にやら買う方向で話が進んで?
『更に!世間様はせっかくのクリスマス・イヴ言うもんやさかい!3割引かせてもろて……くりあらんす言うんやろか?在庫処分の割引きを合わせてもろて……これでいかがでっしゃろ!?』
凄い勢いで電卓を弾きまくって出た値段は元の値段の半額近かった。あまりの勢いに思わず首を縦に振ってしまい、財布の中身がすっからかん。さらばユキチパイセン……。また会う日まで。
『まいど〜〜♪♪あ、そやそや。メンテナンス?お手入れやな。教えますさかい、よろしゅう。』
『へ??』
その後、ひとしきりアンティーク・ドールのメンテナンスを店の主人から教わった。彼女の話だとこの娘はこの店に来てからずっと彼女に手入れをしてもらっているらしい。なるほどどうりで手慣れているはずだ。
触れてみると何で出来ているのか?髪はサラサラで絹のようなビロードのような手触りで、肌はビスクのはずなのに蕩けるように柔らかかった。
心なしかドールが笑ったような?
そうして、これまたどこから出したのやら少々ゴツい革のケースに人形とメンテナンス一式を入れると『まいどおおきに〜〜♪♪』とほくほくの笑顔で僕を見送ってくれた。
『あ、そうだ。この娘の……あれ?』
そうして振り返るとそこに雑貨店は無く、空き地になっていた。夢を見ていたのではないかと思ったけど、手にあるケースとすっかり軽くなった財布が夢ではないと教えてくれた。
『この娘の名前……聞き忘れちゃったな。』
それからトボトボと歩いて行くと、よく知った道に出た。
歩きながら何故、このアンティーク・ドールを買ったのだろう?とそう思った。押し売られたから?確かに強引だったけど、本当に嫌なら断れたはずだ。
ずっと売れ残っていたアンティーク・ドール……
きっと、このドールは僕と同類でほっとけなかったんだと思う。世界から必要とされていない……誰にも大切にされなかったから。
ラッシュ時と言うのにガラガラの電車に乗って、帰り道のコンビニのATMでお金を少し引き出してケーキを買い、笑顔の眩しいおじ様が目印のお店でフライドチキンとコーラを買って家に帰った。
『ただいま……』
そう言っても帰ってくる声は無くて僕はシャワーを浴びて、ソファーに座り込む。
テレビを付けるとどうでもいい番組が流れている。すぐに消してチキンとコーラを食べる。
ふと、去年のクリスマスを思い出した。
彼女と過ごした幸せな時間だった。
コンビニのケーキを食べる。
自分でも知らないうちに涙が出ていた。
甘いケーキがしょっぱくなってしまった。
時計の針の音だけが聞こえる。
それが嫌で嫌で電気を消して、ベッドに入り、布団にくるまる。
今思えば、彼女の事で色々とおかしい事があった。
信じたくなくて、目を逸らしていた。
愛してほしい……。
叶わなかった願いが、幸せな思い出が、枕を濡らしている。
嫌だ……嫌だ……もう辛いのは嫌だ…………
消えてなくなれ……
消えてなくなれ……
消えてなくなれ……
『ねぇ…………。』
『……え?』
ふと可愛らしい声が聞こえた。
いつの間にか僕の側にいて……
『ねぇ…………どうしたの?』
優しい笑顔で僕の顔を覗き込んでいた。
『どうしてますたぁは泣いているの?』
それは今日買ったアンティーク・ドールにそっくりな女の子。
ああ、そうか。
これは僕の夢か妄想に違いない。
『……胸が痛いんだ。ずっと寒くて……痛いんだ……』
『そう……わたくしが側にいてあげます。』
女の子が僕の頬に手を触れた。信じられない程に温かくて、胸の痛みが引いていく。その安心感からまた涙が溢れてくる。
『さぁ……こちらにいらっしゃい?』
小さな胸に顔を埋めると甘い薔薇の香りがする。頭に何か小さいものがわしゃわしゃと僕の髪を触れる。
『ますたぁは頑張りやさん。ですから、いい子いい子です。なでなで……です。つらかったのですね?さびしかったのですね?』
『うん……』
『わたくしがいます。ますたぁにはわたくしがいます。よしよし……です。』
僕はそのまま僕の事をマスターと言う少女の腕の中で泣き続けた。そんな僕を聖女のような優しい微笑みで少女は受け入れてくれた。
『愛してほしかったのですね?』
『うん……』
『わたくしはますたぁを愛しております。』
『うん……』
『裏切られてつからったのですね?』
『うん……』
少女の愛情に溶かされるよう包まれている。それが心地よくて、ずっとずっとこうしていたい。
『ますたぁは、わたしくしを見つけてくれました。だから、わたくしはますたぁのお人形です。』
『え……?』
『ますたぁは、あったかいをくれました。やっとわたくしは、わたくしのますたぁに出会えたのです。』
お人形の少女は真っ白のドレスのボタンをプチプチ開ける。
『この身体も心もますたぁのモノ。』
節の入った小さな手が僕のパジャマのボタンをひとつずつ開いていく。
『でも、お人形は欲張りさんなのです。ますたぁが欲しいのです……。ますたぁの心も身体も何もかも……。』
ふわりと薔薇の香りがする。
『永遠に愛して愛されて……。ステキではありませんか?』
『うん……。』
気づくと2人ともハダカ。
『ますたぁの欲しいモノはココにあります。わたくしはますたぁのモノ。ますたぁはわたくしのモノ……』
僕はお人形に覆いかぶさって……
そして…………
『んんっ❤……はっっ❤』
きつくて……
熱くて……
どろどろとした少女の蕾をムリやり掻き分けて行く。
コツンと奥に当たる何かが僕に吸い付いてくる。
ひとつ突く度に鳩の鳴くような可愛らしい声が聞こえてくる。
『ますたぁ❤ますたぁ❤ぎゅとしてぇ❤……ぎゅとしてぇ❤❤』
僕は息を荒げながら少女の頭の後ろと背中に手を回してきつく抱き締めた。
少女の足が、小さな手が僕の腰の後ろに回る。
ぎちっ……と軋むような音。
動く事が出来ない。なのに少女の中はぐちゃぐちゃと蠢いて。
強すぎる快楽から逃れようと、気を紛らわせようと僕たちはお互いの口を吸い合った。
でもそれは逆効果で、少女の小さい口は僕の舌を絡め取って更なる快楽を僕に与えてきた。
そしてそのまま……
『んん"っ❤❤❤❤❤』
少女の中で果ててしまった。僕たちは息を吸うのも忘れてお互い身動きが取れないくらい抱き合ったまま痙攣した。
そうして、絶頂の波が治ると僕は少女に覆いかぶさったまま泣き疲れた子供のように眠ってしまった。
クリスマスの朝。起きると少女は見当たらない。
あれは夢だったのか……と思って、眠い目を擦り、重い身体を起こすとなにやら台所から良い匂いがしてくる。
『ますたぁ、おはようございます。いまあさごはんができますよ。まっていてください。』
『あ、はい。』
僕のエプロンを小さい身体に無理くり着てあの少女が朝ごはんを作ってくれていた。
『いただきます。』
『い、いただきます。』
と、目の前の朝食を食べる。
あ……おいしい。
『ねぇ……どうしたの?』
『え?……』
気付いたら涙が出ていた。こんな朝は久しぶりで、思わず涙が出てしまった。
『ますたぁは泣きむしさんですね……よしよし……です。』
そう言って僕の頭をわしゃわしゃと撫でる人形の少女。恥ずかしいのに心地よい。そんな不思議な感覚だ。
それから、僕は少女の事を聞いた。
少女はやっぱり10数年前に開いたゲートの向こう側から来たリビング・ドールと言う魔物娘らしい。何でも、ハリー・シュミットと言う高名な人形職人に作られたと言う。
それで、巡り巡って僕と出会ったと言う事らしい。
『あ、そうだ……名前は?』
『まだありませんの。ますたぁが付けてください。』
付けろって言われても……うーん……
『メリー……』
『……メリー?』
『うん、そう。クリスマスに出会ったからメリー……って安直かなぁ?』
『メリー……メリー……わたくしはメリー……』
『えぇっと……その、他のに』
『いいえ!……わたくしはメリー。とてもすてきなお名前……ますたぁ、ありがとう。』
そうしてメリーは僕に抱きついた。
あれから幾つも歳を重ねた。僕たちは変わらずにお互いを愛している。時々はケンカもする。いじっぱりなメリー。でもそんな彼女の一面も僕は大好きなのだ。
これからもずっとずっと愛し合えたらどんなに素晴らしいだろう。
この季節になると思い出す。
何もかも失った僕が幸せを見つけたのはクリスマス・イヴの夜だった。
おわり。
20/12/25 14:40更新 / francois