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スワローテイルの仕立て屋 下
スワローテイルの仕立て屋 下



ラファエロはカードに書かれた仕立て屋へとスワローテイル地区へと足を運んだ。

仕立て屋職人が集まって出来た街。主に紳士服を仕立てた事からスワローテイル(燕尾服街)と呼ばれた。現在は高級ブティック街になっている。

テイラー・タランテラは知る人ぞ知る名店で、洒落物のラファエロやコンサート・マスターのミケーレもその名を知っている。紳士憧れの店なのだ。

ニューシャテリア・スワローテイル28番地

カードにはそう記されていた。

スワローテイルのメインストリートから外れた入り組んだ旧市街地にあるらしいと言うくらいしか情報が無く、しかもスワローテイルの区画は27しか無い筈だった。噂では "招かれた特別な客" しかその店を見つける事が出来ない謎の店らしい。

カードの裏に書かれた案内を頼りに旧市街を歩いて行く。前世紀初期を彷彿とさせる古い建物の立ち並ぶそこは昼間なのに薄暗く、ラファエロは直ぐに道に迷ってしまった。

もう引き返そうか?そう思った時、カードがするりとラファエロの手を離れ、風も無いのに宙に浮かんで舞うように路地の奥へ奥へと入って行ってしまった。

『なっ!?ま、待ってくれっ!』

ラファエロはとっさに追いかけ、奥へ奥へと向かって行く。

息を切らせて走る。そしてようやくカードを捕まえた。

カードを捕まえる事に意識を追いやられていたラファエロはそこで冷静さを取り戻した。

気付けば随分と奥へ来てしまった。さて、此処は何処か?と思案し、辺りを見渡すと目の前に一際古びた店が現れた。

"テイラー・タランテラ"

簡素な看板。しかし、ショーウィンドウには一目で最高級の生地を最高峰の職人技で仕立てた燕尾服やスーツ、帽子が並んでいた。

こんな美しい服をラファエロは見たことがなかった。

カラン、カラン♪……

西の大陸趣味の扉を開け、中に入るとアンティークの高級家具が並ぶとシックな内装。生地と古い木の匂いがまるで100年も前にタイムスリップしたかのような感覚を彼に覚えさせた。

『……いらっしゃい♪ご機嫌よう♪何かご用かしら?』

ラファエロに少々ハスキーなアルトの歌声が掛けられた。

振り返ると声の主はアラクネの魔物娘。

真っ赤な帽子に黒薔薇の飾り、片眼鏡、胸元と背中に大きなスリットが入った真っ赤なドレスを着こなし、肘まである手袋、8本のクロゴケグモの様に長い脚には真っ赤なハイヒールを履いている。

『こ、こんにちは……本日は』

『あぁ♪待って待って待って待って待って♪♪わかるわぁ♪わかるわよぉ♪』

このアラクネは喋る言葉が全てミュージカルのように歌になるらしい。

『なんたってワタシは仕立ての女王♪マエストロ・タランテッラ♪すーべーて♪お見通し♪♪』

『マエストロ・タランテラ……』

『ノンノンノンノン♪発音はロマーナ語でエレガンテにタランテッラよ♪タランテッッッラ♪♪……ミュージック♪♪♪』


余りのキャラクターの濃さにラファエロが呆気に取られる中、何処からとも無く演奏が始まった。


どう言う訳かスポットライトまで動き回っている。


イッッツ♪ショータイム♪♪

ワタシはそう♪仕立ての女王様〜♪

お望みは何かしら〜♪♪

ワタシに掛かれば〜♪誰もが、そう♪スーパースター♪♪♪誰もが羨むシルエッ〜ト♪♪

セクシーもエレガンテも思いのまま♪

ワタシの腕は超一流♪さぁ始めましょ〜♪♪

ワタシの芸術を〜〜♪♪

トラッド♪

スタンダード♪

モダン♪

そしてフォーマル♪♪

みんな言う事お聞き♪ワタシをそう♪崇めなさ〜い♪全てワタシにお任せ♪ワタシはそう♪仕立て屋の女〜王〜様〜♪♪♪


パチパチパチパチパチパチパチパチ……


余りの存在感と歌声にラファエロは思わず拍手をしてしまった。

『さぁ〜て♪……ラファエロ・カロ・オサニ・アケドさんね?紹介は受けてるわぁ♪♪エレガンテな方とね♪♪』

『あ、ありがとうございます。』

マダム・タランテラは全てを見透かすような真剣な目でラファエロを見た。

『ふふふ♪名指揮者さん♪……ステージ衣装をお望みね?』

『はい。お願い出来ますか?』

『えぇ、もちろん♪……アナタは此処に来れた♪ワタシの店には資格を持つ紳士淑女しかこれないの♪だけど……ワタシの腕は超一流♪お値段も超一流よぉ?』

『……指揮者用の燕尾服、お幾らですか?』

『10000ダラー♪(日本円で訳100万円)』

『なっ!?……た、高い。』

国が作ったオーケストラと言えど、シューシャンク・フィルハーモニーは貧乏楽団だ。当然、ラファエロも貧乏で10000ダラーはとても手が出せない。

『それか、アナタの人生♪』

『……私の人生?』

『そう♪ ワタシの仕立てた燕尾服があれば、きっと最高の演奏が出来るわよぉ♪お代は10.000ダラーかアナタの人生♪ど〜ち〜ら〜か〜選〜び〜な〜さ〜い〜♪♪』

『……私は、音楽に命をかけています。ともなれば、音楽家として衣装の為に人生をかけるくらいでちょうどいい。』

『いいのね?……ワタシは魔物娘。しかもアラクネにそんな事言って後悔しないわね?』

『はい。』

ラファエロの返事を聞いた彼女は乙女のように頬を赤く染めて喜んだ。

『じゃあ、早速お仕事よ♪♪』

言うは早いか、ラファエロは訳も分からない内に身体のありとあらゆるサイズを測られた。

肩幅……

身幅……

チェスト……

手の長さ……どうやら右手の方が3cm長いらしい。

足の長さと大きさ……

ヒップ……

ウェスト……

『ねぇ、アナタ……"サオ" と "タマ"はどっちより?』

『は、はぃい!?』

『あらっ♪♪良いわねぇ〜♪ウブで♪♪でもこっちは大真面目♪……あるでしょう?ポジション♪……右か♪左か♪真ん中か♪♪どっちより?』

『タ、タランテラ!そ、それ何か衣装に関係あるのですか?』

『お・お・ア・リ・よ♪スラックスの美しいシルエットはヒップのラインと"それ"で決まるの♪……ん〜♪ちょっと失礼♪』

タランテラはそう言うや否やラファエロのズボンに手を突っ込んでわさわさとまさぐりはじめた。

『ふんふん♪なるほど……左寄りっと♪……ん?……あらあら♪♪』

『うぅぅ……』

『ふふふ♪すごぉ〜く、立派よ?落ち込まないで♪』

タランテラは顔をかがめてすんすんと鼻を鳴らしながらラファエロの天を刺さんと立ち上がったモノをウットリとした表情で嗅ぎたした。

『あぁ……たまらないわぁ♪オスの匂い❤』

頬ずりをすると、彼女はそのままラファエロのモノをじゅるりと口に放り込んだ。

『な、何を……あぁ!』

濡れた肉の感覚とざらりとした舌がペニスを這い回る。快楽がラファエロの思考をあっと言う間に征服した。

じゅぱっ……

じゅるり……ちゃぷっ……

ずろろろ……ぷちゃん……じゅっじゅっ……

『もが♪もがむほ♪むぐもがむご?(あらっ♪ステキ♪ガマンしないで?』

自分のモノを異形だがとびっきりの美人がその美しい顔をひどく滑稽に歪ませてしゃぶり回す姿を見て、ラファエロは奇妙な征服感を感じている。それが快楽に拍車をかけている。

じゅるじゅるとイヤラシイく下品な音。快楽のマエストロは一層激しく情熱的になる。

『ごっ♪お"ぉ"♪ぐっ♪ごっ♪じゃぷ♪』

喉奥まで一気に加え込み、彼のモノをしごきあげる。

『あぁ!だめっ!それっ……だめっ!!』

『ごっ♪ごっ♪ご♪ご♪ご♪ご♪ご♪』

どくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどく……

腰が抜けるほどに激しい絶頂。射精の瞬間、タランテラは喉の奥をがっぽりと開けて今までで一番奥に加え込み、ラファエロの精を殆ど胃に直接流し込んだ。

『はぁ……はぁ……』

『ふーーーっ♪ふーーーっ♪♪』

貪欲な雌蜘蛛は痙攣する雄をなおも喉奥に加え込んだまま離さずに、精をその最後の一滴まで絞り出す。

ずろ"ろ"ろ"ろ"ろ"ろ"ろ"ろ"ろ"……ちゅっ♪

『美味しいわぁ♪アナタの精♪♪』

『はぁ……はぁ……それは……こ、光栄です……。』

『ふふふ♪……ワタシもっと、もーっと♪アナタを知りたいの♪♪別室にご案内するわぁ♪シニョール・ラファエロ♪♪』

そうして足腰が立たなくなったラファエロをタランテラはまるで人攫いのように奥へと連れ去った。

連れ去られた先、部屋に入るや否や天幕付きの大きなベッドにラファエロは押し倒された。

いつの間にか、タランテラの身体からは赤いドレスが取り払われていて、赤と黒に彩られた煽情的なコルセットを露出させていた。

『魔物娘に人生あげるって約束した事の意味を教えてあげるわ♪♪』

ベッドの横にある小さなテーブルから小瓶を取ると中の液体を口に含み、ラファエロへと移した。そのまま舌を絡ませ合う情熱的な口付けへと移る。

(あ、熱い……身体が、や、焼ける様だ……)

『ぷはっ♪ふふふ♪元気なこと♪♪』

『な、なにを!?』

精も根も尽きたと思っていた彼のペニスは再び天を刺して立ち上がった。

『タケリダケのエキス♪そして、此処はワタシの巣♪♪』

ペニスを掴まれ、その柔らかな手の感触だけでも彼は感じてしまう。間近に迫った女性器が降りてきて、入り口が先端にくちゅりと触れる。情熱と、劣情と、愛欲とがドロドロに煮詰まった地獄の門もかくやという肉の壺。

『お、お手柔らかに……』

それが覚悟をキメた憐れな餌(ラファエロ)の精一杯の言葉だった。

蜘蛛前脚がラファエロの腰に回されペニスが肉壺にぬぷりと飲み込まれた。タランテラの唇から甘い吐息が出る。彼女の中はまるで火の様に熱く、ぬめり、うねりながら雄を求める。

『あ、熱っ……熱いっ……』

『はぁ♪んん❤……コレがワタシのアナタ(旦那様)❤』

うねる肉を掻き分けて奥へ到達すると、丸いコリコリとした輪っかのような子宮口がまるで唇のようにあむあむとラファエロの先を舐めしゃぶる。

お前はワタシのモノだと暗に告げる。

動いたらどうなってしまうのだろうか?僅かに残ったラファエロの冷静な思考が警告を告げるも、その理性の細糸も直ぐにぷつりと斬られてしまう。

ちゃぷん!

ーーーー!!

タランテラが腰を動かした瞬間、ラファエロは声にならない悲鳴をあげて快楽にのたうち回った。

『あぁ♪凄いわぁ♪最高よぉ❤』

ぱちゅん、ちゃぷっ、くちゃっ、じゅぷっ

腰を上下する度にラファエロの腰が痙攣する。

快楽から逃れようと彼女にしがみつく。凛々しい顔を蕩けさせた情けない表情で彼女の豊満な胸に顔を埋める。その行為は雌蜘蛛の劣情の火に油を注ぐ行為も同然。タランテラはラファエロの唇を奪って情熱的な口付けをしながら更に激しく交わる。

『む"ぅ!ぅぅ!あ"!』

『ふーー❤ふーー❤』

ぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱん……

ベッドのシーツは2人の汗と愛液でぐしゃぐしゃになっている。

激しい快楽のダンスにタランテラの中のラファエロは更に硬く大きく張り詰める。鼓動と共に増す速度と情熱。

『ぷはっ♪イクのね♪ちょうだい❤……ちょうだい❤』

『は!……あぁ!!もうだめ!!』

『ガブリエリ♪ガブリエリって呼んで❤❤』

『ガブリエリ!……ガブリエリッ!!!』

『あぁ♪ラファエロ❤ラファエッッロ❤ティ・プレーゴ・アモーレ❤❤(ワタシを愛して』

『『ーーーーーーー!!!!!』』

腰を思い切り打ち付け痙攣する2人の身体。締め付けるガブリエリの求愛。それに応えるように大きく脈打ち、ありったけの生命の素を注ぐラファエロ。

2人は暫く震える身体を抱きしめ合う。

『はぁ❤凄かったわぁ♪』

『はぁ……もう……きつ……?……え??』

焼けつく様な快楽。それを経てもなお滾る欲望にラファエロは驚きを隠せない。

『ふふふ♪まだまだ元気いっぱいね♪』

『ど、どうして?』

『タケリダケのエキスは一度や二度致したくらいじゃ治らないわぁ❤今度はアナタからシテくれるかしらぁ♪♪』

その後、天使の名を持つ2人は堕落の果実を貪った。









『ふふふ♪お疲れ様❤』

『………つ……疲れ……た……。』

2人はアラクネ用の大きなベッドに横たわっている。何回致したか10を超えてからは数えてはいない辺りはすっかり暗くなっている。

しかしタケリダケの魔法薬を摂取しての交わりは普通3日3晩は掛かる。10数時間で効果が切れたのは2人の相性が異常な程良く、またガブリエリが性において並外れた大飯食らいだからだ。

故に実質3日3晩に相当する精を吐き出したラファエロはくたくたになっていた。

『アナタのサイズ、細部に渡るまで調べさせて貰ったわ♪仕事の方は期待してちょうだい♪もうデザインも考えてあるわ♪アナタにピッタリよっ♪』

『どんな風になりますか?』

『ふふふ♪ザッツ・イズ・トップ・シークレット♪♪』

悪戯に笑う彼女に見惚れそうになり、ラファエロは目を逸らした。

『じゃあ、これだけ教えて……生地は?指揮者にとっては重要なんだ。』

『いいわ♪生地なんだけど……ワタシの糸よ♪』

『ガブリエリの糸?』

『えぇそうよ♪ワタシな糸♪アラクネには古い習わしがあるのよ?それは、運命の相手に自分の糸で仕立てた服を送り、子供が産まれたらその子に仕立てや刺繍の技術を継いでいくの♪ワタシも母から、母は祖母様から……そうやって代々受け継がれて、やっとアナタに出会えたの……ワタシの糸で服を作っても良いと思えるヒトが♪』

『何故……私なのですか?』

『理由は色々よ♪一言で言うと……インスピレーションかしら?それに……』

『それに?』

『ワタシ、聞いたわよね?衣装のお値段10000ダラーかアナタの人生って♪……ワタシの服に人生掛けても良いって言われたのはラファエロ、アナタが初めてよ。皆、キャッシュかローンを組んで10000ダラーをワタシに払ってウールやサテンやコットンやリネンの服を買って行ったの。気付いたらお店を開いてから100年以上経っていて、ワタシは仕立て屋の女王と呼ばれていたわ。』

ガブリエリはルビーのような瞳をラファエロに向ける。

『この仕事はきっとワタシの仕立て屋としての最後の仕事になる。最高の服を作るわ♪♪』

ラファエロがテイラー・タランテラを後にしたのはその翌日の朝だった。夢見心地にガブリエリがベッドの横のデスクキャビネットでデザインを走らせていたのを覚えている。

戻ってからはコンサートの予定が決まり、曲決めに、譜読みに、リハーサルに事務作業へと駆け回る忙しい毎日に戻った。

あの出来事が夢の中のような感覚になろうとしていた1ヵ月後のある日、ふらりとまたスワローテイルのブティック街へ行くと今度はすんなりとテイラー・タランテラに続く路地を見つける事が出来た。

『いらっしゃい♪……そろそろ来る頃だろうと思ったわ♪さぁ、仮縫いを始めましょう?』

『え……あぁ……はい。』

呆気に取られるラファエロをガブリエリは例によって人攫いのように店の中へと引き込んだ。引き込むや否やラファエロをシャツ一枚に剥き、鏡の前に立たせると仮縫いを始めた。

『シャツは問題なし。このまま行きましょう。問題はジャケットね。肩幅は……ここから8mmプラスね。ショルダーバックにプリーツを入れましょう。これで可動域が5°は稼げるはず……腕の長さはこれで大丈夫。あとは……前合わせ……ボタンも良いけど……やっぱり銀のチェーンが良いわね。チェーンにしましょう♪ウェストコートのアンダーは-5mm。角度を2°つけましょう。アナタ、懐中時計は使うかしら?』

『は、はい。使います。』

『そうね……身幅を右側だけ奥行き1.5cm増やしましょうか。』

真剣そのもののプロの仕事に別の意味でラファエロは呆気に取られていた。有無を云わせぬ迫力があるのだ。

『スラックスは……ワンクッション……いやいやいや、古いわね。ハーフクッションで行きましょう。……こんな所ね。また1週間後にいらっしゃいな♪その時にまた仮縫いね♪』

そうしてその日は早々に店を追い出されてしまった。

それから、1週間に1度、ラファエロはガブリエリの店に行った。時折、仮縫いが終わった後、我慢できなくなったガブリエリに押し倒されたりもしたが順調に進んで行った。

しかし……

『ボス……。悪い事は言わない。今回のコンサートはやめた方が良い。』

リハーサル後、コンサートマスターのミケーレが真剣な表情でラファエロに訴え掛けている。

『何故?理由はありますか?』

『何故って……ボス!あなたが1番良く分かっている筈だ!よりにもよって会場がニューシャテリアシティ、カール・アカデミー・センターのデイビッド・フィッシャー・ホールだなんて……』

『それがどうしたんですか?』

『それがどうしたって……あのホールはクラシックの殿堂で、オーケストラの聖地だ。そんな所であなたが指揮を振ったら白人主義者共の恨みを買う!!この前はコンサートの妨害だけで済んだ。でも、次は違う!!』

実は以前のコンサートでの妨害騒ぎの少し前から白人主義者達の脅迫や嫌がらせが続いている。その筋に詳しい元マフィアのミケーレ達が未然に防いでいる。

黒人指揮者率いるオーケストラのコンサートを妨害する様な白人主義者達は皆金持ちで(自分達白人のモノだと疑わない)音楽や芸術や文化を愛し、それなりの社会的地位を持っている。

中には政界や金融、裏社会に通じている権力者も居るからタチが悪い。

『………………。』

『ボス……俺はあんたが好きだ。尊敬している。死んで欲しくない。』

『……上の人達は私と君達にデイビッド・フィッシャー・ホールでコンサートをするだけの実力があると。彼らの期待に応えなければならない。』

『その上の方々の中に白人主義者のスパイがいるって分かっててもですか?』

『そう……そうだよ。だからと言って、もし今回逃げたら2度とコンサートで舞台に立つ事は出来ないでしょう。私も……君達も……。』

『くっ…………。』

『それにミケーレ……あのホールは私の夢なんだ。小さい頃からの憧れの舞台なんだよ。もちろん怪我をしたり、殺されるのはごめんだ。でも、私は音楽に命をかけているんだ。』

『わかりました。ボス、あなたがそこまで言うのなら、俺は何も言いません。』

『ありがとう。ミケーレ……君は最高のコンサートマスターだ。』



コンサートの前日……



『待っていたわ♪ワタシの最後で最高の仕事よ♪』

テイラー・タランテラにてラファエロの目の前には美しい燕尾服が置かれていた。

オフ・ホワイトのジャケット。ラペル(襟)には同じくオフ・ホワイトの光沢のある生地にさりげなくペイズリーの刺繍が施されている。ウイングカラーのシャツは細糸を幾重にも織り上ていて、黒いウェストコートとスラックスは美しいラインを描いている。

『さぁ、袖を通してみて♪』

ラファエロは出来上がった燕尾服に袖を通すと、それはまるで身体に吸い付く様で一切の違和感も感じなかった。

『完璧だ……』

『完璧ね♪』

そうしてラファエロは試着を終えて専用の衣装ケースに一式を纏めた。

『感動で……言葉もないよ……。』

『まだ満足するのは早いわぁ♪この作品の完成はアナタがステージで最後の曲の最後のフェルマータ(音楽記号:程よく伸ばす)を振り終える瞬間なの♪……明日でしょう?応援してるわぁ♪』

『それなんだけど……コレをガブリエリに。』

ラファエロは薔薇の花束をガブリエリに差し出した。花束の中には洋封筒。コンサートのチケットが入っている。

『スペシャルシートのチケットです。貴女の為に特別な席をご用意しました。宜しければ是非我が楽団のコンサートにお越し頂きたく……』

ガブリエリは頬を薔薇のように染めて薄らと涙を流して微笑んだ。

『えぇ……喜んで♪』



そしてコンサートの当日……

ゲネラルプローベ(当日に行う通し練習:最終確認)を終えていよいよ演奏会が始まる。



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

シューシャンク・フィルハーモニー

コンサート

第一部
オペラ『王様と花』序曲 ピーター・オジロ作曲
ヴァイオリン協奏曲 ダニエル・グレイ作曲

第二部
ピアノ協奏曲 ヨハネス・セバスチャン作曲
交響詩『黒衣の聖者』ダクエル・ダイスキー作曲

第三部
バレイ『歌奴隷と氷の女王』組曲 アーネスト・ショタヴィッツ作曲


ニューシャテリアシティ
カール・アカデミー・センター

デイビッド・フィッシャー・ホール

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。




会場は満席で、後ろの席には音楽家を志す学生の立ち見までいる。因みにガブリエリはテラス席にいた。

"黒人の指揮者とは珍しい。"

"果たして南の大陸の野蛮な猿は音楽を理解しているのか?"

"以前聴きに行ったが、素晴らしい指揮者だった。雑誌や専門家は当てにならん。"

"どんなコネを使ったんだあの黒んぼは?"

など客の噂もまちまちだ。

しかしブザーが鳴り、オーケストラが位置に付き、観客がラファエロが姿を見ると皆押し黙ってしまった。

スラリと長い手足。燕尾服の着こなしは完璧で、その白い上着は黒人特有のラファエロのしなやかな黒い肌を良く引き立ていた。美しいラインと完璧な仕立ての黒いウェストコートとスラックスはマナーとモラルの証を体現している。

完璧な紳士が指揮台に上がったのだ。その姿は正にエレガンテ。

ラファエロがお辞儀をすると一拍遅れて惜しみない拍手が送られた。彼はそのままオーケストラへ振り向くと最初の曲、オペラ『王様と花』の序曲を演奏した。

続くミケーレが演奏するヴァイオリン協奏曲も素晴らしく、ラファエロ自らが弾き振りをするピアノ協奏曲も完璧だった。

交響詩『黒衣の聖者』などは聴きに来た聴取が震え上がる程の完成度だ。

順調にプログラムが進んでいく。

そうしていよいよ第三部。組曲『歌奴隷と氷の女王』の最終楽章。美しい聖歌の旋律に女王のテーマが重なって、最後は盛大にフォルテシモで終わる。

指揮を振る中で、ラファエロはこれまでに無く自由だった。音楽と一体になる喜びを噛み締めていた。そんな指揮者に引き上げられるようにオーケストラもこの演奏会で何度も限界を塗り替えている。観客は奇跡を目の当たりにしていた。

最後のフェルマータを振り切った時、辺りは静寂に包まれていた。

それはまるで世界の果て

パチ…………パチ…………

パチ……パチ……パチパチ……

パチパチ……パチパチパチ……パチパチパチパチ

パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ "ブラーヴォ!" パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ "ブラーヴォ!" パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ "ブラーヴォ!" パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ

わぁぁああああああああああああああああ!!!

ラファエロが振り向くと拍手の渦と大歓声の中、何人もの人々が立ち上がり、彼に称賛を浴びせた。

自分の目が一瞬信じられなくなり、コンサートマスターに目を向けるとミケーレは微笑んでラファエロを讃えた。

ラファエロがやっとこの拍手と喝采が自分に向けられている事に気付くと彼は観客に向かいお辞儀をした。


その時……




ズキューーーーーン!!!!



銃声

舞台場で倒れるラファエロ

静まり返り次の瞬間騒然となる会場

駆け寄るミケーレ

テラス席から人波に押されボロボロになりながら駆け寄るガブリエリ

『ラファエロ!!……ラファエロ!!』

抱き抱えられるラファエロ





















『ガブリエリ……く、苦しいよ……。』

















『…………へ???』

物凄い素っ頓狂な声を上げるガブリエリ

『ボス……あの……ちょっ……銃で撃たれたんですよ!?なんとも無いのですか?』

珍しく取り乱すミケーレ。

『失礼、胸が突然激しく痛くなって…………え、嘘、銃!!??』

鈍いオーケストラ指揮者。

『あ……コレ……』

ガブリエリが床から拾い上げたのはひしゃげた拳銃の鉛玉だった。この世で最も優れた繊維と言われるアラクネの糸で作られた燕尾服がラファエロを救った。

『ガブリエリ……君が守ってくれたんだね?ありがとう……ありがとう……』

『あぁ、ラファエロ……ラファエロ!!』

2人は舞台の上で抱きしめ合い情熱的な口付けを交わした。

それを見たミケーレはほっとして表情を緩ませるも、その一瞬後にはその可愛らしい少年の姿からは想像も出来ない極悪人の顔をしていた。









アラクネの糸で作られた服は勇者の剣の一撃すら防ぐ程強靭らしい。

凄いね。

その後どうなったかって?

き、聞きたいかい?

ミケーレ・ジュノヴェーゼは配下のヴァイオリンパートのカルメッラ達に命じて犯人を秘密裏に捕まえて関係者を割り出し、白人主義者に証拠を突きつけて脅したんだ。

それから、二度と白人主義的活動をしないと約束させて"そう言う組織やグループ"を虱潰しに片付けた後、そいつらを一族郎党 貧民街の地下スラムにいるデビルバグの慰み物にしたのさ。

流石は元マフィアだ。

ん?2人かい?

ラファエロはシューシャンク・オーケストラの常任指揮者として大活躍中だ。

ガブリエリ・タランテラは洋服・デザイナーの学校を開いて若者達を育てているよ。生涯、ラファエロ以外に服は作らないと依頼は頑なに拒んでいるようだ。

妬けちゃうねぇ……

ん?シューシャンク・オーケストラについてもっと知りたい?

良い記事が書けそう?

そうかい、君はジパングの記者さんか。



カランカラン♪



おや?今日はお客様の多い日だ。

いらっしゃいませ、ジュノヴェーゼさん。

お席にどうぞ。今日はジパングの記者さんがお見えですよ?

なんでも聞きたい事があるとか…………。



おわり
20/08/19 07:15更新 / francois
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■作者メッセージ
と言う訳でスワローテイルの仕立て屋編が完結です。
音楽のお話しと言うよりはファッションに天秤が傾きました。
因みにコンサートのプログラムは過去作やら作風やら性癖やら……ゴニョゴニョ
次回はミケーレ少年(?)のお話しになります。
ではまたU・x・Uつ

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