盲目の踊り手
盲目の踊り手
荒涼とした砂漠の国ラビエール
薄暗い屋敷の広間には大勢の人間で埋め尽くされていた。皆、甘美な服を身に纏い、一目で裕福な暮らしをしている者とわかる。
シャン、シャシャン、シャラン、
タン、タンタン、タタン、
癖のある長い黒髪を纏め、額からは汗が輝き落ち、踊り手の両手足の鈴がステップに合わせて冷たい音を響かせる。彼の手に馴染んだシャムシールの刃が空気を切り裂く。薄明かりのランプに照らされる香油に濡れた褐色の肌、しなやかな体躯。達人の域まで達した剣舞は見る者を魅了する。首や腰につけた金属の装飾がチリン…と無機質な音を立てる。
汗の匂いや、香油や、香炉の香りが充満している中
笛の音、シタールの響き、タンブーラの打ち付ける独特のリズムが鳴る。
彼には
夜か昼かもわからない
夢か現かの区別もつかない
ただハシシに酔い、剣舞を舞う
それが今、彼にある全て
シャラン…
音楽が鳴り止み、剣舞が終わる。
すると、脂ぎった声で肥えた男が喋りだした。
『素晴らしい剣舞を披露したのは、我が宝!美しき盲目の踊り手、アズール!!金貨2枚で彼の衣装の端切れを!金貨5枚で口付けを!金貨10枚でこの美しい躰を好きに出来る!!さぁ、いかがか?』
黄色い声が上がり、アズールに群がる。投げ込まれる金貨の雨。伸ばされる手、手、手…。飲み込まれるアズール。ビリビリと、布が引きちぎれる音が聞こえる。まるで、群がる鳥たちにズタズタにされる鳥葬の遺体の様だ。
群がった女の1人がアズールの唇を奪った。別の女が彼の分身を咥え込む。抵抗もぜず、さも当たり前の様にただ受け入れる。その黄金の義眼には何も映らない。
その様子と投げ入れられた金貨を見て、満足げに男が笑う。彼は富豪の商人でアズールを金儲けの見世物奴隷として使っている。
奴隷は永遠に奴隷のままだ。法律と宗教と人々の倫理がそれを定めている。アズールは赤ん坊のころ貧しい農家から売られた。父親も母親も知らない。物心つく頃には労働と暴力をその身に受けた。ただ、幸か不幸か、彼には人殺しの才能があったので、アサシンとなるべく訓練を受けた。
遥か西の地からラビエール王国まで西方主神教の軍が聖地を奪おうと勢力を伸ばしてきていた。ラビエール王国は主神教原理主義アシュマール派を信仰している。彼は主神教の聖地、聖アシュマールの地を守る為に戦う技術を叩き込まれた。
剣や弓の扱いや毒や暗器の技術を必死に習得していった。彼は黒い衣を纏いアサシンとなり、聖戦へとやって来た主神教団軍の兵を闇夜に紛れて次々と殺していった。彼らは戦闘や暗殺を行う時、必ずハシシを使う。痛みとストレスを消すためだ。ハシシに酔い、夢見心地で剣を振るった。
数年が経ち、聖戦が終わり、ラビエール王国を始めとするアシュマール諸国が勝利を収め、西方主神教軍は撤退していった。
だが、アズール達アサシンの多くは殺しを止めなかった。ハシシに冒された彼らはハシシを買うために金で暗殺などを始めとする汚れ仕事を請け負った。
聖地の為に戦った彼らは、今度は麻薬の為に戦った。そして、アズールはもう奴隷へと戻りたくは無かった。
そんな折、アズールは役人から立身出世の為に、ある富豪の商人を殺して欲しいと頼まれた。金が良かったのでアズールは二つ返事でその仕事を引き受けた。
しかし、仕事を請け負った仲間の1人に敵のスパイが居て、逆に策に嵌められ、アズールは敵に捕らえられてしまった。アズールは拷問により両眼を抜かれ、情報を得るためにハシシやアヘンを入れられた。程なくして雇い主が殺された事を聞かされ、その時に富豪の商人から
『忠誠を誓うのであれば、聖アシュマールに誓い、お前を生かしてやろう。』
と言われた。
アズールは死にたく無かったので、彼の足に誓いの口付けをした。
『お前は男だが美しいので、これからは私の為にせいぜい頑張って働け。』
商人から所有の烙印を胸に刻まれ、眼が入っていた空洞に重い金の義眼を埋め込まれた。彼は光を奪われ再び奴隷になってしまった。アズールは商人の元で踊り手として働いた。光が無い事に慣れるのに時間はかかったが音や匂いなどの別の感覚で補う事が出来た。幸いに、商人の男は自分に利益になるモノに関しては大事に扱うので理不尽な暴力を振るわれるような事は無かった。
ラビエール王国は絶対王政の厳しい階級社会であり、宗教的戒律のため徹底的な男尊女卑の社会を護っている。女性は肌と髪を見せてはいけない。ローブを着用してベールで顔を隠す。男女共に異性とみだりに話してはいけない。身分が下の者は上の者に逆らってはいけない。奴隷は苗字を名乗ってはいけない。結婚は同じ身分同士で行うなど社会的制約が多い。
アズールが踊る場は、そういった制約に囚われない言わば闇パーティだ。男女の密会や気に入った奴隷を客は金で買う事が出来る。宗教の戒律と国の法、両方に引っかかる重罪だが、商人は役人や貴族や神官に賄賂を握らせているので半ば黙認されている。ましてや、奴隷は使い捨てと言うのが人々の認識だ。消耗品に等しいモノの事など誰が気にしようか?
アズールはあらゆる女、時には男の相手をした。
夢か現か、彼は自分自身に起こった事をまるで他人事の様に理解している。ただ、人間への絶望感と麻薬への禁断症状が彼を蝕んだ。剣舞を舞い、ハシシやアヘンを吸うことが彼の生きる全てになった。
そうして、踊り続けること数年が過ぎた。そんなある日のこと、アズールがアヘンを吸って陶酔にふけっていた時、ふと乳香の様な香りを感じた。足音から女特有のものを耳で聞き、盲人用の杖で威嚇しながらその方向に向かって言葉を吐いた。
『おい、女。お前は誰だ?こんな所に何の様がある?』
アズールがいる所は粗末な奴隷小屋だ。他の奴隷や主人や主人の従者ならともかく、女子供が来る場所ではない。ましてや、乳香の様な贅沢な香りを使えるのは一部の階級の人間だけだ。アズールは眉をしかめる。
『ここに来る時にご主人に金を払ったな?俺を買いたいのか?だったらハシシかアヘンをくれ。安くしとく』
どうでもいいと言う風に言葉を投げかける。そんな彼に落ちついた声で女は語りかけた。
『私はあなたを買いに来た訳ではありません。残念ながらハシシも…。申し遅れましたが、私はムハーメドの娘、ルクサーナと申します。旅の吟遊詩人です。あなたがアズール様ですか?ここの主人に雇われて、あなたの剣舞の伴奏をする事になりました。未熟者ですが、よろしくお願いします。』
アズールは渇いた声で笑った。
『アズールとは俺だ。それはご苦労な事だ。わざわざ奴隷小屋までご挨拶にくるとはな。…どこぞの他所から来た世間知らずのお嬢様か?』
『...何故そうお思いですか?』
アヘンの煙を吐き出しながら気怠そうに答える。
『否定はしねぇんだな?まず、お前の香りだ。龍涎香の乳香にジャコウバラの香油。おまけにフランキンセンスを肌に使っているな?それから、足音。明らかに普通の人間じゃねぇ。上流階級のそれだ。それと、これは言わずもだが、言葉使いだ。この国じゃ奴隷にそんな口きかねぇよ...』
『素晴らしい洞察力ですね。感心致しました。』
『匂いや音には敏感でねぇ…』
アズールは右の義眼を外してコロコロと右手で弄ぶ。
『私の国…愛の国では例え奴隷と言えども相対する者に礼を尽くすのです。それに…』
ルクサーナは竪琴…ライアーを取り出して弾き始めた。途端に周りの空気が変わっていく。甘く柔らかい旋律が聴く者を包み込む様な感覚をアズールは感じた。演奏が終わり、語りだす。
『芸術や愛は全ての者に等しく恵みをもたらすのですよ。』
アズールは義眼を元の場所に戻しつつ、こみ上げる吐き気にも似た笑いを歯の奥で噛み殺した。
『なるほど…確かな腕だ。ルクサーナといったな、ご主人が雇いたがるのも頷ける。だが、とんだ世間知らずだな。お前が言った事は綺麗事だ……時間まで俺は寝る。失せろ。』
そういうとアズールは横になってしまった。
『ではアズール様、また後で。』
足音と遠くなっていく匂いからルクサーナが去っていったのを確認して意識を閉じた。
『愛ねぇ…』
日が暮れて夜になり、宴が始まった。宴には裕福な者、貴族や豪商、はたまた王の血を引く者までいる。アズールとルクサーナはこの宴の見世物として剣舞とライアーの演奏を行う。アズールは剣舞を舞う時には必ず器楽奏者に踊る場所まで連れてもらう。今宵はルクサーナがアズールの手を引く。ジャコウバラの匂いが鼻をくすぐる。アズールはルクサーナの香りを嗅ぎながら、今日は特別な何かを感じた。
片刃のシャムシールを鞘から抜く。冷たい金属の擦れる音。ランプの火の揺らめき。彼は全てを肌で感じている。
シャラン…
と手足の鈴を鳴らす。それが始めの合図だ。民族的な独特なステップ、そしてリズムと竪琴の響きが伸びやかに響きわたる。アズールはハシシに酔い、彼の意識は剣舞に入っていく。光の無い彼にとって、音や匂い、その他の感覚や機能が全てであり、自身が持つイメージをその強く柔軟な体躯で表現する。
ルクサーナは自身が弾くライアーの音を、アズールの神がかった剣舞にぴったりと寄り添う様に合わせていく。
踊りながら自身に陶酔していく。まるで月夜に揺れる柳の様に。何時もは酷い孤独を感じるそれは、今や安心感に包まれている。
剣を振るう度に迷いは消え、脚をさばく度に意識は清らかな水に鎮んでいく。呼吸は春の眠りに落ちるがごとく、優しく穏やかになった。
剣舞を観ている者は皆、心と眼を奪われた。足先ひとつ指の動きひとつ、目が離せない。何もかも忘れて2人を見ていた。
アズールの精神の中には、自身の剣舞とルクサーナが奏でる音楽のみがあった。それはルクサーナも同じであった。その他のものは一切感じていない。無駄を極限まで削ぎ落とし、片方は踊り、片方は弦を弾く。意識は遠く別の場所に2人で旅をしていた。
タン…
最後のステップを踏みアズールは剣舞を踊り終えた。奴隷の身でありながら、王や貴族や神官でも味わえない神の聖域に確かに踏み込んだ。周りは静寂に包まれている。
(おかしい、静かすぎる…)
アズールは自身の汗と香油に濡れた身体を誰かに後ろから抱きとめられた。だが、彼を抱きとめた者は明らかに人間ではない。大きな柔らかい羽の様なものだった。突然の事に戸惑ったが彼は自身を抱き留める者の香りに覚えがあった。
『…ルクサーナ?お前か?』
『しっ…静かに。皆眠っています……アズール様のおかげで強力な微睡みの曲を行使できました。この曲は対象の注目を集める必要があるので……そして、私は心から感動しました。アズール様は本当に素晴らしい。正に愛の女神に捧ぐに相応しい剣舞でした。』
『…ルクサーナ、どういう事だ?お前はいったい。』
すると屋敷の大広間のあらゆる所に次々と魔方陣が浮かび上がり、そこから魔物娘達が出てきた。アズールに光はないが、彼は空気の揺らめきと物音でそれを判断した。
『私はガンダルヴァと言う愛の女神に使える神官です。我が国では非合法なアヘンやハシシが蔓延してまして、それはあなたのご主人が流したのです。私の任務はあなたのご主人に近づいて、出来ればその協力者と一緒に捕らえることです。この宴は絶好のチャンスでした。この宴に来た者は彼の商売の関係者や支援者ばかりですから…』
『今ぞろぞろと入って来たのは魔物か?…俺はどうなる?』
『…私の言う通りにしてください。決して悪い様には致しません。』
そうすると、誰かが近づく足音が聞こえた。
『神官ルクサーナ、其方の協力に感謝する。』
アズールの耳に良く響く女にしては低い、勇ましい声が聞こえた。
『イスラトさん、ごきげんよう。』
イスラトと呼ばれたキューピッドは魔界銀で作られた弓を背中にしまいながらルクサーナと話している。彼女は愛の国で不法に流通している麻薬の出処を調べる調査団の長をやっている軍人だ。
『軍律に乗っ取り、神官である貴方にも報酬を受け取る権利があるが、何か希望はあるか?』
ルクサーナは嬉しそうに微笑み、アズールを包んでいる両羽をきつく締める。
『では、私はこの殿方を希望します。』
『なっ…!?』
『許可しよう。愛の女神の加護があらん事を…』
そう言うとイスラトは去っていった。
ルクサーナは抱き締めているアズールの耳元で歌を囁いた。途端にアズールに強い微睡みが襲いかかった。足元がふらつき、立っていられない程の心地よい怠惰な眠気に崩れ堕ちると、意識を手放した。
。
。
。
。
それから暫くして、アズールは一糸纏わぬ姿でベッドの上で寝かされていた。上等な肌触りのサラサラとした麻のシーツの上で。彼はルクサーナによって愛の国の神殿に連れてこられた。そこで軟禁され、麻薬を体から抜く治療を受けている。傍らには常にルクサーナがいて彼を観ている。
『ぐっ…はぁ…は、ハシ…シ…ハシシ、を…』
アズールを慈しみと哀れみと愛おしさの入り混じった眼差しで見つめる。アズールは体を熱と痛みに震えながらハシシやアヘンの禁断症状に苦んでいる。
『アズール様…』
ちゅ…ん……
ルクサーナは痛みを抑える薬を口移しでアズールに与える。喉を鳴らしてアズールはそれを受けとる。
『寒い…暗…い…だれ…か…』
アズールは何かを求めるように手を宙に伸ばした。ルクサーナは着ているトーガを脱ぎ、アズールをだきしめる。アズールは彼女を震える体できつく抱き返した。彼の光を写さない目からは涙が一筋流れている。そこには、剣舞を舞うあの美しく流麗な姿は何処にも無く、悪い夢を見て母親に縋り付く童のような弱々しい姿を晒していた。そんな彼を抱きながら、ルクサーナは満たされる庇護欲と独占欲に口の端を歪めている。
連れて来られて直ぐの頃は触れることも出来なかった。商人の元で使われていた頃に与えられた精神的外傷に加えて、心の支えであった麻薬を取り除いたのが原因だった。特に女性に触れられると脅え切ってしまった。それでもルクサーナは諦めずに辛抱強くアズールを癒し続けた。安心する様に務め、耳元で癒しの歌を歌い、彼が寝ている時には彼の手に頬を置いて寄り添い、恐怖を少しずつ取り除いていった。そうする内にアズールはルクサーナを求めるようになっていった。
『アズール様…ルクサーナは此処です。』
『ル…ク…サーナ…』
『そうです…ルクサーナです。ルクサーナはお側にいます。』
『ルクサーナ...ルクサーナ!』
親鳥が雛にそうするように、ルクサーナは何度も繰り返しアズールに自身の名前を刷り込んでいった。アズールは彼女に、彼女の愛に依存していく。
ちゅ...ちゅ...くちゅ…んぁ…………
啄むようなキスからお互いの粘膜を交換する深い口付けへ。アズールが快楽に反応する。彼の分身に血が集まって硬さを帯びる。ルクサーナはアズールを抱いたまま後ろへと倒れ込むと、既に濡れそぼっている自らの秘所へとアズールを導いた。
『『あぁ……』』
ゆっくりと、肉を掻き分けていく。2人の吐息がほのかに熱を帯びる。ルクサーナは愛する男を最奥まで迎え入れて優しく包み込むように愛撫をする。アズールは動かない…動けないと言ったほうが良い。身体も心も余すところ無くルクサーナに包まれて溺れている。頬を摺り寄せ、豊満な彼女の双丘に舌を這わせる。ルクサーナは静かに歓喜の声を上げる。
ぐちゃ…
と、愛液が滴りゴプリと卑猥な音を立てて溢れ出る。鈴口と子宮が愛を交わす。膣が蠢き、アズールを優しく、真綿で締めるようにジワジワと責めたてる。
『アズール様…アズール様…ルクサーナは愛しております❤』
『うぅ…ぁぁ…』
ゆっくりとお互いを貪りあう長い交わり。それは激しいものではなく、ぬるま湯のような快楽でアズールの心を徐々に、しかし確実に溶かしていく。2人は愛の沼へと頭の先から爪先までドップリと漬かり、さらに深くへと沈む。
ルクサーナは自身の脚をアズールの腰に回して更に深くアズールを求める。それで充分だった。
『ルクサーナ…あぁ!あぁ…ぁ…ぁ…』
『アズールさ…ま…あぁぁ……❤❤❤』
アズールの腰が一瞬震えて、トクトクと心臓に合わせて漏れ出す様に精が吐き出される。長い交わりに比例した長い長い絶頂。安心感と充足感。ルクサーナの膣は精液を求めてポンプの様に蠢き、更にアズールと深く繋がろうと子宮口をぽっかりと開けて精を飲み込んでいる。
アズールはルクサーナと繋がったまま彼女の胸に倒れ付した。彼女の心臓の音を聞いて安心している。
『このまま、お休みください...お側にいます…愛しいアズール様の側に…❤』
耳元で愛を囁き、静かに微睡みの歌を歌う。アズールは遊び疲れて寝ている童の様に穏やかな表情になった。
。
。
。
。
月日が流れて、アズールは立ち直った。ルクサーナと愛の女神から夫婦の祝福を受け、今では神殿で彼女と共に神官をしている。愛の国では奴隷制を許していない。アズールは愛の女神を奉る神事で剣舞を奉納している。彼の両面には人体に負担のない魔界銀で付けられた義眼を付けている。ルクサーナからは魔界のサバトと言うグループが開発した義眼を勧められた。使用すれば眼を失う以前より見える様になるとの事だが、アズールは断った。彼にはルクサーナという光がもうあるのだ。
ならばと言うことで胸に刻まれた奴隷の焼印を快楽のルーンで上書きした。快楽への感度が上がるが、付属的な作用で五感も飛躍的に上がるのだ。それは彼の生活や舞に大きな助けになった。そして、その魔法陣を囲むように所有の陣を書いた
‘‘我、ルクサーナの愛の鎖につながれし者”
ルクサーナも快楽のルーンと魔法陣を書いた。
‘‘我、アズールの愛の牢獄に囚われる者”
お互いを所有しあうルーンを互いに胸に刻んだ。
あの夜に捕らえられた者は、この愛の国で魔物娘により公平に裁かれた。一部の者は外交に利用価値があり、魔物国化するための交渉材料になるそうだ。囚人は皆ルーンの呪術魔法で管理される。ある時、アズールとルクサーナは神殿の外であの商人の会った。商人の様子から毎日相当こっ酷く精を絞り取られている事が伺える。心なしかほっそりとした彼の腕にはぴったりと寄り添うようにラミアがまとわりついていた。男は皆、刑期が終わるまで奉仕労働が義務付けられ、監察官の魔物娘が24時間監視をする。無罪となり国に留め置かれた者にも同様に監察官が付いた。勿論、刑期が終わったとしても監察官が外れることはない。皆、魔物娘の伴侶として永久就職する。女は魔物化されたあとに魔物娘としての快楽の教育を受け、魔界拡大に協力する様になる。
ラビエール王国をはじめとする主神教アシュマール派諸国は不平等な身分差や経済的な格差や厳しい宗教戒律により、大きな負の力を内包している。国王や権力者は自分達や豪族を優遇している。愛の国や魔物国家はその負の力に働き掛けて、魔物国化しようとしている。ラビエール王国もそう遠くない内に、魔物娘達が働き掛けてくれることだろう。どうなるかはわからないが、少なくとも魔物娘達は人間を愛している。きっと、不幸な人間は減るだろう…とアズールは夕暮れ時の水辺に1人座りながらそう考えていた。
すると、大きく柔らかな羽に後ろから抱きすくめられた。ふわりと嗅ぎ慣れた匂いがアズールを包んだ。
『アズール様…❤』
『お前か…ふふ』
『なんだか今日は嬉しそうですね♪』
『ルクサーナ…お前は俺の光だ、俺は光を得た。ありがとう…』
『どうしたのですか?』
『愛するお前に礼が言いたくなっただけだ…』
ルクサーナは抱きすくめていた羽をぎゅっと、強くしてアズールを締めた。
『私は、本当に幸せ者です…』
アズールは顔の真横にあるルクサーナの頬にキスをした。照れ隠しのつもりだったが、恥かしさから押し黙ってしまった。当のルクサーナは嬉しそうに頬ずりをしている。
『…お前がここに居ると言うことは、俺を呼びに来たのだろう?』
『はい。そろそろです。』
今宵、愛の女神の祭事がある。そこでアズールはルクサーナの琴の音に乗り、剣舞を舞う。
2人は肩を寄せ合いながら、夕暮れの水辺を後にした。流れる水の音と夕暮れの黄金が静かに2人を見守っていた。
end
荒涼とした砂漠の国ラビエール
薄暗い屋敷の広間には大勢の人間で埋め尽くされていた。皆、甘美な服を身に纏い、一目で裕福な暮らしをしている者とわかる。
シャン、シャシャン、シャラン、
タン、タンタン、タタン、
癖のある長い黒髪を纏め、額からは汗が輝き落ち、踊り手の両手足の鈴がステップに合わせて冷たい音を響かせる。彼の手に馴染んだシャムシールの刃が空気を切り裂く。薄明かりのランプに照らされる香油に濡れた褐色の肌、しなやかな体躯。達人の域まで達した剣舞は見る者を魅了する。首や腰につけた金属の装飾がチリン…と無機質な音を立てる。
汗の匂いや、香油や、香炉の香りが充満している中
笛の音、シタールの響き、タンブーラの打ち付ける独特のリズムが鳴る。
彼には
夜か昼かもわからない
夢か現かの区別もつかない
ただハシシに酔い、剣舞を舞う
それが今、彼にある全て
シャラン…
音楽が鳴り止み、剣舞が終わる。
すると、脂ぎった声で肥えた男が喋りだした。
『素晴らしい剣舞を披露したのは、我が宝!美しき盲目の踊り手、アズール!!金貨2枚で彼の衣装の端切れを!金貨5枚で口付けを!金貨10枚でこの美しい躰を好きに出来る!!さぁ、いかがか?』
黄色い声が上がり、アズールに群がる。投げ込まれる金貨の雨。伸ばされる手、手、手…。飲み込まれるアズール。ビリビリと、布が引きちぎれる音が聞こえる。まるで、群がる鳥たちにズタズタにされる鳥葬の遺体の様だ。
群がった女の1人がアズールの唇を奪った。別の女が彼の分身を咥え込む。抵抗もぜず、さも当たり前の様にただ受け入れる。その黄金の義眼には何も映らない。
その様子と投げ入れられた金貨を見て、満足げに男が笑う。彼は富豪の商人でアズールを金儲けの見世物奴隷として使っている。
奴隷は永遠に奴隷のままだ。法律と宗教と人々の倫理がそれを定めている。アズールは赤ん坊のころ貧しい農家から売られた。父親も母親も知らない。物心つく頃には労働と暴力をその身に受けた。ただ、幸か不幸か、彼には人殺しの才能があったので、アサシンとなるべく訓練を受けた。
遥か西の地からラビエール王国まで西方主神教の軍が聖地を奪おうと勢力を伸ばしてきていた。ラビエール王国は主神教原理主義アシュマール派を信仰している。彼は主神教の聖地、聖アシュマールの地を守る為に戦う技術を叩き込まれた。
剣や弓の扱いや毒や暗器の技術を必死に習得していった。彼は黒い衣を纏いアサシンとなり、聖戦へとやって来た主神教団軍の兵を闇夜に紛れて次々と殺していった。彼らは戦闘や暗殺を行う時、必ずハシシを使う。痛みとストレスを消すためだ。ハシシに酔い、夢見心地で剣を振るった。
数年が経ち、聖戦が終わり、ラビエール王国を始めとするアシュマール諸国が勝利を収め、西方主神教軍は撤退していった。
だが、アズール達アサシンの多くは殺しを止めなかった。ハシシに冒された彼らはハシシを買うために金で暗殺などを始めとする汚れ仕事を請け負った。
聖地の為に戦った彼らは、今度は麻薬の為に戦った。そして、アズールはもう奴隷へと戻りたくは無かった。
そんな折、アズールは役人から立身出世の為に、ある富豪の商人を殺して欲しいと頼まれた。金が良かったのでアズールは二つ返事でその仕事を引き受けた。
しかし、仕事を請け負った仲間の1人に敵のスパイが居て、逆に策に嵌められ、アズールは敵に捕らえられてしまった。アズールは拷問により両眼を抜かれ、情報を得るためにハシシやアヘンを入れられた。程なくして雇い主が殺された事を聞かされ、その時に富豪の商人から
『忠誠を誓うのであれば、聖アシュマールに誓い、お前を生かしてやろう。』
と言われた。
アズールは死にたく無かったので、彼の足に誓いの口付けをした。
『お前は男だが美しいので、これからは私の為にせいぜい頑張って働け。』
商人から所有の烙印を胸に刻まれ、眼が入っていた空洞に重い金の義眼を埋め込まれた。彼は光を奪われ再び奴隷になってしまった。アズールは商人の元で踊り手として働いた。光が無い事に慣れるのに時間はかかったが音や匂いなどの別の感覚で補う事が出来た。幸いに、商人の男は自分に利益になるモノに関しては大事に扱うので理不尽な暴力を振るわれるような事は無かった。
ラビエール王国は絶対王政の厳しい階級社会であり、宗教的戒律のため徹底的な男尊女卑の社会を護っている。女性は肌と髪を見せてはいけない。ローブを着用してベールで顔を隠す。男女共に異性とみだりに話してはいけない。身分が下の者は上の者に逆らってはいけない。奴隷は苗字を名乗ってはいけない。結婚は同じ身分同士で行うなど社会的制約が多い。
アズールが踊る場は、そういった制約に囚われない言わば闇パーティだ。男女の密会や気に入った奴隷を客は金で買う事が出来る。宗教の戒律と国の法、両方に引っかかる重罪だが、商人は役人や貴族や神官に賄賂を握らせているので半ば黙認されている。ましてや、奴隷は使い捨てと言うのが人々の認識だ。消耗品に等しいモノの事など誰が気にしようか?
アズールはあらゆる女、時には男の相手をした。
夢か現か、彼は自分自身に起こった事をまるで他人事の様に理解している。ただ、人間への絶望感と麻薬への禁断症状が彼を蝕んだ。剣舞を舞い、ハシシやアヘンを吸うことが彼の生きる全てになった。
そうして、踊り続けること数年が過ぎた。そんなある日のこと、アズールがアヘンを吸って陶酔にふけっていた時、ふと乳香の様な香りを感じた。足音から女特有のものを耳で聞き、盲人用の杖で威嚇しながらその方向に向かって言葉を吐いた。
『おい、女。お前は誰だ?こんな所に何の様がある?』
アズールがいる所は粗末な奴隷小屋だ。他の奴隷や主人や主人の従者ならともかく、女子供が来る場所ではない。ましてや、乳香の様な贅沢な香りを使えるのは一部の階級の人間だけだ。アズールは眉をしかめる。
『ここに来る時にご主人に金を払ったな?俺を買いたいのか?だったらハシシかアヘンをくれ。安くしとく』
どうでもいいと言う風に言葉を投げかける。そんな彼に落ちついた声で女は語りかけた。
『私はあなたを買いに来た訳ではありません。残念ながらハシシも…。申し遅れましたが、私はムハーメドの娘、ルクサーナと申します。旅の吟遊詩人です。あなたがアズール様ですか?ここの主人に雇われて、あなたの剣舞の伴奏をする事になりました。未熟者ですが、よろしくお願いします。』
アズールは渇いた声で笑った。
『アズールとは俺だ。それはご苦労な事だ。わざわざ奴隷小屋までご挨拶にくるとはな。…どこぞの他所から来た世間知らずのお嬢様か?』
『...何故そうお思いですか?』
アヘンの煙を吐き出しながら気怠そうに答える。
『否定はしねぇんだな?まず、お前の香りだ。龍涎香の乳香にジャコウバラの香油。おまけにフランキンセンスを肌に使っているな?それから、足音。明らかに普通の人間じゃねぇ。上流階級のそれだ。それと、これは言わずもだが、言葉使いだ。この国じゃ奴隷にそんな口きかねぇよ...』
『素晴らしい洞察力ですね。感心致しました。』
『匂いや音には敏感でねぇ…』
アズールは右の義眼を外してコロコロと右手で弄ぶ。
『私の国…愛の国では例え奴隷と言えども相対する者に礼を尽くすのです。それに…』
ルクサーナは竪琴…ライアーを取り出して弾き始めた。途端に周りの空気が変わっていく。甘く柔らかい旋律が聴く者を包み込む様な感覚をアズールは感じた。演奏が終わり、語りだす。
『芸術や愛は全ての者に等しく恵みをもたらすのですよ。』
アズールは義眼を元の場所に戻しつつ、こみ上げる吐き気にも似た笑いを歯の奥で噛み殺した。
『なるほど…確かな腕だ。ルクサーナといったな、ご主人が雇いたがるのも頷ける。だが、とんだ世間知らずだな。お前が言った事は綺麗事だ……時間まで俺は寝る。失せろ。』
そういうとアズールは横になってしまった。
『ではアズール様、また後で。』
足音と遠くなっていく匂いからルクサーナが去っていったのを確認して意識を閉じた。
『愛ねぇ…』
日が暮れて夜になり、宴が始まった。宴には裕福な者、貴族や豪商、はたまた王の血を引く者までいる。アズールとルクサーナはこの宴の見世物として剣舞とライアーの演奏を行う。アズールは剣舞を舞う時には必ず器楽奏者に踊る場所まで連れてもらう。今宵はルクサーナがアズールの手を引く。ジャコウバラの匂いが鼻をくすぐる。アズールはルクサーナの香りを嗅ぎながら、今日は特別な何かを感じた。
片刃のシャムシールを鞘から抜く。冷たい金属の擦れる音。ランプの火の揺らめき。彼は全てを肌で感じている。
シャラン…
と手足の鈴を鳴らす。それが始めの合図だ。民族的な独特なステップ、そしてリズムと竪琴の響きが伸びやかに響きわたる。アズールはハシシに酔い、彼の意識は剣舞に入っていく。光の無い彼にとって、音や匂い、その他の感覚や機能が全てであり、自身が持つイメージをその強く柔軟な体躯で表現する。
ルクサーナは自身が弾くライアーの音を、アズールの神がかった剣舞にぴったりと寄り添う様に合わせていく。
踊りながら自身に陶酔していく。まるで月夜に揺れる柳の様に。何時もは酷い孤独を感じるそれは、今や安心感に包まれている。
剣を振るう度に迷いは消え、脚をさばく度に意識は清らかな水に鎮んでいく。呼吸は春の眠りに落ちるがごとく、優しく穏やかになった。
剣舞を観ている者は皆、心と眼を奪われた。足先ひとつ指の動きひとつ、目が離せない。何もかも忘れて2人を見ていた。
アズールの精神の中には、自身の剣舞とルクサーナが奏でる音楽のみがあった。それはルクサーナも同じであった。その他のものは一切感じていない。無駄を極限まで削ぎ落とし、片方は踊り、片方は弦を弾く。意識は遠く別の場所に2人で旅をしていた。
タン…
最後のステップを踏みアズールは剣舞を踊り終えた。奴隷の身でありながら、王や貴族や神官でも味わえない神の聖域に確かに踏み込んだ。周りは静寂に包まれている。
(おかしい、静かすぎる…)
アズールは自身の汗と香油に濡れた身体を誰かに後ろから抱きとめられた。だが、彼を抱きとめた者は明らかに人間ではない。大きな柔らかい羽の様なものだった。突然の事に戸惑ったが彼は自身を抱き留める者の香りに覚えがあった。
『…ルクサーナ?お前か?』
『しっ…静かに。皆眠っています……アズール様のおかげで強力な微睡みの曲を行使できました。この曲は対象の注目を集める必要があるので……そして、私は心から感動しました。アズール様は本当に素晴らしい。正に愛の女神に捧ぐに相応しい剣舞でした。』
『…ルクサーナ、どういう事だ?お前はいったい。』
すると屋敷の大広間のあらゆる所に次々と魔方陣が浮かび上がり、そこから魔物娘達が出てきた。アズールに光はないが、彼は空気の揺らめきと物音でそれを判断した。
『私はガンダルヴァと言う愛の女神に使える神官です。我が国では非合法なアヘンやハシシが蔓延してまして、それはあなたのご主人が流したのです。私の任務はあなたのご主人に近づいて、出来ればその協力者と一緒に捕らえることです。この宴は絶好のチャンスでした。この宴に来た者は彼の商売の関係者や支援者ばかりですから…』
『今ぞろぞろと入って来たのは魔物か?…俺はどうなる?』
『…私の言う通りにしてください。決して悪い様には致しません。』
そうすると、誰かが近づく足音が聞こえた。
『神官ルクサーナ、其方の協力に感謝する。』
アズールの耳に良く響く女にしては低い、勇ましい声が聞こえた。
『イスラトさん、ごきげんよう。』
イスラトと呼ばれたキューピッドは魔界銀で作られた弓を背中にしまいながらルクサーナと話している。彼女は愛の国で不法に流通している麻薬の出処を調べる調査団の長をやっている軍人だ。
『軍律に乗っ取り、神官である貴方にも報酬を受け取る権利があるが、何か希望はあるか?』
ルクサーナは嬉しそうに微笑み、アズールを包んでいる両羽をきつく締める。
『では、私はこの殿方を希望します。』
『なっ…!?』
『許可しよう。愛の女神の加護があらん事を…』
そう言うとイスラトは去っていった。
ルクサーナは抱き締めているアズールの耳元で歌を囁いた。途端にアズールに強い微睡みが襲いかかった。足元がふらつき、立っていられない程の心地よい怠惰な眠気に崩れ堕ちると、意識を手放した。
。
。
。
。
それから暫くして、アズールは一糸纏わぬ姿でベッドの上で寝かされていた。上等な肌触りのサラサラとした麻のシーツの上で。彼はルクサーナによって愛の国の神殿に連れてこられた。そこで軟禁され、麻薬を体から抜く治療を受けている。傍らには常にルクサーナがいて彼を観ている。
『ぐっ…はぁ…は、ハシ…シ…ハシシ、を…』
アズールを慈しみと哀れみと愛おしさの入り混じった眼差しで見つめる。アズールは体を熱と痛みに震えながらハシシやアヘンの禁断症状に苦んでいる。
『アズール様…』
ちゅ…ん……
ルクサーナは痛みを抑える薬を口移しでアズールに与える。喉を鳴らしてアズールはそれを受けとる。
『寒い…暗…い…だれ…か…』
アズールは何かを求めるように手を宙に伸ばした。ルクサーナは着ているトーガを脱ぎ、アズールをだきしめる。アズールは彼女を震える体できつく抱き返した。彼の光を写さない目からは涙が一筋流れている。そこには、剣舞を舞うあの美しく流麗な姿は何処にも無く、悪い夢を見て母親に縋り付く童のような弱々しい姿を晒していた。そんな彼を抱きながら、ルクサーナは満たされる庇護欲と独占欲に口の端を歪めている。
連れて来られて直ぐの頃は触れることも出来なかった。商人の元で使われていた頃に与えられた精神的外傷に加えて、心の支えであった麻薬を取り除いたのが原因だった。特に女性に触れられると脅え切ってしまった。それでもルクサーナは諦めずに辛抱強くアズールを癒し続けた。安心する様に務め、耳元で癒しの歌を歌い、彼が寝ている時には彼の手に頬を置いて寄り添い、恐怖を少しずつ取り除いていった。そうする内にアズールはルクサーナを求めるようになっていった。
『アズール様…ルクサーナは此処です。』
『ル…ク…サーナ…』
『そうです…ルクサーナです。ルクサーナはお側にいます。』
『ルクサーナ...ルクサーナ!』
親鳥が雛にそうするように、ルクサーナは何度も繰り返しアズールに自身の名前を刷り込んでいった。アズールは彼女に、彼女の愛に依存していく。
ちゅ...ちゅ...くちゅ…んぁ…………
啄むようなキスからお互いの粘膜を交換する深い口付けへ。アズールが快楽に反応する。彼の分身に血が集まって硬さを帯びる。ルクサーナはアズールを抱いたまま後ろへと倒れ込むと、既に濡れそぼっている自らの秘所へとアズールを導いた。
『『あぁ……』』
ゆっくりと、肉を掻き分けていく。2人の吐息がほのかに熱を帯びる。ルクサーナは愛する男を最奥まで迎え入れて優しく包み込むように愛撫をする。アズールは動かない…動けないと言ったほうが良い。身体も心も余すところ無くルクサーナに包まれて溺れている。頬を摺り寄せ、豊満な彼女の双丘に舌を這わせる。ルクサーナは静かに歓喜の声を上げる。
ぐちゃ…
と、愛液が滴りゴプリと卑猥な音を立てて溢れ出る。鈴口と子宮が愛を交わす。膣が蠢き、アズールを優しく、真綿で締めるようにジワジワと責めたてる。
『アズール様…アズール様…ルクサーナは愛しております❤』
『うぅ…ぁぁ…』
ゆっくりとお互いを貪りあう長い交わり。それは激しいものではなく、ぬるま湯のような快楽でアズールの心を徐々に、しかし確実に溶かしていく。2人は愛の沼へと頭の先から爪先までドップリと漬かり、さらに深くへと沈む。
ルクサーナは自身の脚をアズールの腰に回して更に深くアズールを求める。それで充分だった。
『ルクサーナ…あぁ!あぁ…ぁ…ぁ…』
『アズールさ…ま…あぁぁ……❤❤❤』
アズールの腰が一瞬震えて、トクトクと心臓に合わせて漏れ出す様に精が吐き出される。長い交わりに比例した長い長い絶頂。安心感と充足感。ルクサーナの膣は精液を求めてポンプの様に蠢き、更にアズールと深く繋がろうと子宮口をぽっかりと開けて精を飲み込んでいる。
アズールはルクサーナと繋がったまま彼女の胸に倒れ付した。彼女の心臓の音を聞いて安心している。
『このまま、お休みください...お側にいます…愛しいアズール様の側に…❤』
耳元で愛を囁き、静かに微睡みの歌を歌う。アズールは遊び疲れて寝ている童の様に穏やかな表情になった。
。
。
。
。
月日が流れて、アズールは立ち直った。ルクサーナと愛の女神から夫婦の祝福を受け、今では神殿で彼女と共に神官をしている。愛の国では奴隷制を許していない。アズールは愛の女神を奉る神事で剣舞を奉納している。彼の両面には人体に負担のない魔界銀で付けられた義眼を付けている。ルクサーナからは魔界のサバトと言うグループが開発した義眼を勧められた。使用すれば眼を失う以前より見える様になるとの事だが、アズールは断った。彼にはルクサーナという光がもうあるのだ。
ならばと言うことで胸に刻まれた奴隷の焼印を快楽のルーンで上書きした。快楽への感度が上がるが、付属的な作用で五感も飛躍的に上がるのだ。それは彼の生活や舞に大きな助けになった。そして、その魔法陣を囲むように所有の陣を書いた
‘‘我、ルクサーナの愛の鎖につながれし者”
ルクサーナも快楽のルーンと魔法陣を書いた。
‘‘我、アズールの愛の牢獄に囚われる者”
お互いを所有しあうルーンを互いに胸に刻んだ。
あの夜に捕らえられた者は、この愛の国で魔物娘により公平に裁かれた。一部の者は外交に利用価値があり、魔物国化するための交渉材料になるそうだ。囚人は皆ルーンの呪術魔法で管理される。ある時、アズールとルクサーナは神殿の外であの商人の会った。商人の様子から毎日相当こっ酷く精を絞り取られている事が伺える。心なしかほっそりとした彼の腕にはぴったりと寄り添うようにラミアがまとわりついていた。男は皆、刑期が終わるまで奉仕労働が義務付けられ、監察官の魔物娘が24時間監視をする。無罪となり国に留め置かれた者にも同様に監察官が付いた。勿論、刑期が終わったとしても監察官が外れることはない。皆、魔物娘の伴侶として永久就職する。女は魔物化されたあとに魔物娘としての快楽の教育を受け、魔界拡大に協力する様になる。
ラビエール王国をはじめとする主神教アシュマール派諸国は不平等な身分差や経済的な格差や厳しい宗教戒律により、大きな負の力を内包している。国王や権力者は自分達や豪族を優遇している。愛の国や魔物国家はその負の力に働き掛けて、魔物国化しようとしている。ラビエール王国もそう遠くない内に、魔物娘達が働き掛けてくれることだろう。どうなるかはわからないが、少なくとも魔物娘達は人間を愛している。きっと、不幸な人間は減るだろう…とアズールは夕暮れ時の水辺に1人座りながらそう考えていた。
すると、大きく柔らかな羽に後ろから抱きすくめられた。ふわりと嗅ぎ慣れた匂いがアズールを包んだ。
『アズール様…❤』
『お前か…ふふ』
『なんだか今日は嬉しそうですね♪』
『ルクサーナ…お前は俺の光だ、俺は光を得た。ありがとう…』
『どうしたのですか?』
『愛するお前に礼が言いたくなっただけだ…』
ルクサーナは抱きすくめていた羽をぎゅっと、強くしてアズールを締めた。
『私は、本当に幸せ者です…』
アズールは顔の真横にあるルクサーナの頬にキスをした。照れ隠しのつもりだったが、恥かしさから押し黙ってしまった。当のルクサーナは嬉しそうに頬ずりをしている。
『…お前がここに居ると言うことは、俺を呼びに来たのだろう?』
『はい。そろそろです。』
今宵、愛の女神の祭事がある。そこでアズールはルクサーナの琴の音に乗り、剣舞を舞う。
2人は肩を寄せ合いながら、夕暮れの水辺を後にした。流れる水の音と夕暮れの黄金が静かに2人を見守っていた。
end
19/05/04 01:48更新 / francois