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偽街の箱庭
偽街の箱庭



人魔歴 1945年 10月10日 アルカナ合衆国 ロストアンジェロ市

"間も無くロストアンジェロ〜、ロストアンジェロ〜。"

汽車のアナウンスが鳴り、列車が停車しても青年はまだ夢の中だった。

『軍人さん、軍人さん!着きましたよ。終点です。ロストアンジェロですよ!』

車掌の呼びかけに青年は飛び起きた。

『…………ここは!!??』

『終点ロストアンジェロです。その様子ですと軍人さんはジパング戦線か西部戦線ですか?』

『あぁ、はい。えっと……僕はジパング戦線から。すいません、凄い時差ボケで。』

『かまいませんよ。それより、おかえりなさい。』

『あ、ありがとう。』

青年は故郷へと帰ってきた。戦勝ムードの街の中、家路を急ぐ。故郷の街はあまり変わってないようで、ほっとしているが、未だに祖国に帰ってきた実家が湧かない。ふわふわするような気持ちだ。

ふと、懐かしい甘い匂いに誘われた先は行きつけのカフェだった。

『いらっしゃい。……おぉ!久しぶり!良く戻ってきたなぁ!』

『ただいま。マスター。いつものやつ!』

青年は何時も頼んでるコーヒーとアップルパイを食べた。コーヒーは代用品だったが、アップルパイの懐かしい味に、やっと故郷に帰って来た実感が湧いて来た。

『じゃあ行くよマスター。アップルパイ美味しかった!イザベルは僕が帰って来たのをきっと驚くだろう。早く彼女を抱きしめてやりたい。今度は妻と一緒に来るよ!おかみさんによろしく。』

『あぁ、また来な。今度は代用品じゃあなく、ちゃんとしたコーヒーをサービスするよ。』

カフェのマスターに見送られ、下士官の軍服を来た青年は大きなバックを持って青い目を輝かせて帰路を急ぐ。愛しい妻への想いを馳せて。

やがて彼は我が家の前に。扉の前で大きく深呼吸をすると、ドアノブに手を掛けてゆっくりと回して中に入る。

『留守か。タイミングが悪かったなぁ……』

彼は、溜め息ひとつ吐くと夫婦の寝室に入った。

『……イザ……ベ……ル…………???』


ーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!











カン、カン、カン!!!

『静粛に。では検察官、起訴状を。』

2人いる裁判官の内、ハクタクの裁判官がそう告げた。6人の人間の陪審員と6人の魔物娘の陪審員が見守る中、検察官の男はスーツの襟を立ち上がると起訴状を読み上げた。

『……被告人はオーウェン・バドラー 25歳。アルカナ合衆国陸軍、人間部隊所属、志願兵、階級は中尉。人魔歴1939年より始まった第二次人間大戦終結により1945年10月8日にジパング戦線から帰国。10月10日 午後1 時20分頃、大陸鉄道にてロストアンジェロ市に帰郷。行きつけのカフェであるダンデライオンに5年振りに来店。アップルパイと代用品コーヒーを飲食後、自宅へ向かう。午後2時30分頃、自宅に着き、寝室へ。そこで妻のイザベルと被告人の親友である被害者、ベン・チャーチル氏との浮気現場を目撃。激情に駆られた被告人は被害者を暴行。被害者は全治12カ月の重症。拳銃の銃口を口の中に入れ自殺を図るも、駆けつけた警察官により取り押さえられる。午後3時43分、現行犯逮捕。起訴状での求刑内容は暴行罪、殺人未遂罪、自殺未遂罪を求刑します。』

検察官の男が粛々と読み上げる。被告人席のオーウェンは肩を落とし無表情で聞いていた。その目の輝きは無く、彼の茶色い髪がその冷たい影を一層濃くしている。その様子は端正な顔立ちからか生きた彫刻を思わせる。

『弁護側……何かありますか?』

今度はサキュバスの弁護士が席を立ち話し始めた。

『暴行罪、自殺未遂罪については起訴内容どうりです。しかしながら、殺人未遂罪については意義を申し立てます。』

彼は微動だにしない。

『検察から……被告人質問を要求します。』

カンカン!

『要求を承認します。被告人は前へ。』

裁判官の男はそう告げる。

オーウェンは証言台へと進むが、その歩みは鉛の足枷をつけられている様に重かった。

『バドラーさん、あなたは、あなたの妻イザベルさんとチャーチル氏の不貞行為を目の当たりにした時、どう思いましたか?彼に暴力を振るった時、殺意はあったのですか?』

『………………………………』

『確かに彼等は許されない事を犯しました。しかしながら、ここまでやる必要性はあったのでしょうか?……全治12カ月。これは殺意があったとしか思えません。……しかもあなたは、自殺未遂までしている。とんだ責任逃れも良いところです。ミスタ・バドラー。我々に納得のいくご説明を。』

そして、彼は俯いたまま何も喋る事は無かった。

『裁判官、被告人の黙秘権を要求します。』

弁護士席から声が飛ぶ。

『黙秘権を認めます。』

裁判官は静かに言葉を吐いた。

その後も、質問が続いたがオーウェンが自ら口を開く事は無かった。

彼の弁護士のニナ・パーカー(サキュバス)は検察側の証人質問を要求するも、当のベン・チャーチルは病院で入院中であり、イザベルは出廷を拒否。

"夫、オーウェンには失望しました。二度と会いたくはありません。裁かれて欲しい。"

と検察側から彼女の電文が読まれただけであった。

弁護士であるニナは『何を身勝手な!!』と怒りと憤りを感じた。


カンカン、カンカン!!


『では、これより陪審員による審議に移ります。』

しばらく後、人と魔物娘の12人の陪審員は起訴状の事実のみでの審議を余儀なくされ、結果は3つの罪状それぞれで有罪となった。

この結果に主として魔物娘の傍聴人から批判の声が上がった。

カンカン!カンカン!!

『静粛に!静粛に!……陪審員による審議は合衆国憲法並びに刑法に準じており、公平かつ誠実であります。』

『……弁護側、陪審員の審議に異議申し立てがあり控訴する場合は48時間以内に再審手続きを完了させる事。控訴が無い場合は28日後に量刑審議に移る。以上。』

カン!!

閉廷となってもオーウェンはしばらく動こうとしなかった。警察官2名になだめられ連れられて行く様は憐れなものだった。


彼は控訴をしなかった。


そうして有罪が確定して3日後に、裁判所からオーウェンの精神鑑定をする様にと裁判所から命令が届いた。

『残念ながら有罪は確定したけど、精神鑑定の結果次第であなたの量刑を軽くできます。オーウェンさん。あなたは情に深く、真面目で優しい人間。それを理論的に証明出来れば、裁判を有利に進める事が出来ます。』

『……………………』

誰の言葉も彼には届いていない。唯一の味方であるニナの言葉も彼を通り過ぎてしまう。

『何故?……何故あなたは何時も黙っているの?』

『……………………』

『……もういいわ。とにかく私はあなたが精神鑑定を受けている間に、色々調べてみます。また会いましょう。』

そうしてニナはオーウェンが精神鑑定を受けている間、事件と彼の事を調べ始めた。


オーウェン・バドラーは人魔歴1918年、ロストアンジェロ市のごく普通の白人の家に産まれた。

快活な男の子で、勉強よりもスポーツに興味があった。親友であったベン・チャーチルとよく一緒に冒険と称して自転車に乗って遠出をしていた様だ。

2歳年下の妻イザベルとの出会いは、彼女が近所の男の子に髪の毛の色をからかわれた時に、オーウェンが割って入って取っ組み合いのケンカをした事がきっかけだった。それから、オーウェン、ベン、イザベルの3人で遊ぶ様になった。

ハイスクールでは勉学に励み、ベイスボールで活躍。1936年頃から西の大陸で戦争の機運が高まった事もあり、大切な人や家族を守る為に軍人になる事を考えていたようで、1938年8月、ハイスクール卒業後は親友のベン・チャーチルと共にアルカナ合衆国陸軍人間部隊に入隊。9月に軍大学に進む。

軍大学では逼迫する世界情勢から教育課程が4年から2年に短縮された。在学中1939年9月1日に西の大陸で独裁者ルドルフ・アドラー総統が率いるクラーヴェ第三帝国がフーランド第二共和国に侵攻。先の戦争が始まる。アルカナ合衆国は中立を声明。

1940年8月、軍大学卒業。階級は准尉。その年の9月にイザベルと結婚した。その後1ヵ月のハネムーンをリロリダ州のメイアミで過ごし、12月の降臨祭の季節はロストアンジェロ市の自宅で過ごした。

ニナはオーウェンとイザベルの結婚式の写真を手に取った。そこには夏らしい白いリネンの礼服を着たオーウェンが花嫁衣装のイザベルをお姫様抱っこをしている姿が写っていた。その木漏れ日のような優しい笑顔は今では失われてしまっている。おそらく、オーウェンにとってイザベルとの結婚式から1941年の12月の降臨祭までのおよそ1年と6カ月間は人生で最も幸福な時間だったであろう。

1941年12月7日、ワイハ諸島、ダイヤモンド湾のアルカナ合衆国海軍基地がジパング帝国の航空部隊によって襲撃された。ダイヤモンドハーバー襲撃である。

これを受けアルカナ合衆国は対ジパング戦線を開始。同盟国側として対クラーヴェ、ロマーナ、ジパングの枢軸国討伐戦争に参加。降臨祭が終わり、12月28日にオーウェンはジパング戦線に配属となった。南方諸島のジャングルで中隊長として戦闘に参加した。

ニナはオーウェンの日記を読んだ。

『オーウェンは……南方諸島のジャングルでジパング兵と戦ったのね。』

この当時の世界情勢は世界的な人魔中立国化と主に魔導蒸気機関を用いた機械化が進み、人間と魔物娘の力の差は徐々に無くなっていった。魔法よりも運用が簡単な機械技術が急速に進歩拡大した。その影でそれらの技術が武器などに運用され、人間が簡単に人間や魔物娘を殺せるようになってしまった。

魔力蒸気機関を技術転用した兵器、銃、航空機、船舶、戦車、機械武装した勇者や魔導師などなど……

魔物娘やインキュバスは本能的に人を殺せない。大きな魔力を持つ魔物娘や勇者や英雄級のインキュバスならその圧倒的な力で無力化出来るかも知れないが、それらは絶対数が余りにも少ない。

リザードマンやアマゾネスの部隊など、防御術式を展開しての白兵戦も一定の戦果を挙げたが、近代兵器を相手にしての戦闘は余りにも無法だった。

魔導兵器や魔界銀製の近代兵器開発に遅れが出ていた事も拍車をかけていた。

そう言った理由で、魔導兵器や魔界銀の近代兵器が開発され運用されるまでの間に世界規模での戦争が加速していった。近代兵器を武装した人間の軍隊に対抗出来るのは同じ規模かそれ以上の規模の人間の軍隊、すなわち人間部隊か、圧倒的な力を持つ魔物娘とインキュバスだけである。当初は前者だったのだ。1944年末に魔王陛下と王婿殿下直々に魔界から魔導機械化武装勇者兵団を率い、西の大陸戦線に介入するまでその状況は変わらなかった。

ジパング戦線は激戦区の一つで、物資面、装備では連合軍が上回っていたが、ジパング兵そのものに手を焼いた。オーウェンの日記からもゲリラ戦や狙撃手に苦しんだ様子があった。

戦争中頃から終盤に渡り、ジパング兵は拙い装備で補給が不足しても、食料が無くなろうが、武器が無くなろうが、戦い続けた。

"ジパング兵は大なり小なり皆おかしい。彼等には恐怖が無いのか?なぜそうまでして戦うのか?僕には理解出来ない……"

その一文が示す通り彼の日記の中には、彼が戦闘で遭遇したジパング兵の事が書いてあった。仲間が倒れ、たった1人になっても抵抗を続け、機関銃や拳銃の弾が付きたら刀を抜き突撃して来たという。またある時には戦闘不能のジパング兵を助けに近寄った所、小刀で喉を裂いて自決してしまったという。他にも味方の中隊が全身に手榴弾を巻きつけたジパング兵の自爆攻撃に合い、全滅してしまった事や、捕虜として捕まえたジパング兵30名全員が切腹してしまった事など。

軍の記録にも当初は魔界銀製の弾を使っていたが、余りにも味方の損害が大きいので、殺傷弾に変えざるおえなくなったとある。

そして、先の見えない泥沼の戦争が続き、1945年8月14日にジパングがポーツマス宣言の降伏最終宣言を受諾し戦闘終了。9月2日に正式に終戦となるまでオーウェンは南方のジャングルで軍務に従じていた。

そんな中で、オーウェンは何通もの手紙を妻イザベルに送っていた。そこに書かれていたのは彼の妻に対する惜しげも無い愛であった。

手紙を読めば読むほど、オーウェンが妻イザベルを愛していたかが分かる。ニナは次第にオーウェンへの好意を持っていった。

ニナは資料として検察に資料として押収された38通の手紙を入手したが数が少な過ぎる。彼は軍通信部の記録によるとジパング戦線に配備されていた3年8カ月の間に247通の手紙を書いていて、そのうち少なくとも225通が無事にイザベルの元に届けられているが、押収されたのはたったの38通だった。

余りにも少ない。

手紙の時期から逆算するに、オーウェンがジパング戦線に下士官として派兵されてから少なくとも8カ月後の1942年の8月か9月にはベン・チャーチルとの不適切な関係があったらしい。

ニナは目に涙を溜めていた。

『こんなの……彼があんまりよ……こんなにも愛していたのに……』

オーウェンの手紙の大半はどうやら読まれる事も無くイザベルに捨てられていたようだった。

ベン・チャーチルは軍後方、参謀本部に勤めていたので本国アルカナ合衆国の陸軍基地からイザベルとも会える距離にいた。ベンは親友の妻で幼馴染みでもあるイザベルにちょくちょく会いに来ていたようだった。

適正検察の記録からベン・チャーチルは控えめで謙虚な性格で、冷静さを欠かない優秀な人物として参謀下士官の適正有りと評価されていた。

ベンの上司である陸軍参謀中佐、ロックスミス氏の話によると、彼は不貞を自ら起こすような人物では無いということだった。ニナの直感ではあったが、イザベルが彼女の意思でベンと関係を持ったという結論に至った。

そしてオーウェンの帰国後の現在、今回の事件が起こった。



2週間後12月18日。

オーウェンの精神鑑定の結果は滅茶苦茶なものだった。ペーパー鑑定では全てNot.にチェックが入っていて、面接では一言も話さなかったらしい。

『オーウェン……なぜですか?なんでこんな事を?』


『………………………………』

スッ……

面会室のガラスの壁越しにオーウェンが出して来たのは離婚届だった。すでにイザベルのサインとオーウェンのサインが書かれている。

インクと紙がが涙でくしゃくしゃに滲んでいた。

それを出すとオーウェンは後ろのドアに歩き出した。

『私はあなたの味方よ。お願いだから……お願いだから、私にあなたを守らせて……オーウェン!』

バタン……………………


ニナの言葉はまたもオーウェンには届かなかった。


精神鑑定の結果を受け、人間とハクタクの裁判官はオーウェンは自暴自棄となり、重度の心的外傷を抱えてはいるが、責任能力が十分にあるとした。


11日後、12月21日。

量刑審議が始まった。

最大の論点は、魔物娘の裁量に従うか、人間の裁量に従うかである。

魔物娘の裁量であれば更生プログラムに従い観察官が付き、ある程度の自由が認められるが、人間の裁量になると対応がガラリと変わる。

量刑審議が始まってもオーウェンは黙ったままだった。表情は氷のように冷たく、彼はただそこにあるだけだった。

ニナの必死の弁護も虚しく量刑審議も機械的に進んで行った。オーウェンは和平時の法治国家において自身を含めて人間2人の命の危機を招いている。無期懲役、最悪終身刑が妥当であろう。しかし事件の経緯から一定の情状酌量が認められるようではある。

そうして量刑審議が終わった。




カンカン!!

『これより被告人に量刑を言い渡します。その前に、オーウェンさん何か言う事はありますか?』

『…………………………』

人間の裁判官がため息を吐くとこう続けた。

『我々はオーウェンさん、まだあなたの声を聞いてすらいない。あなたは自身の弁護人にすら心を開いてすらいない。あなたの気持ちを理解しない事には、理性ある自由の法治国家としてあなたの声を聞かずには、量刑を言い渡すことは出来ません。』

しばらくの沈黙の後、裁判官が木槌を叩こうとしたその瞬間。

『……誰も、誰にも僕の気持ちは理解出来ない。イザベルをどれだけ愛していたのかも。僕にとって明日とも知れない戦争で彼女だけが生きる希望だった。彼女がいたから僕は何としても生きて戻らなければならないと思た。』

その時、オーウェンが初めて口を開いた。

『泥沼の戦争が続いたある日……長い長い戦争が終わった、と南方で上官のブラウン少佐から聞いた時は夢ではないかと疑った。故郷の土を踏んでカフェで不味い代用品コーヒーと甘いアップルパイを食べた時、現実なんだと、帰ってきたのだと初めて感じた。
でも、僕が自分の家で見たのは愛する妻イザベルと親友のベンが僕らのベッドに入ってシテいる最中だった。
目の前が真っ暗になった。なぜ?どうして?で頭の中がいっぱいになった。その時に彼女との今までの記憶が頭の中を駆け回ったんだ。願いや希望に満ちた幸せな記憶ばかりだった。そのひとつひとつが冷たい暗闇の中に沈んでいくんだ。
不思議と悲しくは無かった。
自分の感情が追いかけて来る。もう幸せの輝きと後悔だけしか思い出せない。
暗くて黒い黒いナニカに心が塗り潰されていく。



あぁ……これが僕の絶望なのだと…………。



勝手に身体が動いた。僕がいる事に驚いた彼等は慌てていたよ。僕はベンを殴った。凄い力が出た。殺意があるかどうかなんて自分自信でも分からない。一瞬、僕と目が合ったイザベルは何も言わずに裸のまま逃げ出した。何か言ってくれたのなら、僕は立ち止まれたのかもしれない。

でも、イザベルは逃げてしまった。

僕はベンを殴った。殴り続けた。手に彼の吐瀉物と血が付いた。耳に呻き声と肉と骨が軋む音がこびり付くように聞こえてきた。
彼は動かなくなった。
僕はあの日、あの時、あの瞬間に僕の人生で最も大切な最愛の妻イザベルと、ベンと言う親友を失った。
気づくと僕は拳銃を握っていた。拳銃の銃口を口の中に入れて……でも引き金を引く直前で僕は警察官に取り押さえられた。
僕の人生はあの時あの場所で終わったんだ。大切なものを何もかも全て失って…………
だから有罪だろうが無罪だろうが関係ない。こんな裁判は僕にとってなんの意味も無いんだ。だからどうか早く僕を死刑台に送ってくれ。あなた方に少しでも良心があるのならどうか僕を殺してくれ。』


一雫の涙と共に語られたのは、オーウェンの妻への愛と余りにも暗い絶望だった。


『……では、量刑を言い渡します。主文、被告人オーウェン・バドラーを『偽街の箱庭』にて終身刑と処す。……あなたは、この事件の加害者で自身を含めて2人の命を危険に晒しました。許される事ではありません。しかしながら、あなたは被害者でもあるのです。我々はあなたもまた救わなくてはなりません。あなたの妻への愛はあまりにも純粋で、あまりにも誠実で、あまりにも強く真っ直ぐなものです。あなたの心を絶望から救えるのはあなたの妻イザベルの愛だけです。……ですが、それは叶いません。イザベルはあなたを裏切りました。オーウェンさん、あなたの一番の過ちと不幸は愛すべき人を間違えた事です。我々は……あなたの罪への罰と、あなたの絶望への救済として『偽街の箱庭』にて偽りの幸福と真実の愛を与えるものとします。……あなたの様な愛情深い人に愛される女や魔物娘は幸いです。願わくばあなたの様な思いをする者がこの世界から居なくなって欲しいと願います。……閉廷。』

カンカン!!!

裁判官がその遣る瀬無い想いを打ち付けた。









"間も無くロストアンジェロ〜、ロストアンジェロ〜。"

汽車のアナウンスが鳴り、列車が停車してもオーウェンはまだ夢の中だった。

『軍人さん、軍人さん!着きましたよ。終点です。ロストアンジェロですよ!』

車掌の呼びかけにオーウェンは飛び起きた。

『…………ここは!!??』

『終点ロストアンジェロです。その様子ですと軍人さんはジパング戦線か西部戦線ですか?』

『あぁ、はい。えっと……僕はジパング戦線から。すいません、凄い時差ボケで。』

『かまいませんよ。それより、おかえりなさい。』

『あ、ありがとう。』

オーウェンは故郷へと帰ってきた。戦勝ムードの街の中、家路を急ぐ。故郷の街はあまり変わってないようで、ほっとしているが、未だに祖国に帰ってきた実家が湧かない。ふわふわするような気持ちだ。

ふと、懐かしい甘い匂いに誘われた先は行きつけのカフェだった。

『いらっしゃい。……おぉ!久しぶり!良く戻ってきたなぁ!』

『ただいま。マスター。いつものやつ!』

オーウェンは何時も頼んでるコーヒーとアップルパイを食べた。コーヒーは代用品だったが、アップルパイの懐かしい味に、やっと故郷に帰って来た実感が湧いて来た。

『じゃあ行くよマスター。アップルパイ美味しかった!イザベルは僕が帰って来たのをきっと驚くだろう。早く彼女を抱きしめてやりたい。今度は妻と一緒に来るよ!おかみさんによろしく。』

『あぁ、また来な。今度は代用品じゃあなく、ちゃんとしたコーヒーをサービスするよ。』

カフェのマスターに見送られ、オーウェンは大きなバックを持って青い目を輝かせて帰路を急ぐ。愛しい妻への想いを馳せて。

やがて彼は我が家の前に。扉の前で大きく深呼吸をすると、ドアノブに手を掛けてゆっくりと回して中に入る。

『ただいま……』

『…………オーウェン…』

イザベルは花瓶に飾ろうと手に持っていた花を床に落として駆け寄ると彼を強く抱きしめた。

『オーウェン……おかえりなさい!おかえりなさい!!』

『あぁ……ただいま!!』

そして2人は唇を重ねあった。

『イザベル……イザベルっ!!愛してる。ずっとずっと会いたかった!!』

『私も……愛してる。愛してる!!』

2人は再び抱きしめ合う。もう離れたくない。愛おしい。

『イザベル……僕は、君が欲しい。』

イザベルは頬を色ずく花のように染め、同時に待ち望んでいたかの様に微笑むと、静かにオリバーの首の後ろに手を回した。

結婚式の時の様に、オリバーはお姫様抱っこをしてイザベルと寝室に入りベッドの上に押し倒した。

情熱的な貪る様なキス。唇を重ねながらお互いの服を脱がし合うと直ぐに生まれたままの姿になった。

2人にとっていまこの部屋の中が世界の全て。

2人は見つめ合うと何も言わずに1つになった。

『『あぁ……』』

ドクドクドクドクドクドクドクドクドクドク……

びくんっ……と跳ね上がる2人の身体。果てのない快楽に溺れていく。

『すまない……久しぶりだから。』

『大丈夫……それより……まっ……て❤……気持ち……良すぎて❤❤……』

目を蕩けさせるイザベルの姿に再び欲望の火が燃える。

『イザベル!』

『あぁ、オーウェン❤きて❤もっと愛して❤❤』

気を抜けば再び果ててしまいそう。しかし歯止めはかかる事は無く、オーウェンは本能と欲望のままにイザベルを抱いた。

『あぁ……くっ……』

『あっ❤あっ❤あっ❤』

愛しい妻は愛しい夫を自身の1番深い大切な所に迎え入れている。まるでオーウェンの為にイザベルが創られたように、まるでイザベルの為にオーウェンが創られたように全てがピッタリとパズルのピースが噛み合うように完全に交わっている。

お互いの与え合う快楽に翻弄されて、息も絶え絶えできつく抱きしめていないと自我が保てそうになかった。

『イザベル!!イザベルっ!!』

『オーウェン❤オーウェン❤❤』

気づいたらお互いの名前を叫んでいた。

イザベルはオーウェンの腰に脚を絡ませて、きつく締めあげた。

瞬間。

ドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドク!!!

『『ーーーーーーーーーーーーっ!!!!』』

魂が抜け出すほどの快楽の波が押し寄せ、それに呑まれ、2人は呆気なく果ててしまった。

快楽の波が収まると、気だるく心地よい疲れを感じ、2人で夢の中に旅立つ瞬間にどちらともなく唇を重ねた。









その様子を裁判でオーウェンの弁護を担当したサキュバスであるニナ・パーカーと2人の裁判官が見守っていた。

彼女の目の前にあるのは立方体の人口水晶で、その中には結界が展開されている。

オーウェンは1945年、10月10日以降の記憶を消され、この結界の中にいる。

1947年、4月20日。オーウェンに『偽街の箱庭』の刑が執行された。

無限空間であるパンデモニウムの空間の一部を呼び出す召喚術式を展開。特別な結界を施した水晶の中に対象を封印する。結界は対象の理想の世界を再現。その結果、オーウェンの故郷であるロストアンジェロ市をまるごと正確に再現した偽物の街が創られた。結界の中の時間は1945年を過ぎた後、1946年を永遠に繰り返す。そこに登場する人物はイザベル以外はオーウェンの記憶の中の影に過ぎない。

『それにしても、凄い出来ね。』

ニナは結界の中のイザベルを見て言った。

結界の中のイザベルは、崇高な人形職人であるマエストロ・ハリー・シュミット氏の弟子であり人形魔術師の異名を持つオスカー・オズワルド氏が造ったリビングドールだ。

リビングドール・イザベル……彼女はオーウェンの記憶を元に彼を愛する為に、愛される為だけに造られた。心も自我も持っている彼女のその記憶はオーウェンの中にあるイザベルの思い出を与えられている。オーウェンの記憶が元になっているのでリビングドール・イザベルは彼の理想として美化され、オリジナルよりも魅力的になっている。

オズワルド氏の造るドールはマエストロ・シュミット氏のドールと決定的に違う所がある。それは間接の継ぎ目を極度に無くして本物の人体を忠実再現している所にある。ドールとしての美を追求したマエストロ・シュミット氏のドール。人間コピーとしての美を追求したオズワルド氏のドール。どちらも完成された完全なる美。しかしこの刑を執行するに当たってオズワルド氏のリビングドールが最も適していた。

『罪深いわね……』

愛し合う2人を見てハクタクの裁判官が呟いた。

『だがしかし……殆ど全ての人間の幸せを極限まで追求するとこの様な形になるのかもしれない。そうあって欲しい……と言う願いではあるが、ある意味で彼は世界で最も幸せな者になった。我々がそう信じないでどうするのだ?』

裁判官の男が祈る様に言葉を吐く。

『そうね……そうかもしれない。……あぁ、とても幸せそう。』

オーウェンは丘の上でリビングドール・イザベルと共に肩を寄せ合って夕焼けを見ていた。

『ニナ、あなたはこれで良かったの?……あなたが望めば彼の記憶をみんな消して、あなたのものにする事も出来たのよ?』

『それはダメよ。……彼がそれを自ら望むのなら話は違うけど、最早それは彼であって彼では無いわ。オーウェンは私を愛せない。彼が愛しているのはイザベルで私じゃ無い。ちょっと悲しいけどね……』

『そう……』

『もう何年か、何十年か待てば私を真っ直ぐに愛してくれる人がきっと現われるわ。だから……』

ニナは水晶の中のオーウェン見ると。微笑んで、一筋の涙を流した。

『オーウェン……幸せになってね。さようなら。』

彼女は封印安置所を後にした。

19/03/26 09:46更新 / francois

■作者メッセージ
お読み頂きありがとうございます。
私は去年、大切な人に裏切られてしまいました。あっ、立ち直ってます。大丈夫です。はい。
そのような実体験もあり、このお話しは私の願望の様なものが入っています。有害物質も垂れ流しましたが……

また書きますので、楽しんで頂ければ嬉しく思います。

ではまた U・x・Uつ〜

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