歌奴隷と氷の女王
歌奴隷と氷の女王
むかしむかしのお話です。
『おかみさん、おかみさん、閂をお掛けなさい。北風に子供が攫われないように。今年の冬は特に厳しいですから。』
粉雪が吹き荒ぶ中を男衆が家々に声をかけて回っています。
冬はとても厳しいのです。特に、西の大陸北部の冬は身も心も凍る様な寒さなのです。
それより少し前の事
雪が降り積もる山道を大きな馬車が走っています。冬の山道を急いでいました。
雪が荒れ、視界が悪くなっても馬車は止まる事は出来ません。なぜらなら、古くからの言い伝えによると、この山々や麓の森は氷の女王が治めている領地だからです。
夏になっても雪が溶けないことから、常冬の山と呼ばれていました。
この山で氷の女王に合うと氷の人形に変えられて、女王が住まう城に飾られると言われているのです。
そうして、馬車は走り続け、やがて道に迷ってしまいました。
すると、御者の耳にシャンシャンと鈴の音が聞こえてきます。そしてその音はすぐ近くで止まりました。
『そこの馬車!こんな雪の酷い日にどうしたのですか?』
雪で良く見えませんが、御者に話しかける声が聞こえます。影から角飾りのカブトを被っているようで、勇ましい女の声です。
『女騎士様とお見受けします。この雪で道に迷ってしまいました。途方に暮れているところです。』
御者は風の音に負けないように大きな声でそう言いました。
『ならば、安全な場所に案内しよう。視界が悪い。なので、私の鈴の音を頼りに来なさい。』
御者は馬車に乗っているご主人にそのことを伝えると、ご主人の許可が降りたので馬手綱を握って女騎士の鈴の音を頼りに馬車を進めました。
しばらく走ると、大きな大きなお城に着きました。不思議な事に、お城の周りは吹雪が穏やかなのです。
視界が良くなったのか周りが見えて来ました。そこは青くて美しくも冷たく、まるで氷で出来ているようです。
『……女騎士様……ここはまるで、氷の女王が住まう氷の城のようですね……』
そう御者が呟くと、前を行く女騎士がこちらに振り向きました。
『そう。ここは女王様が住まう氷の城だ。』
女騎士は半人半馬、毛深いトナカイの様な下半身に美しい女性の上半身をもつホワイトホーンという魔物娘でした。
『どうしたのだ?』
『いえ、何も……』
御者は恐怖で気が気ではありません。言い伝えでは、氷の城に入った者は氷の人形にされてしまうからです。
ご主人にその事を伝えると彼は、『今は従い、隙を見て逃げよう。』と御者に言いました。
御者はご主人の言う通りにしました。
そうしてホワイトホーンの騎士に、馬車から降りて謁見の間に来る様にと言われたので、そのようにしました。
絹服のガウンを付けたご主人と一緒に大きな馬車から降りて来たのは皆子供ばかりで、綺麗な服をつけていましたが、皆目は暗く沈んでいます。
騎士殿に案内されて歩き見る氷の城の中はとても美しく、光り輝いていました。まるで夢の中のようです。
謁見の間には、綺麗な青い絨毯の先には玉座があります。玉座の前には青く透き通るようなベールがかかっていました。
『このベールが女王様の魔力を抑えてくれます。ベールが無ければ身も心も凍りついてしまうでしょう。』
そう騎士殿は話しました。
近衛兵のホワイトホーンや侍従のグラキエス達が忙しなく動いていました。皆、魔法で出来たマントやガウンを上から羽織っています。女王様の力で凍ってしまわないようにするためです。
パパーン!パパパパッパラッパパパパーーン!!
『女王様のおなーーりーーー!!』
トランペットが高らかに鳴り響くと、急に辺りが薄暗くなりました。魔法のベールの向こう側に出て来たのは世にも美しい氷の女王様です。カツン……カツン……と杖をつく音が近づくたびに冷気が溢れているようです。近衛も侍従も御者もご主人もみんな震えています。
カーン!!
氷の玉座の前で立ち止まり、杖をひとつ突くといっそう凍てつくような空気になりました。
『我、氷の女王。名はベルキス……古きゲアラハの冬王、常冬の山の領主、冬の森の覇者、雪原の主、アイスブルグ城 城主にして魔王軍白雪騎士団最高位騎士……』
その場にいる者全てがベールの向こう側にいる女王様にひれ伏しました。
『お前たちの話は聞いている。この吹雪で難儀をしたようだ。氷の女王ベルキスの名において命じ、明日には吹雪を止ませるとしよう。それまでゆっくりしていくといい。……しかし、2、3其の方に聞きたいことがある。よいか?』
なんと威厳に満ちた冷たい声でしょう。感情が感じられず、心まで氷ついてるようです。
『な……なんなりと女王陛下……』
すると女王様は氷の玉座に座り頬杖をつきました。
『何故お前たちは、あの吹雪の中急いでいたのだ?』
『私は商人で、ランドル・ファラン王国へ商品を運ぶ途中で御座います。』
『よろしい。では、その商品は何処に?馬車の中はお前と、そこにいる子供らだけだと聞いているが?』
『はい、私の扱う商品は奴隷で御座います。皆親から売られた子や戦の孤児です。数人は攫ってきました。ベルキス女王陛下……もし、この中に気に入った者がおりましたら、助けて頂いたお礼として差し上げましょう。』
御者のご主人はなんと奴隷商人でした。奴隷商がそういうと、ベルキス陛下は静かに怒りを放ちました。冷気が一層濃くなり、何もかもが凍りついてしまいそうです。
侍従たちは恐ろしさから隠れてしまい、騎士達は身を寄せ合って怯えています。奴隷商人は何故女王様が怒っているのか分からず、ただオロオロするだけです。
ガン!
『お前たち愚かな人間が争い……』
ガン!
『挙句の果てに……生まれた罪無き無垢な子供を……』
ガン!
『奴隷として売るというのか……?』
杖で床を叩きながら奴隷商人に歩み寄ります。
『ひぃ!お、お許し下さい!!』
『愛を知らぬ憐れな人の子よ、お前の罪にふさわしい罰を与えよう。』
ベルキス陛下は杖を輝かせ、ベールを解き放つと奴隷商人に氷の魔法をかけました。たちまちに奴隷商人は凍りついてしまいました。
『愛を知るがいい。お前の事は、お前を愛しても良いと言う侍従にでも与えるとしよう。それまで凍っているがよい。』
そうして、辺りを見ると皆身を寄せ合って寒さに耐えています。
御者とホワイトホーンの騎士は抱きしめ合いってます。
奴隷の子供たちも寒さから男の子と女の子で抱きしめ合っていました。
そうでないと、皆寒さに凍えてしまいそうだからです。
ただ1人を除いて……
『そこの童……。我を前に震えぬのか?』
声を掛けられた男の子は黙ったまま、感情のない目で女王様を見つめています。南の大陸人であるアム人の血を受け継ぐようで、すらりとした手足に黒くしなやかな肌に 、黒い真珠の目、髪は剃られていて型の良い頭には華の刺青がしてありました。
『お前は我を恐れぬのか?』
女王様は驚きました。氷の女王を前にして恐れない者は魔王様とその夫である伝説に語り継がれる勇者様しかいなかったからです。そして、最後にその方々に女王様がお会いしたのは今から遥か昔、1500年以上前の事でした。
一歩一歩、その男の子に近づきます。
男の子が持つ澄み渡るように濁った青い目には女王様の美しいお顔が写っています。
すると、男の子は歌を歌いました。
ひどく美しい穢れを知らない声です。
サンクトゥス……サンクトゥス……サンクトゥス オ ドミナ……
女王様は表情ひとつ眉ひとつ動かさずに男の子の歌を聴いていました。
はたり……
女王様の頬を一粒の涙がつたって床に落ちました。
『これは何だ……我は知らんぞ……』
その時、不思議なことに少しだけ凍えるような冷気が弱くなったのです。
歌が終わると、女王様は男の子に雪の息を優しく吹きかけました。すると、男の子のボロボロの布切れのような服がキラキラと輝き、雪のような真っ白な布に青色の雪の結晶が施された美しいローブに変わりました。
『大臣……我はこの童が気に入った。この童を我の小姓としよう。』
そう言うと女王様は翻って氷の玉座まで歩き、氷の玉座に座るともう一度杖で床を叩きました。魔法のベールが現れます。すると、騎士や侍従の震えが止まりました。
『氷の女王ベルキスの名によって命ずる。……奴隷の童のうち娘はグラキエスに変え侍従にせよ。素質のあるものは騎士にしてもよい。男子は娘らに与えよ。男のうち余りの者はお前たちの中で未婚のものらに与える。……そして騎士よ、お前には御者の処遇を任せる。』
女王様はそう言うと、男の子を連れて玉座の間を後にしました。
さて、お城の侍従達は女王様の言う通りに働いたので奴隷の子供らはで女の子達は皆グラキエスの侍従やホワイトホーンの騎士に生まれ変わり、奴隷の男の子達はその伴侶となりました。奴隷の男の子のうち何人かは余ったので、未婚の侍従や騎士がお婿さんにしました。奴隷商人は『愛とはなんたるかを骨身に教えてやる』と、グラキエスの騎士団長が引き取り、御者はホワイトホーンの騎士のお婿さんになりました。
ある時、女王様が侍従になった女の子に
『小姓となった童の事を何か知らぬか?』
と聞いたところ、
『奴隷商人が話していたのを聞いた事があります。あの男の子は南の大陸から連れてきた奴隷の息子で、歌を歌う為だけの奴隷だということでした。美しい歌声に惚れ込んださる大貴族に買われたので男の子の頭には華の刺青がしてあるのです。』
と答えました。しかし、その他の事は誰も知りませんでした。名前もわかりません。それどころか歌以外で男の子の声を誰も聞いた事がないようでした。仕方がないので女王様は男の子をリートと名付けました。古代ゲルマ語で歌と言う意味です。
女王様は毎日、リートに歌わせ、その澄んだ美しい歌声を聴きました。
ある時は玉座の間で、ある時は執務室で、ある時は氷の礼拝堂で、ある時は女王様の寝室で。
リートのひどく美しい歌声を聴く度に女王様の心は揺れ動きます。こんな事は神話の時代から生きている女王様にも初めての事でした。それが何だか分からないのです。
しかし、リートには感情らしい感情は無く、彼の胸にはまるで氷の様に冷たく凍りついた心があるだけです。
それはリートに出会う前の女王様と同じでした。
リートは奴隷の子としてずっと一人ぼっちで生きてきて、暴力や権力に怯え、誰にも愛されることも無く、誰をも愛した事はなかったのです。自ら心を閉ざし、凍てつかせ、自ら呪いにかけられてしまいました。しかし、ただ歌だけがリートに残ったのです。
歌うということはリートにとって自分が存在できるただ一つの理由になりました。彼自身の命その全てが歌なのです。
そこには誰もいなく、また何も無いのです。
『我はどうしたと言うのだ……リートがいなければ何もする気になれん……いったい、我はこの童をどうしたいのだ……』
女王様はリートの頬に手を触れました。強い氷の魔力を持つ女王様が触れても凍らないのです。リートが現れるまで女王様はずっと一人ぼっちでした。
『大臣よ、いったい我はどうしてしまったのであろうか?』
女王様は大臣のグラキエスに話しました。
『ベルキス陛下……それは、おそらく恋でございます。リートと名付けた少年の事が気になって仕方がないのでございましょう?わたくしめはずいぶん昔に夫を取りましたが、陛下のご様子はその時のわたくしめと同じでございます。』
『では、どうすれば良いのか?』
『なすがままに……。時が事を運んで下さるでしょう。あの少年の心は未だに氷の中。氷を溶かすには、春の訪れをお待ちになるのが一番でございます。ベルキス陛下……どうかそのお心を大切にして下さいまし。』
そう大臣は女王様に言いました。
女王様は大臣の言う事を信じてみる事にしました。
それから時が流れて、異変が起こりました。ある朝のこと、全てを拒絶するような分厚い魔法の氷の中でリートが祈るような姿勢で凍りついていました。
どうやら、女王様と一緒にいたリートが知らず知らずの内に魔力を取り込んで、彼の感情に呼応して暴走をしたようです。
女王様はその様子を見ると、その目に悲しみを写し、リートを憐れみました。
『リートよ……お前は何故苦しんでいるのだ?』
女王様は手をかざし、小さく呪文を唱えると氷に触れました。すると、青い霧が出てきて人の形を作りました。
(……女王様……女王様。何故わたしに触れるのですか?何故わたしに優しくするのですか?わたしはつらいのです。幸福を与えないで下さい。いずれ奪われるのならば……心も感情も……なにもかも要らない!!)
リートの声が痛々しく響き、霞が消えると吹雪が吹き荒れました。皮肉にも女王様と同じ吹雪の魔法です。
『破れん……そうか……お前はそれほどまで他者を拒むのか……それでも……それでもお前の側にいよう。我はお前を好いておるから……』
女王様は、いえ……ベルキス陛下はこの時、この言葉によって自分自身の気持ちを認める事が出来ました。
ベルキス陛下の心の氷を溶かしたのは他ならないリートなのです。
故に、リートを憐れむのです。それは過去のベルキス陛下自身を見ているようでした。
リートの呪いはベルキス陛下以外は近くことすら出来ません。陛下は誰も開けてはならぬ……そうお城の皆に言うと氷の礼拝堂に留まりました。
それから、ただ寄り添い7日7晩が経ちました。
その間ずっとリートに触れて魔力を使い続けたベルキス陛下は疲れて眠くなってしまいました。
♪〜……♪♪……♪〜♪〜
♪〜……♪♪……♪〜♪〜
♪〜……♪♪……♪♪♪♪……♪〜♪〜♪〜……
ベルキス陛下はいつもリートが寝るときに歌ってくれていた歌を口ずさみました。
それは歌詞の無い、美しい旋律だけの歌です。
♪〜……♪♪……♪〜♪〜
♪〜……♪♪……♪〜♪〜
♪〜……♪♪……♪♪♪♪……♪〜♪〜♪〜……
魔力が枯れかけたベルキス陛下は魔法の吹雪に耐えられなくなってきました。既に足は氷初め、リートの魔法に取り込まれつつあります。
(なぜ、その歌を歌うのですか?)
『酷く眠いのだ……お前と共に……100年ほど……眠る……のも……悪くは……無い……。リート……眠る……前に……歌っておくれ……』
そう言うと青い霧が出て、リートの幻を作りました。
♪〜……♪♪……♪〜♪〜
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♪〜……♪♪……♪♪♪♪……♪〜♪〜♪〜……
はたり……
♪〜……♪♪……♪〜♪〜
♪〜……♪♪……♪〜♪〜
♪〜……♪♪……♪♪♪♪……♪〜♪〜♪〜……
はたり……
リートの幻は涙を流しました。それは氷の粒になって落ちていきます。ベルキス陛下はみるみるうちに凍りつき、とうとう氷に呑み込まれてしまいました。
『リート……男は……そう……泣くものでは……ないぞ……』
ちゅっ…………
氷に取り込まれた瞬間、ベルキス陛下は力を振り絞りリートへ口付けをしました。
すると吹雪が止み、氷にヒビが入ると、粉々に砕けてしまいました。呪いが解けたのです。
氷の中から出てきたリートはベルキス陛下に駆け寄りました。
『女王様……女王様……』
『ようやく……お前の声が聞けた……自ら……かけられた呪いが……ようやく……解けたのだな……』
ベルキス陛下はリートを優しく抱きしめました。リートの濁っていた黒い目は綺麗に澄んでいます。
『女王様……女王様……』
囈言のようにベルキス陛下を呼ぶ声は震えていました。自らかけられた氷の呪いが解かれたために、弱っているとはいえ氷の女王の魔力をその身に受け、寒さに震えていました。
『リートや……寒いのか……?……我もだ……お前に……あたためて……ほしい……』
ちゅ……ん……
リートはベルキス陛下に口付けをしました。深い深い蕩けるような口付けです。冷たいベルキス陛下の魔力とは対照的に暖かく、熱を持っていました。
『寒い……寒いよぉ……女王様ぁ……』
リートは凍えそうな心と体を癒すべく、何かを求めるように自分を抱いているベルキス陛下にすがりました。ベルキス陛下は震えているリートをなだめるよう抱きしめました。リートの澄んだ目からは綺麗な一筋の涙が。そして、凍えそうな彼とベルキス陛下の身体にただ1つ熱を帯びる場所が。
ベルキス陛下は優しく微笑んでいます。
2人は性を知りません。ですが、どうするべきか理解しています。
ベルキス陛下は氷の魔法で出来たドレスとリートに与えたローブを消しました。透き通るような青い肌のベルキス陛下と黒い肌を持つムア人のリート。産まれたままの2人は姿はまるで寄り添う光と陰のようです。
『リート……お前の……好きに……して良い……』
リートは本能のままにベルキス陛下の洞窟を探り当て、自らの一部をそこに入れました。
『『ーーーっ❤❤』』
ゆっくりと、肉を掻き分けると人の吐息がほのかに熱を帯びていきます。繋がっているところから純潔を散らした赤い証が見えます。けれども痛みは無く、ベルキス陛下は嬉しそうに眉を細めています。
ぎゅっ……
リートの分身が全てベルキス陛下の中に入りました。2人はきつく抱き締め合って身動き1つしません。いえ、出来ないのです。快楽によって溺れてしまっています。
『じょうおうさまぁ……じょうおうさまぁ……』
どこまでも優しい、お互いを想い合う交わりにリートは顔を蕩けさせて、ベルキス陛下を熱に魘されたように呟くだけです。たゆんと柔らかい胸の間から蕩けた顔を覗かせるリートが可愛くて仕方がないベルキス陛下。キスをしようとしましたが、身長に差があるために叶いません。そこで、リートの額に祝福のキスを雪の様に降らせました。
びくん……びくん……
キスを受ける度にリートは可愛らしく震えます。ぬるま湯のような快楽で2人はどこまでも蕩けていきます。
『さぁ……そのまま果ててしまえ……』
ベルキス陛下がリートの耳元で囁きました。それで十分でした。
『あっ……あ……あぁーーー❤❤❤』
心臓の鼓動に合わせた長い長い吐精。ベルキス陛下はリートの全てをその身を小刻みに震わせながら受け止めました。甘くて、暖かくて、優しい力が溢れてくるようです。
『じょうおうさまぁ……じょうおうさまぁ……』
『リートや……ベルキスと呼んでおくれ……』
『ベル……キスさまぁ……ベルキス……さまぁ……すぅ……すぅ……』
『リートや……おやすみなさいな。もうお前を悲しませたりはしない。お前は永遠に我のものだ……』
ベルキス陛下はもう一度リートの額に祝福を施すとリートの小さな身体を抱き上げ、氷の礼拝堂を後にしました。
それから……
氷の城の謁見の間には玉座が2つ並んでいます。
『リートよ。他者の痛みや悲しみを誰よりも知るお前なら、誰よりも優しい王になる事であろう……』
そういう事でリートとベルキス陛下は結婚をして、リートは王様になりました。誰よりも優しい立派な王様です。
常冬山にある氷の国では雪が絶える事はありません。しかし身を切るような寒さも何処か暖かく、どこまでも白く美しい景色が広がっているのです。
リートとベルキス陛下は良く治め、氷の国は栄え続けています。ずっとずっと、永遠に優しい王様と女王様に見守られています。
『おかみさん、おかみさん、閂をお掛けなさい。北風に子供が攫われないように。今年の冬は特に厳しいですから。』
粉雪が吹き荒ぶ中を若い男が家々に声をかけて回っています。
『冬の王様と女王様の歌を聴いたら、道をお開けなさい。優しい王様と女王様が凍えた者を連れて行ってしまうから。』
ほら、耳を澄ませば詩のない歌が聞こえてくるでしょう?
それはきっと、冬の王様の歌声かもしれません。
おわり
むかしむかしのお話です。
『おかみさん、おかみさん、閂をお掛けなさい。北風に子供が攫われないように。今年の冬は特に厳しいですから。』
粉雪が吹き荒ぶ中を男衆が家々に声をかけて回っています。
冬はとても厳しいのです。特に、西の大陸北部の冬は身も心も凍る様な寒さなのです。
それより少し前の事
雪が降り積もる山道を大きな馬車が走っています。冬の山道を急いでいました。
雪が荒れ、視界が悪くなっても馬車は止まる事は出来ません。なぜらなら、古くからの言い伝えによると、この山々や麓の森は氷の女王が治めている領地だからです。
夏になっても雪が溶けないことから、常冬の山と呼ばれていました。
この山で氷の女王に合うと氷の人形に変えられて、女王が住まう城に飾られると言われているのです。
そうして、馬車は走り続け、やがて道に迷ってしまいました。
すると、御者の耳にシャンシャンと鈴の音が聞こえてきます。そしてその音はすぐ近くで止まりました。
『そこの馬車!こんな雪の酷い日にどうしたのですか?』
雪で良く見えませんが、御者に話しかける声が聞こえます。影から角飾りのカブトを被っているようで、勇ましい女の声です。
『女騎士様とお見受けします。この雪で道に迷ってしまいました。途方に暮れているところです。』
御者は風の音に負けないように大きな声でそう言いました。
『ならば、安全な場所に案内しよう。視界が悪い。なので、私の鈴の音を頼りに来なさい。』
御者は馬車に乗っているご主人にそのことを伝えると、ご主人の許可が降りたので馬手綱を握って女騎士の鈴の音を頼りに馬車を進めました。
しばらく走ると、大きな大きなお城に着きました。不思議な事に、お城の周りは吹雪が穏やかなのです。
視界が良くなったのか周りが見えて来ました。そこは青くて美しくも冷たく、まるで氷で出来ているようです。
『……女騎士様……ここはまるで、氷の女王が住まう氷の城のようですね……』
そう御者が呟くと、前を行く女騎士がこちらに振り向きました。
『そう。ここは女王様が住まう氷の城だ。』
女騎士は半人半馬、毛深いトナカイの様な下半身に美しい女性の上半身をもつホワイトホーンという魔物娘でした。
『どうしたのだ?』
『いえ、何も……』
御者は恐怖で気が気ではありません。言い伝えでは、氷の城に入った者は氷の人形にされてしまうからです。
ご主人にその事を伝えると彼は、『今は従い、隙を見て逃げよう。』と御者に言いました。
御者はご主人の言う通りにしました。
そうしてホワイトホーンの騎士に、馬車から降りて謁見の間に来る様にと言われたので、そのようにしました。
絹服のガウンを付けたご主人と一緒に大きな馬車から降りて来たのは皆子供ばかりで、綺麗な服をつけていましたが、皆目は暗く沈んでいます。
騎士殿に案内されて歩き見る氷の城の中はとても美しく、光り輝いていました。まるで夢の中のようです。
謁見の間には、綺麗な青い絨毯の先には玉座があります。玉座の前には青く透き通るようなベールがかかっていました。
『このベールが女王様の魔力を抑えてくれます。ベールが無ければ身も心も凍りついてしまうでしょう。』
そう騎士殿は話しました。
近衛兵のホワイトホーンや侍従のグラキエス達が忙しなく動いていました。皆、魔法で出来たマントやガウンを上から羽織っています。女王様の力で凍ってしまわないようにするためです。
パパーン!パパパパッパラッパパパパーーン!!
『女王様のおなーーりーーー!!』
トランペットが高らかに鳴り響くと、急に辺りが薄暗くなりました。魔法のベールの向こう側に出て来たのは世にも美しい氷の女王様です。カツン……カツン……と杖をつく音が近づくたびに冷気が溢れているようです。近衛も侍従も御者もご主人もみんな震えています。
カーン!!
氷の玉座の前で立ち止まり、杖をひとつ突くといっそう凍てつくような空気になりました。
『我、氷の女王。名はベルキス……古きゲアラハの冬王、常冬の山の領主、冬の森の覇者、雪原の主、アイスブルグ城 城主にして魔王軍白雪騎士団最高位騎士……』
その場にいる者全てがベールの向こう側にいる女王様にひれ伏しました。
『お前たちの話は聞いている。この吹雪で難儀をしたようだ。氷の女王ベルキスの名において命じ、明日には吹雪を止ませるとしよう。それまでゆっくりしていくといい。……しかし、2、3其の方に聞きたいことがある。よいか?』
なんと威厳に満ちた冷たい声でしょう。感情が感じられず、心まで氷ついてるようです。
『な……なんなりと女王陛下……』
すると女王様は氷の玉座に座り頬杖をつきました。
『何故お前たちは、あの吹雪の中急いでいたのだ?』
『私は商人で、ランドル・ファラン王国へ商品を運ぶ途中で御座います。』
『よろしい。では、その商品は何処に?馬車の中はお前と、そこにいる子供らだけだと聞いているが?』
『はい、私の扱う商品は奴隷で御座います。皆親から売られた子や戦の孤児です。数人は攫ってきました。ベルキス女王陛下……もし、この中に気に入った者がおりましたら、助けて頂いたお礼として差し上げましょう。』
御者のご主人はなんと奴隷商人でした。奴隷商がそういうと、ベルキス陛下は静かに怒りを放ちました。冷気が一層濃くなり、何もかもが凍りついてしまいそうです。
侍従たちは恐ろしさから隠れてしまい、騎士達は身を寄せ合って怯えています。奴隷商人は何故女王様が怒っているのか分からず、ただオロオロするだけです。
ガン!
『お前たち愚かな人間が争い……』
ガン!
『挙句の果てに……生まれた罪無き無垢な子供を……』
ガン!
『奴隷として売るというのか……?』
杖で床を叩きながら奴隷商人に歩み寄ります。
『ひぃ!お、お許し下さい!!』
『愛を知らぬ憐れな人の子よ、お前の罪にふさわしい罰を与えよう。』
ベルキス陛下は杖を輝かせ、ベールを解き放つと奴隷商人に氷の魔法をかけました。たちまちに奴隷商人は凍りついてしまいました。
『愛を知るがいい。お前の事は、お前を愛しても良いと言う侍従にでも与えるとしよう。それまで凍っているがよい。』
そうして、辺りを見ると皆身を寄せ合って寒さに耐えています。
御者とホワイトホーンの騎士は抱きしめ合いってます。
奴隷の子供たちも寒さから男の子と女の子で抱きしめ合っていました。
そうでないと、皆寒さに凍えてしまいそうだからです。
ただ1人を除いて……
『そこの童……。我を前に震えぬのか?』
声を掛けられた男の子は黙ったまま、感情のない目で女王様を見つめています。南の大陸人であるアム人の血を受け継ぐようで、すらりとした手足に黒くしなやかな肌に 、黒い真珠の目、髪は剃られていて型の良い頭には華の刺青がしてありました。
『お前は我を恐れぬのか?』
女王様は驚きました。氷の女王を前にして恐れない者は魔王様とその夫である伝説に語り継がれる勇者様しかいなかったからです。そして、最後にその方々に女王様がお会いしたのは今から遥か昔、1500年以上前の事でした。
一歩一歩、その男の子に近づきます。
男の子が持つ澄み渡るように濁った青い目には女王様の美しいお顔が写っています。
すると、男の子は歌を歌いました。
ひどく美しい穢れを知らない声です。
サンクトゥス……サンクトゥス……サンクトゥス オ ドミナ……
女王様は表情ひとつ眉ひとつ動かさずに男の子の歌を聴いていました。
はたり……
女王様の頬を一粒の涙がつたって床に落ちました。
『これは何だ……我は知らんぞ……』
その時、不思議なことに少しだけ凍えるような冷気が弱くなったのです。
歌が終わると、女王様は男の子に雪の息を優しく吹きかけました。すると、男の子のボロボロの布切れのような服がキラキラと輝き、雪のような真っ白な布に青色の雪の結晶が施された美しいローブに変わりました。
『大臣……我はこの童が気に入った。この童を我の小姓としよう。』
そう言うと女王様は翻って氷の玉座まで歩き、氷の玉座に座るともう一度杖で床を叩きました。魔法のベールが現れます。すると、騎士や侍従の震えが止まりました。
『氷の女王ベルキスの名によって命ずる。……奴隷の童のうち娘はグラキエスに変え侍従にせよ。素質のあるものは騎士にしてもよい。男子は娘らに与えよ。男のうち余りの者はお前たちの中で未婚のものらに与える。……そして騎士よ、お前には御者の処遇を任せる。』
女王様はそう言うと、男の子を連れて玉座の間を後にしました。
さて、お城の侍従達は女王様の言う通りに働いたので奴隷の子供らはで女の子達は皆グラキエスの侍従やホワイトホーンの騎士に生まれ変わり、奴隷の男の子達はその伴侶となりました。奴隷の男の子のうち何人かは余ったので、未婚の侍従や騎士がお婿さんにしました。奴隷商人は『愛とはなんたるかを骨身に教えてやる』と、グラキエスの騎士団長が引き取り、御者はホワイトホーンの騎士のお婿さんになりました。
ある時、女王様が侍従になった女の子に
『小姓となった童の事を何か知らぬか?』
と聞いたところ、
『奴隷商人が話していたのを聞いた事があります。あの男の子は南の大陸から連れてきた奴隷の息子で、歌を歌う為だけの奴隷だということでした。美しい歌声に惚れ込んださる大貴族に買われたので男の子の頭には華の刺青がしてあるのです。』
と答えました。しかし、その他の事は誰も知りませんでした。名前もわかりません。それどころか歌以外で男の子の声を誰も聞いた事がないようでした。仕方がないので女王様は男の子をリートと名付けました。古代ゲルマ語で歌と言う意味です。
女王様は毎日、リートに歌わせ、その澄んだ美しい歌声を聴きました。
ある時は玉座の間で、ある時は執務室で、ある時は氷の礼拝堂で、ある時は女王様の寝室で。
リートのひどく美しい歌声を聴く度に女王様の心は揺れ動きます。こんな事は神話の時代から生きている女王様にも初めての事でした。それが何だか分からないのです。
しかし、リートには感情らしい感情は無く、彼の胸にはまるで氷の様に冷たく凍りついた心があるだけです。
それはリートに出会う前の女王様と同じでした。
リートは奴隷の子としてずっと一人ぼっちで生きてきて、暴力や権力に怯え、誰にも愛されることも無く、誰をも愛した事はなかったのです。自ら心を閉ざし、凍てつかせ、自ら呪いにかけられてしまいました。しかし、ただ歌だけがリートに残ったのです。
歌うということはリートにとって自分が存在できるただ一つの理由になりました。彼自身の命その全てが歌なのです。
そこには誰もいなく、また何も無いのです。
『我はどうしたと言うのだ……リートがいなければ何もする気になれん……いったい、我はこの童をどうしたいのだ……』
女王様はリートの頬に手を触れました。強い氷の魔力を持つ女王様が触れても凍らないのです。リートが現れるまで女王様はずっと一人ぼっちでした。
『大臣よ、いったい我はどうしてしまったのであろうか?』
女王様は大臣のグラキエスに話しました。
『ベルキス陛下……それは、おそらく恋でございます。リートと名付けた少年の事が気になって仕方がないのでございましょう?わたくしめはずいぶん昔に夫を取りましたが、陛下のご様子はその時のわたくしめと同じでございます。』
『では、どうすれば良いのか?』
『なすがままに……。時が事を運んで下さるでしょう。あの少年の心は未だに氷の中。氷を溶かすには、春の訪れをお待ちになるのが一番でございます。ベルキス陛下……どうかそのお心を大切にして下さいまし。』
そう大臣は女王様に言いました。
女王様は大臣の言う事を信じてみる事にしました。
それから時が流れて、異変が起こりました。ある朝のこと、全てを拒絶するような分厚い魔法の氷の中でリートが祈るような姿勢で凍りついていました。
どうやら、女王様と一緒にいたリートが知らず知らずの内に魔力を取り込んで、彼の感情に呼応して暴走をしたようです。
女王様はその様子を見ると、その目に悲しみを写し、リートを憐れみました。
『リートよ……お前は何故苦しんでいるのだ?』
女王様は手をかざし、小さく呪文を唱えると氷に触れました。すると、青い霧が出てきて人の形を作りました。
(……女王様……女王様。何故わたしに触れるのですか?何故わたしに優しくするのですか?わたしはつらいのです。幸福を与えないで下さい。いずれ奪われるのならば……心も感情も……なにもかも要らない!!)
リートの声が痛々しく響き、霞が消えると吹雪が吹き荒れました。皮肉にも女王様と同じ吹雪の魔法です。
『破れん……そうか……お前はそれほどまで他者を拒むのか……それでも……それでもお前の側にいよう。我はお前を好いておるから……』
女王様は、いえ……ベルキス陛下はこの時、この言葉によって自分自身の気持ちを認める事が出来ました。
ベルキス陛下の心の氷を溶かしたのは他ならないリートなのです。
故に、リートを憐れむのです。それは過去のベルキス陛下自身を見ているようでした。
リートの呪いはベルキス陛下以外は近くことすら出来ません。陛下は誰も開けてはならぬ……そうお城の皆に言うと氷の礼拝堂に留まりました。
それから、ただ寄り添い7日7晩が経ちました。
その間ずっとリートに触れて魔力を使い続けたベルキス陛下は疲れて眠くなってしまいました。
♪〜……♪♪……♪〜♪〜
♪〜……♪♪……♪〜♪〜
♪〜……♪♪……♪♪♪♪……♪〜♪〜♪〜……
ベルキス陛下はいつもリートが寝るときに歌ってくれていた歌を口ずさみました。
それは歌詞の無い、美しい旋律だけの歌です。
♪〜……♪♪……♪〜♪〜
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♪〜……♪♪……♪♪♪♪……♪〜♪〜♪〜……
魔力が枯れかけたベルキス陛下は魔法の吹雪に耐えられなくなってきました。既に足は氷初め、リートの魔法に取り込まれつつあります。
(なぜ、その歌を歌うのですか?)
『酷く眠いのだ……お前と共に……100年ほど……眠る……のも……悪くは……無い……。リート……眠る……前に……歌っておくれ……』
そう言うと青い霧が出て、リートの幻を作りました。
♪〜……♪♪……♪〜♪〜
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♪〜……♪♪……♪♪♪♪……♪〜♪〜♪〜……
はたり……
♪〜……♪♪……♪〜♪〜
♪〜……♪♪……♪〜♪〜
♪〜……♪♪……♪♪♪♪……♪〜♪〜♪〜……
はたり……
リートの幻は涙を流しました。それは氷の粒になって落ちていきます。ベルキス陛下はみるみるうちに凍りつき、とうとう氷に呑み込まれてしまいました。
『リート……男は……そう……泣くものでは……ないぞ……』
ちゅっ…………
氷に取り込まれた瞬間、ベルキス陛下は力を振り絞りリートへ口付けをしました。
すると吹雪が止み、氷にヒビが入ると、粉々に砕けてしまいました。呪いが解けたのです。
氷の中から出てきたリートはベルキス陛下に駆け寄りました。
『女王様……女王様……』
『ようやく……お前の声が聞けた……自ら……かけられた呪いが……ようやく……解けたのだな……』
ベルキス陛下はリートを優しく抱きしめました。リートの濁っていた黒い目は綺麗に澄んでいます。
『女王様……女王様……』
囈言のようにベルキス陛下を呼ぶ声は震えていました。自らかけられた氷の呪いが解かれたために、弱っているとはいえ氷の女王の魔力をその身に受け、寒さに震えていました。
『リートや……寒いのか……?……我もだ……お前に……あたためて……ほしい……』
ちゅ……ん……
リートはベルキス陛下に口付けをしました。深い深い蕩けるような口付けです。冷たいベルキス陛下の魔力とは対照的に暖かく、熱を持っていました。
『寒い……寒いよぉ……女王様ぁ……』
リートは凍えそうな心と体を癒すべく、何かを求めるように自分を抱いているベルキス陛下にすがりました。ベルキス陛下は震えているリートをなだめるよう抱きしめました。リートの澄んだ目からは綺麗な一筋の涙が。そして、凍えそうな彼とベルキス陛下の身体にただ1つ熱を帯びる場所が。
ベルキス陛下は優しく微笑んでいます。
2人は性を知りません。ですが、どうするべきか理解しています。
ベルキス陛下は氷の魔法で出来たドレスとリートに与えたローブを消しました。透き通るような青い肌のベルキス陛下と黒い肌を持つムア人のリート。産まれたままの2人は姿はまるで寄り添う光と陰のようです。
『リート……お前の……好きに……して良い……』
リートは本能のままにベルキス陛下の洞窟を探り当て、自らの一部をそこに入れました。
『『ーーーっ❤❤』』
ゆっくりと、肉を掻き分けると人の吐息がほのかに熱を帯びていきます。繋がっているところから純潔を散らした赤い証が見えます。けれども痛みは無く、ベルキス陛下は嬉しそうに眉を細めています。
ぎゅっ……
リートの分身が全てベルキス陛下の中に入りました。2人はきつく抱き締め合って身動き1つしません。いえ、出来ないのです。快楽によって溺れてしまっています。
『じょうおうさまぁ……じょうおうさまぁ……』
どこまでも優しい、お互いを想い合う交わりにリートは顔を蕩けさせて、ベルキス陛下を熱に魘されたように呟くだけです。たゆんと柔らかい胸の間から蕩けた顔を覗かせるリートが可愛くて仕方がないベルキス陛下。キスをしようとしましたが、身長に差があるために叶いません。そこで、リートの額に祝福のキスを雪の様に降らせました。
びくん……びくん……
キスを受ける度にリートは可愛らしく震えます。ぬるま湯のような快楽で2人はどこまでも蕩けていきます。
『さぁ……そのまま果ててしまえ……』
ベルキス陛下がリートの耳元で囁きました。それで十分でした。
『あっ……あ……あぁーーー❤❤❤』
心臓の鼓動に合わせた長い長い吐精。ベルキス陛下はリートの全てをその身を小刻みに震わせながら受け止めました。甘くて、暖かくて、優しい力が溢れてくるようです。
『じょうおうさまぁ……じょうおうさまぁ……』
『リートや……ベルキスと呼んでおくれ……』
『ベル……キスさまぁ……ベルキス……さまぁ……すぅ……すぅ……』
『リートや……おやすみなさいな。もうお前を悲しませたりはしない。お前は永遠に我のものだ……』
ベルキス陛下はもう一度リートの額に祝福を施すとリートの小さな身体を抱き上げ、氷の礼拝堂を後にしました。
それから……
氷の城の謁見の間には玉座が2つ並んでいます。
『リートよ。他者の痛みや悲しみを誰よりも知るお前なら、誰よりも優しい王になる事であろう……』
そういう事でリートとベルキス陛下は結婚をして、リートは王様になりました。誰よりも優しい立派な王様です。
常冬山にある氷の国では雪が絶える事はありません。しかし身を切るような寒さも何処か暖かく、どこまでも白く美しい景色が広がっているのです。
リートとベルキス陛下は良く治め、氷の国は栄え続けています。ずっとずっと、永遠に優しい王様と女王様に見守られています。
『おかみさん、おかみさん、閂をお掛けなさい。北風に子供が攫われないように。今年の冬は特に厳しいですから。』
粉雪が吹き荒ぶ中を若い男が家々に声をかけて回っています。
『冬の王様と女王様の歌を聴いたら、道をお開けなさい。優しい王様と女王様が凍えた者を連れて行ってしまうから。』
ほら、耳を澄ませば詩のない歌が聞こえてくるでしょう?
それはきっと、冬の王様の歌声かもしれません。
おわり
18/02/20 04:11更新 / francois