エミリアの夢
エミリアの夢
ここはどこ?
その時、まばゆいばかりの暖かい光がわたしを包んだの。
誰かがわたしを見ている……
若い男の人…何故だかこの方をわたしは知っている……
丸眼鏡のレンズ越しに見える緑色の優しい瞳……
少し痩せた無精髭の頬……
ゴツゴツとした働き者の手……
すると彼はわたしを見て嬉しそうに微笑んだ
『……綺麗だよ……エミリア……。』
そうか、わたしは……わたしは……
エミリア……
マスターに作ってもらったお人形……
わたしを作ってくれたマスターはハリー・シュミットという若い人形職人さん。彼はツェーリという国の、国と同じ名前の街で代々続く人形職人の家に生まれた。
人形職人としてのマスターの腕は 奇跡の指 と言われるほどだという。みんなマスターのことをマエストロと呼ぶわ。
わたしはそんなマスターのアトリエ兼、自宅のドールショップにいるの。
ショーケースのガラスに映る飾りのない白いワンピースを身につけ、1人掛けの安楽椅子に腰掛けた少女がどうやらわたしらしい。人形としては大きくて人間の少女と同じくらいの大き、亜麻色の髪、グリーンの瞳、白いドレス…一見すると、人間の少女のようだけど手首や指から見える球体関節がわたしを人形であるとつげている。
わたしは意識はあるけど動けないので、いつも目の前に広がる小さな世界を眺めているの。マスターはお客様の相手をしていない時、わたしの横で作業をしている。
決まった時間にくる新聞屋さん
忙しそうに駆け回るパン屋のおじさん
時々通る馬車や蒸気で動く車
すると、
ドールショップのドアがチリンと音を立てて、父親に手を引かれた女の子がおもちゃの王国へと迷い込んだような顔であたりを見渡している。
『……いらっしゃい……』
とマスターがお人形用のお洋服を仕立てながらぶっきらぼうに挨拶をする。女の子は少しびっくりするけど、すぐに興味はお人形さん達に戻っていく。
すると、その女の子はわたしを覗き込むと父親にこの子がほしいとせがんだ。
『ごめんよ……それは売り物じゃないんだ……』
と、マスターがぶっきらぼうに呟いた。女の子は残念そうに首をしゅんと項垂れる。
マスターは一度もわたしを手放そうとしないの。どんなに偉い人に頼まれても、目の前に黄金や宝石が積まれても……
とても大事にしてくれてるよう。何でしょうか?これが嬉しい……という気持ちでしょうか?
そうして、暫くドールショップの中を父親と女の子が見て回ると、ひとつの人形の前で立ち止まった。
『パパ!……この子が良い!!』
女の子の指先には薄桃色のドレスを着た可愛らしい人形があった。女の子よりも少し小さいくらいの大きさで、その子もまるで生きているような、今にも動き出しそうな、そんな感じがする……
『では、これをください。』
と、女の子の父親がマスターに語りかけると、マスターは手際よくお人形を専用のケースに入れて少女に手渡した。
『大きいから……気をつけて。』
『ねぇ、おじ様?この子の名前はなぁに?』
『……まだ無いんだ……その子ためにキミがつけてあげるといい。それがキミがお友達に送る最初のプレゼントだよ……』
『あの子には名前ある?』
と、女の子はわたしを見た。
『あぁ、エミリアと言うんだ。』
『その子、おじ様の大切なお友達なの?』
『そうだよ。』
『じゃあ、たまに会いに来ていい?』
『あぁ……きっとエミリアも喜ぶよ。……その子を大切にするんだよ?』
『うん!』
そうすると父親と女の子は一緒にドールショップを出ていった。
お客様がいない時は本当に静かで、時間がゆっくりと流れるままに過ぎていく。マスターが操るハサミやミシンや、時を告げる時計の針の音だけの静かな世界の片隅でわたしは見守り続けるの。
そうして、わたしの見ている世界が朱色に染まった頃、今日も決まった時間にマスターはドールショップを閉める。
そしてお店を閉め終わると、わたしを抱き上げて地下のアトリエに行くの。
マスターに抱き上げられてるとき、心がすごく暖かくて、ずっとこのままで居たいと思ってしまいます。何でしょうか?……この気持ちが幸せというのでしょうか?……えぇ、きっとそうに違いありません……
地下のアトリエに入るとそこにも私専用の椅子があって、マスターは優しくそこに私を座らせてくれるの。
小さなアトリエの中でマスターは新しいお人形のお顔や体や関節などの部品を作っているの。わたしは全ての人形がマスターの並々ならぬ情熱を注がれて作られているのを知っている。全てが一つ一つ手仕事で、丁寧に丁寧に作られていくその様子は本当に奇跡のようだわ。
合間に簡単に食べ物を摘んで、作業が終わればシャワーで汗を流して、その後に私を抱き上げて二階の寝室に行くの。
マスターはわたしを専用の椅子に座らせて今度はわたしのお手入れをする。細かな球体関節の汚れを丁寧に取り除いて、ビスクの肌をみがき、髪に櫛を入れて、いい香りがする香油をつけてくれる。今日はグランベル王国の薔薇かしら?とっても気持ちがいいの……
わたしのお手入れが終わるとマスターはベッドに入る。
『おやすみ……エミリア……』
と、マスターは声をかけてくれる。わたしも心の中で (おやすみなさい。マスター……)とつぶやく。
マスターが眠る時、わたしは酷く眠たくなるの……。意識だけの存在なのにおかしいね。
わたしの身体はどんなに精巧に作られていても、人間と同じように見えても、陶器で出来ている。この目だってガラスで出来ているの。眠る必要はないのだけれど、意識は微睡みの中に沈んでいく。
そしてわたしは夢を見る。
何時も同じ夢を……
何度も……何度も……
夢の中のわたしは人間の女の子でどこだか知らない、だけれども懐かしい森の中で小さな男の子と遊ぶ夢を見るの。
その男の子は誰だか知らない。でも良く知ってる大切な人だと思う。顔は霞みがかって良く見えないの。
そこで、夢の場面は変わってわたしはベッドで寝ていて、わたしの手を握った男の子が泣いていて、その子に向かって
『ごめんね……』
と小さく呟くの
何故だかわからないけど、きっときっと、それは、とてもとても、悲しいお別れで、夢は何時もそこで終わってしまうの。
意識が戻った時、わたしの心は酷くざわめいている。これが怖いとか、寂しいとか、悲しいという気持ちでしょうか?今すぐにマスターに触れて欲しくて、抱きとめて欲しくて……何よりマスターが恋しいのです。
そういった時、私はマスターが目覚めるまで、次の朝が来るまで静かに待っています。
そして、朝が来てまた1日がはじまるの。来る日も来る日もまるで円舞曲のように月日が流れて行きました。わたしはお人形として幸せで幸せで……でも、もっとマスターに愛されたくて、愛したくて……動けない人形じゃなくてマスターと同じ人間だったらなと思ってしまうの。
月日が経つたびに、わたしの中の醜い欲望が強くなっていくような……そんな気がするの。
それから歌のように月日は流れて、冬の降臨祭の差し迫ったある日のこと……
チリン……
『いらっしゃい……』
マスターがぶっきらぼうに挨拶をした先にはいつだったかドールショップに来た女の子がいた。あの時に買ったお人形を抱いて。
『こんにちは、おじ様!』
『お嬢さんはあのときの……お父様はどこだい……?』
『覚えててくれたの?……パパは後から来るって!』
『あぁ……その娘を抱いているから……すぐわかったさ。』
すると、女の子はとても嬉しそうな顔をした。マスターは女の子の人形を見るとぎこちなく笑って
『……大事にしてもらって、その娘も幸せそうだ……名前はつけたのかい……?』
そう言った。
『うん! モニカって言うの!』
『……そうか……大切なお友達なんだね……』
『うん!……ねぇおじさま?エミリアちゃんに会ってもいい?』
『……もちろん。』
『やった!!』
女の子はこっちに来ると、座っているわたしに話しかけてくれた。
『こんにちは!エミリアちゃん!』
すると、女の子の茶色の目がみるみるうちに赤く染まると女の子の雰囲気がガラリと変わった。
『人払いの魔法と防音の魔法をかけたよ。えへへ!これで、内緒話出来るね!』
(え……?)
『ごめんなさい、エミリアお姉様。驚かせてしまいましたね。』
すると、女の子が抱いているお人形がピョン……と女の子の腕から飛び降りるとレディらしくスカートのドレープを摘み、優雅に一礼したの。わたしはもう、何がなんだか……
『お久しぶりですわ。ご機嫌よう。エミリアお姉様。わたくしはモニカ。』
『ミシェルはミシェル!!』
『あら、はしたなくてよ?ミシェルさん。レディはもっとお淑やかにエレガンテを大切になさいな。』
『はーい。よろしくお願いしますわ!エミリアちゃん!』
『……ちょっとぎこちないですが、よろしいですわ。改めて、御機嫌ようエミリアお姉様。』
(え、ええ……!!?わたし……お話し出来て……)
『ますわよ。お姉様。』
『ますわよー!魔法を使ったお話しなの!』
混乱するわたしを他所に楽しそうに2人はお話しをしている。
(……信じられないわ。でも、モニカ……さん……)
『モニカでよろしくてよ?エミリアお姉様。』
(ええ……モニカ……)
『はい♪お姉様♪』
『おねーさま!』
(えっと……なんで、モニカは動けるようになったの?)
『はい。わたくしにも元々、ただのお人形の頃から意識がありましたの。……と言うよりは、わたくし達のお父さま、マエストロ・シュミット氏が作る全てのお人形には魂が宿っていますの。あの子にも……その子にも……。わたくしはミシェルのおかげで魔物娘リビングドールとなる事が出来ましたので、こうして動く事も、歩く事も……殿方を愛する事も出来るように。ほら……』
モニカはわたしの手に触れてくれた。とても……
(温かい……)
『関節は球体のままですけど、人間と同じ様になっておりますのよ?』
『ミシェルとも遊んでくれるの!』
『ふふふ……とても楽しくて……心地の良い……遊びですのよ?』
ちゅ……
ミシェルとモニカが口付けでしょうか?……それをしたその時、わたしの中の何かドロドロしたものが音を立てて動いたの……
2人のその姿は綺麗で……とても尊いものに思えたの。
『お姉様……わたくしは今とても幸せですの。ミシェルさんがいて、リートベルク伯がいて……』
『ミシェルのパパだよー♪ミシェルもパパもモニカも幸せ♪♪』
(そう……良かったわミシェルちゃん、モニカ)
『ええ……ありがとうお姉様。……全てはマエストロ・シュミット氏がわたくしを作って下さったおかげですの……ですから、マエストロに幸せになって欲しいのです。……ですが、残念な事にわたくしにも、ここにいるお人形にもマエストロを幸せにすることはできません。』
(それは……どういうこと?)
『お人形には作り手の思いが宿りますの。マエストロに作って頂いた時に、手にした方々への幸せを祈るマエストロのお気持ちと一緒に彼の記憶に触れましたの。そこには、エミリアお姉様にそっくりな女の子が出て来ましたの。……その女の子が誰なのかは、わたくしにはわかりません。でも、きっと大切な人だと思うのです。』
『はーい!だからミシェル達が来たんだよ!ミシェルはモニカからマエストロのおじ様のお話しを聞いたの!それでね!ミシェルわかったんだ!おじ様を幸せに出来るのはエミリアちゃんしかいない!……って思ったの!』
『エミリアお姉様は、マエストロのことをどう思ってますの?』
ズイッ……とモニカが身を乗り出してきた。ち、近いわ。
(……わたしは……マスターのことを……その……えっと……)
『はっきりして下さいまし!』
『ましー!』
(あ、愛してます!!)
ボッ!っと身体が火のように熱くなるようなそんな感じが全身を駆け巡ったの。
『よろしいですわ♪……お姉様。お姉様はマエストロにもっと愛されたくて?』
モニカがわたしに抱きつき、耳元で囁く様に質問を投げかけて来た。彼女の声を聞くたびにねっとりと……ドロドロと……わたしの中の何かが騒めいた。
(うん……)
『マエストロを愛せる自由な身体が欲しくて?』
(うん……)
『マエストロと一緒に幸福になりたくて?』
(うん……)
『決まりだね♪』
『ええ、決まりですわね♪』
するとミシェルの姿が黒い霧と共に変わり出した。頭からは小さい角が生え、ドレスの形が変わったの。
『『ミシェル わたくし 達が祝福して あげる! 差し上げますわ。』』
白色の光の玉がわたしの胸の中に入っていった。温かくて、心地の良くて、全てが満たされる様で、全てが渇くような……
『わたくし達の魔力を少し分けました。少し早い降臨祭のプレゼントですの。』
『魔物娘の力は愛と願いの力なの!ミシェルにはママがいないの……うんと小さい時に死んじゃったんだって……それで、ミシェルはパパがいない時1人ぼっちだったから、何時も一緒にいてくれるお友達を願ったの!』
『そして、わたくしはリビングドールになってミシェルさんとリートベルク伯の幸せを願いましたの。』
『ミシェルは幸せ!ミシェルはアリスっていうのになったんだ♪パパはどんなにお仕事が大変でも帰ってくるようになったし、ず〜〜っとミシェルと一緒にいてくれるって約束してくれたの!』
『ですから、次はマエストロの番。』
『ミシェル達に幸せをくれたおじ様にも幸せになってほしいんだー!』
『そしてそれはお姉様にしかできないことですの。』
(でも……どうやって?)
『さっきミシェルさんが言いましたわよ?……魔物娘の力は愛と願い……と。』
『願えば叶うんだよ!』
『エミリアお姉様は間違いなく、マエストロの最高傑作ですわ。それも、いろいろな思い、感情、記憶……マエストロの全てをつぎ込んだ……特別ですの。ですから、きっと……』
チリンチリン!
ドールショップのベルが鳴ると元のお店に戻ったような、魔法が解けたのがわかった。
入って来たのはあの時の紳士で、前に見た時より少し若々しいような?この人からミシェルとモニカと同じ感じがする……
『……いらっしゃい。』
『お久しぶりです、マエストロ。……娘はここに?』
『あぁ……そこにいるよ……』
マスターは何時ものようにぶっきらぼうにリートベルク伯に答え、足音が聞こえて来ると近づいてきて、それからすぐに優しいテノールの声が上から降ってきた。
『さぁ、ミシェル。捕まえたぞ?』
『キャハハ♪捕まっちゃた!』
モニカを見ると、元のお人形になっている?
パチン=☆
ウィンク……
『ミシェル。どんな事を話したんだい?』
『女の子の秘密なの!聞かないのが紳士のたしなみなの!』
『おっと!……これは手厳しい。マエストロ・シュミット、お騒がせして申し訳ない。』
『……いえ……また来て下さい……』
『ええ、是非。……さぁ、ミシェル。お人形さんとマエストロにご挨拶なさい。』
『うん! (今日は満月の夜だよ……いい夢を見てね) バイバイ、エミリアちゃん!バイバイ、おじ様!』
チリンチリン!
バタン……
そうして、世界が朱色に染まる頃、何時ものようにマスターはお店を閉め、何時ものようにわたしを抱き抱えて地下のアトリエに行き、お仕事をするの。
それが終われば、何時ものようにわたしを抱き抱えて寝室へ行くの。
窓から見える月がなんだか優しく微笑んでいるような気がするわ。
マスターは降臨祭の季節らしく、フランキンセンスを髪につけてくれた。柔らかくて優しい良い香りがするの。
そうしてマスターは眠りに着くとわたしも……眠く…………
微睡みに落ちて わたしは夢を見る……
森の中で男の子と遊んでいるの。
でも何時もと違う……?身体が自由に動いて、はっきりと見る事が、感じる事が出来るみたい。……自由な身体……こんな感じなのね。
触ったり、掴んだり、歩いたり、走ったり……
『エミリア姉さん。……姉さん?どうしたの?』
『え……あっ、うん。なんでもないわ……』
『ハハッ、変な姉さん。久しぶりの外だから、気をつけてね!』
マスターだ。やっぱり、男の子は小さい頃のマスターだった……
そして、たぶんだけどこの夢はマスターと繋がっている。夢の中で自由に動ける……ということは、変えられるのかも知れない。
運命とか
物語りの結末とか
だから、わたしはいつもの夢とは違う事をしてみる事にしたの。
『マス……こほん。ハリー。ちょと目を瞑って?』
『んー?なんで?』
『おまじないをしてあげる。』
『うん!』
そういうと、男の子……小さい頃のマスターが目を瞑ってくれた。わたしはマスターの……ハリー・シュミットを知りたいと願いながら、おでこを彼のおでこにくっつけた。
すると、マスターとエミリアのさまざまな思い出が流れてきた。
一緒に遊んだ事
一緒にお勉強した事
エミリアが病弱だった事
お姉さんを助ける為にお医者様を目指している事
お姉さんがいつも笑っていてくれた事
悲しい時、慰めてくれた事
本を読み聞かせてくれた事
かわりにお姉さんへお花の冠を作ってあげた事
ひとつひとつが大切な思い出で、宝石のようにキラキラしていたの。
何より、ハリーは子供ながらにエミリアを愛していたようで
姉として
家族として
そして、女性として……
深くて一途な愛……
それはとてもとても
嬉しくて
切なくて
恥ずかしくて
おでこを離すと、男の子は嬉しそうに微笑む……
私は目を細めて子供の頃のマスターを見つめたの。
そしてすぐに今ある景色が霞のように消えていった。
そして、わたしはベッドで寝ている。身体は火の様に熱くて、酷く疲れていて、今にも手放しそうな意識を必死に繋ぎ止めている。
意識を手放したらもう二度とわたしの手を握る男の子と会えない。
それは、残酷な確信だった。
『姉さん!目を開けて!嫌だ……嫌だよ!置いて行かないで!』
そんな男の子……小さい頃のハリー・シュミットにわたしは何もしてあげられない。
『ハリー……お姉さん……先に……度に出る……ね……』
どんどん意識は遠くなっていく。目は霞んで、耳から聴こえてくる音はエコーがかかって、頼りなく響いている。
『神さま……神さま……どうか姉さんを連れて行かないで……!!!』
『……ごめんね……ハリー……あなたを……愛……し…………て………………』
ハリーの酷く悲しそうな顔が視界いっぱいに広がって、やがて解ける様に消えていった。
何時もここで夢が覚めてしまう。でも今日はわたしが見た事のない夢の続きが流れる。
わたしは影のような真っ黒な身体になってそれを眺めている。
雨の中で、傘も差さずに黒いスーツを着た男の子が棺に寄り添っていたの。
小さいハリーの目は大人になっていて、確かな決意を写していた。
あぁ……これは私が夢から覚めた後、マスターが見ている夢の続きなんだ……
『……みんな、時間が経てば姉さんの事を忘れてしまうのかな?』
『ハリー……風邪をひいてしまうよ。さぁ、家に帰ろう。』
『お父さん……僕に人形作りを教えて……!!』
ハリーが父親にそう言うとまた夢の景色が変わった。
カタカタ……カタカタカタカタ……カタカタ……
かつて医者を目指した少年が、小さなアトリエに1人。夜遅く小さな蝋燭の灯りを頼りに、ビスクを削り、ミシンを慣れない手付きで操っている。その手は傷だらけで、包帯が巻かれている。頬は痩せて、目の下に出来た濃いクマが少年の努力と執念を感じさせている。
お店を継いだ青年は一流の人間職人になっていた。
そして……
『……綺麗だよ……エミリア……』
マスターの目の前には私がいる。お人形の私自身が……
『ここまで……長かった……。僕の方が……歳を大分取ってしまったね……大好きな……姉さん……僕は……あなたを…………ぁぁあああ!!!』
マスターは大きな声で嘆いたの。それはとても痛々しい涙だった。
夢の景色が溶け出して、暗い暗い闇の中で……私は浮かんでいる。
『これは紛れも無い夢……だけど、現実に起きた出来事で……胸が張り裂けそうで……こんなの……こんなの……マスターが……余りにも……可愛そう……』
気づけば目からは雫が溢れていた
『これが……涙……そうか……わたしは……わたしの意識は……マスターが持つマスターのお姉さんの記憶から生まれたんだ……』
ひっく……ひっく……
キィィイン…………
突然、目の前に光の玉が現れた
"エミリアさん……。エミリアさん……。"
『あなたは……だぁれ?』
"わたしは、エミリア・シュミット。ハリー・シュミットの中にいる彼の姉……"
『……あなたが……お姉さん?』
"弟の為に涙を流してくれて、ありがとう。弟を本当に愛しているのね……"
『わたしはマスターを愛しています……わたしはお人形に過ぎない……あなたの代わりに過ぎない。でも、それでも構わない。私はハリー・シュミットを……愛してるの。』
"……良かった。あなたになら全てを任せられそう"
『……え?』
"わたしはハリーの記憶の中にいるだけの弱い存在なの。だから、このままではやがて消えるしかないの。"
『そんな……!』
"だから、弟のこと……よろしくね。だってあなたは、わたしだから……"
『消えるなんて言わないで!!』
"消えないわ……わたしはあなたに、あなたはわたしになるの。全てをあげる……"
そう言うとマスターのお姉さんはわたしの中に入っていった。
そうして世界がガラスを砕くようにひび割れた。
その時、まばゆいばかりの暖かい光がわたしを包んだの。
わたしは、いつもの様に安楽椅子に腰掛けていた。
球体関節はそのままだけど
柔らかい身体……
血の通った……
暖かい身体……
自由な身体……
ベッドを見ると、泣き疲れて寝ている子供の様なマスター……ハリーの顔がブランケットから覗いていた。
手でそっとハリーの頬を撫でる。すると、少しくすぐったそうに眉をひそめた後、ゆっくりと目が開いた。
『……そんな……どうして……』
『……わたしは、エミリア。マスターが作ったお人形。マエストロ・ハリー・シュミット……あなたが持つお姉さんの記憶から生まれたの。』
マスターは困惑していて、でも嬉しそうで、切なそうで……その優しい目の中にさまざまな感情が入り乱れていた。
『姉さんの……記憶……?』
『うん。マスターがわたしに触れる度にマスターの記憶……マスターのお姉さんへの愛情がわたしの中へ入ってきたの。』
『……信じられない……そんな……』
『……確かに、わたしはお人形に過ぎない。マスターがお姉さんの代わりに作った仮初めの器に過ぎない……でも、わたしはマスターを……ハリーを愛しています。』
『僕は……愛される資格なんて無い。僕は姉さんを……助ける事が出来なかった。……だから君を……エミリア人形を作った。姉さんを忘れてしまわないように。だから……たとえ人形の君にも……愛される資格なんて……僕には無い。』
わたしはマスターをそっと抱きしめた。
『あなたのそう言う所は、少しも変わらないのですね……』
『え……?』
『わたしはマスターのお人形……マスターとわたしの意識は繋がっていて、マスターが夢を見る時、わたしも夢を見るの。同じ夢を何度も何度も円舞曲のように。……だからわかるの。マスターがどれほどお姉さん……エミリアを愛していたか……』
『………………』
『わたしはマスターの夢の中でお姉さんから彼女の全部を受け取ったの。だから、もう1人で悲しむ事はないんだよ?わたしが付いています……。わたしが……。』
『姉さん?』
『そう……わたしはマスターのお人形であなたの……ハリー・シュミットのお姉さん……エミリア……』
『……うぅぅ……ぁぁ……』
マスターは静かに涙を流した。
わたしはまがい物かも知れない。
作り物の頼りない存在かも知れない。
でも、この愛だけは本物……
そうして、弟はわたしの腕の中でしばらくじっとしていた。
『ハリー……目を瞑って……おまじないをしてあげる。』
『…………』
そう言うと、彼はそっと目を閉じた。おでことおでこをそっとくっつける。それだけで幸せで幸せで……
ちゅ……
自然と吸い寄せられるように唇と唇が触れ合う。出来たばかりの心臓がトクントクンと早鐘のように早くなるの……
『姉さん……』
弟が甘えるような声を出して、わたしはもう一度唇を重ねる。
『わたしはあなたのお姉さん……でも、マスターが作ったお人形……好きにしてください…………』
『姉さん!!』
マスターが優しくわたしをベッドに押し倒して唇を奪ってくれた……
ちゅ……れろ……れろ……はちゅ……
『ん……は❤……ん❤ん❤ん❤』
舌と舌を絡め合う……身体が火の様に熱くて、キスだけでお腹の奥がキュンとする……
幸せ……幸せ……もっと……
でも、キスだけでは物足りない。
すると、マスターはわたしの白いドレスをたくし上げてドロワーズのスリットからわたしの……秘密の場所を探り当てた
くちゃっ……くちゃくちゃくちゃっくちゃっ
『ひぅ❤……ん❤……ぁっ❤ぁ❤ぁ❤ゃっ❤』
ゴツゴツした手が優しく触れる度に、不思議な感じがするの……とても気持ちいい❤
『エミリア!エミリア姉さん!』
これから何をするのか、誰も教えてくれていないのに、わかった気がしたの……。きっと、凄く気持ちいい事。素晴らしい事なの❤
『ハリー……おいで❤……んぁぁあああ❤❤❤』
プチ!!
マスターが勢いよくわたしのお腹の中に入ってきた。何かを引き裂くような音がして、チクリとお腹が痛んだ。凄い圧迫感で息も出来ないわ……だけど、気持ち良くて幸せで……
『はーっ……はーっ……』
『ますたぁ❤ますたぁ❤』
幸せでおかしくなってしまいそうで……
ちゅ……ちゅ……れろ……れろ……はちゅ………
『『ん……んん……ん……』』
唇を奪い合って、抱きしめ合って、愛を捧ぐの……
タン……タン……タンタンタン
『あっ……あ❤あ❤ますたぁ❤ますたぁ❤』
『エミリア!……姉さん!姉さん!』
鼓動と共に早くなる事情……マスターがお腹の奥を突く度にわたしの口から鳩の鳴くような声が漏れて……その度にマスターの動きが激しくなるの……
『ますたぁ❤……はりー❤……はりー❤ぁ❤ぁ❤あ❤あ❤あ❤……ん''っ……ちゅ……れろ……ん……ん……ぷはぁ❤』
タンタンタンタンタンタンタンタン……
『はぁ……姉さん……もう……』
『うん❤……ぁ❤……いいよ❤たくさん……たくさん❤ちょうだい❤❤』
マスターはわたしを抱き締めるように腕を回して腰を打ち付けてくれた。右手はわたしの頭の後ろで左手が背中にある。わたしはうれしくて、マスターの背中にしがみつく様に手をわまして、足をマスターの腰に絡ませて引き寄せるの……これで……
もう離れられないね❤
『『ーーーーーーーーーーーー❤❤❤❤❤』』
それから……
また、何時もの様に毎日が始まる。
何時もの時間にお店が開いて
何時もの時間に準備をして
何時もの時間に新聞屋さんが来て
何時もの様にマスターは働いて
何時もの様にパン屋のおじさんは忙しそうで
何時もの様にわたしはお店の安楽椅子に腰掛けていて
何時もの様に時々通る馬車や蒸気で走る車を眺めている。
少し違うのは、わたしとマスターが幸せだということで、わたしは毎日毎日が同じでもその日々がずっと続いて欲しいと思ってるの。
時間はたっぷりと……気が遠くなるほどあるわ。わたしはリビングドール。マスターは人形師……マスターがいる限りわたしは滅ばないし、わたしがいる限りマスターも滅びないの。マスターのメンテナンスは……とても気持ち良いのよ?
チリンチリン……
すると、キャスケット帽を被ったかわいい男の子がお店の中に入って来た。
『……いらっしゃい……』
そうマスターがぶっきらぼうに答えると、おもちゃの王国へと迷い込んだ男の子がハッ!……と現実に戻った。
『半年働いたお金で……い、妹への誕生日プレゼントを買いたいんだ。』
すると、棚のお人形さん達が騒ぎ出したの。
(かわいい男の子❤)
(妹さんへのプレゼントですって❤きゃー❤)
(えらいわねー❤)
(あの子も遊んでくれるのかなぁ❤)
(クスクス……クスクス……)
ふふふ……このお店のお人形さんは、みーーんなリビングドールなの。マスターとわたしのかわいいかわいい愛しい娘たち❤
『大切な妹なんだね……。』
『うん!』
『じっくり考えてあげなさい……。きっと良い娘が見つかる……』
マスターが喋り終わると、男の子はお人形が窓を飾るおもちゃの王国へと足を踏み入れたの。妹さんへのプレゼントの為に。
そして、また1人……いや、2人かな?……わたしたちの虜になるの。
もしこの街に寄ったら、これを見ているあなたもいらっしゃい?きっと良いお人形に出会えますよ?クスクス……あら、心配しなくても大丈夫よ?マエストロ・ハリー・シュミット氏の腕は他ならないわたしが保証します。
あなたに相応しいお人形さんはいかが?
おわり。
ここはどこ?
その時、まばゆいばかりの暖かい光がわたしを包んだの。
誰かがわたしを見ている……
若い男の人…何故だかこの方をわたしは知っている……
丸眼鏡のレンズ越しに見える緑色の優しい瞳……
少し痩せた無精髭の頬……
ゴツゴツとした働き者の手……
すると彼はわたしを見て嬉しそうに微笑んだ
『……綺麗だよ……エミリア……。』
そうか、わたしは……わたしは……
エミリア……
マスターに作ってもらったお人形……
わたしを作ってくれたマスターはハリー・シュミットという若い人形職人さん。彼はツェーリという国の、国と同じ名前の街で代々続く人形職人の家に生まれた。
人形職人としてのマスターの腕は 奇跡の指 と言われるほどだという。みんなマスターのことをマエストロと呼ぶわ。
わたしはそんなマスターのアトリエ兼、自宅のドールショップにいるの。
ショーケースのガラスに映る飾りのない白いワンピースを身につけ、1人掛けの安楽椅子に腰掛けた少女がどうやらわたしらしい。人形としては大きくて人間の少女と同じくらいの大き、亜麻色の髪、グリーンの瞳、白いドレス…一見すると、人間の少女のようだけど手首や指から見える球体関節がわたしを人形であるとつげている。
わたしは意識はあるけど動けないので、いつも目の前に広がる小さな世界を眺めているの。マスターはお客様の相手をしていない時、わたしの横で作業をしている。
決まった時間にくる新聞屋さん
忙しそうに駆け回るパン屋のおじさん
時々通る馬車や蒸気で動く車
すると、
ドールショップのドアがチリンと音を立てて、父親に手を引かれた女の子がおもちゃの王国へと迷い込んだような顔であたりを見渡している。
『……いらっしゃい……』
とマスターがお人形用のお洋服を仕立てながらぶっきらぼうに挨拶をする。女の子は少しびっくりするけど、すぐに興味はお人形さん達に戻っていく。
すると、その女の子はわたしを覗き込むと父親にこの子がほしいとせがんだ。
『ごめんよ……それは売り物じゃないんだ……』
と、マスターがぶっきらぼうに呟いた。女の子は残念そうに首をしゅんと項垂れる。
マスターは一度もわたしを手放そうとしないの。どんなに偉い人に頼まれても、目の前に黄金や宝石が積まれても……
とても大事にしてくれてるよう。何でしょうか?これが嬉しい……という気持ちでしょうか?
そうして、暫くドールショップの中を父親と女の子が見て回ると、ひとつの人形の前で立ち止まった。
『パパ!……この子が良い!!』
女の子の指先には薄桃色のドレスを着た可愛らしい人形があった。女の子よりも少し小さいくらいの大きさで、その子もまるで生きているような、今にも動き出しそうな、そんな感じがする……
『では、これをください。』
と、女の子の父親がマスターに語りかけると、マスターは手際よくお人形を専用のケースに入れて少女に手渡した。
『大きいから……気をつけて。』
『ねぇ、おじ様?この子の名前はなぁに?』
『……まだ無いんだ……その子ためにキミがつけてあげるといい。それがキミがお友達に送る最初のプレゼントだよ……』
『あの子には名前ある?』
と、女の子はわたしを見た。
『あぁ、エミリアと言うんだ。』
『その子、おじ様の大切なお友達なの?』
『そうだよ。』
『じゃあ、たまに会いに来ていい?』
『あぁ……きっとエミリアも喜ぶよ。……その子を大切にするんだよ?』
『うん!』
そうすると父親と女の子は一緒にドールショップを出ていった。
お客様がいない時は本当に静かで、時間がゆっくりと流れるままに過ぎていく。マスターが操るハサミやミシンや、時を告げる時計の針の音だけの静かな世界の片隅でわたしは見守り続けるの。
そうして、わたしの見ている世界が朱色に染まった頃、今日も決まった時間にマスターはドールショップを閉める。
そしてお店を閉め終わると、わたしを抱き上げて地下のアトリエに行くの。
マスターに抱き上げられてるとき、心がすごく暖かくて、ずっとこのままで居たいと思ってしまいます。何でしょうか?……この気持ちが幸せというのでしょうか?……えぇ、きっとそうに違いありません……
地下のアトリエに入るとそこにも私専用の椅子があって、マスターは優しくそこに私を座らせてくれるの。
小さなアトリエの中でマスターは新しいお人形のお顔や体や関節などの部品を作っているの。わたしは全ての人形がマスターの並々ならぬ情熱を注がれて作られているのを知っている。全てが一つ一つ手仕事で、丁寧に丁寧に作られていくその様子は本当に奇跡のようだわ。
合間に簡単に食べ物を摘んで、作業が終わればシャワーで汗を流して、その後に私を抱き上げて二階の寝室に行くの。
マスターはわたしを専用の椅子に座らせて今度はわたしのお手入れをする。細かな球体関節の汚れを丁寧に取り除いて、ビスクの肌をみがき、髪に櫛を入れて、いい香りがする香油をつけてくれる。今日はグランベル王国の薔薇かしら?とっても気持ちがいいの……
わたしのお手入れが終わるとマスターはベッドに入る。
『おやすみ……エミリア……』
と、マスターは声をかけてくれる。わたしも心の中で (おやすみなさい。マスター……)とつぶやく。
マスターが眠る時、わたしは酷く眠たくなるの……。意識だけの存在なのにおかしいね。
わたしの身体はどんなに精巧に作られていても、人間と同じように見えても、陶器で出来ている。この目だってガラスで出来ているの。眠る必要はないのだけれど、意識は微睡みの中に沈んでいく。
そしてわたしは夢を見る。
何時も同じ夢を……
何度も……何度も……
夢の中のわたしは人間の女の子でどこだか知らない、だけれども懐かしい森の中で小さな男の子と遊ぶ夢を見るの。
その男の子は誰だか知らない。でも良く知ってる大切な人だと思う。顔は霞みがかって良く見えないの。
そこで、夢の場面は変わってわたしはベッドで寝ていて、わたしの手を握った男の子が泣いていて、その子に向かって
『ごめんね……』
と小さく呟くの
何故だかわからないけど、きっときっと、それは、とてもとても、悲しいお別れで、夢は何時もそこで終わってしまうの。
意識が戻った時、わたしの心は酷くざわめいている。これが怖いとか、寂しいとか、悲しいという気持ちでしょうか?今すぐにマスターに触れて欲しくて、抱きとめて欲しくて……何よりマスターが恋しいのです。
そういった時、私はマスターが目覚めるまで、次の朝が来るまで静かに待っています。
そして、朝が来てまた1日がはじまるの。来る日も来る日もまるで円舞曲のように月日が流れて行きました。わたしはお人形として幸せで幸せで……でも、もっとマスターに愛されたくて、愛したくて……動けない人形じゃなくてマスターと同じ人間だったらなと思ってしまうの。
月日が経つたびに、わたしの中の醜い欲望が強くなっていくような……そんな気がするの。
それから歌のように月日は流れて、冬の降臨祭の差し迫ったある日のこと……
チリン……
『いらっしゃい……』
マスターがぶっきらぼうに挨拶をした先にはいつだったかドールショップに来た女の子がいた。あの時に買ったお人形を抱いて。
『こんにちは、おじ様!』
『お嬢さんはあのときの……お父様はどこだい……?』
『覚えててくれたの?……パパは後から来るって!』
『あぁ……その娘を抱いているから……すぐわかったさ。』
すると、女の子はとても嬉しそうな顔をした。マスターは女の子の人形を見るとぎこちなく笑って
『……大事にしてもらって、その娘も幸せそうだ……名前はつけたのかい……?』
そう言った。
『うん! モニカって言うの!』
『……そうか……大切なお友達なんだね……』
『うん!……ねぇおじさま?エミリアちゃんに会ってもいい?』
『……もちろん。』
『やった!!』
女の子はこっちに来ると、座っているわたしに話しかけてくれた。
『こんにちは!エミリアちゃん!』
すると、女の子の茶色の目がみるみるうちに赤く染まると女の子の雰囲気がガラリと変わった。
『人払いの魔法と防音の魔法をかけたよ。えへへ!これで、内緒話出来るね!』
(え……?)
『ごめんなさい、エミリアお姉様。驚かせてしまいましたね。』
すると、女の子が抱いているお人形がピョン……と女の子の腕から飛び降りるとレディらしくスカートのドレープを摘み、優雅に一礼したの。わたしはもう、何がなんだか……
『お久しぶりですわ。ご機嫌よう。エミリアお姉様。わたくしはモニカ。』
『ミシェルはミシェル!!』
『あら、はしたなくてよ?ミシェルさん。レディはもっとお淑やかにエレガンテを大切になさいな。』
『はーい。よろしくお願いしますわ!エミリアちゃん!』
『……ちょっとぎこちないですが、よろしいですわ。改めて、御機嫌ようエミリアお姉様。』
(え、ええ……!!?わたし……お話し出来て……)
『ますわよ。お姉様。』
『ますわよー!魔法を使ったお話しなの!』
混乱するわたしを他所に楽しそうに2人はお話しをしている。
(……信じられないわ。でも、モニカ……さん……)
『モニカでよろしくてよ?エミリアお姉様。』
(ええ……モニカ……)
『はい♪お姉様♪』
『おねーさま!』
(えっと……なんで、モニカは動けるようになったの?)
『はい。わたくしにも元々、ただのお人形の頃から意識がありましたの。……と言うよりは、わたくし達のお父さま、マエストロ・シュミット氏が作る全てのお人形には魂が宿っていますの。あの子にも……その子にも……。わたくしはミシェルのおかげで魔物娘リビングドールとなる事が出来ましたので、こうして動く事も、歩く事も……殿方を愛する事も出来るように。ほら……』
モニカはわたしの手に触れてくれた。とても……
(温かい……)
『関節は球体のままですけど、人間と同じ様になっておりますのよ?』
『ミシェルとも遊んでくれるの!』
『ふふふ……とても楽しくて……心地の良い……遊びですのよ?』
ちゅ……
ミシェルとモニカが口付けでしょうか?……それをしたその時、わたしの中の何かドロドロしたものが音を立てて動いたの……
2人のその姿は綺麗で……とても尊いものに思えたの。
『お姉様……わたくしは今とても幸せですの。ミシェルさんがいて、リートベルク伯がいて……』
『ミシェルのパパだよー♪ミシェルもパパもモニカも幸せ♪♪』
(そう……良かったわミシェルちゃん、モニカ)
『ええ……ありがとうお姉様。……全てはマエストロ・シュミット氏がわたくしを作って下さったおかげですの……ですから、マエストロに幸せになって欲しいのです。……ですが、残念な事にわたくしにも、ここにいるお人形にもマエストロを幸せにすることはできません。』
(それは……どういうこと?)
『お人形には作り手の思いが宿りますの。マエストロに作って頂いた時に、手にした方々への幸せを祈るマエストロのお気持ちと一緒に彼の記憶に触れましたの。そこには、エミリアお姉様にそっくりな女の子が出て来ましたの。……その女の子が誰なのかは、わたくしにはわかりません。でも、きっと大切な人だと思うのです。』
『はーい!だからミシェル達が来たんだよ!ミシェルはモニカからマエストロのおじ様のお話しを聞いたの!それでね!ミシェルわかったんだ!おじ様を幸せに出来るのはエミリアちゃんしかいない!……って思ったの!』
『エミリアお姉様は、マエストロのことをどう思ってますの?』
ズイッ……とモニカが身を乗り出してきた。ち、近いわ。
(……わたしは……マスターのことを……その……えっと……)
『はっきりして下さいまし!』
『ましー!』
(あ、愛してます!!)
ボッ!っと身体が火のように熱くなるようなそんな感じが全身を駆け巡ったの。
『よろしいですわ♪……お姉様。お姉様はマエストロにもっと愛されたくて?』
モニカがわたしに抱きつき、耳元で囁く様に質問を投げかけて来た。彼女の声を聞くたびにねっとりと……ドロドロと……わたしの中の何かが騒めいた。
(うん……)
『マエストロを愛せる自由な身体が欲しくて?』
(うん……)
『マエストロと一緒に幸福になりたくて?』
(うん……)
『決まりだね♪』
『ええ、決まりですわね♪』
するとミシェルの姿が黒い霧と共に変わり出した。頭からは小さい角が生え、ドレスの形が変わったの。
『『ミシェル わたくし 達が祝福して あげる! 差し上げますわ。』』
白色の光の玉がわたしの胸の中に入っていった。温かくて、心地の良くて、全てが満たされる様で、全てが渇くような……
『わたくし達の魔力を少し分けました。少し早い降臨祭のプレゼントですの。』
『魔物娘の力は愛と願いの力なの!ミシェルにはママがいないの……うんと小さい時に死んじゃったんだって……それで、ミシェルはパパがいない時1人ぼっちだったから、何時も一緒にいてくれるお友達を願ったの!』
『そして、わたくしはリビングドールになってミシェルさんとリートベルク伯の幸せを願いましたの。』
『ミシェルは幸せ!ミシェルはアリスっていうのになったんだ♪パパはどんなにお仕事が大変でも帰ってくるようになったし、ず〜〜っとミシェルと一緒にいてくれるって約束してくれたの!』
『ですから、次はマエストロの番。』
『ミシェル達に幸せをくれたおじ様にも幸せになってほしいんだー!』
『そしてそれはお姉様にしかできないことですの。』
(でも……どうやって?)
『さっきミシェルさんが言いましたわよ?……魔物娘の力は愛と願い……と。』
『願えば叶うんだよ!』
『エミリアお姉様は間違いなく、マエストロの最高傑作ですわ。それも、いろいろな思い、感情、記憶……マエストロの全てをつぎ込んだ……特別ですの。ですから、きっと……』
チリンチリン!
ドールショップのベルが鳴ると元のお店に戻ったような、魔法が解けたのがわかった。
入って来たのはあの時の紳士で、前に見た時より少し若々しいような?この人からミシェルとモニカと同じ感じがする……
『……いらっしゃい。』
『お久しぶりです、マエストロ。……娘はここに?』
『あぁ……そこにいるよ……』
マスターは何時ものようにぶっきらぼうにリートベルク伯に答え、足音が聞こえて来ると近づいてきて、それからすぐに優しいテノールの声が上から降ってきた。
『さぁ、ミシェル。捕まえたぞ?』
『キャハハ♪捕まっちゃた!』
モニカを見ると、元のお人形になっている?
パチン=☆
ウィンク……
『ミシェル。どんな事を話したんだい?』
『女の子の秘密なの!聞かないのが紳士のたしなみなの!』
『おっと!……これは手厳しい。マエストロ・シュミット、お騒がせして申し訳ない。』
『……いえ……また来て下さい……』
『ええ、是非。……さぁ、ミシェル。お人形さんとマエストロにご挨拶なさい。』
『うん! (今日は満月の夜だよ……いい夢を見てね) バイバイ、エミリアちゃん!バイバイ、おじ様!』
チリンチリン!
バタン……
そうして、世界が朱色に染まる頃、何時ものようにマスターはお店を閉め、何時ものようにわたしを抱き抱えて地下のアトリエに行き、お仕事をするの。
それが終われば、何時ものようにわたしを抱き抱えて寝室へ行くの。
窓から見える月がなんだか優しく微笑んでいるような気がするわ。
マスターは降臨祭の季節らしく、フランキンセンスを髪につけてくれた。柔らかくて優しい良い香りがするの。
そうしてマスターは眠りに着くとわたしも……眠く…………
微睡みに落ちて わたしは夢を見る……
森の中で男の子と遊んでいるの。
でも何時もと違う……?身体が自由に動いて、はっきりと見る事が、感じる事が出来るみたい。……自由な身体……こんな感じなのね。
触ったり、掴んだり、歩いたり、走ったり……
『エミリア姉さん。……姉さん?どうしたの?』
『え……あっ、うん。なんでもないわ……』
『ハハッ、変な姉さん。久しぶりの外だから、気をつけてね!』
マスターだ。やっぱり、男の子は小さい頃のマスターだった……
そして、たぶんだけどこの夢はマスターと繋がっている。夢の中で自由に動ける……ということは、変えられるのかも知れない。
運命とか
物語りの結末とか
だから、わたしはいつもの夢とは違う事をしてみる事にしたの。
『マス……こほん。ハリー。ちょと目を瞑って?』
『んー?なんで?』
『おまじないをしてあげる。』
『うん!』
そういうと、男の子……小さい頃のマスターが目を瞑ってくれた。わたしはマスターの……ハリー・シュミットを知りたいと願いながら、おでこを彼のおでこにくっつけた。
すると、マスターとエミリアのさまざまな思い出が流れてきた。
一緒に遊んだ事
一緒にお勉強した事
エミリアが病弱だった事
お姉さんを助ける為にお医者様を目指している事
お姉さんがいつも笑っていてくれた事
悲しい時、慰めてくれた事
本を読み聞かせてくれた事
かわりにお姉さんへお花の冠を作ってあげた事
ひとつひとつが大切な思い出で、宝石のようにキラキラしていたの。
何より、ハリーは子供ながらにエミリアを愛していたようで
姉として
家族として
そして、女性として……
深くて一途な愛……
それはとてもとても
嬉しくて
切なくて
恥ずかしくて
おでこを離すと、男の子は嬉しそうに微笑む……
私は目を細めて子供の頃のマスターを見つめたの。
そしてすぐに今ある景色が霞のように消えていった。
そして、わたしはベッドで寝ている。身体は火の様に熱くて、酷く疲れていて、今にも手放しそうな意識を必死に繋ぎ止めている。
意識を手放したらもう二度とわたしの手を握る男の子と会えない。
それは、残酷な確信だった。
『姉さん!目を開けて!嫌だ……嫌だよ!置いて行かないで!』
そんな男の子……小さい頃のハリー・シュミットにわたしは何もしてあげられない。
『ハリー……お姉さん……先に……度に出る……ね……』
どんどん意識は遠くなっていく。目は霞んで、耳から聴こえてくる音はエコーがかかって、頼りなく響いている。
『神さま……神さま……どうか姉さんを連れて行かないで……!!!』
『……ごめんね……ハリー……あなたを……愛……し…………て………………』
ハリーの酷く悲しそうな顔が視界いっぱいに広がって、やがて解ける様に消えていった。
何時もここで夢が覚めてしまう。でも今日はわたしが見た事のない夢の続きが流れる。
わたしは影のような真っ黒な身体になってそれを眺めている。
雨の中で、傘も差さずに黒いスーツを着た男の子が棺に寄り添っていたの。
小さいハリーの目は大人になっていて、確かな決意を写していた。
あぁ……これは私が夢から覚めた後、マスターが見ている夢の続きなんだ……
『……みんな、時間が経てば姉さんの事を忘れてしまうのかな?』
『ハリー……風邪をひいてしまうよ。さぁ、家に帰ろう。』
『お父さん……僕に人形作りを教えて……!!』
ハリーが父親にそう言うとまた夢の景色が変わった。
カタカタ……カタカタカタカタ……カタカタ……
かつて医者を目指した少年が、小さなアトリエに1人。夜遅く小さな蝋燭の灯りを頼りに、ビスクを削り、ミシンを慣れない手付きで操っている。その手は傷だらけで、包帯が巻かれている。頬は痩せて、目の下に出来た濃いクマが少年の努力と執念を感じさせている。
お店を継いだ青年は一流の人間職人になっていた。
そして……
『……綺麗だよ……エミリア……』
マスターの目の前には私がいる。お人形の私自身が……
『ここまで……長かった……。僕の方が……歳を大分取ってしまったね……大好きな……姉さん……僕は……あなたを…………ぁぁあああ!!!』
マスターは大きな声で嘆いたの。それはとても痛々しい涙だった。
夢の景色が溶け出して、暗い暗い闇の中で……私は浮かんでいる。
『これは紛れも無い夢……だけど、現実に起きた出来事で……胸が張り裂けそうで……こんなの……こんなの……マスターが……余りにも……可愛そう……』
気づけば目からは雫が溢れていた
『これが……涙……そうか……わたしは……わたしの意識は……マスターが持つマスターのお姉さんの記憶から生まれたんだ……』
ひっく……ひっく……
キィィイン…………
突然、目の前に光の玉が現れた
"エミリアさん……。エミリアさん……。"
『あなたは……だぁれ?』
"わたしは、エミリア・シュミット。ハリー・シュミットの中にいる彼の姉……"
『……あなたが……お姉さん?』
"弟の為に涙を流してくれて、ありがとう。弟を本当に愛しているのね……"
『わたしはマスターを愛しています……わたしはお人形に過ぎない……あなたの代わりに過ぎない。でも、それでも構わない。私はハリー・シュミットを……愛してるの。』
"……良かった。あなたになら全てを任せられそう"
『……え?』
"わたしはハリーの記憶の中にいるだけの弱い存在なの。だから、このままではやがて消えるしかないの。"
『そんな……!』
"だから、弟のこと……よろしくね。だってあなたは、わたしだから……"
『消えるなんて言わないで!!』
"消えないわ……わたしはあなたに、あなたはわたしになるの。全てをあげる……"
そう言うとマスターのお姉さんはわたしの中に入っていった。
そうして世界がガラスを砕くようにひび割れた。
その時、まばゆいばかりの暖かい光がわたしを包んだの。
わたしは、いつもの様に安楽椅子に腰掛けていた。
球体関節はそのままだけど
柔らかい身体……
血の通った……
暖かい身体……
自由な身体……
ベッドを見ると、泣き疲れて寝ている子供の様なマスター……ハリーの顔がブランケットから覗いていた。
手でそっとハリーの頬を撫でる。すると、少しくすぐったそうに眉をひそめた後、ゆっくりと目が開いた。
『……そんな……どうして……』
『……わたしは、エミリア。マスターが作ったお人形。マエストロ・ハリー・シュミット……あなたが持つお姉さんの記憶から生まれたの。』
マスターは困惑していて、でも嬉しそうで、切なそうで……その優しい目の中にさまざまな感情が入り乱れていた。
『姉さんの……記憶……?』
『うん。マスターがわたしに触れる度にマスターの記憶……マスターのお姉さんへの愛情がわたしの中へ入ってきたの。』
『……信じられない……そんな……』
『……確かに、わたしはお人形に過ぎない。マスターがお姉さんの代わりに作った仮初めの器に過ぎない……でも、わたしはマスターを……ハリーを愛しています。』
『僕は……愛される資格なんて無い。僕は姉さんを……助ける事が出来なかった。……だから君を……エミリア人形を作った。姉さんを忘れてしまわないように。だから……たとえ人形の君にも……愛される資格なんて……僕には無い。』
わたしはマスターをそっと抱きしめた。
『あなたのそう言う所は、少しも変わらないのですね……』
『え……?』
『わたしはマスターのお人形……マスターとわたしの意識は繋がっていて、マスターが夢を見る時、わたしも夢を見るの。同じ夢を何度も何度も円舞曲のように。……だからわかるの。マスターがどれほどお姉さん……エミリアを愛していたか……』
『………………』
『わたしはマスターの夢の中でお姉さんから彼女の全部を受け取ったの。だから、もう1人で悲しむ事はないんだよ?わたしが付いています……。わたしが……。』
『姉さん?』
『そう……わたしはマスターのお人形であなたの……ハリー・シュミットのお姉さん……エミリア……』
『……うぅぅ……ぁぁ……』
マスターは静かに涙を流した。
わたしはまがい物かも知れない。
作り物の頼りない存在かも知れない。
でも、この愛だけは本物……
そうして、弟はわたしの腕の中でしばらくじっとしていた。
『ハリー……目を瞑って……おまじないをしてあげる。』
『…………』
そう言うと、彼はそっと目を閉じた。おでことおでこをそっとくっつける。それだけで幸せで幸せで……
ちゅ……
自然と吸い寄せられるように唇と唇が触れ合う。出来たばかりの心臓がトクントクンと早鐘のように早くなるの……
『姉さん……』
弟が甘えるような声を出して、わたしはもう一度唇を重ねる。
『わたしはあなたのお姉さん……でも、マスターが作ったお人形……好きにしてください…………』
『姉さん!!』
マスターが優しくわたしをベッドに押し倒して唇を奪ってくれた……
ちゅ……れろ……れろ……はちゅ……
『ん……は❤……ん❤ん❤ん❤』
舌と舌を絡め合う……身体が火の様に熱くて、キスだけでお腹の奥がキュンとする……
幸せ……幸せ……もっと……
でも、キスだけでは物足りない。
すると、マスターはわたしの白いドレスをたくし上げてドロワーズのスリットからわたしの……秘密の場所を探り当てた
くちゃっ……くちゃくちゃくちゃっくちゃっ
『ひぅ❤……ん❤……ぁっ❤ぁ❤ぁ❤ゃっ❤』
ゴツゴツした手が優しく触れる度に、不思議な感じがするの……とても気持ちいい❤
『エミリア!エミリア姉さん!』
これから何をするのか、誰も教えてくれていないのに、わかった気がしたの……。きっと、凄く気持ちいい事。素晴らしい事なの❤
『ハリー……おいで❤……んぁぁあああ❤❤❤』
プチ!!
マスターが勢いよくわたしのお腹の中に入ってきた。何かを引き裂くような音がして、チクリとお腹が痛んだ。凄い圧迫感で息も出来ないわ……だけど、気持ち良くて幸せで……
『はーっ……はーっ……』
『ますたぁ❤ますたぁ❤』
幸せでおかしくなってしまいそうで……
ちゅ……ちゅ……れろ……れろ……はちゅ………
『『ん……んん……ん……』』
唇を奪い合って、抱きしめ合って、愛を捧ぐの……
タン……タン……タンタンタン
『あっ……あ❤あ❤ますたぁ❤ますたぁ❤』
『エミリア!……姉さん!姉さん!』
鼓動と共に早くなる事情……マスターがお腹の奥を突く度にわたしの口から鳩の鳴くような声が漏れて……その度にマスターの動きが激しくなるの……
『ますたぁ❤……はりー❤……はりー❤ぁ❤ぁ❤あ❤あ❤あ❤……ん''っ……ちゅ……れろ……ん……ん……ぷはぁ❤』
タンタンタンタンタンタンタンタン……
『はぁ……姉さん……もう……』
『うん❤……ぁ❤……いいよ❤たくさん……たくさん❤ちょうだい❤❤』
マスターはわたしを抱き締めるように腕を回して腰を打ち付けてくれた。右手はわたしの頭の後ろで左手が背中にある。わたしはうれしくて、マスターの背中にしがみつく様に手をわまして、足をマスターの腰に絡ませて引き寄せるの……これで……
もう離れられないね❤
『『ーーーーーーーーーーーー❤❤❤❤❤』』
それから……
また、何時もの様に毎日が始まる。
何時もの時間にお店が開いて
何時もの時間に準備をして
何時もの時間に新聞屋さんが来て
何時もの様にマスターは働いて
何時もの様にパン屋のおじさんは忙しそうで
何時もの様にわたしはお店の安楽椅子に腰掛けていて
何時もの様に時々通る馬車や蒸気で走る車を眺めている。
少し違うのは、わたしとマスターが幸せだということで、わたしは毎日毎日が同じでもその日々がずっと続いて欲しいと思ってるの。
時間はたっぷりと……気が遠くなるほどあるわ。わたしはリビングドール。マスターは人形師……マスターがいる限りわたしは滅ばないし、わたしがいる限りマスターも滅びないの。マスターのメンテナンスは……とても気持ち良いのよ?
チリンチリン……
すると、キャスケット帽を被ったかわいい男の子がお店の中に入って来た。
『……いらっしゃい……』
そうマスターがぶっきらぼうに答えると、おもちゃの王国へと迷い込んだ男の子がハッ!……と現実に戻った。
『半年働いたお金で……い、妹への誕生日プレゼントを買いたいんだ。』
すると、棚のお人形さん達が騒ぎ出したの。
(かわいい男の子❤)
(妹さんへのプレゼントですって❤きゃー❤)
(えらいわねー❤)
(あの子も遊んでくれるのかなぁ❤)
(クスクス……クスクス……)
ふふふ……このお店のお人形さんは、みーーんなリビングドールなの。マスターとわたしのかわいいかわいい愛しい娘たち❤
『大切な妹なんだね……。』
『うん!』
『じっくり考えてあげなさい……。きっと良い娘が見つかる……』
マスターが喋り終わると、男の子はお人形が窓を飾るおもちゃの王国へと足を踏み入れたの。妹さんへのプレゼントの為に。
そして、また1人……いや、2人かな?……わたしたちの虜になるの。
もしこの街に寄ったら、これを見ているあなたもいらっしゃい?きっと良いお人形に出会えますよ?クスクス……あら、心配しなくても大丈夫よ?マエストロ・ハリー・シュミット氏の腕は他ならないわたしが保証します。
あなたに相応しいお人形さんはいかが?
おわり。
17/12/29 16:11更新 / francois