バッテリー
バッテリー
"この度は世間様にご迷惑をお掛けしてしまい、ホンマにごめんなさい。全て社長であるうちの責任です。"
" 原因はなんなのでしょうか? "
"はい、ゲート転送システムの不具合です。3日前に発送した弊社の風邪薬15万錠の中に約3万錠のマンキラが紛れてしまいまして……。"
" 対応はどのようにするおつもりですか? "
"はい。風邪薬は既に自主回収に入っております。絶対に飲まんといて下さい!また、弊社の該当薬品が原因で起こってしまったトラブルについては、全面的に保証させて頂きます。ホンマすみませんでした!"
パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ……
『以上、昨日発覚した ぽんぽこ製薬株式会社 の新薬、マンキラの誤発送、その記者会見の様子でした。事件は一昨日に発覚。ゲート転送システムの突発的な不具合により生じたものでして、対応が急がれます。』
『えー……たしかこのマンキラって薬は主にトランスジェンダーの為に作られたもので、正しく使えば素晴らしい薬品ですよね?』
『そうですね。しかし、ほぼ確実に男性を女性に変えてしまいますので、誤って飲めば望まない性転換が起きてしまう可能性もありますよ。』
『はい。この効果は男性のみですので女性には無害となっておりますがね。なんでこんな事が起きるんでしょう?』
『ゲート転送システムなんてよく分からない物を使うからですよ。昔ながら運送会社等の物流を使えばこんな事にはらなかったんです。』
『えー……ここで専門家に意見を伺います。お電話がつながっています。』
ーーーーーー………
春野球が予選敗退に終わり、その日俺、神谷 守(カミヤ マモル)はいつものように早朝ランニングから帰ってきてボーっとニュースを見ていた。
『ほえー……大変だなー。』
朝の納豆ごはんと味噌汁をかきこみながら今日はどうしようかと考えていると、頭にバスン!と衝撃が走った。
『あでっ!』
『あんた、そんなのんびり朝ごはん食べてていいの?今日始業式でしょ?』
『へ?何言ってんだ母ちゃん、今日はまだ春休みだろ……?違うの?』
丸めた新聞紙を持った母ちゃんはニュース番組をさした。キャスターの机にあるカレンダーを見て俺は飛び上がった。
『げっ!!やべっ!!』
俺は飛び上がって学ランに着替えて荷物(野球道具一式)を掴んで玄関に。その間約40秒。今は7:52分。8時丁度の電車に乗れば大丈夫だ。
『ほれ、弁当忘れてる!』
『サンキュ!』
母ちゃんから弁当を受け取ると駅までダッシュ。
『全く、しょうがない子だねぇ。』
そんな小言を背中に浴びつつ、俺は駅までの道を走り抜けてなんとかギリギリ朝の電車に飛び乗った。これでどうにか遅れ無くてすみそうだ。
空が良く晴れている。
……始業式か。最後の1年が始まるんだ。
電車の中、窓に映る景色を眺めながら柄にもなくそんな事を考えていた。
『お前またギリギリだったなー!ったくよー!ははっ!』
『うっせ!お前もギリギリだろーが!』
始業式になんとか滑り込みで間に合った俺は、皆んなと一緒にキレーに体育館に整列すると校長先生やらPTAの偉い人の挨拶と長い話し、それから生活指導のやたらガタイの良いラグビー部の顧問のウザイ話しを聞かされて、うんざりした頃には1人か2人貧血女子が倒れる様式美を堪能した後、幼馴染の腐れ縁兼、クラスメイト兼、野球部キャプテンのウザイ奴に絡まれていた。
『あーあ、その足が走塁にちーっとばかしでも生かせてたらなー。』
『ぐっ……俺はピッチャーだから良いんだよ!!』
『ま、そこは期待してるぜー?エースさんよっ!』
『おう!……今年は絶対甲子園行くんだ。俺はマジだぜ、大野!』
大野は俺の背中をバシンと叩くとムサイ顔で笑った。
『ったり前だ!!バンバンヒット打つからよー!守りは任せたぜ!!』
そうして春大会以来となるムサイ野球部に行くと新入生で賑わっていた。マネージャーがかわいいだの、ポジションがどうだの。
俺と脳筋もアイツも、2年前はコイツらみたいに浮かれてたとか懐かしく思いつつ、着替えて準備運動をしに校庭に向かう。
が、おかしい。
アイツがいない。
いつもはロッカー室でミットか靴磨いてるか、さもなくばマウンドでストレッチをしてるか。横目に監督がチラリと見えたので、とりあえず聞いてみる事にした。
『監督ーっ、蓮が居ないんですがどうかしたんすかー?』
『おー、神谷か。泉はその……なんだ。体調不良らしい。』
泉 蓮 (イズミ レン)……大野と同じく幼馴染で幼稚園からの腐れ縁。そんでもって野球でも腐れ縁。ポジションは捕手……つまりは俺のバッテリー。昔からテキトーな俺と脳筋(大野)の手綱を握って来た妙に頭がキレる愛すべきバカだ。
『そっすかー。バカも風邪引くんすねー。』
俺は監督に笑いながら言葉を返した。しかしどうしてか、大事無い話しであるはずなのに監督の顔が少し暗い。
『……なぁ、神谷。バッテリーの事だが……』
『おーーいっ!!カミヤーー!!ランニング行くぞーーー!!!』
監督の言葉を遮って大野の馬鹿でかい声が監督の声をかき消した。
『うっせ!!今行く!!!……で、監督なんですか?』
『いや、いい。お前も走り込んでおけ。』
『うすっ!!』
こうして俺は走り込みに行った。
その後、どうしてか蓮の姿を見なくなってから1週間経った。理由は分からないままだ。監督は風邪って言ってたけど、どうだか。
『ねえ。あなたカミヤ君だよね?』
そんな時、隣のクラスの女子(アヌビス)が声を掛けて来た。
『ん?ああ、そうだけど。』
『そう。よかったわ。イズミ君のプリントと課題が溜まっているの。届けてもらえないかしら?彼女の家の近くに住んでるクラスメイトはいないし……。聞けばあなたとイズミ君は幼馴染で家も近いらしいし、本来なら私が行くのだけれど今は生徒会で忙しいくて……。お願い出来ないかしら?』
俺はその申し出を受けた。手渡されたプリントは結構な量がある。俺にプリントを押し付けた女子はじゃあよろしく!と言うと慌ただしく去っていった。
『お!ラブレターか??』
脳筋だ。全くどっから湧いて来たんだか。
『違げーよ。……蓮のクラスの女子。蓮宛の溜まったプリントを押し付けられただけだ。』
『はははっ!まだ春は遠いって事だなー!』
『うっせ!』
『それよりよー?今年入ってきた1年生のマネ……ほら、アイツだよ!えっと、あれあれ!いっつもエプロン付けてる……』
『あぁ……ハルミトンの事か?キキーモラだっけ?』
『ああ!なぁ、アイツ可愛くないか??』
『へぇーお前、ああいうのが好みなの?ぐわっ!!?』
俺がそう言うや否や脳筋大野はベッドロックを掛けて来やがった。すげぇ痛い。
この日はそのまま部活に行き、新入部員の面倒を見つつストレッチ、走り込み、筋トレ、シャトルラン、シャドウ、2年生の捕手候補を使ってピッチング練習にて終える。
『……プリント届けてやるか。』
ロッカー室で着替える時、頭の隅に追いやっていた事を思い出す。
電車に乗り、自宅最寄りの駅で降りてアイツの家に向かう。途中でプリンでも買って行くか。アイツ甘党だから少しは元気になるといい。
『あらー。わざわざごめんなさいね〜。』
『いえ。……アイツ、大丈夫っすか?』
『えっと……』
『そっすか。……じゃ俺はこれで!』
良く分からないけどなんかオバさんが言いにくそうにしていた。少し引っかかっるけど、変に問い詰めて迷惑はかけられない。飯食って、風呂入って寝よう。
そして、アイツが顔を出さなくなって2週間が経とうとしていた次の週の木曜日。
なんだか隣のクラスが騒がしかった。昼休みに興味本意で遠巻きにチラッと覗いてみたら誰かの机の周りに女子達が群がってキャーキャー物珍しそうに黄色い声を上げてた。転校生かなんかか?
あ、いけね!購買の焼きそばパン売り切れちまう。
午後の授業は何事も無く進んだ。
けど、天地を揺るがすような出来事……少なくとも俺にとってはそうだ。……が起こる時は何の前触れもサインも無いのだと俺は知る事になる。
クラスルームが終わり、部活に向かう。ロッカールームに入り、着替えてマウンドに。アイツはいない。ストレッチをしようといつもの場所……ベンチ近くに移動すると目の端に見慣れない女子生徒が居る。
新しい女子マネージャーかと思ったが……誰かに何処と無くにている。……いや、アイツに妹とか居ない。じゃあ、誰だ??
『……よう、マモル。』
『へ??……ドチラサマデスカー……??』
我ながら変な声が出た。脳みその処理が追いつかない。なんだよこれ……ざわざわする……。
目の前の女子を見る。背は女にしてはデカイけど蓮より少し、1回りくらい小さくて、輪郭は女の子らしく華奢で丸いけど、目とか鼻とか、言葉使いは紛れもなく蓮本人だ。
さらに、右眉を縦に裂くような傷跡。これは昔、シニアの時にホームに帰って来た敵チームのスライディングを強引にアウトにしようとかち合った時に付いた名誉の負傷だ。
『れ……蓮?……なのか……??』
『うん。ボクは蓮だ。間違いなく。この前はプリントありがとう。あとプリンも。……助かったよ。』
俺の目の前にいる女子は自分が蓮だと言う。
『おい、なんだよコレ!?どうなってんだよ!!』
蓮は少し乾いたように笑う。
『悪い。ボク女になっちゃった。』
『女にって……どうして……おい!お前まさか!!』
『……うん。』
その時、俺の頭の中に浮かんだのは2週間前、始業式の朝にニュースで見た ぽんぽこ製薬 の薬品の誤発送事件だった。
俺がそれを問い正すと、蓮は黙って頷いた。
それから自分に起きた事を俺に話してくれた。
誤発送が起こる数週間前、俺たちは春の高校野球大会予選決勝で西校に逆転負けした。
場面は試合終盤。9回裏3-2で1点リード。マウンド1塁2塁。2ストライク、1ボール、2アウトの詰めの所で蓮が指示したのは外角ギリギリ、外に逃げるカーブだった。振ってくれれば儲けもの。見逃されてもまだ2ボール。そんな場面だった。堅実なプラン。俺も同意した。
ただ唯一の誤算は西校4番の樋口に読まれたことだった。
バットの先を当てる3遊間を抜ける絶妙なヒットを飛ばされ、2点を入れられサヨナラ負け。
西高は春の甲子園にてベスト8に入った。
俺はさして気にしていないが、蓮はその試合最後の押さえの時、俺に得意球(ホーク)を投げさせなかった事をずっと悔やみ続けていたらしい。
トレーニングを増やして、俺に合わせたゲームプランの洗い直しにその後の春休み全部を投入したらしい。ハッキリ言ってオーバーワークだ。案の定、体調を崩して寝込む事に。
そこで飲んだのが何気なく薬局で購入した例の薬が混入した風邪薬だったと言う訳らしい。
朝目が覚めると女になっていたそうだ。
『それで……だから何だよ。お前が女になったからって、そんなのどうでも良いだろ?ほら、練習行くぞ!』
『マモル……ごめん、お前の球もう捕れない。』
その言葉を聞いた瞬間、俺の中の焦りとか苛立ちとか、どうしようも無い事への言われの無い感情がぐるぐると渦巻いた。
『なっ!……どうしてだよ!!』
『マモル……ボクはもう、今までの様に身体を動かせないんだ。』
『だから、どうしてだよ!!』
俺は気づけばでかい声を出していた。怒鳴ったと言ってもいい。
『この2週間、ボクが何もしないでベッドで寝てたと思う?……違うんだ。男の身体と女の身体は造りが違うんだ。重心も違ければバランスも違う。何とか慣れようとしたよ。そのおかげで日常生活はもう問題ない。お医者さんも凄いって言ってくれた。でも……この身体でマモル!150kmを超えるお前のストレートや落差の激しいホークは捕れない……捕れないんだよっ!!』
『で、でもリハビリとかで何とかなるんだろ!?それに魔力ってやつで身体強化ってやつ?できるんだろ??魔物娘なら男子チームに入れるし……』
嫌な汗が流れる。背中が冷たくなって行く。
『……高校野球選手権では種族差が出ないように人化の術を使って魔力を抑えるアンチ・マナ・チョーカーを着けなくちゃいけない。魔物娘は魔力ってやつで身体強化しちゃいけないってレギュレーションがある。身体強化無しで元の水準の運動能力まで戻すのに最低半年のリハビリが必要なんだ……。そこでやっとプラマイゼロ。今は4月の中頃。夏の地区大会まで3ヶ月と少し……とても間に合わない。』
『……俺と脳筋とお前で3人揃って甲子園の夢はどうなるんだよ……。絶対、あの場所に行くんだって』
『……ごめん。』
目を伏せて、拳を握りしめたまま蓮は消え入りそうにそう言った。
『俺は諦めないぞ!!こんなのってあるかよ!!何か方法がある!そうだろ!??』
『………….。』
『ねぇのかよ……なぁ!おい!!』
パシン……
蓮が俺の頬を叩いた。
『……置いてけよ……ボクなんか置いて行けよっ!!お前は北高のエースなんだ!!こんな事でいちいち揺れるなっ!!ガタガタ吐かすなっ!!立ち止まるなっっ!!前だけを見ろ!!傲慢に、不遜に進んで行けよ!!それがエースだろっっ!!!』
『そうかよ……そうかよっ!!くそっ!!』
俺はゴミ箱を蹴っ飛ばしてその場を飛び出した。どうしたら良いかわからない。気づけば河原に出て川に向かって叫んでいた。少しスッキリして、顔に付いた汗を拭うと、頬にはべったりと血が付いていた。顔に傷は無い。だとしたら蓮はきっと血が滲むほど手を握っていたんだ。
あいつ……やっぱりちゃんと悔しいんじゃねーかよ。
『蓮のバカヤローーーーっっ!!!!!』
俺はもう一度叫んだ。
その後。しばらく時間が経っても俺たちはギクシャクしたままだった。
だが、そんな事言ってられる程暇じゃない。
レギュラー争いは苛烈。皆んながライバルだ。そんな中で俺は何とかエースの地位にしがみつく事が出来ている。
大野は相変わらず脳筋だ。細かい事は考えない。蓮の事も『そうか……じゃ、しょうがねぇな。』の一言だけだった。逆にそう言う所が評価されたから大野はキャプテンなんだ。スラッガーでキャプテン。練習だけじゃなく実務や部員全体の事もこなしていて忙しそうにしていた。
そんな中、目下の問題はキャッチャーだ。蓮の穴を誰かが埋めなくてはならない。北高野球部の恒常捕手は蓮を除いて4人。3年の霧山、2年の川原と浜口。新入部員の沼田だ。俺の新しい相手は沼田になった。こいつは野球推薦組。俺は知らないがかなり優秀らしい。
蓮本人は時々マネージャーとして顔を出す他は専用のリハビリ施設に行ってるみたいで次第に顔を合わさなくなっていった。
ちょっと前に、蓮の様子を見に行った時、アイツは必死な顔してリハビリをしていた。遠くから見ただけだったけど、何となく近くに行けなかった。
必死に頑張ってる奴にそれ以上頑張れなんて言えない。
あれ以来口はきいていないが、日に日に見る度に蓮は女らしくなっている気がする。嫌では無い。だけどそれがどうしょうも無く不安で、心に霧が掛かったようになる。
同じ夢を目指せなくなったと言う事を俺はまだ心の何処かで認めたく無いのだろう。
それから数週間過ぎたある日の練習の事……
バシッ……ポロッ……
『なんで捕れないんだよ!!』
『すんませんっ!!でもセンパイもサイン見て下さい!!オレ、外角カーブのサイン出しましたよね!?』
俺は言うと守備練習にて沼田と揉めていた。
『あそこは内角ギリのホークだろっ!!蓮なら間違いなくホークにしたさ!もしそうじゃ無くても蓮だったらちゃんと捕れてた!!俺の得意球くらい覚えておけよ!!』
沼田は少し不貞腐れたように俺を見た。
『そうっすね……でも、オレは泉センパイじゃねーですっ!!泉センパイ、泉センパイ……。今の神谷センパイのバッテリーは俺なんす!俺を見て下さいよっ!』
そこまで言うと、沼田はハッとした顔をしてそれから頭を下げた。
『……スンマセン、オレちょっと走り込んで来ます。』
沼田はそう言うと走り込みに言ってしまった。
瞬間……
バフっ!!……とタオルが投げられた。目を向けると少し困惑するキキーモラのマネージャーからタオルをふんだくってこっちにぶん投げてきた大野がいた。
『マモル……お前も走り込み行ってこいよ。』
『でも俺は……』
『いいから頭冷やして来いってんだよ!らしくねぇ!!……そんで沼田に謝って来い。』
『何で……』
『今のはお前が悪りぃってんだろ!!大人気ねぇ!……いいから行けっ!!ダッシュ!!』
俺はキャプテン大野にどやされて沼田を追って河川敷のランニングコースを走る。
沼田は直ぐに見つかった。
だけど、アイツは河川敷の橋の下で誰かと話しているみたいだった。
遠巻きに見ると相手は蓮だった。沼田の手にはボロボロのメモ帳とボールペンが握られていて、蓮が口を開く度に忙しそうにペンを走らせていた。それが終わると深々と頭を下げてメモ帳とペンをケツポケットに突っ込むと走り込みに戻った。
『……マモル。出てきたら?』
こっちを向くと蓮は俺にそう言った。
『……久しぶり。』
『うん……久しぶり。』
『……えっと……その……すまん。』
『別に謝らなくていいよ。』
とは言え少々バツが悪い感は否めない。
『……リハビリはどうだ?』
『まぁ、順調。今終わって帰る所。』
『……沼田と何話してたんだ?』
あ……俺は何を聞いてるんだろうか。
俺がそう言うと、蓮は俺に高架下の階段に座る様に促した。
『……沼田はさ、必死に頑張ってるよ。1年坊のくせにさ?お前の投げるクソ重い球取る為に、少しでもお前が投げやすいように殆ど毎日昼休みとかにボクのとこに来てるんだ。配球のクセとか傾向とか、ゲームプランとか、他にも色々……』
『そっか……』
『何があったのかはだいたい想像が付くよ。ボクが原因でそれは悪いと思ってる。でも……でもさ、いい加減認めてやりなよ。少なくとも、今マモルの球捕れるの沼田しかいないんだろ?』
『ああ。』
『それじゃ頑張って。』
それだけ言うと蓮は立ち上がってスカートの後ろをパンパンと叩くと去って行った。
久しぶりに話した蓮はますます綺麗になっていて、髪からは良い匂いがして、声なんかはもう完全に女になってた。
沼田にちゃんと謝ろうと思った反面、心の靄は少し濃くなった気がした。
その後、沼田に謝って一緒に戻ると監督から罰として掃除と部員全員分の用具整理を言い渡された。
図らずとも沼田とじっくり話す時間が出来た。
話してみて分かった。たぶん俺は自分でも知らない内に蓮に……周りに甘えてた。俺が投げられるのは、コイツらがいるからなんだ……。そう思うとこの時間はなかなか有意義なものに感じる。
『あれ?脳筋のバットがない?』
『あぁ、キャプテンならあそこで素振りしてますよ。』
大野は俺たちの罰掃除と用具整理が終わるまで、素振りをして待っててくれた。もうすっかり暗くなっていて、どうしてかと聞くと頭は最後まで居るもんだと一言。
そうして少々のトラブルはあったものの6月に入る頃には何とかひとつのチームとして機能する様になって来た。何気なき毎日が過ぎて行く。
『……お疲れ様。はい、ポカリ。』
『お、サンキュー。』
いつからだろうか?蓮の事を目で追ってしまう自分がいる。でも目が合いそうになると逸らしてしまう。理由は良く分からない。
『……どうしたの?』
『べ、べつに……』
『ふーん?』
そう言って蓮は気安く笑った。
あぁ、蝉の声がうるさい。
1日1日が長くて、そして短い。現在の変化が心と過去を塗り潰していくようで。それでも時間は待ってはくれない。出来る限りの事をするしかないんだ。
戦いのラッパが鳴り、最後の夏が始まる。
バンバン!バババン!バババババババン!
"カッとばせーーっ!田中っ!!カッとばせーーっ!田中っ!!"
地区予選大会。北高野球部は危なげなく勝ち進んだ。
そして今、予選決勝にて37c° の溶けそうな日差しの中で宿敵西高との試合に臨んでいる。
カキーーン!!
"ぉぉおおおお!!"
"ヒット1番お願いしまーすっっ!!"
パーラーラッ!パララパッパラー!
"おーえすっ!!"
パーラーラッ!パララパッパラー!
"おーえすっ!!"
パーラーラッ!パーラーラッ!パッパラーパッパラーパッパラー!!
"Go!Go!北高!いいぞ!いいぞ!北高ーーーっ!ファイッ!!"
ドンドンパフパフ!!ドンドンパフパフ!!
"もーいっぽん!!それ!もーいっぽん!!"
吹奏楽部とチア部と応援団の声援の中、7回の表、北高の攻撃回にて1アウトで2年の田中が出塁した。それも束の間、次の斉木がゴロに倒れゲッツーでチェンジ。7回裏、西高の攻撃回に。現在未だに0-0。勝負は拮抗している。
『神谷、アップは大丈夫だな?』
『はいっ!!』
『よし!行って来いっ!!』
『はいっ!!』
"背番号……10番……ピッチャー……遠藤くんに変わりまして……背番号……1番……ピッチャー……神谷 守くん……背番号……2番……キャッチャー……星野くんに変わりまして……背番号……22番……キャッチャー……沼田 幸助くん……"
6回まで投げた遠藤から『頼むぞエース。』とハイタッチを受けて、俺はマウンドに向かう。
7回裏に来て2名の交代。北高が抑えに入った事は明白だ。向こうの打線陣の空気がひりつくのが分かる。
土を踏みしめて、投手板の横にあるロジンバックを握る。うん……何度来てもこの場所は良い。生きてるって感じがするんだ。
なぁ、樋口。打てるもんなら打ってみろよ。
西高のベンチを睨み付ける。樋口は腕を組んだまま微動だにせずにただ静かに此方を見ていた。
守備の配置が終わり、鶯嬢のアナウンスと共に西高の3番バッター高田が右のボックスに入る。
沼田からのサイン……顎、左肩、指2本。内角高めのストレート……
首を縦に振り
グローブの中でボールを握る
目を瞑って深呼吸をふたつ……
狙いを定め、足を上げ、振りかぶる……
ズバン!!
"ストラーーイク!!"
よし!速度表は145km。調子は良い。
パシン!と音を立てて沼田からのボールを受け取る。
次のサインは……胸、指2本、それから手を下に。ど真ん中のチェンジアップ。
少し驚きつつ、俺は首を縦に振った。
沼田のヤロー……心臓に毛が生えてんな。
次の球、球速98kmのチェンジアップをだいぶ早いタイミングで振らせる事が出来た。
次のサインは……キャッチャーミットを2回叩いてど真ん中で開く。意味は小細工無しの全力速球。
首を縦に。
俺は全力で投げた。
ズバンッッ!!!
"ストラーーイク!!バッターアウッ!"
98kmのチェンジアップ直後の152kmの豪速球。どうだ!並の動体視力じゃまず打てない。
この回、沼田と俺のバッテリーはバッターを出塁させなかった。この試合初の樋口との因縁の対決は俺に軍配が上がった。
守備を引き払い、8回。ここでもゲームは拮抗したまま動かない。俺たちも西高も我慢が続く。
そして場面は9回表。北高最後の攻撃回。2アウト、4番大野の打席。今日は未だノーヒントノーラン。
『安心しろ。ちょっくら1発ぶちかまして来る。……アイシャ!来てくれ。』
大野は俺にそう言うとマネージャーのハルミトンを大声で呼んだ。
『はい。大野様。』
『……高校最後の打席になるかもしれねぇ。だから、もし俺がホームラン打ったら……お前俺の嫁になれ!!じゃあな!行ってくる!!』
そう言うと頭から湯気を出して顔を耳まで真っ赤になった彼女を置いてベンチを後にした。
ひゅーひゅーとベンチではヤジが飛び、監督は額に手を当てた。
"バッター……背番号……4番……大野 大地くん……"
大野は右のバッターボックスに。あいつにとっての決闘場に入っていった。
パリラ〜……パ〜ラパッパッパパパ〜〜リ〜ラ〜ラ〜ラー……パリラ〜〜!!
デデデーーーン、デン、デン、デン、デーーーン!!
スラッガー大野の専用曲、必殺始末人 からの 暴れん坊ジェネラル。
つくづくあいつにぴったりだ。三振か長打か。俺はガラにも無く決めてくれよと心の中で願った。
『ぬぉぉおおっ!!』
ブン!!!
ズバン!! "ストラーーイク!"
『まだまだぁぁああ!!』
ブォン!!!
バシンッ!! "ストラーーイク"
俺の願いも虚しく2ストライク。もう後が無い。
大野は雲ひとつない空を仰いだ。きっと諦めに近い嫌な考えが頭に浮かんだんだろう。
『負けるなっ!!旦那様ーーーっっ!!』
その時、ハルミトンが叫んだ。小さな身体から信じられないくらい大きな声で。でもその時、確かにあいつが笑った気がした。
『ぅおらぁぁあああ!!!』
カキーーン………
打ったボールは空高く舞い上がった。誰も追う者はいない。そして中央スタンドに突き刺さった。
"うわぁぁぁあああああああああああ!!!!"
パーラーラッ!パララパッパラー!
"おーえすっ!!"
パーラーラッ!パララパッパラー!
"おーえすっ!!"
パーラーラッ!パーラーラッ!パッパラーパッパラーパッパラー!!
"Go!Go!北高ーーっ!ファイッッ!!!"
ドンドンパフパフ!!ドンドンパフパフ!!
吹奏楽部が奏でる応援歌とチア部と応援団の歓声の中、堂々と両手を広げてグラウンドを一周するスラッガーがホームに帰って来た。
プレッシャーに押し潰されそうになったろう。逃げ出したかったに決まってる。
けどあいつはやってのけた。
皆んなで寄って集ってメガホンで叩きまくる。ハルミトンなんか泣きながら抱きついていた。
続けての打者、浜口はファーストゴロに倒れ、9回の表 1-0 北高の1点リードで最後の攻撃を終えた。
『おいエース……後は頼んだぜ?』
『頬っぺたにキスマーク付けて言うセリフか?』
『ぐっ!……ったく。ま、その憎まれ口なら大丈夫そうだ。』
『……あぁ、任せておけ。こっからは俺の仕事だ。』
俺は頬を張って気合いを入れる。1点リードで西高の最後攻撃回。手負いの猛獣よろしく必死にくらいついてくるだろう。加えて、9番打者からだ。直ぐに西高クリーンナップが控えている。嫌な感じだ。
そしてその予感は現実になった。
俺は9番打者と2番打者の出塁を許してしまう。1アウト1塁3塁。打順は西高クリーンナップの3番打者。
カンッ!
内角のチェンジアップをバントで打たれ、ボールはワンバウンドして俺の方に返ってくる。3塁の走者は俺がモーションに入った時には既に走り出していたのかホームに迫るのが異様に早い。一塁に投げてる間にホームに帰って来る。俺はすぐさまゲッツーを諦めてホームに送球する。
パシン!!
俺の送球を受け取った沼田がランナーを待ち構える。
『こいやーーっ!!』
ランナーは走塁速度を落とさない……まずい!クロスプレーになる!
ドガッ!!
『ぐっ!!』
『沼田っ!!』
"アウッ!!"
嫌な音がした。沼田に駆け寄る。アウトにはしたものの起き上がらない!皆んなも直ぐ駆け寄った。
『沼田っ!……審判っタイム!!タイムだ!!……おい!沼田っ!!』
『……ダメだ、完全に伸びてる。』
『タンカー!タンカーー!!』
" 怪我人が発生した為……一時試合を……中断いたします……"
俺達は沼田がタンカで運ばれてる間に直ぐさま誰をキャッチャーにするかを話し合った。他の奴を使えば全力で投げられない。次のバッターはあの西高の樋口だ。打率5割の怪物スラッガー。そんな事で通用する相手じゃない。
敬遠すれば良い?バカヤロウ!そんなカッコ悪い真似出来るか!
『どうすんだよ。ここまで来て……』
暗い空気が漂う中、予想もしなかった事が起きた。
『ボクが……ボクが捕るよ。……バッテリー再結成だ。』
キャッチャーミットと防具を手に、ユニホームを着た蓮が現れた。
『れ、蓮……。お前……』
『ハルミトンさんがさ?念のため持って来てくれたんだ。……それで監督。ボクの選手登録は大丈夫ですね?』
『あぁ。それは問題ない。』
『じゃあ、大丈夫ですね。』
嬉しさ半分、不安半分、俺は蓮に問い詰めた。
『ちょ、ちょっと待て!大丈夫なのかよ!?お前、リハビリ半年掛かるって……』
『うん。頑張ったんだ。大丈夫。』
『本気で投げるぞ?』
『うん。』
『……サインは大丈夫だな?』
『ばっちりだ。』
俺は蓮の両肩に手を置く。泣きそうなのを我慢して。
『……蓮……おかえり……』
『うん……ただいま。』
蓮は変わっても変わらない歯に噛んだ笑顔を見せた。それで……それだけでさっき感じた不安が消し飛んでいく。
『ぜってーー甲子園いくぞっ!!』
『おう!!』
パァァン!
ハイタッチの乾いた音がマウンドに響いた。
" キャッチャー……沼田くんに変わりまして……背番号……0番…… キャッチャー……泉 蓮 さん……"
蓮は位置に付くと慣れた様子でミットを構えた。
現在、9回裏 1-0 で1点リード。2アウト、マウンド1塁2塁。打者は西高4番、スラッガーの樋口。図らずとも春と同じような状況になった。
『うちの者がすまんかった。……だが勝負は勝負。全力で行かせてもらう!』
『望む所だ……ケリ付けてやるよ!』
今回ばかりは逃げも負けも許されない。
さぁ、ゲーム再開だ。
"樋口・パブリッーークッ!!!"
バン!バン!バン、バン、バン!!バン!バン!バン、バン、バン!!
西高スタンド応援団長の掛け声から、吹奏楽部が樋口のテーマ曲、パブリック・マーチを演奏する。このテーマが流れた時の樋口は異様に強い。おかげでこの地区の同年代の野球バカは俺を含め大手電気屋のコーマーシャルが嫌いな人が多いだろう。
素振りを一回。右のバッターボックスへ。威風堂々とはこういった事を表すをだろう。樋口から吹いてくる強者の風はハンパない。
視線を交わし、蓮を見る。
ミットの下で親指を上……手を縦に……指は2本……ハンドサインのみ。高めのストレート。
首を縦に振り、足を上げ、振りかぶる……
チッッ!
バン!! "ファール"
僅かにバットを掠めたボールは直ぐ後ろのフェンスに突き刺さるように飛んだ。……あと10cm低かったらやられていた。冷や汗が頬をつたう。
樋口は落ち着いた様子で肩を回すと再びボックスに収まる。
もう一度だ。
サインはまたもハンドサインのみ。指が1本、3本、2本、パー、パー……外角高めのカーブ。
ズバン!!
"ボール!"
明らさまな誘い球には乗ってくれないか……
俺は蓮と目を合わせて頷き合う。
指3本、1本、2本、グー、パー……内角低めの豪速球。
ヒュッ!!
ズバン!!! " ストラーーイク!"
どうだ!樋口っ!この日最速、155kmのストレート。
これで2アウト、2ストライク、1ボール……
次が……たぶん、最後だ。
樋口が俺を睨み付ける。ここに来てまだ溢れんばかりの闘気を放っている。いったいどんな神経してるのだろうか。
汗を拭い見上げると、雲ひとつ無いどこまでも青い空。太陽だけが眩しい。
土を踏みしめて、投手板の横にあるロジンバックを握る。なんだろう。世界のざわつきを遠くに感じる。でも妙に視界は綺麗で、とても楽しい。
蓮と目を合わせる。……サインは……無い。
ただどんな球でも捕ってやるよと言いたげに歯に噛んで笑ってくれた気がする。
それだけで俺は何も怖く無い。
グローブの中でボールを人差し指と中指で挟み込むように握る。
深呼吸を2つ……。
世界がマウンドと樋口、そして蓮だけになる。
ふと風が止んだ。
足を上げて、振りかぶる。
踏み込んだ足、スパイクはマウンドの土を掴み、重心は前へと淀みなく。
グローブを嵌めた左手は身体の内側に吸い付くように。
高められた縦の遠心力は重力の力と合わさりボールを持つ右手に。
リリースポイントから指を離れたボールは徐々に球速を落としブレながら落ちていく。
樋口……お前用に作った極小回転のホークだ。
『ォォオオオオオオオオッ!!』
ブォォォオオンッ!!
バスンッ………
ボールは蓮のキャッチャーミットの端に引っかかるように、でも確かに受け止められた。
" ストラーーイク! バッターアウッ! ゲームセット!!"
"うわぁぁぁあああああああああああ!!!!"
勝った……勝った!!
俺っ……俺っ!!守り切った!!
『テメーコノヤロー!!良くやったーー!!』
バコーン!!
脳筋大野が俺の頭をぶっ叩く。目が飛び出るかと思った。それを皮切りに今度は俺が寄って集ってメガホンで散々叩かれる。
パコンッ。
『マモル……本当になんつー球投げるのさ!』
『蓮……』
『本当に……本当にっ……』
蓮は目の端に涙を溜めて笑っていた。
『北高の神谷っ。今回は完敗だ。』
『樋口……。あぁ、俺は勝った。』
『この借りは必ず返す。お前もプロに来い!面白くなるぞ?』
『応!!』
俺は西高の樋口とガッチリ握手を交わして、プロでの再会を誓った。
北高と西高が整列して互いに礼。そして北高校歌が流れる。
俺は蓮と……こいつらと野球やれて本当に良かったと思う。
いつの間にか意識を回復させた沼田がちゃっかり戻っていたのには、感動と喜びの中にひと握りの笑いを提供してくれた。まったく、要領が良いのか悪いのか……。たぶん良い方だろうな。
俺たちは熱狂冷めやらぬ中、マウンドを引き上げて球場のロッカー室に。
戦勝ムードに浮かれる中、蓮が気分悪そうにしていた。
『監督すんません、蓮が気分悪そうなんで医務室連れてきます!』
『あぁ、わかった。……神谷。』
『はい?』
『ほどほどにな。』
監督によくわからない事を言われ、俺は蓮をおぶって医務室に連れて行く事にした。
『大丈夫か?』
『うん……たぶん疲労が原因……かな?』
人気のない長い廊下を背中越しに言葉を交わす。軽くて柔らかい。……こんな身体で良く頑張ったよ。本当に。
『そうか……やっぱ無茶してたな?』
『うん……ごめん……』
『謝るなよ……助かった……ありがとうな。』
『うん……』
『重く無い?』
『……ちょいな。』
『そこは嘘でも、重く無い。大丈夫だっ!……て言ってよ。』
『ははっ、悪い悪い。』
俺たちは久しぶりに2人だけで話した。この廊下がもっともっと長ければと感じてしまう。
でもそんな事は無く、程なくして医務室に着いた。クーラーが効いていて助かる。医務室の魔物娘担当の先生はおっとりとした魔女の小ちゃな先生だった。俺は診察終わるまでパーテーションの外で待つ。と、程なくして診察が終わったのか呼ばれた。
『身体の不調はー疲労が原因ですねー。うーん、レンさんは聞けば春に魔物娘になったばかりと言いますしー、身体の使い方がまだなれていないようですぅー。今日はとーっても暑いしー大変だったでしょー?栄養をたーっぷり取って、安静にしていればー大丈夫ですよー。』
『よかった。』
蓮はかなり無茶をしたみたいだから、内心かなり心配していた。
『それで、そちらの方はー?』
『あ、ボクの付き添いで、パートナーのマモルです。』
『そーですかー。良かったですぅー。うらやまですー……こほん。実は吸精剤が切れてしまっていてー、処方出来ないのですよー。あ、学校の事はー心配しないでくださいー。プライバシーは、ばーっちりですよー。それではー……カーテンを閉めますねー。人払いとー……防音の魔法を掛けておきますからねー。ではでは、ごゆっくり〜〜♪♪』
じゃーーーーっ……とカーテンが閉められて俺と蓮はふたりきりになってしまった。
『ええっと……え、どゆこと?何この状況……。』
『あの……ね、マモル。落ち着いて聞いてほしんだけど……ボク、女の子になったじゃない?』
蓮は何故か顔を真っ赤にしている。
『あぁ……。』
『正確にはアルプって言う魔物娘になったんだ。……ここまで良い?』
『あぁ、大丈夫だ。問題ない。』
蓮は深呼吸を2回すると、少しばかり真剣な目をして俺を見た。
『……魔物娘のエネルギー源は人間と同じで食べ物でも良いんだけど、それだと効率が悪いんだ。……そこで、精……って言うのが……その……ひ、必要になるんだ。何日か1度、吸精剤って言う薬を飲んでいるんだけど……』
『あぁ、さっきの魔女先生が言ってたあれか。今切らしてるって……』
『うん……。それで、その後先生はボクにマモルとの関係を聞いたじゃない?』
『おう。パートナーだっけか?……嬉しいよ。へへっ……』
俺がそう言うと蓮は何故か真っ赤な顔をさらに赤くした。
『だっ……だからっ!……そのっ!……先生が聞いた言葉の意味はっ……こ…こ…こここ恋人同士かって意味だったみたいなんだ!』
『へっ……??』
蓮の言葉を聞いた瞬間、心臓が早くなってカーーっと顔が熱くなるのがわかった。
『つつまり、せ、精の摂取方法のもう一つの主な方法は……こ…こ…こここ恋人との……その、せ…せ…セックスなんだ。だ、だから……こんな状況に……うぅ……ご、ごめん。』
『そ、そうか……。』
……………………………………
沈黙が辛い。こういう時どうすれば良いんだ??あん時の脳筋みたいに覚悟決めて……って俺は何考えてんだ!?
『あ、あのさっ!……やっぱアレだよねっ!ボク達は……バッテリーだし、ほらっ……パートナーって言ったのも……えっと、幼馴染だしさ!その……大切な……大切な……友……達……だからっ……だから……家に吸精剤もあるし……早く帰ろっか。』
じゃ、なんでそんな顔すんだよ!こちとらお前にそんな顔して欲しくないんだよっ!
泣きそうなお前なんか見たく無いんだよ。
あぁ、そうか……
今分かった……こいつは蓮じゃない。
蓮だけど蓮じゃない。
レンなんだ……。
それからもうひとつ分かった。
どうして、こいつの事ばっか考えちまうのか。
『……俺じゃダメか?』
『へっ……?』
『だからっ!……俺じゃダメかって聞いてんだよ。……2度も言わせんな。』
『ど、どうして……』
俺……レンの事好きだわ。
『……お前の事好きだ。ずっと前から好きだ。女として好きになったのはお前が女になった時からだけどさ……。美人だし……かわいいし……綺麗だし……。あのさ……俺分かったんだよ。気付いたら蓮のことばっか考えてる。いきなり女になって、初めはそりゃ驚いたしさ、裏切られたって思ったよ。でも……でもさ、必死に頑張ってる蓮を見て……いつの間にか目で必死にレンを探してる俺がいてさ……気付いたら……お前の事……大好きになってた。……なぁ……俺じゃダメか??』
『ダメじゃない……ダメじゃない!!うわぁ〜〜ん!!』
泣きじゃくるレンを抱きしめる。レンは小さな身体を震わせて俺の腕の中で泣いた。
体感で10分くらいか。もうずっとレンが引っ付いたまま離れてくれない。
『……なぁ、そろそろ離れて……』
『いやだっ……』
『嫌って……それじゃ、その……なんだ……できないだろ……?』
『う……うん……じ、じゃあ……ん……』
レンは引っ付いたまま俺の顔を見上げると目を閉じて顎を少し突き出した。
ちゅっ……
『キス……しちゃった……ね。』
『あ、あぁ……』
唇をかさねるだけのキス。それでも俺の心臓はバクバグと鳴っている。世の中のリア充共はすげぇ……こんなのバッターとの一騎打ちより緊張する。
………………………………………………
レンもベッドの上にちょこんと座って、顔を伏せて湯気を出している。
『じゃ……さ……マモル……』
沈黙を破ったのはレンだった。
『は、はいっ。』
ユニホームを脱いでパン一になる。俺のはもう痛い程にバキバキになっていて、たぶんこれほど勃った事は無いと思う。
レンは首のチョーカーを外してユニホームを脱ぎ出した。プチプチとボタンが外されて、カチャカチャとベルトの金属音と布が擦れる音を立てて脱いでいくと、下着姿になった。
地味な色のスポーツブラとスポーツショーツだ。
『……色気なくて……その……悪い……』
『そんな事ない!……綺麗だ。かわいいよ。』
『良かった……嬉しい。』
そして俺はレンを医務室のベッドに押し倒して、唇を奪う。今度は舌を絡ませ合うあのディープキスって言うやつだ。途中、歯が当たったりしたけど頭の中が蕩けていくようで、それはレンも同じみたいで2人して夢中になった。
気づけば、レンは人化の魔法?変身が解けて魔物娘本来の姿になっていた。角も尻尾も羽も全部綺麗だ。
この後どうしようか?そんな事を考えながら、俺はエロ本などで仕入れた知識を総動員する。我ながら童貞くさい。結果、一時中断してもっとキスしたいと抗議の目を向けるレンをバンザイをさせてスポブラを脱がせた。
『………』
言葉に出来ない程綺麗だった。控えめだけど柔らかそうで、甘酸っぱい汗の匂いがした。
むにっ……
『あっ!……んっ……』
触れるとマシュマロみたいだ。
『ち、ちょっと……あっ……ん……いたい……』
そう言われて、俺は慌てて手の力を抜く。するとレンは甘ったるい声を出した。
なんだよ、こいつの声っ……すっげえ興奮する……。
『あっ……んひっ……や……ま、マモルばっか……ずるいっ……』
『ちょ、れ、レン!』
レンはそう言うと俺のパンツに手を掛けて一気に下にずり下ろした。
ぶるんっ!!
瞬間、暴れん坊ジェネラルになっている俺のが飛び出した。
『……………』
『お、おいっ……』
レンは俺のものをまじまじ見つめる。
あー……これは思った以上に恥ずかしい。シャワーも浴びてないし、試合の後だから凄い匂いがするだろう。
そんな良いとは言えない状態なのに、レンは嬉しそうに目を細めると愛おしそうに頬擦りをしてちろちろと舌を這わせて口の中に放り込んだ。
『マモルの味がする……』
じゅるっ……レロっ……じゅぱっ……
『お前っ……』
レンの口の中は熱くて、ざらついた舌が動いていて溶けそうな程気持ち良い。
レンを見ると必死な顔をして右手はショーツの中に入っていた。やがて口を離すと俺の首に手を回して俺ごとベッドの後ろに倒れ込んだ。
レンの顔を見た。頬は赤く染まっていて息は熱く震えていて、瞳を潤ませていた。
生唾を飲み込んでべっちょりと濡れたショーツをスルスルと脱がしていく。少し乱暴だったかも知れないけどレンは嫌がらなかった。
脱がした後、レンは上目遣いでけれども何かを訴えるように俺を見ると足を開いて両手でくぱぁ……と女の子のそれを開いた。
俺はレンを組みし抱いて自分のそれをレンのに当てて腰を押し当てる。
(……なんか当たって?……これって処女膜か……痛いんだよな……)
『レン……』
レンを見つめると、黙って赤らめた顔を縦に振った。
ずっ……ぶちっ………
『んん"っ……はーっ……はーっ……』
入った。レンの中に。……結合部から血が出ている。
『……レン、大丈夫か??』
『うん……ちょっと痛かった……でも……嬉しい……嬉しいよぉ……ちゃんと、マモルにハジメテをあげられた……』
俺たちはそのまま密着したまま暫く口を吸い合って舌を絡ませたり、抱きしめ合った。
『マモル……』
レンの目が訴えてくる。
おれは勝手が分からないなりに腰を動かした。
『あっ❤あっ❤……ん❤』
なんだよこれ……すげぇ……すげぇ気持ちいい……
レンの中は熱くてぐちゃぐちゃで、腰を落とせば沼みたいにどこまでも沈んでいって、腰を引き上げると離さないと言わんばかりに絡みついてきた。
少し勝手が分かってきて、徐々に早く動かす。
じゅぽっ……じゅぱっ……ぱちゅん……
すごいエロい音がする。
『あっ❤マモル❤……マモルぅ❤』
レンの口からは甘い声が出て、汗からは甘酸っぱい臭いを振り撒いて、柔らかくてとろとろで……。
『なぁ、レン……どっちが良いんだ!?』
『な……なに❤がっ??……あぁ❤』
『男より、女の方がいいのか!?』
『わ、わかんないっ❤だって……使ったこと……あ❤……ないんだもん!』
『レンにはさ……はぁ!……女になって良かったって……思って!ほしんだよっ!!』
俺は夢中になってレンを貪る。ぱんぱん……と腰を動かすスパンがだんだんと早くなっていって限界が近づいてきた。
『キモチイイ❤キモチイイよぉ❤❤』
『レンっ!レンっ!!』
『マモル❤マモルぅ❤キテ❤イッパイキテ❤❤全部ちょうだいっっ❤❤』
レンの脚と尻尾が俺の腰に周る。俺はそれに応えるようにレンの頭と背中に両手を周してきつく抱きしめる。レンの脚の力を借りて更に輸送が早くいやらしくなった。
ぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱん………
『あっ❤何かクル!何かクルっ❤コワイ……コワイよ❤マモルぅ……あっ❤……キスして……キスして❤❤ぎゅっとして❤はなさないでっっ!!』
『『んんっ…………❤❤❤』』
きつく抱きしめて、唇を重ね、舌を絡ませながら俺たちは絶頂した。
『『ーーーーーーーーーーーーー❤❤❤❤』
どくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどく……………
『レン……』
『マモル……』
その後暫くは動く事が出来なかった。
気怠い疲れに身を任せて、俺たちはもう一度唇を合わせると意識を手放して一緒に夢の中へと旅立った。
目が覚めて、帰る頃には空は茜色に染まっていた。帰り道の河川敷でレンがずっと隠していた心の内側を俺に打ち明けてくれた。
『ボク……辛かったっんだ。女の子になって最初は野球が出来ないのが1番辛かった……でも、時間が経つ度に……マモルの側に居られないのが……1番辛くなった。』
『そっか……』
『どんどん夢に向かって不器用に進んでいくマモルが……どんどん離れて行く気がしてさ……』
『うん……』
『そして、いつかボクの事を忘れて……誰か素敵な彼女が出来て……それを想像したら、涙が出て……止まらなくて……夜も眠れなくなった。』
『うん……』
『だからさ?……せめて、どうにか目に見える所に立つ為に頑張った。でもさ……それじゃダメになって来たんだ。遠くから見てるだけじゃ……ダメになったんだ。』
『だから、あんな無茶したのか……』
『うん……ごめん。』
『バーカ。謝んな。』
デコピン……
『あでっ』
レンは少しむくれている。
『なぁ、知ってるか?』
『??』
『バッテリーの意味にはさ……夫婦って意味もあるんだ。』
『う、うん……。』
『もし……もし甲子園で優勝したらさ……俺と人生のバッテリー組んでくれ。……夢の果てまで連れてくって約束する。』
『うん……うんっ……約束……約束っ……』
(あー、また泣かしちゃたな……)
こうして俺とレンは恋人同士になった。
その後、北高野球部は甲子園に出場するも健闘虚しくベスト8止まりだった。
甲子園が終わって俺と脳筋大野の代は引退。新キャプテンはあの試合6回まで投げた遠藤に決まった。
脳筋は部活を引退するや否やハルミトンに引き摺られるようにしてゲートの向こうの彼女の両親と祖父母に挨拶しに行ったようで、数日後に帰って来たら婚約指輪を揃って嵌めていた。その時のレンの何かを訴える視線にはもの凄い圧があった。
俺たちの進路はと言うと……
"……それでは、代一巡目を発表します。日読ギガントス第1位選択希望選手……樋口 剛 外野手……"
そうプロ野球だ。甲子園が終わってから、俺と脳筋は何人かスカウトから話を聞いていた。
レンの事もあって少し迷ったが、プロに行こうと思う。
それに……プロの舞台で樋口と戦いたい。
"……快天ファルコンズ第3位指名選手……大野 大地 外野手……"
"……電神ライガース第3位指名選手……神谷 守 投手……"
俺はドラフト指名を受けてライガースに、大野はファルコンズに行く事になった。
『ライガースか。……これからはライバルだな!』
と大野は喜んでくれた。レンは大学でスポーツ医学を勉強したいらしく、体育大学に合格していた。
それから、すぐに卒業式があって……レンの両親に土下座して頼み込み、レンの苗字が泉から神谷に変身する事件があって……
あっと言う間に数年の時が過ぎた。
そして……
"……さあ、試合も終盤7回の表。激しい優勝争いを繰り広げるギガントス対ライガース。セントラル・リーグの歴史ある因縁の対決はここまで 4-5 とライガースが1点リードしていますが、1アウト、ランナー2塁と言うギガントス同点のチャンスを迎えております。"
" ギガントスのクリーンナップをライガースがどう抑えるかが気になりますね。"
" そうですね。……おっと、ここで選手交代のようです。……ピッチャー太田から変わって、神谷 守です。守護神 神谷 が出て来ました。"
" ライガースは完全に抑えに来ましたね。"
俺はマウンドの土を踏みしめて、投手板の横にあるロジンバックを握る。うん……何度来てもこの場所は良い。生きてるって感じがするんだ。
なぁ、樋口。打てるもんなら打ってみろよ。
" 守護神 神谷 振りかぶって……投げました!……"
俺たちは今……あの時見た夢の向こう側にいる。
dream is never end...
"この度は世間様にご迷惑をお掛けしてしまい、ホンマにごめんなさい。全て社長であるうちの責任です。"
" 原因はなんなのでしょうか? "
"はい、ゲート転送システムの不具合です。3日前に発送した弊社の風邪薬15万錠の中に約3万錠のマンキラが紛れてしまいまして……。"
" 対応はどのようにするおつもりですか? "
"はい。風邪薬は既に自主回収に入っております。絶対に飲まんといて下さい!また、弊社の該当薬品が原因で起こってしまったトラブルについては、全面的に保証させて頂きます。ホンマすみませんでした!"
パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ……
『以上、昨日発覚した ぽんぽこ製薬株式会社 の新薬、マンキラの誤発送、その記者会見の様子でした。事件は一昨日に発覚。ゲート転送システムの突発的な不具合により生じたものでして、対応が急がれます。』
『えー……たしかこのマンキラって薬は主にトランスジェンダーの為に作られたもので、正しく使えば素晴らしい薬品ですよね?』
『そうですね。しかし、ほぼ確実に男性を女性に変えてしまいますので、誤って飲めば望まない性転換が起きてしまう可能性もありますよ。』
『はい。この効果は男性のみですので女性には無害となっておりますがね。なんでこんな事が起きるんでしょう?』
『ゲート転送システムなんてよく分からない物を使うからですよ。昔ながら運送会社等の物流を使えばこんな事にはらなかったんです。』
『えー……ここで専門家に意見を伺います。お電話がつながっています。』
ーーーーーー………
春野球が予選敗退に終わり、その日俺、神谷 守(カミヤ マモル)はいつものように早朝ランニングから帰ってきてボーっとニュースを見ていた。
『ほえー……大変だなー。』
朝の納豆ごはんと味噌汁をかきこみながら今日はどうしようかと考えていると、頭にバスン!と衝撃が走った。
『あでっ!』
『あんた、そんなのんびり朝ごはん食べてていいの?今日始業式でしょ?』
『へ?何言ってんだ母ちゃん、今日はまだ春休みだろ……?違うの?』
丸めた新聞紙を持った母ちゃんはニュース番組をさした。キャスターの机にあるカレンダーを見て俺は飛び上がった。
『げっ!!やべっ!!』
俺は飛び上がって学ランに着替えて荷物(野球道具一式)を掴んで玄関に。その間約40秒。今は7:52分。8時丁度の電車に乗れば大丈夫だ。
『ほれ、弁当忘れてる!』
『サンキュ!』
母ちゃんから弁当を受け取ると駅までダッシュ。
『全く、しょうがない子だねぇ。』
そんな小言を背中に浴びつつ、俺は駅までの道を走り抜けてなんとかギリギリ朝の電車に飛び乗った。これでどうにか遅れ無くてすみそうだ。
空が良く晴れている。
……始業式か。最後の1年が始まるんだ。
電車の中、窓に映る景色を眺めながら柄にもなくそんな事を考えていた。
『お前またギリギリだったなー!ったくよー!ははっ!』
『うっせ!お前もギリギリだろーが!』
始業式になんとか滑り込みで間に合った俺は、皆んなと一緒にキレーに体育館に整列すると校長先生やらPTAの偉い人の挨拶と長い話し、それから生活指導のやたらガタイの良いラグビー部の顧問のウザイ話しを聞かされて、うんざりした頃には1人か2人貧血女子が倒れる様式美を堪能した後、幼馴染の腐れ縁兼、クラスメイト兼、野球部キャプテンのウザイ奴に絡まれていた。
『あーあ、その足が走塁にちーっとばかしでも生かせてたらなー。』
『ぐっ……俺はピッチャーだから良いんだよ!!』
『ま、そこは期待してるぜー?エースさんよっ!』
『おう!……今年は絶対甲子園行くんだ。俺はマジだぜ、大野!』
大野は俺の背中をバシンと叩くとムサイ顔で笑った。
『ったり前だ!!バンバンヒット打つからよー!守りは任せたぜ!!』
そうして春大会以来となるムサイ野球部に行くと新入生で賑わっていた。マネージャーがかわいいだの、ポジションがどうだの。
俺と脳筋もアイツも、2年前はコイツらみたいに浮かれてたとか懐かしく思いつつ、着替えて準備運動をしに校庭に向かう。
が、おかしい。
アイツがいない。
いつもはロッカー室でミットか靴磨いてるか、さもなくばマウンドでストレッチをしてるか。横目に監督がチラリと見えたので、とりあえず聞いてみる事にした。
『監督ーっ、蓮が居ないんですがどうかしたんすかー?』
『おー、神谷か。泉はその……なんだ。体調不良らしい。』
泉 蓮 (イズミ レン)……大野と同じく幼馴染で幼稚園からの腐れ縁。そんでもって野球でも腐れ縁。ポジションは捕手……つまりは俺のバッテリー。昔からテキトーな俺と脳筋(大野)の手綱を握って来た妙に頭がキレる愛すべきバカだ。
『そっすかー。バカも風邪引くんすねー。』
俺は監督に笑いながら言葉を返した。しかしどうしてか、大事無い話しであるはずなのに監督の顔が少し暗い。
『……なぁ、神谷。バッテリーの事だが……』
『おーーいっ!!カミヤーー!!ランニング行くぞーーー!!!』
監督の言葉を遮って大野の馬鹿でかい声が監督の声をかき消した。
『うっせ!!今行く!!!……で、監督なんですか?』
『いや、いい。お前も走り込んでおけ。』
『うすっ!!』
こうして俺は走り込みに行った。
その後、どうしてか蓮の姿を見なくなってから1週間経った。理由は分からないままだ。監督は風邪って言ってたけど、どうだか。
『ねえ。あなたカミヤ君だよね?』
そんな時、隣のクラスの女子(アヌビス)が声を掛けて来た。
『ん?ああ、そうだけど。』
『そう。よかったわ。イズミ君のプリントと課題が溜まっているの。届けてもらえないかしら?彼女の家の近くに住んでるクラスメイトはいないし……。聞けばあなたとイズミ君は幼馴染で家も近いらしいし、本来なら私が行くのだけれど今は生徒会で忙しいくて……。お願い出来ないかしら?』
俺はその申し出を受けた。手渡されたプリントは結構な量がある。俺にプリントを押し付けた女子はじゃあよろしく!と言うと慌ただしく去っていった。
『お!ラブレターか??』
脳筋だ。全くどっから湧いて来たんだか。
『違げーよ。……蓮のクラスの女子。蓮宛の溜まったプリントを押し付けられただけだ。』
『はははっ!まだ春は遠いって事だなー!』
『うっせ!』
『それよりよー?今年入ってきた1年生のマネ……ほら、アイツだよ!えっと、あれあれ!いっつもエプロン付けてる……』
『あぁ……ハルミトンの事か?キキーモラだっけ?』
『ああ!なぁ、アイツ可愛くないか??』
『へぇーお前、ああいうのが好みなの?ぐわっ!!?』
俺がそう言うや否や脳筋大野はベッドロックを掛けて来やがった。すげぇ痛い。
この日はそのまま部活に行き、新入部員の面倒を見つつストレッチ、走り込み、筋トレ、シャトルラン、シャドウ、2年生の捕手候補を使ってピッチング練習にて終える。
『……プリント届けてやるか。』
ロッカー室で着替える時、頭の隅に追いやっていた事を思い出す。
電車に乗り、自宅最寄りの駅で降りてアイツの家に向かう。途中でプリンでも買って行くか。アイツ甘党だから少しは元気になるといい。
『あらー。わざわざごめんなさいね〜。』
『いえ。……アイツ、大丈夫っすか?』
『えっと……』
『そっすか。……じゃ俺はこれで!』
良く分からないけどなんかオバさんが言いにくそうにしていた。少し引っかかっるけど、変に問い詰めて迷惑はかけられない。飯食って、風呂入って寝よう。
そして、アイツが顔を出さなくなって2週間が経とうとしていた次の週の木曜日。
なんだか隣のクラスが騒がしかった。昼休みに興味本意で遠巻きにチラッと覗いてみたら誰かの机の周りに女子達が群がってキャーキャー物珍しそうに黄色い声を上げてた。転校生かなんかか?
あ、いけね!購買の焼きそばパン売り切れちまう。
午後の授業は何事も無く進んだ。
けど、天地を揺るがすような出来事……少なくとも俺にとってはそうだ。……が起こる時は何の前触れもサインも無いのだと俺は知る事になる。
クラスルームが終わり、部活に向かう。ロッカールームに入り、着替えてマウンドに。アイツはいない。ストレッチをしようといつもの場所……ベンチ近くに移動すると目の端に見慣れない女子生徒が居る。
新しい女子マネージャーかと思ったが……誰かに何処と無くにている。……いや、アイツに妹とか居ない。じゃあ、誰だ??
『……よう、マモル。』
『へ??……ドチラサマデスカー……??』
我ながら変な声が出た。脳みその処理が追いつかない。なんだよこれ……ざわざわする……。
目の前の女子を見る。背は女にしてはデカイけど蓮より少し、1回りくらい小さくて、輪郭は女の子らしく華奢で丸いけど、目とか鼻とか、言葉使いは紛れもなく蓮本人だ。
さらに、右眉を縦に裂くような傷跡。これは昔、シニアの時にホームに帰って来た敵チームのスライディングを強引にアウトにしようとかち合った時に付いた名誉の負傷だ。
『れ……蓮?……なのか……??』
『うん。ボクは蓮だ。間違いなく。この前はプリントありがとう。あとプリンも。……助かったよ。』
俺の目の前にいる女子は自分が蓮だと言う。
『おい、なんだよコレ!?どうなってんだよ!!』
蓮は少し乾いたように笑う。
『悪い。ボク女になっちゃった。』
『女にって……どうして……おい!お前まさか!!』
『……うん。』
その時、俺の頭の中に浮かんだのは2週間前、始業式の朝にニュースで見た ぽんぽこ製薬 の薬品の誤発送事件だった。
俺がそれを問い正すと、蓮は黙って頷いた。
それから自分に起きた事を俺に話してくれた。
誤発送が起こる数週間前、俺たちは春の高校野球大会予選決勝で西校に逆転負けした。
場面は試合終盤。9回裏3-2で1点リード。マウンド1塁2塁。2ストライク、1ボール、2アウトの詰めの所で蓮が指示したのは外角ギリギリ、外に逃げるカーブだった。振ってくれれば儲けもの。見逃されてもまだ2ボール。そんな場面だった。堅実なプラン。俺も同意した。
ただ唯一の誤算は西校4番の樋口に読まれたことだった。
バットの先を当てる3遊間を抜ける絶妙なヒットを飛ばされ、2点を入れられサヨナラ負け。
西高は春の甲子園にてベスト8に入った。
俺はさして気にしていないが、蓮はその試合最後の押さえの時、俺に得意球(ホーク)を投げさせなかった事をずっと悔やみ続けていたらしい。
トレーニングを増やして、俺に合わせたゲームプランの洗い直しにその後の春休み全部を投入したらしい。ハッキリ言ってオーバーワークだ。案の定、体調を崩して寝込む事に。
そこで飲んだのが何気なく薬局で購入した例の薬が混入した風邪薬だったと言う訳らしい。
朝目が覚めると女になっていたそうだ。
『それで……だから何だよ。お前が女になったからって、そんなのどうでも良いだろ?ほら、練習行くぞ!』
『マモル……ごめん、お前の球もう捕れない。』
その言葉を聞いた瞬間、俺の中の焦りとか苛立ちとか、どうしようも無い事への言われの無い感情がぐるぐると渦巻いた。
『なっ!……どうしてだよ!!』
『マモル……ボクはもう、今までの様に身体を動かせないんだ。』
『だから、どうしてだよ!!』
俺は気づけばでかい声を出していた。怒鳴ったと言ってもいい。
『この2週間、ボクが何もしないでベッドで寝てたと思う?……違うんだ。男の身体と女の身体は造りが違うんだ。重心も違ければバランスも違う。何とか慣れようとしたよ。そのおかげで日常生活はもう問題ない。お医者さんも凄いって言ってくれた。でも……この身体でマモル!150kmを超えるお前のストレートや落差の激しいホークは捕れない……捕れないんだよっ!!』
『で、でもリハビリとかで何とかなるんだろ!?それに魔力ってやつで身体強化ってやつ?できるんだろ??魔物娘なら男子チームに入れるし……』
嫌な汗が流れる。背中が冷たくなって行く。
『……高校野球選手権では種族差が出ないように人化の術を使って魔力を抑えるアンチ・マナ・チョーカーを着けなくちゃいけない。魔物娘は魔力ってやつで身体強化しちゃいけないってレギュレーションがある。身体強化無しで元の水準の運動能力まで戻すのに最低半年のリハビリが必要なんだ……。そこでやっとプラマイゼロ。今は4月の中頃。夏の地区大会まで3ヶ月と少し……とても間に合わない。』
『……俺と脳筋とお前で3人揃って甲子園の夢はどうなるんだよ……。絶対、あの場所に行くんだって』
『……ごめん。』
目を伏せて、拳を握りしめたまま蓮は消え入りそうにそう言った。
『俺は諦めないぞ!!こんなのってあるかよ!!何か方法がある!そうだろ!??』
『………….。』
『ねぇのかよ……なぁ!おい!!』
パシン……
蓮が俺の頬を叩いた。
『……置いてけよ……ボクなんか置いて行けよっ!!お前は北高のエースなんだ!!こんな事でいちいち揺れるなっ!!ガタガタ吐かすなっ!!立ち止まるなっっ!!前だけを見ろ!!傲慢に、不遜に進んで行けよ!!それがエースだろっっ!!!』
『そうかよ……そうかよっ!!くそっ!!』
俺はゴミ箱を蹴っ飛ばしてその場を飛び出した。どうしたら良いかわからない。気づけば河原に出て川に向かって叫んでいた。少しスッキリして、顔に付いた汗を拭うと、頬にはべったりと血が付いていた。顔に傷は無い。だとしたら蓮はきっと血が滲むほど手を握っていたんだ。
あいつ……やっぱりちゃんと悔しいんじゃねーかよ。
『蓮のバカヤローーーーっっ!!!!!』
俺はもう一度叫んだ。
その後。しばらく時間が経っても俺たちはギクシャクしたままだった。
だが、そんな事言ってられる程暇じゃない。
レギュラー争いは苛烈。皆んながライバルだ。そんな中で俺は何とかエースの地位にしがみつく事が出来ている。
大野は相変わらず脳筋だ。細かい事は考えない。蓮の事も『そうか……じゃ、しょうがねぇな。』の一言だけだった。逆にそう言う所が評価されたから大野はキャプテンなんだ。スラッガーでキャプテン。練習だけじゃなく実務や部員全体の事もこなしていて忙しそうにしていた。
そんな中、目下の問題はキャッチャーだ。蓮の穴を誰かが埋めなくてはならない。北高野球部の恒常捕手は蓮を除いて4人。3年の霧山、2年の川原と浜口。新入部員の沼田だ。俺の新しい相手は沼田になった。こいつは野球推薦組。俺は知らないがかなり優秀らしい。
蓮本人は時々マネージャーとして顔を出す他は専用のリハビリ施設に行ってるみたいで次第に顔を合わさなくなっていった。
ちょっと前に、蓮の様子を見に行った時、アイツは必死な顔してリハビリをしていた。遠くから見ただけだったけど、何となく近くに行けなかった。
必死に頑張ってる奴にそれ以上頑張れなんて言えない。
あれ以来口はきいていないが、日に日に見る度に蓮は女らしくなっている気がする。嫌では無い。だけどそれがどうしょうも無く不安で、心に霧が掛かったようになる。
同じ夢を目指せなくなったと言う事を俺はまだ心の何処かで認めたく無いのだろう。
それから数週間過ぎたある日の練習の事……
バシッ……ポロッ……
『なんで捕れないんだよ!!』
『すんませんっ!!でもセンパイもサイン見て下さい!!オレ、外角カーブのサイン出しましたよね!?』
俺は言うと守備練習にて沼田と揉めていた。
『あそこは内角ギリのホークだろっ!!蓮なら間違いなくホークにしたさ!もしそうじゃ無くても蓮だったらちゃんと捕れてた!!俺の得意球くらい覚えておけよ!!』
沼田は少し不貞腐れたように俺を見た。
『そうっすね……でも、オレは泉センパイじゃねーですっ!!泉センパイ、泉センパイ……。今の神谷センパイのバッテリーは俺なんす!俺を見て下さいよっ!』
そこまで言うと、沼田はハッとした顔をしてそれから頭を下げた。
『……スンマセン、オレちょっと走り込んで来ます。』
沼田はそう言うと走り込みに言ってしまった。
瞬間……
バフっ!!……とタオルが投げられた。目を向けると少し困惑するキキーモラのマネージャーからタオルをふんだくってこっちにぶん投げてきた大野がいた。
『マモル……お前も走り込み行ってこいよ。』
『でも俺は……』
『いいから頭冷やして来いってんだよ!らしくねぇ!!……そんで沼田に謝って来い。』
『何で……』
『今のはお前が悪りぃってんだろ!!大人気ねぇ!……いいから行けっ!!ダッシュ!!』
俺はキャプテン大野にどやされて沼田を追って河川敷のランニングコースを走る。
沼田は直ぐに見つかった。
だけど、アイツは河川敷の橋の下で誰かと話しているみたいだった。
遠巻きに見ると相手は蓮だった。沼田の手にはボロボロのメモ帳とボールペンが握られていて、蓮が口を開く度に忙しそうにペンを走らせていた。それが終わると深々と頭を下げてメモ帳とペンをケツポケットに突っ込むと走り込みに戻った。
『……マモル。出てきたら?』
こっちを向くと蓮は俺にそう言った。
『……久しぶり。』
『うん……久しぶり。』
『……えっと……その……すまん。』
『別に謝らなくていいよ。』
とは言え少々バツが悪い感は否めない。
『……リハビリはどうだ?』
『まぁ、順調。今終わって帰る所。』
『……沼田と何話してたんだ?』
あ……俺は何を聞いてるんだろうか。
俺がそう言うと、蓮は俺に高架下の階段に座る様に促した。
『……沼田はさ、必死に頑張ってるよ。1年坊のくせにさ?お前の投げるクソ重い球取る為に、少しでもお前が投げやすいように殆ど毎日昼休みとかにボクのとこに来てるんだ。配球のクセとか傾向とか、ゲームプランとか、他にも色々……』
『そっか……』
『何があったのかはだいたい想像が付くよ。ボクが原因でそれは悪いと思ってる。でも……でもさ、いい加減認めてやりなよ。少なくとも、今マモルの球捕れるの沼田しかいないんだろ?』
『ああ。』
『それじゃ頑張って。』
それだけ言うと蓮は立ち上がってスカートの後ろをパンパンと叩くと去って行った。
久しぶりに話した蓮はますます綺麗になっていて、髪からは良い匂いがして、声なんかはもう完全に女になってた。
沼田にちゃんと謝ろうと思った反面、心の靄は少し濃くなった気がした。
その後、沼田に謝って一緒に戻ると監督から罰として掃除と部員全員分の用具整理を言い渡された。
図らずとも沼田とじっくり話す時間が出来た。
話してみて分かった。たぶん俺は自分でも知らない内に蓮に……周りに甘えてた。俺が投げられるのは、コイツらがいるからなんだ……。そう思うとこの時間はなかなか有意義なものに感じる。
『あれ?脳筋のバットがない?』
『あぁ、キャプテンならあそこで素振りしてますよ。』
大野は俺たちの罰掃除と用具整理が終わるまで、素振りをして待っててくれた。もうすっかり暗くなっていて、どうしてかと聞くと頭は最後まで居るもんだと一言。
そうして少々のトラブルはあったものの6月に入る頃には何とかひとつのチームとして機能する様になって来た。何気なき毎日が過ぎて行く。
『……お疲れ様。はい、ポカリ。』
『お、サンキュー。』
いつからだろうか?蓮の事を目で追ってしまう自分がいる。でも目が合いそうになると逸らしてしまう。理由は良く分からない。
『……どうしたの?』
『べ、べつに……』
『ふーん?』
そう言って蓮は気安く笑った。
あぁ、蝉の声がうるさい。
1日1日が長くて、そして短い。現在の変化が心と過去を塗り潰していくようで。それでも時間は待ってはくれない。出来る限りの事をするしかないんだ。
戦いのラッパが鳴り、最後の夏が始まる。
バンバン!バババン!バババババババン!
"カッとばせーーっ!田中っ!!カッとばせーーっ!田中っ!!"
地区予選大会。北高野球部は危なげなく勝ち進んだ。
そして今、予選決勝にて37c° の溶けそうな日差しの中で宿敵西高との試合に臨んでいる。
カキーーン!!
"ぉぉおおおお!!"
"ヒット1番お願いしまーすっっ!!"
パーラーラッ!パララパッパラー!
"おーえすっ!!"
パーラーラッ!パララパッパラー!
"おーえすっ!!"
パーラーラッ!パーラーラッ!パッパラーパッパラーパッパラー!!
"Go!Go!北高!いいぞ!いいぞ!北高ーーーっ!ファイッ!!"
ドンドンパフパフ!!ドンドンパフパフ!!
"もーいっぽん!!それ!もーいっぽん!!"
吹奏楽部とチア部と応援団の声援の中、7回の表、北高の攻撃回にて1アウトで2年の田中が出塁した。それも束の間、次の斉木がゴロに倒れゲッツーでチェンジ。7回裏、西高の攻撃回に。現在未だに0-0。勝負は拮抗している。
『神谷、アップは大丈夫だな?』
『はいっ!!』
『よし!行って来いっ!!』
『はいっ!!』
"背番号……10番……ピッチャー……遠藤くんに変わりまして……背番号……1番……ピッチャー……神谷 守くん……背番号……2番……キャッチャー……星野くんに変わりまして……背番号……22番……キャッチャー……沼田 幸助くん……"
6回まで投げた遠藤から『頼むぞエース。』とハイタッチを受けて、俺はマウンドに向かう。
7回裏に来て2名の交代。北高が抑えに入った事は明白だ。向こうの打線陣の空気がひりつくのが分かる。
土を踏みしめて、投手板の横にあるロジンバックを握る。うん……何度来てもこの場所は良い。生きてるって感じがするんだ。
なぁ、樋口。打てるもんなら打ってみろよ。
西高のベンチを睨み付ける。樋口は腕を組んだまま微動だにせずにただ静かに此方を見ていた。
守備の配置が終わり、鶯嬢のアナウンスと共に西高の3番バッター高田が右のボックスに入る。
沼田からのサイン……顎、左肩、指2本。内角高めのストレート……
首を縦に振り
グローブの中でボールを握る
目を瞑って深呼吸をふたつ……
狙いを定め、足を上げ、振りかぶる……
ズバン!!
"ストラーーイク!!"
よし!速度表は145km。調子は良い。
パシン!と音を立てて沼田からのボールを受け取る。
次のサインは……胸、指2本、それから手を下に。ど真ん中のチェンジアップ。
少し驚きつつ、俺は首を縦に振った。
沼田のヤロー……心臓に毛が生えてんな。
次の球、球速98kmのチェンジアップをだいぶ早いタイミングで振らせる事が出来た。
次のサインは……キャッチャーミットを2回叩いてど真ん中で開く。意味は小細工無しの全力速球。
首を縦に。
俺は全力で投げた。
ズバンッッ!!!
"ストラーーイク!!バッターアウッ!"
98kmのチェンジアップ直後の152kmの豪速球。どうだ!並の動体視力じゃまず打てない。
この回、沼田と俺のバッテリーはバッターを出塁させなかった。この試合初の樋口との因縁の対決は俺に軍配が上がった。
守備を引き払い、8回。ここでもゲームは拮抗したまま動かない。俺たちも西高も我慢が続く。
そして場面は9回表。北高最後の攻撃回。2アウト、4番大野の打席。今日は未だノーヒントノーラン。
『安心しろ。ちょっくら1発ぶちかまして来る。……アイシャ!来てくれ。』
大野は俺にそう言うとマネージャーのハルミトンを大声で呼んだ。
『はい。大野様。』
『……高校最後の打席になるかもしれねぇ。だから、もし俺がホームラン打ったら……お前俺の嫁になれ!!じゃあな!行ってくる!!』
そう言うと頭から湯気を出して顔を耳まで真っ赤になった彼女を置いてベンチを後にした。
ひゅーひゅーとベンチではヤジが飛び、監督は額に手を当てた。
"バッター……背番号……4番……大野 大地くん……"
大野は右のバッターボックスに。あいつにとっての決闘場に入っていった。
パリラ〜……パ〜ラパッパッパパパ〜〜リ〜ラ〜ラ〜ラー……パリラ〜〜!!
デデデーーーン、デン、デン、デン、デーーーン!!
スラッガー大野の専用曲、必殺始末人 からの 暴れん坊ジェネラル。
つくづくあいつにぴったりだ。三振か長打か。俺はガラにも無く決めてくれよと心の中で願った。
『ぬぉぉおおっ!!』
ブン!!!
ズバン!! "ストラーーイク!"
『まだまだぁぁああ!!』
ブォン!!!
バシンッ!! "ストラーーイク"
俺の願いも虚しく2ストライク。もう後が無い。
大野は雲ひとつない空を仰いだ。きっと諦めに近い嫌な考えが頭に浮かんだんだろう。
『負けるなっ!!旦那様ーーーっっ!!』
その時、ハルミトンが叫んだ。小さな身体から信じられないくらい大きな声で。でもその時、確かにあいつが笑った気がした。
『ぅおらぁぁあああ!!!』
カキーーン………
打ったボールは空高く舞い上がった。誰も追う者はいない。そして中央スタンドに突き刺さった。
"うわぁぁぁあああああああああああ!!!!"
パーラーラッ!パララパッパラー!
"おーえすっ!!"
パーラーラッ!パララパッパラー!
"おーえすっ!!"
パーラーラッ!パーラーラッ!パッパラーパッパラーパッパラー!!
"Go!Go!北高ーーっ!ファイッッ!!!"
ドンドンパフパフ!!ドンドンパフパフ!!
吹奏楽部が奏でる応援歌とチア部と応援団の歓声の中、堂々と両手を広げてグラウンドを一周するスラッガーがホームに帰って来た。
プレッシャーに押し潰されそうになったろう。逃げ出したかったに決まってる。
けどあいつはやってのけた。
皆んなで寄って集ってメガホンで叩きまくる。ハルミトンなんか泣きながら抱きついていた。
続けての打者、浜口はファーストゴロに倒れ、9回の表 1-0 北高の1点リードで最後の攻撃を終えた。
『おいエース……後は頼んだぜ?』
『頬っぺたにキスマーク付けて言うセリフか?』
『ぐっ!……ったく。ま、その憎まれ口なら大丈夫そうだ。』
『……あぁ、任せておけ。こっからは俺の仕事だ。』
俺は頬を張って気合いを入れる。1点リードで西高の最後攻撃回。手負いの猛獣よろしく必死にくらいついてくるだろう。加えて、9番打者からだ。直ぐに西高クリーンナップが控えている。嫌な感じだ。
そしてその予感は現実になった。
俺は9番打者と2番打者の出塁を許してしまう。1アウト1塁3塁。打順は西高クリーンナップの3番打者。
カンッ!
内角のチェンジアップをバントで打たれ、ボールはワンバウンドして俺の方に返ってくる。3塁の走者は俺がモーションに入った時には既に走り出していたのかホームに迫るのが異様に早い。一塁に投げてる間にホームに帰って来る。俺はすぐさまゲッツーを諦めてホームに送球する。
パシン!!
俺の送球を受け取った沼田がランナーを待ち構える。
『こいやーーっ!!』
ランナーは走塁速度を落とさない……まずい!クロスプレーになる!
ドガッ!!
『ぐっ!!』
『沼田っ!!』
"アウッ!!"
嫌な音がした。沼田に駆け寄る。アウトにはしたものの起き上がらない!皆んなも直ぐ駆け寄った。
『沼田っ!……審判っタイム!!タイムだ!!……おい!沼田っ!!』
『……ダメだ、完全に伸びてる。』
『タンカー!タンカーー!!』
" 怪我人が発生した為……一時試合を……中断いたします……"
俺達は沼田がタンカで運ばれてる間に直ぐさま誰をキャッチャーにするかを話し合った。他の奴を使えば全力で投げられない。次のバッターはあの西高の樋口だ。打率5割の怪物スラッガー。そんな事で通用する相手じゃない。
敬遠すれば良い?バカヤロウ!そんなカッコ悪い真似出来るか!
『どうすんだよ。ここまで来て……』
暗い空気が漂う中、予想もしなかった事が起きた。
『ボクが……ボクが捕るよ。……バッテリー再結成だ。』
キャッチャーミットと防具を手に、ユニホームを着た蓮が現れた。
『れ、蓮……。お前……』
『ハルミトンさんがさ?念のため持って来てくれたんだ。……それで監督。ボクの選手登録は大丈夫ですね?』
『あぁ。それは問題ない。』
『じゃあ、大丈夫ですね。』
嬉しさ半分、不安半分、俺は蓮に問い詰めた。
『ちょ、ちょっと待て!大丈夫なのかよ!?お前、リハビリ半年掛かるって……』
『うん。頑張ったんだ。大丈夫。』
『本気で投げるぞ?』
『うん。』
『……サインは大丈夫だな?』
『ばっちりだ。』
俺は蓮の両肩に手を置く。泣きそうなのを我慢して。
『……蓮……おかえり……』
『うん……ただいま。』
蓮は変わっても変わらない歯に噛んだ笑顔を見せた。それで……それだけでさっき感じた不安が消し飛んでいく。
『ぜってーー甲子園いくぞっ!!』
『おう!!』
パァァン!
ハイタッチの乾いた音がマウンドに響いた。
" キャッチャー……沼田くんに変わりまして……背番号……0番…… キャッチャー……泉 蓮 さん……"
蓮は位置に付くと慣れた様子でミットを構えた。
現在、9回裏 1-0 で1点リード。2アウト、マウンド1塁2塁。打者は西高4番、スラッガーの樋口。図らずとも春と同じような状況になった。
『うちの者がすまんかった。……だが勝負は勝負。全力で行かせてもらう!』
『望む所だ……ケリ付けてやるよ!』
今回ばかりは逃げも負けも許されない。
さぁ、ゲーム再開だ。
"樋口・パブリッーークッ!!!"
バン!バン!バン、バン、バン!!バン!バン!バン、バン、バン!!
西高スタンド応援団長の掛け声から、吹奏楽部が樋口のテーマ曲、パブリック・マーチを演奏する。このテーマが流れた時の樋口は異様に強い。おかげでこの地区の同年代の野球バカは俺を含め大手電気屋のコーマーシャルが嫌いな人が多いだろう。
素振りを一回。右のバッターボックスへ。威風堂々とはこういった事を表すをだろう。樋口から吹いてくる強者の風はハンパない。
視線を交わし、蓮を見る。
ミットの下で親指を上……手を縦に……指は2本……ハンドサインのみ。高めのストレート。
首を縦に振り、足を上げ、振りかぶる……
チッッ!
バン!! "ファール"
僅かにバットを掠めたボールは直ぐ後ろのフェンスに突き刺さるように飛んだ。……あと10cm低かったらやられていた。冷や汗が頬をつたう。
樋口は落ち着いた様子で肩を回すと再びボックスに収まる。
もう一度だ。
サインはまたもハンドサインのみ。指が1本、3本、2本、パー、パー……外角高めのカーブ。
ズバン!!
"ボール!"
明らさまな誘い球には乗ってくれないか……
俺は蓮と目を合わせて頷き合う。
指3本、1本、2本、グー、パー……内角低めの豪速球。
ヒュッ!!
ズバン!!! " ストラーーイク!"
どうだ!樋口っ!この日最速、155kmのストレート。
これで2アウト、2ストライク、1ボール……
次が……たぶん、最後だ。
樋口が俺を睨み付ける。ここに来てまだ溢れんばかりの闘気を放っている。いったいどんな神経してるのだろうか。
汗を拭い見上げると、雲ひとつ無いどこまでも青い空。太陽だけが眩しい。
土を踏みしめて、投手板の横にあるロジンバックを握る。なんだろう。世界のざわつきを遠くに感じる。でも妙に視界は綺麗で、とても楽しい。
蓮と目を合わせる。……サインは……無い。
ただどんな球でも捕ってやるよと言いたげに歯に噛んで笑ってくれた気がする。
それだけで俺は何も怖く無い。
グローブの中でボールを人差し指と中指で挟み込むように握る。
深呼吸を2つ……。
世界がマウンドと樋口、そして蓮だけになる。
ふと風が止んだ。
足を上げて、振りかぶる。
踏み込んだ足、スパイクはマウンドの土を掴み、重心は前へと淀みなく。
グローブを嵌めた左手は身体の内側に吸い付くように。
高められた縦の遠心力は重力の力と合わさりボールを持つ右手に。
リリースポイントから指を離れたボールは徐々に球速を落としブレながら落ちていく。
樋口……お前用に作った極小回転のホークだ。
『ォォオオオオオオオオッ!!』
ブォォォオオンッ!!
バスンッ………
ボールは蓮のキャッチャーミットの端に引っかかるように、でも確かに受け止められた。
" ストラーーイク! バッターアウッ! ゲームセット!!"
"うわぁぁぁあああああああああああ!!!!"
勝った……勝った!!
俺っ……俺っ!!守り切った!!
『テメーコノヤロー!!良くやったーー!!』
バコーン!!
脳筋大野が俺の頭をぶっ叩く。目が飛び出るかと思った。それを皮切りに今度は俺が寄って集ってメガホンで散々叩かれる。
パコンッ。
『マモル……本当になんつー球投げるのさ!』
『蓮……』
『本当に……本当にっ……』
蓮は目の端に涙を溜めて笑っていた。
『北高の神谷っ。今回は完敗だ。』
『樋口……。あぁ、俺は勝った。』
『この借りは必ず返す。お前もプロに来い!面白くなるぞ?』
『応!!』
俺は西高の樋口とガッチリ握手を交わして、プロでの再会を誓った。
北高と西高が整列して互いに礼。そして北高校歌が流れる。
俺は蓮と……こいつらと野球やれて本当に良かったと思う。
いつの間にか意識を回復させた沼田がちゃっかり戻っていたのには、感動と喜びの中にひと握りの笑いを提供してくれた。まったく、要領が良いのか悪いのか……。たぶん良い方だろうな。
俺たちは熱狂冷めやらぬ中、マウンドを引き上げて球場のロッカー室に。
戦勝ムードに浮かれる中、蓮が気分悪そうにしていた。
『監督すんません、蓮が気分悪そうなんで医務室連れてきます!』
『あぁ、わかった。……神谷。』
『はい?』
『ほどほどにな。』
監督によくわからない事を言われ、俺は蓮をおぶって医務室に連れて行く事にした。
『大丈夫か?』
『うん……たぶん疲労が原因……かな?』
人気のない長い廊下を背中越しに言葉を交わす。軽くて柔らかい。……こんな身体で良く頑張ったよ。本当に。
『そうか……やっぱ無茶してたな?』
『うん……ごめん……』
『謝るなよ……助かった……ありがとうな。』
『うん……』
『重く無い?』
『……ちょいな。』
『そこは嘘でも、重く無い。大丈夫だっ!……て言ってよ。』
『ははっ、悪い悪い。』
俺たちは久しぶりに2人だけで話した。この廊下がもっともっと長ければと感じてしまう。
でもそんな事は無く、程なくして医務室に着いた。クーラーが効いていて助かる。医務室の魔物娘担当の先生はおっとりとした魔女の小ちゃな先生だった。俺は診察終わるまでパーテーションの外で待つ。と、程なくして診察が終わったのか呼ばれた。
『身体の不調はー疲労が原因ですねー。うーん、レンさんは聞けば春に魔物娘になったばかりと言いますしー、身体の使い方がまだなれていないようですぅー。今日はとーっても暑いしー大変だったでしょー?栄養をたーっぷり取って、安静にしていればー大丈夫ですよー。』
『よかった。』
蓮はかなり無茶をしたみたいだから、内心かなり心配していた。
『それで、そちらの方はー?』
『あ、ボクの付き添いで、パートナーのマモルです。』
『そーですかー。良かったですぅー。うらやまですー……こほん。実は吸精剤が切れてしまっていてー、処方出来ないのですよー。あ、学校の事はー心配しないでくださいー。プライバシーは、ばーっちりですよー。それではー……カーテンを閉めますねー。人払いとー……防音の魔法を掛けておきますからねー。ではでは、ごゆっくり〜〜♪♪』
じゃーーーーっ……とカーテンが閉められて俺と蓮はふたりきりになってしまった。
『ええっと……え、どゆこと?何この状況……。』
『あの……ね、マモル。落ち着いて聞いてほしんだけど……ボク、女の子になったじゃない?』
蓮は何故か顔を真っ赤にしている。
『あぁ……。』
『正確にはアルプって言う魔物娘になったんだ。……ここまで良い?』
『あぁ、大丈夫だ。問題ない。』
蓮は深呼吸を2回すると、少しばかり真剣な目をして俺を見た。
『……魔物娘のエネルギー源は人間と同じで食べ物でも良いんだけど、それだと効率が悪いんだ。……そこで、精……って言うのが……その……ひ、必要になるんだ。何日か1度、吸精剤って言う薬を飲んでいるんだけど……』
『あぁ、さっきの魔女先生が言ってたあれか。今切らしてるって……』
『うん……。それで、その後先生はボクにマモルとの関係を聞いたじゃない?』
『おう。パートナーだっけか?……嬉しいよ。へへっ……』
俺がそう言うと蓮は何故か真っ赤な顔をさらに赤くした。
『だっ……だからっ!……そのっ!……先生が聞いた言葉の意味はっ……こ…こ…こここ恋人同士かって意味だったみたいなんだ!』
『へっ……??』
蓮の言葉を聞いた瞬間、心臓が早くなってカーーっと顔が熱くなるのがわかった。
『つつまり、せ、精の摂取方法のもう一つの主な方法は……こ…こ…こここ恋人との……その、せ…せ…セックスなんだ。だ、だから……こんな状況に……うぅ……ご、ごめん。』
『そ、そうか……。』
……………………………………
沈黙が辛い。こういう時どうすれば良いんだ??あん時の脳筋みたいに覚悟決めて……って俺は何考えてんだ!?
『あ、あのさっ!……やっぱアレだよねっ!ボク達は……バッテリーだし、ほらっ……パートナーって言ったのも……えっと、幼馴染だしさ!その……大切な……大切な……友……達……だからっ……だから……家に吸精剤もあるし……早く帰ろっか。』
じゃ、なんでそんな顔すんだよ!こちとらお前にそんな顔して欲しくないんだよっ!
泣きそうなお前なんか見たく無いんだよ。
あぁ、そうか……
今分かった……こいつは蓮じゃない。
蓮だけど蓮じゃない。
レンなんだ……。
それからもうひとつ分かった。
どうして、こいつの事ばっか考えちまうのか。
『……俺じゃダメか?』
『へっ……?』
『だからっ!……俺じゃダメかって聞いてんだよ。……2度も言わせんな。』
『ど、どうして……』
俺……レンの事好きだわ。
『……お前の事好きだ。ずっと前から好きだ。女として好きになったのはお前が女になった時からだけどさ……。美人だし……かわいいし……綺麗だし……。あのさ……俺分かったんだよ。気付いたら蓮のことばっか考えてる。いきなり女になって、初めはそりゃ驚いたしさ、裏切られたって思ったよ。でも……でもさ、必死に頑張ってる蓮を見て……いつの間にか目で必死にレンを探してる俺がいてさ……気付いたら……お前の事……大好きになってた。……なぁ……俺じゃダメか??』
『ダメじゃない……ダメじゃない!!うわぁ〜〜ん!!』
泣きじゃくるレンを抱きしめる。レンは小さな身体を震わせて俺の腕の中で泣いた。
体感で10分くらいか。もうずっとレンが引っ付いたまま離れてくれない。
『……なぁ、そろそろ離れて……』
『いやだっ……』
『嫌って……それじゃ、その……なんだ……できないだろ……?』
『う……うん……じ、じゃあ……ん……』
レンは引っ付いたまま俺の顔を見上げると目を閉じて顎を少し突き出した。
ちゅっ……
『キス……しちゃった……ね。』
『あ、あぁ……』
唇をかさねるだけのキス。それでも俺の心臓はバクバグと鳴っている。世の中のリア充共はすげぇ……こんなのバッターとの一騎打ちより緊張する。
………………………………………………
レンもベッドの上にちょこんと座って、顔を伏せて湯気を出している。
『じゃ……さ……マモル……』
沈黙を破ったのはレンだった。
『は、はいっ。』
ユニホームを脱いでパン一になる。俺のはもう痛い程にバキバキになっていて、たぶんこれほど勃った事は無いと思う。
レンは首のチョーカーを外してユニホームを脱ぎ出した。プチプチとボタンが外されて、カチャカチャとベルトの金属音と布が擦れる音を立てて脱いでいくと、下着姿になった。
地味な色のスポーツブラとスポーツショーツだ。
『……色気なくて……その……悪い……』
『そんな事ない!……綺麗だ。かわいいよ。』
『良かった……嬉しい。』
そして俺はレンを医務室のベッドに押し倒して、唇を奪う。今度は舌を絡ませ合うあのディープキスって言うやつだ。途中、歯が当たったりしたけど頭の中が蕩けていくようで、それはレンも同じみたいで2人して夢中になった。
気づけば、レンは人化の魔法?変身が解けて魔物娘本来の姿になっていた。角も尻尾も羽も全部綺麗だ。
この後どうしようか?そんな事を考えながら、俺はエロ本などで仕入れた知識を総動員する。我ながら童貞くさい。結果、一時中断してもっとキスしたいと抗議の目を向けるレンをバンザイをさせてスポブラを脱がせた。
『………』
言葉に出来ない程綺麗だった。控えめだけど柔らかそうで、甘酸っぱい汗の匂いがした。
むにっ……
『あっ!……んっ……』
触れるとマシュマロみたいだ。
『ち、ちょっと……あっ……ん……いたい……』
そう言われて、俺は慌てて手の力を抜く。するとレンは甘ったるい声を出した。
なんだよ、こいつの声っ……すっげえ興奮する……。
『あっ……んひっ……や……ま、マモルばっか……ずるいっ……』
『ちょ、れ、レン!』
レンはそう言うと俺のパンツに手を掛けて一気に下にずり下ろした。
ぶるんっ!!
瞬間、暴れん坊ジェネラルになっている俺のが飛び出した。
『……………』
『お、おいっ……』
レンは俺のものをまじまじ見つめる。
あー……これは思った以上に恥ずかしい。シャワーも浴びてないし、試合の後だから凄い匂いがするだろう。
そんな良いとは言えない状態なのに、レンは嬉しそうに目を細めると愛おしそうに頬擦りをしてちろちろと舌を這わせて口の中に放り込んだ。
『マモルの味がする……』
じゅるっ……レロっ……じゅぱっ……
『お前っ……』
レンの口の中は熱くて、ざらついた舌が動いていて溶けそうな程気持ち良い。
レンを見ると必死な顔をして右手はショーツの中に入っていた。やがて口を離すと俺の首に手を回して俺ごとベッドの後ろに倒れ込んだ。
レンの顔を見た。頬は赤く染まっていて息は熱く震えていて、瞳を潤ませていた。
生唾を飲み込んでべっちょりと濡れたショーツをスルスルと脱がしていく。少し乱暴だったかも知れないけどレンは嫌がらなかった。
脱がした後、レンは上目遣いでけれども何かを訴えるように俺を見ると足を開いて両手でくぱぁ……と女の子のそれを開いた。
俺はレンを組みし抱いて自分のそれをレンのに当てて腰を押し当てる。
(……なんか当たって?……これって処女膜か……痛いんだよな……)
『レン……』
レンを見つめると、黙って赤らめた顔を縦に振った。
ずっ……ぶちっ………
『んん"っ……はーっ……はーっ……』
入った。レンの中に。……結合部から血が出ている。
『……レン、大丈夫か??』
『うん……ちょっと痛かった……でも……嬉しい……嬉しいよぉ……ちゃんと、マモルにハジメテをあげられた……』
俺たちはそのまま密着したまま暫く口を吸い合って舌を絡ませたり、抱きしめ合った。
『マモル……』
レンの目が訴えてくる。
おれは勝手が分からないなりに腰を動かした。
『あっ❤あっ❤……ん❤』
なんだよこれ……すげぇ……すげぇ気持ちいい……
レンの中は熱くてぐちゃぐちゃで、腰を落とせば沼みたいにどこまでも沈んでいって、腰を引き上げると離さないと言わんばかりに絡みついてきた。
少し勝手が分かってきて、徐々に早く動かす。
じゅぽっ……じゅぱっ……ぱちゅん……
すごいエロい音がする。
『あっ❤マモル❤……マモルぅ❤』
レンの口からは甘い声が出て、汗からは甘酸っぱい臭いを振り撒いて、柔らかくてとろとろで……。
『なぁ、レン……どっちが良いんだ!?』
『な……なに❤がっ??……あぁ❤』
『男より、女の方がいいのか!?』
『わ、わかんないっ❤だって……使ったこと……あ❤……ないんだもん!』
『レンにはさ……はぁ!……女になって良かったって……思って!ほしんだよっ!!』
俺は夢中になってレンを貪る。ぱんぱん……と腰を動かすスパンがだんだんと早くなっていって限界が近づいてきた。
『キモチイイ❤キモチイイよぉ❤❤』
『レンっ!レンっ!!』
『マモル❤マモルぅ❤キテ❤イッパイキテ❤❤全部ちょうだいっっ❤❤』
レンの脚と尻尾が俺の腰に周る。俺はそれに応えるようにレンの頭と背中に両手を周してきつく抱きしめる。レンの脚の力を借りて更に輸送が早くいやらしくなった。
ぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱん………
『あっ❤何かクル!何かクルっ❤コワイ……コワイよ❤マモルぅ……あっ❤……キスして……キスして❤❤ぎゅっとして❤はなさないでっっ!!』
『『んんっ…………❤❤❤』』
きつく抱きしめて、唇を重ね、舌を絡ませながら俺たちは絶頂した。
『『ーーーーーーーーーーーーー❤❤❤❤』
どくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどく……………
『レン……』
『マモル……』
その後暫くは動く事が出来なかった。
気怠い疲れに身を任せて、俺たちはもう一度唇を合わせると意識を手放して一緒に夢の中へと旅立った。
目が覚めて、帰る頃には空は茜色に染まっていた。帰り道の河川敷でレンがずっと隠していた心の内側を俺に打ち明けてくれた。
『ボク……辛かったっんだ。女の子になって最初は野球が出来ないのが1番辛かった……でも、時間が経つ度に……マモルの側に居られないのが……1番辛くなった。』
『そっか……』
『どんどん夢に向かって不器用に進んでいくマモルが……どんどん離れて行く気がしてさ……』
『うん……』
『そして、いつかボクの事を忘れて……誰か素敵な彼女が出来て……それを想像したら、涙が出て……止まらなくて……夜も眠れなくなった。』
『うん……』
『だからさ?……せめて、どうにか目に見える所に立つ為に頑張った。でもさ……それじゃダメになって来たんだ。遠くから見てるだけじゃ……ダメになったんだ。』
『だから、あんな無茶したのか……』
『うん……ごめん。』
『バーカ。謝んな。』
デコピン……
『あでっ』
レンは少しむくれている。
『なぁ、知ってるか?』
『??』
『バッテリーの意味にはさ……夫婦って意味もあるんだ。』
『う、うん……。』
『もし……もし甲子園で優勝したらさ……俺と人生のバッテリー組んでくれ。……夢の果てまで連れてくって約束する。』
『うん……うんっ……約束……約束っ……』
(あー、また泣かしちゃたな……)
こうして俺とレンは恋人同士になった。
その後、北高野球部は甲子園に出場するも健闘虚しくベスト8止まりだった。
甲子園が終わって俺と脳筋大野の代は引退。新キャプテンはあの試合6回まで投げた遠藤に決まった。
脳筋は部活を引退するや否やハルミトンに引き摺られるようにしてゲートの向こうの彼女の両親と祖父母に挨拶しに行ったようで、数日後に帰って来たら婚約指輪を揃って嵌めていた。その時のレンの何かを訴える視線にはもの凄い圧があった。
俺たちの進路はと言うと……
"……それでは、代一巡目を発表します。日読ギガントス第1位選択希望選手……樋口 剛 外野手……"
そうプロ野球だ。甲子園が終わってから、俺と脳筋は何人かスカウトから話を聞いていた。
レンの事もあって少し迷ったが、プロに行こうと思う。
それに……プロの舞台で樋口と戦いたい。
"……快天ファルコンズ第3位指名選手……大野 大地 外野手……"
"……電神ライガース第3位指名選手……神谷 守 投手……"
俺はドラフト指名を受けてライガースに、大野はファルコンズに行く事になった。
『ライガースか。……これからはライバルだな!』
と大野は喜んでくれた。レンは大学でスポーツ医学を勉強したいらしく、体育大学に合格していた。
それから、すぐに卒業式があって……レンの両親に土下座して頼み込み、レンの苗字が泉から神谷に変身する事件があって……
あっと言う間に数年の時が過ぎた。
そして……
"……さあ、試合も終盤7回の表。激しい優勝争いを繰り広げるギガントス対ライガース。セントラル・リーグの歴史ある因縁の対決はここまで 4-5 とライガースが1点リードしていますが、1アウト、ランナー2塁と言うギガントス同点のチャンスを迎えております。"
" ギガントスのクリーンナップをライガースがどう抑えるかが気になりますね。"
" そうですね。……おっと、ここで選手交代のようです。……ピッチャー太田から変わって、神谷 守です。守護神 神谷 が出て来ました。"
" ライガースは完全に抑えに来ましたね。"
俺はマウンドの土を踏みしめて、投手板の横にあるロジンバックを握る。うん……何度来てもこの場所は良い。生きてるって感じがするんだ。
なぁ、樋口。打てるもんなら打ってみろよ。
" 守護神 神谷 振りかぶって……投げました!……"
俺たちは今……あの時見た夢の向こう側にいる。
dream is never end...
22/08/05 19:51更新 / francois
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