メイド失格のキキーモラとご主人様になれなかった男
部屋には重くまとわりつく様な空気が満ちている。青い薄明かりがその中を照らしている。
明かりはベッドで絡み合う男女を仄かに照らす。汗に濡れた彼らの体が艶やかに光った。
男のほうは意識を失ったかのように眠り込んでいたが、ようやく重い目を開いた。
「あら。ようやくお目覚めですか?ご 主 人 様 。 」
そんな彼を押さえ込み、のしかかっていた女が声をかけた。
小馬鹿にするようにわざわざ「ご主人様」と強調する。
男の意識は朦朧としている。全身の力が入らず仰向けに寝転んでいる。
見るからに憔悴しきっている姿。彼女は完璧に整った顔立ちに満足げな笑顔を浮かべた。
「うふふっ。まだまだですよ。あなた様は大変美味しゅうございますので…。」
女性は蔑むように唇を歪ませたと思った瞬間、頭を抱くと濃い口付けを交わしてきた。
熱くぬめる唇とうごめく舌が男の口中を犯し出す。
「むっ。ちゅっ。ぷはっ。むう…。」
淫らな生き物のような唇舌がもたらす刺激は、男に拒めない快楽を与えだす。
いつしか彼も夢中になって女性の舌と唇を貪っていた。
口に注がれる彼女の甘い唾液を啜っていると、男の体は火照り股間は固くそそりたった。
「やっと元気になられましたか。では、頂きます…。」
暗い喜びを感じさせる澄んだ声が響くと、彼女は男の一物を己の濡れた秘部にあてがう。
そのまま腰を男の腰に打ち付けると何度も何度も激しく律動し続けた。
みだらな水音が響き大量の愛液が結合部を濡らす。
股間を襲う締め付けと熱さ。わななく肉襞がもたらす快楽。男は耐えられなかった。
苦悶と悦楽がない交ぜになった表情を浮かべて、顔を何度も左右に振る。
「もう駄目…。駄目だからっ。」
男の絞り出す声を受けて女は深くうなずいた。
「遠慮せずともよろしいのですよ。さっ。ご馳走してくださいませ!」
女は濡れたような声で叫ぶと、より一層腰を激しく叩きつけた。
「ぐうっ!」
男の下半身に集中していた快楽の塊が爆発した。彼は呻くと白濁液を女の胎内にぶちまけた。だが、なおも膣は搾り取るかのように肉竿を吸引する。
男は快感をこらえきれずに痙攣して、何度も熱い肉の中に射精を繰り返した。
「駄目。またいっちゃう…。」
「もっと…もっとですよ。まだまだ頂きますからね…。」
男はすでに常人では考えられないほどの大量の射精を繰り返している。
本能に任せるように腰をひたすら突き上げ、子宮に精を放出し続ける。
だが女は無慈悲にささやくと、男を上から押さえつけて腰を上下した。
「まって…。出したばかりだから…。お願いだから少し休ませて…。」
「お断りいたします。わたくしはまだまだお腹ペコちゃんなのです。この程度では全く足りませんので。」
切なく訴える男の言葉を女は嘲笑ではねつけた。さらに何度も腰をぶつけ精を搾り取る。
その後も延々と貪られ続け、さすがに男にも限界が来たのだろう。
女が執拗な責めを繰り返しても、萎えた男根は一切反応がなくなった。
「もう限界だから許して。」
かすれた男の声に女は冷酷に言い放った。
「そのようにお口がきけるのでは全く問題ありませんわ。今日はあなた様を徹底的に搾り取るつもりでおりますので。」
「そんな…。あっ…そこはダメっ。駄目だよう!」
男は急に叫ぶと悲痛に顔を歪ませた。
女が己の羽毛に包まれた尻尾を男の尻にあてがい、淫らに刺激し始めたからだ。
触れるか触れないかで愛撫し、時には男の肛門に突き入れようと激しく動かす。
性欲を無理やり奮い起こすような尻尾のうごめきに、男の一物はいやおうなく反応した。
「ほうら、こんなにカチンカチンになられました。あなた様のおチンチンはまだしたいよおっておっしゃっているのですよ。」
女は柔らかい声で、まるで子供に言い聞かせるように語りかける。それが余計に男を嬲るようだ。
「それでは早速いたしましょうか。」
「待って。駄目だから。本当にもう駄目だから。」
必死に止める男を意に返さずに女は腰を下ろした。
熱くそそり立ったものを己の体内に包み込む。ぬめって柔らかい女の膣内が締め付ける。
その瞬間、頭に電気が足る様な快楽が襲い、男は熱い蜜壺の中で達した。
「っう!」
男は数えきれないほどの絶頂を繰り返しており、ほんのわずかの精しか出せなかった。
だが女は容赦なく腰をぶつけるようにしてピストンを繰り返す。
「もうだめ…。許して…。お願い…。だめ…。」
快楽が強すぎて逆に苦しいのだろう。男はうわごとのように何度も繰り返した。
目の焦点は合っておらず、半ば錯乱しているかのように首を振り続ける。
「いけませんねえ…。今のあなた様はわたくしの餌なのですよ。食料の分際で文句を言う
なんて。悪いお口はこうして差し上げます。」
だが女は意地悪く言うと、男のわななく唇に口づけして塞いでしまった。
そのまま頭をしっかりと抱きかかえ、先ほど以上に激しいキスで男を責め続ける。
喉奥まで舌をねじ込み、匂いをなすりつけるようになめ回し、唾液を無理矢理飲ませる。
女の濃厚な味と嗜虐的な眼差しを感じながら男は意識を手放していった………
いつしか男は目覚めたが、目の前は重い灰色になったようで、何も感じられなかった。
だが、己を包み込む温かく柔らかいものの存在にようやく気が付く。
「よしよし。とっても美味しかったですよ。よく頑張りました。」
それは男をしっかりと抱きしめ、いたわる様に愛撫を繰り返していた。
慰めるような優しい言葉をかけ続けている。
「今日は十分お腹いっぱいになりました。あとはゆっくりとお休み下さいませ。」
男が声のする方を見ると、そこには彼を犯しぬいていたあの女の姿があった。
だが、先ほどまでの酷薄な表情は消え失せ、
どことなく罪の意識を感じさせるような笑みを浮かべている。
意識を失っている間に風呂にでも入れてくれたのだろうか。
男の体からはボディーソープの香りが漂い、清潔なパジャマを着せられている。
疲れ切った体は柔らかいベッドに横たえられ、温かい布団が掛けられている。
そこで女と抱き合って一緒に寝ているのだ。
男が正気を取り戻したことに気が付いた女は、安堵して表情を和らげた。
すぐに起き上がると、マグカップにホルスタウロスミルクを注いで男に手渡す。
「さ。お疲れでしょう。存分にお飲みになって下さいませ。」
目覚めたばかりで喉が渇いていた男は、夢中になって甘く冷たいミルクを飲み始めた。
女は喉を鳴らして飲み続けている男をほっとした様子で眺めていたが、やがてそっと言った。
「そろそろ懲りて頂けましたか?一言。一言こうおっしゃって下さいませ。これからは心を入れ替えると。そうすればもうこんな苦しい思いはしないですむのですよ………」
魔王の統べる王国と国交が結ばれて数十年…。魔物娘は当然のように人の世で暮らしている。
彼女たちは人類に貢献をもたらしているのだが、時には妙な事を始めることも多い。
この男も魔物娘が経営するメイド派遣業者から、魔物娘のメイドを派遣してもらった。
メイド派遣、それも魔物娘のメイドとなれば、そうとうマニアックな商売なのだろう。
だが、挫折と失望の果てに自暴自棄になっていた男は、金もないのにメイドを頼んだ。
進退窮まった人生。最後ぐらいは召使にかしずかれる生活を送りたいと思ったのだろうか。
男のもとに派遣されてきたのはキキーモラのメイドだった。
魔物娘らしからぬ清純な美貌と、容姿にふさわしい淑やかで温厚な性格のメイドだった。
完璧な仕事ぶりと、金銭を介していると思えないほどの心からの奉仕。
いつしか男はこのメイドに心引かれるようになった。
偽りの生活などいつか破綻する。夢のような日々はあっという間に終わった。
とうとう男は自分が一文無しであることを、メイドに白状せざるを得なくなったのだ。
だが、惨めにうなだれる男を見て、メイドは怒るわけでも蔑むわけでもなかった。
ただ男をじっと見据えて静かにこう言ったのだ。
「あなたが心を入れ替えて良きご主人様になると誓われるのならば、わたくしは今回の事を水に流しましょう。しかしそれを拒むのであればお仕置きです。わたくしの餌として、オモチャとして、ペットとして、好き放題にさせていただきます。」
男は従容としてメイドの罰を受け入れることを選んだ。
恫喝同然の宣言を受け入れた主を、メイドはどこかにある己の屋敷に連れ去った。
そこで絶え間なく凌辱し続けたのだ。意識を失っても構わずになおも犯した。
男が限界を迎えれば、栄養豊富な食事と十分な睡眠を与えて休ませる程度の事はした。
また、男の心と体に重大なダメージを与えるような行為は慎重に避けた。
だが男が回復すれば再び欲望のはけ口として、餌として、ただ貪り続けるだけだった。
時間の感覚が全く無くなるほどの爛れ切った日々。男の現状はそれだけだった………
キキーモラのメイドは主人であった男を気遣う様に見つめている。
だが、それはかつての温厚で従順でありながらも有能なメイドの姿ではなかった。
キャップに束ねてあるはずの髪は乱れ、メイドの象徴のようなエプロンドレスも着ていない
淫らな裸身にガウン一枚羽織っただけの妖艶な姿。
男を貪る喜びを知った魔物の堕落した姿だった。
元メイドが発した言葉に、男はまたかと言いたそうな顔をする。
時折彼女は許しを与えるかのように、男に改心しろと迫るのだ。
キキーモラは悲しそうなため息を付いた。
「わたくしはかつてあのように申し上げましたが、そうすれば良きご主人様になって下さると思ったのです。しかしあなた様はわたくしの脅しを簡単に受け入れてしまわれた。今では、後悔しています…。」
だが、今日のキキーモラは思いつめた様子で話を続ける。
それを察した男は急いで身を起こした。
「きっと強がっておられるだけなのだろう。少しお灸をすえて差し上げればご理解頂けるだろう。そう思いしばらくの間わたくしの餌扱いしても、あなた様は構わず続けてくれとおっしゃるばかり。
わたくしはキキーモラである前にただの魔物娘なのですよ。あなた様の、どうか続けて欲しい。そのお言葉は最高の誘いに他なりません。拒むことなど敵いません。」
男は何か言おうと思ったがキキーモラはそれを許さなかった。
静かに手を上げて制すと深々と頭を下げた。
「どうかお願いいたします。真人間になる。主にふさわしい者として生きていく。そうおっしゃって下さいませ。あなた様のそのお言葉さえあれば、わたくしはキキーモラに戻ることができる。メイドとしての己を取り戻すことができる。
わたくしはこれ以上魔物として甘え続けて、あなた様の未来を潰したくはないのです。」
かつてメイドだった女は頭を下げ続けた。悲痛な声で何度もお願いいたしますと繰り返す。
男は何とも言えない畏敬の念に打たれ、しばらくの間言葉を失った。
だが、緊張をときほぐすように何度か咳払いをして、一息入れると語り始めた。
「君の事をずっと見ていて思ったんだ。君は俺なんかにとっても良くしてくれて。優しく面倒見てくれて。素晴らしいひとだなあって思ったんだ。だからこそこんな俺では絶対に君のご主人様にはなれない事もわかるんだ。いや、なっちゃいけないんだ。」
「なっちゃいけない」男のこの言葉を聞いたキキーモラは慌てて言葉を挟もうとした。
だが、今度は男がそれを許さずにかぶりを振る。
「でも、それでも俺は君のそばにいたかった。俺なんかじゃ駄目だとわかっていても君にそばにいて欲しかった。だからいくら惨めな扱いでも、君の餌に過ぎなくても、一緒に居られるなら罰を受け続けようって思ったんだ。」
「ご主人様…。」
「でもね。君はいつも俺の事美味しいって言ってくれるでしょ。それを聞いているとすごく嬉しいんだ。こんなどうしようもない俺でも君の役に立てたんだ。情けない俺でも生きていく意味を持つことが出来たんだって。」
男は恥ずかしい告白をしたと言わんばかりに顔を赤らめた。
だがその表情には満ち足りたような、何かを成し遂げたような、そんな強い思いが伺えた。
「あ…ごめん。これってただの自己満足だよね。俺は君を裏切った罰を受けているのに、こんな事いう資格なんてないよね。」
己のおかれている立場に気が付いた男は申し訳なさそうに詫びを入れた。
その様子をつらそうに見つめていたキキーモラは、何度も首を横に振り否定する。
「ご主人様。そのような悲しいことをおっしゃらないで下さいませ…。」
いつしかキキーモラは「ご主人様」と言っていた。深い愛情を込めた声音で諭し始める。
「ご主人様は何か誤解していらっしゃいませんか?わたくしは無理難題を押し付けるつもりは全くございません。ご主人様がおできになる事、なさりたい事、それをわたくしと一緒に考えていきましょう。そう申し上げたいのですよ。」
キキーモラのメイドは主を引き寄せた。疲れ切った身体を癒すかのように豊かな胸に抱く。
メイドの突然の行動に男は驚き目を丸くした。
だが、彼を見つめる慈愛深い眼差し、柔らかく温かい体を感じ、そっと身をゆだねる。
「ご主人様。大股で駆けて行く者もいれば、少しずつ一歩一歩行く者もいます。みんな色々違いますよね。でも、前を向いて歩む限り、その足どりは同じように尊い。わたくしはそう思うのです。
わたくしはご主人様と一緒にのんびり歩いていきたい。その一歩一歩をともに喜び合いたいのです。」
メイドは穏やかに語り続けた。強張った心を解きほぐすかのように温かく染み入る声。
男はうなだれて静かに耳を傾け続ける。
「ですからご主人様。どうかわたくしがお仕えすることをお許しくださいませ。そしてこのわたくしめを、ご主人様が歩まれる傍らにおいてくださいませ。お願いいたします。」
メイドは男を抱擁から解くと、すっと立ち上がり深々と一礼した。
そしてもう一度お願いいたしますと言い、己の主を瞳を凝らして見守った。
男はしばし黙然としていたが、やがて切なく微笑んだ。
「本当にありがとう。君のその言葉を聞けただけでも俺は報われたよ。でも、ごめん。
俺はもう君に食べられる事だけしか考えられないんだ。いつも君の事しか頭にないんだ…。」
メイドは主を見て取って愕然とした。
そこにいたのは耐えず犯され続け、快楽に心身を蝕まれた男の姿だった。
快楽への欲求を抑えきれない瞳は、妖しく鈍い光を放っていた。
今では男はインキュバスになり果ててしまった。
メイドが与える性の喜びを否応なしに求める体にされてしまった。
たとえそれがどれほど強制的で屈辱的なものであろうとも…。
己の善意が大切な主人にもたらした結果を知り、メイドは顔を歪めた。
これではメイドによる性の奉仕を常に施さなければ、心が情欲で溢れてしまうだろう。
主人の行いを正し、共に未来を歩む以前の問題だ。
「ご主人様申し訳ありません!どうかお許しを…。必ずわたくしがどうにか致します…。なにとぞご心配なく…。」
メイドは強い後悔を隠せない。
主の手を取ると目を潤ませ懇願して、心底申し訳なさそうに頭を下げ続ける。
男は彼女を安心させるように笑うと話を変えた。
「ごめんごめん。違うんだ。俺は君とこうなれてとっても嬉しいんだよ。でも、少し思うんだ。君とって俺は主と餌になるしかないのかな?他に第三の道は無いのかなって。」
「と、おっしゃいますと?」
メイドは犬のような耳をだらりと下げて落ち込んだ様子を見せていた。
だが、突然の男の提案に怪訝な顔つきになる。男は少し躊躇したがこう言い放った。
「俺の、ま…ママになるって道もあるんじゃないかなって!」
「ママ…。で、ございますか?」
予想外の言葉にメイドは開いた口が塞がらない様子だった。
だが、魔物娘が男の「ママ」になって惜しみない愛情を注ぐ事、
これが密かなブームになっている事を彼女は思い出した。
己の主が望むのはそういう事なのだろうか?メイドは首を傾げたがやがて大きく頷いてみせる。
「承知いたしました。お言葉とあらば、わたくしもやぶさかではございません。見事ご主人様の母親になってご覧に入れましょう!」
「本当に!?いいの?俺のママになってくれるの?」
「でも、よろしいのですか?」
男は相好を崩して喜んだが、それに水を差すような冷静さでメイドは言った。
「わたくしはご主人様の親として、わたくしの望む子になって頂くべく徹底的に鍛え上げる事になりますが?親の愛は時として傲慢で独善的なものです。わたくしは己の身勝手な想いを、ご主人様に遠慮なく注ぎ込みます。」
「待って。ええと…それはママと言えるのかな?」
思わぬ展開になり慌てる男だ。
「ママ」と母親は違うのでは?そう思いやんわり口を挟むが、メイドは聞く耳を持たない。
「ご主人様にはあしたのために、人間社会に輝く明星を目指して頂きますっ!」
「ちょっとそれおかしい!さっきと言ってること違うし全然ママじゃない!これじゃあまるで星一徹だよ…。」
胸を張ってメイドは声高らかに宣言する。困惑のあまり男も叫び声をあげる。
狼狽した様子の主を見て、メイドはいたずらっぽく笑った。
「うふふっ。その方の事は存じ上げませんが、このようにわたくしは頑なで視野も狭く融通もききません。ご主人様のママになれる資格など無いのですよ。いいえ…それ以前にメイド失格なのですが…。」
小悪魔のようなメイドの笑いは、やがて己を恥じるかのような自嘲の笑みに変わっていった。
男はそれを見て共感するかのような苦い声を漏らす。
「ううん。俺だってご主人様にはなれなかった。駄目なのは俺だよ。そのせいで君に…。」
「ご主人様そんな…。」
しばらくは言葉もなく沈黙が続いた。お互いに俯いて、ただじっとしている。
それぞれの過去の過ちが嫌でも思い浮かんでしまうのだろうか。
だが、やがて男は意を決して口を結ぶと、重い空気を振り払う様に快活に言う。
「でも、立派なメイドだった君が、実はエロ意地悪なお姉さんなんだって分かってすごく安心したから!これもまた良し。かな。」
「まあ!そのようなことおっしゃるご主人様こそ意地悪です!そうですね…。ダメ主人にメイド失格。私たちは十分お似合いですねっ。」
元気づけるかのような男の言葉に、メイドも冗談っぽくむくれて見せた。
己の主人のささやかな気遣いが嬉しいのだろう。華やかに笑う。
二人は気持ちを確かめ合う様に見つめ続ける。
やがて少しの間の後に、互いにぷっと吹き出し苦笑しあった。
メイドは気が晴れたように朗らかになって、己の主の肩を抱いた。
「さ、ご主人様がお目覚めになられたら、また存分に頂いちゃいますので。とにかく今日はゆっくりお休みになってくださいね。」
主を優しく寝かしつけようとしたメイドだったが、
何かに気が付いたように「あっ。」と言った。
「もしかしてご主人様のおっしゃるママとはこのような事でございますか?」
「!?」
メイドは意表を突かれた様子の主人と添い寝してわきに抱きかかえた。
そのまま抱擁し続けて、男を温かさと柔らかさの中に憩わせる。
慈母の笑みで男を包み込んでいたメイドだったが、やがて静かな声で歌いだした。
魔界の言葉だろうか?歌の意味を男は全く理解できなかった。
だが穏やかで慰める様な。ぐずる子供を寝付かせるような。
そんな優しい響きは彼の心に安らぎをもたらした。
俺を抱きしめてくれているのはメイドでもありママでもある人だ…。
なぜか男の心に妄想に近い想いが染み入る。それは心をさらに蕩けさすようだった。
いつしか男は幼い子に返ったかのようにメイドに甘えていた。
そのまま身をゆだね、体を弛緩させ、甘美な眠りへと堕ちていった………
部屋の中は淡く蒼い光が満ちている。その光はベッドで横になる二人を優しく照らす。
キキーモラのメイドは相変わらず主人と添い寝し続けていた。
すでに男のほうはぐっすりと眠り込んでいるようだ。穏やかな寝息が聞こえてくる。
メイドは男を悲し気に見つめ、ぎゅっと胸に抱いた。
どれだけ時間がたったのだろう。やがて彼女は深いため息をついてささやいた。
「ご主人様。あなた様を決してこのままにはいたしません。ですのでどうか、それまであと少しだけ甘えさせて下さいね。愚かなメイドの我儘をお許しくださいませ………」
祈りにも似たメイドの言葉を主が聞くことはなかった。
明かりはベッドで絡み合う男女を仄かに照らす。汗に濡れた彼らの体が艶やかに光った。
男のほうは意識を失ったかのように眠り込んでいたが、ようやく重い目を開いた。
「あら。ようやくお目覚めですか?ご 主 人 様 。 」
そんな彼を押さえ込み、のしかかっていた女が声をかけた。
小馬鹿にするようにわざわざ「ご主人様」と強調する。
男の意識は朦朧としている。全身の力が入らず仰向けに寝転んでいる。
見るからに憔悴しきっている姿。彼女は完璧に整った顔立ちに満足げな笑顔を浮かべた。
「うふふっ。まだまだですよ。あなた様は大変美味しゅうございますので…。」
女性は蔑むように唇を歪ませたと思った瞬間、頭を抱くと濃い口付けを交わしてきた。
熱くぬめる唇とうごめく舌が男の口中を犯し出す。
「むっ。ちゅっ。ぷはっ。むう…。」
淫らな生き物のような唇舌がもたらす刺激は、男に拒めない快楽を与えだす。
いつしか彼も夢中になって女性の舌と唇を貪っていた。
口に注がれる彼女の甘い唾液を啜っていると、男の体は火照り股間は固くそそりたった。
「やっと元気になられましたか。では、頂きます…。」
暗い喜びを感じさせる澄んだ声が響くと、彼女は男の一物を己の濡れた秘部にあてがう。
そのまま腰を男の腰に打ち付けると何度も何度も激しく律動し続けた。
みだらな水音が響き大量の愛液が結合部を濡らす。
股間を襲う締め付けと熱さ。わななく肉襞がもたらす快楽。男は耐えられなかった。
苦悶と悦楽がない交ぜになった表情を浮かべて、顔を何度も左右に振る。
「もう駄目…。駄目だからっ。」
男の絞り出す声を受けて女は深くうなずいた。
「遠慮せずともよろしいのですよ。さっ。ご馳走してくださいませ!」
女は濡れたような声で叫ぶと、より一層腰を激しく叩きつけた。
「ぐうっ!」
男の下半身に集中していた快楽の塊が爆発した。彼は呻くと白濁液を女の胎内にぶちまけた。だが、なおも膣は搾り取るかのように肉竿を吸引する。
男は快感をこらえきれずに痙攣して、何度も熱い肉の中に射精を繰り返した。
「駄目。またいっちゃう…。」
「もっと…もっとですよ。まだまだ頂きますからね…。」
男はすでに常人では考えられないほどの大量の射精を繰り返している。
本能に任せるように腰をひたすら突き上げ、子宮に精を放出し続ける。
だが女は無慈悲にささやくと、男を上から押さえつけて腰を上下した。
「まって…。出したばかりだから…。お願いだから少し休ませて…。」
「お断りいたします。わたくしはまだまだお腹ペコちゃんなのです。この程度では全く足りませんので。」
切なく訴える男の言葉を女は嘲笑ではねつけた。さらに何度も腰をぶつけ精を搾り取る。
その後も延々と貪られ続け、さすがに男にも限界が来たのだろう。
女が執拗な責めを繰り返しても、萎えた男根は一切反応がなくなった。
「もう限界だから許して。」
かすれた男の声に女は冷酷に言い放った。
「そのようにお口がきけるのでは全く問題ありませんわ。今日はあなた様を徹底的に搾り取るつもりでおりますので。」
「そんな…。あっ…そこはダメっ。駄目だよう!」
男は急に叫ぶと悲痛に顔を歪ませた。
女が己の羽毛に包まれた尻尾を男の尻にあてがい、淫らに刺激し始めたからだ。
触れるか触れないかで愛撫し、時には男の肛門に突き入れようと激しく動かす。
性欲を無理やり奮い起こすような尻尾のうごめきに、男の一物はいやおうなく反応した。
「ほうら、こんなにカチンカチンになられました。あなた様のおチンチンはまだしたいよおっておっしゃっているのですよ。」
女は柔らかい声で、まるで子供に言い聞かせるように語りかける。それが余計に男を嬲るようだ。
「それでは早速いたしましょうか。」
「待って。駄目だから。本当にもう駄目だから。」
必死に止める男を意に返さずに女は腰を下ろした。
熱くそそり立ったものを己の体内に包み込む。ぬめって柔らかい女の膣内が締め付ける。
その瞬間、頭に電気が足る様な快楽が襲い、男は熱い蜜壺の中で達した。
「っう!」
男は数えきれないほどの絶頂を繰り返しており、ほんのわずかの精しか出せなかった。
だが女は容赦なく腰をぶつけるようにしてピストンを繰り返す。
「もうだめ…。許して…。お願い…。だめ…。」
快楽が強すぎて逆に苦しいのだろう。男はうわごとのように何度も繰り返した。
目の焦点は合っておらず、半ば錯乱しているかのように首を振り続ける。
「いけませんねえ…。今のあなた様はわたくしの餌なのですよ。食料の分際で文句を言う
なんて。悪いお口はこうして差し上げます。」
だが女は意地悪く言うと、男のわななく唇に口づけして塞いでしまった。
そのまま頭をしっかりと抱きかかえ、先ほど以上に激しいキスで男を責め続ける。
喉奥まで舌をねじ込み、匂いをなすりつけるようになめ回し、唾液を無理矢理飲ませる。
女の濃厚な味と嗜虐的な眼差しを感じながら男は意識を手放していった………
いつしか男は目覚めたが、目の前は重い灰色になったようで、何も感じられなかった。
だが、己を包み込む温かく柔らかいものの存在にようやく気が付く。
「よしよし。とっても美味しかったですよ。よく頑張りました。」
それは男をしっかりと抱きしめ、いたわる様に愛撫を繰り返していた。
慰めるような優しい言葉をかけ続けている。
「今日は十分お腹いっぱいになりました。あとはゆっくりとお休み下さいませ。」
男が声のする方を見ると、そこには彼を犯しぬいていたあの女の姿があった。
だが、先ほどまでの酷薄な表情は消え失せ、
どことなく罪の意識を感じさせるような笑みを浮かべている。
意識を失っている間に風呂にでも入れてくれたのだろうか。
男の体からはボディーソープの香りが漂い、清潔なパジャマを着せられている。
疲れ切った体は柔らかいベッドに横たえられ、温かい布団が掛けられている。
そこで女と抱き合って一緒に寝ているのだ。
男が正気を取り戻したことに気が付いた女は、安堵して表情を和らげた。
すぐに起き上がると、マグカップにホルスタウロスミルクを注いで男に手渡す。
「さ。お疲れでしょう。存分にお飲みになって下さいませ。」
目覚めたばかりで喉が渇いていた男は、夢中になって甘く冷たいミルクを飲み始めた。
女は喉を鳴らして飲み続けている男をほっとした様子で眺めていたが、やがてそっと言った。
「そろそろ懲りて頂けましたか?一言。一言こうおっしゃって下さいませ。これからは心を入れ替えると。そうすればもうこんな苦しい思いはしないですむのですよ………」
魔王の統べる王国と国交が結ばれて数十年…。魔物娘は当然のように人の世で暮らしている。
彼女たちは人類に貢献をもたらしているのだが、時には妙な事を始めることも多い。
この男も魔物娘が経営するメイド派遣業者から、魔物娘のメイドを派遣してもらった。
メイド派遣、それも魔物娘のメイドとなれば、そうとうマニアックな商売なのだろう。
だが、挫折と失望の果てに自暴自棄になっていた男は、金もないのにメイドを頼んだ。
進退窮まった人生。最後ぐらいは召使にかしずかれる生活を送りたいと思ったのだろうか。
男のもとに派遣されてきたのはキキーモラのメイドだった。
魔物娘らしからぬ清純な美貌と、容姿にふさわしい淑やかで温厚な性格のメイドだった。
完璧な仕事ぶりと、金銭を介していると思えないほどの心からの奉仕。
いつしか男はこのメイドに心引かれるようになった。
偽りの生活などいつか破綻する。夢のような日々はあっという間に終わった。
とうとう男は自分が一文無しであることを、メイドに白状せざるを得なくなったのだ。
だが、惨めにうなだれる男を見て、メイドは怒るわけでも蔑むわけでもなかった。
ただ男をじっと見据えて静かにこう言ったのだ。
「あなたが心を入れ替えて良きご主人様になると誓われるのならば、わたくしは今回の事を水に流しましょう。しかしそれを拒むのであればお仕置きです。わたくしの餌として、オモチャとして、ペットとして、好き放題にさせていただきます。」
男は従容としてメイドの罰を受け入れることを選んだ。
恫喝同然の宣言を受け入れた主を、メイドはどこかにある己の屋敷に連れ去った。
そこで絶え間なく凌辱し続けたのだ。意識を失っても構わずになおも犯した。
男が限界を迎えれば、栄養豊富な食事と十分な睡眠を与えて休ませる程度の事はした。
また、男の心と体に重大なダメージを与えるような行為は慎重に避けた。
だが男が回復すれば再び欲望のはけ口として、餌として、ただ貪り続けるだけだった。
時間の感覚が全く無くなるほどの爛れ切った日々。男の現状はそれだけだった………
キキーモラのメイドは主人であった男を気遣う様に見つめている。
だが、それはかつての温厚で従順でありながらも有能なメイドの姿ではなかった。
キャップに束ねてあるはずの髪は乱れ、メイドの象徴のようなエプロンドレスも着ていない
淫らな裸身にガウン一枚羽織っただけの妖艶な姿。
男を貪る喜びを知った魔物の堕落した姿だった。
元メイドが発した言葉に、男はまたかと言いたそうな顔をする。
時折彼女は許しを与えるかのように、男に改心しろと迫るのだ。
キキーモラは悲しそうなため息を付いた。
「わたくしはかつてあのように申し上げましたが、そうすれば良きご主人様になって下さると思ったのです。しかしあなた様はわたくしの脅しを簡単に受け入れてしまわれた。今では、後悔しています…。」
だが、今日のキキーモラは思いつめた様子で話を続ける。
それを察した男は急いで身を起こした。
「きっと強がっておられるだけなのだろう。少しお灸をすえて差し上げればご理解頂けるだろう。そう思いしばらくの間わたくしの餌扱いしても、あなた様は構わず続けてくれとおっしゃるばかり。
わたくしはキキーモラである前にただの魔物娘なのですよ。あなた様の、どうか続けて欲しい。そのお言葉は最高の誘いに他なりません。拒むことなど敵いません。」
男は何か言おうと思ったがキキーモラはそれを許さなかった。
静かに手を上げて制すと深々と頭を下げた。
「どうかお願いいたします。真人間になる。主にふさわしい者として生きていく。そうおっしゃって下さいませ。あなた様のそのお言葉さえあれば、わたくしはキキーモラに戻ることができる。メイドとしての己を取り戻すことができる。
わたくしはこれ以上魔物として甘え続けて、あなた様の未来を潰したくはないのです。」
かつてメイドだった女は頭を下げ続けた。悲痛な声で何度もお願いいたしますと繰り返す。
男は何とも言えない畏敬の念に打たれ、しばらくの間言葉を失った。
だが、緊張をときほぐすように何度か咳払いをして、一息入れると語り始めた。
「君の事をずっと見ていて思ったんだ。君は俺なんかにとっても良くしてくれて。優しく面倒見てくれて。素晴らしいひとだなあって思ったんだ。だからこそこんな俺では絶対に君のご主人様にはなれない事もわかるんだ。いや、なっちゃいけないんだ。」
「なっちゃいけない」男のこの言葉を聞いたキキーモラは慌てて言葉を挟もうとした。
だが、今度は男がそれを許さずにかぶりを振る。
「でも、それでも俺は君のそばにいたかった。俺なんかじゃ駄目だとわかっていても君にそばにいて欲しかった。だからいくら惨めな扱いでも、君の餌に過ぎなくても、一緒に居られるなら罰を受け続けようって思ったんだ。」
「ご主人様…。」
「でもね。君はいつも俺の事美味しいって言ってくれるでしょ。それを聞いているとすごく嬉しいんだ。こんなどうしようもない俺でも君の役に立てたんだ。情けない俺でも生きていく意味を持つことが出来たんだって。」
男は恥ずかしい告白をしたと言わんばかりに顔を赤らめた。
だがその表情には満ち足りたような、何かを成し遂げたような、そんな強い思いが伺えた。
「あ…ごめん。これってただの自己満足だよね。俺は君を裏切った罰を受けているのに、こんな事いう資格なんてないよね。」
己のおかれている立場に気が付いた男は申し訳なさそうに詫びを入れた。
その様子をつらそうに見つめていたキキーモラは、何度も首を横に振り否定する。
「ご主人様。そのような悲しいことをおっしゃらないで下さいませ…。」
いつしかキキーモラは「ご主人様」と言っていた。深い愛情を込めた声音で諭し始める。
「ご主人様は何か誤解していらっしゃいませんか?わたくしは無理難題を押し付けるつもりは全くございません。ご主人様がおできになる事、なさりたい事、それをわたくしと一緒に考えていきましょう。そう申し上げたいのですよ。」
キキーモラのメイドは主を引き寄せた。疲れ切った身体を癒すかのように豊かな胸に抱く。
メイドの突然の行動に男は驚き目を丸くした。
だが、彼を見つめる慈愛深い眼差し、柔らかく温かい体を感じ、そっと身をゆだねる。
「ご主人様。大股で駆けて行く者もいれば、少しずつ一歩一歩行く者もいます。みんな色々違いますよね。でも、前を向いて歩む限り、その足どりは同じように尊い。わたくしはそう思うのです。
わたくしはご主人様と一緒にのんびり歩いていきたい。その一歩一歩をともに喜び合いたいのです。」
メイドは穏やかに語り続けた。強張った心を解きほぐすかのように温かく染み入る声。
男はうなだれて静かに耳を傾け続ける。
「ですからご主人様。どうかわたくしがお仕えすることをお許しくださいませ。そしてこのわたくしめを、ご主人様が歩まれる傍らにおいてくださいませ。お願いいたします。」
メイドは男を抱擁から解くと、すっと立ち上がり深々と一礼した。
そしてもう一度お願いいたしますと言い、己の主を瞳を凝らして見守った。
男はしばし黙然としていたが、やがて切なく微笑んだ。
「本当にありがとう。君のその言葉を聞けただけでも俺は報われたよ。でも、ごめん。
俺はもう君に食べられる事だけしか考えられないんだ。いつも君の事しか頭にないんだ…。」
メイドは主を見て取って愕然とした。
そこにいたのは耐えず犯され続け、快楽に心身を蝕まれた男の姿だった。
快楽への欲求を抑えきれない瞳は、妖しく鈍い光を放っていた。
今では男はインキュバスになり果ててしまった。
メイドが与える性の喜びを否応なしに求める体にされてしまった。
たとえそれがどれほど強制的で屈辱的なものであろうとも…。
己の善意が大切な主人にもたらした結果を知り、メイドは顔を歪めた。
これではメイドによる性の奉仕を常に施さなければ、心が情欲で溢れてしまうだろう。
主人の行いを正し、共に未来を歩む以前の問題だ。
「ご主人様申し訳ありません!どうかお許しを…。必ずわたくしがどうにか致します…。なにとぞご心配なく…。」
メイドは強い後悔を隠せない。
主の手を取ると目を潤ませ懇願して、心底申し訳なさそうに頭を下げ続ける。
男は彼女を安心させるように笑うと話を変えた。
「ごめんごめん。違うんだ。俺は君とこうなれてとっても嬉しいんだよ。でも、少し思うんだ。君とって俺は主と餌になるしかないのかな?他に第三の道は無いのかなって。」
「と、おっしゃいますと?」
メイドは犬のような耳をだらりと下げて落ち込んだ様子を見せていた。
だが、突然の男の提案に怪訝な顔つきになる。男は少し躊躇したがこう言い放った。
「俺の、ま…ママになるって道もあるんじゃないかなって!」
「ママ…。で、ございますか?」
予想外の言葉にメイドは開いた口が塞がらない様子だった。
だが、魔物娘が男の「ママ」になって惜しみない愛情を注ぐ事、
これが密かなブームになっている事を彼女は思い出した。
己の主が望むのはそういう事なのだろうか?メイドは首を傾げたがやがて大きく頷いてみせる。
「承知いたしました。お言葉とあらば、わたくしもやぶさかではございません。見事ご主人様の母親になってご覧に入れましょう!」
「本当に!?いいの?俺のママになってくれるの?」
「でも、よろしいのですか?」
男は相好を崩して喜んだが、それに水を差すような冷静さでメイドは言った。
「わたくしはご主人様の親として、わたくしの望む子になって頂くべく徹底的に鍛え上げる事になりますが?親の愛は時として傲慢で独善的なものです。わたくしは己の身勝手な想いを、ご主人様に遠慮なく注ぎ込みます。」
「待って。ええと…それはママと言えるのかな?」
思わぬ展開になり慌てる男だ。
「ママ」と母親は違うのでは?そう思いやんわり口を挟むが、メイドは聞く耳を持たない。
「ご主人様にはあしたのために、人間社会に輝く明星を目指して頂きますっ!」
「ちょっとそれおかしい!さっきと言ってること違うし全然ママじゃない!これじゃあまるで星一徹だよ…。」
胸を張ってメイドは声高らかに宣言する。困惑のあまり男も叫び声をあげる。
狼狽した様子の主を見て、メイドはいたずらっぽく笑った。
「うふふっ。その方の事は存じ上げませんが、このようにわたくしは頑なで視野も狭く融通もききません。ご主人様のママになれる資格など無いのですよ。いいえ…それ以前にメイド失格なのですが…。」
小悪魔のようなメイドの笑いは、やがて己を恥じるかのような自嘲の笑みに変わっていった。
男はそれを見て共感するかのような苦い声を漏らす。
「ううん。俺だってご主人様にはなれなかった。駄目なのは俺だよ。そのせいで君に…。」
「ご主人様そんな…。」
しばらくは言葉もなく沈黙が続いた。お互いに俯いて、ただじっとしている。
それぞれの過去の過ちが嫌でも思い浮かんでしまうのだろうか。
だが、やがて男は意を決して口を結ぶと、重い空気を振り払う様に快活に言う。
「でも、立派なメイドだった君が、実はエロ意地悪なお姉さんなんだって分かってすごく安心したから!これもまた良し。かな。」
「まあ!そのようなことおっしゃるご主人様こそ意地悪です!そうですね…。ダメ主人にメイド失格。私たちは十分お似合いですねっ。」
元気づけるかのような男の言葉に、メイドも冗談っぽくむくれて見せた。
己の主人のささやかな気遣いが嬉しいのだろう。華やかに笑う。
二人は気持ちを確かめ合う様に見つめ続ける。
やがて少しの間の後に、互いにぷっと吹き出し苦笑しあった。
メイドは気が晴れたように朗らかになって、己の主の肩を抱いた。
「さ、ご主人様がお目覚めになられたら、また存分に頂いちゃいますので。とにかく今日はゆっくりお休みになってくださいね。」
主を優しく寝かしつけようとしたメイドだったが、
何かに気が付いたように「あっ。」と言った。
「もしかしてご主人様のおっしゃるママとはこのような事でございますか?」
「!?」
メイドは意表を突かれた様子の主人と添い寝してわきに抱きかかえた。
そのまま抱擁し続けて、男を温かさと柔らかさの中に憩わせる。
慈母の笑みで男を包み込んでいたメイドだったが、やがて静かな声で歌いだした。
魔界の言葉だろうか?歌の意味を男は全く理解できなかった。
だが穏やかで慰める様な。ぐずる子供を寝付かせるような。
そんな優しい響きは彼の心に安らぎをもたらした。
俺を抱きしめてくれているのはメイドでもありママでもある人だ…。
なぜか男の心に妄想に近い想いが染み入る。それは心をさらに蕩けさすようだった。
いつしか男は幼い子に返ったかのようにメイドに甘えていた。
そのまま身をゆだね、体を弛緩させ、甘美な眠りへと堕ちていった………
部屋の中は淡く蒼い光が満ちている。その光はベッドで横になる二人を優しく照らす。
キキーモラのメイドは相変わらず主人と添い寝し続けていた。
すでに男のほうはぐっすりと眠り込んでいるようだ。穏やかな寝息が聞こえてくる。
メイドは男を悲し気に見つめ、ぎゅっと胸に抱いた。
どれだけ時間がたったのだろう。やがて彼女は深いため息をついてささやいた。
「ご主人様。あなた様を決してこのままにはいたしません。ですのでどうか、それまであと少しだけ甘えさせて下さいね。愚かなメイドの我儘をお許しくださいませ………」
祈りにも似たメイドの言葉を主が聞くことはなかった。
17/10/30 21:50更新 / 近藤無内