番外編 バレンタインと日曜日
窓の外では北寄りの風が吹いている。弱い日差しの中、揺れる木々が寒々しい。
「ああ…佑人さん温かいですぅ〜。」
「そういう有妃ちゃんこそ。すごくぽかぽかで気持ちいいよ…。」
だが俺達がいるのは部屋の中。そこは春本番のような暖かさだ。
日曜日の午後のひと時。俺と有妃はいつも通りいちゃいちゃして、まどろむ様な心地よさに蕩けている。
有妃は寒いのが大の苦手だ。部屋の中は暖房をきかせており、なおかつ一緒に抱き合って温めあっている。
「ん…すぅ〜。有妃ちゃんいい匂い…。」
「仕方ないですねぇ。佑人さんったらまたくんくんして…。」
俺は有妃の胸に顔を押し付けると、濃厚に漂う甘酸っぱい匂いを存分に吸い込む。有妃は苦笑すると蛇体の拘束を強めて抱きしめてくれた。
この愛する白蛇の妻に…魔力を注ぎ込まれたのは何年前になるだろう。今ではもうすっかりと彼女の支配と愛情に溺れきっている。
以前は露骨に匂いを嗅ぐような事は抵抗があった。だが、惜しみなく与え続けられる甘い安らぎに、いつしか遠慮や羞恥心を感じる事も無くなっていた。俺はただ有妃の温かさを感じていればいい…。自分の心のままにいればいい…。
「明日からまた仕事か…嫌だな…。」
そんな思いが自然と口を突いて出てきてしまう。先ほど述べた通り今は日曜日の午後。明日からの仕事を控えて気持ちが重くなる時間だ。
労働環境にも対人関係にも、全くと言っていいほど問題は無い。だがそれでも憂鬱になってしまうのは贅沢なのだろうか。
「あ〜あ…。有妃ちゃんとこのままでいたいなあ。ずっとギュッとされていたいよ…。」
さらに言葉を続ける俺を有妃は優しく見つめる。
「まあっ!嬉しいお言葉です。いいんですよ〜。佑人さんの気の済むまでこのままでいましょうね!」
「本当に?」
「もちろんです!明日からの事は全部私にお任せくださいね!桃里さんには話は付けますから…。」
「ありがとう。それじゃあ有妃ちゃんに監禁される生活がいま始まった訳だね。なんか期待しちゃうなあ…。」
「うふふふっ…。覚悟してくださいねぇ。佑人さんっ………って。やめて下さいよ!わたしはそんな事はしませんよ。でも、一月ぐらいなら…佑人さんとずっと二人だけの生活はしてみたいかも…。」
有妃は冗談めかして話にのってくれる。たわいないけれど、最愛の人との穏やかな時間。心落ち着くひと時。
優しく抱きしめる有妃の手。心地よく包み込む蛇体。果物のような、どことなく切なく甘い匂い。
当然のように気持ちを抑えきれなくなる。俺は何もためらうことなく、豊かな双丘の谷間に顔を埋める。有妃はすぐにあやす様に頭を撫でてくれる。
それがまた蕩ける様に心地よくて…たまらずおねだりしてしまった。
「有妃ちゃん…。もっとなでなでして欲しいなあ…。」
「まあ…甘えんぼさんっ!でもこんな恥ずかしい事を、平気でお願いしてくれるようになって嬉しいですよ。」
「もう。有妃ちゃんったら…。」
「いいんですよ。私は大喜びしているんですから…。佑人さんの変態でやらしい所、もっと見せて下さい。何も遠慮しないで下さいね…。」
有妃は若干嘲る様な調子でからかう。だがすぐに穏やかな口調でフォローすると、何度も頭を愛撫してくれる。いつものちょっぴりSだけど、心優しい俺の嫁さん。
彼女は白く暖かい蛇体で、ますますしっかりと俺を包み込む。この温かさがあればもう何もいらない。心が蕩け何も考えられなくなる…。
その時だ。有妃は不意に拘束を解いて俺を見つめてきた。労わるような眼差し。
「佑人さんとこうしていたいのはやまやまですけれど…。明日がありますから…。そろそろご飯の支度しますね。」
「そうだね…。」
もう夕刻も近い。温もりの時間もとりあえず終わり。明日の仕事に備えないといけない。
とりあえずご飯を食べて風呂に入って、そのあと有妃と抱き合って寝るまでいちゃいちゃしよう…。
知り合いの白蛇夫婦みたいに、有妃の愛情に包まれてずっと過ごしたいのは当然だ。だが、正直いえば今の生活も続けたい。有妃に何から何まで世話になるのは、俺の良心が許さない思いがあるのは否定できない。
俺は葛藤を抑えきれずにため息を着く。すると有妃は励ます様に、はいっ!と目の前に綺麗な小箱を出した。
「そんな悲しそうなお顔はなさらないで下さい…。これを食べて元気出して下さいねっ!」
「これは…。」
「はい!今日はバレンタインですよ〜。佑人さん甘いものは大好きじゃないですか…。愛情たっぷり込めて作りましたので…。」
「ああ…。」
そう。今日はバレンタイン。丁寧に包装されたチョコレートの箱を感慨深く見つめる。こんな俺だ。長らくバレンタインとは縁が無かった。
実家に居た時は母やふみ姉から義理で貰っていた。だが、ふみ姉が結婚して俺も独り暮らしすると、それも無くなった。
「なぁ森宮。カーチャンや姉ちゃんからもらったチョコは数に入れるもんじゃないよなぁ…。」
そう言ってダークエルフの嫁さんから貰ったチョコを見せびらかす黒川と、口論になった事もあった。
でも今はそれも昔の話だ。有妃が毎年作ってくれる、甘く蕩けるようでほんの少しほろ苦い〜まるで有妃のような〜チョコはすっかり楽しみになった。
俺は満面の笑顔で有妃に答える。
「ありがとう有妃ちゃん!今回も美味しそうだなあ…。」
早速受取ろうとしたが何故か有妃は拒むと、蛇体を再び俺に巻き付けた。
「え?ちょっと有妃ちゃん!?」
「だめですよ〜。これはこうして頂くのが美味しいんですから!」
朗らかに言うと有妃は小箱の包装を解く。そしてチョコを一つつまんだ。
ああ。これは…。
「はいっ!あ〜ん…。」
予想通りだった。柔らかな笑みを見せた有妃は、チョコを俺の口元に持ってきたのだ。俺は嬉しそうに口を開けて、愛情がこもった甘い施しを咥える。
ああ…。いつも通り。いや、それ以上に濃くて甘くてコクがあって…美味しい。チョコの甘さで頭の中まで蕩けそう…。知らぬうちに俺はチョコをねだっていた。
「あ…うん。あ〜ん…。」
「はい…。よくできました。可愛いですよ佑人さんっ。……それで、どうでしょう?」
味が気になるのだろう。少し心配そうな表情の有妃に俺は笑顔で答える。
「うん!とっても美味しいよ…。」
その途端。有妃はほっとひと息着くと念入りに絡みついてきた。
「まあ!ありがとうございます!作った甲斐があったというものです。では…あ〜ん。」
心からの喜びを露わにして有妃はにこやかに笑った。
有妃はあいかわらず口元までチョコを持ってくる。俺は無心になってそれを食べ続けた。
頭とお腹の中まで染み渡るような濃い味わいと、全身に巻き付く柔らかな蛇体…。
空いた手で有妃は優しく撫でてくれる。そして時折ねっとりする声で俺の耳元で囁く…。
「ふふっ…。しっかりもぐもぐしましょうね…。はい。ごっくん。よしよし。ちゃんと食べられて偉いですよ佑人さん…。」
今もチョコを食べた俺に熱い声で囁くと、いい子いい子するように撫でてくれた。たまらず俺は有妃を抱きしめてしまう。
「ゆ、有妃ちゃんっ…。」
「あら…。本当に佑人さんは可愛いんですから…。よしよし。」
有妃がきもちいい…。あたたかい…。やわかい…。心地よい。
全身に感じる有妃。ああ…体が蕩けていく…。
チョコの甘さで心が蕩けていく…。
俺は延々とねだり続ける。
もっともっと欲しい。チョコを…有妃を味わっていたい。
でも、なぜだろう?
いつものチョコも美味しいけれど、こんな取りつかれた様な食欲はわかなかった。
問いかける様に見つめる俺に有妃は笑った。
「気が付きましたか…。今年のチョコは少し隠し味を咥えているのですよ……。」
有妃は暗い笑顔だった。真紅の瞳も重く鈍い光を放っている。これはいつもの…己の衝動を抑えきれなくなった有妃の表情。
「有妃ちゃん…。」
くすくす笑う有妃の手から、たちまち青白い光がほとばしる。白蛇の炎…。
いつもプレイの一環として俺に炎を入れるが、今回のような事をされた事は無い。一体どうして…。
「はい…。この私の魔力をたっぷりと加えさえて頂きましたっ…。佑人さんのおなかの中まで私の力で犯しちゃいましたが…ご気分はいかがですか?」
「どうして…。」
「だって…佑人さんずっと私と一緒にいたい。って言ってくださったじゃないですか…。本当に嬉しかったです…。これで佑人さんと二人きりになれるのですから…。そのお言葉をずっと待っていたのですから…。ですからこれはわたしたちの誓いの儀式なのですよ…。私はこれからも未来永劫、佑人さんに命を懸けてお仕えします。ですから佑人さんも私だけを、永遠に見つめていて下さいね。という…。」
歓喜に溢れ、蕩ける様で、それでいて虚ろな眼差しの有妃。
囁くように、諭すように俺に囁き続ける。
ああ、そうか…。さっきの俺の言葉。ようやく気が付く。
有妃とずっとこのままでいたいといった言葉。その言葉でスイッチが入ってしまったのか…。でもあの時は有妃も冗談と受け取ってくれていたのでは…
いや…わかっていたはずだ。有妃と暮らしていて、いつしかこの日が来ることは。
想いが抑えきれなくなった有妃に、心の底の底から支配されてしまう日が来る事は。
今まで有妃はずっと我慢してくれていたのだ。俺を出来るだけ自由にしてくれていたのだ。そして優しく包み込んで、いつも愛情を注いでくれた。
そうだ。ずっと決めていたはずだ。この日が来たら笑って受け入れようと。今度は俺が有妃の想いに答える番だ。
それは俺にとっても、愛する人とふたりだけの安らかな日々の訪れなのだから…。
「うん!これからもよろしくね。有妃ちゃん!」
俺は従容として笑顔で有妃を受け入れる。
その途端…有妃ははっとして動揺したように問いかけてきた。
「あ…あの…。こんな事しちゃって言う事じゃないですけれど…。…佑人さん大丈夫ですか?怖くないんですか?」
「もう…なにも怖い訳ないじゃん…。それじゃもしかして、有妃ちゃんは俺に怖い事や酷い事したりするのかな?」
悪戯っぽく言う俺に、有妃はますます慌てた様にかぶりを振る。
「ま、まさか!そんなことあり得ません!私は佑人さんと一緒に幸せになりたいだけなんです!酷い事なんてありえませんっ!」
「だったら大丈夫だよ。俺も有妃ちゃんと一生幸せに過ごしたいんだから…。」
有妃はしばし呆然としていたが、やがて大粒の涙を浮かべて泣き出した。
「佑人さぁん…。本当に嬉しいですっ!やっぱりあなたが旦那様で良かったですよぉ…。」
ぎゅっと抱きしめられ、俺の胸に顔を埋めて泣き続ける。蛇体で温かく包み込まれる。そんな有妃がますます愛おしくなり何度も頭を撫でた。
「うん!俺も有妃ちゃんと一緒になれて本当に良かったよ…。」
優しく撫でる俺の手つきに有妃は嬉しそうだ。にっこりと微笑んだが、その眼差しからは先ほどの様な苦しげな光は消えていた。
「ありがとうございます。佑人さん…。大丈夫。何も心配しないで下さいね!気を楽にして私の力を受け入れて下さいね…。」
「うん…。」
「それじゃあ…いきますね…。」
有妃の手が青黒く輝く。彼女はその光の渦を優しく俺に押し当てた…。
「おはようございます…佑人さん。」
「あ…ええと…。何時?」
「はい。今は月曜日の午後一時です…。ご安心を!桃里さんには連絡しておきました。今日は有給と言う事で…」
目覚めた俺だが、まだ寝ぼけた頭でぼんやりと思う。そうだ。魔力を入れられた俺は、あれから有妃とずっと交わり合い続けたのだ。
魔物が経営する企業では、欲望が暴発した魔物嫁に犯されて仕事にいけなくなった場合、有給を使って休むことが当然のように認められている。
「本当は気の済むまでお休みになって頂きたかったのですが…明日の仕事に差し支えますし…。」
申し訳なさそうに呟く有妃。初めて魔力を入れられた時もこんなだったなと、この場にそぐわぬ事を思いだすが…。
え?仕事?
でも俺はもう…有妃とずっと一緒に居る事になるのでは?途端にはっと目が覚めて有妃に問いかける。有妃が望んでいるのなら俺は彼女のそばを離れない。そう決めたのだ。
「有妃ちゃん…。俺は君のものなんだよ。君がしたいことをしてくれていい。有妃ちゃんが我慢して苦しい思いをするのを見たくなんかないんだ…」
有妃は指を俺の唇にそっと当てる。切なげに笑うとかぶりを振った。
「ありがとうございます。佑人さんはいつもそうおっしゃってくれますよね?そのお言葉を頂いているだけで、私は救われているのですよ…。」
「でも…。」
「ね。佑人さん。確か前にもこのような事がありましたが…。私は佑人さんと普通の夫婦のような今の生活。この生活を送る事も愛おしいのです。
確かに佑人さんとお互いだけを見つめあって、永遠に二人で過ごすのにも憧れますが…。」
「本当にいいの…。」
気遣う様な俺を元気づける様に、有妃は快活に何度もうなずいた。
「はい!ですから佑人さんは何も気にせずにお心のままでいて下さいねっ!そしてその時が来たらよろしくお願いしますね!絶対に幸せになって頂きますので!」
いつになるのかはわからない。でもいつか来る有妃との第二の生活。その始まりまでふたりで生きて行こう…。思いっきり甘えて甘えられたりしよう…。
もしかして無理をしているのだろうか。どことなく空元気な様子の有妃を見て、俺はそう思った。
「ああ…佑人さん温かいですぅ〜。」
「そういう有妃ちゃんこそ。すごくぽかぽかで気持ちいいよ…。」
だが俺達がいるのは部屋の中。そこは春本番のような暖かさだ。
日曜日の午後のひと時。俺と有妃はいつも通りいちゃいちゃして、まどろむ様な心地よさに蕩けている。
有妃は寒いのが大の苦手だ。部屋の中は暖房をきかせており、なおかつ一緒に抱き合って温めあっている。
「ん…すぅ〜。有妃ちゃんいい匂い…。」
「仕方ないですねぇ。佑人さんったらまたくんくんして…。」
俺は有妃の胸に顔を押し付けると、濃厚に漂う甘酸っぱい匂いを存分に吸い込む。有妃は苦笑すると蛇体の拘束を強めて抱きしめてくれた。
この愛する白蛇の妻に…魔力を注ぎ込まれたのは何年前になるだろう。今ではもうすっかりと彼女の支配と愛情に溺れきっている。
以前は露骨に匂いを嗅ぐような事は抵抗があった。だが、惜しみなく与え続けられる甘い安らぎに、いつしか遠慮や羞恥心を感じる事も無くなっていた。俺はただ有妃の温かさを感じていればいい…。自分の心のままにいればいい…。
「明日からまた仕事か…嫌だな…。」
そんな思いが自然と口を突いて出てきてしまう。先ほど述べた通り今は日曜日の午後。明日からの仕事を控えて気持ちが重くなる時間だ。
労働環境にも対人関係にも、全くと言っていいほど問題は無い。だがそれでも憂鬱になってしまうのは贅沢なのだろうか。
「あ〜あ…。有妃ちゃんとこのままでいたいなあ。ずっとギュッとされていたいよ…。」
さらに言葉を続ける俺を有妃は優しく見つめる。
「まあっ!嬉しいお言葉です。いいんですよ〜。佑人さんの気の済むまでこのままでいましょうね!」
「本当に?」
「もちろんです!明日からの事は全部私にお任せくださいね!桃里さんには話は付けますから…。」
「ありがとう。それじゃあ有妃ちゃんに監禁される生活がいま始まった訳だね。なんか期待しちゃうなあ…。」
「うふふふっ…。覚悟してくださいねぇ。佑人さんっ………って。やめて下さいよ!わたしはそんな事はしませんよ。でも、一月ぐらいなら…佑人さんとずっと二人だけの生活はしてみたいかも…。」
有妃は冗談めかして話にのってくれる。たわいないけれど、最愛の人との穏やかな時間。心落ち着くひと時。
優しく抱きしめる有妃の手。心地よく包み込む蛇体。果物のような、どことなく切なく甘い匂い。
当然のように気持ちを抑えきれなくなる。俺は何もためらうことなく、豊かな双丘の谷間に顔を埋める。有妃はすぐにあやす様に頭を撫でてくれる。
それがまた蕩ける様に心地よくて…たまらずおねだりしてしまった。
「有妃ちゃん…。もっとなでなでして欲しいなあ…。」
「まあ…甘えんぼさんっ!でもこんな恥ずかしい事を、平気でお願いしてくれるようになって嬉しいですよ。」
「もう。有妃ちゃんったら…。」
「いいんですよ。私は大喜びしているんですから…。佑人さんの変態でやらしい所、もっと見せて下さい。何も遠慮しないで下さいね…。」
有妃は若干嘲る様な調子でからかう。だがすぐに穏やかな口調でフォローすると、何度も頭を愛撫してくれる。いつものちょっぴりSだけど、心優しい俺の嫁さん。
彼女は白く暖かい蛇体で、ますますしっかりと俺を包み込む。この温かさがあればもう何もいらない。心が蕩け何も考えられなくなる…。
その時だ。有妃は不意に拘束を解いて俺を見つめてきた。労わるような眼差し。
「佑人さんとこうしていたいのはやまやまですけれど…。明日がありますから…。そろそろご飯の支度しますね。」
「そうだね…。」
もう夕刻も近い。温もりの時間もとりあえず終わり。明日の仕事に備えないといけない。
とりあえずご飯を食べて風呂に入って、そのあと有妃と抱き合って寝るまでいちゃいちゃしよう…。
知り合いの白蛇夫婦みたいに、有妃の愛情に包まれてずっと過ごしたいのは当然だ。だが、正直いえば今の生活も続けたい。有妃に何から何まで世話になるのは、俺の良心が許さない思いがあるのは否定できない。
俺は葛藤を抑えきれずにため息を着く。すると有妃は励ます様に、はいっ!と目の前に綺麗な小箱を出した。
「そんな悲しそうなお顔はなさらないで下さい…。これを食べて元気出して下さいねっ!」
「これは…。」
「はい!今日はバレンタインですよ〜。佑人さん甘いものは大好きじゃないですか…。愛情たっぷり込めて作りましたので…。」
「ああ…。」
そう。今日はバレンタイン。丁寧に包装されたチョコレートの箱を感慨深く見つめる。こんな俺だ。長らくバレンタインとは縁が無かった。
実家に居た時は母やふみ姉から義理で貰っていた。だが、ふみ姉が結婚して俺も独り暮らしすると、それも無くなった。
「なぁ森宮。カーチャンや姉ちゃんからもらったチョコは数に入れるもんじゃないよなぁ…。」
そう言ってダークエルフの嫁さんから貰ったチョコを見せびらかす黒川と、口論になった事もあった。
でも今はそれも昔の話だ。有妃が毎年作ってくれる、甘く蕩けるようでほんの少しほろ苦い〜まるで有妃のような〜チョコはすっかり楽しみになった。
俺は満面の笑顔で有妃に答える。
「ありがとう有妃ちゃん!今回も美味しそうだなあ…。」
早速受取ろうとしたが何故か有妃は拒むと、蛇体を再び俺に巻き付けた。
「え?ちょっと有妃ちゃん!?」
「だめですよ〜。これはこうして頂くのが美味しいんですから!」
朗らかに言うと有妃は小箱の包装を解く。そしてチョコを一つつまんだ。
ああ。これは…。
「はいっ!あ〜ん…。」
予想通りだった。柔らかな笑みを見せた有妃は、チョコを俺の口元に持ってきたのだ。俺は嬉しそうに口を開けて、愛情がこもった甘い施しを咥える。
ああ…。いつも通り。いや、それ以上に濃くて甘くてコクがあって…美味しい。チョコの甘さで頭の中まで蕩けそう…。知らぬうちに俺はチョコをねだっていた。
「あ…うん。あ〜ん…。」
「はい…。よくできました。可愛いですよ佑人さんっ。……それで、どうでしょう?」
味が気になるのだろう。少し心配そうな表情の有妃に俺は笑顔で答える。
「うん!とっても美味しいよ…。」
その途端。有妃はほっとひと息着くと念入りに絡みついてきた。
「まあ!ありがとうございます!作った甲斐があったというものです。では…あ〜ん。」
心からの喜びを露わにして有妃はにこやかに笑った。
有妃はあいかわらず口元までチョコを持ってくる。俺は無心になってそれを食べ続けた。
頭とお腹の中まで染み渡るような濃い味わいと、全身に巻き付く柔らかな蛇体…。
空いた手で有妃は優しく撫でてくれる。そして時折ねっとりする声で俺の耳元で囁く…。
「ふふっ…。しっかりもぐもぐしましょうね…。はい。ごっくん。よしよし。ちゃんと食べられて偉いですよ佑人さん…。」
今もチョコを食べた俺に熱い声で囁くと、いい子いい子するように撫でてくれた。たまらず俺は有妃を抱きしめてしまう。
「ゆ、有妃ちゃんっ…。」
「あら…。本当に佑人さんは可愛いんですから…。よしよし。」
有妃がきもちいい…。あたたかい…。やわかい…。心地よい。
全身に感じる有妃。ああ…体が蕩けていく…。
チョコの甘さで心が蕩けていく…。
俺は延々とねだり続ける。
もっともっと欲しい。チョコを…有妃を味わっていたい。
でも、なぜだろう?
いつものチョコも美味しいけれど、こんな取りつかれた様な食欲はわかなかった。
問いかける様に見つめる俺に有妃は笑った。
「気が付きましたか…。今年のチョコは少し隠し味を咥えているのですよ……。」
有妃は暗い笑顔だった。真紅の瞳も重く鈍い光を放っている。これはいつもの…己の衝動を抑えきれなくなった有妃の表情。
「有妃ちゃん…。」
くすくす笑う有妃の手から、たちまち青白い光がほとばしる。白蛇の炎…。
いつもプレイの一環として俺に炎を入れるが、今回のような事をされた事は無い。一体どうして…。
「はい…。この私の魔力をたっぷりと加えさえて頂きましたっ…。佑人さんのおなかの中まで私の力で犯しちゃいましたが…ご気分はいかがですか?」
「どうして…。」
「だって…佑人さんずっと私と一緒にいたい。って言ってくださったじゃないですか…。本当に嬉しかったです…。これで佑人さんと二人きりになれるのですから…。そのお言葉をずっと待っていたのですから…。ですからこれはわたしたちの誓いの儀式なのですよ…。私はこれからも未来永劫、佑人さんに命を懸けてお仕えします。ですから佑人さんも私だけを、永遠に見つめていて下さいね。という…。」
歓喜に溢れ、蕩ける様で、それでいて虚ろな眼差しの有妃。
囁くように、諭すように俺に囁き続ける。
ああ、そうか…。さっきの俺の言葉。ようやく気が付く。
有妃とずっとこのままでいたいといった言葉。その言葉でスイッチが入ってしまったのか…。でもあの時は有妃も冗談と受け取ってくれていたのでは…
いや…わかっていたはずだ。有妃と暮らしていて、いつしかこの日が来ることは。
想いが抑えきれなくなった有妃に、心の底の底から支配されてしまう日が来る事は。
今まで有妃はずっと我慢してくれていたのだ。俺を出来るだけ自由にしてくれていたのだ。そして優しく包み込んで、いつも愛情を注いでくれた。
そうだ。ずっと決めていたはずだ。この日が来たら笑って受け入れようと。今度は俺が有妃の想いに答える番だ。
それは俺にとっても、愛する人とふたりだけの安らかな日々の訪れなのだから…。
「うん!これからもよろしくね。有妃ちゃん!」
俺は従容として笑顔で有妃を受け入れる。
その途端…有妃ははっとして動揺したように問いかけてきた。
「あ…あの…。こんな事しちゃって言う事じゃないですけれど…。…佑人さん大丈夫ですか?怖くないんですか?」
「もう…なにも怖い訳ないじゃん…。それじゃもしかして、有妃ちゃんは俺に怖い事や酷い事したりするのかな?」
悪戯っぽく言う俺に、有妃はますます慌てた様にかぶりを振る。
「ま、まさか!そんなことあり得ません!私は佑人さんと一緒に幸せになりたいだけなんです!酷い事なんてありえませんっ!」
「だったら大丈夫だよ。俺も有妃ちゃんと一生幸せに過ごしたいんだから…。」
有妃はしばし呆然としていたが、やがて大粒の涙を浮かべて泣き出した。
「佑人さぁん…。本当に嬉しいですっ!やっぱりあなたが旦那様で良かったですよぉ…。」
ぎゅっと抱きしめられ、俺の胸に顔を埋めて泣き続ける。蛇体で温かく包み込まれる。そんな有妃がますます愛おしくなり何度も頭を撫でた。
「うん!俺も有妃ちゃんと一緒になれて本当に良かったよ…。」
優しく撫でる俺の手つきに有妃は嬉しそうだ。にっこりと微笑んだが、その眼差しからは先ほどの様な苦しげな光は消えていた。
「ありがとうございます。佑人さん…。大丈夫。何も心配しないで下さいね!気を楽にして私の力を受け入れて下さいね…。」
「うん…。」
「それじゃあ…いきますね…。」
有妃の手が青黒く輝く。彼女はその光の渦を優しく俺に押し当てた…。
「おはようございます…佑人さん。」
「あ…ええと…。何時?」
「はい。今は月曜日の午後一時です…。ご安心を!桃里さんには連絡しておきました。今日は有給と言う事で…」
目覚めた俺だが、まだ寝ぼけた頭でぼんやりと思う。そうだ。魔力を入れられた俺は、あれから有妃とずっと交わり合い続けたのだ。
魔物が経営する企業では、欲望が暴発した魔物嫁に犯されて仕事にいけなくなった場合、有給を使って休むことが当然のように認められている。
「本当は気の済むまでお休みになって頂きたかったのですが…明日の仕事に差し支えますし…。」
申し訳なさそうに呟く有妃。初めて魔力を入れられた時もこんなだったなと、この場にそぐわぬ事を思いだすが…。
え?仕事?
でも俺はもう…有妃とずっと一緒に居る事になるのでは?途端にはっと目が覚めて有妃に問いかける。有妃が望んでいるのなら俺は彼女のそばを離れない。そう決めたのだ。
「有妃ちゃん…。俺は君のものなんだよ。君がしたいことをしてくれていい。有妃ちゃんが我慢して苦しい思いをするのを見たくなんかないんだ…」
有妃は指を俺の唇にそっと当てる。切なげに笑うとかぶりを振った。
「ありがとうございます。佑人さんはいつもそうおっしゃってくれますよね?そのお言葉を頂いているだけで、私は救われているのですよ…。」
「でも…。」
「ね。佑人さん。確か前にもこのような事がありましたが…。私は佑人さんと普通の夫婦のような今の生活。この生活を送る事も愛おしいのです。
確かに佑人さんとお互いだけを見つめあって、永遠に二人で過ごすのにも憧れますが…。」
「本当にいいの…。」
気遣う様な俺を元気づける様に、有妃は快活に何度もうなずいた。
「はい!ですから佑人さんは何も気にせずにお心のままでいて下さいねっ!そしてその時が来たらよろしくお願いしますね!絶対に幸せになって頂きますので!」
いつになるのかはわからない。でもいつか来る有妃との第二の生活。その始まりまでふたりで生きて行こう…。思いっきり甘えて甘えられたりしよう…。
もしかして無理をしているのだろうか。どことなく空元気な様子の有妃を見て、俺はそう思った。
17/03/12 22:46更新 / 近藤無内
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