番外編 ふたりのクリスマス
「寒っ………。」
仕事終わりの冬の夕暮れ時。寒さのあまりつい言葉が出てしまう。
肌に突き刺す冷気…
骨まで凍える様な寒風…
真冬らしからぬ暖かさが続いていたが、最近ようやく冬本来の気温になってきた。
ああ…早く帰りたい。家には有妃が待っていてくれている。有妃の温かく柔らかい体で抱きしめてもらってぬくぬくしたい…。
そんな想いを抱きながら俺は帰り道を急ぐ………
よし!やっと到着した…。俺は一刻を争う様にしてドアを開ける。
「ただいま有妃ちゃ…」
言い終える前に何かが抱き着き、続いて絡みついてきた。それは柔らかく、温かく俺を包み込んでくれる。
「佑人さんおかえりなさいっ!寒くて大変でしたねえ…。」
慰める様な優しい声…。穏やかに俺を見つめる真紅の瞳…。愛する妻、有妃の素敵な笑顔だ。有妃は蛇体で俺に巻き付き、ぎゅっと抱きしめてくれる。
ああ…とっても温かく、柔らかで、いい匂い…。俺もうっとりして有妃を掻き抱く。
「ただいま有妃ちゃん…。今日は寒くてつらかった…。」
豊満な胸に顔を埋めて甘える俺。有妃は微笑んで見守ってくれる。
「よしよし…。今日も一日よく頑張りましたね!さ、夕ご飯はシチューですよぉ〜。たくさん食べて温まってくださいねっ!」
有妃はいつものように頭を撫でてくれた。いい子いい子するかのような手つきがとても心地よい。俺は脱力してその身を有妃に委ねた………
「ごちそうさま!とっても美味しかったよ!ええと…シチューの肉がいつもと違う様な?」
「はい!今日はいつも以上に良いお肉なんですよ〜。ちょっと奮発しちゃいました。」
夕飯を頂いた後のまったりとした時間。俺達は何気なく談笑する。いつもと同じだけれど、それがとても大切で幸せな時間…。
有妃は楽しそうにおしゃべりしながら、俺を優しく見つめ続ける。その心地よさを味わっていると、彼女は何かに気が付いたかのように「あ…そうでした。」と呟いた。
「どうしたの有妃ちゃん?」
「うふふっ…。ちょっと待っていて下さいね…。」
有妃は悪戯っぽく微笑むと何やら取りに行った………
「はいっ!メリークリスマス!」
「ああ〜。そう言えば今日は…」
有妃が満面の笑顔で持ってきたのは、とても美味しそうなケーキ。そうだ…今日はクリスマスイブだった。有妃と一緒になって初めてのクリスマスだった去年。俺は風邪で寝込んでおり、それどころでは無かった。実質今年が有妃と祝う初めてのクリスマスといってよい。
俺は有妃の髪色のような純白のケーキをただ見つめる。クリスマスを祝うなんていつ以来だろう…。大人になってからは全く縁が無いものだった。まして異性と過ごすクリスマスなんて俺には…
「そうですよ〜。クリスマスですから一緒にケーキ頂きましょう!………どうしました。佑人さん…。」
さまざまな思いが胸に溢れ俺は言葉を無くす。そんな姿を見て有妃が怪訝そうに問いかけてくる。
「あ…いや。」
思わず言葉に詰まってしまう。だが…そうだ。よく考えればプレゼントとか全く用意していなかった。
馬鹿…せっかく有妃がケーキを用意してくれたのに…。本当に俺は対女性経験値ゼロだ…。気の利かない俺自身に呆れながら有妃に頭を下げる。
「ごめん有妃ちゃん…。プレゼント…まだ用意していないんだ。お詫びに今度の休み、有妃ちゃんの欲しいもの買いに行こう。」
申し訳なさそうにしている俺を見て有妃は朗らかに笑った。
「もう。いやですよぉ。そんな気を遣って頂かなくてもよろしいのに…。でも、そう言って頂いて嬉しいです!」
「有妃ちゃん…。」
「ふふっ。そんな悲しいお顔はいけません…。ケーキが美味しく頂けないですよ…。」
慰める様に優しい言葉を掛けてくれる有妃。俺はほっとしてうなずいた。
クリスマスと言ってもたいした事をする訳では無い。有妃と一緒にケーキを食べて、お酒を飲んで、色々おしゃべりする。酔った勢いで意味も無くクラッカーを鳴らしたりもした。
でも…そんな些細な事がとても楽しい。少し酔ったのだろう。幾分饒舌になっている有妃がとても可愛らしい。とにかく大好きな人と一緒に居ると心から落ち着く。
有妃と知り合う前。世間に背を向けて意気がっていても、この時期は暗い想いが抑えきれなかった。あえて平気なふりをして、意識しないでいようとしても、やっぱり寂しい。つらい。苦しい。どんどん心に澱のようなものが溜まっていった。
それを有妃が全部取り払ってくれた。哀れな俺を優しく抱きしめてくれた。今では当時が悪い夢のように思える。ああ…この安らぎにずっと浸っていたい…。
俺は有妃の後ろから肩を抱き締め、白銀の長い髪に顔を埋めた。甘く切ない匂いに包まれてうっとりとする。苦笑する有妃の蛇体が巻き付き、優しく俺を包み込む。
心地良さでついうとうとしていると、有妃がそっと問いかけてきた。
「あの、佑人さん。何か気になる事…ありましたか?」
「え…全然そんなことないけど。どうして?」
はっと目が覚めて顔を上げた俺を、有妃は気遣う様な眼差しで見つめていた。
「もう…。私に嘘は通用しません。って何度も言っていますよ〜。先ほど佑人さんが考え事をされていた事は承知なんです…。」
有妃は寂しそうに微笑む。
「もしかして私…何か気に障る事でも…。」
不安げに語りだす有妃。俺は慌てて言い訳をする。
「有妃ちゃんごめん…。違うんだ。そうじゃないんだ。ただ、独身の頃のクリスマスの事を色々思い出しちゃって……」
その途端、有妃はからかう様な眼差しで俺を見つめてきた。
「そういえば佑人さん。当時はテレビ画面の中のお嫁さんとクリスマスしていたんですよね。」
俺の耳元で悪戯っぽくささやくと、有妃はくすくすと笑った。古傷に触れられて俺は顔を赤らめてしまう。
「ちょっと有妃ちゃん…。まあ…これは否定できないかな。あ…いや。も…もちろん今は有妃ちゃんの事しか頭にないからっ!」
「大丈夫!佑人さんのお心はよくわかっておりますから…。そんな慌てないで下さいねっ!」
過去の事。しかも夢中になっていたのは二次元の事だ。とはいえ有妃は白蛇。もしかして嫉妬しているのかも…。そう思って慌てて釈明する俺を、有妃は落ち着いた様子でなだめる。
実際の所、有妃にはもう魔力を…白蛇の炎を注ぎ込まれている。目の前にいる妻以外に欲望や情念を抱く事はもう無いのだ。有妃が鷹揚で平静な態度なのも、ある意味当然の事なのだろう。
「あ…ごめんなさい佑人さん…。話の腰を折っちゃいましたね…。」
変に納得した俺だったが、有妃は申し訳なさそうに話の続きを促してきた。俺は一息つくと話し始める。
「ああ…うん。今有妃ちゃんが言ったような感じだったんだよね。俺は。
人前では気にしないふりをしていても、クリスマスがくるたびに無性に寂しくて…。この時期は街中に出るのがとっても嫌で…。ずっと家に閉じこもりっきりだった。」
惨めな告白だったが、有妃は全てを受け入れてくれる。何も隠したり恥ずかしがったりする事は無い。俺は安心して澱んだ思いを吐きだす。まあ、相当酔った勢いもあったのだが…。
「畜生!俺も好きな人と一緒にクリスマス過ごしたいよ…。とか言いながらエロゲやって憂さ晴らししたりね…。
だから…こうして君とクリスマスを祝えるようになった事を、本当に感謝しているんだ。ありがとう。有妃ちゃん…。」
有妃は慈愛深く見つめてくれている。語り終えた俺は妙に恥ずかしくなり…俯いてしまった。
しばらくの間お互いに黙り込む。流れて行く沈黙の時間…。
「佑人さんっ!」
少々気まずくなりかけたその時だった…。有妃が甘い声をあげると不意に抱き付いてきた。
俺の頭を胸に抱いて優しく撫でさする。額に何度もキスを繰り返す。とっても心地よく温かい。俺は恍惚となって有妃の想いを受け入れる。
「有妃ちゃん…。」
「大丈夫!もう何も心配いらないんですよ。佑人さんに寂しい思いなんかさせませんからねっ!私とずうっと一緒にいましょう!二人で幸せになりましょう!」
有妃は興奮した様に語りかける。顔を上げると感極まったような、それでいて昏い眼差し。真紅の瞳が鈍く光っている。
思い詰めた様な有妃の表情。でも、これも俺の嫁さんの素敵な一面。ずっと見ていたい愛らしい姿だ。
もっともこんな風に思うなんて、有妃に完全に堕とされてしまった証なのだろうけれど…
「有妃ちゃん…。いつも本当にありがとうね。あの…大好き…。」
俺も想いを抑えきれずに愛をささやく。それを聞いた有妃はアルコールで染まっていた頬をますます赤くした。
「いいえ。そんな…。私のようなものにはもったいないですよぉ…。それに、お礼を言わなければならないのは私の方です。私も昔は寂しかったんですよっ!佑人さんと初めてお会いした時は余裕あるふりしていましたけど…。この時確信しました!ああ!この人が私の運命の人なんだなって…。だから佑人さんと過ごす時間が本当に愛おしくて大切で絶対に失いたくなくて………」
ますます興奮してきた有妃は俺にしっかりと絡みつく。あまりに念入りに巻き付かれて少々息苦しくなってしまい、たまらず声を上げる。
「そう言ってもらって…う、嬉しいけれど。ちょ…ちょっと苦しいかも…。」
「あ…ごめんなさい…。佑人さんのお言葉があまりにも嬉しくて…。つい感激してしまいました。」
有妃は申し訳なさそうにぺろりと舌を出す。巻き付く蛇体の力を緩めたが離すつもりは無いようだ。俺もぎゅっと有妃を抱きしめる。
「あの…。佑人さん。これからはもっと遊びに行きませんか?」
抱きしめあい、互いに一つになる様な甘い感触を味わい続ける。だが有妃は抱擁を解くと、俺の目を見つめて語りかけてきた。
「クリスマスもそうですけど。春夏秋冬、色々楽しい事がありますよね。佑人さんと一緒に…愛する恋人たちがする様に楽しめば良いと思うんです!
佑人さんは今までずっとおうちの中で私といて下さいましたよね。本当に有難いことです。でも、私は佑人さんが望むことをしたい…。佑人さんがふつうの恋人のように、私と付き合いたいというのなら喜んでそうします…。」
気遣う様な、労わる様な有妃の眼差し。見つめていると温かい気持ちになってくる。
有妃は優しい笑顔だ。だが、本当は俺をあまり外出させたくない事は良く分かっている。大切なひとに無理をさせるのは嫌だ…。
それに、有妃に優しく縛られる今の生活…俺もそれが続くのを心から望んでいる。
「ううん。俺は君と一緒に居られるだけでいいんだ。どこに行かなくてもいい。有妃ちゃんにぎゅってされている時間が何よりも幸せだから…。」
俺は微妙に不安げだった有妃を安心させるように言った。
「ごめんなさい…。逆に気を遣わせてしまったみたいですね。でも、ありがとうございます…。」
切なく情緒あふれる眼差しで有妃は微笑んだ。蛇体が俺に優しく絡みつき、やがて包まれるように巻き付かれた。
俺達はお互いに見つめあう。きらきら紅く輝く有妃の瞳。いつもの様に温かく俺を見つめ続ける。それがとっても心地よい。視線を合わせる事に何の不安も羞恥心も無く、ただ多幸感を味わう………
有妃の眼差しに吸い込まれるような、そんな至福の時間がどれだけ続いただろう。だがその瞳は徐々にどろりとした淫らな光を帯びて行った。
強い視線でじいっと俺を見つめていたが、とうとう有妃は我慢できなくなったようだ。
「あ…ケーキも美味しかったですけど…もっと美味しい佑人さんを食べたくなってしまって…。佑人さんがよければ、どうでしょう?」
本当は情欲を抑えきれないはずなのに、控え目にそっという有妃が可愛い。俺も笑顔でうなずく。
「今日はイブだから「性」なる夜だ…とか言っている連中。正直羨ましかったんだ。俺もようやく願いが叶ったかな、なんて…。
あ…俺達からすれば「性」じゃなくて「精」かもしれないけどね…。」
馬鹿な下ネタを言う俺に眉をひそめるわけでもなく、有妃は楽しそうに笑ってくれる。
「うふふっ…。いやですよぉ。佑人さんったらぁ…。お待たせするのも悪いです。さっそく佑人さんの願いをかなえて差し上げますねっ…。」
有妃は捕食者としての欲望を隠さずに俺を抑え込んだ。やがて熱い口づけを交わすと、俺達は甘い快楽に溺れて行った………
仕事終わりの冬の夕暮れ時。寒さのあまりつい言葉が出てしまう。
肌に突き刺す冷気…
骨まで凍える様な寒風…
真冬らしからぬ暖かさが続いていたが、最近ようやく冬本来の気温になってきた。
ああ…早く帰りたい。家には有妃が待っていてくれている。有妃の温かく柔らかい体で抱きしめてもらってぬくぬくしたい…。
そんな想いを抱きながら俺は帰り道を急ぐ………
よし!やっと到着した…。俺は一刻を争う様にしてドアを開ける。
「ただいま有妃ちゃ…」
言い終える前に何かが抱き着き、続いて絡みついてきた。それは柔らかく、温かく俺を包み込んでくれる。
「佑人さんおかえりなさいっ!寒くて大変でしたねえ…。」
慰める様な優しい声…。穏やかに俺を見つめる真紅の瞳…。愛する妻、有妃の素敵な笑顔だ。有妃は蛇体で俺に巻き付き、ぎゅっと抱きしめてくれる。
ああ…とっても温かく、柔らかで、いい匂い…。俺もうっとりして有妃を掻き抱く。
「ただいま有妃ちゃん…。今日は寒くてつらかった…。」
豊満な胸に顔を埋めて甘える俺。有妃は微笑んで見守ってくれる。
「よしよし…。今日も一日よく頑張りましたね!さ、夕ご飯はシチューですよぉ〜。たくさん食べて温まってくださいねっ!」
有妃はいつものように頭を撫でてくれた。いい子いい子するかのような手つきがとても心地よい。俺は脱力してその身を有妃に委ねた………
「ごちそうさま!とっても美味しかったよ!ええと…シチューの肉がいつもと違う様な?」
「はい!今日はいつも以上に良いお肉なんですよ〜。ちょっと奮発しちゃいました。」
夕飯を頂いた後のまったりとした時間。俺達は何気なく談笑する。いつもと同じだけれど、それがとても大切で幸せな時間…。
有妃は楽しそうにおしゃべりしながら、俺を優しく見つめ続ける。その心地よさを味わっていると、彼女は何かに気が付いたかのように「あ…そうでした。」と呟いた。
「どうしたの有妃ちゃん?」
「うふふっ…。ちょっと待っていて下さいね…。」
有妃は悪戯っぽく微笑むと何やら取りに行った………
「はいっ!メリークリスマス!」
「ああ〜。そう言えば今日は…」
有妃が満面の笑顔で持ってきたのは、とても美味しそうなケーキ。そうだ…今日はクリスマスイブだった。有妃と一緒になって初めてのクリスマスだった去年。俺は風邪で寝込んでおり、それどころでは無かった。実質今年が有妃と祝う初めてのクリスマスといってよい。
俺は有妃の髪色のような純白のケーキをただ見つめる。クリスマスを祝うなんていつ以来だろう…。大人になってからは全く縁が無いものだった。まして異性と過ごすクリスマスなんて俺には…
「そうですよ〜。クリスマスですから一緒にケーキ頂きましょう!………どうしました。佑人さん…。」
さまざまな思いが胸に溢れ俺は言葉を無くす。そんな姿を見て有妃が怪訝そうに問いかけてくる。
「あ…いや。」
思わず言葉に詰まってしまう。だが…そうだ。よく考えればプレゼントとか全く用意していなかった。
馬鹿…せっかく有妃がケーキを用意してくれたのに…。本当に俺は対女性経験値ゼロだ…。気の利かない俺自身に呆れながら有妃に頭を下げる。
「ごめん有妃ちゃん…。プレゼント…まだ用意していないんだ。お詫びに今度の休み、有妃ちゃんの欲しいもの買いに行こう。」
申し訳なさそうにしている俺を見て有妃は朗らかに笑った。
「もう。いやですよぉ。そんな気を遣って頂かなくてもよろしいのに…。でも、そう言って頂いて嬉しいです!」
「有妃ちゃん…。」
「ふふっ。そんな悲しいお顔はいけません…。ケーキが美味しく頂けないですよ…。」
慰める様に優しい言葉を掛けてくれる有妃。俺はほっとしてうなずいた。
クリスマスと言ってもたいした事をする訳では無い。有妃と一緒にケーキを食べて、お酒を飲んで、色々おしゃべりする。酔った勢いで意味も無くクラッカーを鳴らしたりもした。
でも…そんな些細な事がとても楽しい。少し酔ったのだろう。幾分饒舌になっている有妃がとても可愛らしい。とにかく大好きな人と一緒に居ると心から落ち着く。
有妃と知り合う前。世間に背を向けて意気がっていても、この時期は暗い想いが抑えきれなかった。あえて平気なふりをして、意識しないでいようとしても、やっぱり寂しい。つらい。苦しい。どんどん心に澱のようなものが溜まっていった。
それを有妃が全部取り払ってくれた。哀れな俺を優しく抱きしめてくれた。今では当時が悪い夢のように思える。ああ…この安らぎにずっと浸っていたい…。
俺は有妃の後ろから肩を抱き締め、白銀の長い髪に顔を埋めた。甘く切ない匂いに包まれてうっとりとする。苦笑する有妃の蛇体が巻き付き、優しく俺を包み込む。
心地良さでついうとうとしていると、有妃がそっと問いかけてきた。
「あの、佑人さん。何か気になる事…ありましたか?」
「え…全然そんなことないけど。どうして?」
はっと目が覚めて顔を上げた俺を、有妃は気遣う様な眼差しで見つめていた。
「もう…。私に嘘は通用しません。って何度も言っていますよ〜。先ほど佑人さんが考え事をされていた事は承知なんです…。」
有妃は寂しそうに微笑む。
「もしかして私…何か気に障る事でも…。」
不安げに語りだす有妃。俺は慌てて言い訳をする。
「有妃ちゃんごめん…。違うんだ。そうじゃないんだ。ただ、独身の頃のクリスマスの事を色々思い出しちゃって……」
その途端、有妃はからかう様な眼差しで俺を見つめてきた。
「そういえば佑人さん。当時はテレビ画面の中のお嫁さんとクリスマスしていたんですよね。」
俺の耳元で悪戯っぽくささやくと、有妃はくすくすと笑った。古傷に触れられて俺は顔を赤らめてしまう。
「ちょっと有妃ちゃん…。まあ…これは否定できないかな。あ…いや。も…もちろん今は有妃ちゃんの事しか頭にないからっ!」
「大丈夫!佑人さんのお心はよくわかっておりますから…。そんな慌てないで下さいねっ!」
過去の事。しかも夢中になっていたのは二次元の事だ。とはいえ有妃は白蛇。もしかして嫉妬しているのかも…。そう思って慌てて釈明する俺を、有妃は落ち着いた様子でなだめる。
実際の所、有妃にはもう魔力を…白蛇の炎を注ぎ込まれている。目の前にいる妻以外に欲望や情念を抱く事はもう無いのだ。有妃が鷹揚で平静な態度なのも、ある意味当然の事なのだろう。
「あ…ごめんなさい佑人さん…。話の腰を折っちゃいましたね…。」
変に納得した俺だったが、有妃は申し訳なさそうに話の続きを促してきた。俺は一息つくと話し始める。
「ああ…うん。今有妃ちゃんが言ったような感じだったんだよね。俺は。
人前では気にしないふりをしていても、クリスマスがくるたびに無性に寂しくて…。この時期は街中に出るのがとっても嫌で…。ずっと家に閉じこもりっきりだった。」
惨めな告白だったが、有妃は全てを受け入れてくれる。何も隠したり恥ずかしがったりする事は無い。俺は安心して澱んだ思いを吐きだす。まあ、相当酔った勢いもあったのだが…。
「畜生!俺も好きな人と一緒にクリスマス過ごしたいよ…。とか言いながらエロゲやって憂さ晴らししたりね…。
だから…こうして君とクリスマスを祝えるようになった事を、本当に感謝しているんだ。ありがとう。有妃ちゃん…。」
有妃は慈愛深く見つめてくれている。語り終えた俺は妙に恥ずかしくなり…俯いてしまった。
しばらくの間お互いに黙り込む。流れて行く沈黙の時間…。
「佑人さんっ!」
少々気まずくなりかけたその時だった…。有妃が甘い声をあげると不意に抱き付いてきた。
俺の頭を胸に抱いて優しく撫でさする。額に何度もキスを繰り返す。とっても心地よく温かい。俺は恍惚となって有妃の想いを受け入れる。
「有妃ちゃん…。」
「大丈夫!もう何も心配いらないんですよ。佑人さんに寂しい思いなんかさせませんからねっ!私とずうっと一緒にいましょう!二人で幸せになりましょう!」
有妃は興奮した様に語りかける。顔を上げると感極まったような、それでいて昏い眼差し。真紅の瞳が鈍く光っている。
思い詰めた様な有妃の表情。でも、これも俺の嫁さんの素敵な一面。ずっと見ていたい愛らしい姿だ。
もっともこんな風に思うなんて、有妃に完全に堕とされてしまった証なのだろうけれど…
「有妃ちゃん…。いつも本当にありがとうね。あの…大好き…。」
俺も想いを抑えきれずに愛をささやく。それを聞いた有妃はアルコールで染まっていた頬をますます赤くした。
「いいえ。そんな…。私のようなものにはもったいないですよぉ…。それに、お礼を言わなければならないのは私の方です。私も昔は寂しかったんですよっ!佑人さんと初めてお会いした時は余裕あるふりしていましたけど…。この時確信しました!ああ!この人が私の運命の人なんだなって…。だから佑人さんと過ごす時間が本当に愛おしくて大切で絶対に失いたくなくて………」
ますます興奮してきた有妃は俺にしっかりと絡みつく。あまりに念入りに巻き付かれて少々息苦しくなってしまい、たまらず声を上げる。
「そう言ってもらって…う、嬉しいけれど。ちょ…ちょっと苦しいかも…。」
「あ…ごめんなさい…。佑人さんのお言葉があまりにも嬉しくて…。つい感激してしまいました。」
有妃は申し訳なさそうにぺろりと舌を出す。巻き付く蛇体の力を緩めたが離すつもりは無いようだ。俺もぎゅっと有妃を抱きしめる。
「あの…。佑人さん。これからはもっと遊びに行きませんか?」
抱きしめあい、互いに一つになる様な甘い感触を味わい続ける。だが有妃は抱擁を解くと、俺の目を見つめて語りかけてきた。
「クリスマスもそうですけど。春夏秋冬、色々楽しい事がありますよね。佑人さんと一緒に…愛する恋人たちがする様に楽しめば良いと思うんです!
佑人さんは今までずっとおうちの中で私といて下さいましたよね。本当に有難いことです。でも、私は佑人さんが望むことをしたい…。佑人さんがふつうの恋人のように、私と付き合いたいというのなら喜んでそうします…。」
気遣う様な、労わる様な有妃の眼差し。見つめていると温かい気持ちになってくる。
有妃は優しい笑顔だ。だが、本当は俺をあまり外出させたくない事は良く分かっている。大切なひとに無理をさせるのは嫌だ…。
それに、有妃に優しく縛られる今の生活…俺もそれが続くのを心から望んでいる。
「ううん。俺は君と一緒に居られるだけでいいんだ。どこに行かなくてもいい。有妃ちゃんにぎゅってされている時間が何よりも幸せだから…。」
俺は微妙に不安げだった有妃を安心させるように言った。
「ごめんなさい…。逆に気を遣わせてしまったみたいですね。でも、ありがとうございます…。」
切なく情緒あふれる眼差しで有妃は微笑んだ。蛇体が俺に優しく絡みつき、やがて包まれるように巻き付かれた。
俺達はお互いに見つめあう。きらきら紅く輝く有妃の瞳。いつもの様に温かく俺を見つめ続ける。それがとっても心地よい。視線を合わせる事に何の不安も羞恥心も無く、ただ多幸感を味わう………
有妃の眼差しに吸い込まれるような、そんな至福の時間がどれだけ続いただろう。だがその瞳は徐々にどろりとした淫らな光を帯びて行った。
強い視線でじいっと俺を見つめていたが、とうとう有妃は我慢できなくなったようだ。
「あ…ケーキも美味しかったですけど…もっと美味しい佑人さんを食べたくなってしまって…。佑人さんがよければ、どうでしょう?」
本当は情欲を抑えきれないはずなのに、控え目にそっという有妃が可愛い。俺も笑顔でうなずく。
「今日はイブだから「性」なる夜だ…とか言っている連中。正直羨ましかったんだ。俺もようやく願いが叶ったかな、なんて…。
あ…俺達からすれば「性」じゃなくて「精」かもしれないけどね…。」
馬鹿な下ネタを言う俺に眉をひそめるわけでもなく、有妃は楽しそうに笑ってくれる。
「うふふっ…。いやですよぉ。佑人さんったらぁ…。お待たせするのも悪いです。さっそく佑人さんの願いをかなえて差し上げますねっ…。」
有妃は捕食者としての欲望を隠さずに俺を抑え込んだ。やがて熱い口づけを交わすと、俺達は甘い快楽に溺れて行った………
17/03/12 22:17更新 / 近藤無内
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