第9章 お姉ちゃん襲来! 1
「あの………佑人さん。お義姉さんの事なんですけれど…。郷里の者からメールが来まして………」
「なにかわかったの?」
「はい…。それが………佑人さん。落ち着いて聞いて下さいね……。お義姉さんは………」
俺は悶々として物思いにふける。ここはいつもの魔物カフェ。目の前には楽しそうにおしゃべりする有妃…。今日も穏やかな休日だ。午後過ぎまで有妃と存分にいちゃいちゃした後、買い物ついでに立ち寄ったのだ。
最近はこの狸茶屋に立ち寄る事が多くなったのは前に述べた。ここは田舎町ゆえに魔物がくつろげる店はそう多くない。その点狸茶屋は魔物娘が快適に過ごせるような設備が数多く整っているのだ。
有妃としては独身の魔物とのトラブルは気にしている様だが、実際はパートナーがいる男には手を出さないという不文律は固く守られている。
それゆえにやむを得ないという風を装いつつ、実際は有妃も店で伸び伸びと過ごしている。
「それでですねえ…可笑しいんですよ佑人さん……」
「へえ…そうなんだ…。」
有妃は相変わらず目の前でしゃべっている。俺も笑みを浮かべてうなずく。だが…内容は全く頭に入ってこない。いつもは有妃と一緒に居るだけで穏やかな気持ちになれる。だが、今日は言いようもない不安が渦巻いている。
「ねえ…どうでしょう佑人さん。私達も…」
「うん。そうだね…。」
にこやかで、楽しそうに語りかける有妃…。実は…消息不明の俺の姉について、有妃が故郷の知人に調査を依頼してくれた。その知人は魔術に長けているそうなので、姉の行方を様々な魔法を行使して探査してくれたのだ。
その結果………魔物の魔力が大変強く感じられる。おそらく人としては生きていないだろう。という事が分かったそうだ。姉は魔物になったようだ………。
最近は魔物化願望を持つ女性も多いらしいのだが、姉がそうであったとは聞いた事が無い。浮気性の旦那に悩んでいた事…。連絡が取れなくなっている事…。色々不安になる要因は多い。今後俺は一体どうすれば良いのだろう…。
「佑人さん…」
駄目だ…。全く抑えられない。不安な思いがじくじくと湧き出す。
「ねえ…佑人さん。」
有妃が何か言っているが心ここにあらず。俺は無意識に何度もうなずく。
「ゆ う と さ ん ! !」
その時…非難がましい声音が耳元で響く。俺は驚きその方向に目をやった。
「っ!!……あ、有妃ちゃん…。えっと…。」
「もう!さっきから一体どうしたんですか!ずうっと生返事ばっかりして…」
有妃の真紅の瞳が幾分不快そうな色を孕んでいる。俺は慌てて頭を下げる。
「ごめん…。ごめんね…。」
虚ろな様子で何度も詫びる俺を見た有妃は全てを察したようだ。気遣う様に問いかけてきた。
「お義姉さんのことですか…。」
「いや…別にそうじゃなくて。」
図星を突かれた俺は慌てて否定する。
「佑人さん…前にも言いましたよね。私は佑人さんの事はなんでもわかっちゃうんです…。そんな苦しい嘘はいけませんよ…。」
いつの間にか俺の隣に席を移していた有妃が蛇体で巻き付く。見れば労わる様な真紅の瞳。
「有妃ちゃんごめんね…。」
「お身内の事が心配なのは当然ですよ…。そんなに謝らないで下さい。」
有妃は切ない笑みを見せると俺の頭を胸に抱く。温かくふくよかな胸の感触にただ癒される。有妃の優しさにはいつも本当に有難く思う。
最近は有妃以外の白蛇についても色々知る機会が多い。俺と同じく白蛇の妻を持つ男とも知り合いになった。この知人は奥さんに散々酷い事を言って怒らせた挙句…アナルに尻尾を突っ込まれて魔力を入れられてしまう。という壮絶な経験をしている。
魔物と結婚しているにもかかわらず、人間のプライド云々を強調するその知人の事を、俺は不快に思っていた。知人も俺に対して妙に上から目線で接しているところがあった。
だが、奥さんに散々調教されて魔力を入れられた結果…以前の高慢な態度は嘘のように消え去った。今では温厚篤実の見本のようになっている。奥さんとも以前にもまして仲良くしている様だ。
他の人についても、浮気がばれて奥さんに丸呑みされたとか…。同じく浮気を疑われて強制的にお漏らしさせられたとか…。相当ハードにお仕置きされた話を伝え聞いている。
ネットで白蛇という種族については、ある程度知識を得ているつもりだった。だが実際に聞く話は想像を超えるものが多い。
もっとも有妃はいつも優しく思いやり深い。話せばわかってくれる。だが、本当に怒らせれば他の白蛇たちと同じようになるのかもしれない…。もちろん有妃は俺に酷い事はしない。という信頼はあるが、それでも誤解を招く様な事は避けよう……
そんな事を肝に銘じていると、俺をからかう様に有妃が話しかけてきた。
「うふふっ…。佑人さん。そういえば同族の白夜さんご夫婦…色々すごかったみたいですねえ…。」
「そ…そういえば…そんなこと聞いたかな…。」
「今では旦那さんすっかり白夜さんの虜になってしまわれたようで…。彼女もうちの夫が可愛くて仕方がないのですよ。って散々のろけていましたよ…。」
俺の心を見抜いたかのような有妃は、耳元で弄ぶように語りかける。熱い吐息が掛かると背筋がぞくぞく震え、いやおうなしに興奮させる。
でもわざわざこんな事を言うなんて、やはり先ほどの事が気に入らなかったのだろうか…。まあ、姉が心配で他の事などどうでもいいような態度を取ってしまった…。有妃も身内の事だとは理解してくれているのだろう。だが実の姉とはいえ、俺の心がよそに向いているのは複雑な心境なのかもしれない。
この様な事で大切な有妃を不快にさせるのは嫌だ…。俺は愛する妻の目を見て語りかける。
「さっきは本当にごめんね…。俺が余計な事を考えない様に…有妃ちゃんの好きなようにしてくれていいんだよ…。」
有妃はそれを意外な表情で聞いていたが…やがて感極まった様に笑顔を見せた。
「佑人さん…。ありがとうございます。でも…。佑人さんは今でも十分素直で正直な方ですから…。何の心配もしていませんよ。」
何も心配はいらないとばかりに穏やかに語る有妃。
「有妃ちゃんがそういってくれるのは嬉しいよ。でも将来…お互いに誤解しあうような事があるのも嫌なんだ…。」
俺は率直に不安を打ち明ける。有妃は俺を安心させる様にうなずいた。
「ご安心ください!私はあなたの奥さんなのですよ…。佑人さんの全てを理解しています。お心を見誤って酷い事をしちゃうなんて事は万に一つもございません!」
「有妃ちゃん…」
「というか佑人さん…。まさか私に隠し事をしたり、嘘をつけるなんて思っていらっしゃらないでしょうね。愛する旦那様の事はぜ〜んぶお見通しですからねっ!」
悪戯っぽく微笑むと有妃は俺の頭を優しくなでた。
心の隅々まで読まれていると言われたようなものだ。本当は恐ろしい事なのだろう。でも俺のすべてを理解して包み込んでくれる…。有妃は優しく受け入れてくれる…。そう思うと無性にこの身を委ねたくなってしまった。
それからしばらく後に、結局俺も有妃に浮気を疑われてしまう…。怖い目には会ったが、すぐに誤解を解いてわかってくれた。おしおきもされたが魔力を入れられて搾り取られる、という普段している事とさほど変わらぬものだ。
無性に有妃に甘えたくなる。俺は知らぬ間に愛するひとの柔らかい体を抱きしめていた。
「有妃ちゃん…。大好き…。」
「はいっ!もちろん私も大好きです!…でも、こんなことしてよろしいんですか?他の皆さんもいらっしゃるんですよ…。」
有妃は俺を抱いて優しく蛇体を巻き付ける。そしてからかう様に言う。
確かに店には人魔の番が何組もいる。でも…店のいちゃいちゃした空気には、すっかり馴染んでしまった。俺は笑ってかぶりを振る。
「もう今さらって感じだねえ…。」
「ふふっ…。それもそうですねぇ…。まあ他の皆さんもお楽しみで、誰も私達の事など見ていませんけれど。あ………やっと佑人さん笑ってくれましたね!」
俺の笑顔を見て安心したかのように有妃もほっとした表情をする。心配をかけていた事が申し訳なくて俺は頭を下げた。
「あ…うん。ごめんね…。」
「うふふっ。そんなに何度も謝ってはいけませんよ…。ね…どうでしょう?お義姉さんの事…もう一度詳しく調べてもらいましょうか?」
有妃は気遣う様にそっと言った。本当は俺の気持ちが揺れていて、許せない思いもあるのだろう。それなのに少しも態度に出さない。有妃の思いやりには本当に感謝している。
だが…それにずっと甘えるわけにはいかない…。もちろん姉の事は大切だ。でも今の俺には…。それ以上に気を掛け、大切にしていかなければならない人が出来た。
俺の目の前で切なげな笑みを見せるひと…。真紅の瞳に優しい色を浮かべる白蛇の女性…。愛する妻の有妃の事を誰よりも思わなければならない。
心に残る不安を振り払い、俺は快活に笑ってみせた。
「ううん……。大丈夫!うちの姉の事は気になるけど、今は有妃ちゃんの事が一番大事だから…。」
それを聞いた有妃は目を潤ませる。真紅の瞳が宝石のように濡れた。
「もう……私に嘘は通じませんって言いましたよね…。でも佑人さんのそのお気持ち、嬉しいですよっ……。」
有妃はどことなく憂いを込めて笑うと、俺を蛇体の中に包み込むのだった。
相変らず俺は蛇体に包まれている。頭を撫でる有妃の優しい手つきが心地良い。俺はうっとりとしながら店内を見回す。
店内には見知った顔も多い。以前有妃と睨み合ったラミアや、俺の不注意で騒動になりかけたデュラハンもいる。彼女はその後良い男を見つけたようで、今も親しげに語りあっている。
あ…噂をすればで知人の白蛇夫婦の姿も見える。向こうも俺達に気が付いたようでお互いに会釈し合った。
斜め向こうには黒いドレスのような服を着た女性が一人で座っている。彼女はただじっとうつむいて座っている。青白く長い髪がかかって顔が見える事は無い。この女性は俺達が店に来るといつもこの席で座っている。
もちろん男探しのただの常連なのだろうが…妙に印象に残る。大体独身の魔物娘は男を求めて常に目を光らせているものだ。それなのに彼女は独身男が来店しても、全くの無関心の様子で座っているだけなのだ。
好奇心を抑えきれずに彼女の方にちらちら視線を向けていた。すると有妃が俺の顔に手をやりそっと振り向かす。
「はぁい…佑人さんっ…。」
有妃はにっこりほほ笑むとパフェに乗っていた果物を口に含む。そしてそのまま俺に口づけしてきた。
「んんっ……。」
唾液交じりの甘酸っぱい果実が注ぎ込まれる。続いて有妃の舌も俺の口中に侵入する。俺はぬるぬるした有妃の舌を吸い、口に広がる甘酸っぱい味わいを堪能した。
「んっ……ちゅっ……ちゅぷ………んちゅ………」
今はもう周囲の目など気にならなくなってきた。俺達はただ夢中になって互いの舌と唇を味わう。艶めかしく蠕動する有妃の舌が心地良くて、俺はひたすら夢中になって啜り続けた。
「ぷはぁ……。」
やがて息苦しくなった俺は唇を離す。有妃はその様子を見て蠱惑的に笑う。
「やっぱり夫婦の果実はこうして食べるのが美味しいですねぇ…。」
「うん…。」
有妃の妖艶な様子には慣れているが全く見飽きる事はない。魅惑的な姿に恍惚としてうなずく俺…。
「ところで佑人さん…。そんなにあの黒い服の方…気になります?」
ふいに有妃は悪戯っぽく小声で問いかける。ああ…やっぱりごまかせなかった…。慌てて言い訳しようとした俺を落ち着かせる様に有妃は優しく笑った。
「わかっていますよ。確かに妙に気になる方ですから…。それと、あの方は匂いからすると旦那さんがいらっしゃいますね。」
「そうなの?でもいつも一人だし…。」
番になった人魔がいつも別々なんて信じられない…。疑問に思った俺も声をひそめて聞く。
「はい…私の様な者からすれば考えられませんが。でも、どうやらあの方はアンデット系の様ですし…。あの方達の事はどうも良く分かりません…。」
やれやれと言いたそうな表情をみせると有妃はなんどか首を振った。可愛らしい姿に俺もつられて笑ってしまう。
その時だった。
斜め向こうに座っていたその女性が不意に立ち上がった。彼女はくるりとこちらを向くとしずしずと歩み寄ってくる……。
「有妃ちゃんっ…。」
「は、はいっ!?」
慌てる俺達をよそに彼女は俺達の席に近づいてくる。相変わらず顔は青い長髪に隠れ全く見えない…。その姿はまるでホラー映画に出てくる亡霊の様だ。
「って…。ええ?あの人…なに?俺達が話していたの聞かれた?」
「いや…だ、大丈夫ですっ!私に任せて下さいっ!」
動揺する俺を安心させるかのように有妃はうなずく。そしてさっと立ち上がると黒いドレスの女性の前に立ちはだかった。
普段有妃が人に対するときの様に笑顔を浮かべてはいたが、それが心なしか強張っている。
「こんにちは…。私達にご用があるとお見受けしますが…。どうかなさいましたか?」
慇懃に頭を下げると穏やかに問いかける有妃。すると、黒いドレスの女性は思いもかけぬ事を口走った。
「やっぱりそうなんだ…。あなたが有妃さんね?」
「えっ?ええ!?私の事をご存じなんですかっ!?」
突然の事だった。予想もしない事に驚き有妃の声が大きくなる。だが……この青い長髪の女の人の声、どこかで聞いたような………。
困惑を見抜いたのか、その女性は不意に俺に向かって語りかけた。
「お久しぶりゆうくん…。わたしよ…。お姉ちゃんだよ……………。」
「なにかわかったの?」
「はい…。それが………佑人さん。落ち着いて聞いて下さいね……。お義姉さんは………」
俺は悶々として物思いにふける。ここはいつもの魔物カフェ。目の前には楽しそうにおしゃべりする有妃…。今日も穏やかな休日だ。午後過ぎまで有妃と存分にいちゃいちゃした後、買い物ついでに立ち寄ったのだ。
最近はこの狸茶屋に立ち寄る事が多くなったのは前に述べた。ここは田舎町ゆえに魔物がくつろげる店はそう多くない。その点狸茶屋は魔物娘が快適に過ごせるような設備が数多く整っているのだ。
有妃としては独身の魔物とのトラブルは気にしている様だが、実際はパートナーがいる男には手を出さないという不文律は固く守られている。
それゆえにやむを得ないという風を装いつつ、実際は有妃も店で伸び伸びと過ごしている。
「それでですねえ…可笑しいんですよ佑人さん……」
「へえ…そうなんだ…。」
有妃は相変わらず目の前でしゃべっている。俺も笑みを浮かべてうなずく。だが…内容は全く頭に入ってこない。いつもは有妃と一緒に居るだけで穏やかな気持ちになれる。だが、今日は言いようもない不安が渦巻いている。
「ねえ…どうでしょう佑人さん。私達も…」
「うん。そうだね…。」
にこやかで、楽しそうに語りかける有妃…。実は…消息不明の俺の姉について、有妃が故郷の知人に調査を依頼してくれた。その知人は魔術に長けているそうなので、姉の行方を様々な魔法を行使して探査してくれたのだ。
その結果………魔物の魔力が大変強く感じられる。おそらく人としては生きていないだろう。という事が分かったそうだ。姉は魔物になったようだ………。
最近は魔物化願望を持つ女性も多いらしいのだが、姉がそうであったとは聞いた事が無い。浮気性の旦那に悩んでいた事…。連絡が取れなくなっている事…。色々不安になる要因は多い。今後俺は一体どうすれば良いのだろう…。
「佑人さん…」
駄目だ…。全く抑えられない。不安な思いがじくじくと湧き出す。
「ねえ…佑人さん。」
有妃が何か言っているが心ここにあらず。俺は無意識に何度もうなずく。
「ゆ う と さ ん ! !」
その時…非難がましい声音が耳元で響く。俺は驚きその方向に目をやった。
「っ!!……あ、有妃ちゃん…。えっと…。」
「もう!さっきから一体どうしたんですか!ずうっと生返事ばっかりして…」
有妃の真紅の瞳が幾分不快そうな色を孕んでいる。俺は慌てて頭を下げる。
「ごめん…。ごめんね…。」
虚ろな様子で何度も詫びる俺を見た有妃は全てを察したようだ。気遣う様に問いかけてきた。
「お義姉さんのことですか…。」
「いや…別にそうじゃなくて。」
図星を突かれた俺は慌てて否定する。
「佑人さん…前にも言いましたよね。私は佑人さんの事はなんでもわかっちゃうんです…。そんな苦しい嘘はいけませんよ…。」
いつの間にか俺の隣に席を移していた有妃が蛇体で巻き付く。見れば労わる様な真紅の瞳。
「有妃ちゃんごめんね…。」
「お身内の事が心配なのは当然ですよ…。そんなに謝らないで下さい。」
有妃は切ない笑みを見せると俺の頭を胸に抱く。温かくふくよかな胸の感触にただ癒される。有妃の優しさにはいつも本当に有難く思う。
最近は有妃以外の白蛇についても色々知る機会が多い。俺と同じく白蛇の妻を持つ男とも知り合いになった。この知人は奥さんに散々酷い事を言って怒らせた挙句…アナルに尻尾を突っ込まれて魔力を入れられてしまう。という壮絶な経験をしている。
魔物と結婚しているにもかかわらず、人間のプライド云々を強調するその知人の事を、俺は不快に思っていた。知人も俺に対して妙に上から目線で接しているところがあった。
だが、奥さんに散々調教されて魔力を入れられた結果…以前の高慢な態度は嘘のように消え去った。今では温厚篤実の見本のようになっている。奥さんとも以前にもまして仲良くしている様だ。
他の人についても、浮気がばれて奥さんに丸呑みされたとか…。同じく浮気を疑われて強制的にお漏らしさせられたとか…。相当ハードにお仕置きされた話を伝え聞いている。
ネットで白蛇という種族については、ある程度知識を得ているつもりだった。だが実際に聞く話は想像を超えるものが多い。
もっとも有妃はいつも優しく思いやり深い。話せばわかってくれる。だが、本当に怒らせれば他の白蛇たちと同じようになるのかもしれない…。もちろん有妃は俺に酷い事はしない。という信頼はあるが、それでも誤解を招く様な事は避けよう……
そんな事を肝に銘じていると、俺をからかう様に有妃が話しかけてきた。
「うふふっ…。佑人さん。そういえば同族の白夜さんご夫婦…色々すごかったみたいですねえ…。」
「そ…そういえば…そんなこと聞いたかな…。」
「今では旦那さんすっかり白夜さんの虜になってしまわれたようで…。彼女もうちの夫が可愛くて仕方がないのですよ。って散々のろけていましたよ…。」
俺の心を見抜いたかのような有妃は、耳元で弄ぶように語りかける。熱い吐息が掛かると背筋がぞくぞく震え、いやおうなしに興奮させる。
でもわざわざこんな事を言うなんて、やはり先ほどの事が気に入らなかったのだろうか…。まあ、姉が心配で他の事などどうでもいいような態度を取ってしまった…。有妃も身内の事だとは理解してくれているのだろう。だが実の姉とはいえ、俺の心がよそに向いているのは複雑な心境なのかもしれない。
この様な事で大切な有妃を不快にさせるのは嫌だ…。俺は愛する妻の目を見て語りかける。
「さっきは本当にごめんね…。俺が余計な事を考えない様に…有妃ちゃんの好きなようにしてくれていいんだよ…。」
有妃はそれを意外な表情で聞いていたが…やがて感極まった様に笑顔を見せた。
「佑人さん…。ありがとうございます。でも…。佑人さんは今でも十分素直で正直な方ですから…。何の心配もしていませんよ。」
何も心配はいらないとばかりに穏やかに語る有妃。
「有妃ちゃんがそういってくれるのは嬉しいよ。でも将来…お互いに誤解しあうような事があるのも嫌なんだ…。」
俺は率直に不安を打ち明ける。有妃は俺を安心させる様にうなずいた。
「ご安心ください!私はあなたの奥さんなのですよ…。佑人さんの全てを理解しています。お心を見誤って酷い事をしちゃうなんて事は万に一つもございません!」
「有妃ちゃん…」
「というか佑人さん…。まさか私に隠し事をしたり、嘘をつけるなんて思っていらっしゃらないでしょうね。愛する旦那様の事はぜ〜んぶお見通しですからねっ!」
悪戯っぽく微笑むと有妃は俺の頭を優しくなでた。
心の隅々まで読まれていると言われたようなものだ。本当は恐ろしい事なのだろう。でも俺のすべてを理解して包み込んでくれる…。有妃は優しく受け入れてくれる…。そう思うと無性にこの身を委ねたくなってしまった。
それからしばらく後に、結局俺も有妃に浮気を疑われてしまう…。怖い目には会ったが、すぐに誤解を解いてわかってくれた。おしおきもされたが魔力を入れられて搾り取られる、という普段している事とさほど変わらぬものだ。
無性に有妃に甘えたくなる。俺は知らぬ間に愛するひとの柔らかい体を抱きしめていた。
「有妃ちゃん…。大好き…。」
「はいっ!もちろん私も大好きです!…でも、こんなことしてよろしいんですか?他の皆さんもいらっしゃるんですよ…。」
有妃は俺を抱いて優しく蛇体を巻き付ける。そしてからかう様に言う。
確かに店には人魔の番が何組もいる。でも…店のいちゃいちゃした空気には、すっかり馴染んでしまった。俺は笑ってかぶりを振る。
「もう今さらって感じだねえ…。」
「ふふっ…。それもそうですねぇ…。まあ他の皆さんもお楽しみで、誰も私達の事など見ていませんけれど。あ………やっと佑人さん笑ってくれましたね!」
俺の笑顔を見て安心したかのように有妃もほっとした表情をする。心配をかけていた事が申し訳なくて俺は頭を下げた。
「あ…うん。ごめんね…。」
「うふふっ。そんなに何度も謝ってはいけませんよ…。ね…どうでしょう?お義姉さんの事…もう一度詳しく調べてもらいましょうか?」
有妃は気遣う様にそっと言った。本当は俺の気持ちが揺れていて、許せない思いもあるのだろう。それなのに少しも態度に出さない。有妃の思いやりには本当に感謝している。
だが…それにずっと甘えるわけにはいかない…。もちろん姉の事は大切だ。でも今の俺には…。それ以上に気を掛け、大切にしていかなければならない人が出来た。
俺の目の前で切なげな笑みを見せるひと…。真紅の瞳に優しい色を浮かべる白蛇の女性…。愛する妻の有妃の事を誰よりも思わなければならない。
心に残る不安を振り払い、俺は快活に笑ってみせた。
「ううん……。大丈夫!うちの姉の事は気になるけど、今は有妃ちゃんの事が一番大事だから…。」
それを聞いた有妃は目を潤ませる。真紅の瞳が宝石のように濡れた。
「もう……私に嘘は通じませんって言いましたよね…。でも佑人さんのそのお気持ち、嬉しいですよっ……。」
有妃はどことなく憂いを込めて笑うと、俺を蛇体の中に包み込むのだった。
相変らず俺は蛇体に包まれている。頭を撫でる有妃の優しい手つきが心地良い。俺はうっとりとしながら店内を見回す。
店内には見知った顔も多い。以前有妃と睨み合ったラミアや、俺の不注意で騒動になりかけたデュラハンもいる。彼女はその後良い男を見つけたようで、今も親しげに語りあっている。
あ…噂をすればで知人の白蛇夫婦の姿も見える。向こうも俺達に気が付いたようでお互いに会釈し合った。
斜め向こうには黒いドレスのような服を着た女性が一人で座っている。彼女はただじっとうつむいて座っている。青白く長い髪がかかって顔が見える事は無い。この女性は俺達が店に来るといつもこの席で座っている。
もちろん男探しのただの常連なのだろうが…妙に印象に残る。大体独身の魔物娘は男を求めて常に目を光らせているものだ。それなのに彼女は独身男が来店しても、全くの無関心の様子で座っているだけなのだ。
好奇心を抑えきれずに彼女の方にちらちら視線を向けていた。すると有妃が俺の顔に手をやりそっと振り向かす。
「はぁい…佑人さんっ…。」
有妃はにっこりほほ笑むとパフェに乗っていた果物を口に含む。そしてそのまま俺に口づけしてきた。
「んんっ……。」
唾液交じりの甘酸っぱい果実が注ぎ込まれる。続いて有妃の舌も俺の口中に侵入する。俺はぬるぬるした有妃の舌を吸い、口に広がる甘酸っぱい味わいを堪能した。
「んっ……ちゅっ……ちゅぷ………んちゅ………」
今はもう周囲の目など気にならなくなってきた。俺達はただ夢中になって互いの舌と唇を味わう。艶めかしく蠕動する有妃の舌が心地良くて、俺はひたすら夢中になって啜り続けた。
「ぷはぁ……。」
やがて息苦しくなった俺は唇を離す。有妃はその様子を見て蠱惑的に笑う。
「やっぱり夫婦の果実はこうして食べるのが美味しいですねぇ…。」
「うん…。」
有妃の妖艶な様子には慣れているが全く見飽きる事はない。魅惑的な姿に恍惚としてうなずく俺…。
「ところで佑人さん…。そんなにあの黒い服の方…気になります?」
ふいに有妃は悪戯っぽく小声で問いかける。ああ…やっぱりごまかせなかった…。慌てて言い訳しようとした俺を落ち着かせる様に有妃は優しく笑った。
「わかっていますよ。確かに妙に気になる方ですから…。それと、あの方は匂いからすると旦那さんがいらっしゃいますね。」
「そうなの?でもいつも一人だし…。」
番になった人魔がいつも別々なんて信じられない…。疑問に思った俺も声をひそめて聞く。
「はい…私の様な者からすれば考えられませんが。でも、どうやらあの方はアンデット系の様ですし…。あの方達の事はどうも良く分かりません…。」
やれやれと言いたそうな表情をみせると有妃はなんどか首を振った。可愛らしい姿に俺もつられて笑ってしまう。
その時だった。
斜め向こうに座っていたその女性が不意に立ち上がった。彼女はくるりとこちらを向くとしずしずと歩み寄ってくる……。
「有妃ちゃんっ…。」
「は、はいっ!?」
慌てる俺達をよそに彼女は俺達の席に近づいてくる。相変わらず顔は青い長髪に隠れ全く見えない…。その姿はまるでホラー映画に出てくる亡霊の様だ。
「って…。ええ?あの人…なに?俺達が話していたの聞かれた?」
「いや…だ、大丈夫ですっ!私に任せて下さいっ!」
動揺する俺を安心させるかのように有妃はうなずく。そしてさっと立ち上がると黒いドレスの女性の前に立ちはだかった。
普段有妃が人に対するときの様に笑顔を浮かべてはいたが、それが心なしか強張っている。
「こんにちは…。私達にご用があるとお見受けしますが…。どうかなさいましたか?」
慇懃に頭を下げると穏やかに問いかける有妃。すると、黒いドレスの女性は思いもかけぬ事を口走った。
「やっぱりそうなんだ…。あなたが有妃さんね?」
「えっ?ええ!?私の事をご存じなんですかっ!?」
突然の事だった。予想もしない事に驚き有妃の声が大きくなる。だが……この青い長髪の女の人の声、どこかで聞いたような………。
困惑を見抜いたのか、その女性は不意に俺に向かって語りかけた。
「お久しぶりゆうくん…。わたしよ…。お姉ちゃんだよ……………。」
17/03/12 22:07更新 / 近藤無内
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