第8章 インキュバスさんお披露目パーティー 2
俺達に向けられていた視線もいつしか途絶え、今は皆が勝手に談笑したりいちゃついたりしている。ただ…斜め向かいの金髪のラミアのカップルだけは、こちらを見てひそひそ話している。正直言ってこれは気になる。俺と有妃は微妙な顔を見合わせて笑いあった。
「まだ気にしている人もいるようですが…やっと静かになりましたね。一時はどうなるかと思いましたよ。」
「結局俺がお披露目されてしまったけどね…。」
「あ、ごめんなさい…。でも、これだけ多くの方にご覧頂いたのですよ。例の噂によれば私達今年は良いことあるかもしれませんね。」
「え?ああ…。あの話?」
都合の悪い事から話題をそらしてきた有妃に苦笑しながらも、俺は有妃のいう噂の事を思いだす。それは『人魔の夫婦が愛欲に溺れる姿を、衆人環視のもと魔王に捧げれば祝福を得られる』という話だ。
本来はアマゾネスの風習を開運の話として広めたのは、これで一儲けしようと企む魔物達ではないかとの専らの噂だ。エロい事と面白い事が何より好きな魔物達は、ただの噂にすぎないと知りつつも大喜びで飛びついた。
結果多くの魔物達に、夫婦の交わりを他人に見せつける風習が広まる事になったが、それは何度も述べた通りだ。
噂を広めたのはやっぱり商売上手の刑部狸かな?狸さんが経営するこの店でも便乗するような事をしているし…。そんな事を取り留めも無く思っていると、有妃がそっと服の袖を引っ張った。
「お披露目すると特に子宝に恵まれるって言いますから…。あ、もちろん私も信じている訳では無いんですよ…。まあ、ちょっとした験かつぎとでも言いましょうか…。佑人さんとの赤ちゃんは欲しいですし…。」
有妃は少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。
2人の初Hの時から有妃は孕ませて欲しいとか妊娠させて欲しいとか何度も言っていた。当初は興奮している故の事かとも思ったのだが、どうやら本当に子どもを欲しがっている様なのだ。精力のつく魔界産の食べ物とか、いつ交われば妊娠しやすいとか、色々気にかけている。魔物娘は子供を欲しがると聞いているので、有妃がそうであっても何の不思議もないのだが。
確かに俺も子供は欲しい。子連れの夫婦を見かけると羨ましくも温かい気持ちになる事が多い。今も幸せな日々だが子供と一緒ならばなお楽しい毎日になるだろう。人間娘と結婚して子供を作るなんて悪夢としか思えないが、魔物娘の有妃となら大歓迎だ。最近は心からそう思えるようになった。
有妃は子供が産まれてもそれまでと変わる事なく俺に接してくれるし、子供も有妃に似て温厚で心優しく育つだろう。不思議とその確信はある。でも…なぜだろう。俺の心の中にはなぜか不安と自己嫌悪めいた思いが消える事はないのだ。
俺の様な人間が子供を育てて行く事ができるのか?子供が短所を受け継いで不幸の連鎖に陥る事は無いのか?そもそも俺の様に世間に背を向けて生きてきた人間が、子供を持つ資格なんてあるのか?そんな思いに囚われてしまう事もある。
有妃に不安を打ち明ければ間違いなく力づけてくれるはずだ。でも、こんな歪んだ気持ちを伝えればきっとつらい思いをするだろう。優しく励ましながらも心の中では悲しむに違いない。俺は極力悟られない様に朗らかに笑ってみせた。
「そうだよね。…俺もこれから今以上に子作り頑張らないとね!」
黙って俺を見つめていた有妃だが、何かに気が付いたようにそっと笑った。
「子供の事が心配ですか?」
「えっと…。有妃ちゃん…あのね…。」
慌てる俺を見てそっとかぶりをふると優しく手を握ってくれる。有妃の手のじんわりした温かさが伝わってきた。
「駄目ですよ〜。私に隠し事は出来ませんからね…。佑人さん…なにか不安があるなら遠慮しないでお話してください。ね…。」
労わる様に見つめる有妃の視線に耐え兼ねて、俺はとうとう気持ちを打ち明けた。
「ごめん…。ねえ有妃ちゃん。俺の様な奴が子供を作ったり父親になったりする資格なんてあるのかな…。正直…不安なんだ…。」
「ああ…。でも、それならば私もずっと不安でしたよ。」
「本当?」
「はい。将来生まれる子供が……佑人さんに対して父親以上の感情を抱くようになったらどうしようかと…。妻として、母親として、どうするべきかとずっと思い悩んでいました。」
「…って、そっちの事なんだ…。」
いつも控え目ながら自信を持って励ましてくれる有妃も不安だったんだ…。と感じ入ったが、まさかの予想もしない答えに力が抜けそうになった。何とも言えない複雑な表情をしている俺に対し、有妃は当然の事だと言わんばかりに教え諭す。
「何を馬鹿な事をとでも言いたそうですけど…。でも魔物の間では母と娘で父を共有の夫にする事などそれほど珍しい事ではないんですよ。現に私の故郷でもそのような方達は少なからずいましたし。」
「確かにそれは聞いたことあるけれど…。」
あくまでも知識として知ってはいたが、有妃がそこまで想像しているとは思いもしなかった。ラミア属は夫を独占したいと願うあまりに、あらぬ妄想を働かすものなのだろうか。
「でも、色々考えた末に覚悟は決めました。もし娘が佑人さんの事を恋人として慕うなら…佑人さんもそれを受け入れるのなら…私も娘と二人で佑人さんを愛していこうと。」
恥じらう様な表情で語り終えた有妃だ。俺は黙って見つめる。父母娘の三角関係など想像の範疇を超えているし、子供が出来てもいない段階で一体何を言っているのだろう…。でも将来インキュバスになったら、そのような関係も嬉々として受け入れる様になるのだろうか…。一瞬俺と有妃と娘の三人で淫らに絡み合う様子が頭に浮かんでしまう。有妃はそんな想いを見逃さずに意地悪な微笑みを送った。
「ふふっ。佑人さんは親子丼が好きですけど。もう一つの方の親子丼も好きそうですねぇ…。この場合の親子丼とは料理では無いですからねっ。母と娘と一緒にセックスするという意味ですよ?おわかりですか?佑人さん。」
「なんでそうなるの…。今まで考えた事も無いって言うのに…。」
有妃はにやにやしながら俺をからかった。まともに反論する気力も無く、ただため息を着く。しばらくそんな様子だったが、困った様子を十分に愉しんだと有妃は朗らかに笑った。
「まあそれは冗談ですけれど。ですから私にとっての悩みは佑人さんにとって馬鹿馬鹿しいものである様に、私からすれば佑人さんの悩みは気にするほどのものとは思えないんです。」
「どうして?」
「はい。だって、佑人さんも将来生まれてくるはずの子供も、私がお世話をしてお護りするんですから…。佑人さんを煩わせるつもりは全くありませんっ。ですから何も思い悩まずに、気持ち良くなって私を孕ませる事だけを考えて下さいね。全然心配することは無いんですよ〜。」
えっ…。思わぬことを言われて唖然としてしまう。これは正直ショックだ………。おまえは父親として全く期待出来ないから種だけくれればいい。と宣言されたのと同じではないか………。
有妃は優しく励ます様に微笑んでいる。別に当て付けや嫌みで言っている訳では無いのだろう。本当に俺を安心させようと気遣ってくれているのだ。でも、今はその温かい思いやりが悲しかった。もっとも、そう思われても仕方がない。有妃には色々情けない面を見せてしまっている。当然文句を言う資格は無い…。
あまりに惨めで落ち込んでしまい暫く物も言えなかった。でも…それじゃあ駄目だ!俺は何とか気力を振り絞って言葉を紡ぎ出した。
「ごめん…。そうだよね…。でも…頑張るから。ちゃんと父親になれるように、これから努力するから…。」
苦しい時こそ笑え、ではないが暗い気持ちをこらえてあえて笑顔を見せる。すると、有妃はこれは意外だとでも言いたそうに目を丸くして俺を見つめた。
「ねえ…。佑人さんはちゃんと責任を持って、父親になろうとされているじゃないですか…。それだけのお気持ちがあるならば大丈夫ですよっ!何も心配いりません!」
「有妃ちゃん?」
有妃はやれやれと言わんばかりに苦笑した。だが先ほどとは違い、俺の事を少しは見直したかのような雰囲気を醸し出している。これって…まさか。
「もしかして試したの?」
「まさか!私に甘えて…頼ってくれる佑人さんはとっても可愛いです。これからも遠慮してはダメですよ。でも今の佑人さんは正直予想外の反応でした…。
無用の心配はさせたくなくてあんな事言いましたけど…佑人さんはちゃんと夫として、父親として役目を果たそうとされています。…さすが私の旦那様。立派ですよ。」
慈しむような眼差しを向けると有妃は優しく頭を撫でてくれる。まあ、見直してくれたのは嬉しいけれど、子供のようにいい子いい子されるのは複雑だ。無論とっても気持ちが落ち着く事は間違いないけれど。それと一体俺の評価ってどれだけ低かったんだろう。あの程度の言葉で予想外と思うなんて…。
「ねえ佑人さん…。心配無用ですよ。私がいつも一緒なんですよ。何かあったら私と共に解決していけばいいんですからね。それを忘れないで下さいね!」
なおも不安げな俺を見て有妃は励ます様に手をぎゅっと握った。いつのも華やかな笑顔にいつしかわだかまりも消えていくのだった。
周りはますます淫らな饗宴じみてきた。俺達は目を丸くしてこの乱痴気騒ぎを見つめる。
「えっ!……こんな事までするの……。」
「すごいですね…。ほら、佑人さん。あのカップル見て下さい。」
とはいえ人魔の番がまぐわう姿など生で見た事は無かったので、実際は興味津々といった方が正しいだろう。知らぬ間に気持ちが昂ってきているのがわかる。有妃も随分と楽しげにはしゃいでいる。
もっとも興奮の渦中に居ながらも冷静さは保っていた。どうも気になる事がある。全く意識していなかったのだが…良く考えればこんな乱交パーティーじみた行為は法律違反ではなかったか?
しばらくは気にしないように努めていたがどうにも懸念が抑えきれない。とうとう我慢できなくなって有妃に尋ねる。
「ねえ有妃ちゃん…いいかな?」
「どうしました佑人さん。まだ不安ですか?大丈夫!不肖この私も魔物娘。男を見る目だけは絶対の自信があるんですよっ!そんな私が見初めた佑人さんなんですからもっと自信を………」
「いやいやそうじゃなくて…。本当にこの店大丈夫かな?」
不安げな様子だったのだろう。先ほどの事と勘違いした有妃が激励しようとした。全くの誤解なので俺は慌てて口を挿む。
「ほら…たしか乱交パーティって犯罪じゃなかったっけ?こんな状態の所を警察にでも踏み込まれたら…。」
「ああ。その事ですか…。大丈夫です。ご安心ください…。」
警察沙汰になるのでは?と言う俺の不安を聞いた有妃が、なんとも言えない表情で笑った。
「本当?」
「はい。もう私たちの同胞となった佑人さんですから言っちゃいますが…。市も県もお偉方のほとんどはもう魔物かインキュバスなんです…。当然司法関係者もですよ。」
「えっ……。そこまでなってるの……。」
「佑人さん。一つ例を挙げると…私の故郷は人間の手が出せない魔界です。実質的に魔物の自治区になっていますけど、それなのにどうして市も県も政府も何もしないんでしょうか…。おかしいと思いません?」
確かにその通りだ。本来ならば国内に魔物の拠点が…魔界が幾つも作られれば国は阻止するだろう。場合によっては紛争になってもおかしくは無い。それなのに政府は魔界化の事実すら認めていない事は以前に述べた通りだ。
どうやら俺の思っている以上に魔物達は深く浸透している様だ。ほとんど争いはもたらさずに、平和裏に事を進めている事は間違いないが…。
その事実を思えば魔物達の乱交パーティーなぞ無視されて当然だ。まして警察すら魔物化しているのなら、取り締まる事を考えもしないだろう。
「上の人が魔物ですから、取り締まりなんて都合が悪い事はしませんよ。法律の運用なんて為政者の胸先三寸ですからね…。エライ人が白と言えば黒いものも白くなるんです。」
有妃は皮肉を込めて言い放つと薄く笑った。日頃の彼女らしからぬ物言いに俺は言葉も無い。
「なんか…有妃ちゃんって黒い…。これじゃあ白蛇じゃなくて黒蛇だよ。そうだ!これからは俺の奥さんは黒蛇ですって言わなきゃね!」
「もうっ。いやですよぉ…。こんな輝く白さなのに黒いだなんて…。」
思わず嫌みが口に出たが有妃はさらりと受け流す。そして己の白銀の髪を手に絡ませると悪戯っぽく笑った。そんな妻の愛らしい仕草を見ていると、先ほどまで色々気にしていた自分が馬鹿みたいに思えるのだった。
店内の盛り上がりも最高潮に達しようとしていた。このタイミングを見計らったのだろう。どこからか刑部狸が現れると芝居がかった挨拶をした。皆意味も無く歓声を上げたが、何だか楽しそうで興奮してくる。彼女は体のラインを強調したスーツを着こなしており、それがまたエロチックだ。
話を聞いているとどうやらこの店のオーナーらしい。というと彼女が咲さんの親戚にあたる人か?刑部狸はこちらを向くと会釈をして妖しく微笑む。慌てて頭を下げる俺を見て有妃が不審そうに尋ねてきた。
「佑人さん。あの方は?」
「ああ…。会社の先輩の親戚の人だって。この前店に来た時はこの人から先輩に話が伝わっちゃって…。」
「そう言えば桃里さんもそんなこと言っていましたね。ここのオーナーの縁者がうちの会社に勤めてるって…。」
ほんの一瞬、問い詰める様な眼差しをした有妃だったが、俺の説明を聞き納得した様だ。すぐにいつもの穏やかな表情に戻った。またゴタゴタするのは嫌なので正直ほっとする。
安心して思わず深い息をつく。店内は相変わらずの様子だがすっかり緊張もほぐれた。それでは何か飲み物でも…と注文しようとした矢先、有妃が俺に巻き付けてあった蛇体をそっと引き寄せた。
抗う間もなく俺は有妃に抱きしめられる。同時に蛇体も巻き付いて幾重にも包み込まれてしまった。また周囲に注目されるような事をしてどうするの…。と思ったが有妃は全く気にしている様子は無い。
息苦しくないものの蛇体に顔まで巻き付かれて、俺は心地よい圧迫感で呻く。大好きな有妃の匂いに包まれ、その甘い安らぎが心を蕩けさす。
「ん〜。有妃ちゃん…。どうしたの?…これはちょっと…。」
「うふふっ。佑人さんにまた逃げられない様にぐるぐる巻きにしてあげますね。あ…周りの皆さんは自分たちがお楽しみですから。私達を見てなんかいないですよ。」
「それはそうだけど…。って…。俺がいつ逃げたっけ?」
「ここで初めて会った日…。佑人さん私から逃げる気満々だったじゃないですか。」
有妃は何を今さらと微笑むとそっと手を握ってくれる。ああ、そう言えばそうだった…。今から思えばなんでそんな事を気にしていたのだろうと思うが、あの時は絶対に逃げ切ってみせると決意して有妃とのお見合いに臨んだのだった。俺は知らず知らずのうちに苦笑してしまう。
「ごめん。そうだったね…。けどやっぱりバレてた?」
「はい!ずっと不安げで可哀そうなぐらいでした。私がぎゅっとしてあげたらようやく落ち着いてくれたじゃないですか…。」
「ははっ…。でも…有妃ちゃんが捕まえてくれて良かった…。本当にそう思っているよ…。」
俺は柔らかい有妃の手をぎゅっと握り返した。そうだ。もし有妃が俺の事に興味を示さなければ、今も心の中では孤独と不安に苛まれていただろう。いつもと変わらない静かで穏やかな日常の中で…。
そう思うといつも温かく包んでくれる有妃が有難くて、そっと身を寄せ顔を胸に埋める。いつの間にか脱力して有妃に体を預けていた。そうだ。絶対に失いたくない…。このまま有妃に優しく縛られる日々を送りたい…。
「もう…佑人さんったら…。大丈夫ですよっ!私は何があっても絶っ対に佑人さんを離しませんからねっ!何も心配はいらないんですよ…。」
子供に帰ったかのように甘える俺を有妃はますます念入りに包み込む。あやす様な優しい手つきで愛撫してくれるので心が安らぐ。だが、なぜかここで有妃は悪戯っぽくふふっと笑った。
「でも…わかっていらっしゃいますよね。それは、裏を返せば佑人さんが私から逃げたくなっても絶っ対に逃がさない。と言う事ですからね…。」
幾分脅す様な口調で宣言すると、有妃は蛇体をぎゅっと締め付けてきた。思わぬことを言われて心外だった俺も負けじと拗ねた顔の妻を見つめる。
「まさか。そんな事はあり得ないよ!ねえ…有妃ちゃんこそ不安なの?だったらいいんだよ。もっと俺を縛ってくれても。」
「あらあらごめんなさい…。佑人さんのお心はわかっておりますよ。ちょっとからかいたくなっただけですので気にしないで下さいねっ。」
でも、そこまで言って頂いて私は本当に果報者です…。ありがとうございます!」
有妃は己を真っ直ぐ見つめる視線を受けて顔をほころばす。そっと俺の顔を持ち上げると口づけしてきた。思わず柔らかい唇を吸うと、嬉しそうに舌を入れて絡めてくる。そしてお互いに舌と唇を夢中で貪りあった。
「もう…有妃ちゃんったら…。」
「すみません…。佑人さんって本当にからかいがいがあるんですもの。ついうずうずしてしまって…。でも今のお言葉、嬉しかったですよっ!」
そう言って心から嬉しそうにする有妃に、俺はただ苦笑いするだけだった。
「まだ気にしている人もいるようですが…やっと静かになりましたね。一時はどうなるかと思いましたよ。」
「結局俺がお披露目されてしまったけどね…。」
「あ、ごめんなさい…。でも、これだけ多くの方にご覧頂いたのですよ。例の噂によれば私達今年は良いことあるかもしれませんね。」
「え?ああ…。あの話?」
都合の悪い事から話題をそらしてきた有妃に苦笑しながらも、俺は有妃のいう噂の事を思いだす。それは『人魔の夫婦が愛欲に溺れる姿を、衆人環視のもと魔王に捧げれば祝福を得られる』という話だ。
本来はアマゾネスの風習を開運の話として広めたのは、これで一儲けしようと企む魔物達ではないかとの専らの噂だ。エロい事と面白い事が何より好きな魔物達は、ただの噂にすぎないと知りつつも大喜びで飛びついた。
結果多くの魔物達に、夫婦の交わりを他人に見せつける風習が広まる事になったが、それは何度も述べた通りだ。
噂を広めたのはやっぱり商売上手の刑部狸かな?狸さんが経営するこの店でも便乗するような事をしているし…。そんな事を取り留めも無く思っていると、有妃がそっと服の袖を引っ張った。
「お披露目すると特に子宝に恵まれるって言いますから…。あ、もちろん私も信じている訳では無いんですよ…。まあ、ちょっとした験かつぎとでも言いましょうか…。佑人さんとの赤ちゃんは欲しいですし…。」
有妃は少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。
2人の初Hの時から有妃は孕ませて欲しいとか妊娠させて欲しいとか何度も言っていた。当初は興奮している故の事かとも思ったのだが、どうやら本当に子どもを欲しがっている様なのだ。精力のつく魔界産の食べ物とか、いつ交われば妊娠しやすいとか、色々気にかけている。魔物娘は子供を欲しがると聞いているので、有妃がそうであっても何の不思議もないのだが。
確かに俺も子供は欲しい。子連れの夫婦を見かけると羨ましくも温かい気持ちになる事が多い。今も幸せな日々だが子供と一緒ならばなお楽しい毎日になるだろう。人間娘と結婚して子供を作るなんて悪夢としか思えないが、魔物娘の有妃となら大歓迎だ。最近は心からそう思えるようになった。
有妃は子供が産まれてもそれまでと変わる事なく俺に接してくれるし、子供も有妃に似て温厚で心優しく育つだろう。不思議とその確信はある。でも…なぜだろう。俺の心の中にはなぜか不安と自己嫌悪めいた思いが消える事はないのだ。
俺の様な人間が子供を育てて行く事ができるのか?子供が短所を受け継いで不幸の連鎖に陥る事は無いのか?そもそも俺の様に世間に背を向けて生きてきた人間が、子供を持つ資格なんてあるのか?そんな思いに囚われてしまう事もある。
有妃に不安を打ち明ければ間違いなく力づけてくれるはずだ。でも、こんな歪んだ気持ちを伝えればきっとつらい思いをするだろう。優しく励ましながらも心の中では悲しむに違いない。俺は極力悟られない様に朗らかに笑ってみせた。
「そうだよね。…俺もこれから今以上に子作り頑張らないとね!」
黙って俺を見つめていた有妃だが、何かに気が付いたようにそっと笑った。
「子供の事が心配ですか?」
「えっと…。有妃ちゃん…あのね…。」
慌てる俺を見てそっとかぶりをふると優しく手を握ってくれる。有妃の手のじんわりした温かさが伝わってきた。
「駄目ですよ〜。私に隠し事は出来ませんからね…。佑人さん…なにか不安があるなら遠慮しないでお話してください。ね…。」
労わる様に見つめる有妃の視線に耐え兼ねて、俺はとうとう気持ちを打ち明けた。
「ごめん…。ねえ有妃ちゃん。俺の様な奴が子供を作ったり父親になったりする資格なんてあるのかな…。正直…不安なんだ…。」
「ああ…。でも、それならば私もずっと不安でしたよ。」
「本当?」
「はい。将来生まれる子供が……佑人さんに対して父親以上の感情を抱くようになったらどうしようかと…。妻として、母親として、どうするべきかとずっと思い悩んでいました。」
「…って、そっちの事なんだ…。」
いつも控え目ながら自信を持って励ましてくれる有妃も不安だったんだ…。と感じ入ったが、まさかの予想もしない答えに力が抜けそうになった。何とも言えない複雑な表情をしている俺に対し、有妃は当然の事だと言わんばかりに教え諭す。
「何を馬鹿な事をとでも言いたそうですけど…。でも魔物の間では母と娘で父を共有の夫にする事などそれほど珍しい事ではないんですよ。現に私の故郷でもそのような方達は少なからずいましたし。」
「確かにそれは聞いたことあるけれど…。」
あくまでも知識として知ってはいたが、有妃がそこまで想像しているとは思いもしなかった。ラミア属は夫を独占したいと願うあまりに、あらぬ妄想を働かすものなのだろうか。
「でも、色々考えた末に覚悟は決めました。もし娘が佑人さんの事を恋人として慕うなら…佑人さんもそれを受け入れるのなら…私も娘と二人で佑人さんを愛していこうと。」
恥じらう様な表情で語り終えた有妃だ。俺は黙って見つめる。父母娘の三角関係など想像の範疇を超えているし、子供が出来てもいない段階で一体何を言っているのだろう…。でも将来インキュバスになったら、そのような関係も嬉々として受け入れる様になるのだろうか…。一瞬俺と有妃と娘の三人で淫らに絡み合う様子が頭に浮かんでしまう。有妃はそんな想いを見逃さずに意地悪な微笑みを送った。
「ふふっ。佑人さんは親子丼が好きですけど。もう一つの方の親子丼も好きそうですねぇ…。この場合の親子丼とは料理では無いですからねっ。母と娘と一緒にセックスするという意味ですよ?おわかりですか?佑人さん。」
「なんでそうなるの…。今まで考えた事も無いって言うのに…。」
有妃はにやにやしながら俺をからかった。まともに反論する気力も無く、ただため息を着く。しばらくそんな様子だったが、困った様子を十分に愉しんだと有妃は朗らかに笑った。
「まあそれは冗談ですけれど。ですから私にとっての悩みは佑人さんにとって馬鹿馬鹿しいものである様に、私からすれば佑人さんの悩みは気にするほどのものとは思えないんです。」
「どうして?」
「はい。だって、佑人さんも将来生まれてくるはずの子供も、私がお世話をしてお護りするんですから…。佑人さんを煩わせるつもりは全くありませんっ。ですから何も思い悩まずに、気持ち良くなって私を孕ませる事だけを考えて下さいね。全然心配することは無いんですよ〜。」
えっ…。思わぬことを言われて唖然としてしまう。これは正直ショックだ………。おまえは父親として全く期待出来ないから種だけくれればいい。と宣言されたのと同じではないか………。
有妃は優しく励ます様に微笑んでいる。別に当て付けや嫌みで言っている訳では無いのだろう。本当に俺を安心させようと気遣ってくれているのだ。でも、今はその温かい思いやりが悲しかった。もっとも、そう思われても仕方がない。有妃には色々情けない面を見せてしまっている。当然文句を言う資格は無い…。
あまりに惨めで落ち込んでしまい暫く物も言えなかった。でも…それじゃあ駄目だ!俺は何とか気力を振り絞って言葉を紡ぎ出した。
「ごめん…。そうだよね…。でも…頑張るから。ちゃんと父親になれるように、これから努力するから…。」
苦しい時こそ笑え、ではないが暗い気持ちをこらえてあえて笑顔を見せる。すると、有妃はこれは意外だとでも言いたそうに目を丸くして俺を見つめた。
「ねえ…。佑人さんはちゃんと責任を持って、父親になろうとされているじゃないですか…。それだけのお気持ちがあるならば大丈夫ですよっ!何も心配いりません!」
「有妃ちゃん?」
有妃はやれやれと言わんばかりに苦笑した。だが先ほどとは違い、俺の事を少しは見直したかのような雰囲気を醸し出している。これって…まさか。
「もしかして試したの?」
「まさか!私に甘えて…頼ってくれる佑人さんはとっても可愛いです。これからも遠慮してはダメですよ。でも今の佑人さんは正直予想外の反応でした…。
無用の心配はさせたくなくてあんな事言いましたけど…佑人さんはちゃんと夫として、父親として役目を果たそうとされています。…さすが私の旦那様。立派ですよ。」
慈しむような眼差しを向けると有妃は優しく頭を撫でてくれる。まあ、見直してくれたのは嬉しいけれど、子供のようにいい子いい子されるのは複雑だ。無論とっても気持ちが落ち着く事は間違いないけれど。それと一体俺の評価ってどれだけ低かったんだろう。あの程度の言葉で予想外と思うなんて…。
「ねえ佑人さん…。心配無用ですよ。私がいつも一緒なんですよ。何かあったら私と共に解決していけばいいんですからね。それを忘れないで下さいね!」
なおも不安げな俺を見て有妃は励ます様に手をぎゅっと握った。いつのも華やかな笑顔にいつしかわだかまりも消えていくのだった。
周りはますます淫らな饗宴じみてきた。俺達は目を丸くしてこの乱痴気騒ぎを見つめる。
「えっ!……こんな事までするの……。」
「すごいですね…。ほら、佑人さん。あのカップル見て下さい。」
とはいえ人魔の番がまぐわう姿など生で見た事は無かったので、実際は興味津々といった方が正しいだろう。知らぬ間に気持ちが昂ってきているのがわかる。有妃も随分と楽しげにはしゃいでいる。
もっとも興奮の渦中に居ながらも冷静さは保っていた。どうも気になる事がある。全く意識していなかったのだが…良く考えればこんな乱交パーティーじみた行為は法律違反ではなかったか?
しばらくは気にしないように努めていたがどうにも懸念が抑えきれない。とうとう我慢できなくなって有妃に尋ねる。
「ねえ有妃ちゃん…いいかな?」
「どうしました佑人さん。まだ不安ですか?大丈夫!不肖この私も魔物娘。男を見る目だけは絶対の自信があるんですよっ!そんな私が見初めた佑人さんなんですからもっと自信を………」
「いやいやそうじゃなくて…。本当にこの店大丈夫かな?」
不安げな様子だったのだろう。先ほどの事と勘違いした有妃が激励しようとした。全くの誤解なので俺は慌てて口を挿む。
「ほら…たしか乱交パーティって犯罪じゃなかったっけ?こんな状態の所を警察にでも踏み込まれたら…。」
「ああ。その事ですか…。大丈夫です。ご安心ください…。」
警察沙汰になるのでは?と言う俺の不安を聞いた有妃が、なんとも言えない表情で笑った。
「本当?」
「はい。もう私たちの同胞となった佑人さんですから言っちゃいますが…。市も県もお偉方のほとんどはもう魔物かインキュバスなんです…。当然司法関係者もですよ。」
「えっ……。そこまでなってるの……。」
「佑人さん。一つ例を挙げると…私の故郷は人間の手が出せない魔界です。実質的に魔物の自治区になっていますけど、それなのにどうして市も県も政府も何もしないんでしょうか…。おかしいと思いません?」
確かにその通りだ。本来ならば国内に魔物の拠点が…魔界が幾つも作られれば国は阻止するだろう。場合によっては紛争になってもおかしくは無い。それなのに政府は魔界化の事実すら認めていない事は以前に述べた通りだ。
どうやら俺の思っている以上に魔物達は深く浸透している様だ。ほとんど争いはもたらさずに、平和裏に事を進めている事は間違いないが…。
その事実を思えば魔物達の乱交パーティーなぞ無視されて当然だ。まして警察すら魔物化しているのなら、取り締まる事を考えもしないだろう。
「上の人が魔物ですから、取り締まりなんて都合が悪い事はしませんよ。法律の運用なんて為政者の胸先三寸ですからね…。エライ人が白と言えば黒いものも白くなるんです。」
有妃は皮肉を込めて言い放つと薄く笑った。日頃の彼女らしからぬ物言いに俺は言葉も無い。
「なんか…有妃ちゃんって黒い…。これじゃあ白蛇じゃなくて黒蛇だよ。そうだ!これからは俺の奥さんは黒蛇ですって言わなきゃね!」
「もうっ。いやですよぉ…。こんな輝く白さなのに黒いだなんて…。」
思わず嫌みが口に出たが有妃はさらりと受け流す。そして己の白銀の髪を手に絡ませると悪戯っぽく笑った。そんな妻の愛らしい仕草を見ていると、先ほどまで色々気にしていた自分が馬鹿みたいに思えるのだった。
店内の盛り上がりも最高潮に達しようとしていた。このタイミングを見計らったのだろう。どこからか刑部狸が現れると芝居がかった挨拶をした。皆意味も無く歓声を上げたが、何だか楽しそうで興奮してくる。彼女は体のラインを強調したスーツを着こなしており、それがまたエロチックだ。
話を聞いているとどうやらこの店のオーナーらしい。というと彼女が咲さんの親戚にあたる人か?刑部狸はこちらを向くと会釈をして妖しく微笑む。慌てて頭を下げる俺を見て有妃が不審そうに尋ねてきた。
「佑人さん。あの方は?」
「ああ…。会社の先輩の親戚の人だって。この前店に来た時はこの人から先輩に話が伝わっちゃって…。」
「そう言えば桃里さんもそんなこと言っていましたね。ここのオーナーの縁者がうちの会社に勤めてるって…。」
ほんの一瞬、問い詰める様な眼差しをした有妃だったが、俺の説明を聞き納得した様だ。すぐにいつもの穏やかな表情に戻った。またゴタゴタするのは嫌なので正直ほっとする。
安心して思わず深い息をつく。店内は相変わらずの様子だがすっかり緊張もほぐれた。それでは何か飲み物でも…と注文しようとした矢先、有妃が俺に巻き付けてあった蛇体をそっと引き寄せた。
抗う間もなく俺は有妃に抱きしめられる。同時に蛇体も巻き付いて幾重にも包み込まれてしまった。また周囲に注目されるような事をしてどうするの…。と思ったが有妃は全く気にしている様子は無い。
息苦しくないものの蛇体に顔まで巻き付かれて、俺は心地よい圧迫感で呻く。大好きな有妃の匂いに包まれ、その甘い安らぎが心を蕩けさす。
「ん〜。有妃ちゃん…。どうしたの?…これはちょっと…。」
「うふふっ。佑人さんにまた逃げられない様にぐるぐる巻きにしてあげますね。あ…周りの皆さんは自分たちがお楽しみですから。私達を見てなんかいないですよ。」
「それはそうだけど…。って…。俺がいつ逃げたっけ?」
「ここで初めて会った日…。佑人さん私から逃げる気満々だったじゃないですか。」
有妃は何を今さらと微笑むとそっと手を握ってくれる。ああ、そう言えばそうだった…。今から思えばなんでそんな事を気にしていたのだろうと思うが、あの時は絶対に逃げ切ってみせると決意して有妃とのお見合いに臨んだのだった。俺は知らず知らずのうちに苦笑してしまう。
「ごめん。そうだったね…。けどやっぱりバレてた?」
「はい!ずっと不安げで可哀そうなぐらいでした。私がぎゅっとしてあげたらようやく落ち着いてくれたじゃないですか…。」
「ははっ…。でも…有妃ちゃんが捕まえてくれて良かった…。本当にそう思っているよ…。」
俺は柔らかい有妃の手をぎゅっと握り返した。そうだ。もし有妃が俺の事に興味を示さなければ、今も心の中では孤独と不安に苛まれていただろう。いつもと変わらない静かで穏やかな日常の中で…。
そう思うといつも温かく包んでくれる有妃が有難くて、そっと身を寄せ顔を胸に埋める。いつの間にか脱力して有妃に体を預けていた。そうだ。絶対に失いたくない…。このまま有妃に優しく縛られる日々を送りたい…。
「もう…佑人さんったら…。大丈夫ですよっ!私は何があっても絶っ対に佑人さんを離しませんからねっ!何も心配はいらないんですよ…。」
子供に帰ったかのように甘える俺を有妃はますます念入りに包み込む。あやす様な優しい手つきで愛撫してくれるので心が安らぐ。だが、なぜかここで有妃は悪戯っぽくふふっと笑った。
「でも…わかっていらっしゃいますよね。それは、裏を返せば佑人さんが私から逃げたくなっても絶っ対に逃がさない。と言う事ですからね…。」
幾分脅す様な口調で宣言すると、有妃は蛇体をぎゅっと締め付けてきた。思わぬことを言われて心外だった俺も負けじと拗ねた顔の妻を見つめる。
「まさか。そんな事はあり得ないよ!ねえ…有妃ちゃんこそ不安なの?だったらいいんだよ。もっと俺を縛ってくれても。」
「あらあらごめんなさい…。佑人さんのお心はわかっておりますよ。ちょっとからかいたくなっただけですので気にしないで下さいねっ。」
でも、そこまで言って頂いて私は本当に果報者です…。ありがとうございます!」
有妃は己を真っ直ぐ見つめる視線を受けて顔をほころばす。そっと俺の顔を持ち上げると口づけしてきた。思わず柔らかい唇を吸うと、嬉しそうに舌を入れて絡めてくる。そしてお互いに舌と唇を夢中で貪りあった。
「もう…有妃ちゃんったら…。」
「すみません…。佑人さんって本当にからかいがいがあるんですもの。ついうずうずしてしまって…。でも今のお言葉、嬉しかったですよっ!」
そう言って心から嬉しそうにする有妃に、俺はただ苦笑いするだけだった。
17/03/12 21:58更新 / 近藤無内
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