第5章 「友達」として…… 7
どれほどの時間がたったのだろう。どうやら交わり続けながら寝てしまったらしい。気が付くと全身は滑々として温かな蛇体に包まれていた。俺に優しく巻き付く有妃の感触が心地よく、頭はむにゅむにゅとした弾力のある二つの物体に挟まれている。
それが何か気が付くのに時間はいらなかった。……間違いない。有妃のおっぱいだ。豊かで温かい双丘の間に俺は顔をうずめているのだ。気恥ずかしさで頭を避けようとも思ったが、こうしていると、とても穏やかで気持ちが安らぐ。これは……なかなか離れがたい。まあいい。まだ寝ているふりをして暫くこうしていよう。
気が付かれない様にそっと顔を押し付け、大好きな人の匂いを胸に吸い込む。濃厚で刺激的な、それでいて香しい有妃の汗と体液の混じった匂い。想像していた性の交わりの匂いでは無く、ボディーソープの爽やかな香りがする。その匂いは俺の体からも漂っている。そうか。どうやら俺が寝ている間に一緒にシャワーを浴びてくれたらしい。
そんな心遣いが嬉しくて、つい顔を胸にすりすりしてしまう。きめ細やかな肌の感触を堪能していると、あやす様な手つきで俺の頭をなでなでしてくれた。背中もぽんぽんと優しく叩いてくれる。だが、いつも有妃には子供を慰めるように頭を撫でられる。やっぱり俺の事は頼りない弟分だという意識があるのかな…と、そんな思いが一瞬浮かんだが、温かくむにゅむにゅふわふわした感触を味わっているうちにそれも消えた。
ずっとこのままいたい。温かく、優しく包まれていたい。そんな思いを我慢しきれずに有妃の体を掻き抱き、顔をぐいぐいと押し付ける。さすがの彼女も苦笑すると、俺の肩を持ち上げて顔をのぞき見た。
「おはようございます。……ほら、やっぱり起きていたんですね。佑人さんはいたずらっ子さんです。」
仕方がないなあと言いたそうな有妃の表情だが、何の含みも無いような穏やかな微笑みが、決して嫌がっていないことを物語っていた。安心した俺もつられて笑ってしまう。
「有妃ちゃんごめんね。あの……とっても暖かくて、心地よくて……ずっとこうしていたかったんだ……。」
「いえいえ。いいんですよ。佑人さんが満足するまで存分に甘えてくれていいんですよ……。って、甘えんぼの佑人さんにわざわざ言うまでもないですねえ……。」
「そんな…。有妃ちゃん……。」
からかうように、そして悪戯っぽく耳元で囁くと、有妃は嬉しそうに含み笑いを漏らす。衝動を抑えきれずに甘えて、求めてしまう俺の姿を見て満足したかのようだ。なんの気兼ねも遠慮も必要ないと言われたようで安堵するのだが、それでも気恥ずかしくて俯いてしまう。
「もう…。私は甘えんぼの佑人さんが…佑人さんに甘えられるのが大好きなんですよ…。だから、ね。何も気にしないで好きなだけこうしていて下さい…。
ふふっ…。私も悪いとは思うんですよ。でもいつも良い反応をしてくれるもので、ついあなたを構いたくなってしまうんです…。」
そんな俺をなだめると、先ほどの様に胸に頭を抱き、優しく撫で摩ってくれた。再び与えられた心地よさの中をただひたすら漂う。俺たち二人は安らぎに浸り、とろけるような時間を過ごす。
「ありがとうございます。素晴らしい初体験でしたよ。佑人さんで本当に良かった……。さ、ゆっくり休んでくださいね。もう今日は精を頂くつもりはありませんので。」
「ううん。お礼を言うのはこっちの方だよ。有妃ちゃんがもらってくれなかったら俺はずっとあのままだったから……。ありがとう……。」
有妃は慈愛深く母親の様に労わってくれる。俺も喜ばしい気持ちを抑えきれずに顔を胸に埋める。その姿を見て喜色満面の笑みを浮かべた有妃。俺の頬に優しくキスをすると、恥ずかしそうにもじもじとした。
そうされると興奮するとはいえ、先ほどまで淫虐な魔物として俺を貪っていた有妃だ。だが、今見せている貞淑な乙女の様な、優しい姉の様な姿も間違いなく有妃の一面なのだ。そのギャップも愛らしく、とても魅力的でうっとりと見つめてしまう。
「もう……。佑人さんったら……。恥ずかしいじゃないですか……。」
俺の熱い視線に気が付いたのか、ますます恥ずかしそうにする有妃。真紅の瞳が潤み、透き通るような白い肌に赤みが差している。とても可愛い……。愛しい思いがますます募る。
「だって…。有妃ちゃんがあんまり素敵で可愛いから…。ずっと見ていたいんだ…。」
「いやですよぉ…」
我ながら恥ずかしいセリフを言ってしまったと思うが、有妃は俺を見てますます顔を赤らめてうつむく。この愛らしい表情をじっと見ているのもよいが、今日は色々恥ずかしい事をされてしまった。少しお返ししてもいいだろう。よし…。俺は有妃がよくするように、わざと意地悪な表情を作ってにやりと笑ってみせた。
「ふっ…。駄目だって…。いままで有妃ちゃんに散々意地悪されたんだから、やり返さないと割にあわないじゃないか…。」
恥ずかしがっているのを無視して、俺は顔がくっつく程に近づけると情熱的な眼差しを送り続けた。そして、もじもじしている有妃の白銀の髪をしきりになでる。さらさらした手触りがとても心地よい。
「…んっ!も〜っ!いい加減にしてくださいっ!これ以上は恥ずかしいから駄目ですっ!意地悪な佑人さんにはこうしてあげますっ!」
もう我慢できなくなったのか、慌てた様子で言うとぎゅーっと胸に顔を抱いた。俺は再び有妃のふくよかで温かな胸の感触を顔に感じる。蛇体もするすると体に絡みつき、みっちりと有妃に拘束されてしまった。
何も言葉は無く、その必要も無く、ただ優しい抱擁に身を委ねる。こんなに温かく思い遣ってくれるなら心まで捧げたい…。そんな思いで全身に有妃を感じて、甘い陶酔感に浸った。
「あの……。佑人さん。」
そのままの状態で俺を抱き続けていた有妃だが、何かを決意した様子で語りかけた。思わず何事かと思い顔を上げる。また先ほどの様に何かを見破られたのか…。少し不安な思いを抑えられずに強張った顔をしてしまった。そんな俺を見て、有妃は安堵させるかの様な優しい声でなだめてくれる。
「あ…いえ…違うんです。何も心配しないで下さいね…。ええと…。あの……佑人さん。本当にすみませんっ!」
「有妃ちゃんどうしたの?なんで謝るの?」
有妃はそう言うと頭を下げた。何かしら申し訳なさを感じさせる切ない瞳がじっと見つめている。俺は当惑して問いかけると次の言葉を促すように黙って見守った。
「……今日は私たちが身も心も結ばれた記念となる日です。その初めての喜ばしい日に…私は…佑人さんを嬲って搾りつくして散々犯してしまいました……。気長にインキュバスになるのを待って、それまで無茶な事はするまいと誓っていたのに…本当になんて事を……。ごめんなさい……」
「えっ?ちょっと待ってよ…。別に謝る事なんかじゃないよ。それに有妃ちゃんはとっても気持ち良くしてくれたじゃないか。本当に良かったって思う。だから何も気にしないでいいんだって。」
「はい…。そう言って頂けるのはとっても嬉しいです。でも……。」
確かに延々と絞られ貪られるように有妃と交わり続けた。でも俺が疲れそうになると必ず休息を取ってくれたし、その後は先ほども飲んだ強精剤を何度も与えてくれた。そのおかげか意外なほど疲労感は少なく、むしろとても良い気分だと言って過言ではない。
それに頑張って何度も精を出すと、有妃は優しく褒めて励ましてくれるのも嬉しかった。色々と恥ずかしさもあるが、結果として最高に素晴らしい契りを交わすことが出来たと言ってよい。なのになぜ……。
そう思い有妃を見ると、憐れむような瞳にいたわりの色を浮かべていた。もしかして…そうか…そうだった…。先ほど有妃が俺の事を犯して貪ると宣言したとき、つい恐怖感を抱いて顔に出してしまったではないか。有妃が酷い事をするはず無いのはわかっているのに…。そんな気持ちを見抜いてずっと気遣っていてくれたのだろう。
せっかく心から俺の事を求めてくれたのに、それを拒むような態度をとってしまったのだ。君に食べてもらいたいなんて大言壮語しておきながら、いざ求められるとこのざまだ…。魔物娘である有妃にとって、男の精を欲しがるのはごく当たり前の事だと言うのに…。馬鹿。謝るのは俺の方じゃないか……。
「ううん……。悪いのは俺の方だよ。せっかく君が俺を欲しがってくれたのに、期待に応えられなかったんだから…。俺の方から君に食べられたいって言ったはずなのに、怯えてしまって…。本当にごめん……。」
「待ってください!そんなこと言わないで下さいっ!佑人さんは私の想像以上に十分頑張ってくれました。インキュバスになっていない佑人さんが色々戸惑うのは当然なんです。私がちゃんと気遣ってあげられなかったのが悪いんです…。」
詫びを入れた俺の言葉を慌てて否定する有妃だ。妙に焦燥感のある眼差しに申し訳ない気持ちが巻き起こってくる。ここは有妃に全部吐きだしてもらおう…。そう判断すると、有妃の気持ちを落ち着かせる様に優しく頭を撫でて言葉を待った。
「私もまさか精を頂くと言う事があれほど素晴らしい事とは思ってもいませんでした…。想像を遥かに超えた芳醇な味わいに我を忘れてしまったんです…。
本当はゆっくり休んでもらうつもりだったんですよ。…でも佑人さんが可愛い反応はするし、それで我慢できなくて精を頂いたら、私も変になってしまって…欲望の赴くままに佑人さんを貪ってしまって…。」
俯いてぼそぼそと呟くその姿は儚く可憐だった。先ほど見せていた妖艶で加虐的な有妃とはとても思えない。先ほども思ったがこんなに色々な面を見せてくれて嬉しい。そして見る事が来るのは俺だけなのだ。
そんな大好きな人にこれ以上つらい思いをさせたくは無い。俺は心からの情感を込めて有妃に想いを伝える。
「ねえ有妃ちゃん…。さっきご両親が結ばれた時の事を話してくれただろ。俺も何となくだけど、君のお父さんの気持ちが分かる気がするんだ…。
無理矢理だったかもしれないけれど、大好きなお姉ちゃんに君をお婿さんにするって言われて…思いっきり愛してもらって、すごく幸せな気持ちだったんだろうなあ…って。」
「佑人さん…。」
「俺もそんな気持ちだよ。有妃ちゃんと結ばれて、すごく…幸せだから……。だからもうそんなこと言わないで。」
恥ずかしいセリフを言ってしまい自分でも顔が赤らむのが分かった。有妃はうっとりとした目で俺を見つめている。と、思った瞬間、ぎゅうっと抱きしめられて情熱的な口づけをされた。
「本当に嬉しいですっ!そこまで言って頂いて…。ええ!もちろん私もとっても幸せですよ!……でも。」
「でも……どうしたの?」
歓喜に満ちた表情から一転して悪戯っぽい表情になり少々戸惑う。
「ふふっ…。でも父は佑人さんみたいにM男さんでは無いんですよ。母の想いを受け入れるまでには色々葛藤があったみたいですね。」
「そうだったんだ……。って、俺はMなんかじゃ…」
「Mじゃないんですか?私に責められて喜んじゃう佑人さんが?もう…さっきも言ったじゃないですか。私は甘えんぼで変態で性欲が盛んな佑人さんが大好きなんですよっ。だから、もっと自信を持ってください……ねっ!旦那様!」
有妃はそう言って優しく慰めてくれた。先ほどから軽い言葉責めや羞恥プレイみたいなことをされて俺が気にしているのかも、と気遣ってくれたのかもしれない。
そう言えば有妃はいつもこうして励まして元気づけてくれる。俺が不安になると敏感に察して優しくフォローしてくれて、それはとっても嬉しくて有難い。その優しさに甘えてずっと溺れていたい。
けれど…それではやっぱり申し訳ないし、有妃の夫にふさわしい人間…じゃなくてインキュバスになりたいと心から想う。といっても、俺に出来る事はなんだろう……。
そうだ。ラミア属は夫となった男にはずっと蛇体を巻き付け、一日中放そうとしないと言うじゃないか。もし有妃もそうしたいと言うなら喜んで願いを聞こう。毎日ずっとそばに居よう。いくら家に居るのが大好きな俺でも少しきついかもしれないけど…それぐらいしか出来る事は無い。
よし…覚悟を決めよう。有妃に必要とされる男になりたい…じゃなくてなるんだ。先ほどは中途半端に言葉を濁してしまったが、そんな気持ちの伝え方ではだめだ。
「有妃ちゃん。俺は君にふさわしい男に絶対になるよ。後悔はさせないし、幸せにするように頑張る!」
「ちょっと…佑人さん。どうしたんですか急に?もちろんそのお言葉はとっても嬉しいですよ。ありがとうございます。でも、さっき無理はしないでって言いましたよね?そのままのあなたでいいんですよ。」
突然真顔になって断言する俺に、有妃は困ったような笑いを浮かべた。そしていつもの様になだめるように優しく愛撫してくれる。俺を守ってくれているようで嬉しいけれど、いつまでもこのままではいけない。彼女を無視するかのように言葉を続ける。
「もし君が望むなら俺は一日中ずっと欠かさず君のそばに居る。君と一緒に家に閉じこもって、監禁されるような事になってもいい。……それはもちろんたまには外に散歩ぐらいは行きたいけれど…。ごめん…今の俺にはこれぐらいしか出来る事は無いんだ。」
言い終えると有妃の目をじっと見つめた。最初は困惑していた眼差しが、徐々に真紅の強い光を帯びて行った。そして何かを喜ぶかのような表情を浮かべると、なんとか抑えるかのように低く小さな声でしゃべりだす。
「佑人さん……。それは本心で言っていらっしゃるのですか……。」
「当たり前じゃないか…。俺は有妃ちゃんの夫なんだよ。大好きな奥さんのそばに居るのは当然だよ。」
そわそわもじもじと落ち着かずに、それでも何とか自分の欲望を抑えようとしている有妃だった。だが、とうとう我慢できなくなったかの様に叫んだ。
「私は……本当に果報者ですっ!!佑人さんっ!!佑人さん佑とさんゆうとさんゆうとさんゆうとさん………。」
もう歓喜を抑えようとはしなかった。有妃は満面の笑みを浮かべると俺をしっかりと抱きしめ名前を呼び続ける。そして体に巻き付いている蛇体をぎゅうっと締め付けた。
いつもの優しく、心地よく包み込むような巻き付きでは無かった。まるで獲物を絞め殺さんばかりの強烈な絞め付けで苦しさが襲ってくる。喜んでくれるのはとても嬉しい。だがさすがにこれは……やばいかも……。俺は有妃に訴えかける。
「有妃ちゃんごめんっ…。ちょっと苦しいかな……。」
有妃はいつしか捕食者の表情、獲物を貪らんばかりの酷薄な笑いを顔に張り付けていた。だが俺の訴えを聞き正気に戻ったのだろう。魔の抱擁を緩めると慌てて介抱してくれた。
「すみませんっ!私ったらなんて事を…。大丈夫ですかっ!」
「うん。俺は大丈夫だから…。」
「佑人さぁん…。ごめんなさい……。本当にごめんなさい………。」
「気にしないで。本当に大丈夫だから。ね…。」
泣きそうな表情で何度も何度も謝る有妃を慰める。悪いとは思ったけれどこんな彼女もとても愛らしい。思わず抱きしめて頭をなでなでしてしまう。でも、これではいつもとは逆だな…。そう思いながら髪から漂うシャンプーの香りを存分に胸に吸い込んだ。
温かく柔らかい体が心地よく抱きしめ続ける。有妃も暫く俺に身を委ねてくれていたが、ふと顔を上げると俺の目をじっと見つめた。澄んだ赤い瞳に心を見抜かれそうになる。
「ねえ佑人さん。そこまで想ってくれていてとっても有難いです。本当に何と言って良いのか…。でも…ちょっと無理していますよね。」
「いやっ!俺は無理してなんか…」
「いいえ。そんな事言っても私にはわかります。旦那様の気持ちに気づかなくて良い奥さんは勤まりませんから…。ね。無理は駄目ですよ。その気持ちだけありがたく頂戴しますね。
それと、私は佑人さんを閉じ込める様な事は絶対にしませんよ。何も心配はいらないんですからね…」
有妃は優しく教え諭す様に穏やかに語り続けた。俺もそんな彼女につい甘える様にしてしまう。やれやれ、お見通しか。結局かっこつけても駄目だったなあ…。
「ふふっ…。ねえ佑人さん。これはあくまでも望み。二人で将来こうしたいと言う話なんですけれどね…。ぜひ聞いてほしいんです。」
少々気落ちした心を察してくれたのだろう。有妃は己の願いを語りだす。俺は黙ってうなずくと静かな微笑みを見つめた。
「私の故郷の事は知ってますよね。ここから車で2時間以上行った所の……」
有妃の故郷はこの街から車で2時間以上行った山奥にある。湖の畔の緑豊かで静かな山村だ。以前は過疎化が進み、相当さびれた村だったのだが、数十年前になぜか明緑魔界と化したそうだ。それには有妃の両親が一枚かんでいるらしいのだが、それはまた別の話だ。
魔界と化してからというものの魔物夫婦の移住が相次ぎ、今では俺の住む街からもっとも近い魔界として有名になった。
でも…不思議な事に市も県も国も、ここが魔界と化したと言う事を公式には認めてはいない。そんな事実は無いの一点張りだ。境には警察の検問所があり村に縁のある者か、魔物でなければ立ち入りは難しいと言うのに…。事実上国の支配が及ばない自治区と化しているらしいのだが、ネットによるとこんな場所がちらほら出てきている様だ。
刑部狸の影響力が政治の中枢に及んでいるらしいとか、魔王の第四王女がこの国を魔界に堕とそうと陰で画策しているらしいとか、魔物好き達の噂は絶えない。
以前はこんな事では国も崩壊寸前だな…。とあきれていたが、近いうちに魔の眷属になる事が決まった今となってはそれも喜ばしい。魔界に堕ちれば国の皆が幸せになれるんだから…と過激派の魔物の様な事すら思っている。
「……私の故郷は夏は涼しく自然が豊かで水もきれいで、のんびりと暮らすには本当に良い所なんです。以前は冬は結構厳しかったらしいですけれど、魔精霊さんも住むようになってからは、相当温暖になっていますしね。」
そこで、と言うと有妃は言葉を続けた。
「将来は佑人さんと一緒に故郷に戻りたいんです。私達の子供と両親と見守りあいながら暮らしたいんです…。もちろん村の皆は魔物ばかりですから、プライバシーに踏み込まれることも無いですね。程よい距離感で生活できますよ。
佑人さんだったら間違いなく気に入って頂けると思うんですけれど…。あ、ちょっと離れたところには温泉もありますから、のんびりしたい時には最適です。」
語り終えた有妃は少々不安そうな表情を浮かべ、どうでしょうか…と呟いた。静かな山里で有妃に身も心も包まれながら暮らせる。互いに愛し合って穏やかに生きて行ける。それはとっても魅力的で、俺の心の奥底の願いにかなっている。将来そうして行けるのならば何の不都合もない。本当に素晴らしい事だ。
「本当に!そんな生活が出来るのならばとっても嬉しいに決まっているよ!別に俺は今すぐにだって構わないんだよ…。」
俺は不安を払拭させるかのように満面の笑みでうなずいてみせた。有妃も嬉しそうに瞳を輝かせると、ぎゅっと抱きしめ蛇体を絡めてきた。先ほどの絞めつけとは全く異なる優しい巻き付き。包み込むようないつもの有妃の抱擁だ。
あ…でも以前、魔界で暮らすのでもなければ金が必要だから働いていた。と言う様な事を言っていた。その時と話が少し違うような。もしかして俺の望みに合わせてくれているのか…だとしたら申し訳ない。少し聞いてみよう。
「そう言えば有妃ちゃん。魔界で暮らすのでもなければお金が必要。って言っていたね…。本当にいいの?故郷を出て暮らしていきたかったから、頑張って働いたんじゃないの?有妃ちゃんこそ俺に合わせて無理していない?」
問いかけた俺にかぶりを振るとにっこりする。今度は逆に俺の心配を払う様な素敵な笑顔だ。そんな笑顔を見るとたちどころに不安も消えていった。
「最初に会った時の事を覚えていてくれたんですね。ふふっ…。嬉しいですよ。やっぱり佑人さんで良かった…。でもその時こうも言いましたよね?大好きな佑人さんとエッチしてのんびり暮らしたいって。」
「…とっても嬉しいけど、たしか『大好きな佑人さん』って所は違っていたはずだね。」
「もうっ!いいんですよそんな細かい事はっ!それに今ではその通りになったんだから問題は無いんですっ!」
思わず野暮な突っ込みを入れた俺をお仕置きするかのように頭を胸に抱く。温かい有妃の双丘に頭を埋めて心地よさに溺れてしまう。
「だから…私はのんびりと愛し合って暮らしたかったんです。そのためのお金であり、暮らす場所ですから。当時は佑人さんみたいにお似合いの方と結ばれるなんて思っていなかったんですよ。好みが一緒の方と夫婦になれたのですから、いつだって故郷に戻ります。
静かにのんびりと暮らすのなら私の故郷はうってつけですからねっ…。」
「そうだったんだ…。じゃあ有妃ちゃん…。いつ引っ越そうか…?」
なかば恍惚状態で聞く俺に対し、有妃は再びかぶりを振ると微笑んだ。
「ふふっ…。ですからいますぐの事じゃないんですよ。佑人さんのお気持ちは嬉しいですけど…この街の生活にはまだ未練がありますよね?」
思わず待って、と否定しようとする俺に構わず有妃は言葉を続ける。
「ここは佑人さんの故郷なんですからそれは当然の事なんですよ…。大丈夫!私はいつまでも待ちますからねっ…。佑人さんが心の底から決心してくれる日を…。
これからの私たちにとって、5年や10年待つぐらいはどうってことないんですから…。」
そう言うと有妃は僅かに暗い色を瞳に浮かべたが、それを振り払うかのように満面の笑みを浮かべて見せた。
それが何か気が付くのに時間はいらなかった。……間違いない。有妃のおっぱいだ。豊かで温かい双丘の間に俺は顔をうずめているのだ。気恥ずかしさで頭を避けようとも思ったが、こうしていると、とても穏やかで気持ちが安らぐ。これは……なかなか離れがたい。まあいい。まだ寝ているふりをして暫くこうしていよう。
気が付かれない様にそっと顔を押し付け、大好きな人の匂いを胸に吸い込む。濃厚で刺激的な、それでいて香しい有妃の汗と体液の混じった匂い。想像していた性の交わりの匂いでは無く、ボディーソープの爽やかな香りがする。その匂いは俺の体からも漂っている。そうか。どうやら俺が寝ている間に一緒にシャワーを浴びてくれたらしい。
そんな心遣いが嬉しくて、つい顔を胸にすりすりしてしまう。きめ細やかな肌の感触を堪能していると、あやす様な手つきで俺の頭をなでなでしてくれた。背中もぽんぽんと優しく叩いてくれる。だが、いつも有妃には子供を慰めるように頭を撫でられる。やっぱり俺の事は頼りない弟分だという意識があるのかな…と、そんな思いが一瞬浮かんだが、温かくむにゅむにゅふわふわした感触を味わっているうちにそれも消えた。
ずっとこのままいたい。温かく、優しく包まれていたい。そんな思いを我慢しきれずに有妃の体を掻き抱き、顔をぐいぐいと押し付ける。さすがの彼女も苦笑すると、俺の肩を持ち上げて顔をのぞき見た。
「おはようございます。……ほら、やっぱり起きていたんですね。佑人さんはいたずらっ子さんです。」
仕方がないなあと言いたそうな有妃の表情だが、何の含みも無いような穏やかな微笑みが、決して嫌がっていないことを物語っていた。安心した俺もつられて笑ってしまう。
「有妃ちゃんごめんね。あの……とっても暖かくて、心地よくて……ずっとこうしていたかったんだ……。」
「いえいえ。いいんですよ。佑人さんが満足するまで存分に甘えてくれていいんですよ……。って、甘えんぼの佑人さんにわざわざ言うまでもないですねえ……。」
「そんな…。有妃ちゃん……。」
からかうように、そして悪戯っぽく耳元で囁くと、有妃は嬉しそうに含み笑いを漏らす。衝動を抑えきれずに甘えて、求めてしまう俺の姿を見て満足したかのようだ。なんの気兼ねも遠慮も必要ないと言われたようで安堵するのだが、それでも気恥ずかしくて俯いてしまう。
「もう…。私は甘えんぼの佑人さんが…佑人さんに甘えられるのが大好きなんですよ…。だから、ね。何も気にしないで好きなだけこうしていて下さい…。
ふふっ…。私も悪いとは思うんですよ。でもいつも良い反応をしてくれるもので、ついあなたを構いたくなってしまうんです…。」
そんな俺をなだめると、先ほどの様に胸に頭を抱き、優しく撫で摩ってくれた。再び与えられた心地よさの中をただひたすら漂う。俺たち二人は安らぎに浸り、とろけるような時間を過ごす。
「ありがとうございます。素晴らしい初体験でしたよ。佑人さんで本当に良かった……。さ、ゆっくり休んでくださいね。もう今日は精を頂くつもりはありませんので。」
「ううん。お礼を言うのはこっちの方だよ。有妃ちゃんがもらってくれなかったら俺はずっとあのままだったから……。ありがとう……。」
有妃は慈愛深く母親の様に労わってくれる。俺も喜ばしい気持ちを抑えきれずに顔を胸に埋める。その姿を見て喜色満面の笑みを浮かべた有妃。俺の頬に優しくキスをすると、恥ずかしそうにもじもじとした。
そうされると興奮するとはいえ、先ほどまで淫虐な魔物として俺を貪っていた有妃だ。だが、今見せている貞淑な乙女の様な、優しい姉の様な姿も間違いなく有妃の一面なのだ。そのギャップも愛らしく、とても魅力的でうっとりと見つめてしまう。
「もう……。佑人さんったら……。恥ずかしいじゃないですか……。」
俺の熱い視線に気が付いたのか、ますます恥ずかしそうにする有妃。真紅の瞳が潤み、透き通るような白い肌に赤みが差している。とても可愛い……。愛しい思いがますます募る。
「だって…。有妃ちゃんがあんまり素敵で可愛いから…。ずっと見ていたいんだ…。」
「いやですよぉ…」
我ながら恥ずかしいセリフを言ってしまったと思うが、有妃は俺を見てますます顔を赤らめてうつむく。この愛らしい表情をじっと見ているのもよいが、今日は色々恥ずかしい事をされてしまった。少しお返ししてもいいだろう。よし…。俺は有妃がよくするように、わざと意地悪な表情を作ってにやりと笑ってみせた。
「ふっ…。駄目だって…。いままで有妃ちゃんに散々意地悪されたんだから、やり返さないと割にあわないじゃないか…。」
恥ずかしがっているのを無視して、俺は顔がくっつく程に近づけると情熱的な眼差しを送り続けた。そして、もじもじしている有妃の白銀の髪をしきりになでる。さらさらした手触りがとても心地よい。
「…んっ!も〜っ!いい加減にしてくださいっ!これ以上は恥ずかしいから駄目ですっ!意地悪な佑人さんにはこうしてあげますっ!」
もう我慢できなくなったのか、慌てた様子で言うとぎゅーっと胸に顔を抱いた。俺は再び有妃のふくよかで温かな胸の感触を顔に感じる。蛇体もするすると体に絡みつき、みっちりと有妃に拘束されてしまった。
何も言葉は無く、その必要も無く、ただ優しい抱擁に身を委ねる。こんなに温かく思い遣ってくれるなら心まで捧げたい…。そんな思いで全身に有妃を感じて、甘い陶酔感に浸った。
「あの……。佑人さん。」
そのままの状態で俺を抱き続けていた有妃だが、何かを決意した様子で語りかけた。思わず何事かと思い顔を上げる。また先ほどの様に何かを見破られたのか…。少し不安な思いを抑えられずに強張った顔をしてしまった。そんな俺を見て、有妃は安堵させるかの様な優しい声でなだめてくれる。
「あ…いえ…違うんです。何も心配しないで下さいね…。ええと…。あの……佑人さん。本当にすみませんっ!」
「有妃ちゃんどうしたの?なんで謝るの?」
有妃はそう言うと頭を下げた。何かしら申し訳なさを感じさせる切ない瞳がじっと見つめている。俺は当惑して問いかけると次の言葉を促すように黙って見守った。
「……今日は私たちが身も心も結ばれた記念となる日です。その初めての喜ばしい日に…私は…佑人さんを嬲って搾りつくして散々犯してしまいました……。気長にインキュバスになるのを待って、それまで無茶な事はするまいと誓っていたのに…本当になんて事を……。ごめんなさい……」
「えっ?ちょっと待ってよ…。別に謝る事なんかじゃないよ。それに有妃ちゃんはとっても気持ち良くしてくれたじゃないか。本当に良かったって思う。だから何も気にしないでいいんだって。」
「はい…。そう言って頂けるのはとっても嬉しいです。でも……。」
確かに延々と絞られ貪られるように有妃と交わり続けた。でも俺が疲れそうになると必ず休息を取ってくれたし、その後は先ほども飲んだ強精剤を何度も与えてくれた。そのおかげか意外なほど疲労感は少なく、むしろとても良い気分だと言って過言ではない。
それに頑張って何度も精を出すと、有妃は優しく褒めて励ましてくれるのも嬉しかった。色々と恥ずかしさもあるが、結果として最高に素晴らしい契りを交わすことが出来たと言ってよい。なのになぜ……。
そう思い有妃を見ると、憐れむような瞳にいたわりの色を浮かべていた。もしかして…そうか…そうだった…。先ほど有妃が俺の事を犯して貪ると宣言したとき、つい恐怖感を抱いて顔に出してしまったではないか。有妃が酷い事をするはず無いのはわかっているのに…。そんな気持ちを見抜いてずっと気遣っていてくれたのだろう。
せっかく心から俺の事を求めてくれたのに、それを拒むような態度をとってしまったのだ。君に食べてもらいたいなんて大言壮語しておきながら、いざ求められるとこのざまだ…。魔物娘である有妃にとって、男の精を欲しがるのはごく当たり前の事だと言うのに…。馬鹿。謝るのは俺の方じゃないか……。
「ううん……。悪いのは俺の方だよ。せっかく君が俺を欲しがってくれたのに、期待に応えられなかったんだから…。俺の方から君に食べられたいって言ったはずなのに、怯えてしまって…。本当にごめん……。」
「待ってください!そんなこと言わないで下さいっ!佑人さんは私の想像以上に十分頑張ってくれました。インキュバスになっていない佑人さんが色々戸惑うのは当然なんです。私がちゃんと気遣ってあげられなかったのが悪いんです…。」
詫びを入れた俺の言葉を慌てて否定する有妃だ。妙に焦燥感のある眼差しに申し訳ない気持ちが巻き起こってくる。ここは有妃に全部吐きだしてもらおう…。そう判断すると、有妃の気持ちを落ち着かせる様に優しく頭を撫でて言葉を待った。
「私もまさか精を頂くと言う事があれほど素晴らしい事とは思ってもいませんでした…。想像を遥かに超えた芳醇な味わいに我を忘れてしまったんです…。
本当はゆっくり休んでもらうつもりだったんですよ。…でも佑人さんが可愛い反応はするし、それで我慢できなくて精を頂いたら、私も変になってしまって…欲望の赴くままに佑人さんを貪ってしまって…。」
俯いてぼそぼそと呟くその姿は儚く可憐だった。先ほど見せていた妖艶で加虐的な有妃とはとても思えない。先ほども思ったがこんなに色々な面を見せてくれて嬉しい。そして見る事が来るのは俺だけなのだ。
そんな大好きな人にこれ以上つらい思いをさせたくは無い。俺は心からの情感を込めて有妃に想いを伝える。
「ねえ有妃ちゃん…。さっきご両親が結ばれた時の事を話してくれただろ。俺も何となくだけど、君のお父さんの気持ちが分かる気がするんだ…。
無理矢理だったかもしれないけれど、大好きなお姉ちゃんに君をお婿さんにするって言われて…思いっきり愛してもらって、すごく幸せな気持ちだったんだろうなあ…って。」
「佑人さん…。」
「俺もそんな気持ちだよ。有妃ちゃんと結ばれて、すごく…幸せだから……。だからもうそんなこと言わないで。」
恥ずかしいセリフを言ってしまい自分でも顔が赤らむのが分かった。有妃はうっとりとした目で俺を見つめている。と、思った瞬間、ぎゅうっと抱きしめられて情熱的な口づけをされた。
「本当に嬉しいですっ!そこまで言って頂いて…。ええ!もちろん私もとっても幸せですよ!……でも。」
「でも……どうしたの?」
歓喜に満ちた表情から一転して悪戯っぽい表情になり少々戸惑う。
「ふふっ…。でも父は佑人さんみたいにM男さんでは無いんですよ。母の想いを受け入れるまでには色々葛藤があったみたいですね。」
「そうだったんだ……。って、俺はMなんかじゃ…」
「Mじゃないんですか?私に責められて喜んじゃう佑人さんが?もう…さっきも言ったじゃないですか。私は甘えんぼで変態で性欲が盛んな佑人さんが大好きなんですよっ。だから、もっと自信を持ってください……ねっ!旦那様!」
有妃はそう言って優しく慰めてくれた。先ほどから軽い言葉責めや羞恥プレイみたいなことをされて俺が気にしているのかも、と気遣ってくれたのかもしれない。
そう言えば有妃はいつもこうして励まして元気づけてくれる。俺が不安になると敏感に察して優しくフォローしてくれて、それはとっても嬉しくて有難い。その優しさに甘えてずっと溺れていたい。
けれど…それではやっぱり申し訳ないし、有妃の夫にふさわしい人間…じゃなくてインキュバスになりたいと心から想う。といっても、俺に出来る事はなんだろう……。
そうだ。ラミア属は夫となった男にはずっと蛇体を巻き付け、一日中放そうとしないと言うじゃないか。もし有妃もそうしたいと言うなら喜んで願いを聞こう。毎日ずっとそばに居よう。いくら家に居るのが大好きな俺でも少しきついかもしれないけど…それぐらいしか出来る事は無い。
よし…覚悟を決めよう。有妃に必要とされる男になりたい…じゃなくてなるんだ。先ほどは中途半端に言葉を濁してしまったが、そんな気持ちの伝え方ではだめだ。
「有妃ちゃん。俺は君にふさわしい男に絶対になるよ。後悔はさせないし、幸せにするように頑張る!」
「ちょっと…佑人さん。どうしたんですか急に?もちろんそのお言葉はとっても嬉しいですよ。ありがとうございます。でも、さっき無理はしないでって言いましたよね?そのままのあなたでいいんですよ。」
突然真顔になって断言する俺に、有妃は困ったような笑いを浮かべた。そしていつもの様になだめるように優しく愛撫してくれる。俺を守ってくれているようで嬉しいけれど、いつまでもこのままではいけない。彼女を無視するかのように言葉を続ける。
「もし君が望むなら俺は一日中ずっと欠かさず君のそばに居る。君と一緒に家に閉じこもって、監禁されるような事になってもいい。……それはもちろんたまには外に散歩ぐらいは行きたいけれど…。ごめん…今の俺にはこれぐらいしか出来る事は無いんだ。」
言い終えると有妃の目をじっと見つめた。最初は困惑していた眼差しが、徐々に真紅の強い光を帯びて行った。そして何かを喜ぶかのような表情を浮かべると、なんとか抑えるかのように低く小さな声でしゃべりだす。
「佑人さん……。それは本心で言っていらっしゃるのですか……。」
「当たり前じゃないか…。俺は有妃ちゃんの夫なんだよ。大好きな奥さんのそばに居るのは当然だよ。」
そわそわもじもじと落ち着かずに、それでも何とか自分の欲望を抑えようとしている有妃だった。だが、とうとう我慢できなくなったかの様に叫んだ。
「私は……本当に果報者ですっ!!佑人さんっ!!佑人さん佑とさんゆうとさんゆうとさんゆうとさん………。」
もう歓喜を抑えようとはしなかった。有妃は満面の笑みを浮かべると俺をしっかりと抱きしめ名前を呼び続ける。そして体に巻き付いている蛇体をぎゅうっと締め付けた。
いつもの優しく、心地よく包み込むような巻き付きでは無かった。まるで獲物を絞め殺さんばかりの強烈な絞め付けで苦しさが襲ってくる。喜んでくれるのはとても嬉しい。だがさすがにこれは……やばいかも……。俺は有妃に訴えかける。
「有妃ちゃんごめんっ…。ちょっと苦しいかな……。」
有妃はいつしか捕食者の表情、獲物を貪らんばかりの酷薄な笑いを顔に張り付けていた。だが俺の訴えを聞き正気に戻ったのだろう。魔の抱擁を緩めると慌てて介抱してくれた。
「すみませんっ!私ったらなんて事を…。大丈夫ですかっ!」
「うん。俺は大丈夫だから…。」
「佑人さぁん…。ごめんなさい……。本当にごめんなさい………。」
「気にしないで。本当に大丈夫だから。ね…。」
泣きそうな表情で何度も何度も謝る有妃を慰める。悪いとは思ったけれどこんな彼女もとても愛らしい。思わず抱きしめて頭をなでなでしてしまう。でも、これではいつもとは逆だな…。そう思いながら髪から漂うシャンプーの香りを存分に胸に吸い込んだ。
温かく柔らかい体が心地よく抱きしめ続ける。有妃も暫く俺に身を委ねてくれていたが、ふと顔を上げると俺の目をじっと見つめた。澄んだ赤い瞳に心を見抜かれそうになる。
「ねえ佑人さん。そこまで想ってくれていてとっても有難いです。本当に何と言って良いのか…。でも…ちょっと無理していますよね。」
「いやっ!俺は無理してなんか…」
「いいえ。そんな事言っても私にはわかります。旦那様の気持ちに気づかなくて良い奥さんは勤まりませんから…。ね。無理は駄目ですよ。その気持ちだけありがたく頂戴しますね。
それと、私は佑人さんを閉じ込める様な事は絶対にしませんよ。何も心配はいらないんですからね…」
有妃は優しく教え諭す様に穏やかに語り続けた。俺もそんな彼女につい甘える様にしてしまう。やれやれ、お見通しか。結局かっこつけても駄目だったなあ…。
「ふふっ…。ねえ佑人さん。これはあくまでも望み。二人で将来こうしたいと言う話なんですけれどね…。ぜひ聞いてほしいんです。」
少々気落ちした心を察してくれたのだろう。有妃は己の願いを語りだす。俺は黙ってうなずくと静かな微笑みを見つめた。
「私の故郷の事は知ってますよね。ここから車で2時間以上行った所の……」
有妃の故郷はこの街から車で2時間以上行った山奥にある。湖の畔の緑豊かで静かな山村だ。以前は過疎化が進み、相当さびれた村だったのだが、数十年前になぜか明緑魔界と化したそうだ。それには有妃の両親が一枚かんでいるらしいのだが、それはまた別の話だ。
魔界と化してからというものの魔物夫婦の移住が相次ぎ、今では俺の住む街からもっとも近い魔界として有名になった。
でも…不思議な事に市も県も国も、ここが魔界と化したと言う事を公式には認めてはいない。そんな事実は無いの一点張りだ。境には警察の検問所があり村に縁のある者か、魔物でなければ立ち入りは難しいと言うのに…。事実上国の支配が及ばない自治区と化しているらしいのだが、ネットによるとこんな場所がちらほら出てきている様だ。
刑部狸の影響力が政治の中枢に及んでいるらしいとか、魔王の第四王女がこの国を魔界に堕とそうと陰で画策しているらしいとか、魔物好き達の噂は絶えない。
以前はこんな事では国も崩壊寸前だな…。とあきれていたが、近いうちに魔の眷属になる事が決まった今となってはそれも喜ばしい。魔界に堕ちれば国の皆が幸せになれるんだから…と過激派の魔物の様な事すら思っている。
「……私の故郷は夏は涼しく自然が豊かで水もきれいで、のんびりと暮らすには本当に良い所なんです。以前は冬は結構厳しかったらしいですけれど、魔精霊さんも住むようになってからは、相当温暖になっていますしね。」
そこで、と言うと有妃は言葉を続けた。
「将来は佑人さんと一緒に故郷に戻りたいんです。私達の子供と両親と見守りあいながら暮らしたいんです…。もちろん村の皆は魔物ばかりですから、プライバシーに踏み込まれることも無いですね。程よい距離感で生活できますよ。
佑人さんだったら間違いなく気に入って頂けると思うんですけれど…。あ、ちょっと離れたところには温泉もありますから、のんびりしたい時には最適です。」
語り終えた有妃は少々不安そうな表情を浮かべ、どうでしょうか…と呟いた。静かな山里で有妃に身も心も包まれながら暮らせる。互いに愛し合って穏やかに生きて行ける。それはとっても魅力的で、俺の心の奥底の願いにかなっている。将来そうして行けるのならば何の不都合もない。本当に素晴らしい事だ。
「本当に!そんな生活が出来るのならばとっても嬉しいに決まっているよ!別に俺は今すぐにだって構わないんだよ…。」
俺は不安を払拭させるかのように満面の笑みでうなずいてみせた。有妃も嬉しそうに瞳を輝かせると、ぎゅっと抱きしめ蛇体を絡めてきた。先ほどの絞めつけとは全く異なる優しい巻き付き。包み込むようないつもの有妃の抱擁だ。
あ…でも以前、魔界で暮らすのでもなければ金が必要だから働いていた。と言う様な事を言っていた。その時と話が少し違うような。もしかして俺の望みに合わせてくれているのか…だとしたら申し訳ない。少し聞いてみよう。
「そう言えば有妃ちゃん。魔界で暮らすのでもなければお金が必要。って言っていたね…。本当にいいの?故郷を出て暮らしていきたかったから、頑張って働いたんじゃないの?有妃ちゃんこそ俺に合わせて無理していない?」
問いかけた俺にかぶりを振るとにっこりする。今度は逆に俺の心配を払う様な素敵な笑顔だ。そんな笑顔を見るとたちどころに不安も消えていった。
「最初に会った時の事を覚えていてくれたんですね。ふふっ…。嬉しいですよ。やっぱり佑人さんで良かった…。でもその時こうも言いましたよね?大好きな佑人さんとエッチしてのんびり暮らしたいって。」
「…とっても嬉しいけど、たしか『大好きな佑人さん』って所は違っていたはずだね。」
「もうっ!いいんですよそんな細かい事はっ!それに今ではその通りになったんだから問題は無いんですっ!」
思わず野暮な突っ込みを入れた俺をお仕置きするかのように頭を胸に抱く。温かい有妃の双丘に頭を埋めて心地よさに溺れてしまう。
「だから…私はのんびりと愛し合って暮らしたかったんです。そのためのお金であり、暮らす場所ですから。当時は佑人さんみたいにお似合いの方と結ばれるなんて思っていなかったんですよ。好みが一緒の方と夫婦になれたのですから、いつだって故郷に戻ります。
静かにのんびりと暮らすのなら私の故郷はうってつけですからねっ…。」
「そうだったんだ…。じゃあ有妃ちゃん…。いつ引っ越そうか…?」
なかば恍惚状態で聞く俺に対し、有妃は再びかぶりを振ると微笑んだ。
「ふふっ…。ですからいますぐの事じゃないんですよ。佑人さんのお気持ちは嬉しいですけど…この街の生活にはまだ未練がありますよね?」
思わず待って、と否定しようとする俺に構わず有妃は言葉を続ける。
「ここは佑人さんの故郷なんですからそれは当然の事なんですよ…。大丈夫!私はいつまでも待ちますからねっ…。佑人さんが心の底から決心してくれる日を…。
これからの私たちにとって、5年や10年待つぐらいはどうってことないんですから…。」
そう言うと有妃は僅かに暗い色を瞳に浮かべたが、それを振り払うかのように満面の笑みを浮かべて見せた。
17/03/09 02:50更新 / 近藤無内
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