ミコトへの贈り物
あの日、僕は救われた。生きて行く事に疲れてすべてを投げ出そうとした僕に、幼馴染のミコトちゃんが癒しと安らぎに満ちた手を差し伸べてくれた。
彼女は魔物娘でラミアの一種、シロヘビと言う種族だった。僕も魔物娘の存在は当然知ってはいるものの、まさか幼馴染のミコトちゃんがそうであるとは全く思いもしなかった。
実際彼女の正体が魔物娘であることは、僕たちが住むこの街でも極限られた人しか知らない秘密だ。人魔の共存を良く思わない風潮が根強いこの街ではそれも仕方がない。僕自身も正体を知って取り乱してしまった。ミコトちゃんは快く(?)許してくれたものの、その事は今でも悔やんでも悔やみきれない。
この時ミコトちゃんのものになり、その想いを受け入れた僕は彼女の家に居候するようになった。だが、せめて生活費だけでも、と働こうとした僕に彼女はやんわりと反対した。
「今後の事はゆっくり考えよう。今は無理しないで休んで。ね。お願い。」
「そうはいってもこれ以上迷惑はかけられないよ。」
「たーくんが無理して、もしこの間みたいな事になったらどうするの?」
「でも…。」
「わかった。君がそんなに元気なら、精をもっと搾り取っても大丈夫だね♥」
「えっ?ちょっと待って?なんでそうなるの…?ミコトちゃん…。」
と、こんなやりとりがあって、それまで以上にミコトちゃんに精を搾られる毎日になってしまった。そんな爛れた毎日を過ごすうちに、僕自身恐ろしく絶倫に、人間の限界を超えた性の交わりが可能になっている事に気が付いた。
「そっか。おめでとう。これで君もわたし達の眷属だね。」
気になって尋ねた僕にミコトちゃんはそう言った。
「眷属…。」
「インキュバス化って言った方が分かりやすいかな?」
「うん…。それじゃあこれで僕もミコトちゃん達魔物の一員になったんだね。」
「もしかして、後悔…してる?」
ミコトちゃんが少し不安そうに尋ねた。僕を彼女の「もの」にした経緯で、隠し事をしてしまった事を気にしているのだ。
ミコトちゃんはシロヘビ独特の魔力である「青白い炎」を心に平安を与え、なおかつ二人がより一層仲良くなるものだと言って僕に注ぎ込んだ。その後聞いた話だと、実際は浮気男の心を焼きつくし、ほかの女には一切の関心を持てなくさせる強力な魅了魔法だとの事だ。
やっぱりこの事を黙ってはいられない、と彼女は僕に打ち明けて謝った。確かにいつもミコトちゃんの事ばかり考えるようになってしまったが、もともと大好きな女性だったので全く問題は無い。それにミコトちゃんの事に僕の心が向いてしまったので、それまでの悩みや苦しみには全く囚われなくなった。
むしろ以前はかなわなかった穏やかで温かく、そして快楽に満ちた生活を与えてくれて心から感謝しているのだ。
「ううん。全然。人のままだったら僕は生きて行く事すらできなかったから。ちょっと変な気分だけど、こうなれて嬉しいんだよ。」
僕は心配させないように笑って答えた。
そんな僕がミコトちゃんと一緒に住むようになってしばらくたったある日の事…
「えっと…それじゃあたーくんは部屋も荷物もそのままでこっちに来ちゃったの?」
「う、うん実はそうなんだ…。」
「本当に!?それで、家賃や光熱費の支払いはどうなっているの?」
「それは大丈夫、全部口座引き落としだから。あ、でもそろそろ預金無くなりそうかも…。」
ミコトちゃんは少し呆れた様な表情を見せる。本当にこの子はとでも言いたそうだ。
「たーくんはむこうで働いていたんだよね。そこはどうしたの?」
「少し前に辞めたよ。」
「そう…。それじゃあ一度あっちに行かないとね。部屋をそのままにしておいても仕方ないし。片づけして必要な物だけこっちに持って帰りましょ。」
「ごめんね。余計な仕事増やしちゃって。」
仕方ないなあとでも言いたそうな笑みを見せると僕の頭をなでた。いつもの事だがミコトちゃんに頭を撫でられるとうっとりしてしまう。
「謝らなくてもいいんだよ。でもね、たーくん。そういった事はもう少し早く言おうね。家賃滞納なんて事になったら色々面倒だよ。」
「うん…。」
こうして姉のように僕を教え導いてくれるミコトちゃんだ。それはとても嬉しいし有難いのだが、我ながら情けないなあ…という思いも強い。
「でもたーくん。そんな衝動的にこっち来ちゃうなんて、よっぽどだったんだね。」
「会社を辞めてからはほとんど家に一人で閉じこもりきりだったね…。だからミコトちゃんが電話してきてくれるとすごく嬉しかったんだよ。」
「今さらだけど、どうしてその時話してくれなかったの…ううん。わたしが気付いてあげられなかったのが悪いんだよね。
もし気が付いていれば、たーくんを無理やりこっちに連れて帰って来てでも、わたしのものにしてたんだけどなあ…。」
ミコトちゃんは心底悔しそうにしている。そこまで想ってくれていて嬉しいが、心配させてしまって申し訳なくもある。
「うん。僕も後悔している。変なプライドを捨ててミコトちゃんを頼る勇気があればよかった…って思うよ。
あのときは高熱でずっと動けなくて、ようやく熱も引いてきたから夕方になって食べ物を買い出しに出たんだよね。近くのコンビニで学生が何人も楽しそうに話してて、それを眺めていたら何だか自分がすごく惨めになって、もう何もかも終わらせてもいいやって思っちゃって…。せめて最後はミコトちゃんに…」
そこまで言ったとき僕はミコトちゃんに急に抱きしめられた。蛇体が全身に優しく絡みつく。
「もういいよたーくん。いいんだよ。大丈夫。これからはわたしがいるから。ね。」
「ミコトちゃん…。ありがとう。」
ミコトちゃんの蛇体の心地よい圧迫感と暖かさで心が安らぐ。でも僕はほんとに駄目だ。相変わらず彼女に心配と迷惑をかけっぱなしではないか。
おっと!あまりの心地よさに下半身が反応してしまう…。その途端、ミコトちゃんの蛇体が僕の体にしっかりと巻き付いた。
「たーくん。真面目な話をしているときに何を考えているのかなー。」
「ごめん。ミコトちゃん…。」
「謝ってもだーめ。いやらしいたーくんにはしっかりとおしおきするからね♥」
ミコトちゃんが穏やかに微笑む。まあ、これも毎日の日課みたいなものだ。
「うん…。お手柔らかに。」
「可愛いよたーくん…。」
僕たちは口づけを交わす…
「そっか…。ここがたーくんの家…ね。なかなか…いい所に住んでたのね…。」
「無理しないでもいいよ。どう見てもただのボロアパートだから。」
そして今日は片づけの日。引っ越し業者を頼む必要もないと言う事で、ミコトちゃんが運転するトラックが住んでいたアパートに着いた。僕は軽自動車しか運転できないので、ミコトちゃんにお願いしたら快く引き受けてくれた。
築何十年も経つ古びた外観に、ミコトちゃんも苦しいお世辞を言うのが精一杯だったようだ。
「ここともこれでお別れか…。」
「やっぱり寂しい?」
「そうだね。全然いい事は無かったけど、なんか妙に感慨深いよ。」
「記念に写真でも撮っておく?」
「んー。そこまでする事は無いかな。」
気を使ってくれたのだろう。ミコトちゃんが手を優しく握ってくれる。僕も大丈夫だよとほほ笑む。
あれ以来そのままの状態だ。埃も溜まっているだろう。って…。そのまま?そうだ…。すっかり忘れていた。秘蔵のエロDVDやらエロ漫画やらもそのままだった…。どうしよう。あんなものミコトちゃんには絶対に見せられない。
昔からミコトちゃんは僕がほかの女性と近づくのを嫌う傾向にあった。というか実際はそんな機会はまずなかったので全く問題は無かったが、僕が彼女の「もの」になって以降はその傾向に相当拍車がかかってしまった。二人でどこかに出かけた時も、若い女性とすれ違ったというだけでいつもより相当余計に搾り取られてしまうのだ。たーくんが変な考えを起こさないように徹底的に搾ってあげるね、とか言われながら…。
この程度でそれなのだから、僕の性癖が詰まりに詰まったエロコレクションなんぞ見られた日には、どれだけ吸精されるか想像もつかない。いや、でもそれでもいいかも…。今ではもう、ミコトちゃんとの性の交わりが無ければ生きて行けない体になってしまった。徹底的に犯されることを望む自分が間違いなくいる。これが見られたらどれだけ気持ちいいおしおきをしてくれるのだろう…。
「たーくん。どうしたの?なんか落ち着きないね。」
「い、いや別に。何でもないよ。」
「そう…?それじゃあ早速片づけちゃいましょう。」
ミコトちゃんは意味深な目で僕を見たが特に何も言わなかった。
もともと荷物がすくなかったこともあり、片づけは順調に進んだ。その時ふと引き出しの中に入っている小箱に目が留まり何気なく手に取った。
「あっ…。」
「なに?どうしたの?」
亡くなった母親の婚約指輪だった。形見として持ってきたのだが引き出しにしまったままだったのだ。僕は言葉もなく指輪を見つめる。当時のつらい思い出が甦ってしまうので、今までほとんど指輪を見る事は無かった。
「たーくん…。」
「親の形見の婚約指輪だよ。」
ミコトちゃんが心配そうに僕を見つめる。
「さて、これはどうしようか…。」
「どうしようかって、君のお母さんの形見なんだよね。当然持って帰るんでしょ。」
「でも…。」
「もしかしてこれを持って帰ったら私が気分悪くすると思ってる?」
嫉妬心に火がついてしまうかも、と思った心を読まれてしまったようだ。ミコトちゃんはそんな僕を見て苦笑すると穏やかに語りだす。
「確かにわたしは自分でも嫌になるぐらい嫉妬深いけど、親の形見に文句付けるほど血も涙もない人間じゃないんだよ。あ、もちろんわたしは人じゃないけど。」
「ありがとう…。ミコトちゃん。」
「もー。やめてよ。何もお礼言われるようなことはしてないよ。それよりも片づけしちゃいましょ。ね。」
にこやかに笑うミコトちゃんを見て、僕が抱いていた不安も晴れた。かえって気を遣わせてしまったかな…。
さて、問題のエログッズだが、ミコトちゃんに感づかれないように自然にふるまって…と。
そうだ。この袋がそうだ。そして、コレクションの入っている袋を燃えるごみに紛れ込ませたその瞬間、ミコトちゃんから声がかかり驚く。
「たーくん。その袋は駄目だよ。中身をちゃんと指定ごみ袋に入れてね。」
「う、うん…。後でやっとくよ。後で。」
変に声が上ずってしまう。これでは明らかに怪しすぎる。
「後で?もう少しで片付くんだから今やっちゃおうよ。」
「いや、でも埃が出たから掃除機を先に…。」
「たーくん。その中にいったい何を隠しているのかな?」
ミコトちゃんは僕を見つめる。なんだか楽しそうな、それでいていたずらっぽい笑みを見せる。彼女の事だ、これはもう確実にばれてしまっただろう…。
「いや…別に…隠してるわけじゃないよ。全然…捨ててもいいものだよ。」
「だ・か・ら、その中に何が入っているのかな?たーくん♥」
彼女が妖しく身をくねらすと白蛇本来の姿が出現した。そして長い蛇体で僕に絡みつくと耳元で甘く囁く。
「もー。隠さなくてもいいんだよ。どうせいやらしい本とかAVとかなんかでしょ。その程度でいちいち驚かないよ。」
「いや、だから、その…。」
僕は顔を真っ赤にしてうつむく。そんな僕を見てミコトちゃんは嗜虐的に笑う。
「それで、たーくんはどんなので抜いてるの?今後たーくんを気持ち良くしてあげる参考にするから教えてよ。」
「そんなたいしたものじゃ…。普通のだよ…。」
「私たちの仲で隠すことないでしょ。何よ普通って…。そっかー。そうだよね。たーくんが普通の趣味しているわけないよねー。」
何かを納得したかのようにミコトちゃんはうなずく。
「そ、それじゃあ何だっていうんだよ。」
「人に言えないって言うと…スカトロでしょ!きっと、う○ことか大好きなんだよね。たーくんは。」
「は、はあー!?いったい何を言っているんだよ!そんな馬鹿な事ある訳ないよ。」
とんでもないことを言われ僕は思わず声が大きくなる。いくらなんでもそれは無い。あるわけない。いや、でも…普通の人から見れば僕の秘蔵コレクションの内容はある意味それ以上に変態的かも…。
「じゃあなんなのかな?たーくん?言っとくけどわたしは、たーくんの性癖は知り抜いているんだよ。普通に男女がシているAVで抜いているなんて信じられないよ。」
僕は言葉もなくうつむいているだけだ。
「そう。わかったよ。正直に言ってくれれば袋の中身の処分はたーくんに任せるつもりだったけど、言ってくれないのなら、わたしが直接確かめてあげるね。一緒にたーくんのコレクションの鑑賞会でもしよう。」
ミコトちゃんは恐ろしい事を満面の笑顔で言った。いくらなんでもそんな恥ずかしい事耐えられない。
「わかったよ。わかったから。正直に言うよ…。」
これ以上はもう駄目だ……とうとう降参した。
「それで、どういうのなの?」
「触手とか、ふたなりとか…」
「へー。これはまたなかなかマニアックだね。たーくんって変態さんなんだね。ま、わたしは承知していたけど。」
耳元でねっとりと囁くと首筋を何度もつーっと舐める。ミコトちゃんの淫らな愛撫を受け思わず体がぶるりと震えた。
「で、具体的にはどっち?」
「どういうこと?」
淫虐な眼差しを強めるミコトちゃんの問いに僕は恐る恐る問い返す。
「だから触手になって女の子を犯したいのか、たーくん自身が触手に巻き付かれて犯されたいのか、ふたなりの女の子になって犯したいのか、たーくんがふたなりの女の子に犯されたいのかってこと。」
「そ、そんな、どっちって言われても…。」
「いいよ。わかっているよ。たーくんってわたしに巻き付かれてぎゅってされると気持ちよさそうだもんね。すごくうっとりとしてるよ。」
そういってミコトちゃんは僕の体をぎゅっと抱きしめてくれた。下半身に巻き付いた蛇体の圧迫感も増してくる。
「それとこの間わたしの尻尾の先っぽでおしりいじってあげたら、すごくいい反応してくれたよね。何度も、もっとしてって言ってくれたし。だからたーくんは、触手に巻きつかれて、おしり犯されたいって願望持っているんだよ。間違いなく。そうだ、今度私の尻尾をたーくんのおしりに入れてみよっか?絶対に痛くしないから安心していいよ。」
「や、やめてよ。違うって。そんなんじゃないよ。」
「じゃあどんなんなの?」
いたずらっぽく僕の口真似をして微笑むと耳の周りを丹念に舐めあげた。熱い吐息がかかってますます興奮してくる。そういう彼女自身興奮している様だ。宝石のような赤い瞳が濡れた様な強い光を帯びている。
「これはミコトちゃんだから、ミコトちゃんがしてくれているから気持ちいいんだよ。触手とかそんなんじゃないって…。」
「本当に?ありがとう。たーくん…。」
ミコトちゃんは僕の唇を奪うとぬるっとしたものを侵入させてきた。僕はそれを熱にうかれたように吸い続ける。ひとしきり彼女の唇舌を堪能すると、どちらからともなく唇が離れた。
「でも安心したよ。喜んでくれていて。最初にわたしがぎゅってした時は君に、さわるな化け物、なんて言われたでしょ。あの時はもう泣いちゃおうかと思ったんだよ。」
「あ、あの、本当にごめん…。なんて言っていいか…。」
あの時は快く許してくれて今も冗談っぽく言ったが、ミコトちゃんにとって僕の一言は心に消えない傷として残ってしまったんだろう。僕がひどい言葉を放った後、ミコトちゃんがほんの一瞬泣きそうな顔になった事を思いだした。 後悔しても今さら取り返しがつかない。思わずうなだれる。
二人とも何も言わず沈黙している。どうしようか。僕がそう思った瞬間、ミコトちゃんの笑いを押し殺す声が聞こえた。
「ぷ、ぷ、ごめん。たーくん。あー。おかしいよー。」
「ミコトちゃん?」
「いや、だってたーくんの反応が本当に予想どおりなんだもん。ごめんね。たーくん。それが見たくてつい意地悪しちゃった。」
「本当に?ミコトちゃん。僕に気を使ってくれているんじゃないの?」
「大丈夫。何とも思ってないから気にしないで。たーくんって気が良いからついからかいたくなっちゃうんだよね。それだけだよ。」
なおも言おうとする僕の頭をミコトちゃんはそっと抱いた。優しく見つめる思い遣り深い眼差しに心が安らぐ。
「それにあの時私も君をひどく脅かしちゃったでしょ。火責めの拷問してやるー。とか言って。ごめんね。悪いことしちゃったって思うよ。だからもういいの。ね。」
ミコトちゃんはそう言って優しく笑った。そもそもあの時は命を救ってくれたミコトちゃんに色々言ってしまったのは僕なのだ。叱られても当然文句は言えない。それどころかよくあの程度のおしおきで勘弁してくれたなと今になって思う。
何だか涙ぐみそうになった僕はミコトちゃんに抱き着き、その胸に顔を押し付けてしまった。
「本当にいいんだよ。もー。これじゃああの時と全く同じじゃない…。」
ミコトちゃんは苦笑しながらも、僕をあやすように背中をぽんぽんと叩く。全身を蛇体に優しく巻き付かれてとても暖かく、すぐに睡魔が襲ってきた。
「眠いのたーくん?いいよ。このまま寝ちゃって。」
「それじゃあちょっとだけ…。」
僕はまどろみの中に落ちて行った…
…たーくんはわたしに抱かれて寝息を立てている。すっかり身を委ねて安心した様子で寝ている彼を見るのはとても嬉しい。だってわたしを信頼してくれている何よりもの証だから。…どうしようか。特に急ぐ事もない。このままたーくんと一緒に昼寝する甘いひと時も良い。
だが、その時ふと心に浮かぶ。たーくんの秘蔵DVDは実際どんなのだろう。もちろん彼以上に彼の事は知っている自信はあるが、実際にこの目で見ないと安心できないという事もある。
たーくんにはDVDの処分は任せると約束したものの、気になりだすとますます気になってきて、自分が抑えきれなくなってきた。どうしようか…。わたしが脅したからこそ、たーくんは自らの口で性癖を暴露する様な事を言ったのだ。 真っ赤な顔をしてふたなりとか触手という言葉を発するたーくんは最高に可愛かった♥
いや…。それはともかく、もしここでわたしが彼の秘密の性癖を漁る様な事をしたら、約束を信じて恥ずかしい事を言った彼を裏切る事になるのではないか…。たーくんの頭を胸に抱きながらわたしはうーん、と呻くと悩み続けた。
けれども、そうだ。わたしはたーくんの幼馴染であり、親友であり、姉代わりであり、そしてこの間恋人同士になった。だが…初めて彼と会った時から今に至るまで、私は彼の保護者なのだ。その関係性はずっと変わっていない。彼を護る者として、わたしはたーくんが変なモノを見て過ちを犯さない様に見守る義務がある…。
我ながら非常に身勝手だとは思うが、こんな屁理屈で自分を納得させるとたーくんの秘蔵コレクションが詰まった袋に目をやる。だが、そのまえに彼が起きないようにしなければ…。
わたしは自らに宿る魔力を解放させると呪文を詠唱する。そしてたーくんの頭を優しくなで続けた。
…よし、大丈夫。これでたーくんはぐっすりと眠り続けるはずだ。わたしは彼に絡みつけた蛇体を解くと、ごめんねとつぶやき額にキスをした。そして袋を手に取って開けると、中身を貴重な骨董品を鑑定するかのごとく見定める。
…へー。なるほど。確かにたーくんが言ったようにふたなりエロ漫画と触手モノのアニメが目立つ。わたしの予想通りの変態趣味だったようだ。そして何より目を引くのは魔物娘主演のAVが多数。これでは確かにわたしに隠したくもなるだろう。
すべて本物のカップル出演!とパッケージにあるが、私たち魔物は基本愛する男としか性交しないため、あながち嘘ではないだろう。魔物が経営するレーベルもあるらしいとは噂には聞くし。
たーくんはどんなジャンルが好みなのか興味が沸いて鑑賞したが、オーガに犯される男、アマゾネスに犯される男、ヘルハウンドに犯される男…。どうやら魔物に嬲りものにされるシチュエーションに興奮するようだ。まあ、日頃彼と肌を合わせているのでその事は十分わかっている。プレイとしての甘く優しい「おしおき」をしてあげると、毎回とても嬉しそうにしてくれるから。
そして、一番多かったのはわたしたちの親戚であるラミア系のAV。同族の白蛇の出演作はなかったが、映像の中の男たちはラミアに絡みつかれて悦楽の呻き声をあげていた。
ふと思う。もしかしてたーくんはラミアのAVを観ながら、わたしといつか交わる日を夢見て自らを慰めていたのだろうか。つらく、寂しく、心が壊れそうな毎日を送りながら…。
まあ、当時は私の正体が白蛇である事は知らなかったのだから、そんな事はあり得ないのだが、無意識のうちに私を求めてくれていた様でなんだか嬉しい。無論AVを見て精の無駄打ちをした事は許せないが…。
ほかにもたーくん所蔵の漫画〜これはエロでは無い普通の漫画だが〜も、この機会にチェックしたが、ラミアを含め優しい魔物の彼女と、ただただ穏やかな毎日を送るという物語の類がほとんどだった。
もちろん癒し系の作品は良いものだが、それだけしか観ないという事は、逆にたーくんの精神状態が疲れ切った状態にあった事が伺えて切ない。
そう思うとたーくんに対する憐れみと愛おしさが溢れてきて、ふいに涙が湧いてきた。そして眠り続ける彼を抱きしめ、大丈夫だよ、もうつらい思いはさせないからね、とつぶやき続ける。
そう。これは明らかにわたしの過ちだ。たーくんを無理やりにでもわたしの傍に縛り付けておけば、こんな思いをさせず済んだのだ。もうこんな失敗は犯さない。わたしがずっと護ってみせる…。
だが、自分の過ちは棚に上げて、たーくんがAVを見て精を無駄打ちし続けた事に対してのわだかまりは消せそうもない。無論、私の恋人になる前にした事を責めるつもりは全くないし、健康な男のコならオナニーは当然の事だ。ただ、わたしたちの大切な未来のために、たーくんにひとつお願いするだけだ。そう。これはあくまでもお願いだ…
目が覚めると早速ミコトちゃんに話しかけられた。
「おはようたーくん。」
「…ん。ごめん。結構長い間寝ちゃったかな?」
「ううん。それはいいんだよ。早速お目覚めの所悪いんだけど、たーくん。今後のためにもお願いしておきたい事があるの。」
「え、何を?ミコトちゃん。」
「何をじゃないよ。君のエロコレクションの話。うまく話をそらせたつもりでしょうけど、そうはいかないよ。」
そう言ってミコトちゃんは笑った。が、良く見ると目が笑っていない…。どうやらかなり真剣なようだ。そして僕が眠っていた間色々考え続けていた事がうかがえる。
「孤独で寂しかったたーくんとって、AVを観る事はささやかな慰めだったんだよね。だから今までの事は何も言わないよ。でもこれからはもう、わたしという者がいるんだからAVを観るのは止めてくれるかな。もちろんAVだけじゃなくてネットのエロ動画やエロゲーやエロアニメやエロ漫画や、その他ぜーんぶ含めるよ。」
孤独で寂しいも事実だったけど、はっきり言われるとなんか引っかかる。そんな僕の心をミコトちゃんは見抜いたらしい。
「勘違いしないで。別に嫌みを言ってるわけじゃないんだよ。今まで寂しかった分も含めてわたしがたーくんの望むことは全部してあげるってこと。」
「そ、そんな無理しなくても…。」
「わかっているでしょ。わたしは君の性癖や願望は知り抜いているんだよ。だから何にも恥ずかしがらないで、してみたいことを言ってくれていいよ。だからお願い。AVを観るようなそんな浮気は辞めて欲しいの。」
「浮気なの?AVを観るだけで?」
こんな事を言ったらどんな反応をされるか分かっているのに…。思った通り彼女の顔色がさっと変わる。
「何を言っているのかな、たーくん…。わたしというものがありながら、ほかの女に欲情して精を吐き出すなんて浮気以外の何物でもないでしょ。」
「い、いや、だから、もちろん今後そんなものは一切観るつもりないよ。でも所詮はただの映像だし…。」
「映像だろうが絵だろうが女は女なんだよ。」
ミコトちゃんはぴしゃりと言うと僕の目を真っ直ぐ見据えた。顔から笑いが一切消えている。正直…怖い眼差しだ。かつて彼女を怒らせてしまった時の様に赤い瞳が怪しく光る。ああ、これはまずかったな。いや、どうやらおしおきかな…。ずっと期待していた…。
ミコトちゃんはしばらく何も言わないで僕を見つめる。文字どおり蛇ににらまれた蛙状態だった僕は言葉も出なかったが、なんとか声を絞り出して謝った。
「ご、ごめんなさい。ミコトちゃん…。」
仕方ないなあとでも言いたそうにため息をつくと、ミコトちゃんは指先に青白い炎を生じさせる。あ、あれは、そう思う間もなく指先で僕の額をちょんとつついた。急激に高まる性欲と恍惚感。
「ねえたーくん。君はわたしだけ見ていてくれればいいんだよ、他の女なんていらないんだよ、って十分に教えてあげたつもりだったけど、どうやらまだわかってくれていなかったみたいだね…。
だから今度こそたーくんがわかるようにしっかりと教育してあげるね。」
「教育って…。僕におしおきするの?」
ミコトちゃんの魅了の力を受けて僕はうっとりしながらそう言う。
「そうだよ。とーっても気持ち良いおしおき。覚悟してね。たーくん♥」
ミコトちゃんはそう言って僕にキスをすると舌を侵入させた。舌先で歯茎を十分に刺激すると僕の舌を捕え激しくからめあう。
そして僕の首に腕を回してしっかりと固定すると大量の唾液を流し込んだ。
「んーーーーー。」
僕は呻いたがミコトちゃんは構わず唾液を流し込んでくる。たまらずそれをこくこくと嚥下した。それを見てミコトちゃんは嬉しそうに目を細めると、舌に吸い付き激しく吸引する。
僕はもう頭がくらくらになりそうだった。誰が支配者で被支配者であるかを強烈に実感させる儀式。言葉には出さなくても、わたしが君のご主人様なんだよとミコトちゃんに教え込まれるようだ。
その後もミコトちゃんに唾液を飲まさせられると舌を吸われ、それを交互に繰り返され。僕の頭はすっかりぽーっとなってしまった。
「もっと…ミコトちゃんもっとちょうだい。もっと飲ませて…。」
「ふふ、たーくん。わたしの唾液は美味しかった?」
半ば理性が壊れたかのような僕はうわごとのように繰り返す。下半身の我慢も限界に近い。それを見たミコトちゃんも先ほど以上に興奮している様だ。
「でもだーめ。さっきからずっとたーくんにあげていたんだから今度はわたしがもらう番だよ。」
「もらうって…。」
「たーくんの精液だよ。もー。わかっているくせに♥」
ミコトちゃんは対面座位の形になると僕の体を蛇体でしっかり絡みつけた。そして自身の濡れそぼった秘裂に僕の猛ったものを導く。最初にぬるりとした感触がしたと思ったら一物全体が暖かさに包まれる。そして一気に締め付けられた。炎の影響で性欲が高まっていたこともあり急速に射精感が強まる。
「ミコトちゃんもうダメ…イッちゃう!」
え…出せない?なんで?そうか、ミコトちゃんが僕の竿の根元だけ締め上げてるんだ。ひどい。これじゃあ生殺しだ…。
「お願いミコトちゃん。イかせてよ…。僕もう駄目!」
「それじゃあもうAVなんか見ない?」
ミコトちゃんは激しく腰を動かす。僕は出したくても出せない…。蛇体がしっかりと巻き付いているため、僕は腰も動かせない。
「見ない…。見ないよ!」
「わたしに隠れて自分でしちゃったりしない?」
ミコトちゃんの子宮口に僕の鈴口がクニクニとあたって強烈な快楽を生み出すが、なおも出せない…。これ以上はもう我慢できない…。
「しないから…。もう出させてよ…。」
「どうしよっかなー。わたしに隠れてこっそりAVを処分しようとするたーくんだから、またこっそり隠れて観るかもしれないし…そうだ。明日の朝まで我慢したら許してあげるね♥」
そんな…。こんな状態がずっと続いたら本当におかしくなる…。
えっ…なに?ミコトちゃんの子宮口が下りてきて亀頭を包み込んだ。そして精液を吸引しようとうごめく。新たな快楽が僕を打ちのめす。
「どう?これっていいでしょ?人間の女はこんなことしてくれないよ。まだまだ時間はたっぷりとあるから存分に楽しんでね♥」
「ごめん。もう無理。無理。無理だから…。もうおかしくなっちゃうよ…。」
うわごとのように繰り返す僕に対し、ミコトちゃんは普段ほとんど見せない意地悪で酷薄ともいえる笑顔を見せる。
「いいんだよ。たーくんがおかしくなっても、わたしがシモの世話までちゃんと面倒見てあげるから…。わたしからすれば君に浮気されるよりは、廃人状態でも大人しくしていてもらった方が嬉しいんだよ。だから安心して壊れちゃってね♥」
「そんな…。」
一瞬感じた恐怖の後に、何故かおぞましい期待が沸き起こってきた。幼児の様にすべてをミコトちゃんに委ねて世話してもらったら、どれだけ安らかな日々を送れるだろうかと…。
そんな僕の心をミコトちゃんは敏感に見抜き嘲る様に言う。
「ふふっ…。何を期待してるのかなたーくん?わたしは君に平穏で穏やかな毎日を約束したけど、こういった形での平穏な生活もありって思ったのかな?いいんだよ。君がそれを望むなら喜んでお世話をするよ…。」
いったいどれだけ時間がたったのだろう…。苛烈な快楽に心は崩壊しそうだ。ミコトちゃんは僕が本当に嫌がる事や、危害を加える様な事は絶対にしないと言う事はわかってはいても、不安や恐怖、そして恍惚感が心に起こってくるのを抑えきれない。
「本当にごめん…。お願い…。ミコトちゃんの言う通りにするから…。もう許して…。」
僕は許しを乞うて今にも泣きだしそうになってしまった。ミコトちゃんはそんな僕をなだめるように頭をなでる。思わず顔を見るといつもの優しい笑顔だ。
「うそうそ。たーくんを壊すようなことは絶対にしないから。そんな泣きそうな顔しないで。いい。これからは浮気はしちゃダメだよ。わかった?」
「わかったから…。お願い…。ミコトちゃん…。」
「はい。よくできました。それじゃあたーくさん出してね♥」
ミコトちゃんが締め付けを緩めた。その瞬間、僕の尿道を凄まじい快感が走り抜けた。
あ、出る。出る。出る…。今まで経験のないぐらい大量の白濁液がミコトちゃんの蜜壺にぶちまけられるのを感じる。
「あーーー!いいよ。たーくん。たーくんの精液美味しいよ…。もっと頂戴!もっと飲ませて!!」
ミコトちゃんの嬌声が聞こえたと思った瞬間、僕の唇がふさがれ舌が侵入してくる。そして口中を激しく貪った。
なおもミコトちゃんの膣内は射精を促すような吸引を繰り返し、子宮口が亀頭を刺激する。たちまち二度目の絶頂が近づく。僕は声にならないうめき声を出すだけだ。
あ、だめ。また出る…。一度目に劣らない大量の子種がミコトちゃんの胎内を一杯にする。僕は頭の中が真っ白になるかのような快楽を味わい。放心状態になってしまった。
「たーくん。ごめんね。もっと頂戴ね♥」
え、そんなに続けては…。言う間もなく彼女の腰が激しく動き出す。僕はミコトちゃんにしがみつきながらあえぐしかなかった。彼女も体を蛇体でしっかりと巻き付け激しく舌を吸い続ける。上下でミコトちゃんとつながって、まるで一体化したかの様な恍惚感だ。そして三度目の発射を迎えると同時に僕の意識は快楽の中に溺れていった…。
その後もミコトちゃんが満足するまで徹底的に「教育」され続けた。解放された今は心地よい疲労感に包まれているが、僕がインキュバス化していなければ到底耐えられなかっただろう。
「ありがとうたーくん。お疲れ様。あの…色々怖がらせちゃってごめんね…。」
申し訳なさそうな表情のミコトちゃんは僕を抱いてくれている。そして額に何度もキスをした。僕も彼女に甘えるように胸に顔を擦り付ける。
「今日はちょっと怖かった…。」
「ふふっ。たーくんったら甘えんぼさんなんだから。もう君はインキュバスなんだから、そう簡単に壊れるなんて事は無いんだよ。
それに、実際のところ君もわたしにおしおきされるのを期待してたんでしょ。」
ミコトちゃんは僕の耳元でささやく。図星を突かれた僕はそれには答えずにただ甘えた。
「…ミコトちゃんお願い。もっとぎゅっとして。」
「はいはい。こうですか?」
彼女が微笑むと体に巻き付かれていた蛇体の締め付けが少し強くなった。全身を包む暖かさと甘い匂いに心がとろけそうになる。僕は大好きな人に抱きしめられる幸福感を存分に味わう
でも、ミコトちゃんと一緒になってから、僕は酷く彼女に依存してしまっている。暇なときはずっと彼女に抱きしめられ、蛇体を全身に巻き付かれていないと不安になってしまうぐらいなのだ。
「ねえ、ミコトちゃん。」
「んー。どうしたのたーくん?まだ眠いの?このまま寝ちゃっていいんだよ。」
「ううん…。あの…。いつも僕にこうされて嫌になっちゃわないのかなーって思って。」
「こうって、これのこと?」
そういうとミコトちゃんは僕の全身に絡みついた蛇体をうねらせる。蠕動がとても心地よい。
「うん…。」
「もー。そんなこと気にしてるの。君はわたしの魔力を何度も受け入れているんだよ。もうわたしの体無しではいられないんだから何も遠慮しないでいいの。
それにね、わたしもたーくんに巻き付いていると、暖かくて気持ちいいし、とっても嬉しいんだよ。
だからいい。今度そんなこと言ったらおしおきだよ」
ミコトちゃんは冗談っぽく、めっと言うと笑った。
「それじゃあまた言っておしおきしてもらおうかな。ミコトちゃんのおしおきはすっごく気持ちいいし。」
「そんな事言うと気絶するまで犯しちゃうぞー。」
「やめてよー。ミコトちゃん。」
僕たちは笑いながらじゃれあった。大好きな人との穏やかなひと時。まさかこんな時間が訪れるなんて思いもしなかった。
「よーし。つかまえたよ。たーくん。」
「ミコトちゃん…。」
僕たちは抱き合うとしばらくそのままじっとしていた。ミコトちゃんに包まれてこのまま眠ってしまいたかったが、飯抜きでずっと交わり続けていた為に空腹感も高まっていた。
「もうこんな時間だけど、たーくんお腹すいた?」
「実はそうなんだ…。」
「近所にスーパーあったよね。何か買ってくるよ。」
「それじゃあご飯は僕が炊いておくよ。」
「たーくんは疲れているでしょ。わたしがやるから大丈夫だよ。なんといっても君から精をたくさん頂いたから力が有り余っちゃって…。」
身支度をするためにミコトちゃんは勢いよく起き上がろうとする。すぐ帰ってくるのはわかっているのに僕はなぜか離れがたく彼女の髪をなで続けた。
「たーくんったら…。そんなに寂しがらなくても大丈夫だよ。またぐるぐる巻きにしてあげるからあとで一緒に寝ようね。
それと、たーくんもコレクションの中身を見られたくないでしょ。わたしがいないうちに処分しちゃったほうがいいんじゃない?」
そう言ってミコトちゃんは僕をからかうように笑った。
「たーくんご飯出来たよ。」
「ありがとう。今行くよ。」
「でもごめんね。もう少し時間があればちゃんとしたものを作れたけれど…。」
「ううん。ミコトちゃんの作るご飯は何でもおいしいから大丈夫だよ。」
僕がそう言うとミコトちゃんは照れたような表情を浮かべる。
「もう…。君って不器用なようでいて意外とお世辞が上手なんだよね。」
「そんな事ないよ!本当に美味しいんだって。」
「うそうそ。いつもたーくんはご飯美味しいって言ってくれるからわたしも嬉しいんだよ。さて、それじゃあ頂きましょうか。」
僕はミコトちゃんの心尽くしの手料理を頂く。彼女は謙遜したが栄養にも気を配っており、しかもみんな僕の好きな料理ばかりだ。
「この辺のスーパーって色々安いんだね。わたしたちが住んでいる街とは大違いだよ。」
「ほかにも何件もスーパーとかドラッグストアがあるから結構な激戦区だって話だよ。」
「それじゃあ向こうに帰る前に何か買って行きましょうか?あ、でもたーくん。いやらしいのは絶対買っちゃだめだよー。」
「その話はもう勘弁してよ…。」
ミコトちゃんと何気ない話で盛り上がる。とてもおいしいご飯と、まったりとした時間。
そういえばこの部屋でこんな風に楽しく食べた事なんてあっただろうか。弁当を買ってくるか、せいぜい飯だけ炊いてあとは出来合いのおかずを買ってきて食べるだけだった。砂をかむ、と言うのは大げさだが、たいして美味しくもなく当然全く楽しくもない。そんな食事をずっと続けてきた。誰もいない一人の部屋で…。
その時の事を思いだしてしまった僕は知らぬ間に涙ぐんでいた。
「嬉しいなー。そんなに泣くほどおいしかった?え…まさか泣くほど不味かったとか…。」
「違う。違うんだよミコトちゃん」
「どうしたの。たーくん…。」
なおも涙ぐむ僕にミコトちゃんが優しく問いかける。
「ここに住んでいた時の事思い出しちゃって…。ずーっと一人だった。友達もいなくて。だからこんな風に誰かと楽しくご飯食べるなんて事全然無かったんだ。」
「たーくん…。」
「ごめん…。恥ずかしいよね。みんなこの程度の事は我慢しているのに。こんな事で泣いちゃうなんて…。本当に情けないよ…。世間では腹いっぱい食べられない人もいるってのに…。本当に馬鹿だよ。俺って…。」
いつの間にか僕の隣に来ていたミコトちゃんが優しく肩を抱いてくれる。そして慎重に言葉を選んで語りかける。
「確かにたーくんは他の人たちが持っているものを幾つか持っていないかな…。でもそれは持っているも運、いないのも運。天の配剤なんだから自分を卑下する事なんか無いんだよ。」
「本当にそう思っていいの…。」
「でも、その代りに君はすごい幸運に恵まれているんだよ。他の人が手に入れたくてもなかなか出来ないものを手に入れたし。それがなにかわかるかな?」
ミコトちゃんはそう言ってほほ笑む。穏やかな表情で僕を見つめる赤い瞳で白銀の髪の女性。そうだ。僕のもとに彼女が来てくれた事こそ他の何物にも代えがたい幸運だ。
「幸運は一晩遅れてやってくるって言うけれど…あの日の夜、自暴自棄になった僕の所にミコトちゃんが遅れずに来てくれた事は、そしてミコトちゃんと一緒になれたってことは、僕にとって奇跡的な幸運だと思うよ…。」
「はい。大正解です。わかっていてくれればいいんだよ。たーくん。」
恥ずかしい事を言って照れる僕に、ミコトちゃんも若干おどけた様子で答える。でも、そういえば、ミコトちゃんにしっかりと思いを伝えた事があっただろうか。ずっと大好きだった彼女なのに、自分から積極的にその気持ちを表したことは無かったではないのか。僕がミコトちゃんのものになった時も、突然の事で混乱していた事もあるが、はっきりと好意を伝えられなかった。
僕はポケットに入っている形見の婚約指輪に手をやる。そうだ。大切な彼女だからこそ、この思いは絶対に伝えなければならない…。こんな事をしていいのかわからない。でも今の僕がミコトちゃんに贈れるのはこの指輪しかない。母もきっと許してくれるだろう…。
「あの…。ミコトちゃん…。突然なんだけど…。」
「なあに。たーくん。」
「ずっとあなたの事が大好きでした。愛しています。こんな僕ですが、これからも一緒にいて下さい。」
僕はミコトちゃんに形見の婚約指輪を差し出す。
「たーくん…。」
「こうした事をして良いのかわからないけど、今の僕にとってこの指輪があなたに贈れる一番の宝物です。またいつかちゃんとした…」
「たーくん!たーくん!」
突然ミコトちゃんに抱きしめられた僕は最後まで言葉を言えなかった。蛇体で全身をしっかり巻きつけられ、しきりに頬に口づけされた。じんわりと彼女の暖かい体温が伝わってくる。
「今さらだけどありがとう。嬉しいよたーくん…。でも、初めてちゃんとわたしの事を好きって言ってくれたね。」
「ごめん…。ずっと言いたかったけど言えなかった。はは…本当に臆病だな。僕は。」
「そんなことは気にしないでいいんだよ。でも、ずっと好きっていつから?」
「そんな…。ずっとはずっとだよ。」
「お願い。教えて。」
照れる僕の顔にくっつく程ミコトちゃんは顔を近づけささやいた。
「親が亡くなる何年も前からだよ。」
「それじゃあ君が街を出て行く前にはもう私のことを…。」
「うん…。あの時は何度告白しようと思ったか分からないよ。でも、全然自信が持てなくて。街から出て行ったのは結局逃げただけだったんだよね。」
そう言った僕の顔をミコトちゃんはまじまじと見つめる。表情には抑えきれない歓喜がじわじわと現れてきた。
「ねえたーくん。わたしはあの時から君と一緒に住もうって何度も言い続けてきたよね。独り暮らしの女の子が一緒に住もうって言っているんだよ。それはあなたを心から愛していますって事でしょ。
あははっ。なんだ。こんな事なら君が街を出て行く前に無理やりわたしのものにしておくんだったな…。」
とうとう喜びを爆発させたかの様なミコトちゃんは、興奮した様子で話している。
「それじゃあミコトちゃんも…。」
「うん。ずっと迷ってた。この炎で無理やり私を好きにさせてしまおうって衝動にずっと駆られていたんだよ。
私には君を幸せにしてあげられる自信は十分にあったし。」
手に青白い炎を出して皮肉な微笑みを見せる。だが、どことなく後悔もうかがえるような顔つきのミコトちゃんだ。
「でもそんなことしたら君の心を縛り付けちゃうことになるでしょ。大好きなたーくんにそんな事したくは無かった…。」
「そうだったんだ。本当に馬鹿だな。僕は…。」
僕は自嘲気味に笑う。当時勇気をもって告白していれば、こんな孤独で鬱屈した毎日を送る事も無かったのだ。本当になんという遠回りをしてしまったんだろう。
「わたしたちはこれからずっと一緒に長生きできるんだよ…。二人で遠回りした分を取り返していきましょ。その時間は十分すぎるほどあるよ。」
ミコトちゃんはそっと僕の手に触れて微笑んだ。
もうすっかり夜も更けた。騒がしかった車の音もいつの間にか途絶えた。寝る前のそんなひと時、僕はミコトちゃんの蛇体に包まれている。
暖かで甘い香りのするミコトちゃんに抱きしめられながら、穏やかな気持ちで眠りにつく。一日の終りの至福の時間と言っていい。
「今日はお疲れ様。たーくん。」
「ううん。ミコトちゃんこそ色々ありがとう。あ、それは…」
彼女の指に光るものがあった。僕が先ほど贈った指輪だ。
「うん。とっても綺麗。それにね、私の指にぴったりなんだよ。なんか運命を感じるね。」
とてもうれしそうにしているミコトちゃんを見て僕は心からよかったと思う。でも、一抹の不安が頭をよぎる。僕の様な者と一緒になってしまって本当に良かったのだろうかと。
あの時彼女はこんな僕の事を大好きだと言ってくれた。一緒にずっと生きて行きたいと言ってくれた。僕はその信頼に応えられるだろうか…。
「ミコトちゃん。君の事を幸せに出来るなんて今はそんな事は言えない。情けないけれど…。でも、全力で頑張るから…。」
「ありがとうたーくん。そう言ってもらうのは嬉しいけど、また何か変な事考えていたんでしょ。」
ミコトちゃんは僕を見て冗談っぽく顔をしかめて見せる。
「本当に僕なんかが一緒になって良かったのかなって…。」
下手に隠しても見破られるので僕は正直に打ち明けた。ミコトちゃんは少し悲しい表情だ。
「…もちろん。だって君の事はすごく安心できるんだよ。」
「僕がそんなに頼りがいがあるなんて、悪い冗談としか思えないよ。」
口の端をゆがめて微笑むと、幾分皮肉な眼差しで僕を見る。
「そうじゃなくて。君は趣味らしい趣味は全くと言って無いでしょ。ほとんど家に閉じこもりっぱなしで。それにわたし以外の女とはろくに口もきけないじゃない。」
「あのー…。ミコトちゃん。それは褒め殺しって奴ですか?」
「ううん。違うの…。だって、もし君が積極的に活動する人で、男女誰とでも仲良く出来る人だったら…。わたしの嫉妬の炎はどうなるのか想像もつかないな…。だから無趣味で内気なたーくんで本当によかったって思うんだよ…。ねえ、たーくん…。わたしはそんな魔物なんだよ…。」
暗い声で話していたミコトちゃんが急に押し黙る。顔に笑みを浮かべてはいるが見つめる瞳は怖い。雰囲気に押されて僕も言葉もなく黙り込んでしまう。嫌な沈黙が流れたその時…。
「うわあああああああっ!」
「ヒイッ!」
急にミコトちゃんが大声を出して抱き着いてきた。僕は思わず変な叫び声をあげてびくっと体が震えてしまった。
「たーくん。なにそれ。ヒイッだって。可笑しいよー。もう一度言ってみてよ。ヒイッって。」
「ちょっとミコトちゃん!酷いよ…。」
よし!大成功!とばかりに彼女は大笑いしている。どうやら悪戯されたらしい。僕は思わずむっとする。
「なにも酷くなんかないよ。これは変なこと考えたたーくんへのおしおきだよ。」
ミコトちゃんは穏やかだが有無を言わせぬ口調で言った。そして僕の目を正面から見つめる。
「わたしたち魔物はね。一度この人と決めたら生涯ずっと一緒なの。本能が添い遂げる相手を教えてくれるの。他の相手に心変わりしたりなんて事は無いんだよ。
だからわたしもたーくんとずっと一緒だよ。ううん。君が離れようったって絶対に逃がさない。だって君はわたしのものなんだから。
それにたーくんの事は幼かった時からずっと見てきたでしょ。君の事を一番よく知っているわたしが言っているんだよ。わたしの旦那様は君しかいない。たーくんでなければ駄目なの。」
熱烈な愛の言葉を僕に捧げてくれると優しく手を握った。そうだった。ミコトちゃんはずっと僕を助けてくれて、いつも手を差し伸べてくれた。そんな彼女相手に変な心配など無用だ。
僕は彼女を愛して大切にしていけばいい。ただそれだけの事だった。
「ごめんね。変なこと考えちゃって。こんな僕だけどこれからも色々助けて欲しい。改めて言わせて下さい。ミコトちゃん、あなたの事を愛しています。」
「ありがとう。わたしもたーくんが大好き。愛してるよ。これも前に言ったけどもう一度言うね。君の事は私が護り続けるし、絶対に幸せにするからね。安心して。」
僕たち二人は見つめあい、そしてふふっと笑った。これからも穏やかだけど爛れた毎日を送って行くのだろう。ミコトちゃんと一緒ならどこまでも堕ちて行ける。
僕はまたミコトちゃんに抱きしめられた。とても優しい眼差しだ。そして暖かな蛇体が全身を包みこむ。心地よい眠気が訪れ、もうそろそろ意識が落ちるだろう。
「眠いの?たーくん。」
「…うん。もう駄目かも。」
「それじゃあもう寝ましょうか。お休みなさい。たーくん。」
「お休み。ミコトちゃん。」
17/10/30 21:53更新 / 近藤無内