第5章 「友達」として…… 3
もうすっかり通いなれた有妃の家へと向かう。プレゼントと今までのお礼の意味も込めて、彼女が好きな店で買ったケーキと洋酒を送る事にした。有妃は両刀遣いであり酒も大好きなので意外だったが、良く考えればうわばみと言う言葉もあった…。
センスが絶望的に欠けている俺にとって、サプライズなんて真似をしでかしたら失敗すること間違いない。だから今回の贈り物も本人に色々聞いて確認した結果だ。本当に喜んでくれればいいのだが…。しかしほんの数か月前までは『〜記念日(笑)』とばかりに嫉妬と蔑視がない交ぜになった複雑な感情を抱いていたと言うのに…。今では嬉々としてそのための贈り物選びをしてしまう。
やれやれ。こんな事を考えている場合ではなかった。今日は気持ちをしっかりと伝える日。君が大好きだという思いを告げる日なのだ。心の準備をしておかないと。
けれどまあ変われば変わるものだ。初めて会った日は、嫌われてまで有妃から逃げようとする気満々だったと言うのに…。今ではもう彼女がいない生活に耐えられないだろう。
だが、ちょっと待てよ…。初めて会った日?そうだった!なんでこんな事を忘れていたんだろう!色々考えているうちにふと思い当たった。あの時有妃に対して、お前は俺の精が目的なんだろうと、酷い言葉を言い放ってしまったじゃないか……。そうか。もしかしてその事をずっと気にして俺を襲うのを遠慮していたのか………。
だとしたら原因は俺じゃないか…。有妃は最初に会った時から自分の思いを伝えてくれたじゃないか。なにが恋人としてみてくれないだよ…。ほんとうに俺は大馬鹿野郎だっ!!
思わぬ事に気が付き気持ちは揺れる。どうしよう。だが…することは同じだ。しばらく考えた後、そう結論付ける。有妃にあの時の事を謝って思いを伝えるだけだ。そうするしかない。
そんな葛藤を続けるうちに有妃が住むマンションに到着した。何年か前に建ったなかなか立派なマンションであり、まさか俺が招かれることになるなんて考えてもいなかった。よし…。覚悟はいいな…。少し震える手でインターホンを押した…。
俺は有妃と一緒にお祝いの後片付けをしている。いつも世話になりっぱなしでは申し訳ないので、最近では色々家事を教わりながら手伝う様にしている。そうした所でたかが知れているのだが、笑顔でありがとうと言ってくれるのが嬉しい。手伝わせる事によって、俺の申し訳なさが少しでも解消されれば良いと慮ってくれているのかもしれない。
「さてと…。これで洗い物は終わりですね。ありがとうございます。助かりましたよ。」
「いえいえ。こちらこそごちそうさま。」
「ふふっ。それじゃああとはのんびりしますか。佑人さんは明日もお休みなんですよね?」
いつもの様に笑顔で答えてくれる有妃。ろくに家事をしてこなかった俺だ。本当はダメ出ししたい所も多いのだろうが、そのたびに優しくこうした方がいいですよと教えてくれるのが有難い。さてと…。言うなら今しかない!俺は勇気を振り絞ると彼女の手を取る。相変わらず滑々で温かい、さわっていて心地よくなる手だ。
「あ…あの。有妃ちゃん…。」
「はい?なんですか佑人さん?」
突然の振る舞いに驚くわけでもなく有妃は穏やかな表情で見つめた。そして俺が言葉を続けるのを待っている。
「ええと……………。」
「ん〜。どうしたんですか?そんな顔しちゃって…。おトイレなら我慢しないでいいんですよ。」
俺は言葉を続けられず切なそうな顔になってしまう。有妃はおかしな人とでも言いたそうにくすくすと笑った。ええい馬鹿!!おどおどずるな俺!!覚悟を決める様に息を吸い込む。
「あの……。初めて会った時酷いこと言っちゃって本当にごめん。今さらだけど…。それと………俺は君の事が大好きなんだ………。」
「もう〜。そんな事まだ気にしていたんですか?あの時はお互い様だったじゃないですか。何も謝らなくていいんですよ。けれど…大好きだなんて嬉しいですよ。ええ!もちろん私も佑人さんが大好きですからね〜。」
やった…。とうとう言った…。ようやく告白した…。思わず恥ずかしさのあまり俯いてしまう。だが有妃は苦笑すると、俺の頭をそっと撫で続けた。自分の事が好きかどうか尋ねる子供に対して、優しく肯定する母親でもあるかの様に…。いや。もちろん好きって言ってくれるのはとても嬉しい。でもそう言うのとは違う。駄目だ。伝えるならもっとはっきりと言わなければ。
「ありがとう。そう言ってくれてすごく嬉しいよ…。でもちょっと違うかな…。つまり、俺の事は男として見てくれているのか。君にとって食べるに値する存在なのかなっ……て事。もちろん食べるって言うのは、あの、つまり…せ、性的にって事だけれど…。」
「…………。」
有妃は言葉も無く俺を見つめる。気持ちはうかがい知れないが、どこかしら期待を込めた表情だと感じるのは思い上がりだろうか。
「最初会った時はあんなこと言っちゃったけど、今では有妃ちゃんに食べてもらいたくて仕方がないんだ。心からそう思ってる。ははっ。俺って本当に勝手だよね…。でも情けや同情は…………」
「佑人さんッ!!」
最後まで言葉を続けることは出来なかった。有妃はあっという間に俺を抱きしめると、蛇体でぐるぐる巻きにしたからだ。そして安定を崩して倒れそうになった体を受け止めると二人で横になる。突然の事に呆然としながらも黙って抱擁を受け入れた。
「佑人さん佑人さん佑人さん佑人さん……。」
「有妃ちゃん…。」
有妃は抱きしめてひたすら名前を呼び続けた。白銀の長い髪が顔に触れる。汗とシャンプーが混じったような甘酸っぱい匂いが包みこむ。俺は知らぬ間に有妃の体を掻き抱いて顔をそっと寄せてしまった。
一体どれだけの時間が過ぎた事だろう。熱い抱擁を緩めると有妃は俺の目を見つめる。儚く、切なく、それでいて歓喜に溢れていて、幸福に満ちている眼差しだ。今まで見た中で一番美しく思う、赤くきらきら輝く瞳に見とれてしまう。
そして不意にキスをしてきた。柔らかくぷるぷるとした唇が俺の唇に優しく触れると、そっと離れる。もちろん有妃と口づけを交わすのはこれが初めての事だ。当然気持ちが抑えきれずに感極まった表情をしてしまう。
「有妃…ちゃん。」
「私も…あなたの事を心からお慕いしております。そして…食べたい!思う存分貪りたい!あなたが枯れ果てるまで想いっきり搾り取りたい!」
思いのたけを込めたような声が何度も胸に反響した。あなたの事を搾り取りたい。今ではそれが魔物娘にとって、最大級の求愛の言葉だと言う事が良く分かる。本当に良かった。こんな俺の事を有妃は思っていてくれたんだ…。安堵と嬉しさのあまり知らぬ間に涙ぐんでいた。
「本当にありがとう…う、嬉しいよ…。てっきり俺の事はそういった対象として見てくれていないものだと思っちゃって…。」
「まさか!そんな事絶対にあり得ません!でも…ごめんなさい。佑人さんを焦らしたり困らせたりするつもりは無かったんですけれど…。」
「やっぱり俺が言った事を気にしていたんだね…。」
少し悲しそうな表情で詫びる有妃にどきりとする。やっぱり傷つけてしまっていたのか…。感情に任せて発した言葉の報いに申し訳ない思いになる。
「いいえ!違います!その事ではないんです!たとえ何を言われても、本当に好きな相手の事は絶対にモノにするのが魔物の心意気ですから…。だからもう気にしないで…。」
落ち込む俺を慰める様に口づけしてくれた。とても柔らかで温かい唇。それが俺の唇に触れるとちゅっと吸った。心地よい感触に気持ちも和む。
「それじゃあどうして…。」
「はい。その事ですが…………」
有妃は自分の両親の事について語った。彼女の両親は幼い時から姉弟同然に過ごしてきたのだが、有妃の父親が大学進学の為に故郷の村を出て行く事になった。だが、白蛇である有妃の母親はその事に我慢ならなかった。長い間の煩悶の末、ある時故郷に戻ってきた彼を監禁して魔力を注ぎ込み、そして堕ちるまで犯しぬいたそうだ。
「そんな事があったんだ…。ごめん…つらい事思い出させちゃったね。」
「もう。やめて下さいよ。人間と魔物の夫婦にはよくありそうな話じゃないですか。」
「まあ……確かに。」
確かに逆レイプから始まる恋なんてのは、人間と魔物の間では決して珍しくないはずだ。その結果、男の大半が魅了されてしまうから騒ぎにならないだけで。有妃の父親もそのクチなのだろう。
「ああ、ごめん。それで…」
「はい、もちろん父母はとってもらぶらぶで仲が良い素敵な夫婦です。私がいないところではお互いの事を雪姉ちゃん、こー君、と呼びあっているんですから可愛いものです。
でも、その話を聞いてしまったからでしょうか…。変に奥手になってしまって…。ですから私は、お慕いする方自身から思いを伝えられたい、という願いをずっと持ち続けていたんです。」
有妃は深い愛情を込めた瞳で見つめ、とても幸せそうに笑っている。見ているこちらも嬉しくなる。こんな子とこれからずっと一緒なんて本当に良かった。そう思わせる笑顔だ。
「だから…佑人さんから思いを伝えて頂いてとっても嬉しかったんですよ。母の様に好きな方を無理やり己のものにしないで済んだんですから…。もちろん過程はどうあれ結果は幸せにする自信はありますけれどね。」
「そうだったんだ…。でもごめん。ちょっと気になったんだけれど…。」
俺は有妃の話で気になった事を問いかける。
「ていう事は、もし俺がこのままずっと有妃ちゃんに告らなければ…。」
「はい。申し訳ありませんがそれはもちろん力尽くで…。」
そう言って恥ずかしさの中に嗜虐的な色を込めた表情をする。でも徹底的に犯されて、彼女がいなくては生きて行けなくなるぐらいに、快楽漬けにされていたらどうだったんだろう?
変な話だが、有妃の事だからとっても優しく、そして労わりながら犯し続けてくれたのは間違いないはずだし、その結果幸せになれるのならば別に良かったのではないか。というか俺は今までそれを望んでいたはずだ。間違いなく…。こんな思いが頭に浮かび、背筋がぞくぞくするような興奮を覚えた。
あっと思い有妃を見たのだが、ぎらぎらする様なサディスティックな眼差しで俺を見つめていた。笑顔を浮かべてはいるが嬲る様な嫌な笑顔だ。明らかに俺の妄想に気が付いている。そもそもこんなに攻撃的な顔は今まで見た事がない。新たな一面を発見して驚きに囚われてしまう。
「ふふっ。でもこれまでの佑人さんの様子から察すると、無理やり犯して差し上げても喜んで頂けたとは思うのですが…いかがですか?」
「いや……その……あの……。そんな事は……。」
「どうなんですか?正直に言ってくださいよ…」
有妃はしどろもどろになる俺を追い詰める様にじいっと見つめ続けた。先ほどまでの幸せそうな微笑みはすっかり消えており、困っているのを喜ぶような、意地悪なにやにやした笑い顔だ。
「ん〜。どうなんですか〜?」
ますます顔を近づけてくる。有妃の赤い瞳は鈍い輝きを帯び、何も言えない俺を嘲るかの様な薄笑いを浮かべている。まるで蛇だ。獲物を食べようとする蛇。俺は今から捕食されようとしているのだ。
でも不思議と恐怖や不安は覚えなかった。魔物娘は人を殺すことはないし、傷つける事も極力避ける。と言う事は抜きにしても、有妃は俺が嫌がる事や酷い事はしない、と言う確信が間違いなくあったからだ。ただ彼女が与える嗜虐的な陶酔感に浸っていればいい。
「あらあら。佑人さんはお口がきけなくなっちゃったんですかぁ〜。都合の悪い時はきけなくなるお口なんですねぇ〜。」
口を歪めると露骨に馬鹿にするかのように笑う。なんだろう。嬲り者にされるのが心地よい…。もちろんそれは有妃がしてくれるから快いのだが。
有妃はそのままじっと見つめている。相変わらず嘲笑うかのような表情だ。どうやら俺の本心を聞かない限りは意地でも動かないようだ。でも…正直に言えばきっと気持ち良くしてくれる。間違いなくご褒美をくれる…。そんな期待感に耐えられなかった。
「お…か…されたかった。」
「え〜?なんですか〜?」
「有妃ちゃんに犯されたかった…。初めて会った日から襲われたいって思ってた…。」
心の奥底の願望を無理やり吐き出させられて、顔を真っ赤にして俯いてしまった。急にどっと疲れが出て有妃の胸に顔を預けてしまう。ふくよかな胸と温かな体温が心地よい。そんな姿を見た彼女は怒る訳でもなく、俺を労わる様に頭を抱いてくれた。
「はい。よく言えました。佑人さんはいい子です。ふふっ。とっても可愛いですよ……。」
有妃は柔らかな手で頭を撫で続ける。蛇体も俺を優しく包み込んでいる。そんな思いやり深い愛撫を受け、先ほどからの刺激で興奮状態にあった心も落ち着いた。
「大丈夫ですか?もう落ち着きましたか?」
先ほどとは打って変わった穏やかな声音に俺は顔を上げる。見ればいつもの優しく温和な有妃の笑顔だ。その瞳も強い輝きを収めており澄んだ赤色に戻っている。
「ん…。もう大丈夫だよ。」
「良かった…。ごめんなさい。佑人さんの反応があんまり可愛かったもので。つい…。」
やっぱり何も心配する必要は無かった。安心して任せられる。こうして気を遣ってくれる有妃を見て心からそう思う。でも申し訳なさそうにしている彼女も可愛い…。思わず見とれてしまう。
「ううん。何も気にしないで。それに…Sの有妃ちゃんも素敵だったから…。」
「まあ…。佑人さんったら。そんなこと言うとまたいぢわるしちゃいますよ。」
「有妃ちゃんなら……されてもいいよ。」
思わず恥ずかしい本音を言ってしまった。でも、いろんな有妃の面を知りたいし、もっと深くつながりたい。
「仕方ないですねえ。それではまた今度責めてあげますねっ。変態さん。あ、でもされて嫌な事は言ってくださいね。無理させるつもりはありませんから…。」
「うん。お願い…。」
俺たちは見つめあう。そしてごく自然に口づけを交わし、ついばむように何度も優しくキスしあった。濡れた様な有妃の赤い瞳。優しく淫らな微笑み。そんな蠱惑的な姿を見ていると、ますます思いが溢れて夢中でキスを繰り返す。
ひとしきり柔らかい唇を堪能すると、またお互いに見つめあって微笑みあう。こうしてみると何だか色々遠回りしてしまったようだ。行動してしまえばすごく簡単な事だったと言うのに…。
「色々ごめんね。有妃ちゃん。なんか色々深刻に考えて空回りしてしまった気がするよ。」
「そうですよ佑人さん。大体私は初めて会った時から何度も気持ちをお伝えしてあるんですよ。あなたとずっと一緒に居る…。あなたをずっと守る…。私の料理を毎日食べて欲しい…。これだけ言っているのに佑人さんったら全然求めてくれなくて…。」
有妃はそう言ってむくれて見せるが、とても楽しそうだ。別に怒っていないのは良く分かる。
「そうだったね…。ほんと俺は駄目なやつだよ…。」
「うふふっ。そんなことはありませんよ。でも、思い込んで空回りするのは佑人さんには負けませんよ〜。ですからお互い様です。私達はお似合いなんですよ…。」
おどけた様な表情をする有妃だ。見ていてとても愛おしい。気持ちがどんどん高まって行き抑えきれなくなりそうだ。そんな俺を見ぬいたかのように有妃は微笑んだ。
「ねえ佑人さん…。それではそろそろいたしましょうか…。」
「……………うん。」
「私達の素敵な明日のための誓いの儀式を…。」
センスが絶望的に欠けている俺にとって、サプライズなんて真似をしでかしたら失敗すること間違いない。だから今回の贈り物も本人に色々聞いて確認した結果だ。本当に喜んでくれればいいのだが…。しかしほんの数か月前までは『〜記念日(笑)』とばかりに嫉妬と蔑視がない交ぜになった複雑な感情を抱いていたと言うのに…。今では嬉々としてそのための贈り物選びをしてしまう。
やれやれ。こんな事を考えている場合ではなかった。今日は気持ちをしっかりと伝える日。君が大好きだという思いを告げる日なのだ。心の準備をしておかないと。
けれどまあ変われば変わるものだ。初めて会った日は、嫌われてまで有妃から逃げようとする気満々だったと言うのに…。今ではもう彼女がいない生活に耐えられないだろう。
だが、ちょっと待てよ…。初めて会った日?そうだった!なんでこんな事を忘れていたんだろう!色々考えているうちにふと思い当たった。あの時有妃に対して、お前は俺の精が目的なんだろうと、酷い言葉を言い放ってしまったじゃないか……。そうか。もしかしてその事をずっと気にして俺を襲うのを遠慮していたのか………。
だとしたら原因は俺じゃないか…。有妃は最初に会った時から自分の思いを伝えてくれたじゃないか。なにが恋人としてみてくれないだよ…。ほんとうに俺は大馬鹿野郎だっ!!
思わぬ事に気が付き気持ちは揺れる。どうしよう。だが…することは同じだ。しばらく考えた後、そう結論付ける。有妃にあの時の事を謝って思いを伝えるだけだ。そうするしかない。
そんな葛藤を続けるうちに有妃が住むマンションに到着した。何年か前に建ったなかなか立派なマンションであり、まさか俺が招かれることになるなんて考えてもいなかった。よし…。覚悟はいいな…。少し震える手でインターホンを押した…。
俺は有妃と一緒にお祝いの後片付けをしている。いつも世話になりっぱなしでは申し訳ないので、最近では色々家事を教わりながら手伝う様にしている。そうした所でたかが知れているのだが、笑顔でありがとうと言ってくれるのが嬉しい。手伝わせる事によって、俺の申し訳なさが少しでも解消されれば良いと慮ってくれているのかもしれない。
「さてと…。これで洗い物は終わりですね。ありがとうございます。助かりましたよ。」
「いえいえ。こちらこそごちそうさま。」
「ふふっ。それじゃああとはのんびりしますか。佑人さんは明日もお休みなんですよね?」
いつもの様に笑顔で答えてくれる有妃。ろくに家事をしてこなかった俺だ。本当はダメ出ししたい所も多いのだろうが、そのたびに優しくこうした方がいいですよと教えてくれるのが有難い。さてと…。言うなら今しかない!俺は勇気を振り絞ると彼女の手を取る。相変わらず滑々で温かい、さわっていて心地よくなる手だ。
「あ…あの。有妃ちゃん…。」
「はい?なんですか佑人さん?」
突然の振る舞いに驚くわけでもなく有妃は穏やかな表情で見つめた。そして俺が言葉を続けるのを待っている。
「ええと……………。」
「ん〜。どうしたんですか?そんな顔しちゃって…。おトイレなら我慢しないでいいんですよ。」
俺は言葉を続けられず切なそうな顔になってしまう。有妃はおかしな人とでも言いたそうにくすくすと笑った。ええい馬鹿!!おどおどずるな俺!!覚悟を決める様に息を吸い込む。
「あの……。初めて会った時酷いこと言っちゃって本当にごめん。今さらだけど…。それと………俺は君の事が大好きなんだ………。」
「もう〜。そんな事まだ気にしていたんですか?あの時はお互い様だったじゃないですか。何も謝らなくていいんですよ。けれど…大好きだなんて嬉しいですよ。ええ!もちろん私も佑人さんが大好きですからね〜。」
やった…。とうとう言った…。ようやく告白した…。思わず恥ずかしさのあまり俯いてしまう。だが有妃は苦笑すると、俺の頭をそっと撫で続けた。自分の事が好きかどうか尋ねる子供に対して、優しく肯定する母親でもあるかの様に…。いや。もちろん好きって言ってくれるのはとても嬉しい。でもそう言うのとは違う。駄目だ。伝えるならもっとはっきりと言わなければ。
「ありがとう。そう言ってくれてすごく嬉しいよ…。でもちょっと違うかな…。つまり、俺の事は男として見てくれているのか。君にとって食べるに値する存在なのかなっ……て事。もちろん食べるって言うのは、あの、つまり…せ、性的にって事だけれど…。」
「…………。」
有妃は言葉も無く俺を見つめる。気持ちはうかがい知れないが、どこかしら期待を込めた表情だと感じるのは思い上がりだろうか。
「最初会った時はあんなこと言っちゃったけど、今では有妃ちゃんに食べてもらいたくて仕方がないんだ。心からそう思ってる。ははっ。俺って本当に勝手だよね…。でも情けや同情は…………」
「佑人さんッ!!」
最後まで言葉を続けることは出来なかった。有妃はあっという間に俺を抱きしめると、蛇体でぐるぐる巻きにしたからだ。そして安定を崩して倒れそうになった体を受け止めると二人で横になる。突然の事に呆然としながらも黙って抱擁を受け入れた。
「佑人さん佑人さん佑人さん佑人さん……。」
「有妃ちゃん…。」
有妃は抱きしめてひたすら名前を呼び続けた。白銀の長い髪が顔に触れる。汗とシャンプーが混じったような甘酸っぱい匂いが包みこむ。俺は知らぬ間に有妃の体を掻き抱いて顔をそっと寄せてしまった。
一体どれだけの時間が過ぎた事だろう。熱い抱擁を緩めると有妃は俺の目を見つめる。儚く、切なく、それでいて歓喜に溢れていて、幸福に満ちている眼差しだ。今まで見た中で一番美しく思う、赤くきらきら輝く瞳に見とれてしまう。
そして不意にキスをしてきた。柔らかくぷるぷるとした唇が俺の唇に優しく触れると、そっと離れる。もちろん有妃と口づけを交わすのはこれが初めての事だ。当然気持ちが抑えきれずに感極まった表情をしてしまう。
「有妃…ちゃん。」
「私も…あなたの事を心からお慕いしております。そして…食べたい!思う存分貪りたい!あなたが枯れ果てるまで想いっきり搾り取りたい!」
思いのたけを込めたような声が何度も胸に反響した。あなたの事を搾り取りたい。今ではそれが魔物娘にとって、最大級の求愛の言葉だと言う事が良く分かる。本当に良かった。こんな俺の事を有妃は思っていてくれたんだ…。安堵と嬉しさのあまり知らぬ間に涙ぐんでいた。
「本当にありがとう…う、嬉しいよ…。てっきり俺の事はそういった対象として見てくれていないものだと思っちゃって…。」
「まさか!そんな事絶対にあり得ません!でも…ごめんなさい。佑人さんを焦らしたり困らせたりするつもりは無かったんですけれど…。」
「やっぱり俺が言った事を気にしていたんだね…。」
少し悲しそうな表情で詫びる有妃にどきりとする。やっぱり傷つけてしまっていたのか…。感情に任せて発した言葉の報いに申し訳ない思いになる。
「いいえ!違います!その事ではないんです!たとえ何を言われても、本当に好きな相手の事は絶対にモノにするのが魔物の心意気ですから…。だからもう気にしないで…。」
落ち込む俺を慰める様に口づけしてくれた。とても柔らかで温かい唇。それが俺の唇に触れるとちゅっと吸った。心地よい感触に気持ちも和む。
「それじゃあどうして…。」
「はい。その事ですが…………」
有妃は自分の両親の事について語った。彼女の両親は幼い時から姉弟同然に過ごしてきたのだが、有妃の父親が大学進学の為に故郷の村を出て行く事になった。だが、白蛇である有妃の母親はその事に我慢ならなかった。長い間の煩悶の末、ある時故郷に戻ってきた彼を監禁して魔力を注ぎ込み、そして堕ちるまで犯しぬいたそうだ。
「そんな事があったんだ…。ごめん…つらい事思い出させちゃったね。」
「もう。やめて下さいよ。人間と魔物の夫婦にはよくありそうな話じゃないですか。」
「まあ……確かに。」
確かに逆レイプから始まる恋なんてのは、人間と魔物の間では決して珍しくないはずだ。その結果、男の大半が魅了されてしまうから騒ぎにならないだけで。有妃の父親もそのクチなのだろう。
「ああ、ごめん。それで…」
「はい、もちろん父母はとってもらぶらぶで仲が良い素敵な夫婦です。私がいないところではお互いの事を雪姉ちゃん、こー君、と呼びあっているんですから可愛いものです。
でも、その話を聞いてしまったからでしょうか…。変に奥手になってしまって…。ですから私は、お慕いする方自身から思いを伝えられたい、という願いをずっと持ち続けていたんです。」
有妃は深い愛情を込めた瞳で見つめ、とても幸せそうに笑っている。見ているこちらも嬉しくなる。こんな子とこれからずっと一緒なんて本当に良かった。そう思わせる笑顔だ。
「だから…佑人さんから思いを伝えて頂いてとっても嬉しかったんですよ。母の様に好きな方を無理やり己のものにしないで済んだんですから…。もちろん過程はどうあれ結果は幸せにする自信はありますけれどね。」
「そうだったんだ…。でもごめん。ちょっと気になったんだけれど…。」
俺は有妃の話で気になった事を問いかける。
「ていう事は、もし俺がこのままずっと有妃ちゃんに告らなければ…。」
「はい。申し訳ありませんがそれはもちろん力尽くで…。」
そう言って恥ずかしさの中に嗜虐的な色を込めた表情をする。でも徹底的に犯されて、彼女がいなくては生きて行けなくなるぐらいに、快楽漬けにされていたらどうだったんだろう?
変な話だが、有妃の事だからとっても優しく、そして労わりながら犯し続けてくれたのは間違いないはずだし、その結果幸せになれるのならば別に良かったのではないか。というか俺は今までそれを望んでいたはずだ。間違いなく…。こんな思いが頭に浮かび、背筋がぞくぞくするような興奮を覚えた。
あっと思い有妃を見たのだが、ぎらぎらする様なサディスティックな眼差しで俺を見つめていた。笑顔を浮かべてはいるが嬲る様な嫌な笑顔だ。明らかに俺の妄想に気が付いている。そもそもこんなに攻撃的な顔は今まで見た事がない。新たな一面を発見して驚きに囚われてしまう。
「ふふっ。でもこれまでの佑人さんの様子から察すると、無理やり犯して差し上げても喜んで頂けたとは思うのですが…いかがですか?」
「いや……その……あの……。そんな事は……。」
「どうなんですか?正直に言ってくださいよ…」
有妃はしどろもどろになる俺を追い詰める様にじいっと見つめ続けた。先ほどまでの幸せそうな微笑みはすっかり消えており、困っているのを喜ぶような、意地悪なにやにやした笑い顔だ。
「ん〜。どうなんですか〜?」
ますます顔を近づけてくる。有妃の赤い瞳は鈍い輝きを帯び、何も言えない俺を嘲るかの様な薄笑いを浮かべている。まるで蛇だ。獲物を食べようとする蛇。俺は今から捕食されようとしているのだ。
でも不思議と恐怖や不安は覚えなかった。魔物娘は人を殺すことはないし、傷つける事も極力避ける。と言う事は抜きにしても、有妃は俺が嫌がる事や酷い事はしない、と言う確信が間違いなくあったからだ。ただ彼女が与える嗜虐的な陶酔感に浸っていればいい。
「あらあら。佑人さんはお口がきけなくなっちゃったんですかぁ〜。都合の悪い時はきけなくなるお口なんですねぇ〜。」
口を歪めると露骨に馬鹿にするかのように笑う。なんだろう。嬲り者にされるのが心地よい…。もちろんそれは有妃がしてくれるから快いのだが。
有妃はそのままじっと見つめている。相変わらず嘲笑うかのような表情だ。どうやら俺の本心を聞かない限りは意地でも動かないようだ。でも…正直に言えばきっと気持ち良くしてくれる。間違いなくご褒美をくれる…。そんな期待感に耐えられなかった。
「お…か…されたかった。」
「え〜?なんですか〜?」
「有妃ちゃんに犯されたかった…。初めて会った日から襲われたいって思ってた…。」
心の奥底の願望を無理やり吐き出させられて、顔を真っ赤にして俯いてしまった。急にどっと疲れが出て有妃の胸に顔を預けてしまう。ふくよかな胸と温かな体温が心地よい。そんな姿を見た彼女は怒る訳でもなく、俺を労わる様に頭を抱いてくれた。
「はい。よく言えました。佑人さんはいい子です。ふふっ。とっても可愛いですよ……。」
有妃は柔らかな手で頭を撫で続ける。蛇体も俺を優しく包み込んでいる。そんな思いやり深い愛撫を受け、先ほどからの刺激で興奮状態にあった心も落ち着いた。
「大丈夫ですか?もう落ち着きましたか?」
先ほどとは打って変わった穏やかな声音に俺は顔を上げる。見ればいつもの優しく温和な有妃の笑顔だ。その瞳も強い輝きを収めており澄んだ赤色に戻っている。
「ん…。もう大丈夫だよ。」
「良かった…。ごめんなさい。佑人さんの反応があんまり可愛かったもので。つい…。」
やっぱり何も心配する必要は無かった。安心して任せられる。こうして気を遣ってくれる有妃を見て心からそう思う。でも申し訳なさそうにしている彼女も可愛い…。思わず見とれてしまう。
「ううん。何も気にしないで。それに…Sの有妃ちゃんも素敵だったから…。」
「まあ…。佑人さんったら。そんなこと言うとまたいぢわるしちゃいますよ。」
「有妃ちゃんなら……されてもいいよ。」
思わず恥ずかしい本音を言ってしまった。でも、いろんな有妃の面を知りたいし、もっと深くつながりたい。
「仕方ないですねえ。それではまた今度責めてあげますねっ。変態さん。あ、でもされて嫌な事は言ってくださいね。無理させるつもりはありませんから…。」
「うん。お願い…。」
俺たちは見つめあう。そしてごく自然に口づけを交わし、ついばむように何度も優しくキスしあった。濡れた様な有妃の赤い瞳。優しく淫らな微笑み。そんな蠱惑的な姿を見ていると、ますます思いが溢れて夢中でキスを繰り返す。
ひとしきり柔らかい唇を堪能すると、またお互いに見つめあって微笑みあう。こうしてみると何だか色々遠回りしてしまったようだ。行動してしまえばすごく簡単な事だったと言うのに…。
「色々ごめんね。有妃ちゃん。なんか色々深刻に考えて空回りしてしまった気がするよ。」
「そうですよ佑人さん。大体私は初めて会った時から何度も気持ちをお伝えしてあるんですよ。あなたとずっと一緒に居る…。あなたをずっと守る…。私の料理を毎日食べて欲しい…。これだけ言っているのに佑人さんったら全然求めてくれなくて…。」
有妃はそう言ってむくれて見せるが、とても楽しそうだ。別に怒っていないのは良く分かる。
「そうだったね…。ほんと俺は駄目なやつだよ…。」
「うふふっ。そんなことはありませんよ。でも、思い込んで空回りするのは佑人さんには負けませんよ〜。ですからお互い様です。私達はお似合いなんですよ…。」
おどけた様な表情をする有妃だ。見ていてとても愛おしい。気持ちがどんどん高まって行き抑えきれなくなりそうだ。そんな俺を見ぬいたかのように有妃は微笑んだ。
「ねえ佑人さん…。それではそろそろいたしましょうか…。」
「……………うん。」
「私達の素敵な明日のための誓いの儀式を…。」
17/03/08 01:01更新 / 近藤無内
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