第4章 ふたりの馴れ初め 3
「どうぞ。」
エレンが微笑みながらコーヒーを持ってきた。先ほどの事を全く悪びれていなさそうな様子に、俺は怒りを覚えるよりもむしろ呆れてしまった。だが…このコーヒーはどうだろう…。ダークスライムコーヒーなんてとんでもない代物ではないのか?そう思うととても手を付ける気にならず、目の前の黒い液体を見つめるしかなかった。
「もう。そんなに疑わないで。今度は本当に大丈夫ですよ。」
エレンはむくれて見せるとクスクスと笑った。
「心配しなくていい。これは普通のコーヒーだよ。」
社長もそう言うと美味しそうに飲み干す。まあ、彼女が言うのなら大丈夫だろう。でも、もしこのコーヒーが原因でエレンに魅了されてしまうとどうなるんだろう…。そんな思いが一瞬心の奥底に浮かぶ。
ダークスライムがどうやって人間を犯すのか知識だけはある。散々魔物娘モノの二次元作品やらAVを見ている影響で、彼女達への秘めた欲望だけは人一倍だ。俺もエレンの粘液に全身を包まれて、頭の中まで快楽で一杯にされてどろどろになってみたい…。思わず被虐的な妄想を抱きながらエレンを見てしまった。
すると…彼女はにやにやした嫌らしい笑みを粘液で作られた顔に浮かべていた。まるでお前の秘密を知っているんだぞと言わんばかりに俺を見つめている。まさか心を読まれた?いや、そんな馬鹿な。キキーモラじゃあるまいし…。俺は動揺を隠して澄ました様子でコーヒーを口に付けた。
「そういえば桃里さん。いつもは旦那さんか魔物のお友達といらっしゃるのに今日は人間の方と一緒ですか。珍しいですね。」
エレンは平静を装っている俺に流し目を寄越すと、何食わぬ顔で社長に話しかけた。
「ああ。この後私の知り合いも来るんだよ。確かこれは前にも言ったな。」
「はい。魔物の方がいらっしゃるんですよね。でも、インキュバス化していない人間の方と魔物が二人。そのうちの桃里さんは旦那さんがいらっしゃるし…。」
エレンはぶつぶつとつぶやき何事か考えている素振りだったが、急に何かを思いついたように俺たち二人を見ると華やかな笑顔を見せた。
「あ〜っ!?もしかして君は今日魔物娘さんとのお見合いに来たの!?そうなんだ…。」
「へ?いや…。とんでもない!お見合いだなんてそんな大げさな事じゃないよ。」
「でも似た様なものなんでしょ?そっか。おめでとう。これで君も魔物のお婿さんだね!」
からかうような口調ではやし立てるエレンに慌てる。冗談じゃない。まだ何も決まっていないし、きっと逃げ切って見せる…。正直自信はあまり無いのだが。
でも俺に対しエレンは明らかに距離を縮めてきている。とっても朗らかでにこやかな笑顔をずっと見せているし、時折体に触れてくる。そんな彼女を見ているのはとても心地良いのだが、いったいなぜだろう。
「ふ〜ん。でも残念だなあ…。なんか君の事気に入ったのに…。こんな事はあり得ないけど、もし相手の方に振られちゃったら声をかけてね。」
そう言うとエレンはどろりとした粘液で出来た手をそっと俺の頬に寄せた。少しひんやりとしてぷるんとしている感触は今まで知らなかったものだ。でも、決して不快ではない。暑い季節などは包まれていたらさぞ気持ち良いだろう。
「そうしたら私が君の事をお婿さんにもらってあげるからね。」
先ほど見たのと同じ、いやそれ以上に淫らで、そして切ない様な微笑みを浮かべるエレン。そんな彼女の流体で構成されている瞳を見つめると、俺は体が熱くなるような興奮を覚えてきた。なんでだろう。とっても可愛らしい。ああ、これはまずいかも…。
「おいエレン!いいかげんにしろ!」
その瞬間、桃里社長の声が響いた。俺ははっと目が覚めたようになる。エレンはきゃーっ。と冗談っぽく声を上げるとカウンターの方へ逃げて行った。そして小さく手を振り小悪魔っぽく微笑むと、その奥へと去って行った。
「森宮君大丈夫か?」
「あ…。はい。大丈夫です。何ともないです。」
「全くしょうがない奴だ。でもまあ私も旦那と結ばれるまでにはそれなりの事はしてきているからな。あいつに文句も言えん。」
そう言って苦笑する社長に俺は言葉も無い。
「うーん…。有妃と君は間違いなくお似合いのはずなんだが、どうだ?もし有妃と会ってみて合わない様なら、エレンと付き合ってみると言うのは?私に話してくれればちゃんとエレンとは話をつけてやるから。あいつもあんなだが、なかなかいい奴なんだぞ。」
「はあ。そうですか…。」
冗談とも本気ともつかない提案に俺は当惑してため息をついた。そんな姿を見た社長は面白そうにアハハと笑うと一転して真顔になる。
「だが、森宮君よ。私だって社内で独身男性が君しかいないという理由だけで、有妃と会わせようとする訳じゃないんだぞ。
さっきも言ったが有妃と君は一緒になればお互いに幸せになれる。そう思わなければ紹介しようとはしないさ。」
「それはどんな魔物さんでも一緒になれば男は幸せになれると言う意味では無くて?」
「当たり前じゃないか。」
真剣な口調で語る社長に俺は心の中で呟く。でも社長。あなたは俺の事を買い被っていますよ。企業の役員まで務めた女性に釣り合う様な人間じゃないんです。と…。そんな気持ちが顏に出てしまったのだろう。社長は幾分むっとした表情をする。
「その様子では全く納得していないな。こんな事を言ってはなんだが、私たちは君が思っている以上に人間を見抜く事には長けているんだぞ。一つ証拠を見せると、そうだな…。」
そう言って言葉を切るとにやりと笑ってみせた。俺の事をすべて知っていると言わんばかりの怪しい笑顔に不安を覚える。そうだ。この笑顔はさっきエレンが見せていたものだ。
「たとえば君がさっきエレンをオカズにエロい妄想を逞しくしていた事も承知しているし。」
「なッ!!……………………。」
えっ。なんでそんな事知っているんだ?信じられない…。それもよりによって知られたら一番恥ずかしい事を…。俺だってそこまで馬鹿じゃない。自分の秘めた思いを態度や表情に出してはいけないという程度の礼儀は心得ているはずだ。一体なぜ?
「思った通り図星だったな。どうだ。驚いただろう。少しは私の事を見直したか?」
あまりの事に言葉も無く顔を真っ赤にしている俺を見て、社長は得意な表情で愉快げに笑った。
「まあ、種明かしをすれば簡単な事だ。君はさっきエレンとしゃべっていただろ?その時体から漂う精の匂いがすごく濃いものに変化したからな。たぶんそうじゃないかとおもったのさ。
本を読むみたいに心を読める訳では無いし、相手が人間なら君の事は全く気が付きやしないよ。だからそんなに心配しなくてもいい。」
恥ずかしさのあまり顔を見る事も出来ずに俯いている俺を気の毒に思ったのだろう。なだめるように彼女は言った。だが、社長に見抜かれた。と言う事は、エレンにもバレバレだったと言う事か…。俺は恐る恐る社長に尋ねた。
「ああ。もちろんエレンも知ってるさ。気が付かなかったか?あいつも随分と嬉しそうにしていたんだぞ。」
やっぱりそうか…。ますます力なくうなだれる。もうしゃべる気力も出ない。先ほどのエレンの卑猥な笑みは自分に向けられる淫らな欲望に気が付いていたからだったのか。俺に対して急に親しげになったのも説明がつく。
「これ以上君を動揺させるのも可哀そうだから言っておくけれど、私たちは自分たちに向けられる欲情を好ましくは思っても、不快に思うなんて事は絶対にないんだ。だからもう気にするな。」
いつの間にかそばに来ていた社長が、俺のふくらはぎを慰めるようにぽんぽんと叩いた。その幼女の様な愛らしい顔にはいたわる様な微笑みが浮かんでいる。
魔物娘は性欲を自分たちに向けられると悦びを覚える、と言う事は知識として知っていたが、実際見抜かれると恥ずかしい以外のなにものでもない。
その時不意に肩を叩かれた。誰かと思って振り向くとエレンが注文を取りに行くところだった。彼女は艶やかな様子で微笑むと何事も無かったかのように去って行く。俺は力なく笑うしかなかった。
「五分前か…。」
店内の時計に目をやった社長が独りごちた。あと少しで白蛇の有妃も来るだろう。今までの騒動ですっかり忘れていたのだが、こうして落ち着いてコーヒーを飲んでいると、鼓動が大きくなり、心臓が締め付けられている様な感触になっているのが分かる。早い話緊張しているのだ。
「有妃は気のいい奴だから。そんなに緊張する事はないぞ。」
俺が落ち着きをなくしているのが分かったのだろう。社長が見かねた様にそう言った。でも今日こうしてレジーナとエレンの二人に会う事が出来てすごく新鮮な思いだった。ドワーフの社長にしても刑部狸の咲さんにしても、会社にいる魔物娘は皆旦那か彼氏持ちだ。こうして独り身の魔物と色々話す機会を俺は持つことが無かった。と言うか以前述べたように彼女達に関わるのを避けていたのだろう。
確かに欲望に忠実で、男を手に入れるためならば相当強引だ。だが裏を返せばそれは真っ直ぐで裏表が無いと言う事だ。表と裏では態度がまるで違ったり、細々とした心理的な駆け引きを強いたりする、そんな「恋愛」には辟易していた俺にとって、彼女たちの態度は好ましいものにしか見えなかった。あ、でもメドゥーサは好きな気持ちを隠して、嫌いって言ったりするか…。
こんな素敵な魔物娘となら将来の事を考えたお付き合いをするのも良いのではないか…。ふとそんな考えが浮かび俺は慌てる。いや、何を考えているんだ俺。俺の様な無為、無気力、無関心とそろった人間のどこに好かれる要素があると言うのだ。
何かの間違いで好意を持たれたらそれこそお互いの不幸だ。三次は惨事だ。忘れるな俺、三次は惨事だぞ。予定通りに飾らず見栄も張らず虚勢も張らず、ありのままの俺の姿を見せるんだ。そうすればすべて終わる…。
そんな悶々とした思いを抱いていると、不意に店のドアが開いた。そこには真珠の様な透き通った肌と朱色の瞳、そして銀色と見紛うばかりの白髪の女性の姿があった…
エレンが微笑みながらコーヒーを持ってきた。先ほどの事を全く悪びれていなさそうな様子に、俺は怒りを覚えるよりもむしろ呆れてしまった。だが…このコーヒーはどうだろう…。ダークスライムコーヒーなんてとんでもない代物ではないのか?そう思うととても手を付ける気にならず、目の前の黒い液体を見つめるしかなかった。
「もう。そんなに疑わないで。今度は本当に大丈夫ですよ。」
エレンはむくれて見せるとクスクスと笑った。
「心配しなくていい。これは普通のコーヒーだよ。」
社長もそう言うと美味しそうに飲み干す。まあ、彼女が言うのなら大丈夫だろう。でも、もしこのコーヒーが原因でエレンに魅了されてしまうとどうなるんだろう…。そんな思いが一瞬心の奥底に浮かぶ。
ダークスライムがどうやって人間を犯すのか知識だけはある。散々魔物娘モノの二次元作品やらAVを見ている影響で、彼女達への秘めた欲望だけは人一倍だ。俺もエレンの粘液に全身を包まれて、頭の中まで快楽で一杯にされてどろどろになってみたい…。思わず被虐的な妄想を抱きながらエレンを見てしまった。
すると…彼女はにやにやした嫌らしい笑みを粘液で作られた顔に浮かべていた。まるでお前の秘密を知っているんだぞと言わんばかりに俺を見つめている。まさか心を読まれた?いや、そんな馬鹿な。キキーモラじゃあるまいし…。俺は動揺を隠して澄ました様子でコーヒーを口に付けた。
「そういえば桃里さん。いつもは旦那さんか魔物のお友達といらっしゃるのに今日は人間の方と一緒ですか。珍しいですね。」
エレンは平静を装っている俺に流し目を寄越すと、何食わぬ顔で社長に話しかけた。
「ああ。この後私の知り合いも来るんだよ。確かこれは前にも言ったな。」
「はい。魔物の方がいらっしゃるんですよね。でも、インキュバス化していない人間の方と魔物が二人。そのうちの桃里さんは旦那さんがいらっしゃるし…。」
エレンはぶつぶつとつぶやき何事か考えている素振りだったが、急に何かを思いついたように俺たち二人を見ると華やかな笑顔を見せた。
「あ〜っ!?もしかして君は今日魔物娘さんとのお見合いに来たの!?そうなんだ…。」
「へ?いや…。とんでもない!お見合いだなんてそんな大げさな事じゃないよ。」
「でも似た様なものなんでしょ?そっか。おめでとう。これで君も魔物のお婿さんだね!」
からかうような口調ではやし立てるエレンに慌てる。冗談じゃない。まだ何も決まっていないし、きっと逃げ切って見せる…。正直自信はあまり無いのだが。
でも俺に対しエレンは明らかに距離を縮めてきている。とっても朗らかでにこやかな笑顔をずっと見せているし、時折体に触れてくる。そんな彼女を見ているのはとても心地良いのだが、いったいなぜだろう。
「ふ〜ん。でも残念だなあ…。なんか君の事気に入ったのに…。こんな事はあり得ないけど、もし相手の方に振られちゃったら声をかけてね。」
そう言うとエレンはどろりとした粘液で出来た手をそっと俺の頬に寄せた。少しひんやりとしてぷるんとしている感触は今まで知らなかったものだ。でも、決して不快ではない。暑い季節などは包まれていたらさぞ気持ち良いだろう。
「そうしたら私が君の事をお婿さんにもらってあげるからね。」
先ほど見たのと同じ、いやそれ以上に淫らで、そして切ない様な微笑みを浮かべるエレン。そんな彼女の流体で構成されている瞳を見つめると、俺は体が熱くなるような興奮を覚えてきた。なんでだろう。とっても可愛らしい。ああ、これはまずいかも…。
「おいエレン!いいかげんにしろ!」
その瞬間、桃里社長の声が響いた。俺ははっと目が覚めたようになる。エレンはきゃーっ。と冗談っぽく声を上げるとカウンターの方へ逃げて行った。そして小さく手を振り小悪魔っぽく微笑むと、その奥へと去って行った。
「森宮君大丈夫か?」
「あ…。はい。大丈夫です。何ともないです。」
「全くしょうがない奴だ。でもまあ私も旦那と結ばれるまでにはそれなりの事はしてきているからな。あいつに文句も言えん。」
そう言って苦笑する社長に俺は言葉も無い。
「うーん…。有妃と君は間違いなくお似合いのはずなんだが、どうだ?もし有妃と会ってみて合わない様なら、エレンと付き合ってみると言うのは?私に話してくれればちゃんとエレンとは話をつけてやるから。あいつもあんなだが、なかなかいい奴なんだぞ。」
「はあ。そうですか…。」
冗談とも本気ともつかない提案に俺は当惑してため息をついた。そんな姿を見た社長は面白そうにアハハと笑うと一転して真顔になる。
「だが、森宮君よ。私だって社内で独身男性が君しかいないという理由だけで、有妃と会わせようとする訳じゃないんだぞ。
さっきも言ったが有妃と君は一緒になればお互いに幸せになれる。そう思わなければ紹介しようとはしないさ。」
「それはどんな魔物さんでも一緒になれば男は幸せになれると言う意味では無くて?」
「当たり前じゃないか。」
真剣な口調で語る社長に俺は心の中で呟く。でも社長。あなたは俺の事を買い被っていますよ。企業の役員まで務めた女性に釣り合う様な人間じゃないんです。と…。そんな気持ちが顏に出てしまったのだろう。社長は幾分むっとした表情をする。
「その様子では全く納得していないな。こんな事を言ってはなんだが、私たちは君が思っている以上に人間を見抜く事には長けているんだぞ。一つ証拠を見せると、そうだな…。」
そう言って言葉を切るとにやりと笑ってみせた。俺の事をすべて知っていると言わんばかりの怪しい笑顔に不安を覚える。そうだ。この笑顔はさっきエレンが見せていたものだ。
「たとえば君がさっきエレンをオカズにエロい妄想を逞しくしていた事も承知しているし。」
「なッ!!……………………。」
えっ。なんでそんな事知っているんだ?信じられない…。それもよりによって知られたら一番恥ずかしい事を…。俺だってそこまで馬鹿じゃない。自分の秘めた思いを態度や表情に出してはいけないという程度の礼儀は心得ているはずだ。一体なぜ?
「思った通り図星だったな。どうだ。驚いただろう。少しは私の事を見直したか?」
あまりの事に言葉も無く顔を真っ赤にしている俺を見て、社長は得意な表情で愉快げに笑った。
「まあ、種明かしをすれば簡単な事だ。君はさっきエレンとしゃべっていただろ?その時体から漂う精の匂いがすごく濃いものに変化したからな。たぶんそうじゃないかとおもったのさ。
本を読むみたいに心を読める訳では無いし、相手が人間なら君の事は全く気が付きやしないよ。だからそんなに心配しなくてもいい。」
恥ずかしさのあまり顔を見る事も出来ずに俯いている俺を気の毒に思ったのだろう。なだめるように彼女は言った。だが、社長に見抜かれた。と言う事は、エレンにもバレバレだったと言う事か…。俺は恐る恐る社長に尋ねた。
「ああ。もちろんエレンも知ってるさ。気が付かなかったか?あいつも随分と嬉しそうにしていたんだぞ。」
やっぱりそうか…。ますます力なくうなだれる。もうしゃべる気力も出ない。先ほどのエレンの卑猥な笑みは自分に向けられる淫らな欲望に気が付いていたからだったのか。俺に対して急に親しげになったのも説明がつく。
「これ以上君を動揺させるのも可哀そうだから言っておくけれど、私たちは自分たちに向けられる欲情を好ましくは思っても、不快に思うなんて事は絶対にないんだ。だからもう気にするな。」
いつの間にかそばに来ていた社長が、俺のふくらはぎを慰めるようにぽんぽんと叩いた。その幼女の様な愛らしい顔にはいたわる様な微笑みが浮かんでいる。
魔物娘は性欲を自分たちに向けられると悦びを覚える、と言う事は知識として知っていたが、実際見抜かれると恥ずかしい以外のなにものでもない。
その時不意に肩を叩かれた。誰かと思って振り向くとエレンが注文を取りに行くところだった。彼女は艶やかな様子で微笑むと何事も無かったかのように去って行く。俺は力なく笑うしかなかった。
「五分前か…。」
店内の時計に目をやった社長が独りごちた。あと少しで白蛇の有妃も来るだろう。今までの騒動ですっかり忘れていたのだが、こうして落ち着いてコーヒーを飲んでいると、鼓動が大きくなり、心臓が締め付けられている様な感触になっているのが分かる。早い話緊張しているのだ。
「有妃は気のいい奴だから。そんなに緊張する事はないぞ。」
俺が落ち着きをなくしているのが分かったのだろう。社長が見かねた様にそう言った。でも今日こうしてレジーナとエレンの二人に会う事が出来てすごく新鮮な思いだった。ドワーフの社長にしても刑部狸の咲さんにしても、会社にいる魔物娘は皆旦那か彼氏持ちだ。こうして独り身の魔物と色々話す機会を俺は持つことが無かった。と言うか以前述べたように彼女達に関わるのを避けていたのだろう。
確かに欲望に忠実で、男を手に入れるためならば相当強引だ。だが裏を返せばそれは真っ直ぐで裏表が無いと言う事だ。表と裏では態度がまるで違ったり、細々とした心理的な駆け引きを強いたりする、そんな「恋愛」には辟易していた俺にとって、彼女たちの態度は好ましいものにしか見えなかった。あ、でもメドゥーサは好きな気持ちを隠して、嫌いって言ったりするか…。
こんな素敵な魔物娘となら将来の事を考えたお付き合いをするのも良いのではないか…。ふとそんな考えが浮かび俺は慌てる。いや、何を考えているんだ俺。俺の様な無為、無気力、無関心とそろった人間のどこに好かれる要素があると言うのだ。
何かの間違いで好意を持たれたらそれこそお互いの不幸だ。三次は惨事だ。忘れるな俺、三次は惨事だぞ。予定通りに飾らず見栄も張らず虚勢も張らず、ありのままの俺の姿を見せるんだ。そうすればすべて終わる…。
そんな悶々とした思いを抱いていると、不意に店のドアが開いた。そこには真珠の様な透き通った肌と朱色の瞳、そして銀色と見紛うばかりの白髪の女性の姿があった…
17/03/06 23:34更新 / 近藤無内
戻る
次へ