序章 これから
寝室にて、ある王の世が終わりを告げようとしていた。その場にいるは、四人、王その人と、王子が二人、そして、忠誠を誓った武人。
「父上! 父上!」
「――アーサー、リチャード、ワシは……もう長くない、大変な時に、お前たちを……ごほっ、置いていくことを、申し訳なく思っている」
「――二人力を併せ、国を守って欲しい……オズワルドは居るか?」
オズワルド、と呼ばれた無頼漢が、ベッドの横で跪き、答える。
「居るぜオヤジ」
「二人を、任せたぞ……」
「任された」
「オズワルド! 貴様は――」
「誰がどう見ても末期だろうが、だったら励ますよか後を任されたと応える方がマシだろうよ。アンタはどうなんだアーサー王子」
「……クッ」
「オヤジ。俺は席を外す」
「済まんなぁ」
「ふん」
オズワルドが寝室から出て行くと同時にアーサーが憤りを隠さずに言い放った。
「相も変わらず敬意も無ければ教養も無い男だ、良くもまあずけずけと王の寝室に入り込む! あんな男がこの国の要など、認めがたい」
「アーサー、あれは、この国に必要な男だ。そう言うな……ごほっ。げふっ!?」
「父上!? 医師を!」
「ここに!」
――後は、任せたぞ。オズワルド。
「駄目です――お亡くなりになられました」
「父上! 父上ー!」
リチャード王子の、父を呼ぶ声だけが、王の死を証明していた。
偉大であったかどうかはさておき、民より愛された王が没した。
流行り病であった。
山間の小さな王国は悲嘆にくれ、先を思いやった。
教団軍も、魔王軍も、王国を挟んでいた二つの軍勢も、その死を悼み、休戦となった。
――しかし。
――――――――――――――――――――
「……リッチ、話がある」
「何ですか、オズワルド。今僕は忙しいのですが」
「アーサーの行方が判らん。侍女が起こしに行った時には既に居なかったらしい」
「……? ――ッ!」
オズワルドの執務室で、彼から告げられた事実は、2つの可能性をリチャードに考えさせた。
1つ、アーサーは謀殺された。
――No.オズワルドはしない。相性こそ悪いがその気ならとっくに王国を乗っ取っている。
――それに、オズワルドは父上に忠誠を誓っていた。それを反故にするとは考え辛い。
2つ、逐電した。
――何故? そもそも理由が判らない。
――王位を放棄する事に何のメリットがある?
――判らない。
2つの可能性をリチャードが考えていると、オズワルドが口を開いた。
「一応言っておくが、俺は殺してないからな。そもそもその気ならオヤジが生きている内にやってる」
「そうだろうね。オズワルドならそれが出来る。じゃあなんで?」
「知るか。ここで大事なのは、手前が王になるって事だ」
――王。
たった1つの単語が、リチャードの小さな肩に重く、のしかかって来る。
「駄目だ、僕には出来ない」
「どっちにしろ手前が率いていくしかないがな――っと、そろそろ仕事戻らんとどやされる。あばよ」
オズワルドが退室すると、沈黙だけが、辺りを包んだ。オズワルドらしからぬ、喧騒とは無縁の場所だ。
そもそも、彼の執務室には、彼以外の人間は殆ど近寄らない。
故に、リチャードは一人になった。
「……」
ここならば、一人だ。それが意味するところは。
「父、上……」
一人、咽び泣いた。これからの事への拭い去る事の出来ない不安か、それとも父が自分を置いて行ったことに対する怨みか、それは、彼にしかわからない。
恐らくオズワルドが葬儀の指揮を執るだろう。彼ならばしっかり果たしてくれる。
そして、今日この執務室から出た瞬間から、リチャードはこの王国を背負って行かなければならない。
その為の時間を、オズワルドはリチャードに与えた。一人で居る時間を。
己の感情を吐き出す為の時間を。
「うう、あ、うわあああああ……」
――――――――――――――――――――
「ヨォ、酷ェ顔してンな」
「誰のせいだと思ってる」
「それだけ言えりゃあ大したもンだ」
暫くして、会議室に顔を出したリチャードをオズワルドが当然、と言った顔で出迎えた。
「さてと、現状を確認すンぞ」
「うん」
「教団軍も、魔王軍も現状は休戦。まあ喪に服している、って所だ」
「……。続けてくれ」
「この時期を逃したら間違いなく教団に前線基地として取り込まれる――オヤジには悪いが、この時期から動かねェとこの国は生き残れねェ」
「……、判った。どうすれば良いんだ?」
リチャードの当然の疑問に、オズワルドが詰まった。この男、台本通りに人を動かしている間は良いが、それ以外ではまるで役に立たない。
策謀詐術等以ての外だ。
「……まあ、まずは軍団固めて、魔王軍を追い出す準備とか?」
「出来ると思う?」
「俺が全力出せば行けなくもない。――ドラゴン位までなら余裕だ、エルダーは俺一人じゃ無理だが」
「オズワルドが出ている間に乗っ取られるよ、却下」
「判ってて言ってンだよ。この国には兵もなけりゃあ人も居ねェ。ンな状況で俺が出たら吸収路線一直線だ」
そう、オズワルドは勇者の候補として選ばれかけた事もあるほどの猛者だ。
だが、選ばれなかった。理由は簡単だ。
――すごく……チンピラです。
そもそも無頼漢上がりのオズワルドに、礼儀作法など殆どあってないようなもの。
そして、
「俺ァ、この国に骨を埋めるって決めてンでな」
と、言うものであるから、勇者にはならなかったのである。今思えば彼の判断は至極妥当なものだとリチャードは思った。
少なくとも、教団に強力な部下を取られずに済んだ。
確かに勇者になるのは名誉な事だ。しかし、小国では一人の人材の有無が存亡を分ける時もある。
この国も、その一つだ。屋台骨を揺るがす為、戦力の強化のため、父王の逝去と共にそう言った勧誘があったともリチャードは聞いている。
勿論オズワルドが請ける筈もなかったが。
「僕は王としてやっていけるかどうかは判らない。だけど、これからも頼むよ、オズワルド」
「当然だ。俺ァこの国に骨を埋めンだ。王様助けねェで、何をするってンだよ」
だが、彼は名誉よりも、故郷を選んだ。その事はリチャードにとっては、千万の勇者よりも心強かった。
――僕はやっていける。頼むよ、オズワルド。
――――――――――――――――――――
「父上! 父上!」
「――アーサー、リチャード、ワシは……もう長くない、大変な時に、お前たちを……ごほっ、置いていくことを、申し訳なく思っている」
「――二人力を併せ、国を守って欲しい……オズワルドは居るか?」
オズワルド、と呼ばれた無頼漢が、ベッドの横で跪き、答える。
「居るぜオヤジ」
「二人を、任せたぞ……」
「任された」
「オズワルド! 貴様は――」
「誰がどう見ても末期だろうが、だったら励ますよか後を任されたと応える方がマシだろうよ。アンタはどうなんだアーサー王子」
「……クッ」
「オヤジ。俺は席を外す」
「済まんなぁ」
「ふん」
オズワルドが寝室から出て行くと同時にアーサーが憤りを隠さずに言い放った。
「相も変わらず敬意も無ければ教養も無い男だ、良くもまあずけずけと王の寝室に入り込む! あんな男がこの国の要など、認めがたい」
「アーサー、あれは、この国に必要な男だ。そう言うな……ごほっ。げふっ!?」
「父上!? 医師を!」
「ここに!」
――後は、任せたぞ。オズワルド。
「駄目です――お亡くなりになられました」
「父上! 父上ー!」
リチャード王子の、父を呼ぶ声だけが、王の死を証明していた。
偉大であったかどうかはさておき、民より愛された王が没した。
流行り病であった。
山間の小さな王国は悲嘆にくれ、先を思いやった。
教団軍も、魔王軍も、王国を挟んでいた二つの軍勢も、その死を悼み、休戦となった。
――しかし。
――――――――――――――――――――
「……リッチ、話がある」
「何ですか、オズワルド。今僕は忙しいのですが」
「アーサーの行方が判らん。侍女が起こしに行った時には既に居なかったらしい」
「……? ――ッ!」
オズワルドの執務室で、彼から告げられた事実は、2つの可能性をリチャードに考えさせた。
1つ、アーサーは謀殺された。
――No.オズワルドはしない。相性こそ悪いがその気ならとっくに王国を乗っ取っている。
――それに、オズワルドは父上に忠誠を誓っていた。それを反故にするとは考え辛い。
2つ、逐電した。
――何故? そもそも理由が判らない。
――王位を放棄する事に何のメリットがある?
――判らない。
2つの可能性をリチャードが考えていると、オズワルドが口を開いた。
「一応言っておくが、俺は殺してないからな。そもそもその気ならオヤジが生きている内にやってる」
「そうだろうね。オズワルドならそれが出来る。じゃあなんで?」
「知るか。ここで大事なのは、手前が王になるって事だ」
――王。
たった1つの単語が、リチャードの小さな肩に重く、のしかかって来る。
「駄目だ、僕には出来ない」
「どっちにしろ手前が率いていくしかないがな――っと、そろそろ仕事戻らんとどやされる。あばよ」
オズワルドが退室すると、沈黙だけが、辺りを包んだ。オズワルドらしからぬ、喧騒とは無縁の場所だ。
そもそも、彼の執務室には、彼以外の人間は殆ど近寄らない。
故に、リチャードは一人になった。
「……」
ここならば、一人だ。それが意味するところは。
「父、上……」
一人、咽び泣いた。これからの事への拭い去る事の出来ない不安か、それとも父が自分を置いて行ったことに対する怨みか、それは、彼にしかわからない。
恐らくオズワルドが葬儀の指揮を執るだろう。彼ならばしっかり果たしてくれる。
そして、今日この執務室から出た瞬間から、リチャードはこの王国を背負って行かなければならない。
その為の時間を、オズワルドはリチャードに与えた。一人で居る時間を。
己の感情を吐き出す為の時間を。
「うう、あ、うわあああああ……」
――――――――――――――――――――
「ヨォ、酷ェ顔してンな」
「誰のせいだと思ってる」
「それだけ言えりゃあ大したもンだ」
暫くして、会議室に顔を出したリチャードをオズワルドが当然、と言った顔で出迎えた。
「さてと、現状を確認すンぞ」
「うん」
「教団軍も、魔王軍も現状は休戦。まあ喪に服している、って所だ」
「……。続けてくれ」
「この時期を逃したら間違いなく教団に前線基地として取り込まれる――オヤジには悪いが、この時期から動かねェとこの国は生き残れねェ」
「……、判った。どうすれば良いんだ?」
リチャードの当然の疑問に、オズワルドが詰まった。この男、台本通りに人を動かしている間は良いが、それ以外ではまるで役に立たない。
策謀詐術等以ての外だ。
「……まあ、まずは軍団固めて、魔王軍を追い出す準備とか?」
「出来ると思う?」
「俺が全力出せば行けなくもない。――ドラゴン位までなら余裕だ、エルダーは俺一人じゃ無理だが」
「オズワルドが出ている間に乗っ取られるよ、却下」
「判ってて言ってンだよ。この国には兵もなけりゃあ人も居ねェ。ンな状況で俺が出たら吸収路線一直線だ」
そう、オズワルドは勇者の候補として選ばれかけた事もあるほどの猛者だ。
だが、選ばれなかった。理由は簡単だ。
――すごく……チンピラです。
そもそも無頼漢上がりのオズワルドに、礼儀作法など殆どあってないようなもの。
そして、
「俺ァ、この国に骨を埋めるって決めてンでな」
と、言うものであるから、勇者にはならなかったのである。今思えば彼の判断は至極妥当なものだとリチャードは思った。
少なくとも、教団に強力な部下を取られずに済んだ。
確かに勇者になるのは名誉な事だ。しかし、小国では一人の人材の有無が存亡を分ける時もある。
この国も、その一つだ。屋台骨を揺るがす為、戦力の強化のため、父王の逝去と共にそう言った勧誘があったともリチャードは聞いている。
勿論オズワルドが請ける筈もなかったが。
「僕は王としてやっていけるかどうかは判らない。だけど、これからも頼むよ、オズワルド」
「当然だ。俺ァこの国に骨を埋めンだ。王様助けねェで、何をするってンだよ」
だが、彼は名誉よりも、故郷を選んだ。その事はリチャードにとっては、千万の勇者よりも心強かった。
――僕はやっていける。頼むよ、オズワルド。
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15/10/06 09:43更新 / Ta2
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