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第二章 中・教団狂想曲

「ええい、まだエマニュエルは到着せんのか!? いや、そもそもだ――」
「――オズワルドが敵陣に突っ込めばこの戦争も終わるだろうが、何をもたもたしておるのだ!」

 肥えて、禿げた男が、周囲のシスターに怒鳴り散らす。その動作と同時にじゃらじゃらと音を鳴らして悪趣味――豪奢な装飾が揺れる。

「いけませんよ、セブリアン大司教。彼を出撃させるためには、パーシヴァルの出動させることが最低でも必要です」

 それを嗜めるように、眼鏡をかけた優男が柱の陰から現れる。正確には大司教の死角に居ただけなのだが、少なくとも大司教はそう取った。

「アルフォンソ、貴様もオズワルドに出陣するように言え! 第一セルバンテスも何をしておるのだ! ――この際、パーシヴァルを出すか……?」

 品性と言う物は装飾品のみならず、態度にも如実に出るものだ、とアルフォンソは思った。セルバンテスの粛々とした態度を見ろ、異端とは言え、あの様に殉ずる様を。そしてこの醜悪な豚を見ろ。これが教団の実態だ。と叫びたくなった。

 勿論清貧を貫き、信仰を弛むことなく捧げ、人々を導く、信徒のなんと報われぬことか、そう言った正しい者達ばかりが魔物の毒牙にかかって行く。こう言った腐敗の象徴こそ消して貰いたいとアルフォンソは心底願っている。恐らく、他にもこう言った願いを持つものは多いだろう。魔物達は華麗な程に無視していくが。

「パーシヴァルを出したが最後、塞国は教団の支配下になりません。彼はオズワルドと同じくセルバンテスの教え子です……オズワルドは厳密には違いますが」

「ぐぬぬぬ……」

――わめく事しか知らぬ豚が、この程度も判らないのか。パーシヴァルは出さないのではない、出せないのですよ。

――パーシヴァルを出してデルエラレベルの指揮官が投入されようものなら塞国の接収どころではない。それこそ文字通りの死闘にしかならない。勝とうが負けようが屍の山しか残らない。私は御免ですよ。

――まあ、だからと言って来ない理由にはならないでしょうが、聡明な彼女なら来ない事を選ぶでしょう。私ならそうします。藪をつついて蛇を出すどころか、竜を出すような真似はしたくありませんからね。

 そんな、醒めた思考はおくびにも出さず、淡々と説得する。

「それよりも、勇者が来た時の事を考えましょう。全く動く気配のない者に期待するよりもヴァルキリーの加護を得た彼の力を信じて戦うのが一番です。精々エンジェル程度の加護しか得ていないパーシヴァルとは異なり、才覚の限界も見えない、と言う噂は大司教もお聞きになったでしょう」

「う、む。そうだったな。セルバンテスの時代はとうに終わったのだ。あの地で死――いや、その身の堕落を裁かれるが良い!」

――やはり、こいつは駄目ですね。セルバンテスも目の上の瘤ですが、貴方もそうなんですよ。

 アルフォンソの言った噂は、事実ではない。そもそもの発端はアルフォンソがこの豚を確実に排除するためにでっち上げた嘘だ。ヴァルキリーが加護を与えているのは確かだが、その才覚は既に程が知れている。

――そもそもエマニュエル程度ではオズワルドを御せませんよ。あれは名誉や正義などと言う甘ったるい言葉では決して動きませんからね。

――彼が動くのは、国の危機、教団に備えられる状況、あるいは利益がある時だけです。

――とは言え不味いですね。塞国を接収しようとすると、オズワルドをどうにかして動かさないといけませんし、接収するとなればドラゴンティース族も黙ってはいないでしょう。彼女等は今の所、塞国が何をしたのか動く気配はないけれども、何時動き始めるか判らない、と言う意味では魔物軍よりも厄介ですね……ん?。

 アルフォンソがふと思考のノイズに気が付くと、見慣れないシスターが、セブリアンに絡みつくように立って居た。その気配にアルフォンソの警戒心が、一気に高まる。だがセブリアンはアルフォンソのそれに気が付かないように、言い捨てた。

「アルフォンソ、ワシは暫く部屋にこもる。しっかりやっておけよ」

――またですか、貴様は何時まで若いつもりですか? 50にもなろう男が盛っている暇があったら、作戦の一つ……いや、そのまま干し殺されてくださいよ。

 アルフォンソは聖職者らしからぬ、いや、聖職者だからこそなのか、その色情狂いっぷりに呆れたが、勿論表情には一切出さない。だが、その女の唇が、

――わ、か、っ、て、い、る、わ、よ。

 と言う風に動いたのを見て、アルフォンソは動揺した。この女は何だ、少なくとも魔物では無い事だけは確かだ。だが、この言い様の無い、悪寒はなんだ。

――案の定と言うか、最悪ですね。

 と、唇だけで返すと、その女はさらにこう言った。

――ええ、そうね。

 どういう事だろうか、とアルフォンソが迷っていると、声が掛かった。

「アルフォンソ様、エマニュエル様がお見えになりました」


 やれやれ、また酷いタイミングで来るものですね、と呟き、アルフォンソは勇者の迎えに上がった。


 ――――――――――


「ここは来客に茶も出さないんですね」

 本来ならば休戦から三日も経たない内に到着で来た筈が、最早休戦協定の期限ぎりぎりの時期にまで遅れた上に、悪びれずにもてなしを要求するエマニュエルの姿にカチン、とアルフォンソは来たが、呑みこんだ。今は忍耐の時だ。

「それよりも、現在の状況をお教えください」

 と、連れ添ったヴァルキリーが、エマニュエルの態度を嗜めてアルフォンソに状況の説明を要求する。

「現在の状況ですが、塞国を先頭に、魔物と竜の背入り口で睨み合いが続いている状態です。塞国の方はこちらを警戒しているのか、最高戦力であるオズワルドが動きませんし、一方で魔物側も我々と同じように高位存在の到着を待っているのか、動きがありません」

「ふぅん。なんで警戒する必要があるんですか? オレ達は味方じゃないですか」

 確かに、教団の影響が強い国家であれば普通はそう考える。だが、塞国は普通の国家ではない。信仰の対象として建国以来アズライトドラゴンを担ぎ、後から入った教会に通う者はさほど多くはない。信仰=アズライトドラゴンである彼らにとって、教団と言う物は『良く判らないが主神と言う物を信仰している人たち』と言う認識でしかない。

 かつて無理に接収しようとした事があったものの、そう言った遠征軍はアズライトドラゴンや、練度の高い兵士たちのゲリラ戦に打ち破られている。そもそも平原の兵士は、高原の塞国を侵略するには特別な訓練を積む必要があるし、そう言った兵士を集めようとなれば、多くの金が掛かる。近隣の山脈はと言えば、間違いなく察知され、強く警戒されるだろう。

「平たく言えば、信仰の違いですね。主神以外の存在を信仰する者も居ない訳ではありません。そう言ったものを全て排斥するには人手が足りませんし、離反されれば魔物と戦うどころではありませんよ」

「だとしても、何で動かないんですか。そう言った事は魔物を倒してからの事でしょう!」

 確かにそうだろう。真っ当な教団の信徒ならばそう言う。だが塞国は全世界を見てもかなり入り組んだ情勢の国である。まず近隣に建国以来国母の様に敬われているアズライトドラゴン、常に脅威として塞国のみならず、要国、基国などの周辺国家を脅かし続けるドラゴンティース族、その他塞国近くには居ないが、地中で現在進行形で複雑な顎から尾までの連絡通路を作っている多数のワーム、ヘルハウンドの群れなど、他に類を見ないほど強力な魔物がひしめき合っている。

 熱心な魔物排斥論者が来ようものなら、魔王とはあまり関係のない土着の魔物を滅ぼそうとして、不必要なまでに戦費は膨れ上がり、アズライトドラゴンを始めとする名士の失望を買う事は目に見えている。恐らく塞国はそれを警戒しているし、教団側でもそうなる可能性を否定出来はしない。

 さらに、倒し損ねた結果、魔物軍を強化された場合、間違いなく教団はこれ以上ない危機に陥る。確実に倒し切るか、あるいは封殺する以外に今の段階で打つ手はない、前者はほぼ不可能であると言える為、必然的に封殺の手段を探すことになるが。

「簡単に言えば、周辺の魔物を倒されるのは困る、と考えているのですよ、彼らは」

「ハァ? 人類として、邪悪な魔物を倒すのは当然じゃないですか。それをしないのは、最早異端と同じです」

「まぁまぁ、最後まで話を聞いて下さい。ドラゴンティース族は断崖絶壁や、徒歩では到底到達できないような場所に集落を構えているらしく、これを攻略しようとすると、かなりの時間と、戦費が掛かります。さらに、下手に叩き過ぎると、魔物軍に合流する恐れがある、と彼らは見ているのです」

「纏めて叩けばいいじゃないですか。簡単な話ですよ」

 それが出来ればやっています。と言い出したかったが、アルフォンソは角の立たない言い方を探し、懇切丁寧に解説してやる事に決めた。

「ええ、纏めて叩ければ全く問題はありません。ですが、仮に魔物軍と合流された場合――彼女等は竜の背の地理を知り尽くしています、それ故、我々の知らない道筋を通って、思わぬ方向から打撃を与えようとする事も有り得るのです。幸い、塞国はドラゴンティース族の封じ込めに成功したそうですから、今こそが魔物軍と戦う絶好の機会です。ドラゴンティース族など枝葉の様なもので、魔物軍という根っこを忘れてはいけません」

「へぇ、グズグズしてるかと思えば、中々考えてるじゃん」

――当然ですよ。前線で馬鹿みたいに魔術撃って居れば良い勇者とは違いますからね。誰がリザードマンを動かしたかは知りませんが、良くあの蛮族たちを封じ込められたものです。こればかりは誰かさんに感謝するしかありませんね。

――少なくともこれで、我々が休戦協定を守る理由は無くなりました。明日にでも兵を動かしましょう。

――しかし、本当に誰なんでしょうねえ。個人的には上手く行き過ぎている、と言う嫌な予感がしますが。そうですよ、うまく運ばされている感じが、厭なんです。

15/10/11 20:51更新 / Ta2
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■作者メッセージ
 良くある教団の無能担当と、有能担当、そして勇者の登場です。
 もっとも、無能担当とは言え、ここが重要な拠点であることぐらい知っていますから、ここで失態を犯せば飛ぶのは自分の首。と言うのはまだマシで、異端扱いされようものなら最悪です。

 だから焦っているんですがね。この豚さんは。

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