第五十一話SideE〜隠された残酷な真実〜
兄様が行動不能になってほぼ丸一日が経った。
今ではフェルシアと組手ができるぐらいにまでは回復しているみたいだ。
昨日は激しかった……と、同時に少しやりすぎたかなと。ちょっと反省。
「徒手空拳は……っ!苦手なんじゃなかったか?アルテア。」
「ま、苦手は苦手だがね。そこいらのチンピラに負けないぐらいは経験を積んでいるつもりだ。」
兄様は外見的に細身に見えるけれど、実際は結構鍛え上げた体をしている。
今もフェルシアのガードの上からでも確実にダメージを与えている筈だ。
しかし……
「ふんっ!」
「ぅおあ!?」
瞬間移動並の速さでの足払いを貰って兄様がひっくり返る。
やはり人間の反応速度を超えることはできないみたい。
尻餅をついている兄様にフェルシアが手を貸して立たせた。
本当ならば私も兄様と手合わせをしてみたいのだけれど……何分手加減が苦手なので下手をするともう一日休み……なんて事になりかねない。
結界の維持事態は苦にはならないものの、あまり長い間ここに留まることはオススメできないしね。
「やれやれ……お前にはいつまでたっても勝てる気がしないな。」
「それは困る。私としても是非打ち破ってもらいたいものだ。本気でな。」
各自がウォーミングアップを終える。
出発前の報告をミリアにすることに。
「ミリアー、聞こえとるかの?」
『はいは〜い、こちら本部。この時間に連絡してきたって事は作戦開始準備が整ったのかしら?』
「うむ、各自準備を終え、あとは突入するだけじゃ。」
『りょーかい。それじゃ、健闘を祈るわね。』
「うむ、それではの。」
通信を切り、辺りを見渡す。
全員が準備万端、士気も万全の状態だ。対して相手は命令通りにしか動かない、文字通り人形のみ。
「(……しかし、不振な点も無いわけではないよね。)」
以前兄様が持ち帰ったガーディアンのコアを調べていたのだが、どうにも不審な点が多すぎた。
魔力ではない物が詰められている結晶体。
小さな穴を開けてみると、そこから何かが漏れ出すように抜けていったのだ。
その時は慌てて穴を塞いでそれ以上の流出は防げたが、あれは一体何だったのだろうか。
さらに、極たまにだが結晶体自体が生きているように中の光が揺らめく事がある。
「……ファ、エルファ!」
「ふぉぉおおお!?」
兄様が肩を揺すって声をかけてくれていた。
考え事をしている最中に呼ばれたので思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。恥ずかしい……。
「そろそろ出発するから結界を解いてくれ。隠蔽工作を忘れないようにな。」
「う、うむ。わかったのじゃ。」
野営の後は既に片付けられており、あとは結界を解くだけ。
残るのは下草が刈り取られている森だけという形になる。下草も一週間もあれば生えそろうと思う。
なるべく魔力を散らさないように結界を解くと、周囲から虫の鳴く声が一斉に聞こえてきた。
「うっし、行くか。手はず通り、エルファとニータは隠し通路を。フィーとチャルニ、メイは裏口を頼む。その間俺とミストは正面玄関で暴れてくる。それじゃ、解散だ。」
兄様が以前使っていた照明用のビットを伴いながら森の中を出ていく。
隠し通路の出口はこの森の中なので、私とニータは別行動だ。
「あ〜あ……どうせならアルと一緒に行きたかったなぁ。」
「文句を言うでない。それはわしも同じじゃ。」
ニータの案内で森の中を行く。私は照明用の魔法を使いながら彼女の後を付いていった。
しばらくするとニータが立ち止まり、地面から飛び出ている取っ手を掴んだ。
「そこにいると危ないと思うよ?」
「なんじゃt……ぬぉぉぉおおお!?」
彼女がそれを引っ張り上げると、私の足元が斜めに持ち上がる。無論、バランスを崩して転がり落ちた。
「ほら、遊んでないでさっさと行くよ。アルが例の宝石を手に入れられるかどうかはあたし達に懸かっているんだから。」
「ぬぅ……帰ったら覚えておれよ……。」
ぶつけたお尻をさすりながら彼女の後へと続く。
階段の底に広がる漆黒の闇の中に私達は踏み行った。
〜セント・ジオビア教会 隠し通路〜
通路の中で光を使うと向こうの方から丸見えになるので、暗視魔法に切り替える。
ニータはというとこの暗闇の中でもなんの障害もなくスイスイ進んでいる。
「あたし夜目は利く方なんだ。そうじゃないとシーフなんてやってられないしね。」
納得の理由だ。
しばらくすると複数の爆音が通路の奥から聞こえてきた。
恐らく兄様達が暴れだしたのだろう。こちらも追いつくために先を急ぐ。
「前方に敵1……例のガーディアンだよ。」
「うむ……少し待っておれ。」
闇に紛れて哨戒中のガーディアンへと近づいていく。
気づかれる前に鎌で胴体を一刀両断。コアごと切り裂いて機能を停止させる。
「やれやれ……ずいぶんと用心深い事じゃの。」
「ま、少なくとも1体は配置されているとは思っていたからね。予想の範囲内でしょ。」
残骸を踏み越えて先へと進む。
断面のコアは……光が消えていた。
「ふむ、もう開いておるのか。仕事が早いの。」
「こっちも負けてられないね。急ぐよ。」
見取り図にあった鉄格子は既に開いており、先へ進むことができるようになっていた。
廊下はがらんどう状態。たまに見かける聖職者らしき者も爆発の音で右往左往しており、エルファの姿を見かけても無視して逃げ回っていた。
幼女の姿では全く怖がられない。男を誘惑する姿を取っているから当然なのだが、何処か釈然としなかったのは仕方が無いと思って欲しい。
「お、ここだね。ちょろっと待っててね〜♪」
お目当ての扉の前まで来ると、ニータがポーチの中から小箱を取り出し、中から細々とした金具を出して鍵穴に突っ込み始めた。
私はその間辺りを警戒することに。
「これをこうして……こうやって……ビンゴ!」
カチリという音と共に扉が開く。
あとは撤退するだけだ。
「っておぬし、何をしておるんじゃ。」
「せっかく宝物庫まで来たんだから何か持って行かないと損でしょーが。よさそうなもの見つけるまでちょっと待っててよ。」
ニータが中でゴソゴソと漁っている。
ため息を吐きつつも私も中へと入り、面白そうなものが無いか探して見ることにする。
「こっちは……隠し帳簿かの?うわ、賄賂だらけじゃな。こんな大量の金を何に使っておるのかのぉ……。こっちは……なんじゃ?金属類の入荷の領収書か?鋼鉄に銅に銀……スズなんかもあるの。鎧でも作るつもりじゃったのかのぉ……。」
ご大層に台座に載せてある緑色の宝石……エクセルシアには触らないよう、物色してまわる。
その時、ニータが一つの金庫を開けたようだ。
「やた!さ〜て……ごかいちょ〜う♪」
「やれやれ……普段からは考えられないほどの手癖の悪さじゃのう……。」
金庫の中には1冊の魔導書らしき物が入っていた。
それを見てニータが露骨に落胆する。私としては少しワクワクするんだけどね。
「なんだぁ……金目の物じゃないのか。」
「魔導書なんかは価値もまちまちじゃからの。どれどれ……。」
中の書物を手にとって題を眺める。
「『抜魂祭祀書』……?」
題名からして嫌な予感しかしない。
極端に悪書や邪本を嫌う教会になぜこのような物が置いてあるのだろうか。
パラパラとページをめくって大まかな内容を読み取る。
「………………!?」
慌てて最初の方から読み返す。
そのあまりの恐ろしさに手が震えてきた。
「何?そんなヤバいもんだったの?」
「………………なんてこと……そんな……」
読み進める程に頭の中を驚愕と絶望が侵食していく。
魔導書の中には読み手の精神を蝕む物もあるが、これは全くベクトルが違う。
この本自体に特別な力は何も無い。
問題なのは、この魔導書に書かれている術によって作られる物と、『何に使われているか』。
そして、それに対する今までの自分たちの行動だ。
「馬鹿な……ここの司教は……一体何を考えておる!」
「お、落ち着いてよ!一体何があったのさ!?」
いまだにグラグラとする頭でニータにこの魔導書について説明する。
私が一言を言い放つ度に彼女の顔から血の気が引いていった。
「なにそれ……ヤバいよ!アル達は今もガーディアンと戦っているんでしょ!?」
「もう……どうしようもないのじゃ……。わしらの手には負えん。
通信玉を取り出し、ミリアと連絡を取る事に。
伝えなければ。この、隠された残酷な真実を。
『……そう、何か変だとは思っていたけど……。』
「酷い事じゃの……本当に人間の所業なのか疑いたくなって来るわい。」
報告を受けたミリアの声は沈んでいた。私だって胸糞が悪くなっている。
『少し待ってて。他の班にも伝えなきゃ。』
「うむ、頼んだ。」
通信が途切れた……かと思いきや未だに向こうの声が聞こえている。
「(やれやれ……あやつめ、通信を切り忘れおったな。)」
通信玉というのは親側が通信を切らなければ途切れる事がない。
つまり切り忘れると向こう側の様子が筒抜けになってしまうのだ。
通信が切れるのを待っていると、唐突に慟哭が聞こえてくる。この声は……兄様?
暫くするとミリアが通信を送ってきた。
『おまたせ。作戦変更よ……貴方達は分散して教会の通路を逃げ惑う司教を礼拝堂まで追い込んで頂戴。』
通信玉から意地悪そうな声が聞こえて来る。
隣で聞いていたニータも首をかしげている。
『狸狩りよ。ゆっくり楽しんで頂戴……』
11/12/10 10:16更新 / テラー
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