第四十七話〜豪華絢爛 Lizard day break〜
欲求不満になった人間というのは厄介なもので、その欲求を満たす為ならば殆ど何でもやってしまうものだ。
極限まで腹が減れば人殺しだってするし、一文無しになって稼ぐ手段がなくなれば盗みもする。
徹夜すればどこだって眠ってしまうし、性欲が極限まで達すれば理性をかなぐり捨てて誰かを犯しにかかるのだろう。だから性犯罪は減らないのだろうし。
じゃあ、戦闘欲求は……?聞くな、思い出したくもない。
〜冒険者ギルド ロビー〜
その日はどうも浮かなかった。
エクセルシアの回収に失敗したのもそうだし、目を覚まさなかったドリアードの事も気がかりだ。
その上、エクセルシアは完全に姿を消し、全くと言っていいほど足取りをつかめない。
シーフギルドに協力を要請するも、『大きめのレンズのような宝石』とだけしか情報が与えられず調査は難航していた。
「(あ〜どうすんだよもう……あれ野放しにしたらえらいことになるぞ……別の魔物が触れたりしていないよな?どっかのマッドサイエンティストの手に渡ったりしてないよな?)」
「ニータちゃん……やめようよぉ……」
「いいのいいの。さっきから全然返事しないんだもん。少し懲らしめないと。」
エクセルシア自体が強力なエネルギーを内包しているため、何か強力な力があるものだと気付いたした奴が悪用するかもしれない。悪用すれば露呈するだろうが……それでも多少の犠牲は出てしまうかもしれない。そういう事自体避けたかった。
「(ヤバイ、物凄く心配になってきた。今からでも行きたいが依頼無しで行動すると後でミリアさんがネチネチネチネチ怖いからなぁ……動こうにも動けない……あぁ、もどかしい)」
「ほれ、ネズっ子。こっちのロープも使うとええじゃろ」
「ナイスエルちゃん!さ〜どんどん縛っちゃうよ〜♪」
最悪の展開としては教会の手に渡ることだ。
それが何かはわからなくとも、力が秘められているとわかれば聖剣にでも組み込まれるかもしれない。そいつが勇者の手に渡ったとしたら……取り返すのには一苦労所の話ではなくなってしまう。
「(あ〜……まだか?まだ情報は入ってこないのか?まだクエストは貼り出されないのか?もう居ても立ってもいられないぞ。鵺、鵺はどこだ?こうなったら単身でも……)」
と、そこで手が全く動かない事に気づいた。
いくら動かしても動かしても……
『マスター、ようやく我に返りましたか。』
「あん?って、なんじゃこりゃ!?」
全身をロープでがんじがらめに縛られていた。なぜかそこかしこに卑猥な道具がぶら下がっているような……
「さ〜てアル?散々無視してくれたツケは払ってもらわなくちゃねぇ?」
「に、ニータ?これは何なんだ?てか早く解け。」
縛られている俺を眺めてニヤニヤしているニータとエルファ。
アニスちゃんは右往左往しているだけだ。
「さっきからぶつぶつぶつぶつと独り言ばっかりで全然相手にしてくれないんだもん。あたし達を無視するアルなんて……こうだ!」
がんじがらめに縛られているにもかかわらず、器用に俺のズボンだけを脱がすニータ。
しかもトランクスごとずり下ろしやがった。
「うぉい!?ちょ、待て!公衆の面前だぞ!?早く解いてズボンを履かせろ!」
「第一回アルテア公開レイプパーティー!いぇ〜い!」
「まてぇぇぇぇぇえええええ!」
しかも何か唐突に始まった!?何!?公開レイプ!?モラルはどこいった!?
「取出しましたのは〜?超高速振動大型張り型ー!」
ニータが規格外の張り型を取り出す。残像が見えるぐらいに震えている!?
というかどこから出した!?
「これをアルの(ピー)にブチ込みまーす!」
「ぎゃぁぁぁぁああああ!?おま、マジでやめろというかかんべんしてくださいおまえドMじゃありませんでしたっけそしてうしろだけは マ ジ か ん べ ん し て く だ さ い !」
ちなみに男性陣は尻に手をあててドン引きしている。
俺の必死に訴えにニータはニヤりと口を歪めた。目がキラーンとか光った気がする。
「マゾ?違うね。あたしは……」
またもどこから取り出したのかもわからないようなローションを張り型にまぶしていく。
ぬらぬらとテカって卑猥……ではなく。
「アブノーマリストさ!」
「全然自慢にならねぇ!?」
不気味な笑みを湛えたままニータがにじり寄ってくる。あと三十センチと言うところで……
「は〜いそこまで♪」
割り込んできたミリアさんにニータが首根っこをつまみ上げられた。
あぁ……あの人が天使に見える……
「これからクエストで彼を使わなきゃならないんだから壊されたら困るわね。やるなら帰ってから、それも壊れない程度にしてちょうだい。」
やはり悪魔だった。
〜クエスト開始〜
―謎の集団失踪殺人事件―
『ここのところ極めて奇妙な事件が多発しているわ。リザードマンやラミアの住む集落、ハニービーのコロニーから魔物達が全て消え失せるという異常事態が起こっているの。
その集落に住んでいた男性は全て殺害。死因は刃物による斬殺から、何か質量の大きい物を高速でぶつけられて……ようするにミンチみたいな状態になっているものもあるわね。
消失した魔物達の足取りは依然掴めていないわ。
今回は今までの事件があった場所を参考にしつつ、次の発生場所を予測してあるからそこで何が起こるのかを見てきて頂戴。可能ならば食い止めてもいいし、無理であるならば早急に撤退すること。全滅したら何が起こっているのかすら分からなくなるわ。頼んだわよ。
モイライ冒険者ギルド支部 支部長 ミリア=フレンブルク』
「また失踪事件か……ここのところ多いよな……」
江戸崎でも集団誘拐が起きていたっけ……しかし今度のは桁が違う。
なにせ集落が丸々一つ消えているのだ。明らかに異常事態だ。
「なんでも失踪事件が起きた村の跡は水浸しになっているとか……。一体何なんでしょうね。」
「水浸しねぇ……津波でも来て拐われたか?」
当て推量で物を言う俺。無論当てる気なんてさらさらないが。
プリシラも腕を組んで首をかしげている。
「内陸部の、しかも周囲に全く被害を出さないように津波を呼び寄せる事が出来れば可能ですが……それなら死体が見つかっていないのに説明が付きませんし、なによりこれは殺人事件も同時に起きているんです。津波は人を切り裂いたり砕いたりしませんよ。」
「だよなぁ……」
二人してうんうん唸っている所にミリアさんが近寄ってきた。
普段の薄笑いはなりを潜めてシリアスモードだ。
「今回の山……かなり危険よ。一人とは言わず二人三人……そうね、エルファやフィー、あとミストも連れていきなさい。」
「おいおい、ずいぶんと慎重だな。何か心当たりがあるのか?」
ミリアさんが押し黙ってしまう。おいおい、そんなにヤバいのか……。
「一度、被害にあった男性の死体の検分に立ち会ったことがあるわ。あの傷痕や破裂痕、見覚えがあるのよ。」
「なんだって?」
そう言うとミリアさんは俺を見つめてきた。正確には、鵺を。
「おいおい……まさか俺がやったとか言うんじゃないよな?」
「まさか、貴方にそんな事をする理由なんてあるとは思っていないわ。問題は、『同じような』武器で付けられた傷、って事よ。」
全身の毛が総毛立ち、冷や汗が流れた。背中がじっとりと気持ち悪い。
「まさか……アルター絡みか?」
「可能性は否定しないわ。十分注意して頂戴。」
やれやれ、最大級の厄介事の匂いがする……。
どこかで今も暗躍し続ける自身のクローンを恨めしく思いつつ、俺は3人に声を掛けに行くのだった。
緑の集落へ向かうため、旅の館へと行こうとした時だ。
ギルドから出ようとした時に宝箱が開いた。中から少女……シアが出てくる。
「アルテアさ〜ん、お届け物で〜す!」
「はいよ……っと。誰からだ?」
渡された木箱に札が付いている。
というか……英語?
「連合軍実験強襲部隊……『ドラグーン』って……あいつらか。なんだか貰ってばかりで申し訳ないなぁ……」
「アルテア、先に行っているぞ?」
「あぁ、すぐ追いつく。」
木箱を開けてみると、中には折りたたまれた板のような物が入っている。
この形状……もしかして。
「弓か?これは。」
『合成樹脂製のアーチェリーでしょうか。所々改造されていますね……。』
付属品でレーザーサイトと矢……あとその先端に取り付けるらしき金属製の筒がいくつか。
「グレネード……?こりゃまたえらく物騒な物が送られてきたな。」
『現在の兵装ではサイレンサーを取り付けた物がありませんから、静粛性を維持したい時は使えるかもしれません。』
「うむ……しかしなぁ。」
弓なんて使った事がない。
レーザーサイトで多少は狙いをつけやすいだろうが、構え方やら弦の引き方やら色々とコツがいるのだ。そういう意味では現代戦に置いては趣味全開の一品である。
正直サイレンサーを付ければ銃でも同じ事ができる。
「どうしよう……一応持っていくか?」
『デッドウェイトにならなければ良いのですが……。』
戦闘に置いて使わない装備を持っていくのは、動きが鈍くなるので非常に致命的だ。
だからといって先方の好意を受け取らないのは俺としても心苦しい。
「……グレネードだけ持っていくか。」
『そうですね。爆発物はいくらあっても困りませんから。』
箱の中からグレネードだけを取り出し、バックパックのサイドポケットに入れると、残りの箱を自室に置いてギルドを出発した。
今度グレネードポーチでも手に入れようか……。
〜緑の集落〜
緑の集落は周囲に森林が広がる緑豊かな場所だ。
主にリザードマンが集まって作られた集落であり、有名な剣士が数多く輩出された地でもある。
旅の館からカードポータルで目的地へと辿り着く。
毎度高いところから落とされるこの転送法にもずいぶんと慣れた物だ。
「うぉぉぉぉおおおお!?」
約一名慣れていない奴もいるようだが。
ミストが盛大な金属音と共に地面へと激突した。
「やれやれ……ほら、大丈夫か?」
「む……済まないな。助かる。」
ミストに手を差し出して立ち上がらせる。その様子をどことなく羨ましそうに見ているエルファとフィーがいた。
「「あー、ころんでしまったー」」
「お前らは自分で立ち上がれ。わざとなのが見え見えだ。」
転ぶ寸前で体勢を立て直す二人。器用過ぎるだろ。
集落の地図が張ってある看板の前に行き、地図をクリップボードにコピーする。
村長の家を探しだすと、ナビゲーションツールを起動させた。
「三文芝居は後だ、後。今は村長の家に行ってこれからする事の説明をしなきゃな。」
ただ単に張り込みをする許可を得るだけなのだが、よそ者を快く思わない人もいるかもしれない。
ここの村長の頭が予想以上に硬くなければいいのだが……。
〜緑の集落 村長の家〜
「断る。」
「ぇー……」
俺の説明を受けたリザードマンの村長の第一声がこれである。取り付く島?んなもんねぇよ。
「私の村に奇襲でどうにかなるような住人など一人もいない。全員が一人前の戦士であり、常勝無敗の猛者たちだ。無論、その夫達も彼女達より強い。」
すげぇ自信だ。
「その自信過剰で今までどれだけの村からリザードマンが消えたと思っている。真の戦士であるのならば常に慢心するな。それが……死に直結するぞ。」
フィーの言葉にはやはり重みがある。伊達に以前殺されかけていない。
これを学んでくれたのであれば、彼女に辛い思いをさせた甲斐があったというものだ。
「己の技量に自信が無いからそのような消極的な考えになるのだ。同族ながら情けない……」
「そうではない……そうではないのだ!相手が強い弱いは関係ないのだ!油断こそが全ての敵だ!足元を掬われてからでは遅いのだ!」
熱くなって反論するフィーをエルファが制止する。
相手を見上げながら話をさせるのもなんなので肩に載せてあげた。
「のう、村長殿。別にわしらはおぬしらの力を認めないと言っている訳ではないのじゃ。ただ、注意の勧告とわしらにこの村での自由行動を許して欲しい、と言っておるのじゃ。わしらはおぬしらがどうしようと咎めるつもりは無いし、おぬしらにもわしらが何をしてもこの村に不利益にならない限りは特に何も言わないでほしいとな。別によそ者が3,4人村の中を歩いた所でどうという事はあるまい?それとも、そんな事も許せないほどこの村の長というのは狭量なのかのぉ?」
「む……別にそうは言っていない。あいわかった、お前達にこの村で自由に歩き回る事を許可しよう。それと……お前。」
村長がエルファから視線を外し、俺の方へ目を向ける……と言っても大して動いていないのだが。
「ん……俺か?何だい?」
「お前にはこの村の若いのと何人か手合わせをしてもらいたい。最近は外からの訪問者が少ないものでな。皆自分の腕を試したくてウズウズしているのだ。」
そうきたか。フィーやエルファ、ミストに目配せすると……目をそらされた!?
「あ〜……うん。別にいいが、一つ条件が。」
「ふむ、何だ?言ってみろ。」
これ以上何かが立つのはいただけない。
「勝負の勝ち負けで嫁になるとかどうとかは無しにしてくれ。」
「勝者、アルテア=ブレイナー!」
煙が晴れた所で立っていたのは俺だった。
まぁ当たり前か。スモークを焚いた中でサーモスキャンによる狙い撃ちをされては手も足も出ないだろう。
……相手がフィーだったらどうなっていたかわからないが。
「ぅぐ……痛……」
「反則だぁ……」
リザードマンが4人ほど地面に倒れてのたうち回っている。
そりゃ暴徒鎮圧にも使われるようなゴム弾である。当たれば死なないまでも暫くは何もできまい。
「これでいいか?」
「うむ。戦い方はどうであれ若い者には良い経験になったであろう。」
『凄まじく卑怯臭い戦い方でしたがね。』
否定はしない。
しかしなんだか全身がチクチクする。別にかゆいとかではない。
無数の視線のせいだ。
視線の主は恐らく全員リザードマン。
それプラス倒れている4人からも熱視線を感じる。
「村長、約束は忘れていないよな?」
「うむ、勝っても負けても嫁入りとか責任とかそういう類は負わせん。」
それを聞いて俺は胸をなで下ろす。これ以上周囲に魔物が増えるのはゴメンだ。
ただでさえ精神力がマイナスに突入しようとしている時に倍近く増えたら今度は虚数になりかねない。
「ただ、欲求不満な若者は山ほどいるからな。全員と戦って納得するまでは解放されんと思うぞ。」
「……は?」
いつの間にか俺は手にそれぞれの得物を持ったリザードマン達に囲まれていた。
全員の目がギラギラと光っている……こえぇ……。
「ま、せいぜい頑張る事だ。」
「あ、おい!ちょっと!」
そう言い残すと音もなくその場を立ち去った。
残されたのは、リザードマンに囲まれた俺一人。
「はは……マジかよ。」
『この場は降参することを推奨しますが。』
味方からの降伏勧告なんてシャレにならんぞ。
進むことも下がることもできず、じりじりと包囲の輪が狭まっていく。
俺の前方の3人が全身に力を溜めて跳びかかる準備を始めた。本格的にヤバい。
脂汗が目に入りかける。以前おやっさんが語ってくれたガマの油の事を思い出し、あぁ、こんな状況なのだろうなぁというどうしようもない思考が頭の中に浮かんできた時に、3人が飛び掛ってきた。
「っ!」
『回避行動を取ってください。』
回避なんてとても間に合いそうもない。しかも、回避したらしたで別の奴が飛び掛ってきそうだ。
万事窮すか……!?
<ガキン!>
目の前に黒い壁が立ちふさがる。所々に目玉をあしらったフルプレートアーマー。
強靭な盾を右手に持ち、左手で大剣を振るう鉄壁の象徴。ミストだ。
「流石に見かねたのでな。助太刀させてもらう!」
「すまん!助かった!」
背後からも別のリザードマンが飛び掛ってきたが突如爆発が起こり、四方八方へとリザードマンが吹き飛ばされていく。
土煙が晴れ、姿を表したのは山羊角の小さい姿。エルファだ。
「自分の兄様がよってたかって襲い掛かられるのは見るに耐えんのぉ。このまま兄様が誰かの婿になってしまうのも面白くないし、少し混ざらせてもらうぞぃ」
「ナイスだ、エルファ!後でなでなでしてやる!」
「出来れば膝の上に座るのも頼みたいのぉ……(チラ)」
「お安い御用だぜ!」
サムズアップ。足の親指をミストに踏み抜かれて激痛が走った。
さらに四方八方から雄叫びと共にリザードマンが踏み込んできた。
今度は流石に防ぎきれないか!?
―悪いがアルテアはお前達にはやれないのでな。―
巻き起こったのは緑の旋風。
縦横無尽に跳びかかるリザードマンの間を縫って走りまわる影から聞こえてきたのは鈍い打撃音。
バタバタとリザードマン達が倒れ伏して行き、その影が俺と背中合わせに立った。
「少しは私も仲間に加えろ。寂しいではないか。」
「お前だったら言わなくても飛び込んでくると思ったよ。フィー。」
疾風、瞬速。それを体現する緑の剣士、フェルシア=グリーンその人が俺達の味方に付いた。
さぁ、パーティの完成だ!
「反撃開始だ!行くぜぇ!」
……………………
………………
…………
……
夜。
俺達は貸し与えられた空き屋で昼間の戦闘の疲れを癒していた。しかし……
「おい、これから何が起こるかわからないってのに疲れきってどうするんだよ。」
「ん?私はさほど疲れてはいないが?」
ヘトヘトに疲れはてている俺とは対照的に、3人ともピンピンしていた。
もうやだこの化け物達。
俺はあぐらをかいた上に座っているエルファの頭を撫でながら、ふと思った疑問をミストへ投げかける。
「そう言えばミスト、村長との話し合いの時になんで一言も喋らなかったんだ?」
「あぁ、それか?」
恥ずかしそうに頬を掻くミスト。
何か言うに言えない理由でもあったのだろうか……
「何、騎士団長から交渉の席では一言も喋るなといつも言われていたからな。どうにも私は駆け引きとか騙し合いとかが苦手な節があるみたいで、こういう話し合いの席では極力何も話さない事にしているのだ。」
確かに、熱血直情系が繊細な駆け引きとか腹の探り合いをしようというのは鍋と鍋の具材を持ってきてまな板の上で寝転がるような物だ。カモネギという言葉すら生ぬるく感じる。
「その点わしは慣れているからの。お偉いさん方との腹の探り合いなぞ日常茶飯事じゃ!」
「そうかそうか。えらいな、エルファは。」
また頭をグリグリと撫で回してやると、にゅ〜とか変な鳴き声を発し始めた。少し面白い。
それを羨ましそうに見ている脳筋二人……
「頭だけそちらに渡すから撫でてもらえないだろうか?」
「やめろよ!?頭外したら撫でるだけじゃ済まなくなるからな!?」
こらそこ、残念そうな目でこっちを見るな。
あとフィー、年下に頭を撫でられて嬉しいのか、お前は。
「いかん……叫んだら余計に疲れてきた……」
『少し休んではどうですか?幸いにもまだ疲労を感じていないメンバーもいることですし。』
ラプラスが休息の提案を出してきた。何だかんだでこいつは俺の身をいつも案じてくれているのだ。
理不尽なまでに弄られたり追い詰められたりもするが、根本的な所でこいつは俺を思ってくれている。
「それがいいだろう。持続力はともかくお前は火力だけで見ればこのメンバーの中でも1,2を争う。いざという時に力を発揮できなくては大変だからな。」
ミストもラプラスに同意してくれた。なんだか不気味なくらいに物分りがいいな……。
「そういう事なら少し休ませてもらうよ……おやすみ。」
そう言って俺はゆっくりと目を閉じ、意識を手放した。
あ、いけね。エルファを膝の上に乗せたままだった。
『寝てしまいましたね。』
「あぁ、本当に寝付きが良いのだな、アルテアは。」
「むぅ……こうなると迂闊に動けないのじゃ……」
アルテアが寝静まった後、空き家の中は急激に静まり返った。
なんだかんだ言っても彼が中心人物だ、ということなのだろう。
そう言えば、私はアルテアの事をあまり詳しくは知らなかった。
長い時間を共に過ごしていたような感覚だったが、実際に会ったのはほんの1ヶ月ぐらい前の事なのだ。
「ラプラス殿、アルテアは一体どういう者だったのだ?」
『どう、とはどういう事でしょうか。ミスト様。』
質問が曖昧すぎたか。
彼女を相手にしていると思わず人間と話しているような錯覚に陥るが、アルテア曰く決まった思考るーちんに沿って自身で思考実験を繰り返し、適切な……あぁ、ややこしいからまともに覚えていない。
「どのように生き、どのような人々と過ごし、どのように歩んできたのか、という事だ。」
「ふむ、兄様は進んで自分のことを他人に話すような事はせん人じゃからのぉ。わしも知っているのは……そうじゃの。ラプラスよ、どの辺までは話してもかまわんかの?」
エルファ殿がラプラスに確認を取っている。
それを吟味しているのか、暫しラプラスが沈黙した。
しばらくすると彼女の声がまた聞こえてきた。
『どこから来た、何をしていたか、どのような人物か、その程度であれば問題はないかと思われます。』
「そうかの。そうなるとわしから話せることは至極少ないのぉ……ラプラスからも言える事は言ってやってもよいじゃろ?」
『善処致します。』
どうやら余程秘密を抱えている男らしい。
エルファ殿は一度咳払いをすると、彼について話し始めた。
この時に気づいておくべきだったのかもしれない。
なぜ、密室の中、しかも真夏だったのにも関わらず鎧を着たまま平然としていられたのか。
なぜ、外から聞こえる音が殆ど無くなっていたのか。
なぜ、フェルシア殿が黙りこくったままだったのかを。
11/11/12 09:43更新 / テラー
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