第四十五話〜横恋慕〜
恋は盲目とは言うが、実際に恋に落ちるとそいつの事が気になって仕方が無くなるものだ。
一挙手一投足が気にかかり、ついつい眼で追ってしまう。
お陰で誰よりもそいつのことに詳しくなったり……若干フィルターはかかっているかもしれんがね。
ん?一般論だ一般論。
〜???〜
花畑だ。
色とりどりの花が咲き乱れ、その花畑が途切れるように川が流れている。
辺りには蝶が飛び交い、花の甘い匂いに引き寄せられるように蜜を吸っている。
川のほとりにはリコリス……つまり彼岸花が立ち並ぶように咲き乱れていた。
「これは、アレか。ジャパニーズ三途の川か。」
おやっさんの話にそんなのがあった気がする。
なんでも死人がたどり着く場所だとか。後ろから足音が聞こえ、振り向いてみると……
「な、……そんな……まさか……!」
「幽霊でも見たような顔だな、アルテア。いや、今はアルテア大尉殿だったかな?」
そう、ヘンリー曹長……今は二階級特進で少尉だった。
「少尉!貴方は死んだはず……」
「あぁ、確かに死んださ。おかげで毎日天国暮らしだよ。傭兵にはもったいねぇ毎日だ。」
苦笑するヘンリー少尉。俺は困惑を隠せない。
「やはりここは……」
「あぁ、おやっさんの言ってたヒンドゥーのカーワだな。」
「それを言うなら三途の川ですよ……少尉、貴方にはどうしても謝りたかったんだ。」
しかしヘンリー少尉はそれを手で押しとどめる。
出かかった言葉が止められてしまった。
「ストップ。別に謝る必要はねぇよ。あの時のお前の言い分も尤もだったからな。おかげででっかい魚が釣れたろ?」
「でもそれで少尉が……」
「あ〜やめやめ。聞く耳もたん。それに敬語も無しだ。今はお前のほうが階級は上だろうが。」
この人は前から変わらない。俺の階級が下だった時も敬語を使うなと言われたものだ。
「傭兵みたいなゴロツキやっていたんだ。地獄に落とされると思っていたさ。ところが来てみたら天国行きのチケットを渡されたと来たもんだ。世の中何が起こるかわからんもんだよな。」
ニヤけながら言うことでは無いと思うのだが。
「大尉、お前はまだ生きることが出来るはずだ。俺の分まで精一杯生きろ。天国から見守っているからな。」
「少尉……ありがとう。」
俺が敬礼をすると、少尉は手を振って川の方へと歩いて行く。
「じゃあな。次会うときはお前が本当に死んだ時だ。嫁さん共々待っているぜ。」
ん?嫁さん?
「あなた〜!早く行きますよ〜!」
「お〜う!今いくよマイハニー!」
川の向こう側でエンジェルが手を振っている。
……現世に戻れなくてもいいからぶん殴りたくなったのは気のせいではあるまい。
背中が引っ張られるような感覚がして、俺は意識を手放した。
〜メルガの森記念孤児院〜
AM8:00
意識が覚醒していく。
ぼんやりとした視界。遠くに茶色い何かが見える。あれは……天井か?
ぼやける意識の中、声が聞こえてきた。
『意識回復。バイタルレベルグリーン。出血による低血圧はあるものの危機は脱したと判断します。おはようございますマスター。気分は如何ですか?』
「あぁ……最高だ。昔の戦友を殴り飛ばしたいぐらいにはな。」
『言っている意味がわかりません。』
わからんでいいと手だけ振って答える。ここは……どこだろう。
たしかアルターに撃たれて……その瞬間にテレポートしたんだったか。
「ここは……」
『以前助けたワーウルフが手伝いをしている孤児院です。モイライからは大体10キロメートル程度は離れているでしょうか。所在地の詳細についてはレポートを作成しておきました。後で目を通してください。』
レポートファイルを開こうとした丁度その時、部屋の扉がほんの少しだけ開いている事に気づく。
よくみると隙間からいくつもの目が覗いていた。
「(見慣れない奴が来たから警戒しているんだな。)」
全部が全部心に傷を持つ子供という訳ではないだろうが、見知らぬ者が来たら普通は不審がる物だ。
さて、どうしたものか。
「ところでラプラス、そこの花瓶の水は飲めると思うか?」
『衛生的に見てもやめたほうがいいと思いますが。』
「とは言ってもな……結構喉が乾いているんだよな。」
おもむろに花瓶に手を伸ばし、中の花を抜き取る。
花瓶に口を付け……
「なんてやると思ったか?」
る寸前で扉の方へ視線を向けてニヤリ。覗いていた目が慌ててひっこみ、外の廊下を駆けていく音がする。
『マスター、その冗談はいただけません。』
「冗談の良し悪しをお前に言われるとは思わなんだ。」
ベッドから起き上がって伸びをする。結構長い時間寝ていたのか、体中の関節がボキボキと音を鳴らす。
銃創は若干引き攣るような痛みが走るものの、殆ど傷は塞がっていた。
完璧な治り具合じゃ無いところを見ると薬草のようなものを使って治癒力を高めているのかもしれない。
あとは……
<ぐぅ〜……>
「腹が減ったな。」
『丸一日寝ていましたからね。生命に別状はないものの、エネルギーの補給を推奨します。』
傷を直すのも体力を回復させるのもエネルギーが必要だ。
兎にも角にも何か食べられる物を探さなくては。
「たしか携帯食料が〜……」
『携帯食料なら孤児院の子供達がマスターの荷物を漁って持って行ってしまいましたよ。』
ガッデム。
「なぜ止めなかった。」
『おやつを見つけて喜んでいる子供をマスターは止めることができますか?』
「ぐ……」
まぁ、仕方がないか。
空きっ腹を抱えて部屋を出る。さて、あの時のワーウルフはどこにいるだろうか。
「そういやあの時名前聞いていなかったよなぁ……」
『それもレポートに纏めてあります。』
レポートを開いて適当に流し読みする。
「メルガの森記念孤児院……収容児童数は10人と。現在の従業員はニーナ=ノイマン……ワーラビットか。それとサリア=ブランディッシュ……あぁ、こいつか。」
ワーウルフの顔写真には見覚えがある。間違いなくこの世界に来て数日後の事件の彼女だ。
「え〜と……他には?この森には元々大量のマタンゴが生息していたが、8年前に謎の消失事件が起こり、以後森の生態系が回復。それを記念して建てられたと。」
まぁどうでもいいな、これは。
あとは見取り図だが……
「お、見取り図発見〜♪」
地図をナビゲートツールにコピー。
おそらく事務所だと思われるところにマーカーを付けてナビゲートを開始させる。
事務所にたどり着くと、眼鏡をかけたワーラビットが新聞を読んでいた。おそらく彼女がこの孤児院の院長のニーナだろう。
「おはよう、院長さん。」
「ん?あぁ、ようやく目が覚めたか。アルテア君……だったかな?サリアが心配していたよ。」
彼女は新聞から目を話して俺に微笑みかけてきた。
柔和な顔つきはいかにもみんなのお母さんといった感じだ。
「お陰様でな。怪我の手当も彼女が?」
「うん、泣きそうになりながら手当をしていたよ。君は彼女の恋人か何かなのかい?」
こういう展開にももう慣れたよ。うん。
「ただの知人だよ。彼女に少しお節介を焼いた程度のね。」
『ついでに気になる異性程度の気持ちを植えつけたんですね。わかります。』
このAIは本当に碌な事を言わない。そんなに俺を追い詰めて楽しいのだろうか。
「ふ〜ん……まぁそれならそれでいいけどね。」
値踏みをするような目でこっち見んな!
「それはそうと何か腹に入れたい。携帯食料でも食べようかと思ったがどうにもここの子供達に持って行かれてしまったようでな。何か食料を分けてもらえないだろうか。」
それを聞くと彼女は申し訳なさそうに苦笑いをした。
どうやらここの子供たちは普段からやんちゃをしているらしい。
「あらら、それは済まない事をしたね。食堂なら一階廊下の東側の突き当たりだよ。朝食はもう終わっているけれど今はサリアが後片付けをしているはずだからね。無事だった事を言いに行くついでに何か食べられるものをもらうといいよ。」
俺はニーナ院長に礼を言うと、一階へ向けて歩き出した。
背中に妙に生暖かい視線が注がれているのはなんでだろうね。
〜食堂〜
食堂の奥の厨房ではサリアが洗い物をしていた。
こちらには背中を向けているため、俺の事には気づいていないようだ。
「よう、おはようさん。」
「え……あ……」
振り返って俺の姿を確認するなりへなへなとその場に崩れ落ちてしまった。
焦って彼女の側に駆け寄る。
「お、おい。大丈夫か?」
「あ、安心したら腰が……」
その後も彼女は立つことができず、代わりに俺が洗い物をする事になってしまったのだが。
「手当してくれてありがとうな。お陰で助かった。」
「いえ、わたしも必死でしたから……」
サリアが出してくれたスープの残りを飲みながら話をする。
彼女の方も孤児院の仕事が楽しいのか、色々と話してくれた。
「しかしあんたが幸せそうに暮らしていて良かったよ。」
「ミリアさんのお陰ですよ……自分にとって天職なんじゃないかって思うぐらいです。」
眼を閉じて胸に手を当てるサリア。厳かに微笑むその様子はまるで聖女か何かのようだ。
「あ〜……そうだ、あの時から体には特に異常は無いか?」
「異常……ですか?特にはありませんけど、どうかしました?」
エクセルシアによる後遺症は特に無いらしい。まぁチャルニも後遺症は無いあたり特に心配する事ではなかったか。
「大丈夫ならいいんだ、気にするな。あとは……」
そう言えば彼女が欲しがっていた物は手に入っただろうか。
「気になる人とかはできたか?」
「ぶふぅ!?」
サリアが口に含んでいたお茶を吹き出した。
盛大にむせる彼女。
「げほっえほ……いきなり何を言うんですか!?」
「いやぁ、いつもこのネタで弄られているからな。たまには攻勢にまわってみようかと。んで、どうよ?」
彼女は額に手を当て、首を振っている。その様子を見るとどうやらまだらしい。
「街からも結構離れている上にここらへんは人もめったに通りませんから……。街へ買出しに行った時は忙しくて声を掛けることすらできませんねぇ。それに……」
机の上に突っ伏す彼女。握り拳を作ってプルプルと震えている。
「孤児院の一番上の子でも10歳なんですよぉ……最低でも6,7年は待たなきゃならないなんて気が長すぎます……」
どうやら子供が成長したら手を出してもいいと言われているようだ。
「そうかーあはははーながいなそれはー」
『5s』
「シャットダウン」
何か言う前にラプラスを落とす。その先は絶対に言わせねぇ。
俺の奇行にサリアは目を白黒させている。
「?」
「いや、なんでもない。ちょいとこいつを眠らせただけだ。」
ゴンゴンとテーブルの上の鵺を叩く。気持ち強めに。
本当は武器をこんな風に扱ってはいけないのだろうけれど。
「はぁ〜腹いっぱい!ご馳走さまでした!」
「お粗末さまでした。街からは割と近いですけど……今日はもう帰りますか?」
そのつもりだと言おうとしたが、彼女が何かを言いたげにこちらを見ている。
別に熱が篭った物ではなく、困ったことがあるのだが言い出せないと言った感じだ。
「別に今帰っても構わないんだがな……一宿一飯の恩だ。何か困ったことがあれば手伝うぞ。」
俺がそう言うと彼女はほっとした表情になった。隠し事できなさそうだなぁこいつ。
「実は……ここ最近妙に視線を感じるんです。子供の視線って訳じゃなくて……いつもわたしのことを見ているというような。姿は見ていないんですけどね。」
「視線ねぇ……何か心当たりは?」
彼女が首を振る。どうやら何も心当たりはないらしい。
というわけで数日の間はここで過ごす事になった。
理由は言わずもがな視線の主の調査だ。
ギルドへはハーピー便で前回の任務の報告書と自分は無事であることを送った。
で、一日目。
俺は前庭で子供達と遊ぶサリアを見守りながら辺りの気配を探る。
「……ん?」
気配を感じた方向へ目線を向けるが、一瞬にして気配が無くなる。
「ラプラス、今何かいたか?」
『心音センサーに反応あり。数は1です。』
どうやら何かが隠れているらしい。
おもむろに近づいていくとあっという間に逃げてしまった。しかしすごい逃げ足だ。
〜二日目〜
さて、前回は何の準備もなく近づいたために逃げられてしまった。
そこでだ。
「さ〜てさっさと姿を表しな……ストーカーちゃん」
俺は孤児院の2階の窓からそいつの足を狙撃することにした。
狙撃といっても少し掠る程度に当てるつもりだ。少なくとも暫くは歩けなくなるぐらいの怪我は負うだろう。
『いました。2時方向の木陰です。』
「捉えた。狙げ……」
しかしそいつはあっという間に逃げてしまった。気づかれたか?
「すげぇな、あいつ。逃げ足ならコカトリスとタメ張れるんじゃねぇか?」
〜三日目〜
一日目、二日目と観察して分かった事がある。それは……
「(いつも風下の方からサリアを観察しているって事だな。)」
奴が現れるのは決まって彼女の風下側だった。
嗅覚が敏感な彼女達に対する行動としては極めてベターな選択と言えるだろう
それならばまた違った対処法も取れる。
俺は即席のギリースーツ(茶色く染めたぼろ布や何かを大量に毛布へ貼りつけたもの)を上から被せて出没予想地点で待ち伏せをすることにした。
潜伏してから暫く経つと、案の定例の覗き魔が木の陰から覗き始めた。チャ〜ンス。
音をたてないように静かに手を伸ばし、そいつの足首をつかむ。
驚いたところでベルトを掴んで一気に引き倒し、自分のベルトに差してあったナイフをそいつの喉元へ突きつけた。
「フリーズ。下手な事しようと思うなよ?」
そいつは怯えてコクコクと首を振った。これなら手を離した所で逃げられるだけで済むだろう。
ましてや反撃には出ないはずだ。
俺はそいつを開放すると手を取って立たせた。
歳は大体16かそこいらだろうか。
「で、お前は何故こんな所で覗き行為なんぞしていた?ここには子供ぐらいしかいないぜ?」
「ぼ、僕は……」
まぁ、言い出しづらいよな、そりゃ。覗きやっていたら捕まりました〜とかシャレにならない。
それでも俺は根気強く彼が釈明するのを待つ。
「か、彼女を……見ていたんだ。」
「彼女……ってぇとどいつだ?」
「あのワーウルフの子だよ。つい最近ここへ働きに来た……」
ワーウルフというと……
「サリアの事か。」
「そうか……彼女はサリアと言うのか……」
お前は名前も知らなかったのか。
「で?お前は彼女をどうしたいんだ?別段害をなそうって訳じゃないんだろ?」
「とんでもない!彼女を傷つけるなんて考えられないよ!」
俺は若干冷や汗を流しながら頬を掻く。E−クリーチャー化していた時はボッコボコにしていたっけ……。
敵意がないことがわかったので、ナイフを鞘に戻して手を取って立ち上がらせる。
「じゃあ何なんだ?そいつに何の用があるって言うんだ?」
「そ、それは……」
急に赤くなってモジモジし始めた。さてはこいつ……
「ははぁ……なるほど。お前はアイツに惚れてしまったと。」
「うわ!ちょ!そんなにストレートに言わなくても!」
わたわたと腕を振る目の前の男。分かりやすいなぁおい。
そうなるとくっつけてやりたくなるというのが人の性とか言う奴である。
「せめて顔を合わせて挨拶するぐらいはしてみろよ。何か接点を持たないと親しくなれないぜ?」
「……無理ですよ。」
そう言ったとたんうつむく彼。何かまずいことでも言っただろうか。
次に顔を上げたとき、彼は恨みがましい目で俺を見てきた。
「自分みたいな無名の冒険者じゃ振り向いてくれませんよ。貴方みたいな凄腕の冒険者でもないとね。アルテアさん。」
どうやら俺は結構な範囲で名が知れているらしい。
酷く自虐的な態度。全てを諦めきった心。あぁ、もどかしい。
「その理屈で言うならば結婚している奴は全員凄腕の冒険者って事になるな。違うか?」
「そんなの屁理屈ですよ。冒険者って職業は有名じゃないと価値がないんです。」
酷くイライラする。なぜこいつはやりもしないでウジウジと悩んでいるのだろうか。
「価値があるかどうかなんてお前が判断することじゃない。相手がどう思うかなんて聞いてみないとわからんだろう。」
「同じ事ですよ。自分は自分が知る限りでは最低な人間ですよ……少なくとも覗きなんてしていた時点でたかがしれています。」
そいつはもはや何もかもを諦めきったような目で俺を見ている。
「貴方みたいな凄腕の冒険者なら何も苦労は無いでしょうね。富も地位も名声も想いのままだ。」
気づいたら、俺はそいつを殴っていた。
「苦労は無い……だと?望むものが手に入る、だと?ふざけんな!」
叩き付けるように叫ぶ。俺がどんな目に遭ってきたのか知らないこいつには、言われたくない。
「こちとら死にそうになってまで人を救ってんだ!潰れそうな程の重荷を背負って歩いてんだ!ついでに言うなら金なんぞ大して持っていねぇ!」
『マスター、最後の一つは余計です。』
鵺に全力でゲンコツを落とす。拳が痛いが気にしない。
「てめぇは丸太のような腕で吹っ飛ばされるほどの打撃を食らったことがあるのか!?猛毒で喘ぎ苦しんだことはあるのか!?溶解液で肉を溶かされる感覚を味わったことがあるのか!?鉄塊で挽肉にされかけた事は!?水晶の塊ですり潰されかけた事はあるのかよ!?」
声の限りに糾弾する。目の前の甘ちゃんに死の恐怖と対峙したときの辛さを訴える。
「大した修羅場もくぐっていないクセに俺を羨むんじゃねぇ!死ぬような苦労も経験せずに俺を妬むんじゃねぇ!悔しかったら……悔しかったら体を張ってでも何かでかいことをしてみろ!身を犠牲にしても何かを守って見せやがれ!」
一通り叫び終えて一息入れる。
もうコイツに言う事は何も無い。コイツがこの後どうしようが勝手だ。
「じゃあな。殴ったりして悪かった。」
そう言って俺はそいつに背を向けて孤児院の方へと戻っていった。
俺の叫びを聞いていたのか、サリアと子供達が目を白黒していた。
「本当にもう行ってしまうんですか……?」
「あぁ、お前を見る視線の主も少しは懲りただろう。この先は大丈夫な筈だ。」
翌日。
俺は一通り自分の荷物をバックパックに詰めると、それを背負う。
ほんの数日間過ごしただけだが、ここは暖かで良いところだった。
「機会があったらまた遊びに来るよ。今度はアニーとかも連れてな。」
「そうしていただけると幸いです。友達が増えれば子供達が喜びますから。」
彼女はニッコリと微笑むと手を差し出して来た。
俺はそれを握り返す。
「それじゃ、またな。」
「はい。お待ちしております。」
〜メルガの森記念孤児院〜
アルテアさんに殴られて目が覚める……という訳でもなく、僕はまた孤児院覗きをしていた。
自分の価値は自分で決めるものじゃない……か。
僕も彼みたいにかっこ良く生きられたらどんなに良いだろうか。
自分の身を呈して何かを守る、なんてできたらどんなに良いだろうか。
しかし、自分の身を呈した所で僕は弱い。
コテンパンに返り討ちにされるのがオチだし、第一彼女は僕より強いだろう。
守るより守られる立場になりそうだし、そんな醜態を晒すくらいなら……
「あの……どうかなさったのですか?」
「!?」
一瞬僕に話しかけているのかと思ったけど、違った。
彼女の前に不審な男が立っている。
頭に茶色い布を巻いて、サングラスで目を覆い隠している。
「どうもこうもない。強盗だ。命が惜しくば金を出せ。」
そう言ってその男は腰につけてあったナイフを引きぬく。……鞘ごと。
「あの……本当にどうかなさったんですか?」
しかし、彼女の方は何が起こっているのかわからないと言う風に首を傾げるだけだ。
子供達もポカンとしている。
このままじゃ……危ない!
僕の体は自然と男と彼女の間に割り込んでいた。
「彼女に手を出すな!」
「……フン。どこの誰だか知らんが正義の味方気取りか?笑わせる。」
正義の味方なんかじゃない……別に自分のためじゃない……
「僕は……僕はこの人を守りたいだけだ!この人を傷つけるというのなら、相手になってやる!」
愛用しているブロードソードを鞘から引きぬく。
震える手元を叱りつけ、真っ直ぐに男に向かって構えた。
「随分と手が震えているな。もっと腰を入れて構えろ。気合だ気合。」
「ふざけるな!お前なんか……おまえなんか……」
後ろで彼女がオロオロする気配が……しない?
「あの……アルテアさん。一体何をしているんですか?」
……………………え?
〜少し前 メルガの森〜
孤児院から離れ、誰も見られていない所まで来ると俺はバックパックを地面に下ろした。
その中からお目当ての物を探りだす。
「え〜と……あったあった。」
それは茶色っぽくて長い布と、子供達のおもちゃ箱から失敬してきたサングラス。
あとは男物(なるべくサイズが合う物を失敬してきたが、それでも小さかった)の服を一着。
俺はその服に着替え、茶色い布を頭に巻き、サングラスを掛けた。
するとどうだろうか。
「なんとなく強盗っぽく見えるよな?」
『どう見ても不審人物かと。』
ターバンを巻いたアフガン系テロリストっぽく見える。
後は常時携帯している普通のナイフを腰に付ければ準備完了だ。
「んじゃ、ちょっと行ってくる。」
『たまにマスターは天才なのではないかと思うことがあります。悪い意味で。』
愚痴を零すラプラスをその場に置いて、俺は孤児院への道を引き返して行った。
さぁ、一芝居と行こうじゃないか。
「……サリア、ネタばらしが早すぎだ。てか打ち合わせもしていないのになぜ俺の正体に気づく。」
そう言うと男は頭に巻いてある布をほどき始めた。
その下にある素顔はたしかに……
「あ、アルテアさん!?」
「もうちょいカッコつけさせてやれよ。かわいそうじゃないか。」
彼はやれやれと言った風に肩をすくめた。
僕は……担がれた?
「いえ、アルテアさんの匂いがしましたし。それに……」
彼女はアルテアさんが手に持っている布を差して、
「それ……布おむつです。」
「……なぬ?」
「それにそのサングラス、子供達のおもちゃですよね?」
「う……」
「あとその服、3ヶ月前にここを卒業した子のです。それにサイズが合ってませんよ?」
「ぐぬ……」
次々と指摘をしていく彼女。どうやら最初から分かっていたようだ。
じゃあ、ピエロは僕だけ?
「え〜と……洗濯はしてありましたけど……頭、洗っていきます?」
「………………そうさせてもらうよ」
彼もピエロだった。
「あ〜やれやれ……今度はもう少し確認してから拝借しないとな……」
「それ以前に勝手に物を持って行かないでくださいよ……」
『無断借用は窃盗と変わりませんよ、マスター。』
井戸水を汲んでバシャバシャと頭を洗う。
まぁ別に実が付いているわけではないのだが、気分的なものだ。
少し離れた所では、例の青年がこちらを見ている。
「ま、これで分かっただろ?」
「……何がです?」
俺はそいつへ自分のしたことの再確認をさせる。
「お前は、少なくとも目の前で大切な人が襲われていたら我慢できずに飛び出す奴だった。兵士としてなら下の下だが……男としてなら立派な事だ。誇ってもいいと思うぞ。」
「……僕は……」
また何か言いそうだったのでデコピンで黙らせる。こいつはネガティブな方向へ思考が行くとどん底まで落ち込むタイプだ。ならば何も考えさせないほうがいい。
「ほれ、彼女に言いたい事があるんだろ?」
「え、僕は別に何も……」
その尻を蹴っ飛ばしてサリアの元まで歩かせる。後押し後押し。
「私に言いたい事……ですか?」
「え、あ、えと……」
もじもじもじもじと……もう少し積極的になれと。
「ぼ、僕と!」
「は、はい……」
行け!行ってしまえ!
「友達になってくれませんか!?」
盛大にコケた。
「うぉぉぉぉぉおおおおい!そんなんでいいんかお前は!」
「だっていきなりストレートとか無理ですよ僕には!」
ぎゃあぎゃあと言い合っていると、そいつの袖がサリアに引っ張られる。
気づいて振り向いたそいつの顔は、見えない。
「あの、よ、よろしく……おねがいします……」
「ぅ……ぁ……」
青年の体が震える。その震えが腕まで広がり……
「やったぁーーーーー!」
諸手を上げて歓喜の雄叫びを上げた。
それをすっかり困惑した面持ちで見つめるサリア。
こいつら……うまく行くといいな。
はしゃいでいる青年と苦笑いしているサリアをその場に残し、俺は静かにその場を去った。
「……ぁ、そういやあいつの名前を聞きそびれたな。」
『モブ太郎(暫定)でいいでしょう。』
「そうだな。」
孤児院ではしゃいでいる青年(モブ太郎)は、自分がそんな不名誉な名前を付けられたことにも気づかずに歓喜に打ち震えるのだった。
11/10/29 10:07更新 / テラー
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