賢いスキュラの撃退法
夜の海を一隻の船が航海している。
甲板にはところどころにカンテラが吊り下げられており、夜であっても一定量の光量を確保していた。
魔物に襲撃される恐れがあるために明かりを付けるのは本当はよくないのだが……海には多くの船が行き来している。
衝突を避けるために付けているのだから、明かりをつけないのは逆に自殺行為だった。
「今夜も来ますかねぇ……船長。」
「まず間違いなく来るだろうな……お前ら、準備しておけ。」
「うぃっす。」
船長が舵を取りつつ、舵の隣の計器に目を光らせる。
すると、計器の針が大きく揺れた。
大枚を叩いて買った魔力センサー。周囲1キロメートル以内に魔物の魔力を検知する感度の高いものだ。
「うし、来たか。お前ら、位置につけ!」
「アイサー!」
部下に帆をたたませ錨を下ろすと、彼らは船倉へ続く扉の中へと入っていった。
彼女達には気の毒だが、少しばかり痛い目にあってもらうとしよう。
「あっれ……だれもいないよ?」
「おかしいなぁ……遠くから見た時は確かに人がいたんだけど……」
がらんどうになった甲板。
錨は降ろされており、船の進行は既に止まっていた。
それ故に甲板に上がりやすかったのだが。
「ていうかさっきまで帆を広げてなかった?」
「来るのが気付かれたのかなぁ……ま、無理矢理入ってお目当ての物を頂くだけだけどね〜♪」
二人のうち一人が船倉へ入ろうとして扉を開けた時、固まった。
「ん?どうしたの……え……何これ……」
もう一人が覗き込んで、同じように固まった。
廊下一面に赤いものがべっとりと張り付いており、壁には赤い液体で手形がついていた。
しかもその手形は苦しげにのたくったような跡を描いている。
「……入るよ。」
「えぇ!?入るの!?やめとこうよ……なんか不気味すぎるし……。」
「そんなこと言っても手ぶらじゃ帰れないじゃない。見た所商船か何かみたいだし、色々と値打ち物を積んでいるかもしれないでしょ。」
タコ足を蠢かせながら赤い液体で濡れた廊下を進んでいく。
赤い液体はどこか鉄臭い……。
「うえぇ……なんか血みたい。というか、本当に血なのかな?」
「ね、やっぱり帰ろうよ……」
片方のスキュラがもう片方にしがみついている。
スキュラという魔物は強気な物だと思われがちだが、反面臆病な性質も強く持っている。
故に先に進んでいる彼女も内心では非常にビクビクしているのだ。
『キャーーーーーー』
「っひ……!何、今の……。」
「うえぇぇ……もうがえりだい……がえろうよぉ……」
後ろの子はもはや半泣き状態だ。見ていて可哀想になってくる。
「……行くよ。」
「いやぁぁぁぁあああ!あたしもう帰るぅぅぅうううう!」
後ろの子が叫んだかと思うと、踵を返して廊下から一目散に外へと飛び出して行ってしまった。外から盛大な水しぶきの音が聞こえてくる。
残された方もかなり狼狽えているようだ。
「あぁ……もう。いいわよ、あたし一人で行くから。後で分け前をよこせって言っても知らないんだから……ホントに……。」
しかし、まだ見ぬお宝を前にして欲が出たのか、一人で船倉へと歩み続けた。
「こ、怖くない……怖くなんか無い……作り物よ……作り物……」
赤い液体の正体は鉄サビと絵の具を混ぜた糊を水で溶いたものだという事がわかり、若干の余裕が出てきていた。
先程の声も音が記録できる水晶に録音した物だったようだ。
先程天井から骸骨がぶら下がってケタケタと笑い出していたが、それも水晶と模型を合わせた作り物だった。
<ガシッ>
「ひっ!?いやぁぁぁぁあああ!」
何かが彼女の足を掴み、一つの部屋に引きずり込んだ。
必死で暴れていた彼女だったが、いつの間にか自由になっていた上に誰もいなかったところを見ると、罠か何かに足が引っかかって部屋に引きずり込まれたようだ。そして足から自然に抜けてしまったと。
「はぁ……はぁ……ふふふ……そうよ……全部偽物なんだから……全然大丈夫……大丈夫……」
虚ろな笑みを浮かべながらも船倉を目指して進み続ける彼女。
階段を降りて薄暗い船倉の中へと入っていく。
「へぇ……これは当たりかも。でも……人がぜんぜん見当たらないわね……」
船倉の中に入っていたのは絹でできた服や輸入用の硬貨、本などは水に濡れたら使い物にならなくなるだろうが、それ以外は水に入っても洗ったり乾かしたりすれば問題はなさそうである。
「ま、誰もいないならそれはそれで好都合か。彼氏が手に入らなかったのはちょっと残念だけど……ま、いいか。」
持ち前の楽観さを生かして物色を始めるスキュラ。
その目に、カンテラに照らしだされた何かが映し出される。
箱の向こうに誰かが倒れている。
「(体つきから言って……男!?これはラッキー♪海賊か何かに襲われたにしては荷物が丸々残っているのが気になるけど、ここで助ければ……)」
下心全開で倒れている青年へと近寄っていくスキュラ。
どうやら彼は怪我をしているようで、全身が血まみれになっていた。
「ちょっと、大丈夫?まだ生きているわよね?」
「……ぁ……ぅ……」
その男を助け起こして顔を見た時、彼女の意識が急激に遠のきかけた。
その男の顔の皮は全て剥ぎ取られ、所々白い骨が露出しており、眼がえぐり取られていたのだ。
「うぶ……!?な、なんなの!?これ!」
思わず助け起こしていた男を放り出し、壁際まで後ずさる。
そして、辺りから何かをズルズルと引きずるような音が一斉に聞こえてきた。
箱の陰という陰から、同じように血まみれになった男達が這いつくばりながら彼女の方へと近寄ってきていたのだ。
「助けて……たすけてぇ……」
「苦しい……しにたくなぃぃぃ……」
「俺の目……俺の目はどこだ……」
「ぅ……ぁ……ぁぁぁぁ……」
そして、いつの間にか先程倒れていた男が彼女の肩にしがみつき、耳元でささやいた。
「死……んで……くれ……」
「…………………………きゅう」
彼女はあまりの恐怖に意識を刈り取られ、その場で卒倒した。
「よ〜し、お前らお疲れさん。」
「あいってててて……こいつ、助け起こしたのはいいが思いっきり手を放しやがった。お陰で頭打っちまったよ。」
「各自廊下の清掃と後片付けを頼む〜こっちは帆を降ろしてくるわ。」
「んじゃ俺は錨で。誰か一緒に来てくれ。」
各々がムクリと起き上がり、テキパキと動き始める。
顔の縁に手を当ててめくり上げると、下からは特に傷一つ付いていない普通の顔が出てきた。
「アマミヤ特製のマスクはすげぇな。本当に見分けが付かねぇよ。」
「まぁ……向こうでは映画の特殊メイクなんかをよくやっていたからね。このぐらいはお手の物だよ。」
彼らがつけていたこのマスク、実はアマミヤという青年が作った特殊メイクによる被り物だ。異世界人であるところの彼は映画の撮影中に事故に遭い、気付いたら彼らの商船に保護されていたのだ。
「よっこいしょ……っと。おい、いつもの箱持ってきてくれ。」
「あいよー!」
船長がスキュラを担ぎ上げると、部下が用意した箱の中にゆっくりと彼女を寝かし入れた。
閉めた箱の蓋には、『スキュラ在中。開けてあげて下さい。』との文字と共に、南京錠にはそれに合う鍵が取り付けられていた。
「「っせ〜の〜せっ!」」
部下によってスキュラ入りの箱が海へと放り込まれる。
箱は海にプカプカと浮きながら海流に流されていった。
「しかしまぁ……惜しかったですよね。あんな美人。」
「言うな。魔物なんかと通じているってわかったら取引先がガクっと減るんだ。親魔の連中には取引が増えるだろうが……俺はまだ媚薬やいかがわしい道具なんぞ運びたくねぇ。」
「さいですか……。」
船長の妙なプライドにため息を吐きながらも、部下は今日の仕掛けを思い返していた。
「しかし……途中のひきずり込む罠には正直驚きましたね。誰が考えたんです?」
「ん?彼女に直接触れるような罠は誰も設置してねぇぞ?」
甲板にいた全員がその言葉に凍りつく。
船長自身も自分の言葉に冷や汗をかいているようだ。
「あ〜……あれだ。お前らも海の男なら細かいことは気にするな。」
「あ、アイサー……」
夜の海を商船が駆けていく。
彼らはこれからも魔物達との接触を拒みつつ商売をしていくのだろう。
時偶起こる奇妙な現象に目を瞑りながら。
甲板にはところどころにカンテラが吊り下げられており、夜であっても一定量の光量を確保していた。
魔物に襲撃される恐れがあるために明かりを付けるのは本当はよくないのだが……海には多くの船が行き来している。
衝突を避けるために付けているのだから、明かりをつけないのは逆に自殺行為だった。
「今夜も来ますかねぇ……船長。」
「まず間違いなく来るだろうな……お前ら、準備しておけ。」
「うぃっす。」
船長が舵を取りつつ、舵の隣の計器に目を光らせる。
すると、計器の針が大きく揺れた。
大枚を叩いて買った魔力センサー。周囲1キロメートル以内に魔物の魔力を検知する感度の高いものだ。
「うし、来たか。お前ら、位置につけ!」
「アイサー!」
部下に帆をたたませ錨を下ろすと、彼らは船倉へ続く扉の中へと入っていった。
彼女達には気の毒だが、少しばかり痛い目にあってもらうとしよう。
「あっれ……だれもいないよ?」
「おかしいなぁ……遠くから見た時は確かに人がいたんだけど……」
がらんどうになった甲板。
錨は降ろされており、船の進行は既に止まっていた。
それ故に甲板に上がりやすかったのだが。
「ていうかさっきまで帆を広げてなかった?」
「来るのが気付かれたのかなぁ……ま、無理矢理入ってお目当ての物を頂くだけだけどね〜♪」
二人のうち一人が船倉へ入ろうとして扉を開けた時、固まった。
「ん?どうしたの……え……何これ……」
もう一人が覗き込んで、同じように固まった。
廊下一面に赤いものがべっとりと張り付いており、壁には赤い液体で手形がついていた。
しかもその手形は苦しげにのたくったような跡を描いている。
「……入るよ。」
「えぇ!?入るの!?やめとこうよ……なんか不気味すぎるし……。」
「そんなこと言っても手ぶらじゃ帰れないじゃない。見た所商船か何かみたいだし、色々と値打ち物を積んでいるかもしれないでしょ。」
タコ足を蠢かせながら赤い液体で濡れた廊下を進んでいく。
赤い液体はどこか鉄臭い……。
「うえぇ……なんか血みたい。というか、本当に血なのかな?」
「ね、やっぱり帰ろうよ……」
片方のスキュラがもう片方にしがみついている。
スキュラという魔物は強気な物だと思われがちだが、反面臆病な性質も強く持っている。
故に先に進んでいる彼女も内心では非常にビクビクしているのだ。
『キャーーーーーー』
「っひ……!何、今の……。」
「うえぇぇ……もうがえりだい……がえろうよぉ……」
後ろの子はもはや半泣き状態だ。見ていて可哀想になってくる。
「……行くよ。」
「いやぁぁぁぁあああ!あたしもう帰るぅぅぅうううう!」
後ろの子が叫んだかと思うと、踵を返して廊下から一目散に外へと飛び出して行ってしまった。外から盛大な水しぶきの音が聞こえてくる。
残された方もかなり狼狽えているようだ。
「あぁ……もう。いいわよ、あたし一人で行くから。後で分け前をよこせって言っても知らないんだから……ホントに……。」
しかし、まだ見ぬお宝を前にして欲が出たのか、一人で船倉へと歩み続けた。
「こ、怖くない……怖くなんか無い……作り物よ……作り物……」
赤い液体の正体は鉄サビと絵の具を混ぜた糊を水で溶いたものだという事がわかり、若干の余裕が出てきていた。
先程の声も音が記録できる水晶に録音した物だったようだ。
先程天井から骸骨がぶら下がってケタケタと笑い出していたが、それも水晶と模型を合わせた作り物だった。
<ガシッ>
「ひっ!?いやぁぁぁぁあああ!」
何かが彼女の足を掴み、一つの部屋に引きずり込んだ。
必死で暴れていた彼女だったが、いつの間にか自由になっていた上に誰もいなかったところを見ると、罠か何かに足が引っかかって部屋に引きずり込まれたようだ。そして足から自然に抜けてしまったと。
「はぁ……はぁ……ふふふ……そうよ……全部偽物なんだから……全然大丈夫……大丈夫……」
虚ろな笑みを浮かべながらも船倉を目指して進み続ける彼女。
階段を降りて薄暗い船倉の中へと入っていく。
「へぇ……これは当たりかも。でも……人がぜんぜん見当たらないわね……」
船倉の中に入っていたのは絹でできた服や輸入用の硬貨、本などは水に濡れたら使い物にならなくなるだろうが、それ以外は水に入っても洗ったり乾かしたりすれば問題はなさそうである。
「ま、誰もいないならそれはそれで好都合か。彼氏が手に入らなかったのはちょっと残念だけど……ま、いいか。」
持ち前の楽観さを生かして物色を始めるスキュラ。
その目に、カンテラに照らしだされた何かが映し出される。
箱の向こうに誰かが倒れている。
「(体つきから言って……男!?これはラッキー♪海賊か何かに襲われたにしては荷物が丸々残っているのが気になるけど、ここで助ければ……)」
下心全開で倒れている青年へと近寄っていくスキュラ。
どうやら彼は怪我をしているようで、全身が血まみれになっていた。
「ちょっと、大丈夫?まだ生きているわよね?」
「……ぁ……ぅ……」
その男を助け起こして顔を見た時、彼女の意識が急激に遠のきかけた。
その男の顔の皮は全て剥ぎ取られ、所々白い骨が露出しており、眼がえぐり取られていたのだ。
「うぶ……!?な、なんなの!?これ!」
思わず助け起こしていた男を放り出し、壁際まで後ずさる。
そして、辺りから何かをズルズルと引きずるような音が一斉に聞こえてきた。
箱の陰という陰から、同じように血まみれになった男達が這いつくばりながら彼女の方へと近寄ってきていたのだ。
「助けて……たすけてぇ……」
「苦しい……しにたくなぃぃぃ……」
「俺の目……俺の目はどこだ……」
「ぅ……ぁ……ぁぁぁぁ……」
そして、いつの間にか先程倒れていた男が彼女の肩にしがみつき、耳元でささやいた。
「死……んで……くれ……」
「…………………………きゅう」
彼女はあまりの恐怖に意識を刈り取られ、その場で卒倒した。
「よ〜し、お前らお疲れさん。」
「あいってててて……こいつ、助け起こしたのはいいが思いっきり手を放しやがった。お陰で頭打っちまったよ。」
「各自廊下の清掃と後片付けを頼む〜こっちは帆を降ろしてくるわ。」
「んじゃ俺は錨で。誰か一緒に来てくれ。」
各々がムクリと起き上がり、テキパキと動き始める。
顔の縁に手を当ててめくり上げると、下からは特に傷一つ付いていない普通の顔が出てきた。
「アマミヤ特製のマスクはすげぇな。本当に見分けが付かねぇよ。」
「まぁ……向こうでは映画の特殊メイクなんかをよくやっていたからね。このぐらいはお手の物だよ。」
彼らがつけていたこのマスク、実はアマミヤという青年が作った特殊メイクによる被り物だ。異世界人であるところの彼は映画の撮影中に事故に遭い、気付いたら彼らの商船に保護されていたのだ。
「よっこいしょ……っと。おい、いつもの箱持ってきてくれ。」
「あいよー!」
船長がスキュラを担ぎ上げると、部下が用意した箱の中にゆっくりと彼女を寝かし入れた。
閉めた箱の蓋には、『スキュラ在中。開けてあげて下さい。』との文字と共に、南京錠にはそれに合う鍵が取り付けられていた。
「「っせ〜の〜せっ!」」
部下によってスキュラ入りの箱が海へと放り込まれる。
箱は海にプカプカと浮きながら海流に流されていった。
「しかしまぁ……惜しかったですよね。あんな美人。」
「言うな。魔物なんかと通じているってわかったら取引先がガクっと減るんだ。親魔の連中には取引が増えるだろうが……俺はまだ媚薬やいかがわしい道具なんぞ運びたくねぇ。」
「さいですか……。」
船長の妙なプライドにため息を吐きながらも、部下は今日の仕掛けを思い返していた。
「しかし……途中のひきずり込む罠には正直驚きましたね。誰が考えたんです?」
「ん?彼女に直接触れるような罠は誰も設置してねぇぞ?」
甲板にいた全員がその言葉に凍りつく。
船長自身も自分の言葉に冷や汗をかいているようだ。
「あ〜……あれだ。お前らも海の男なら細かいことは気にするな。」
「あ、アイサー……」
夜の海を商船が駆けていく。
彼らはこれからも魔物達との接触を拒みつつ商売をしていくのだろう。
時偶起こる奇妙な現象に目を瞑りながら。
11/10/23 22:46更新 / テラー