第四十三話〜使命〜
〜???〜
『主は……忌むべき魔物を滅ぼせとおっしゃいました。』
これで通算7度目か。あと何回あるんだろうな。
『私はその命を受け、地上に降りました。教団の方々は私が降りてきた事に至極喜び、歓迎してくれました。』
大きな聖堂で天使を歓迎する式典が開かれている。
厳かな空気の中、天使へ祝福の賛美歌が歌われている。
『期待されている。そう思っただけで身が引き締まる思いでした。これから、この人達と共に悪しき魔物達を滅ぼす……そう、世界に平穏が訪れるまで。』
騎士と共に行軍をする天使。その隣には騎士団長と思わしき人物が随伴している。
『軍を率いていく中で、私は私の中に不可思議な感情が生まれている事に気が付きました。共に行動している騎士団の団長……ケリーさんでした。彼を見ていると、胸が締め付けられるような気持ちになるのです。』
エンジェルが団長を遠巻きから見つめている。
その瞳からは強い慕情の念が見て取れた。
『彼は、私の事を自分の騎士団の象徴としてしか見ていませんでした……しかし、いつか……いつか私の事をもっと特別な存在として見てくれないか……そう思っていたのです。』
彼女はその感情の正体に気づいていないようだ。
見ている分には微笑ましいのだが、エクセルシアに取り憑かれる奴は何かしら精神の均衡を崩すような何かを経験しているのだ。おそらくは……
『そんなある日です。夜中に彼が……駐屯地から一人でこっそりと抜け出す所を見かけてしまったのです。』
暗がりの中、男の背中が低木の中へと消えていく。
エンジェルはそれを追いかけている。
『彼は……彼は……!ダークエンジェルと……密かに連絡を取り合っていたのです!』
ひっそりと隠れるように話をする団長とダークエンジェル。
傍から見れば逢引のように見えなくもない。
『目の前が……真っ赤になった錯覚がしました。気がついたら、彼が私の足元で血まみれになって倒れていました。それを見た私は……全身の血が引くような感覚に囚われました。』
後ずさりしながら男から離れるエンジェル。
次の瞬間には背中を向けて逃げ出していた。
『いくら敵と通じていたとしても……彼は私にとって特別な存在だったのです。それを……自らの手に掛けてしまった。殺してから気づいたのです。私は……彼が好きだったのだと。』
泣きながら走るエンンジェル。
彼女の背中には既に水晶の翼が生えていた。
『だから……彼の仇討ちをすることにしました……魔物さえ居なければ……私は彼を失うことは無かった……彼と会うことも無かった……彼が……死ぬこともなかった……!』
上空高くへと舞い上がるエンジェル。もはや彼女には想い人を死に追いやった魔物しか見えていないようだ。
『全部……全部殺してやる……!これ以上……私みたいな天使や人を増やさないために……!ネダヤシニシテヤル……!』
『それは、八つ当たりだ。』
場所は夜中の空高く。足場は無いのに不思議と立つことができた。
振り向きざまにエンジェルが水晶の翼を俺へと叩き付ける。
が、俺はその羽根を片手で受け止めた。
力を込めるとその水晶は粉々に砕け散る。
『いくら魔物を殺しても団長は戻ってこないだろう。それに直接手を下したのはお前だ。そのダークエンジェルだってそいつを引き入れようとしていただけかもしれんぞ?』
『ナラ……ナラオナジダ!カレヲユウワクスルマモノハ……ヒトヲユウワクスルマモノハスベテケシサル!』
完全に頭に血が上ってやがる。
『醜い嫉妬だな。そこで頭に血を上らせずに事情を聞いても良かっただろうに。』
『ウルサイ!カレハワタシノモノダ!ダレニモ……ダレニモワタサナイ!』
しかし、何か違和感がある。そして、あることに気がついた。
『悲劇のヒロインに浸っている所で悪いが……お前は何か勘違いをしている。』
『ナニガ……』
いくら探しても無い。呼びかけても、来ない。
『あの団長、死んでないぞ?』
『……ぇ…………?』
いくらその団長の魂を呼び寄せようとしても出てこない。
原理はわからないのだが、恐らくは対象が生きていると呼び出せないのかもしれない。我ながらファンタジーな脳チップ(頭)の作りをしていると思う。
つまりそれが意味することは……。
『お前を説得するためにその団長の魂を呼びだそうとしたが……全然来ない。ナシのつぶてだ。』
『ちょっと……ちょっと待ってください!彼は確かに私が……!』
焦るエンジェル。そりゃそうだ、全部が自分の勘違いだとしたらコイツは相当なマヌケになる。
『死体は確認したか?』
『死体って……彼は確かに血まみれで……!』
『血まみれで……何だ?脈拍は確認したのか?心臓は動いていたか?』
『…………』
真っ青になるエンジェル。ようやく自分が何をしていたかに気がついたようだ。
『私……私は……』
『見せてやろうか?今の魔物がどういう物か。』
いくつかの情景を思い浮かべると、空間が切り取られて映しだされる。
アニスちゃんが死にそうなミリアさんを泣きながら揺すっている風景。
ヒロトとマロンが必死にワーウルフを治療している風景。
サフィアが俺の傷を治癒している風景。
それは、命の風景だ。
『こんなに命を大事にする奴らが……人と共に歩んでいる彼女達がお前らの神が言う邪悪に見えるのか?』
『……ぁ……っ……ぅ……』
崩れ落ちる彼女。片っ端から水晶の翼が砕け散る。
『私は……魔物が邪悪な存在だから……滅ぼせって言われて……!』
『でも、現実は違った。人と共に歩む種族だった。人と……何ら変わらなかった。』
青ざめながら涙を流すエンジェル。神の命令に疑問を持たない彼女が、初めて疑問を持った。
知ってしまった事で、自分の信じるものが揺らいでしまった。
彼女のアイデンティティーが崩壊する。
『それを、お前は手前勝手な嫉妬で虐殺していったんだ。この責任、どう取るんだ?』
膝を付いてうなだれる彼女。周囲の空間がひび割れていく。
しかし、壊させはしない。
『私は……私はぁ……!』
『……取り戻せ。』
そんな彼女に、俺は手を差し伸べた。
その手を彼女は呆然と見つめる。
『気付けたのなら、遅くない。理解したのなら、手遅れじゃない。今からでも償えばいい。
殺した分を謝ればいい。彼女たちは許してくれる筈だ。』
『彼女達は、救いの手を差し伸べない神なんかより優しい存在なのだから。』
彼女は、俺の手をそっと取って立ち上がった。
その瞳は贖罪への決意に燃えていた。
『で、具体的にこの後はどうするんだ?』
『……探します。彼を。』
恐らくはあの団長の事だろう。そりゃ生きているって分かったのだから探したくもなるだろう。
『でも許してくれるかね?仮にも自分を殺しかけた相手だぞ?』
『貴方が言ったんじゃないですか。彼女達は優しいんだって。なら、手を取り合っている人間である彼も許してくれる筈です。』
随分とポジティブシンキングだこと。
『あのダークエンジェルに取られていなければいいがな〜♪』
『そ、それを言わないでくださいよ!心配になるじゃないですかぁ!』
慌てるエンジェルに爆笑していると、辺りが明るくなってきた。
夜空が、明け方の空へと変化していく。
『夜明け……ですね。』
『あぁ、目覚めでもある。』
俺は彼女へ向き直り、最後の助言を与える。
『お前が奪ってきた命の数は決して少なくない。でも、世の中に償いきれない罪はないはずだ。やり遂げてみせろよ。』
『はい……必ず!』
辺りが眩い光に包まれ、意識が遠のいていった。
〜夜魔の街 ナハト〜
「が……ぁ……っつぅ……」
頭がズキズキする。めまいやら何やらで平衡感覚がおかしくなっていたが、直に直った。
というより……頭の下になにか柔らかい物が……
「目は覚めたか?」
「あぁ……とりあえ……ず……は……?」
見上げる視界に丸い物が二つと、ミストの顔が映っている。
これは……
「膝枕?」
「そうだな。世間一般で言う所の膝枕だ。」
なんという役得。ではなくて。
「迷惑をかけたな。足は痺れなかったか?」
「問題はない。さほど長い時間気絶していた訳ではないからな。」
頭を上げてエンジェルへと視線を移す。
彼女の肌はエンジェル本来の肌色の物へと戻り、翼も白鳥のような純白の物へと変わっていた。
「ラプラス、彼女の傷は腹部の裂傷以外にあるか?」
『E-クリーチャー時の記憶によるトラウマがなければその他はありませんね。』
「そりゃ素敵な皮肉だな。せいぜい精神が壊れていない事を祈ろう。」
彼女の頬をぺちぺちと数度叩くと、うっすらと目を開けた。
まだ意識がぼんやりとしているのか、二、三度呻くと……
「こら、寝直すな。」
目を閉じたので抱き起こしてガクガクと揺さぶる。
「んぁ〜あ〜あ〜」
それでようやく意識が覚醒したのか、目をこすって自力で起き上がる。
「なんでG・Gハンマーの直撃食らって平然と起き上がれるんだよ……」
『タフですね。』
少なくとも数十トン単位の重圧が掛かっていたはずなのだが。
彼女は一度伸びをすると辺りを見回してキョトンとしている。
「あれ……ここ、どこですか?」
「ここは魔界の中の街だ。ようやくお目覚めか?眠り姫さんよ。」
彼女は俺の方へ目線を移すと、ぱっと顔を輝かせた。
「あ!夢の中の人ですね!あの時は有難うございます!」
「礼を言われる程の事はしてないんだけどな……」
どうも覚えているタイプの人らしい。
ポスン、と肩に手が置かれる。振り向くとミストがニコニコと笑って立っていた。
目が、笑っていないが。
「アルテア。もしや私の夢の中と同じ事をしていないだろうな?」
「してねぇよ!今回は何もしてねぇよ!大事な事だから二回言ったけど!」
「ほう……今回は、ということはしたことがあるのか。」
墓穴ほったぁー!
「あ、そうだ!私、ケリーさんを探しに行かないと!彼は生きているんですよね?」
「あ、あぁ、それは間違いない。きっとどこかで生きているはずだ。今も教団に所属しているかどうかはわからんがな。」
それを聞くと彼女は一礼して空へと飛び去って行った。
「よし、これにてめでたしめでたし……」
「と、終わると思っているのか?私はまだ以前に何をしたのか聞いていないぞ?」
逃げる、逃さないをミストと揉めていると、不意にラプラスが警告を発し始めた。
『どうやら本当に何も終わっていないようです。超高空に巨大な動体反応が接近しています。直径は約200メートル程度、形状からして巨大な隕石のようです。』
クレーターの底でもみ合っていた俺とミストはその言葉に凍りつく。
「メテオ……?そんな馬鹿な!?あまりに危険だからという事でもはや数えきれないほどの古に封印された術だぞ!?しかもそんな大きさ……!」
「え”!?それも魔法の類なのか!?てか隕石ってマジで洒落にならいぞ!?」
一体どこの馬鹿がそんな物騒なもんを使ったのだろうか。
「あのクラスになると術を妨害するか隕石その物を破壊しなければ大変なことになる!下手をすると全人類が滅亡するぞ!」
「だからってどうすんだよ!?今から術者を探して潰すなんて不可能に近いしそんな遠くの物を撃墜する装備なんて……」
すると、俺の目の前にウィンドウが開く。
どうやら武器のスペックをラプラスが表示したようだ。
それを見た俺は、心臓が鷲掴みにされたような感覚を覚えた。
『やってみる価値はあると思います。この装備ならば例え衛星軌道上の隕石だろうと問答無用で撃ち落とせるはずです。』
「どっちにしたってぶっつけ本番か……!やってやる……やってやるさ!」
俺は跳ねるように駆け出し、クレーターを上がっていく。
「おい、アルテア!どこへ行くつもりだ!?」
「ちょっと隕石撃ち落としてくる!破壊できなかったらその時は一緒に死んでくれ!」
見張り台へと登ると、空に小さな光の点が光っていた。おそらくあれが隕石だろう。
「全く……あんなもんを狙撃とか正気の沙汰じゃないっての……せめて確実に命中できるような弾道ミサイルはなかったのか?」
『一時期は戦術核を搭載するというプランもありましたが、使用すると使用者も巻き添えになるという理由でボツになりました。』
こいつの設計者を見てみたい気がする。
「ま、ないものねだりしてもしゃあない。行くぜ、ラプラス!」
『了解。E-Weapon<ミハエルブラスター>展開』
鵺の砲身が4つに割れ、中から白い砲身がせり出してくる。
砲身には金で蔦のような模様が描かれている。
さらにグリップが斜めに傾き、後部からストックも出てきた。
「詳しくスペックを見ていなかったからわからんのだが……正確にはどういうもんなんだ?これは」
『超高出力ビーム狙撃砲です。しかも無反動の。』
ツールに付属の望遠ツールが表示される。ツール名は……
「クレイボヤンス……千里眼?」
『次元偏光機能の付いた特殊狙撃スコープです。倍率は600倍程度まで拡大可能。』
要するにだ……
「怪物ビームスナイパーキャノン?」
『そういう事になります。出力次第では月にも届きそうです。』
そんな遠距離狙撃誰がやるんだよ。
『あまり時間がありません。早急に隕石を撃ち落としてしまいましょう。』
「だな。」
砲身上部を水平に覗き込むとある程度拡大された映像が映しだされる。
『コンマ0.01度程左へ。』
「りょうか……できるかよ。お前の方で補正してくれ。」
ラプラスが俺の腕のコントロールを掌握し、ピクセル単位で動かしていく。
最大まで拡大されたスコープに岩の塊が映る。
「あと2,3分ってとこか……いけるか?」
『チャンスは一度きり。外しません。』
スコープに様々な情報が流れていく。
情報量が多すぎて俺には追いきれないが、恐らくカオス理論まで含めた綿密な弾道制御プログラムだ。
少なくとも並の人間に扱える物ではない。
そう、人間では、だ。AIであるラプラスにその制限は含まれない。
『弾道補正完了。トリガーによるブレの懸念があるので、射撃はこちらで直接行います。』
「(あいよ。思う存分やっちまえ。)」
会話による振動も考えてチャントで会話する。流石に今回の狙撃距離は遠すぎる。
隕石確認地点からここまで移動してきた時点でかなり近付いているものの、1000kmは余裕であるはずだ。
「(壊させやしねぇよ……何がなんでもな!)」
『SHOOT』
ラプラスの宣言と共に射出。
眩く輝く光の軌跡が空へ向かって放たれる。
スコープにその軌跡が表示され、真っ直ぐに隕石へ吸い込まれていく。
ふと、スコープの隅に何か屋敷のような物が映る。
見ると、白い衣を纏った老人が伸びをしてバルコニーから部屋の中へ入っていくのが見えた。
その時、ふと教会が掲げる理念を思い出した。
『世界を滅ぼす魔物を滅せよ。』
もしかして、アレは教会が掲げる主神とかいう奴なのだろうか。
次元偏光機能付きのスコープだからこそ捉えられたのかも知れない。
どういう理由にせよ、隕石を降らせたのがあいつだとしたら……?
「あぁ、そうか。うん、わかった。」
俺は何の躊躇いもなく、そいつの屋敷へと銃口を向けた。
〜天界〜
「やれやれ……これで一先ずは安心といった所かの……」
髭を生やした老人は肩を叩いて安楽椅子へと腰掛けた。
彼こそ教会の崇める主神。天界のトップを司る神だ。
何故彼が地上へ隕石などを落としたのか。それには近頃確認された変異生命体のことがあるからだ。
本来魔物というのは人間の人口調整の為に作られた一種の制御装置でもあった。
しかし、魔王の代替わりによってその数が爆発的に増え、人間の人口を予想以上の速度で減らしている。(これは人間がインキュバスや魔物と化しているという事を指す。)
彼はこの事態に関して良い印象を持っていなかったが、それとはまた別次元で頭を抱える事が増えた。
E-クリーチャーの出現である。
奴らは魔物に取り付き、魔物、人を区別なく駆逐し始めた。
最初は双方の数の調整に役に立つと放置していたが、ある事を機に無視できなくなってしまったのだ。
エンジェルのE-クリーチャー化。
元からエンジェルが魔物化するという報告は受けていた。
それならそれで良い。追放すればいいだけの事だからだ。
しかし、全く別の存在となってしまうのであれば話は別だ。
大抵の追放されたエンジェルは天界へと戻ってくる事はできない。しかし、E-クリーチャーとなって力を増したエンジェルが無理矢理天界への道を開き、攻めこんできたとしたらどうなるだろうか。
おそらく天界は壊滅的なダメージを受けるに違いない。
ならば、その原因物質ごと世界を一旦破壊し、また再構築すればいい。
世界の創造は神さえいればできる。しかし、天界がなくなってしまえばそれすら叶わなくなってしまう。
彼の判断は世界の管理者としては正しい判断であったのだろう。
ただ、彼はこの時夢にも思っていなかった。
まさかその判断にブチ切れて攻撃してくる奴がいるとは。
油を熱したフライパンに水を注いだような音がして、主神の部屋の大半が消し飛び、衝撃で部屋の壁に叩きつけられる。
「な、なんじゃぁ!?」
下界を見下ろすと、放ったはずの隕石が跡形もなく消え去っている。
いや、確かに隕石はあった。
ただ、大気圏に突入した瞬間に燃え尽きるぐらいに粉々になった物だが。
「ば、馬鹿な……」
さらに、下界から無数の光の柱が飛んでくる。
それが天界のあちこちへと突き刺さっていった。
「人間様に喧嘩売った事……後悔させてやらなきゃな。」
『ターゲット確認。発射。』
ミハエルブラスターはいつのまにかEX.LOAD状態へと移っていた。
次元偏光スコープを使って天界を可視化した後、ミハエルブラスターのEX.LOAD効果『次元貫通射』を有効化。
さらに口径を絞って天界の家を次々と狙撃していく。
無論そこに住むエンジェルには当てないようにして、だ。
「よう、神様。俺の声が聞こえているか?あんま調子こいているとケツをビームで掘っちまうぜ。なんなら掘られてもいいようにケツに○○○(ピー)でも突っ込んでおいてゆるゆるにしておくか?」
『神などという非現実的な物はAIである私にとって理解不能な物です。よって消去します。』
双方物騒な事を言いながらもう一軒の家を狙撃。今度は屋根が吹っ飛んだ。
エンジェルが一人道を走って逃げている。その隣数メートルの地点を狙撃。
決して当てないが、危機を覚えさせるように撃つ。
〜天界〜
「何という……何という罰当たりな!」
自室で憤る主神。天に唾するという言葉はあるが、よりによって本当に天に届くものを放って来るとは。
「クソッ!何がなんでも滅ぼしてやる……あんな危険な物は放っておけ……」
<バタン!>
主神の部屋のドアを蹴破るようにエンジェル達がなだれ込んできた。
「なんじゃ!騒々しい!」
「主よ!なんて馬鹿な真似をしたのですか!いくらなんでもケンカを売る相手が悪すぎます!」
「家が焼き払われたんですよ!?どう責任をとってくれるんです!?」
「危うく黒焦げです!下界への過剰な干渉は禁止されているのになぜ攻撃を行ったのですか!?」
口々に主神を罵るエンジェル達。その態度に段々と主神の怒りのボルテージが高まっていく。
そして……
「ええい!貴様ら全員追放だ!儂の前から消え失せろ!」
主神がそう叫ぶと全員黙るエンジェル。これで溜飲が下ると思ったのもつかの間、エンジェル達の眼が怪しく光る。
「そうですか……では……」
ゆらりと前へ出てくるエンジェル。それに続いて他のエンジェル達も近づいていく。
「「「「「落とされる前に一発殴らせろ!」」」」」×10
その日、ある教会が治める都市の一つに大量のエンジェルが降臨したという。
その都市は彼女たちが来た事に魔物との最終戦争の幕開けを想起したが、彼女たちはてんでバラバラな方向へ飛び去ってしまったという。
彼女たち曰く、「むしゃくしゃして殴った。後悔はおろか反省すらしていない」との事。
一体何を殴ったのかは明かされていない。
「……何か降りていくな。」
スコープに大量の人型の何かが天から下りてくるのが映しだされる。
落ち方からして普通の人ではないだろう。
『天使のようですね。さすがにあの数だと不気味ですが。』
「だな。どう見ても神々しいって感じはしない。」
ミハエルブラスターを格納し、見張り台を降りる。
下ではミストが待っていた。
「……何をしていた?」
「射的。」
適当にごまかしておく。
ただでさえアホみたいな出力の兵器を山ほど持っているのだ。あまり魔王軍には目を付けられたくない。
「しゃてきとはあんな光の柱を使う物なのか?」
「俺の故郷ではそうなんだよ。的は巨大なゴーレムだ。」
『ウソですね。』
ファック。
「まぁ俺が何をしていたかなんて気にする必要はない。隕石はもう降ってこない。それでいいじゃねぇか。」
『終わりよければ全て良しというのは感心しません』
うるせぇ。
〜ナハト近郊 温泉〜
「で、だ。何でお前と俺は温泉なぞに入っているんだ?」
「私とて汗はかく。馬を走らせた後なら尚更にな。」
俺達はあの後ギルドへ戻らずにナハト近郊の温泉へと来ていた。
触手の森後に行ったアレだ。
「街の奴らが戻ってきたら仰天するだろうなぁ……でっかい穴が開いているんだもん。」
「お前が作った物だろうに……。」
これで街を破壊するのは通算四回目である。そろそろ冤罪でもなんでもなく指名手配されそうだ。
「街の修繕費用ってどこに請求されるんだろうな……」
「運が悪ければ壊した奴だろう。尤も街にも修繕用の予算はあるだろうが。」
願わくば俺の方に修繕費が回ってこない事を祈ろう。
「あ”ー街に戻りたくねぇよぉー!」
「自業自得だ。男ならば腹をくくれ。」
顔を手で覆って天を仰ぐ俺にミストの容赦ない一言。フォローなんざ毛ほども考えてない。
『一段落した所で今回の復旧の報告をします。
オクスタンライフルの出力が微量回復しました。
自立兵器群『フェアリー』のリンクが回復しました。現在1機が可動可能。
物理銃火器類 IMI社製デザートイーグルのリンクが回復しました
支援砲撃用重火器M134 ミニガンのリンクが回復しました
以上で報告を終了します。』
「了解。報告ご苦労さん。」
こいつの性能が最大限まで戻るのはいつの事だろうか。
まぁ全部戻ったところでフルに使うとは思えないが。
「それより……だ。先の戦いで囮を務めたのだから何かしらの褒美があっても良いのではないか?」
「あぁ……いくらだ?クエスト報酬の全額とかだったら流石に泣くぞ。」
すると、彼女は妖艶に笑って俺へ身を寄せてくる。
「……まさか」
「金はいらん。別に困っている訳ではないからな。体をいただこうか?」
これって普通立場が逆じゃありません?
「ミスト、俺一応戦闘の後に歩かされて結構疲れているんだけど?」
「何、疲れた後の一発ほど気持ちのいい物はないぞ?」
有無を言わさず押し倒される俺。あ、首が落ちた。
「……ッハ!?」
気がついたら夜だった。
空には赤みがかかった月が上っており、星の光も若干赤い。
「全く、行為の最中に気絶するとは……鍛え方が足りないのではないか?」
どうも身動きが取れないと思ったらミストの馬にくくりつけられているようだ。
荷物として。
「何だこの扱いは。俺は荷物か?」
「肉の張り型という扱いはどうだ?」
「うわ、それ嫌だ。せめて人権下さい人権。」
ゆらゆらと馬に揺られながら夜の大地を往く。
兎にも角にも今日の山場は越えた。あとは帰って寝るだけだ。
「後は帰って寝るだけとか考えているのでは無かろうな?」
「……おい、ミスト。」
俺の思考を遮るようにミストが声を掛けてくる。
このパターンはヤバい。ヤバすぎる。
「幸いナハトには宿屋が至る所にある。今日はそこでお前に夜の稽古を付けてやろう。今夜は寝かせないぞ?」
「へぇーーーーーぅぷ!」
『世の中そんなに甘くは無いのですよ。安易な終わりは誰も納得しません。』
〜???〜
「そう……ですか。」
「悪いね、嬢ちゃん。力になれなくて。」
私は大陸中を歩きまわってケリーさんを探している。
無論、天使という事は隠してだけど。
「彼は……生きているって言ってくれた。口ぶりから言ってもウソじゃありませんよね。」
そういえば、名前を聞いていなかった。彼はなんていう人なんだろう。
<こないだナハトで起こった事件の主犯って誰だったっけ?>
<なんだったか……あー……あー……そうだ、アルテアだ。>
<いや、そいつは鎮圧した方だろ?>
<でも街の大部分を破壊したって話だぜ?>
<人的被害と建物の被害ではどっちが大きいかって話か……それなら断然アルテアが主犯だよな。あれはテロのレベルだ。>
アルテアさん……か。ケリーさんと再会したらお礼を言いに行こう。
彼のおかげで、私が何をすべきかに気づけたのだから。
「み、ミストぉ……もう、もうゆるしてぇ……」
「まだ夜は長いぞ。そら、もう一本!」
「みぎゃぁぁぁぁぁあああ!」
〜おまけ?〜
「…………?」
自室に到着し、バックパックを下ろそうとした時に違和感。ほんの少しだがバックパックが重く感じた。
「疲れてんのかな……」
特に気にも止めずに床へバックパックを放る。
<ガシャ>
「……あん?」
微かにだが何かが割れた音。そしてバックパックの下部から何か液体が染み出してきた。
その液体の匂いが部屋中に充満する。
「うわ……何だこれ。香水……?」
『香水、ですか。私は匂いがわからないのでなんとも言えませんが。』
そもそも香水とは縁遠い生活を送ってきたので、その匂いは気分が落ち着かなくなるような異臭でしかない。
さっさと窓を開けて換気し、匂いの元であるバックパックの底を漁る。
「あちゃ〜……粉々に砕けてるよ。」
『本当に香水か何かだったようですね。容器から言ってかなり高めだったのではないですか?』
バックパックの底ではガラスの容器が粉々に砕けて内容液を思い切りぶちまけていた。
むせ返るほどの甘ったるい匂いで頭がクラクラする。
「もうこのバックパック使いもんにならねぇかなぁ……作戦行動中に香水の匂いぷんぷんさせている奴ってどうよ。」
『仕事中に香水の匂いをさせていいのは水商売の人と接客業だけです。自身の位置がバレると危険な兵士が付けるものではありませんね。』
仕方ない、バックパックは廃棄処分だ。一緒に入っていたロープや携帯食料……ダメだ、完全に匂いが染み付いている。せいぜい使えそうなのが食器類程度か。
「殆ど買い替えかぁ……誰だよこんな悪戯した奴は。」
『悪戯といえばニータ様ですね。何か心当たりはあるでしょうか。』
「わからん。少し聞いてみるか。」
〜冒険者ギルド ロビー〜
宿舎からロビーへと入ると、案の定ニータが俺の指定席の近くに座っていた。近くにはエルファも一緒だ。
彼女は機嫌良さそうに床まで届かない足をブラブラさせている。
「お〜い、ニータ。お前俺の荷物の中に香水の瓶入れたか?」
「香水ってn……」
彼女が言いかけて固まる。その視線は俺に固定されたまま。
「……どうした?」
いや、固まっているのは彼女だけではなかった。
カウンターで暇そうにしていたプリシラも
ニータの隣でいつもの砂糖たっぷりのカフェオレを啜っていたエルファも
丁度買い物から帰ってきたアニスちゃんも
武器の手入れを行なっていたミスト、フィー、チャルニも
というか、ロビーにいる独身の魔物全員がこっちを見ている。
「……こっち見んな。」
どこか気味の悪い物を感じて後退りする。
すると、彼女達も1歩俺の方へとにじり寄った。
『何か地雷を踏みましたか?』
「それ以前にここに来てから1言二言ぐらいしか喋ってねぇよ。」
不意に世界がひっくり返る。
後頭部に強い衝撃が走ると共に鼻の中がきな臭くなる。
目線を下げると激しく動きまわる細長い尻尾……ニータ?
「お〜い……何やってんだ?」
「あるぅ……いいにおいする……」
表情が緩みきって眼が蕩けている。というか、にじり寄ってくる奴ら全員が似たような顔……?
「ヤバくね?」
『ヤバいですね。さっさと逃げたほうがいいかと。』
ニータの首根っこを掴み、片腕の力だけでフィー目掛けて投げつける。この世界で鵺を振り回す機会が増えたので腕力だけは付いた。
間髪入れずハンドスプリングで起き上がり、脱出口を探す。
しかし、起き上がった瞬間にこちらを見ていた魔物達が一斉に飛びかかってきた。
「じ、冗談じゃねぇぞ!?」
『フラッシュバン展開。対閃光防御を。』
ラプラスの警告通りに目と耳を塞ぐ。
床にゴロゴロとフラッシュバンが転がる音がし、瞼の裏を強い光が焼いた。
目を開けると全員が失神寸前になっている。
「逃げるぞ!」
『脱出ルートを表示します。』
視界の中に脱出ルートを示す線が走る。
指定通りに線を辿ってギルド宿舎まで。さらに自室に入り、鍵を閉めた。無論、時間稼ぎ。
「一体何がどうなってやがる!?」
『考えられるのは先程の香水でしょう。この世界にはそういった類の道具が山ほどありますから。』
窓を開けて飛び降りる。柔らかい土が盛ってある花壇の中へ着地して衝撃を殺し、再び駆け出す。
「(寮母さんゴメン!)」
宿舎の寮母をしている妖狐のお姉さんに心の中で謝ると、街の雑踏へ……
「っ……!?」
踏み入ろうとして急ブレーキを掛けた。
雑踏の中の魔物が全員こちらを見ている。
「逃げ場無しか?!」
『反対方向へ。ブリッツランスのチャージを内部で行なっておきます。』
踵を返して今度は路地の中へと逃げこむ。お取り込み中の男女がいたが知ったこっちゃねぇ。
「ラプラス!?チャージはあと何秒だ!?」
『残り30秒。効率が悪いために若干長引いています。』
残り30秒で鬼100倍増しの鬼ごっこから逃げ延びろと。
路地を駆け抜け、ゴミ箱を蹴飛ばし、のんきに惰眠を貪っている猫の上を飛び越える。
「あるぅぅぅぅうううううううう!」
「うげぇ!?もう追いついてきやがった!」
後ろから猛スピードでニータが追いついてきている。小柄だけあってこういった閉所では恐ろしいほどに小回りが効く。
『チャージ完了まで、8、7、6』
もうすぐチャージが終わる。路地の出口はもうすぐそこだ。
鵺を逆手に持ち替え、いつでも飛び立てる準備をする。
薄暗い路地裏から外へと飛び出る!
「って中央広場かよ!」
抜けた先は様々な人が集まるモイライの憩いの場。
やはり俺の周囲の魔物たちだけ一斉にこちらを向く。こっち見んな。
『5、4、3、2、1、チャージ完了。E-Weapon<ブリッツランス>展開』
ラプラスの方向指示に従ってランスの先端を向ける。
シェルブースターに火が入り、爆発的な加速力を生む!
「戦略的撤退ー!」
『ヘタレが尻尾を巻いて逃げます。ご注意下さい。』
一度こいつの学習履歴を消去した方がいいのだろうか。
さて、彼が飛んだ先とは?
A.以前もこんな事あったよな? イヴァ湖(イヴルート)
B.なぜこんな所まで飛んできたし サンライズハーバー (ピスケスルート)
C.マジで何処だよここ。 ??? (???)
『主は……忌むべき魔物を滅ぼせとおっしゃいました。』
これで通算7度目か。あと何回あるんだろうな。
『私はその命を受け、地上に降りました。教団の方々は私が降りてきた事に至極喜び、歓迎してくれました。』
大きな聖堂で天使を歓迎する式典が開かれている。
厳かな空気の中、天使へ祝福の賛美歌が歌われている。
『期待されている。そう思っただけで身が引き締まる思いでした。これから、この人達と共に悪しき魔物達を滅ぼす……そう、世界に平穏が訪れるまで。』
騎士と共に行軍をする天使。その隣には騎士団長と思わしき人物が随伴している。
『軍を率いていく中で、私は私の中に不可思議な感情が生まれている事に気が付きました。共に行動している騎士団の団長……ケリーさんでした。彼を見ていると、胸が締め付けられるような気持ちになるのです。』
エンジェルが団長を遠巻きから見つめている。
その瞳からは強い慕情の念が見て取れた。
『彼は、私の事を自分の騎士団の象徴としてしか見ていませんでした……しかし、いつか……いつか私の事をもっと特別な存在として見てくれないか……そう思っていたのです。』
彼女はその感情の正体に気づいていないようだ。
見ている分には微笑ましいのだが、エクセルシアに取り憑かれる奴は何かしら精神の均衡を崩すような何かを経験しているのだ。おそらくは……
『そんなある日です。夜中に彼が……駐屯地から一人でこっそりと抜け出す所を見かけてしまったのです。』
暗がりの中、男の背中が低木の中へと消えていく。
エンジェルはそれを追いかけている。
『彼は……彼は……!ダークエンジェルと……密かに連絡を取り合っていたのです!』
ひっそりと隠れるように話をする団長とダークエンジェル。
傍から見れば逢引のように見えなくもない。
『目の前が……真っ赤になった錯覚がしました。気がついたら、彼が私の足元で血まみれになって倒れていました。それを見た私は……全身の血が引くような感覚に囚われました。』
後ずさりしながら男から離れるエンジェル。
次の瞬間には背中を向けて逃げ出していた。
『いくら敵と通じていたとしても……彼は私にとって特別な存在だったのです。それを……自らの手に掛けてしまった。殺してから気づいたのです。私は……彼が好きだったのだと。』
泣きながら走るエンンジェル。
彼女の背中には既に水晶の翼が生えていた。
『だから……彼の仇討ちをすることにしました……魔物さえ居なければ……私は彼を失うことは無かった……彼と会うことも無かった……彼が……死ぬこともなかった……!』
上空高くへと舞い上がるエンジェル。もはや彼女には想い人を死に追いやった魔物しか見えていないようだ。
『全部……全部殺してやる……!これ以上……私みたいな天使や人を増やさないために……!ネダヤシニシテヤル……!』
『それは、八つ当たりだ。』
場所は夜中の空高く。足場は無いのに不思議と立つことができた。
振り向きざまにエンジェルが水晶の翼を俺へと叩き付ける。
が、俺はその羽根を片手で受け止めた。
力を込めるとその水晶は粉々に砕け散る。
『いくら魔物を殺しても団長は戻ってこないだろう。それに直接手を下したのはお前だ。そのダークエンジェルだってそいつを引き入れようとしていただけかもしれんぞ?』
『ナラ……ナラオナジダ!カレヲユウワクスルマモノハ……ヒトヲユウワクスルマモノハスベテケシサル!』
完全に頭に血が上ってやがる。
『醜い嫉妬だな。そこで頭に血を上らせずに事情を聞いても良かっただろうに。』
『ウルサイ!カレハワタシノモノダ!ダレニモ……ダレニモワタサナイ!』
しかし、何か違和感がある。そして、あることに気がついた。
『悲劇のヒロインに浸っている所で悪いが……お前は何か勘違いをしている。』
『ナニガ……』
いくら探しても無い。呼びかけても、来ない。
『あの団長、死んでないぞ?』
『……ぇ…………?』
いくらその団長の魂を呼び寄せようとしても出てこない。
原理はわからないのだが、恐らくは対象が生きていると呼び出せないのかもしれない。我ながらファンタジーな脳チップ(頭)の作りをしていると思う。
つまりそれが意味することは……。
『お前を説得するためにその団長の魂を呼びだそうとしたが……全然来ない。ナシのつぶてだ。』
『ちょっと……ちょっと待ってください!彼は確かに私が……!』
焦るエンジェル。そりゃそうだ、全部が自分の勘違いだとしたらコイツは相当なマヌケになる。
『死体は確認したか?』
『死体って……彼は確かに血まみれで……!』
『血まみれで……何だ?脈拍は確認したのか?心臓は動いていたか?』
『…………』
真っ青になるエンジェル。ようやく自分が何をしていたかに気がついたようだ。
『私……私は……』
『見せてやろうか?今の魔物がどういう物か。』
いくつかの情景を思い浮かべると、空間が切り取られて映しだされる。
アニスちゃんが死にそうなミリアさんを泣きながら揺すっている風景。
ヒロトとマロンが必死にワーウルフを治療している風景。
サフィアが俺の傷を治癒している風景。
それは、命の風景だ。
『こんなに命を大事にする奴らが……人と共に歩んでいる彼女達がお前らの神が言う邪悪に見えるのか?』
『……ぁ……っ……ぅ……』
崩れ落ちる彼女。片っ端から水晶の翼が砕け散る。
『私は……魔物が邪悪な存在だから……滅ぼせって言われて……!』
『でも、現実は違った。人と共に歩む種族だった。人と……何ら変わらなかった。』
青ざめながら涙を流すエンジェル。神の命令に疑問を持たない彼女が、初めて疑問を持った。
知ってしまった事で、自分の信じるものが揺らいでしまった。
彼女のアイデンティティーが崩壊する。
『それを、お前は手前勝手な嫉妬で虐殺していったんだ。この責任、どう取るんだ?』
膝を付いてうなだれる彼女。周囲の空間がひび割れていく。
しかし、壊させはしない。
『私は……私はぁ……!』
『……取り戻せ。』
そんな彼女に、俺は手を差し伸べた。
その手を彼女は呆然と見つめる。
『気付けたのなら、遅くない。理解したのなら、手遅れじゃない。今からでも償えばいい。
殺した分を謝ればいい。彼女たちは許してくれる筈だ。』
『彼女達は、救いの手を差し伸べない神なんかより優しい存在なのだから。』
彼女は、俺の手をそっと取って立ち上がった。
その瞳は贖罪への決意に燃えていた。
『で、具体的にこの後はどうするんだ?』
『……探します。彼を。』
恐らくはあの団長の事だろう。そりゃ生きているって分かったのだから探したくもなるだろう。
『でも許してくれるかね?仮にも自分を殺しかけた相手だぞ?』
『貴方が言ったんじゃないですか。彼女達は優しいんだって。なら、手を取り合っている人間である彼も許してくれる筈です。』
随分とポジティブシンキングだこと。
『あのダークエンジェルに取られていなければいいがな〜♪』
『そ、それを言わないでくださいよ!心配になるじゃないですかぁ!』
慌てるエンジェルに爆笑していると、辺りが明るくなってきた。
夜空が、明け方の空へと変化していく。
『夜明け……ですね。』
『あぁ、目覚めでもある。』
俺は彼女へ向き直り、最後の助言を与える。
『お前が奪ってきた命の数は決して少なくない。でも、世の中に償いきれない罪はないはずだ。やり遂げてみせろよ。』
『はい……必ず!』
辺りが眩い光に包まれ、意識が遠のいていった。
〜夜魔の街 ナハト〜
「が……ぁ……っつぅ……」
頭がズキズキする。めまいやら何やらで平衡感覚がおかしくなっていたが、直に直った。
というより……頭の下になにか柔らかい物が……
「目は覚めたか?」
「あぁ……とりあえ……ず……は……?」
見上げる視界に丸い物が二つと、ミストの顔が映っている。
これは……
「膝枕?」
「そうだな。世間一般で言う所の膝枕だ。」
なんという役得。ではなくて。
「迷惑をかけたな。足は痺れなかったか?」
「問題はない。さほど長い時間気絶していた訳ではないからな。」
頭を上げてエンジェルへと視線を移す。
彼女の肌はエンジェル本来の肌色の物へと戻り、翼も白鳥のような純白の物へと変わっていた。
「ラプラス、彼女の傷は腹部の裂傷以外にあるか?」
『E-クリーチャー時の記憶によるトラウマがなければその他はありませんね。』
「そりゃ素敵な皮肉だな。せいぜい精神が壊れていない事を祈ろう。」
彼女の頬をぺちぺちと数度叩くと、うっすらと目を開けた。
まだ意識がぼんやりとしているのか、二、三度呻くと……
「こら、寝直すな。」
目を閉じたので抱き起こしてガクガクと揺さぶる。
「んぁ〜あ〜あ〜」
それでようやく意識が覚醒したのか、目をこすって自力で起き上がる。
「なんでG・Gハンマーの直撃食らって平然と起き上がれるんだよ……」
『タフですね。』
少なくとも数十トン単位の重圧が掛かっていたはずなのだが。
彼女は一度伸びをすると辺りを見回してキョトンとしている。
「あれ……ここ、どこですか?」
「ここは魔界の中の街だ。ようやくお目覚めか?眠り姫さんよ。」
彼女は俺の方へ目線を移すと、ぱっと顔を輝かせた。
「あ!夢の中の人ですね!あの時は有難うございます!」
「礼を言われる程の事はしてないんだけどな……」
どうも覚えているタイプの人らしい。
ポスン、と肩に手が置かれる。振り向くとミストがニコニコと笑って立っていた。
目が、笑っていないが。
「アルテア。もしや私の夢の中と同じ事をしていないだろうな?」
「してねぇよ!今回は何もしてねぇよ!大事な事だから二回言ったけど!」
「ほう……今回は、ということはしたことがあるのか。」
墓穴ほったぁー!
「あ、そうだ!私、ケリーさんを探しに行かないと!彼は生きているんですよね?」
「あ、あぁ、それは間違いない。きっとどこかで生きているはずだ。今も教団に所属しているかどうかはわからんがな。」
それを聞くと彼女は一礼して空へと飛び去って行った。
「よし、これにてめでたしめでたし……」
「と、終わると思っているのか?私はまだ以前に何をしたのか聞いていないぞ?」
逃げる、逃さないをミストと揉めていると、不意にラプラスが警告を発し始めた。
『どうやら本当に何も終わっていないようです。超高空に巨大な動体反応が接近しています。直径は約200メートル程度、形状からして巨大な隕石のようです。』
クレーターの底でもみ合っていた俺とミストはその言葉に凍りつく。
「メテオ……?そんな馬鹿な!?あまりに危険だからという事でもはや数えきれないほどの古に封印された術だぞ!?しかもそんな大きさ……!」
「え”!?それも魔法の類なのか!?てか隕石ってマジで洒落にならいぞ!?」
一体どこの馬鹿がそんな物騒なもんを使ったのだろうか。
「あのクラスになると術を妨害するか隕石その物を破壊しなければ大変なことになる!下手をすると全人類が滅亡するぞ!」
「だからってどうすんだよ!?今から術者を探して潰すなんて不可能に近いしそんな遠くの物を撃墜する装備なんて……」
すると、俺の目の前にウィンドウが開く。
どうやら武器のスペックをラプラスが表示したようだ。
それを見た俺は、心臓が鷲掴みにされたような感覚を覚えた。
『やってみる価値はあると思います。この装備ならば例え衛星軌道上の隕石だろうと問答無用で撃ち落とせるはずです。』
「どっちにしたってぶっつけ本番か……!やってやる……やってやるさ!」
俺は跳ねるように駆け出し、クレーターを上がっていく。
「おい、アルテア!どこへ行くつもりだ!?」
「ちょっと隕石撃ち落としてくる!破壊できなかったらその時は一緒に死んでくれ!」
見張り台へと登ると、空に小さな光の点が光っていた。おそらくあれが隕石だろう。
「全く……あんなもんを狙撃とか正気の沙汰じゃないっての……せめて確実に命中できるような弾道ミサイルはなかったのか?」
『一時期は戦術核を搭載するというプランもありましたが、使用すると使用者も巻き添えになるという理由でボツになりました。』
こいつの設計者を見てみたい気がする。
「ま、ないものねだりしてもしゃあない。行くぜ、ラプラス!」
『了解。E-Weapon<ミハエルブラスター>展開』
鵺の砲身が4つに割れ、中から白い砲身がせり出してくる。
砲身には金で蔦のような模様が描かれている。
さらにグリップが斜めに傾き、後部からストックも出てきた。
「詳しくスペックを見ていなかったからわからんのだが……正確にはどういうもんなんだ?これは」
『超高出力ビーム狙撃砲です。しかも無反動の。』
ツールに付属の望遠ツールが表示される。ツール名は……
「クレイボヤンス……千里眼?」
『次元偏光機能の付いた特殊狙撃スコープです。倍率は600倍程度まで拡大可能。』
要するにだ……
「怪物ビームスナイパーキャノン?」
『そういう事になります。出力次第では月にも届きそうです。』
そんな遠距離狙撃誰がやるんだよ。
『あまり時間がありません。早急に隕石を撃ち落としてしまいましょう。』
「だな。」
砲身上部を水平に覗き込むとある程度拡大された映像が映しだされる。
『コンマ0.01度程左へ。』
「りょうか……できるかよ。お前の方で補正してくれ。」
ラプラスが俺の腕のコントロールを掌握し、ピクセル単位で動かしていく。
最大まで拡大されたスコープに岩の塊が映る。
「あと2,3分ってとこか……いけるか?」
『チャンスは一度きり。外しません。』
スコープに様々な情報が流れていく。
情報量が多すぎて俺には追いきれないが、恐らくカオス理論まで含めた綿密な弾道制御プログラムだ。
少なくとも並の人間に扱える物ではない。
そう、人間では、だ。AIであるラプラスにその制限は含まれない。
『弾道補正完了。トリガーによるブレの懸念があるので、射撃はこちらで直接行います。』
「(あいよ。思う存分やっちまえ。)」
会話による振動も考えてチャントで会話する。流石に今回の狙撃距離は遠すぎる。
隕石確認地点からここまで移動してきた時点でかなり近付いているものの、1000kmは余裕であるはずだ。
「(壊させやしねぇよ……何がなんでもな!)」
『SHOOT』
ラプラスの宣言と共に射出。
眩く輝く光の軌跡が空へ向かって放たれる。
スコープにその軌跡が表示され、真っ直ぐに隕石へ吸い込まれていく。
ふと、スコープの隅に何か屋敷のような物が映る。
見ると、白い衣を纏った老人が伸びをしてバルコニーから部屋の中へ入っていくのが見えた。
その時、ふと教会が掲げる理念を思い出した。
『世界を滅ぼす魔物を滅せよ。』
もしかして、アレは教会が掲げる主神とかいう奴なのだろうか。
次元偏光機能付きのスコープだからこそ捉えられたのかも知れない。
どういう理由にせよ、隕石を降らせたのがあいつだとしたら……?
「あぁ、そうか。うん、わかった。」
俺は何の躊躇いもなく、そいつの屋敷へと銃口を向けた。
〜天界〜
「やれやれ……これで一先ずは安心といった所かの……」
髭を生やした老人は肩を叩いて安楽椅子へと腰掛けた。
彼こそ教会の崇める主神。天界のトップを司る神だ。
何故彼が地上へ隕石などを落としたのか。それには近頃確認された変異生命体のことがあるからだ。
本来魔物というのは人間の人口調整の為に作られた一種の制御装置でもあった。
しかし、魔王の代替わりによってその数が爆発的に増え、人間の人口を予想以上の速度で減らしている。(これは人間がインキュバスや魔物と化しているという事を指す。)
彼はこの事態に関して良い印象を持っていなかったが、それとはまた別次元で頭を抱える事が増えた。
E-クリーチャーの出現である。
奴らは魔物に取り付き、魔物、人を区別なく駆逐し始めた。
最初は双方の数の調整に役に立つと放置していたが、ある事を機に無視できなくなってしまったのだ。
エンジェルのE-クリーチャー化。
元からエンジェルが魔物化するという報告は受けていた。
それならそれで良い。追放すればいいだけの事だからだ。
しかし、全く別の存在となってしまうのであれば話は別だ。
大抵の追放されたエンジェルは天界へと戻ってくる事はできない。しかし、E-クリーチャーとなって力を増したエンジェルが無理矢理天界への道を開き、攻めこんできたとしたらどうなるだろうか。
おそらく天界は壊滅的なダメージを受けるに違いない。
ならば、その原因物質ごと世界を一旦破壊し、また再構築すればいい。
世界の創造は神さえいればできる。しかし、天界がなくなってしまえばそれすら叶わなくなってしまう。
彼の判断は世界の管理者としては正しい判断であったのだろう。
ただ、彼はこの時夢にも思っていなかった。
まさかその判断にブチ切れて攻撃してくる奴がいるとは。
油を熱したフライパンに水を注いだような音がして、主神の部屋の大半が消し飛び、衝撃で部屋の壁に叩きつけられる。
「な、なんじゃぁ!?」
下界を見下ろすと、放ったはずの隕石が跡形もなく消え去っている。
いや、確かに隕石はあった。
ただ、大気圏に突入した瞬間に燃え尽きるぐらいに粉々になった物だが。
「ば、馬鹿な……」
さらに、下界から無数の光の柱が飛んでくる。
それが天界のあちこちへと突き刺さっていった。
「人間様に喧嘩売った事……後悔させてやらなきゃな。」
『ターゲット確認。発射。』
ミハエルブラスターはいつのまにかEX.LOAD状態へと移っていた。
次元偏光スコープを使って天界を可視化した後、ミハエルブラスターのEX.LOAD効果『次元貫通射』を有効化。
さらに口径を絞って天界の家を次々と狙撃していく。
無論そこに住むエンジェルには当てないようにして、だ。
「よう、神様。俺の声が聞こえているか?あんま調子こいているとケツをビームで掘っちまうぜ。なんなら掘られてもいいようにケツに○○○(ピー)でも突っ込んでおいてゆるゆるにしておくか?」
『神などという非現実的な物はAIである私にとって理解不能な物です。よって消去します。』
双方物騒な事を言いながらもう一軒の家を狙撃。今度は屋根が吹っ飛んだ。
エンジェルが一人道を走って逃げている。その隣数メートルの地点を狙撃。
決して当てないが、危機を覚えさせるように撃つ。
〜天界〜
「何という……何という罰当たりな!」
自室で憤る主神。天に唾するという言葉はあるが、よりによって本当に天に届くものを放って来るとは。
「クソッ!何がなんでも滅ぼしてやる……あんな危険な物は放っておけ……」
<バタン!>
主神の部屋のドアを蹴破るようにエンジェル達がなだれ込んできた。
「なんじゃ!騒々しい!」
「主よ!なんて馬鹿な真似をしたのですか!いくらなんでもケンカを売る相手が悪すぎます!」
「家が焼き払われたんですよ!?どう責任をとってくれるんです!?」
「危うく黒焦げです!下界への過剰な干渉は禁止されているのになぜ攻撃を行ったのですか!?」
口々に主神を罵るエンジェル達。その態度に段々と主神の怒りのボルテージが高まっていく。
そして……
「ええい!貴様ら全員追放だ!儂の前から消え失せろ!」
主神がそう叫ぶと全員黙るエンジェル。これで溜飲が下ると思ったのもつかの間、エンジェル達の眼が怪しく光る。
「そうですか……では……」
ゆらりと前へ出てくるエンジェル。それに続いて他のエンジェル達も近づいていく。
「「「「「落とされる前に一発殴らせろ!」」」」」×10
その日、ある教会が治める都市の一つに大量のエンジェルが降臨したという。
その都市は彼女たちが来た事に魔物との最終戦争の幕開けを想起したが、彼女たちはてんでバラバラな方向へ飛び去ってしまったという。
彼女たち曰く、「むしゃくしゃして殴った。後悔はおろか反省すらしていない」との事。
一体何を殴ったのかは明かされていない。
「……何か降りていくな。」
スコープに大量の人型の何かが天から下りてくるのが映しだされる。
落ち方からして普通の人ではないだろう。
『天使のようですね。さすがにあの数だと不気味ですが。』
「だな。どう見ても神々しいって感じはしない。」
ミハエルブラスターを格納し、見張り台を降りる。
下ではミストが待っていた。
「……何をしていた?」
「射的。」
適当にごまかしておく。
ただでさえアホみたいな出力の兵器を山ほど持っているのだ。あまり魔王軍には目を付けられたくない。
「しゃてきとはあんな光の柱を使う物なのか?」
「俺の故郷ではそうなんだよ。的は巨大なゴーレムだ。」
『ウソですね。』
ファック。
「まぁ俺が何をしていたかなんて気にする必要はない。隕石はもう降ってこない。それでいいじゃねぇか。」
『終わりよければ全て良しというのは感心しません』
うるせぇ。
〜ナハト近郊 温泉〜
「で、だ。何でお前と俺は温泉なぞに入っているんだ?」
「私とて汗はかく。馬を走らせた後なら尚更にな。」
俺達はあの後ギルドへ戻らずにナハト近郊の温泉へと来ていた。
触手の森後に行ったアレだ。
「街の奴らが戻ってきたら仰天するだろうなぁ……でっかい穴が開いているんだもん。」
「お前が作った物だろうに……。」
これで街を破壊するのは通算四回目である。そろそろ冤罪でもなんでもなく指名手配されそうだ。
「街の修繕費用ってどこに請求されるんだろうな……」
「運が悪ければ壊した奴だろう。尤も街にも修繕用の予算はあるだろうが。」
願わくば俺の方に修繕費が回ってこない事を祈ろう。
「あ”ー街に戻りたくねぇよぉー!」
「自業自得だ。男ならば腹をくくれ。」
顔を手で覆って天を仰ぐ俺にミストの容赦ない一言。フォローなんざ毛ほども考えてない。
『一段落した所で今回の復旧の報告をします。
オクスタンライフルの出力が微量回復しました。
自立兵器群『フェアリー』のリンクが回復しました。現在1機が可動可能。
物理銃火器類 IMI社製デザートイーグルのリンクが回復しました
支援砲撃用重火器M134 ミニガンのリンクが回復しました
以上で報告を終了します。』
「了解。報告ご苦労さん。」
こいつの性能が最大限まで戻るのはいつの事だろうか。
まぁ全部戻ったところでフルに使うとは思えないが。
「それより……だ。先の戦いで囮を務めたのだから何かしらの褒美があっても良いのではないか?」
「あぁ……いくらだ?クエスト報酬の全額とかだったら流石に泣くぞ。」
すると、彼女は妖艶に笑って俺へ身を寄せてくる。
「……まさか」
「金はいらん。別に困っている訳ではないからな。体をいただこうか?」
これって普通立場が逆じゃありません?
「ミスト、俺一応戦闘の後に歩かされて結構疲れているんだけど?」
「何、疲れた後の一発ほど気持ちのいい物はないぞ?」
有無を言わさず押し倒される俺。あ、首が落ちた。
「……ッハ!?」
気がついたら夜だった。
空には赤みがかかった月が上っており、星の光も若干赤い。
「全く、行為の最中に気絶するとは……鍛え方が足りないのではないか?」
どうも身動きが取れないと思ったらミストの馬にくくりつけられているようだ。
荷物として。
「何だこの扱いは。俺は荷物か?」
「肉の張り型という扱いはどうだ?」
「うわ、それ嫌だ。せめて人権下さい人権。」
ゆらゆらと馬に揺られながら夜の大地を往く。
兎にも角にも今日の山場は越えた。あとは帰って寝るだけだ。
「後は帰って寝るだけとか考えているのでは無かろうな?」
「……おい、ミスト。」
俺の思考を遮るようにミストが声を掛けてくる。
このパターンはヤバい。ヤバすぎる。
「幸いナハトには宿屋が至る所にある。今日はそこでお前に夜の稽古を付けてやろう。今夜は寝かせないぞ?」
「へぇーーーーーぅぷ!」
『世の中そんなに甘くは無いのですよ。安易な終わりは誰も納得しません。』
〜???〜
「そう……ですか。」
「悪いね、嬢ちゃん。力になれなくて。」
私は大陸中を歩きまわってケリーさんを探している。
無論、天使という事は隠してだけど。
「彼は……生きているって言ってくれた。口ぶりから言ってもウソじゃありませんよね。」
そういえば、名前を聞いていなかった。彼はなんていう人なんだろう。
<こないだナハトで起こった事件の主犯って誰だったっけ?>
<なんだったか……あー……あー……そうだ、アルテアだ。>
<いや、そいつは鎮圧した方だろ?>
<でも街の大部分を破壊したって話だぜ?>
<人的被害と建物の被害ではどっちが大きいかって話か……それなら断然アルテアが主犯だよな。あれはテロのレベルだ。>
アルテアさん……か。ケリーさんと再会したらお礼を言いに行こう。
彼のおかげで、私が何をすべきかに気づけたのだから。
「み、ミストぉ……もう、もうゆるしてぇ……」
「まだ夜は長いぞ。そら、もう一本!」
「みぎゃぁぁぁぁぁあああ!」
〜おまけ?〜
「…………?」
自室に到着し、バックパックを下ろそうとした時に違和感。ほんの少しだがバックパックが重く感じた。
「疲れてんのかな……」
特に気にも止めずに床へバックパックを放る。
<ガシャ>
「……あん?」
微かにだが何かが割れた音。そしてバックパックの下部から何か液体が染み出してきた。
その液体の匂いが部屋中に充満する。
「うわ……何だこれ。香水……?」
『香水、ですか。私は匂いがわからないのでなんとも言えませんが。』
そもそも香水とは縁遠い生活を送ってきたので、その匂いは気分が落ち着かなくなるような異臭でしかない。
さっさと窓を開けて換気し、匂いの元であるバックパックの底を漁る。
「あちゃ〜……粉々に砕けてるよ。」
『本当に香水か何かだったようですね。容器から言ってかなり高めだったのではないですか?』
バックパックの底ではガラスの容器が粉々に砕けて内容液を思い切りぶちまけていた。
むせ返るほどの甘ったるい匂いで頭がクラクラする。
「もうこのバックパック使いもんにならねぇかなぁ……作戦行動中に香水の匂いぷんぷんさせている奴ってどうよ。」
『仕事中に香水の匂いをさせていいのは水商売の人と接客業だけです。自身の位置がバレると危険な兵士が付けるものではありませんね。』
仕方ない、バックパックは廃棄処分だ。一緒に入っていたロープや携帯食料……ダメだ、完全に匂いが染み付いている。せいぜい使えそうなのが食器類程度か。
「殆ど買い替えかぁ……誰だよこんな悪戯した奴は。」
『悪戯といえばニータ様ですね。何か心当たりはあるでしょうか。』
「わからん。少し聞いてみるか。」
〜冒険者ギルド ロビー〜
宿舎からロビーへと入ると、案の定ニータが俺の指定席の近くに座っていた。近くにはエルファも一緒だ。
彼女は機嫌良さそうに床まで届かない足をブラブラさせている。
「お〜い、ニータ。お前俺の荷物の中に香水の瓶入れたか?」
「香水ってn……」
彼女が言いかけて固まる。その視線は俺に固定されたまま。
「……どうした?」
いや、固まっているのは彼女だけではなかった。
カウンターで暇そうにしていたプリシラも
ニータの隣でいつもの砂糖たっぷりのカフェオレを啜っていたエルファも
丁度買い物から帰ってきたアニスちゃんも
武器の手入れを行なっていたミスト、フィー、チャルニも
というか、ロビーにいる独身の魔物全員がこっちを見ている。
「……こっち見んな。」
どこか気味の悪い物を感じて後退りする。
すると、彼女達も1歩俺の方へとにじり寄った。
『何か地雷を踏みましたか?』
「それ以前にここに来てから1言二言ぐらいしか喋ってねぇよ。」
不意に世界がひっくり返る。
後頭部に強い衝撃が走ると共に鼻の中がきな臭くなる。
目線を下げると激しく動きまわる細長い尻尾……ニータ?
「お〜い……何やってんだ?」
「あるぅ……いいにおいする……」
表情が緩みきって眼が蕩けている。というか、にじり寄ってくる奴ら全員が似たような顔……?
「ヤバくね?」
『ヤバいですね。さっさと逃げたほうがいいかと。』
ニータの首根っこを掴み、片腕の力だけでフィー目掛けて投げつける。この世界で鵺を振り回す機会が増えたので腕力だけは付いた。
間髪入れずハンドスプリングで起き上がり、脱出口を探す。
しかし、起き上がった瞬間にこちらを見ていた魔物達が一斉に飛びかかってきた。
「じ、冗談じゃねぇぞ!?」
『フラッシュバン展開。対閃光防御を。』
ラプラスの警告通りに目と耳を塞ぐ。
床にゴロゴロとフラッシュバンが転がる音がし、瞼の裏を強い光が焼いた。
目を開けると全員が失神寸前になっている。
「逃げるぞ!」
『脱出ルートを表示します。』
視界の中に脱出ルートを示す線が走る。
指定通りに線を辿ってギルド宿舎まで。さらに自室に入り、鍵を閉めた。無論、時間稼ぎ。
「一体何がどうなってやがる!?」
『考えられるのは先程の香水でしょう。この世界にはそういった類の道具が山ほどありますから。』
窓を開けて飛び降りる。柔らかい土が盛ってある花壇の中へ着地して衝撃を殺し、再び駆け出す。
「(寮母さんゴメン!)」
宿舎の寮母をしている妖狐のお姉さんに心の中で謝ると、街の雑踏へ……
「っ……!?」
踏み入ろうとして急ブレーキを掛けた。
雑踏の中の魔物が全員こちらを見ている。
「逃げ場無しか?!」
『反対方向へ。ブリッツランスのチャージを内部で行なっておきます。』
踵を返して今度は路地の中へと逃げこむ。お取り込み中の男女がいたが知ったこっちゃねぇ。
「ラプラス!?チャージはあと何秒だ!?」
『残り30秒。効率が悪いために若干長引いています。』
残り30秒で鬼100倍増しの鬼ごっこから逃げ延びろと。
路地を駆け抜け、ゴミ箱を蹴飛ばし、のんきに惰眠を貪っている猫の上を飛び越える。
「あるぅぅぅぅうううううううう!」
「うげぇ!?もう追いついてきやがった!」
後ろから猛スピードでニータが追いついてきている。小柄だけあってこういった閉所では恐ろしいほどに小回りが効く。
『チャージ完了まで、8、7、6』
もうすぐチャージが終わる。路地の出口はもうすぐそこだ。
鵺を逆手に持ち替え、いつでも飛び立てる準備をする。
薄暗い路地裏から外へと飛び出る!
「って中央広場かよ!」
抜けた先は様々な人が集まるモイライの憩いの場。
やはり俺の周囲の魔物たちだけ一斉にこちらを向く。こっち見んな。
『5、4、3、2、1、チャージ完了。E-Weapon<ブリッツランス>展開』
ラプラスの方向指示に従ってランスの先端を向ける。
シェルブースターに火が入り、爆発的な加速力を生む!
「戦略的撤退ー!」
『ヘタレが尻尾を巻いて逃げます。ご注意下さい。』
一度こいつの学習履歴を消去した方がいいのだろうか。
さて、彼が飛んだ先とは?
A.以前もこんな事あったよな? イヴァ湖(イヴルート)
B.なぜこんな所まで飛んできたし サンライズハーバー (ピスケスルート)
C.マジで何処だよここ。 ??? (???)
11/10/15 10:23更新 / テラー
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