第四十二話〜PUNNISHER〜
〜前回までのあらすじ〜
ジパングの出張から大陸へと帰ってきたアルテアとプリシラ。
彼らが馬車で帰る途中の街で、アルテアが指名手配されているのを目撃してしまう。
迷い家を通る事により人目を回避し、モイライのギルドへ帰ったアルテアはラプラスによって衝撃の事実を知る事になる。
『クローン』
アルテアはとある目的の為に純粋培養されたクローンだったのだ。
そのクローンのもう一人の生き残り、『アルター』によって今回の事件が引き起こされたのだ。
アルテアの冤罪が晴れて一息ついたのも束の間、シーフギルドのメンバーが息せき切って情報を持って来る。
夜魔の街ナハトにエンジェルが出現し、周囲の破壊・殺戮を行っているという。
この情報にアルテアとミリアは共にE-クリーチャーが現れたことに感付く。
標的は魔物……その制限により事情を知っているチャルニでさえもクエストへの参加が不可能になった。
孤立無援の中、果たしてアルテアは無事にエンジェルの暴走を止めることができるのであろうか。
「それでは本編どうぞ〜。」
『軽すぎませんか?』
〜クエスト開始〜
―地上に舞い降りた死告天使―
『話は聞いた通りよ。夜魔の街ナハトに天使が現れて住民の殺戮を行っているわ。
確かに魔物化していない天使は魔物に対して強い嫌悪感を抱くものもいるけれど、今回は異常すぎるわ。おそらくは例のアレだと思う。
彼女は魔物を優先的に狙っているから魔物のギルドメンバーは連れていけないと思ってちょうだい。それに相手は天使……例の物の影響で強化されていないとも限らないわ。
おそらく人間の仲間がいた所で何も出来ない……犬死にさせる訳にはいかないの。
非常に厳しい任務になるわ。失敗しても構わない。逃げてもいいから生きて帰ってきなさい。
冒険者ギルド モイライ支部ギルドマスター ミリア=フレンブルク』
「がるるるるる……」
「え、え〜と……」
プリシラの隣で見かけないエンジェルがたじろいでいる。
プリシラはまさに噛みつかんという体勢で彼女を威嚇しており、彼女はそれから逃げる形で一歩一歩後退っていた。
「で、彼女は?」
「貴方がいない間にここで保護されて事務仕事を叩きこまれたエンジェルよ。名前はシェリア……だったわよね?」
「あ、はい。そうです……」
他にも見かけない顔が増えていると思ったらこいつの連れだったのか。
「知ってはいけない秘密を知ってしまった哀れな天使!教会の地下深くに幽閉されそうになったところを間一髪で助ける騎士二人!彼女はその二人を引き連れて逃避行に……!」
なんだかキマっちゃっているぞ、今日のミリアさん。
寸劇でもやっているかのように大げさな身振り手振りで状況を説明する。
「あ〜……もう行っていいか?」
「あら、もっと見て行かないの?」
あんたがそうやってボケている間にも被害者が増えている訳だが。
「キシャーーーーーー!」
「ひっ!?」
『もういろんな意味で人間やめてますね、彼女。』
〜夜魔の街 ナハト〜
旅の館の中は既にもぬけの殻だった。恐らく街からは大部分の人が避難したのだろう。
施設の外へ躍り出ると……
「まったく……あんな禍々しい天使があってたまるかよ……」
上空に天使が滞空していた。
ただし、図鑑のような愛らしい姿ではない。
姿形は同じでも肌の色が銀灰色へ変色し、背中からは水晶を連ねたような羽が三対地へと垂れ下がっている。
目は緑色に濁り、瞳が存在しない。
彼女は俺に視線を向けると、水晶の羽の内一本を高々と振り上げ、俺目がけて打ち下ろしてきた。
「ッぉぉぉぉぉおおおおおおおお!?」
慌てて右方向へと走り込む。
直前まで立っていた場所に羽が振り下ろされて土の飛沫が上がって俺の体を叩く。
衝撃で内臓がでんぐり返るような感覚を覚えたが、気合でねじ伏せる。
「な、なんとか躱し……」
そして、その羽がギチギチと不吉な音を立てる。
「オイオイ……まさか……!」
『危険。なぎ払いが来ます。回避行動を取ってください。』
俺の方へ向けて羽が前方から猛然と迫ってくる。
「ぬぁぁぁぁぁああああああ!」
うまく水晶の上へ飛び移って向こう側へと跳躍する。
背後の家屋が軒並みなぎ倒され、更地と化す。
「っ〜〜〜〜〜!こいつ、今までで一番無茶苦茶だ!障害物があろうがお構いなしかよ!」
『文句を言っている暇はありません。第二波接近。』
もう一枚の羽が軌道を変えて左から袈裟切りに俺へと叩きつけるコースを取る。
上手く掻い潜ってその羽根の向こう側へと飛び込む。
またも衝撃で吹き飛ばされ、今度は家屋の壁へと叩きつけられた。
「ったく……ミリアさんは生きて帰ってこいとは言っていたが……具体的にどうしろって言うんだ……」
『休んでいる暇はありません。上空に高エネルギー反応。警戒推奨。』
上空を見上げると星空のようにポツポツと小さな点が無数に現れ始めている。あれは……?
『警告。高エネルギー反応接近中。回避は不可、撃墜を推奨。オクスタンライフル モードE』
ラプラスに言われた通りに上空へと銃口を向ける。
しかしあれは一体……。
「……!?」
そのうちの一つがこちらへ迫ってくる……というかでかい!?
「ぉぉぉぉおおおおおおお!!」
光の玉に向けて射撃。直撃と同時に莫大なエネルギーと衝撃波が撒き散らされる。
吹き飛ばされそうになるが、かろうじて堪える。というか、こけている暇はない。
後から後から釣瓶撃ち式に迫ってくるのだ。
「んのやろう……いい加減に……」
爆発半径、爆風の威力を計算に入れ、撃ちこむ。
「しやがれぇ!」
『最適解構築完了。』
ビームを撃ち込んだ光の玉が爆発。それに釣られるように辺りの光の玉が連鎖爆発を起こす。
流石にこれに抗う術は持ち合わせていないが、この一発で光の玉は一掃できた。
「どわっ!あでっ!のぉぉぉぉおおおお!?」
爆風によって派手に吹き飛ばされる。視界がでんぐり返り、体中をしこたまぶつけてしまったが一応無傷だ。
「っ〜〜〜〜〜!いってぇなぁ……手加減もクソもねぇなこれは。」
『文句を言っている暇はありません。第4波来ます。』
さらにもう一枚の羽が真上から振り下ろされる。
側面へと走って回避し、衝撃を堪える。
「いい加減に……」
『E-Weapon<フェンリルクロー>展開。』
鵺を逆手に持ち代えるとラプラスがフェンリルクローを展開。
地面をフィールドが削り取る。
「しろぉぉぉぉおおおおお!」
『SLASH』
打ち下ろされた羽にクローを叩きつける。
ガリガリという音を立てながら羽が削れるが……
「っく……硬てぇ!砕ききれねぇぞ!」
『退避を。追撃が来ます。』
ラプラスの指示でクローを格納しながらバックステップ。
今しがたまで居た場所にもう一本の羽が振り下ろされた。
またしても衝撃で背後へゴロゴロと転がされる。
「アホかー!こんなもん倒せるか!」
『おまけに相手は滞空していますからね。ふらふらと動いて狙いづらいと言ったらありません。』
転がった体勢からハンドスプリングで立ち上がる。
そのまま射撃姿勢へと移行する。
『オクスタンライフル モードW』
「羽が駄目なら!」
本体へと照準を合わせ、トリガーを引く。
ビームと弾丸の嵐がエンジェルの小さな体を叩くが……
「……っく……ははは……あっはっはははははは!もう笑うしかねぇよ!」
当然効かない。いや、フィールドあるの前提で攻撃したんだけどな。
『どうにかして地上へ叩き落とせば至近距離でショットガンなりフェンリルクローなりの高威力兵装が当てられるのですが……』
「あんなクソ硬いもんどうやって落とせってんだ!なんならデカいハエ叩きでも持って来るか!?飛んでいるんだからちったぁ効く……」
デカい……ハエ叩き?
少し前にそんな光景を見たような……
「そうか!G・Gハンマーなら!」
『無理です。チャージ時間の間に叩き潰されます。』
そうだ。ハンマーを使うにはまず鵺を上空へ向け、重力波の塊を生成する必要がある。
最低でも30秒。
「なんとか手持ちの兵装で時間稼ぎはできないか!?」
『不可。スモークグレネードを焚けば薙ぎ払われ、フラッシュバンは射程不足です。あそこまで上空だとアンカーバルーンも効果が薄く、バインディングネットでもあの翼で切り裂かれないという保証はありません。』
手札に切れるものがない……か。
「こいつぁ……詰んだか?」
『諦めるのが早すぎませんか?』
天使が再びこちらへと狙いを定める。
今度は3対全ての羽がこちらへと向いている。
恐らくは1本2本回避した所で残りに串刺しにされるだろう。
『詰みましたね。』
「だろ?」
羽が一斉にこちらへと迫ってくる。
それに対して迎撃するでもなく、回避するでもなく。
「でも諦めるとは言ってねぇぇぇぇえええええ!」
『三十六計逃げるに如かず、です。』
背中を向けて逃げ出した。
格好悪いとか言うなよ?前に行っても右に行っても左に行っても串刺しなら下がるしかないだろ?
「ファイトォォォォォォオオオオオ!」
『いっぱぁぁぁぁぁぁつ!』
俺の叫びに合わせてラプラスがデータベースからドリンク剤CMの名台詞を流す。
あぁ、無駄に合う呼吸。全然解決策になっていないけれど。
そして、あと少しで羽が俺を串刺しにするという所で、俺の体が何かに横からかっさらわれた。
「全く、未来の婿殿ともあろう者があの程度の相手に苦戦しないで頂きたい。」
「ミスト!お前何でここに!」
「何、自分の所属していた騎士団に用事があってな。ギルドを離れてあちらに出頭していたのだ。」
首の無い馬に跨り、俺を小脇に抱えながらミストは半壊した街を駆ける。
背後からは天使が上空から迫っていた。
「というかミスト!あいつは魔物を優先して狙うんだ!今直ぐこの街から離れろ!」
「私を狙うのであれば街から出た所でさほど意味は無いと思うが……」
そういやそうだ。
『ミスト様。単独で30秒ほど時間を稼げますか?』
「む?私の愛馬があれば造作も無いが……何か策があるのか?」
そうか……囮……
<ドクン>
フェンリルのジャンパー……茶色の革靴……取り落とされたアサルトライフル……
<ドクン、ドクン>
肉塊、ちぎれた腕、足、吹き飛ばされた頭……
<ドクン、ドクン、ドクン>
血の海、血の海、血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海
<ドクン、ドクン、ドクン、ドクン>
「アルテア。」
ミストの声に意識が現実へと引き戻される。
彼女は……俺の顔を見て不敵に笑っていた。
「私がそう簡単に死ぬと思うか?囮は任せろ。」
「しかし……!」
彼女は俺を抱えている腕を少しスイングすると、藁が積んである荷車にすれ違いざまに叩き込んだ。
「街を一周してここへ戻ってくる!その間に準備を済ませろ!」
「ミスト!死ぬな!絶対に死ぬなよ!」
藁から顔を出して走り去っていく彼女を見送る。彼女は後ろ手に手を振って砂埃の中へと消えて行った。
それを追ってエンジェルが速度を上げた。もはや俺は眼中に無いらしい。
『ナハトのマップを表示。ミスト様の予想進行ルートと推定現在位置を表示します。』
ウィンドウが開いてナハトの全体図が表示される。
街の太い道に沿って矢印が走り、街をぐるっと一周するようにして現在地点へと伸びていた。
「チャンスはそう何度もあるもんじゃない。一発で仕留めるぞ。」
『了解。E-Weapon<G・Gハンマー>展開。チャージ開始。』
鵺を真上に向けると空間が歪み始める。それは全てを叩き潰す巨大な重力波の塊。
全ての物に立ち上がることすら許さず、地に膝を付かせ、完膚なきまでに打ち砕く破壊の巨槌。
『ミスト様到着まで、残り10秒・9・8・7・6』
もうすぐ、ミストがこちらへ来る。
先程は彼女に助けられたのだ。今度は、こちらが助ける番だ。
『5・4・3・2・1・0』
しかし、カウントダウンが終わっても曲がり角から黒炎に包まれた馬は走ってこない。
ミストが、来ない。
「……ウソだ……」
『マスター、落ち着いてください。』
死んだのか?死なせてしまったのか?俺が巻き込んだばかりに?
頭が真っ白になる。何も考えられない。頭が、熱い。
「ウソだ……ウソだ……!」
『マスター、彼女は大丈夫です。だから落ち着いてください』
また、俺は仲間を失ったのか?化け物になってでも失うまいとしたのに?また、また……!
『マスター!落ち着きなさい!』
「ッ!?」
ラプラスが、今までにない程の怒声を上げる。こいつが叫んだのは生まれて初めてかもしれない。
『彼女ならば大丈夫です。必ず来ます。』
「しかし……!」
『大丈夫です。彼女を……信じてあげてください。』
AIというものは……ここまで優しい声色を使えるのだろうか?
その声は自然と俺の中へ染み入ってきた。
「……あぁ、済まない。取り乱したな。」
『戦場では常に冷静に。少佐の言葉ですよ?』
「あぁ……忘れていたな。そう言えば。」
そうだ、姉さんは常に冷静だった。
仲間がピンチになろうと、自分が窮地に立たされようと、常に前を見据え続けた。
それは、仲間を信頼していたという事ではなかっただろうか?
「……そうだ。俺一人で背負いこむ必要はない。信じるんだ……俺の仲間を。最高の戦友を!」
そして、待望の瞬間がやってくる。
砂煙と共に曲がり角からミストが乗った黒馬が姿を現す。
彼女は俺の頭上に浮かんでいる歪みに気圧されたようだが、狙いが直ぐに分かったらしく真っ直ぐに俺へと向けて馬を駆った。
彼女の背後を天使が上空から追跡している。
「さっきはまぁよくもゴミクズみたいに吹っ飛ばしてくれたな。」
上空の天使へと狙いを定める。
その瞬間は直ぐにやってきた。
「お返しだ!ぶっ潰れろ!」
『CLASH』
ミストが俺の隣を駆け抜けた瞬間に天使へと重力波の塊を叩き付ける。
3対の羽が重力波の塊に沿って丸く歪み、砕け散る。
彼女の小さな体はそのまま地面へと押し潰され、地面には巨大なクレーターが出来上がった。
クレーターの中心には天使の小さな体が横たわっていた。
苦しげに胸の部分が浅く上下している。
俺はクレーターを滑り降りて彼女の側へと近寄った。
「さて……最後の仕上げだ。ラプラス、頼む。」
『了解。HHシステム展開。フィールド干渉率100%。コード<HELL -AND-HEAVEN>発動。』
鵺の先端が展開し、純白の杭が顔をのぞかせる。
そう言えばこいつを使うのも久しぶりだな。
『ボルトショットシークエンス省略。You have control。いつでもどうぞ。』
「アイハ……ちょっと待て。」
『どうかなさいましたか?』
目の前に横たわっているのは小柄な天使……エンジェルだ。
エクセルシアの反応は毎度のごとく腹部にある。
「これ……思いっきり突き刺したら腹部貫通しないか?」
『一応エクセルシアに触れれば杭が分解されてエクセルシアに絡みつく形になりますが……引き抜く際は小柄故に重傷は避けられないかもしれません。』
まさかこのままキサラギ医院へ行って治療体制が万全な時に引き抜く訳にもいくまい。
途中で起きたら事だ。
「引き抜いたら速攻で処置する。それまでエクセルシアの格納は無しだ。」
『了解。』
慎重に彼女の腹に杭を押し当てる。
体重を掛けるとフィールドを貫通して腹へ突き刺さった。
『エクセルシアの固定完了。念の為に今から応急救護キットを展開しておきましょう。』
右手が淡い光に包まれ、数々の部品が展開して組上がっていく。
頭上にはアポロニウスが飛び出し、鵺を中心に塵や細菌を吹き散らすフィールドが張られた。
『準備完了。いつでもどうぞ。』
「おーけー……行くぞ!」
力を込めてエクセルシアを引き抜く。
腹部の動脈が破れて大量の血液が噴出する。
「どわわわ!止血止血!」
『ルミナストリングスで一時的に血管を縫いつけて止めましょう。その後、模擬血管パッチを当てて縫合。止血部の縫合を解除します。』
素早く消毒液を吹きつけ、血管を縫い付ける。
手首あたりから模擬血管を取り出して当て、縫合する。
「……大丈夫だよな?血ぃ足りてるよな?」
『生命力に関してはまだE-クリーチャー化が解けていないので問題ないでしょう。破れた皮膚を縫合し、再生ナノを打てば術式終了です。』
無事な皮膚を縫い合わせ、再生ナノを打つ。ダーマを貼りつけて創傷部を保護。とりあえずこれで一安心だ。
先程放り出した鵺を拾いあげて、先端の杭に固定されているエクセルシアを見直す。
それは抜けるような青空の色をしていた。
『格納しますか?』
「あぁ、やってくれ。さっさと片付けよう。」
杭が引込み、エクセルシアが中へと格納されていく。
『格納用空間に挿入完了。任務の第一段階、フェーズ7を終了───b──s』
「……よし」
俺は静かにその時を待つ。
上からミストが様子を見に降りてきた。
「一体どうなったのだ……?」
「あぁ、わり。」
『──────助jk────tb─────死ia────ajve─────────壊ldec────────』
「少し、支えておいてくれ。」
莫大な量の情報が頭に流れこみ、激痛で俺は意識を失った。
ジパングの出張から大陸へと帰ってきたアルテアとプリシラ。
彼らが馬車で帰る途中の街で、アルテアが指名手配されているのを目撃してしまう。
迷い家を通る事により人目を回避し、モイライのギルドへ帰ったアルテアはラプラスによって衝撃の事実を知る事になる。
『クローン』
アルテアはとある目的の為に純粋培養されたクローンだったのだ。
そのクローンのもう一人の生き残り、『アルター』によって今回の事件が引き起こされたのだ。
アルテアの冤罪が晴れて一息ついたのも束の間、シーフギルドのメンバーが息せき切って情報を持って来る。
夜魔の街ナハトにエンジェルが出現し、周囲の破壊・殺戮を行っているという。
この情報にアルテアとミリアは共にE-クリーチャーが現れたことに感付く。
標的は魔物……その制限により事情を知っているチャルニでさえもクエストへの参加が不可能になった。
孤立無援の中、果たしてアルテアは無事にエンジェルの暴走を止めることができるのであろうか。
「それでは本編どうぞ〜。」
『軽すぎませんか?』
〜クエスト開始〜
―地上に舞い降りた死告天使―
『話は聞いた通りよ。夜魔の街ナハトに天使が現れて住民の殺戮を行っているわ。
確かに魔物化していない天使は魔物に対して強い嫌悪感を抱くものもいるけれど、今回は異常すぎるわ。おそらくは例のアレだと思う。
彼女は魔物を優先的に狙っているから魔物のギルドメンバーは連れていけないと思ってちょうだい。それに相手は天使……例の物の影響で強化されていないとも限らないわ。
おそらく人間の仲間がいた所で何も出来ない……犬死にさせる訳にはいかないの。
非常に厳しい任務になるわ。失敗しても構わない。逃げてもいいから生きて帰ってきなさい。
冒険者ギルド モイライ支部ギルドマスター ミリア=フレンブルク』
「がるるるるる……」
「え、え〜と……」
プリシラの隣で見かけないエンジェルがたじろいでいる。
プリシラはまさに噛みつかんという体勢で彼女を威嚇しており、彼女はそれから逃げる形で一歩一歩後退っていた。
「で、彼女は?」
「貴方がいない間にここで保護されて事務仕事を叩きこまれたエンジェルよ。名前はシェリア……だったわよね?」
「あ、はい。そうです……」
他にも見かけない顔が増えていると思ったらこいつの連れだったのか。
「知ってはいけない秘密を知ってしまった哀れな天使!教会の地下深くに幽閉されそうになったところを間一髪で助ける騎士二人!彼女はその二人を引き連れて逃避行に……!」
なんだかキマっちゃっているぞ、今日のミリアさん。
寸劇でもやっているかのように大げさな身振り手振りで状況を説明する。
「あ〜……もう行っていいか?」
「あら、もっと見て行かないの?」
あんたがそうやってボケている間にも被害者が増えている訳だが。
「キシャーーーーーー!」
「ひっ!?」
『もういろんな意味で人間やめてますね、彼女。』
〜夜魔の街 ナハト〜
旅の館の中は既にもぬけの殻だった。恐らく街からは大部分の人が避難したのだろう。
施設の外へ躍り出ると……
「まったく……あんな禍々しい天使があってたまるかよ……」
上空に天使が滞空していた。
ただし、図鑑のような愛らしい姿ではない。
姿形は同じでも肌の色が銀灰色へ変色し、背中からは水晶を連ねたような羽が三対地へと垂れ下がっている。
目は緑色に濁り、瞳が存在しない。
彼女は俺に視線を向けると、水晶の羽の内一本を高々と振り上げ、俺目がけて打ち下ろしてきた。
「ッぉぉぉぉぉおおおおおおおお!?」
慌てて右方向へと走り込む。
直前まで立っていた場所に羽が振り下ろされて土の飛沫が上がって俺の体を叩く。
衝撃で内臓がでんぐり返るような感覚を覚えたが、気合でねじ伏せる。
「な、なんとか躱し……」
そして、その羽がギチギチと不吉な音を立てる。
「オイオイ……まさか……!」
『危険。なぎ払いが来ます。回避行動を取ってください。』
俺の方へ向けて羽が前方から猛然と迫ってくる。
「ぬぁぁぁぁぁああああああ!」
うまく水晶の上へ飛び移って向こう側へと跳躍する。
背後の家屋が軒並みなぎ倒され、更地と化す。
「っ〜〜〜〜〜!こいつ、今までで一番無茶苦茶だ!障害物があろうがお構いなしかよ!」
『文句を言っている暇はありません。第二波接近。』
もう一枚の羽が軌道を変えて左から袈裟切りに俺へと叩きつけるコースを取る。
上手く掻い潜ってその羽根の向こう側へと飛び込む。
またも衝撃で吹き飛ばされ、今度は家屋の壁へと叩きつけられた。
「ったく……ミリアさんは生きて帰ってこいとは言っていたが……具体的にどうしろって言うんだ……」
『休んでいる暇はありません。上空に高エネルギー反応。警戒推奨。』
上空を見上げると星空のようにポツポツと小さな点が無数に現れ始めている。あれは……?
『警告。高エネルギー反応接近中。回避は不可、撃墜を推奨。オクスタンライフル モードE』
ラプラスに言われた通りに上空へと銃口を向ける。
しかしあれは一体……。
「……!?」
そのうちの一つがこちらへ迫ってくる……というかでかい!?
「ぉぉぉぉおおおおおおお!!」
光の玉に向けて射撃。直撃と同時に莫大なエネルギーと衝撃波が撒き散らされる。
吹き飛ばされそうになるが、かろうじて堪える。というか、こけている暇はない。
後から後から釣瓶撃ち式に迫ってくるのだ。
「んのやろう……いい加減に……」
爆発半径、爆風の威力を計算に入れ、撃ちこむ。
「しやがれぇ!」
『最適解構築完了。』
ビームを撃ち込んだ光の玉が爆発。それに釣られるように辺りの光の玉が連鎖爆発を起こす。
流石にこれに抗う術は持ち合わせていないが、この一発で光の玉は一掃できた。
「どわっ!あでっ!のぉぉぉぉおおおお!?」
爆風によって派手に吹き飛ばされる。視界がでんぐり返り、体中をしこたまぶつけてしまったが一応無傷だ。
「っ〜〜〜〜〜!いってぇなぁ……手加減もクソもねぇなこれは。」
『文句を言っている暇はありません。第4波来ます。』
さらにもう一枚の羽が真上から振り下ろされる。
側面へと走って回避し、衝撃を堪える。
「いい加減に……」
『E-Weapon<フェンリルクロー>展開。』
鵺を逆手に持ち代えるとラプラスがフェンリルクローを展開。
地面をフィールドが削り取る。
「しろぉぉぉぉおおおおお!」
『SLASH』
打ち下ろされた羽にクローを叩きつける。
ガリガリという音を立てながら羽が削れるが……
「っく……硬てぇ!砕ききれねぇぞ!」
『退避を。追撃が来ます。』
ラプラスの指示でクローを格納しながらバックステップ。
今しがたまで居た場所にもう一本の羽が振り下ろされた。
またしても衝撃で背後へゴロゴロと転がされる。
「アホかー!こんなもん倒せるか!」
『おまけに相手は滞空していますからね。ふらふらと動いて狙いづらいと言ったらありません。』
転がった体勢からハンドスプリングで立ち上がる。
そのまま射撃姿勢へと移行する。
『オクスタンライフル モードW』
「羽が駄目なら!」
本体へと照準を合わせ、トリガーを引く。
ビームと弾丸の嵐がエンジェルの小さな体を叩くが……
「……っく……ははは……あっはっはははははは!もう笑うしかねぇよ!」
当然効かない。いや、フィールドあるの前提で攻撃したんだけどな。
『どうにかして地上へ叩き落とせば至近距離でショットガンなりフェンリルクローなりの高威力兵装が当てられるのですが……』
「あんなクソ硬いもんどうやって落とせってんだ!なんならデカいハエ叩きでも持って来るか!?飛んでいるんだからちったぁ効く……」
デカい……ハエ叩き?
少し前にそんな光景を見たような……
「そうか!G・Gハンマーなら!」
『無理です。チャージ時間の間に叩き潰されます。』
そうだ。ハンマーを使うにはまず鵺を上空へ向け、重力波の塊を生成する必要がある。
最低でも30秒。
「なんとか手持ちの兵装で時間稼ぎはできないか!?」
『不可。スモークグレネードを焚けば薙ぎ払われ、フラッシュバンは射程不足です。あそこまで上空だとアンカーバルーンも効果が薄く、バインディングネットでもあの翼で切り裂かれないという保証はありません。』
手札に切れるものがない……か。
「こいつぁ……詰んだか?」
『諦めるのが早すぎませんか?』
天使が再びこちらへと狙いを定める。
今度は3対全ての羽がこちらへと向いている。
恐らくは1本2本回避した所で残りに串刺しにされるだろう。
『詰みましたね。』
「だろ?」
羽が一斉にこちらへと迫ってくる。
それに対して迎撃するでもなく、回避するでもなく。
「でも諦めるとは言ってねぇぇぇぇえええええ!」
『三十六計逃げるに如かず、です。』
背中を向けて逃げ出した。
格好悪いとか言うなよ?前に行っても右に行っても左に行っても串刺しなら下がるしかないだろ?
「ファイトォォォォォォオオオオオ!」
『いっぱぁぁぁぁぁぁつ!』
俺の叫びに合わせてラプラスがデータベースからドリンク剤CMの名台詞を流す。
あぁ、無駄に合う呼吸。全然解決策になっていないけれど。
そして、あと少しで羽が俺を串刺しにするという所で、俺の体が何かに横からかっさらわれた。
「全く、未来の婿殿ともあろう者があの程度の相手に苦戦しないで頂きたい。」
「ミスト!お前何でここに!」
「何、自分の所属していた騎士団に用事があってな。ギルドを離れてあちらに出頭していたのだ。」
首の無い馬に跨り、俺を小脇に抱えながらミストは半壊した街を駆ける。
背後からは天使が上空から迫っていた。
「というかミスト!あいつは魔物を優先して狙うんだ!今直ぐこの街から離れろ!」
「私を狙うのであれば街から出た所でさほど意味は無いと思うが……」
そういやそうだ。
『ミスト様。単独で30秒ほど時間を稼げますか?』
「む?私の愛馬があれば造作も無いが……何か策があるのか?」
そうか……囮……
<ドクン>
フェンリルのジャンパー……茶色の革靴……取り落とされたアサルトライフル……
<ドクン、ドクン>
肉塊、ちぎれた腕、足、吹き飛ばされた頭……
<ドクン、ドクン、ドクン>
血の海、血の海、血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海血の海
<ドクン、ドクン、ドクン、ドクン>
「アルテア。」
ミストの声に意識が現実へと引き戻される。
彼女は……俺の顔を見て不敵に笑っていた。
「私がそう簡単に死ぬと思うか?囮は任せろ。」
「しかし……!」
彼女は俺を抱えている腕を少しスイングすると、藁が積んである荷車にすれ違いざまに叩き込んだ。
「街を一周してここへ戻ってくる!その間に準備を済ませろ!」
「ミスト!死ぬな!絶対に死ぬなよ!」
藁から顔を出して走り去っていく彼女を見送る。彼女は後ろ手に手を振って砂埃の中へと消えて行った。
それを追ってエンジェルが速度を上げた。もはや俺は眼中に無いらしい。
『ナハトのマップを表示。ミスト様の予想進行ルートと推定現在位置を表示します。』
ウィンドウが開いてナハトの全体図が表示される。
街の太い道に沿って矢印が走り、街をぐるっと一周するようにして現在地点へと伸びていた。
「チャンスはそう何度もあるもんじゃない。一発で仕留めるぞ。」
『了解。E-Weapon<G・Gハンマー>展開。チャージ開始。』
鵺を真上に向けると空間が歪み始める。それは全てを叩き潰す巨大な重力波の塊。
全ての物に立ち上がることすら許さず、地に膝を付かせ、完膚なきまでに打ち砕く破壊の巨槌。
『ミスト様到着まで、残り10秒・9・8・7・6』
もうすぐ、ミストがこちらへ来る。
先程は彼女に助けられたのだ。今度は、こちらが助ける番だ。
『5・4・3・2・1・0』
しかし、カウントダウンが終わっても曲がり角から黒炎に包まれた馬は走ってこない。
ミストが、来ない。
「……ウソだ……」
『マスター、落ち着いてください。』
死んだのか?死なせてしまったのか?俺が巻き込んだばかりに?
頭が真っ白になる。何も考えられない。頭が、熱い。
「ウソだ……ウソだ……!」
『マスター、彼女は大丈夫です。だから落ち着いてください』
また、俺は仲間を失ったのか?化け物になってでも失うまいとしたのに?また、また……!
『マスター!落ち着きなさい!』
「ッ!?」
ラプラスが、今までにない程の怒声を上げる。こいつが叫んだのは生まれて初めてかもしれない。
『彼女ならば大丈夫です。必ず来ます。』
「しかし……!」
『大丈夫です。彼女を……信じてあげてください。』
AIというものは……ここまで優しい声色を使えるのだろうか?
その声は自然と俺の中へ染み入ってきた。
「……あぁ、済まない。取り乱したな。」
『戦場では常に冷静に。少佐の言葉ですよ?』
「あぁ……忘れていたな。そう言えば。」
そうだ、姉さんは常に冷静だった。
仲間がピンチになろうと、自分が窮地に立たされようと、常に前を見据え続けた。
それは、仲間を信頼していたという事ではなかっただろうか?
「……そうだ。俺一人で背負いこむ必要はない。信じるんだ……俺の仲間を。最高の戦友を!」
そして、待望の瞬間がやってくる。
砂煙と共に曲がり角からミストが乗った黒馬が姿を現す。
彼女は俺の頭上に浮かんでいる歪みに気圧されたようだが、狙いが直ぐに分かったらしく真っ直ぐに俺へと向けて馬を駆った。
彼女の背後を天使が上空から追跡している。
「さっきはまぁよくもゴミクズみたいに吹っ飛ばしてくれたな。」
上空の天使へと狙いを定める。
その瞬間は直ぐにやってきた。
「お返しだ!ぶっ潰れろ!」
『CLASH』
ミストが俺の隣を駆け抜けた瞬間に天使へと重力波の塊を叩き付ける。
3対の羽が重力波の塊に沿って丸く歪み、砕け散る。
彼女の小さな体はそのまま地面へと押し潰され、地面には巨大なクレーターが出来上がった。
クレーターの中心には天使の小さな体が横たわっていた。
苦しげに胸の部分が浅く上下している。
俺はクレーターを滑り降りて彼女の側へと近寄った。
「さて……最後の仕上げだ。ラプラス、頼む。」
『了解。HHシステム展開。フィールド干渉率100%。コード<HELL -AND-HEAVEN>発動。』
鵺の先端が展開し、純白の杭が顔をのぞかせる。
そう言えばこいつを使うのも久しぶりだな。
『ボルトショットシークエンス省略。You have control。いつでもどうぞ。』
「アイハ……ちょっと待て。」
『どうかなさいましたか?』
目の前に横たわっているのは小柄な天使……エンジェルだ。
エクセルシアの反応は毎度のごとく腹部にある。
「これ……思いっきり突き刺したら腹部貫通しないか?」
『一応エクセルシアに触れれば杭が分解されてエクセルシアに絡みつく形になりますが……引き抜く際は小柄故に重傷は避けられないかもしれません。』
まさかこのままキサラギ医院へ行って治療体制が万全な時に引き抜く訳にもいくまい。
途中で起きたら事だ。
「引き抜いたら速攻で処置する。それまでエクセルシアの格納は無しだ。」
『了解。』
慎重に彼女の腹に杭を押し当てる。
体重を掛けるとフィールドを貫通して腹へ突き刺さった。
『エクセルシアの固定完了。念の為に今から応急救護キットを展開しておきましょう。』
右手が淡い光に包まれ、数々の部品が展開して組上がっていく。
頭上にはアポロニウスが飛び出し、鵺を中心に塵や細菌を吹き散らすフィールドが張られた。
『準備完了。いつでもどうぞ。』
「おーけー……行くぞ!」
力を込めてエクセルシアを引き抜く。
腹部の動脈が破れて大量の血液が噴出する。
「どわわわ!止血止血!」
『ルミナストリングスで一時的に血管を縫いつけて止めましょう。その後、模擬血管パッチを当てて縫合。止血部の縫合を解除します。』
素早く消毒液を吹きつけ、血管を縫い付ける。
手首あたりから模擬血管を取り出して当て、縫合する。
「……大丈夫だよな?血ぃ足りてるよな?」
『生命力に関してはまだE-クリーチャー化が解けていないので問題ないでしょう。破れた皮膚を縫合し、再生ナノを打てば術式終了です。』
無事な皮膚を縫い合わせ、再生ナノを打つ。ダーマを貼りつけて創傷部を保護。とりあえずこれで一安心だ。
先程放り出した鵺を拾いあげて、先端の杭に固定されているエクセルシアを見直す。
それは抜けるような青空の色をしていた。
『格納しますか?』
「あぁ、やってくれ。さっさと片付けよう。」
杭が引込み、エクセルシアが中へと格納されていく。
『格納用空間に挿入完了。任務の第一段階、フェーズ7を終了───b──s』
「……よし」
俺は静かにその時を待つ。
上からミストが様子を見に降りてきた。
「一体どうなったのだ……?」
「あぁ、わり。」
『──────助jk────tb─────死ia────ajve─────────壊ldec────────』
「少し、支えておいてくれ。」
莫大な量の情報が頭に流れこみ、激痛で俺は意識を失った。
11/10/25 20:00更新 / テラー
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