読切小説
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いい人
『本当に……大丈夫かなぁ。』
『大丈夫だって。多分だけど、彼も君の事は好きだと思うよ。頑張って!』
『う、うん。行ってくる!』

これは、昔の夢。
どうしても好きな子に告白できずに相談してきた女の子を勇気づけてあげた時の夢。

『やった!彼も私の事が好きだって!』
『よかったじゃないか。おめでとう。』
『うん!ありがとう!』

そうして彼女は彼の家の中へと入っていく。
それを笑顔で見送る僕。



『一体いつになったら気付いてくれるのかな……』
『多分、もう気づいているんじゃないかな。彼も照れくさくて何でもない風を装っているだけかもしれないよ。』

これは、幼なじみが鈍感過ぎて思いが伝わっていないと思っている子の相談を受けた時の事。

『やっぱり私の事好きだったって!思い切って言ってみてよかった!』
『おめでとう。これで両思いだね。』
『本当にありがとう!助かったわ!』

また、彼の家へと走っていく彼女。
僕は、笑顔でそれを見送っていた。



『ありがとう』


          『ありがとう』



                    『ありがとう』


        『ありがとう』







           『うん、お幸せに』



◆自室◆

「…………」

また、あの夢を見た。
相談を受けた女の子達が自分の想い人の所へと行く夢。
別に僕自身が妄想癖が酷いという訳ではない。全て実際にあったことだ。

僕自身がお人よしという事もあって、よく他人から相談を持ちかけられたりする。
家庭の事だったり、友人の事だったり、仕事の事だったり……恋愛の事だったり。
特に恋愛ごとの相談に関しては光る物があり、相談を受けた相手のカップル成立はほぼ100%。そこに人間も魔物も区別は無い。
その噂が広まり続け、僕に相談事を持ってくる人は日に日に増え続けた。
それが高じてお悩み相談所なるものを開いて食べていける程になっていた。

メルロ=サンティ、それが僕の名前だ。

「水……水……と。」

ベッドの隣の水差しからコップへと注いで乾いた口の中を潤す。
時刻は……明け方少し前ぐらいだろうか。
起きるまでにはかなり時間がある。

「はぁ……もう少し寝よ……。」

ベッドに潜り込み、再び目を閉じる。眠気はあっという間にやってきた。



◆メルロなんでも相談所◆

相談所なんていう仕事というとどうしようもない悩みを持ってくるオバサンオジサンを延々相手し続けるようなイメージがあるけれど、実際はもっと難解な悩みを持ってくる人も結構いる。
それが法律関係だったりすると一般人には手に負えなくなる。
だから僕はほぼ毎日のように法律関係の書物を読み漁り、裁判の議事録などで事例を見ながら過ごしている。無論、業務の間にだけれど。

「だからロペスさん、ここは興信所ではなくて相談所なんですよ。だから飼い犬の捜索の受付はしていないって何回言わせるんですか?」
「関係ないザマス!うちのジェニファーちゃんがいなくなったんザマスよ!?」

これである。
仕方なしに僕はあるファイルを開いて目を通す。
この人が何度も同じ相談を持ちかけてくるので彼女専用のファイルができてしまったのだ。
日付、時間、天候、どこで見つかったかなどを細かに記しているファイルだ。
データを取ってみればわかるのだが、彼女の犬が行く場所というのはこのファイルを見ればおおまかな場所は予測できるようになっている。

「確か今日は商業区で食肉の安売りをしていましたね。それに乗じて焼肉の出店とかも大量に出ますからそこらへんにいるのではないでしょうか。」
「ジェニファーちゃんはそこにいるんザマスね?いつもいつも助けてもらって悪いザマスね?」
「かまいませんよ。仕事ですし。」

そして彼女は相談料を置いて愛犬を探しに行った。
これで上客だというのだから世の中どうかしている。


まぁ、このぐらいの人の方が心労は少なくて済むのだけれども。


<カランカラン……>

入り口のドアに取り付けてあるベルが鳴り響く。次のお客さんだ。
入ってきたのは露出の多い修道服に身を包んだ綺麗な女性。というか、先日相談に来たダークプリーストだ。

「いらっしゃい、セラさん。その後彼とはどうかな?」
「えぇ、今日はその事で。」

テーブルの向かいの椅子に彼女が掛ける。表情でわかる。これは、『当たり』だ。

「その様子だと成功したみたいだね。」
「そうなの。誘惑も使わずに彼の方から好きだって言ってもらえて……なんだか今でも信じられないぐらい。」

片手を頬に当てて照れるセラさん。その様子を見て僕も思わず笑みがこぼれる。

「やっぱりキューピッドの異名は伊達じゃないわね。最初は半信半疑だったけど……今じゃ納得できるわ。」
「ははは……お褒め頂き恐悦至極……ってね。」

そう、僕は人間、魔物を問わずに女性からキューピッドと呼ばれている。
言わずもがな、恋愛相談の腕からだ。

「それだけ恋愛の駆け引きが上手ならさぞかしモテるんでしょう?」
「あはは……あは……はぁ……」

その腕の良さには、理由がある。


『彼(彼女)はこの人にどうされたら一番嬉しいだろうか。』


その事を念頭においてアドバイスする。
そう、相談相手の想い人を自分に重ねあわせ、擬似的な恋愛感情を抱くことで男性の心の方から分析するのだ。
ちなみにこの辺は男女あまり関係ない。以前、男性が男性に対する恋愛相談を持ってきた時はさすがに焦ったが。(結局その人はアルプになってしまったが……)
そうするとほぼ100%に近い精度で成功する。

「あ、あら……なにか不味いことを聞いたかしら……?」
「い、いえ、なんでもありませんよ。」

若干焦り気味にこちらの様子を伺ってくる彼女に笑顔を返す。
作り笑いは物心ついた頃からの得意技だ。

「そう……本当に大丈夫?」
「むしろ何が不安なのかがわかりませんね。自分はどうでもいいんです。ただ、誰かが幸せになってくれればね。」

無論嘘だ。自分だって幸せになりたい。もしかしたら誰かが僕に好意をいだいてくれているかもしれないけれど、今はその気配が全くしないのだから期待するだけ無駄だ。

「……あまり無理はしないでね。はい、これ。」
「毎度どうも。これからも何か困ったことがあったら来てくださいよ。」

心配そうにこちらを振り返りながら相談所を出ていく彼女を見送る。
彼女が見えなくなった時、心に重石がどっかりと乗っかった感覚がした。

擬似的な恋愛感情を抱くという事は相手の悩みが解決した時、それは僕自身が失恋すると言う事と同義だ。
つまり、僕はこの感覚を過去何十回、何百回も繰り返して来たのだ。
今までよく胃に穴が開かなかったな、と我ながら驚いている。

「……はぁ。」

ため息を吐いて椅子にもたれかかる。
多分、今日は何も食べられそうもない。
そんな時、再び入り口のベルが鳴った。慌てて居住まいを正す僕。
入ってきたのは真っ黒なドレスに身を包んだ小さな女の子だ。

「(あれは確か……ドッペルゲンガー?)」

彼女はドアを開けて中途半端な所でまごついている。まるで入るか入らまいか決めかねている様子だ。
僕が手招きをして椅子を指すと、ためらいながらも彼女は中に入ってきて椅子に掛けた。

「初めまして、だね。僕はメルロ。ご存知の通りここで相談所をしている。キミは?」

口調というのは常に同じ物を使えばいいという訳ではない。
相手に合わせて敬語や砕けた言葉、子供に話しかけるような口調から目上の人に話しかけるような口調を使うなど、様々だ。
彼女の場合僕に対して物怖じしている節があるため、怖がらせない様な口調を使う必要がある。

「クロエ……です
「クロエちゃんか。今日はどうしたのかな?」

いくら相手が子供のように見えても、相手が魔物娘である以上その見た目に騙されてはいけない。
もしかしたら僕と同年代か、それ以上の可能性もあるからだ。
とはいえ、やはり見た目に合わせた言葉遣いになってしまうのはもはや職業病といえるかもしれない。

「あの……ここだったら恋の相談が上手だって聞いて……きました……」
「ふむ、恋愛相談ね。」

僕はメモとペンを取り出し、彼女が想いを寄せる人物像を書きだそうとして……手を止めた。
そもそも、ドッペルゲンガーに恋愛の悩みなど無用だからだ。
失恋した男性の前に現れ、振られた相手に擬態して関係を持つ。そういう魔物だったはず……。
では、僕に相談を持ってきた意味は?

「キミは……ドッペルゲンガーだよね。と言うことはキミが想いを寄せる人っていうのは……既に一度失恋している人って事かな?」
「はい……それも何度も。」

随分な軟派君だ。しかも声を掛ける度に振られるってのは相当モテないのだろうなぁ。

「だから……彼が本当に思いを寄せているのは誰なのか、彼が理想とするのが誰なのかわからなくて……。」

なるほど、それならば納得だ。
化けるべき姿がわからないのだから化けようがない。
不定と言ってもスライムなどではない。常に変化しているために捉えられないのだろう。

「ふむ……念のために聞くけれど、キミは本来の自分には自信が持てているかな?」
「…………」

予想通りというかなんというか、黙りこんでしまった。種族の特性上しょうがないとはいえ……なんだか不憫だ。

「そうだね、キミがその人と結ばれる方策は2つある。」
「あ、あるんですか!?」

幼い顔を輝かせるように上げた彼女に僕が頷く。
そう、全ての恋愛事に対する可能性は決してゼロではないのだ。

「まず一つ目は、彼に泥沼に嵌りそうなほど激しい恋をさせ、失恋させること。彼女以外に考えられないという状態に陥れば理想の姿が固定されるはずだ。」

その女性が人生の全てだ、という相手に振られたら、その絶望は計り知れないものがあるだろう。
そこに、全く姿形が同じ女性が、自分の理想の姿で現れる。
しかもその女性が自分に献身的に尽くしてくれるとしたら……どんな男でも落ちてしまうだろう。

「なかなか、難しいですね。」
「そうだね。これは協力者がいなければ成り立たないし、下手をするとリリムクラスの魅了が必要になってくる筈だ。そういう協力者がいなければオススメしないね。」

うなだれる彼女を見ればわかる。
そんな協力者など存在しないのだろう。

「もう一つの方法は……何ですか?」
「うん。これは一番簡単で、キミにとっては一番難しい選択になる。」

僕は席を立つと、小物入れへある物を取りに行く。
お目当てのものを探し当てると、それを彼女の前に突き出した。


それは、鏡。


「キミ自信がその人に直接会って思いを伝えること。それが、2つ目の選択だよ。」
「そんな!?」

まるで「爆弾を抱えて特攻してこい」と言われた新米兵士のような(どんなものかは知らないが)表情でこちらを見てくる彼女。
しかし、敢えて僕は彼女を突き放す。

「キミは、恋愛を何だと思っている……?」
「え……?」
「自分が傷つく覚悟も無いのに誰かを好きになるなんて……おこがましいとは思わないかい?」

そう、結局誰かを好きになると言う事は、むき出しの心をぶつけ合うという事なのだ。
その心はどこも丸くできている訳ではなく、所々尖ったり、角張ったり、ナイフのように鋭利になっていたりする。
必然的に、心と心をぶつけ合えば必ず傷が生まれる。

「じゃあ、メルロさんは……メルロさんは傷ついた事があるんですか!?」
「あるよ。それも、数えきれないほど。」

即答した。それだけの経験を僕は既にしている。
彼女は口に出してから気づいたようだ。血色をなくして口を抑えている。

「キミならわかるよね?失恋した人の記憶を読めるキミならば。」
「……ごめんなさい。」
「いや、いいよ。暴言をぶつけられるのは慣れている。」

職業柄、納得の行かない事を言われたりすると心ない言葉をぶつけている人は少なからずいる。
動じなくなったと言えば聞こえはいいが、ただ単に鉄面皮になっただけだ。褒められる事じゃない。

「よく考えてみるといい。キミが何をすればいいのか。どういう行動を起こせば最善となるのか。決心が決まったらやってみるといい。良い報告を待っているよ。」
「はい……ありがとうございました。」

恋愛相談の相談料は成功報酬になる。
だから、彼女が上手く行ったら払ってもらうことになるだろう。
ドアベルを鳴らしながら、彼女は相談所を出ていった。
これで彼女の思いが成就するのであればそれでよし。踏切りが付かないのであれば……また別の方法を考えてあげよう。



◆一週間後◆

クロエちゃんの相談を受けてから一週間が経った。彼女は未だに報告を持ってこない。
みんな律儀に報告に来てくれるので報酬を受け取りそこねた事は無いが、若干不安になってきた。

「……ん?」

その代わり、度々視線を感じるようになった。振り返ったり窓の外を見たりしてみるのだが、誰もいない。
酷く落ち着かないが、日々の業務を怠るわけにも行かないので気にせず仕事をすることにしている。
誰か相談に乗ってくれないかな……って相談員は僕だった。
なんだかいつもよりそわそわと落ち着かないので、今日は早めに切り上げることにする。
美味しいものでも食べてさっさと寝よう。



◆自室◆

深夜。事務所の二階にある自分の部屋。
部屋に置いてある時計がカチコチと時を刻んでいる。
窓からは月明かりが差し込み、ぼんやりと部屋の輪郭を浮かび上がらせている。
何故こんな必要もない情景説明をしているのかって?
ただ単に眠れないだけなんだけどね。

<ギィ……>

そんな時、床板が軋む音が聞こえてきた。
家自体がさほど新しい物ではないので結構響くのだ。

「(まさか……泥棒?さほどめぼしい物なんか……)」

体を起こして何が起こっているのか確認……!?

「(な……!?体が……動かない!?金縛り!?)」

動かそうとしても指一本動かない。瞬きもできていない。
あまりの恐怖に声をあげようとしたのだが、声もでない。まるで悪い夢でも見ているようだ。

<ギィィィィィイイイイ……ギシ……ギシ……>

軋みの音が部屋の中まで入ってきた。ご丁寧にもドアまで開けている。
そして、足音がベッドへと近づいてくる。
目玉だけは動かせる。無理やり下の方へ視線を向ける。すると……

ベッドの足の方の板から、指が見えている。さらに、もう片方の手と思わしき指も板に掛かった。
心臓がイヤな感じにでんぐり返る。冷や汗が止まらない。これは……泥棒などではない。怪異だ。

そして、その掛かった手と手の間から真っ黒な頭が顔を覗かせる。暗闇で爛々と光る赤い瞳。目に掛かりそうなほどに伸びた真っ黒な髪の毛。
声が出せなかったら間違いなく悲鳴を上げているだろう。

そいつは板を乗り越え、上掛けの上に這い上がってきた。
四つん這いになり、僕の上半身へとにじり寄ってくる。

「(や……やめ……!)」

そんな時、鈴を鳴らすような声がその怪異から聞こえてきた。

「メルロさん……起きていますか?」

途端に解ける金縛り。この声は、以前聞いたことがある。
一週間前に僕の所へ相談しにきた少女の物だ。

「クロエちゃん……かい?」
「はい……私、です。」

正体がわかってどっと疲れた。
安堵と共に全身の力が抜け落ちる。

「びっくりさせないでよ……寿命が1年は縮んだよ。」
「あ、……すみません。こうしないと逃げられそうな気がしたので。」

そういえばドッペルゲンガーはアンデッド種だった。
しかもゴーストに属するタイプなのだから、こういう事もできなくは無いだろう。

「どうしたんだい?こんな夜中に。結果の報告なら明日の営業時間に……」
「あの、メルロさん!」

彼女は、これほどまでに大きな声を出しただろうか。
びっくりして彼女に視線を向けると、ブルブルと震えていた。具合でも悪いのだろうか……

「あの、私……私……!」

真っ赤になって、若干涙目になって、スカートの裾を握りしめて何かを言わんとしている。
これはもしや……

「私……メルロさんの事が……好き、です。」
「─────」

信じられなかった。

「最初は……貴方が失恋した所に取り入ろうとしていただけでした。」

振り向いてくれる人なんて、いないと思っていたから。

「けど……自分が傷ついても尚誰かの幸せを願い続ける貴方を見て、どうしようもない程好きになってしまいました……。」

都合のいい男。ただの良い人。それだけで終わると思っていたから。

「けど……貴方の理想が固まっていなくて……貴方の望む姿で出てくることができなくて……。」

こんな愛らしい子が自分に好意を抱いてくれているなんて信じられなくて。

「でも、我慢できなくて会いに来ちゃいました……。こんな姿で、ごめんなさ……あっ……」

それを確かめたくて、目の前で不安そうに震える彼女に手を伸ばして抱きしめた。

温かい。

すり切れた心が優しく埋められていく。そんな気がした。

「ありがとう、クロエちゃん。僕嬉しいよ。」
「ぁ……じゃ、じゃあ……」

期待に満ちた目で腕の中から僕を見上げてくる彼女。
僕が言うべき言葉はたった一つしか無かった。

「僕からも言わせて欲しい。僕と付き合ってくれないか?」
「メルロさん……メルロさぁん……!」

それから暫くは、感極まって泣き出してしまった彼女をなだめるのに費やされた。
いや、僕も嬉しすぎて泣きそうになっていたんだけどね。



ここはある都市にあるなんでも相談所。
ここではくらしの悩みから政治の案件、果ては恋愛相談まで様々な事を様々な人が相談しに来る。
そこでは、一人の青年と一人のドッペルゲンガーの少女が悩める人々に親身になって接しているという。

もし……貴方に悩みがあるのであれば、一度相談に来てみては如何だろうか。



──カランカラン……──


11/10/06 23:21更新 / テラー

■作者メッセージ
〜あとがき〜
ドッペルゲンガーは失恋した相手に擬態して姿を表す。
では、その相手が全く定まっていなかったらどうなる……というのが今回のコンセプト。
テーマは、「恋愛との向き合い方」です。

何、エロが見たいって?
それならワッフルワッフルと(ry
リクエストが多い時は暇を見つけて書くかもしれません。

しかし……少しあっさり風味だったかな?もう少し内容を濃くできたかもしれない。

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