番外編〜竹取物語(偽)〜
これは俺がまだ江戸崎へ出張に行っていた頃の話。
仔鵺と虎牙鎚を壊してしまった事で大量の借金を背負った俺は、いくつものクエストをこなす事で返済に当てていた。
そんな生活の中で巻き込まれたドタバタ劇だ。
〜冒険者ギルド 江戸崎支部 ロビー〜
クエストボードから持ってきた紙をちゃぶ台に並べ、どれを受けるか吟味している時だ。
ガラガラとギルドの扉が開かれたかと思うと、ネコミミの女の子がつかつかと入ってきた。
服装はよく町娘が着ているような渋染ではなく、煌びやかな錦で織られた和服。
「依頼をたのむ!」
「あ……え〜と、おうちの方は?」
その子が背伸びをしてカウンターに座っているプリシラへ依頼の申し込みをしている。
入り口の外を見ても特に誰かが付き添っているという様子はない。
「ひとりじゃ!あるてあという男に頼みたいことがあるのじゃ!」
それにしても元気な女の子だなぁ……って俺宛の依頼か。
なんだか厄介ごとに巻き込まれそうな気がしなくもないが、こちらは雇われている身なので迂闊に拒否もできない。
すまなそうにこちらへ目配せをしてくるプリシラに頷いて返すと、その女の子の所まで歩み寄った。
「どうしたんだ?俺に何か頼みごとか?」
腰をかがめて彼女との目線を合わせて聞いてみる。
彼女は俺が探していた人物だと知ると、大して無い胸を張ってこう曰った。
「わらわのために宝物をとってくるのじゃ!こうえいに思え、わかいの!」
これはバカにされていると取ったほうがいいのだろうか。
プリシラもパチクリと何が起こっているのかわからないようにこちらを凝視してくる。
「オーケー、ワガママプリンセス。ここは冒険者ギルドだ。何かを頼むんだったらそれ相応の対価が必要になる。あんたは俺が宝を取ってくる代わりに何を用意してくれるんだ?」
「わらわの家来にしてやる!どうじゃ、みりょくてきじゃろう?」
…………
オーケー、KOOLになれ俺。相手は子供だ。世間のせの字もしらないような箱入りのクソガキだ。
だから俺がここでブチキレる程大人気ない事はない。
ここでお仕置きとしてケツが腫れ上がるほどスパンキングしてもいいが、それだと後で何が起こるかわからん。俺の勘がそう言っている。
「悪いが報酬は現金か即座に換金できる物で頼む。一応こちらも商売なんでね、ただ働きして受け取れるのがどこの誰ともしらないような場所への転職というのはいただけないぜ?」
「何処の誰とはなんじゃぶれいもの!わらわはささなひめじゃぞ!」
外見から自称姫とか言い出すのはわかりきっていたが、本当に自称するとは思わなんだ……。
こんな勘違いを育てたのはどこのバカだ?
「あ……れ……たしか……現領主の愛娘の名前は……江戸崎笹鳴(ささな)じゃ……ありませんでしたっ……け……?」
俺とプリシラがダラダラと冷や汗を流し始める。
彼女の言うことに間違いがなければ目の前にいるこの猫娘は領主である江戸崎栄之助の娘……詰まるところマジ物の姫様という事になる。
「おいプリシラ、至急役所に連絡入れろ。超弩級の迷子だ。何かあったら今度こそ首を刎ねられるかもしれんぞ。」
「はははははははいいいい!ただいまー!」
「待つのじゃ!いま連れ戻しにこられたらこまるのじゃ!」
奥の事務所へ引っ込もうとするプリシラに超人的な跳躍力で飛びつく笹鳴姫。
尻尾は二本……ワーキャットではなく猫又らしい。
「きゃー!姫様ご無体なー!」
「よいではないかよいではないかー……じゃないのじゃ!誰にもきづかれずに抜けだしてきたのじゃからしられるとこまるのじゃ!」
『意外とキレのあるノリツッコミですね。なかなかやりますよ、彼女。』
「アホか。誰にも知られていないって事は本格的に連絡しなきゃまずいぞこれ。」
いつの間にか姫失踪→冒険者ギルドで見つかる→つい最近起きた妖怪失踪事件の真犯人?→クビチョンパ
「冗談じゃねー!さっさと知らせないとマジでこっちの命が危ない!」
「させないのじゃ!」
俺が慌ててギルドの外へ駆け出そうとすると、笹鳴が髪に刺してあった簪を俺の足元へと投げつけて深々と床へ突き刺す。
すると……
「が……!う、うごけ……」
全身が金縛りにあったように動かなくなってしまった。
そのまま彼女は俺の横を通り過ぎて引き戸に鍵を掛け、振り返って俺を見てニヤニヤと笑い始めた。
「かげぬい、なのじゃ。気合ではどうにもならんぞ?わかいの。」
「わかいって……どう見ても……お前のほうが年下だろうが……!」
「しっけいな!もう十歳なのじゃ!」
「十分子供じゃボケェ!」
思わずツッコミを入れてしまった。この娘、ボケもツッコミも行けるクチか。できる……!ではなくて。
「本当に頼む、ここであんたが連絡も無しにいるって事が分かったら俺らが大変な目に遭うんだ。あんたとしてもそれは不本意だろう?」
「じゃが……どうしても手にいれなければならんのじゃ……!ちちうえをたすけたいのじゃ!」
真摯な目でこちらを見てくる彼女。
殆ど世間というものを知らない彼女がここまで来るのにどれだけの勇気が必要だったのだろうか。
「……負けたよ。とりあえず動けるようにしてくれないか?流石にこの体勢で話を聞くのは辛い。」
先程走りだす体勢で動きを止められたので、今は片足の前傾姿勢で固められている状態だ。
それでいて疲労はするのだから反則だと思う。
「ほんとうかの!?」
「どの道ここで駄々をこねられるならさっさとあんたの依頼を達成して元に戻したほうが効率がいい。」
ぱぁと顔を輝かせて足元に刺さっている簪を彼女が引き抜くと体の自由が戻った。
体勢を立てなおして乳酸が溜まりかけた足をブラブラしてほぐす。
笹鳴を畳の上に上げて座布団に座らせ、ちゃぶ台の向かい側に座って彼女の話を聞く体勢に移る。
「で、何を探しているんだ?」
「ふむ、まずはこれからいってみようかの。『仏の御石の鉢』じゃ!」
辺りが一瞬にして凍りつく。
「……一応聞くが……冗談だよな?」
「?なぜじょうだんをいわねばならんのじゃ?」
どうやらこのお姫様は冗談でもなんでもなく本当に竹取物語に出てくる宝を取って来いと言っているらしい。
「確認する。本当に『仏の御石の鉢』なんだな?」
「くどいのじゃ。それともできんのか?」
俺を挑発するようにニヤニヤと覗き込んでくるが……
「できるか。第一それは空想上の産物だ。」
「なんと!?うそっぱちかや!?」
どうやら本気で物語の中の宝物が実在すると思っていたらしい。
「元々は釈迦っていう偉い坊さんが悟りを開いた際に神様からもらったもんだ。胡散臭い事この上ないだろ?」
「むぅ……」
さらに俺は可能性を叩き潰すために補足する。
「もし実在するとしたら、だ。その鉢は光を放つということは何かしらの発光物質が混じっているのだろうな。で、発光するものといえば蛍石……フローライトとか放射性物質のウランとかそういった類の物だな。紫外線を直接照射するような装置がそんな昔の技術で作られている訳が無いし、自然状態で光るウランなんぞ置いとくだけで危険だ。実在したとしてもそんなもん持ってくる気にもならんね。」
「……おぬしはなにをいっているのじゃ?」
やっちまった。
俺は何か仮説などを語りだすと相手に理解ができなくとも言い切ってしまう癖があるようだ。
当然の如く笹鳴もプリシラもぽかんと口を開けて呆けている。
「あ〜……まぁつまりだ。あんたも大人になりゃ誰か好きな人ができるよな?」
「なぜ今そのはなしなのじゃ?」
話の振りが唐突すぎたのか訝しげにこちらを睨みつけてくる笹鳴。
まぁ聞けと手で制して話を続ける。
「で、何をするかは伏せるがその結果でお前に子供ができたとする。」
「ちちうえとははうえがなにをしているのかはしっているのじゃ。」
この耳年増め。
「で、さっき言ったウランってもんが混じった鉢を身近に置いておいたとするよな?」
「まぁ飾っておくこともあるじゃろうな。それで?」
「そのウランって物質には遺伝子……まぁつまるところ生き物の設計図を破壊して別のものに書き換えてしまうという性質があるんだ。そうなると生まれてきた子供に悪影響が出る。足が無かったり手が無かったり……時には顔がぐちゃぐちゃに潰れていたりな。」
「……おそろしいはなしじゃの。」
自分を抱きしめて身震いする笹鳴。
女性にとってこういう話はあまり聞きたいものではないだろう。
「それでも良いってならどこかから探してくるが……やるか?」
「そのはなしをきかせた上でもってくるというのかや!?おぬしはおにか!?」
どうやら欲しくは無くなったようだ。
俺としてもそんなあるかどうかもわからないような物を探しに行かされるよりはここで断念してくれたほうが嬉しい。
〜江戸崎 大通り〜
結局、俺は彼女の言う宝物とやらを探すためにギルドから貸し出しという名目で連れて行かれる事になった。
最初の一つは諦めてくれたものの、彼女の探しものとやらはまだあるらしい。
「鉢は諦めるとして……次は何を探させるつもりだ?」
「うむ、今度は『蓬莱の玉と枝』という物じゃの。」
また竹取物語か。
恐らくこの猫娘は俺に5つの難題をふっかけてくるつもりなのだろう。
無論、実在しないものを取りに行けと言われて取りに行くほど俺は道化をやるつもりはない。
「ちなみにそれを一から作るとしたら?」
「意味がないじゃろ。てんねんものじゃてんねんもの。」
ですよねー。
「正直言って魔界にもそんな植物生えていないと思うぞ。見つけたら大金持ちだ。」
「あれもないこれもない……わがままじゃのぉ、おぬしは。」
お前に言われたくないよ。
『貴金属である金を蓄積する植物は存在しますが、笹鳴様の求める物とは程遠いでしょう。土壌から吸収した余分な塩分を葉に蓄積して切り離す植物は存在しますが、鉱脈の上に自生して溶け出した銀イオンなどを吸収・還元し、銀や金、鉱石を再構築するような植物は流石に存在しないと思われます。』
「揃いも揃ってりくつっぽいのぉ……おぬしらは。」
携行した鵺からラプラスが彼女を嗜める。
まぁ俺としても同意見なんだけどな。
「それならこれでどうじゃ!『火鼠の衣』じゃ!」
「あ〜……なるほど。確かにありそうだよな。」
火鼠……所謂カソという妖怪の革でできた衣の事だ。
実際は火浣布と呼ばれる石綿でできた布の事らしいが……この世界であればカソが全く居ないと否定はしきれない。
『現在は火鼠と呼ばれる魔物は確認されていません。種族的にはラージマウスと同じなのでしょうが生息地は元より生態すら不明ですし、探しだすのは非常に困難かと思われます。』
「これまた難しそうだよな。アスベストでできた布でも買ってきて作るか?」
「それでは火鼠が使われてないのじゃ……」
「そうは言うがな……」
俺は団子屋の前の椅子でお茶を飲んでくつろいでいるネコマタを見て言う。
「今の妖怪、魔物は全部人の形をとっているんだぜ?それの生皮を剥ぐつもりか?」
「いやなのじゃ!かわいそうなのじゃ!」
今度は半泣きで俺にすがりついてくる猫娘。グロは苦手らしい。
「それじゃ諦めろ。少なくとも生物系の素材に関してはな。」
「むぅ……上手くいかんものじゃの。3つともさがす前にだめとは……。」
『そもそもお伽話の中の宝物を探そうという事に問題があるのではないですか?』
ラプラスの言う事も尤もだ。
空想上の怪物に突っ込んでいくのはドン・キホーテだけで十分だし、友達と冒険ごっこを楽しむのはトム・ソーヤーだけで腹いっぱいだ。
桃源郷はどんなに探しても存在しないし、幸せの青い鳥を探すのはチルチルミチルに任せておけばいい。
要するに……
「見据えろよ……現実を。物語の宝物は所詮物語の物。絵に描いたポチだ。」
「それを言うのであればえにかいたもちであろう……はぁ、何かしらじつざいしそうなお宝はないものかのぅ……」
『笹鳴様が欲しがっているのは竹取物語に出てくる秘宝なのですね?』
落ち込んでいる笹鳴に見かねてラプラスが声をかける。
正直こいつが口を開くと碌な事にならないから黙っていて欲しいのだが、ここは笹鳴の為に口をつぐんでおこう。
「うむ、そのとおりじゃ。ゆいいつむにの秘宝であれば……ちちうえの助けにもなるのではとおもっての……」
「さっきも言っていたが……助けってのはどういう意味だ?」
「何をねぼけた事を言っとるか。おしろをげんけいなきまでにこわしたのはおぬしではないかぇ?」
言われて言葉に詰まってしまった。
そう、江戸崎城改め城型変形からくりを破壊したのは俺で、詰まるところこの子の家を破壊したのも俺という事になる。
今はどこかの旅館に滞在しているという話だったか。
「要するに、城の再建費用の助けになるように宝を見つけたいって事か。」
「うむ。わらわはちちうえがだいすきじゃからの♪」
このセリフを言われた父親は感涙にむせび泣くかも知れない。普通の父親ならばだが。
まぁ栄之助氏も娘を溺愛していると聞いたことがあるので、ショック死ぐらいはするかもしれない。大げさか。
『でしたら龍の首の珠などはいかがでしょうか?ドラゴンであればこの世界には実在しますし、もしかしたら所持している可能性もありますから。』
「お前……よりによってなんつー物を挙げるんだ……。」
敢えてその話題を避けていたというのに軽く言い放ちやがった。
ドラゴンといえば最強の魔物とも言えるような生物である。
魔王の影響によって女性化していると言ってもその力は衰えることを知らない。
「ふむ、それなら蓬莱の山にしんりゅうとよばれる名高いりゅうが住んでいるときいたことがあるの。」
「いやいやいやいや、俺にそいつから珠を奪って来いと?むしろ死ねと?」
「男子(おのこ)はどきょうなのじゃ!それではいくぞい!」
そう言うと彼女は俺の手をぎゅっと握りしめ、目を静かに閉じた。
何をしているかと聞く前に頭から何処かへ引っ張られるような感覚が襲いかかり、一瞬にして景色が変わっていた。
〜霊峰 蓬莱の山〜
辺りは森に囲まれ、鬱蒼としている。
なだらかな斜面が続いているあたり蓬莱の山という場所の麓辺りなのだろう。
まぁ来る分には問題ない。そんな伝説とも言えるような神龍なんて探すほうが難しいし、むしろ実在する方がおかしい。
そう思っていた時期が俺にもありました。
「何……だと……」
「お、それっぽいどうくつの前に出たのじゃ。それではいってまいれ♪」
彼女と飛んだ場所のすぐ目と鼻の先には大きな洞窟がぽっかりと穴を開けていた。
しかも、地面には無数の足跡が付いている。
その足跡がわらじとか足袋とかの跡ならば俺も安心できた。
盗賊か何かがいるのだったら事のついでに制圧しても構わないのだ。
明らかに巨大な爪の跡が付随している。
「よし、帰ろう。」
「却下なのじゃ♪」
あっさりと拒否された。
ただのドラゴンでさえ荷が重いというのに神龍?
正直言って勇者が1ダースいても荷が重いかもしれない相手に俺一人でどうしろと。
「わかった……行ってくるよ。せいぜい死なないように祈っていてくれ。」
「いってらっしゃいなのじゃ〜♪」
肩を落としてとぼとぼと洞窟の中へと入っていく。
「ま、怒らせないように話だけして引き返すか……」
『ヘタレ全開ですね。』
うるせぇ。
〜蓬莱の山 神龍の棲家〜
洞窟の中は広く、当然暗い。
アポロニウスを使って暗がりを照らしつつ、奥へと進んでいく。
「にしても広い洞窟だな……家一軒ぐらいなら建っちまうんじゃねぇか?」
『それだけ元の体が大きいということなのでしょう。下手をするとE-クリーチャーと同格かそれ以上の危険度を誇るかも知れませんね。』
「お前それを知っていて珠の事を話したのかよ……」
がっくりと頭を垂れて奥へ進むと、俺以外の足音が前方から聞こえてくる。
ついにお出ましか、と気を引き締めて前方を見据えると……
「だれだぁー!ぼくのねどこにはいってくるのはー!」
身長100cm程度、白い鱗と長い髪が特徴的なミニサイズの女の子が立っていた。
その首には、鎖で繋がれた青色の珠が光っている。
「あ〜……もしかしなくても神龍とか呼ばれていたりするか?」
「みゅ?ははうえのことなのか?ははうえはとおさまとおそとへいってしまったのだ。」
どうやらこの洞窟に住む神龍は伴侶と共に何処かへ行っているらしい。
「ふむ……いつ帰ってくる?」
「わからないのだ。かえってこないひをかべにきざんであるのだ。」
アポロニウスを壁の方へと向けるとそこには
おびただしい量の引っかき傷が整然と壁に刻まれていた。
「……ゑ”!?」
『現在の視界範囲だけでも引っかき傷は3000以上。照らされていない範囲の傷も含めると優に10年以上は帰ってきていない事になります。』
つまり何か。このちびドラゴンは10年以上も一人でここに留守番をしているって事か。
「お前、食事とかはどうしているんだ……?」
「おそとにはいのししもしかもとりもいるのだ。つかまえてやけばたべられるのだ。」
要するに狩猟生活。こんな小さい子供がだ。
しかし、壁に傷をつけているという事は物心ついた頃からやっているという事だから一応年齢はそれなりにあるのかもしれない。
「それより……ひとりでいるほうがさびしいのだ。おまえ、ぼくとともだちになってくれないか〜?」
「……あぁ。構わない。」
気づいたらそう答えていた。
彼女の境遇に同情したというのもあるし、若干潤んでいた彼女の目を見て断れなかったというのもある。
「ぬしよ〜!まだなのかえ〜!?」
背後から足音と声が反響しながら近づいてきた。
声からして笹鳴だろう。
アポロニウスの照らす光を頼りに俺の側まで来て、向かい合っている少女に目が行ったようだ。
「む……こいつがしんりゅうかの?ずいぶんちんちくりんじゃのぉ……」
「だれがちんちくりんだ〜!このぺったんこ!」
「なぁ!?」
まぁ確かにこのちびドラゴンの方が若干発育はい……ゲフンゲフン。
「だれがぺったんこじゃ、このうらなりとかげ!」
「ははうえからもらったうろこをばかにするなー!」
「「がるるるるる……」」
こいつら顔を突き合わせていたら本気でケンカが始まりそうだ。
とりあえず間に入って仲裁をする事に。
「ほらほら、ケンカをしない。ちびもお姉さんなんだから多少のことは許してあげなきゃダメだぞ?」
「せの高さは向こうのほうが小さいではないか!」
『いえ、おそらくは彼女のほうが年上ですよ。推定年齢は30近くかと。』
「マジでか!?」
恐らく彼女達が言い合いをしている時に周囲を捜査して傷の数から導き出したのだろう。
しかし30近くになってこの精神年齢か。やはりコミュニケーションというのは成長には欠かせない要素なのだと実感した瞬間である。
「笹鳴、よければこいつと友達になってやってくれないか?」
「む、何故じゃ?わらわ達はしんりゅうからくびのたまをとりにきたのではないかの?」
笹鳴がそれを言った途端、ちびの顔からサっと血の気が引いた。
「おまえたちは……これをとりにきたのかー……?」
彼女は鱗に覆われた手で首に下がっている珠を弄っている。
その様子からどことなく真剣な話だと察することができた。
「その首の珠……何があるんだ?大切な物だって事はわかるが……」
「これ……なくすとしんでしまうとははうえからおしえられたのだ。だから……わたせないのだ。」
そして顔を上げた彼女の瞳には縦に亀裂が入っており、明らかな敵意が浮かんでいた。
「たとえともだちでも……これだけはぜったいにわたせないのだ!」
走る緊張。相手が幼いドラゴンだったとしてもその力は並の魔物を凌駕するだろう。
なんとかして彼女を落ち着かせないと……
「たわけが!」
「っ!」
次の句を探してあれこれ頭を働かせていると、隣で大声が上がった。
洞窟の反響で声が辺りに響き渡る。
「だれかのいのちをうばってまで手に入れたたからになんのかちがあるというのじゃ!ともをしなせてまでそんなもの欲しくなどないわ!」
彼女の叫びが洞窟内に木霊する。
ちびはというと目を皿のように開いてびっくりしているようだ。
「ささなじゃ。おぬし、名をなんと申す?」
「え…………」
もふもふとした毛に覆われた手をちびに向けて突き出している。
ちびはその手をきょとんとして見つめていた。
「名じゃ。名前ぐらいはははうえからもらっているじゃろう。」
「ハク……ハクなのだ。」
そうちび……ハクが答えて、彼女の手を握った。
笹鳴はその手をぎゅっと握り替えした。
「これでわらわ達はともなのじゃ。いろんはあるまいな?」
「あ……ありがとうなのだ!」
新しい友達ができて、ハクもうれしそうだ。先程の気迫を放っていた少女とはまるで別人である。
「名乗るのが遅れたな。俺はアルテア、アルテア=ブレイナーだ。」
『自己推論進化型戦術サポートAI『ラプラス』です。宜しくお願い致します。』
「よろしくなのだ!」
俺も手を出してハクと握手をする。
見た目はゴツゴツしているのに反し、割と手触りはやわらかかった。
まぁそれからは言うに及ばず、蓬莱の山の麓の森で2人の遊びに付き合っていた。
隠れ鬼の際、地面の葉っぱに紛れてギリースーツもどきをやった時には反則だと怒られたものだ。
その後も夕方になるまで遊びまわり、江戸崎に帰る頃には二人ともすっかり打ち解けていた。
「またくるのだー!」
「うむ、またの!」
多分、この姫様はこれからもこの小さな友達の為に従者の目を盗んでハクの元へ遊びに来るのだろう。
やきもきする従者の苦労に苦笑いしつつ、彼女を滞在している宿へ送り届けることにした。
〜江戸崎 宿場街〜
「けっきょくたからは何一つてにいれられなんだのぉ……」
「ま、宝探しなんてそんなもんだ。見つけるのは宝じゃなくてロマンなんて言葉もあるぐらいだしな。」
しょんぼりと肩を落として歩く彼女の頭を撫でて慰める。機嫌よくくねくねとよく動いていた尻尾もダラリと下がっている。
済まなそうにこちらを見上げてくる笹鳴。
「すまなんだの……いちにちじゅうひっぱりまわして……」
「気にするな。こっちも結構楽しかったしな。」
『資金稼ぎもせずに遊び回っていたと知られたらタマ様に尻を叩かれますね。』
「そうだなぁ……今から憂鬱だ。」
『ハンマーで。』
「いてぇ!?」
俺とラプラスの掛け合いを見てクスクスと笑っている笹鳴越しに土産物屋の品揃えが目に入る。
その中にある物が含まれているのに目が行った。
「……笹鳴、少し小遣いやるから甘いものでも買って食べていていいぞ。」
「ホントかや!?」
目をキラキラさせてこちらを下から覗き込んでくる笹鳴に銀貨を数枚渡し、甘味処へ入っていくのを見届けると土産物屋に入ってあるものを購入した。
せめて、彼女の努力ぐらいは報われてもいいよな?
「……一人で行かせておいて何だがよく買い物ができたな。」
「おしろで女中がもののうりかいをしている所をよくみていたからの。」
実は学習能力が結構高いお姫様なのだった。
「それよりだ、近くに燕の巣を見つけたんだが……少し見ていくか?」
「そんなものを見てどうす……あ……」
「ま、そういうこった。」
彼女の手を引いて予め見つけてあった燕の巣の下へと向かう。
柱やでっぱりなどを上手く伝って巣と同じ高さまで上り、巣の中へ手を突っ込む。
あとはそこから飛び降りて上手く着地。
「ほれ、手を出してみろ。」
「あ……」
彼女の手の中に落とされたのは親指の爪ほどの白い貝殻だ。
「燕の子安貝、確かこれも竹取物語の中の宝だよな。」
「ぬし……」
彼女の頭にポンと手を載せてわしゃわしゃとなで回してやる。
余韻に2つの耳がピクピクと動いていた。
「さ、行くぜ。お目当ての物は見つかったんだし、さっさと帰ってやらないと心配させちまうぜ?」
「……むぅ……」
彼女の手を引いて夕暮れの宿場街を往く。
目的の宿にはすぐに着いた。
「でだ、何故こうなっている?」
『武器を持った不審人物が領主の娘の手を引いてれば押さえつけられますよ。普通は。』
「そりゃそうだ……。」
目的の宿の前まで来た瞬間、あっというまに従者らしき団体に取り囲まれて地面に組み伏せられていた。
「はなさんか、ぶれいもの共!」
笹鳴のその一喝で一瞬にして従者が俺から離れていく。おぉ、無駄なカリスマ。
「ってて……姫様送り届けてこの仕打ちはないでしょーよ……。」
「ぬしよ、だいじょうぶかの?けがとかせなんだの?」
心配そうに近寄ってくる笹鳴を手で制して起き上がる。
あまり近寄られてもまた抑えつけられそうだ。
「ま、これでミッションコンプリートだ。宝物、大事にしろよ?」
「あ、まつのじゃ!」
宿から出ていこうとすると、笹鳴に呼び止められた。
「ほうびをやらなきゃならなんだ。よさそうなのがあるかみてくるのじゃ!」
そう言うと宿の中の階段を駆け上がっていった。
何も受け取らずに帰るのも失礼かと思い、手近な壁に寄りかかっていると一人の男がぞろぞろと従者を従えてこちらへやってきた。
「娘が世話を掛けた。改めて礼を言おう。」
「……あ〜……なるほど、あんたが
言いかけた途端また取り押さえられた。
「よいよい、私としても変に畏まられて話されても気まずいだけだ。アルテア、と言ったな。冒険者ギルドから連絡は来ている。今日一日娘を保護してくれて有難う。」
「いや、いいよ。受けた仕事はきっちり果たすのが冒険者だしな。」
服に付いた埃を叩いてまた立ち上がる。今日は別の意味でよく押し倒される日だな。
「今まで城から出たことが殆ど無い娘だからな。目に映る物が何もかも新鮮で仕方が無いのだろう。」
「いや……そういう事じゃないみたいだぜ?」
「それは……どういう事だ?」
俺は彼女が父親を助けたいと思っている事、城の再建費用の足しにするために宝物を探していたことを告げた。
「なんと……」
「父上が大好き、とも言っていたな。」
「#☆*$?○+$▲#&!?!?!?」
おぉ、発狂しとる発狂しとる。
「す、済まない。見苦しいところを見せてしまった。」
「気にすんな。多分そんな反応をするだろうとは思っていた。」
恥ずかしそうに頬を掻く栄之助氏に俺は苦笑することで返した。
この人もまた娘のことが大好きなのだろうな。
「あ、そうそう。笹鳴の依頼は宝探しって言ったよな?」
「あぁ、それがどうかしたのか?」
俺もまたばつが悪そうに頬を掻く。
「本人には知らせないで欲しいんだが……彼女に渡した燕の子安貝、あれって土産物屋で見つけた貝殻のブレスレットから取ったものなんだ。大した価値は無いから黙っていて欲しい。」
「ふむ。あいわかった。私としても娘を落胆させたくはないからな。」
そんなこんなで栄之助氏と雑談をしていると、二回から笹鳴が降りてきた。
手には細い巻物を持っている。
「あ、ちちうえ!」
「うむ、よく帰った。宝探しは楽しかったか?」
栄之助氏の一言を聞いてギクリと身を震わせる笹鳴。
「遊びに行くのは構わんが……今度からは何処へ行くかぐらいは言っておくのと、一人ぐらいは用心棒を着けていくように。わかったな?」
「はぁい……」
しゅんと頭を垂れて落ち込む笹鳴を栄之助氏が撫でてやるとあっというまにうれしそうな顔になった。
そして、彼女が持っていた巻物を俺の方に突き出した。
「きょういちにち付き合ってくれたほうびじゃ!もっていくがよい!」
「こいつは……?」
巻物を広げてみるとどこかの地形らしきものが描かれており、中央辺りに☓印がついていた。
「はんぞーのへやをたんけんしていた時にみつけたちずじゃ!ぬしにやる!」
「あ……あぁ、そうか。それじゃあ有り難くもらっておこう。」
この子はなぜこういう宝の地図ではなく物語に出てくるような宝を探していたのだろうか。
確率的にはこちらのほうが上だと思うのだが……。
「それじゃ、俺はこれでお暇させてもらおう。じゃあな。」
「うむ、またの!」
元気よく手を振って俺を見送る笹鳴に軽く手を振り返して俺は宿を後にした。
その後に聞いた話だが、江戸崎の姫様が度々姿を消すことが多発したらしい。
そして帰ってくる度に泥だらけになっているのでその都度乳母に叱られて風呂に入らされているそうだ。
おそらくは蓬莱の山にいるハクの所へあそびに行っているのだろう。
後に江戸崎家の家紋に龍の鱗の模様が追加される事になるのだが、それは遠い未来のお話……。
11/10/02 10:04更新 / テラー
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