第四十一話〜身覚え不明のデッドアライブ〜
双子の間にはシンパシーという共感現象が起きる、とかなんとか。
たとえ遠く離れていてもお互いのことがなんとなくわかるんだそうな。
だったらクローンの間にもそういう現象って起きるのかね?ほら、双子どころか同一人物にも近いものがあるんだし。
え、誰もやったことがない?そりゃそうだよな。
〜海の玄関 ギラン〜
ジパングからの航海を満喫した俺とプリシラの二人は、海の玄関と呼ばれているギランへと降り立つ。
時刻は朝の8時ぐらい。波止場から見える街の大通りは朝のまどろみから一転して慌ただしくも活気のある様相をしている。
本来ならば旅の館で一直線にモイライまでたどり着く筈だったのだが、プリシラのわがまま(?)とラプラスの進言で船に乗った俺達はギランを経由して馬車で帰ることになった。
ちなみに馬車のチケットも取得済みだとか。
「むぅ〜……」
「ん、どした?」
隣を見るとプリシラがうんうんと唸っている。
狐にでも摘まれたようなそんな感じだ。
「なんだか……物凄くおいしいイベントを逃したような気がします。」
「なんだそりゃ……」
そう言うとプリシラは俺のTシャツの裾を引っ張り、グイグイと道を戻ろうとする。
「もう一回乗りましょう!今度こそ何かが起きる気がします!」
「アホ言ってる場合か!?馬車のチケット取ってあるんだから乗れるわけねぇだろ!ていうかその船は戻りの船だ!今更ジパングに戻ってどうするつもりだ!?」
彼女を小脇に抱えるようにして大通りを進む。
馬車の時間まではまだ少しある筈だ。まずは腹ごしらえに食堂を探すことにしよう。
『きゃー、人さらいー』
「はいはい棒読み棒読み。」
〜食堂 『潮の香』〜
俺達は手頃な大衆食堂に入ると店員の案内で開いている席に着く。
注文したのは、俺が秋刀魚の塩焼き定食、プリシラがシーフードドリアだ。
この辺であればまだジパングの食文化が届いているが、モイライまでもどる頃にはほぼ見かけなくなっているだろう。
故にこの食堂が最後の和食となる。何だか寂しくなるな。
「ギランからモイライまでは馬車でどのぐらいだ?」
俺は秋刀魚の塩焼き定食をつつきながらプリシラに行程を尋ねる。
彼女も同じようにドリアをつつきながら返してくれた。
「大体3日といった所でしょうか。乗合とはいえ高速馬車なので多少距離が離れていても結構早く着きますよ。」
迷い家を使えば一日で行けるのだが、ギルドはおそらく迷い家の存在を知らないだろう。
故に経費で落とせない。なんとなく残念な事だ。
「休めるのはいいが……流石に何も無い日が何日も続くと退屈になるな。馬車の中継地点で食べ歩きでもするか。」
「そうですね。一日ごとに街に停まるのでその都度名産品を見てみるのも悪くないかも知れません。」
『無駄遣いのし過ぎで稼いだ分を使い切らないように注意して下さい。』
「わぁってるっての。」
その後、取り留めもない事をプリシラと話しながら食べ終わり、馬車の停留所へと向かった。
これから三日間は特に何も無い物見遊山の旅路だ。
何も危険なことは起こらない。
そう、思っていた。
〜二日後 道の宿場町 ポソン〜
馬車を降りた俺達二人は昨日と同じように市場へ向かい、めぼしいものがないか探す事にした。
その道すがら、信じられない物を見る。
「…………」
「どうかしましたか?アルテア……さ……」
道端の壁に貼ってある手配書。捕まえたり通報したりすると賞金がもらえるようなアレだ。
それ自体はさして珍しい物ではない。
問題なのは……
「これ……俺か?」
「です……よね?」
どう見ても俺の顔がその手配書に書いてあった。
賞金額は金貨30枚を超えている。
「……」
『道端で止まっているのは推奨できません。身を隠せる場所へ入りましょう。』
「あ、あぁ……」
俺はプリシラと共に近くの路地裏へと入っていった。
「どうなってんだありゃ……」
「わかりません……アルテアさん、私の知らない所で何かしました?」
「いんや……任務以外で人殺したことは……一、二回あったかな?」
「……それじゃないですか?」
「いや、判定はグレーだ。報告には『任務の途中、奴隷売買の証拠を突き止めて商船を撃沈。乗組員を不特定多数殺害』ってなっているはずだ。一応任務の範囲内……だと思う。もう一つは『拠点の提供者の身内に危害が及んだため、危機の排除を行った。』ってなっている。こいつも一応グレーゾーンだ。」
思い返してみたが、これ以外にアウトになりそうな物はない。
別に盗みを働いた覚えもないし、強姦をした覚えもない。全部合意だ。
器物破損も全て折り合いが付いている。では、何だ?
「罪状を詳しく見ていなかったな。プリシラ、見てきてくれるか?」
「わかりました〜。」
そう言うと彼女は路地裏から出て、手配書を覗き込む。
暫くすると彼女が首をかしげながら戻ってきた。
「どうだった?」
「……おかしいですよ、あれ。」
何がおかしいのだろうか。
「罪状は殺人なんですけど、その犯行期間がここ一週間ぐらい、しかも毎日なんです。」
「なんだって?」
一週間って事は俺がジパングで汗水垂らしてクエストを受けていた頃だ。
当然この辺にいるわけがない。
「一体何がどうなっているんだ……」
「さっぱりです……アルテアさんは転移魔術とか使えませんよね?」
「当たり前だ。おまけに言うならば江戸崎の旅の館が直ったのは4日前だぞ?それを使うにしても4日より前の犯行が不可能……。」
しかし、俺は旅の館以外で空間を飛ぶ方法を知っている。
「何か……心当たりがあるんですか?」
「あぁ、一応ギルドには報告を伏せてある移動手段がある。しかし毎日なんて言ったらクエストを受けている隙がない。そこの管理者だって殺人目的で道を使うのを許可しないだろう。」
となると本当に訳がわからない。俺が二人もいるってのか?
「とりあえず馬車はキャンセルだ。キャンセル料は俺が出すから別の道を使うぞ。何とかしてモイライまで戻ってミリアさんに事情を説明すれば手配を取り下げられるかもしれない。」
「わかりました。別のルートにはその移動手段を?」
俺は馬車のキャンセル料をプリシラに渡すと、空間の歪を探し始める。
「あぁ。誰にも見られず、口が硬くて信頼が置ける。少なくとも陸路よりは安全だ。」
センサーが歪の場所を探知した。『迷い家』だ。
「それじゃ、私は馬車の事務局と話を付けてきます。アルテアさんはここを動かないでくださいね。」
「あぁ、なるべく早く頼む。誰にも見られては居ないと思うが、何時までも見つからないという保証はない。」
彼女は頷くと、路地を飛び出して行った。
こちらは待っている時間で可能な限り出来ることをしなくては。
「変装に使えそうな物……は……と」
バックパックの中を探していると、おあつらえ向きな物が出てきた。
「あの時はイタズラ目的で買っちまったが……まさか本当に役に立つ事になるとはな。」
「アルテアさん、キャンセルして……きま……」
彼女の声に俺が振り向くと、彼女が俺の顔を見るなり固まる。
「……なんですか、それ。」
「鼻メガネだ。よく宴会か何かでウケ狙いで付ける奴だな。」
俺が変装グッズに選んだのはおみやげの鼻メガネだ。
ヒロトあたりにこれを渡して悔しがった所でタマの作ったメスを渡してやろうと思っていた物だ。
「……まぁ、いいです。でもアニスちゃんにその姿は見せないであげてくださいね?」
「……わかってるさ。」
確かにこの格好はアニスちゃんには見せられないな。
俺達二人はガイドに従って空間の歪がある方へと歩き出す。
そういえば、ラプラスが殆ど喋っていなかったな。一体何を考えているのやら……。
『(まさか……でもそんな筈は……確かに行方不明扱いではありましたけれど……)』
〜迷い家〜
なんとか誰にも見られずに空間の歪へとたどり着き、それをくぐる。
その先には以前見た和風の旅館が建っていた。
「これは……空間操作系の魔術……いえ、妖術ですか?魔法とは少し毛色が違いますね。」
こいつも一応魔女だったな。目の前の術の仕組みが気になるようだ。
「さっさと入るぞ。ここで突立っていても仕方がないだろう。」
俺が先行すると彼女もその後ろを付いてきた。
俺が旅館の引き戸を開けると、エントランスに置いてある椅子に知世が座って寛いでいた。
「あらぁ、アルテアはん。お久しぶりやねぇ?また違う女の子を連れてきはったん?」
「否定はできないが取っ換え引っ換えみたいな言い方するなよ。今回はどうしても人目に付かないように移動しなきゃいけなかっただけだ。」
プリシラはと言うとぽかんと知世を眺めていた。
そういやジパングじゃ稲荷は見かけなかったな。
「稲荷さん……ですか。しかも5本って割と格が高い方ですよね。」
「せやねぇ。迷いこんでくるお客はんをもてなしていたらいつの間にかこうなっとったんよ。」
別に睨み合うでもなく、プリシラは呆けたような顔で、知世は微笑を浮かべて互いを見ている。
しかし、このままでは埒があかないな。
「部屋を一つ取りたい。んで、明日はモイライへ道をつないでくれ。代金は前と同じでいいんだよな?」
「えぇ、毎度ありぃ。ほな、お部屋に案内しますな。」
俺とプリシラは靴箱へ自分の靴をしまうと知世の後をついて行った。
どうも先程からプリシラがあちこち視線を彷徨わせているのは見慣れない異能の力に出会ったからかね。
〜客間『葛の葉』〜
「前と同じ部屋やけどかまへんよね?」
「あぁ、特に問題はない。」
通された部屋は以前と同じ場所だった。
縁側から見える庭園も俺のお気に入りだ。
「外は暑かったでっしゃろ?今温泉の用意をして来ますさかい、麦茶でも飲んで待っといてくれなはれ。」
式神が魔法瓶とコップをお盆に乗せて部屋の中へ入ってきた。
それをちゃぶ台の上に置くと、トテトテと部屋の外へと歩いて行く。
「ほな、また後でなぁ」
知世は正座の状態でお辞儀をすると、部屋から出て行った。
「……アルテアさん。」
「言うなよ?絶対に言うなよ?」
「何人目ですか?」
「言うなっつってんだろうがぁ!?」
暫くすると知世から連絡が入る。
『アルテアは〜ん、温泉の準備ができましたぇ。』
どうやら温泉の準備が整ったらしい。
というか、通常空間と切り離されたここにどうやって温泉を引いているのだろうか。
「アルテアさん、一緒に入りませんか?」
「俺は後で行く。先に入ってろ。」
俺が後で行く旨を告げると、彼女はあからさまに不満そうに唇を尖らせる。
「そんな事言って私が出てくるまで入ってこないんじゃないですかぁ?」
「んなこたぁ無いさ。俺だって早めに汗を流したいしな。」
しかし彼女は信じていないらしい。今度は色仕掛けで来た。
「おにいちゃぁん♪一緒にお風呂はいろぉ?」
こいつは……
「プリシラ……」
優しく微笑んで彼女へと歩み寄る。俺の態度に若干驚いたようだが、特に引き下がる気配はない。
それを確認すると俺は彼女の体を優しく抱きしめた。
「あ、アルテアさん!?いきなりこんな、まだ心の準備が、それに汗も流して……」
段々と腕に力を込めていく。
「ア、 アルテアさん?ちょっと、キツいですって!」
「調子に乗るな、色ボケ幼女が!」
全力の半分ぐらいの力で彼女を締め上げる。
苦しさにジタバタし始めた当たりで開放してやった。
「少し準備が必要なだけだ。俺もすぐに行くから先に入ってろって事だ。」
「なんだぁ、アルテアさんもやる気満m「それ以上言ったらまた締め上げるぞ」ゴメンナサイ。」
彼女は自分の荷物から手ぬぐいと着替えの下着を取り出すとそそくさと部屋を飛び出して行った。
「……さて、ラプラス。お前は俺に話していない事があるんじゃないか?」
『やはり判りますか。隠し事はできない物ですね。』
プリシラが去ったのを確認すると、俺はラプラスを問い詰める事にする。
「当然だ。何年相棒やっていると思っているんだ。」
『こういう時に人間の勘というのは疎ましく感じる物ですね。』
「いいから話せ。お前何を知っている?」
ラプラスは暫し沈黙すると、返答を返してきた。
『まだ、話すことができません。私の見当違いと言うことも考えられますし、実際に八割方は疑念のみです。もっと確実な情報になったらマスターにお話ししましょう。』
今はまだ、か。こいつもこいつなりに思うところがあるのだろう。
だとしたら相棒の俺にできるのはこいつが口を開くまで待つ事だけだ。
「今はまだ話すことができないんだな?」
『はい。しかし、もし確実に私の仮説が正しいと証明されたらお話しましょう。』
ならば、それで十分だ。今までこいつの判断が間違ったことはない。
俺はそれを信じるだけでいい。
「風呂行ってくるわ。留守番は頼む。」
『行ってらっしゃいませ。長湯はし過ぎないようにしてください。性的な意味で。』
うるせぇ、と余計な一言を言うAIに言い返し、温泉へと足を運んだ。
何か起きなかったかって?何も起きてねぇよ。全部いなした。
「む〜……何で間違いが起きないんですかぁ。」
「お前の誘惑はあからさま過ぎるんだよ。振り向かせたきゃもうちょい男性経験積んでこい。」
知世に用意してもらった昼食を二人で食べる。
目の前には風呂で特に何もしてこなかった俺に不満があるプリシラがもしゃもしゃと白米を頬張っていた。スプーンで。
「でも……一体何が起きているんでしょうかねぇ。有名な人の名前を騙って悪事を働く人もいない訳ではないですけど。」
「さぁな。ただ一つわかるのは……俺の知らない何かが起きているってだけだ。」
「かっこ良く言ってますけど実際は何も分からないって事ですよね。」
「…………」
やれやれ、こういう時は口を噤んだままのラプラスが恨めしい限りだ。
「ねぇ、アルテアさん。」
「ん?何だ?」
いつもの夜のお勤めが終わり、部屋に戻って布団に入った俺にプリシラが話しかけてきた。
というかこいつは今まで起きていたのか。
「私達、こんなにのんびりとしていていいのでしょうか?本来であれば真っ先にモイライに戻らなければならないはずなのに……」
「確かに知世に頼めば泊まらずとも道を開いてくれるだろうな。」
しかし、これはけじめなのだ。
「でもな、ここは旅館であって旅の館じゃないんだ。旅館である以上泊まっていかなきゃただの迷惑になるだろう。」
「字的にはどちらも同じですけどね……まぁ私としても自分の部屋が通り道になるのは嬉しくありませんね。」
「だろ?だから、ここを利用するときは必ず一泊するんだ。料金を割引してくれる分はここで少し働いてな。」
「でもそれって非公式雇用ですよね?規約とかは大丈夫なんですか?」
ギルド職員としては気が咎めるよな。
「働くって言っても殆どボランティアだ。金を貰っているわけじゃない。……いや、むしろ絞り取られているって言ってもいいかもしれんな……あれは。」
一応仕事内容は伏せておく。というか言える訳がない。
「とにかく、金銭が絡むようならちゃんとギルドを通してくださいよ?私としましても管理者の立場がありますから。」
「分かってるよ。今日はもう疲れた……おやすみ。」
話は終わりだとばかりに打ち切り、瞼を閉じる。
隣からもおやすみなさいと小さな声が聞こえてきた。
翌日、知世にモイライへと道をつなげてもらい、旅館を出発する。
彼女が朝食にと持たせてくれたおにぎりを頬張りながらギルドへと向かった。
〜冒険者ギルド モイライ支部〜
ギルドの扉をくぐると、一斉に剣やら槍やらが突き付けられた。
随分と手荒な歓迎だこと。
「ちょ、タンマタンマ!俺だ、俺!手配書の奴じゃない方の!」
俺が手を上に上げて無抵抗の意思を示すと、矛先が引いていった。
人垣の奥からアニスちゃんが姿を表す。
「おにいちゃんだ……ほんもののおにいちゃんだよぉ……」
ぐずぐずと泣きながらアニスちゃんが俺へと抱きついてきた。
まぁ、周りの反応からして随分と心配させてしまったみたいだしな。
そして、人垣が割れるようにしてミリアさんがこちらへと近づいてきた。
「おかえりなさい。状況は……大体判っているわね?」
「あぁ、俺の指名手配の件だろ?」
俺が確認すると、ミリアさんが頷いた。彼女らしからぬ深刻そうな表情だ。
「羊皮事件の再来だとも言われているわ。当然貴方を紹介した私の責任問題にもなりかけている。詳しく話を聞かせてもらってもいいわね?」
「当然だ。なんなら証人も付ける。」
俺の横にプリシラが進み出た。今現在、俺が呼べる証人の一人だ。
「……そう。それじゃあこの一週間は大陸本土へは帰ってきていないのね?」
「あぁ、それは間違いない。なんなら迷い家の女将も俺の無実を証明してくれる筈だ。」
俺は迷い家の事を含めてここ一週間の行動を報告した。
プリシラも持参したクエストの依頼用紙の写しを取り出してそれを証明している。
「これで肩の荷が一つ降りたわね……問題は貴方そっくりの殺人鬼の方……か。」
ミリアさんが手元の羊皮紙に何かを書きながら話す。
書いてあるのは恐らく手配の取り下げ願いと、俺の無実を証明する文書だろう。
あとはこいつをギルドの本部へと送れば俺が手配で追い掛け回される事はなくなる筈だ。
「そいつの特徴とかって目撃証言はあるのか?」
「あるわよ……それも信じられないものがね……」
ミリアさんが別の羊皮紙を机から取り出す。
その羊皮紙に書かれていた特徴というのは……
「え〜と……赤髪に中背、それなりに鍛えられた体格、白いコートに……」
次の特徴を見て俺は絶句した。
「黒く……大きな……トンファーとも杖とも付かない武器……。そこからは高速かつ連続で弾丸が飛び出したり、光の束が射出されたりする……」
背格好のみならば真似する事は可能だろう。しかし……
「まるで……鵺みたいな武器じゃねぇか……こんな事って本当にあるのか?」
「私だって背格好だけなら笑い飛ばすことができたわ。でもその武器はこの世界の今の技術じゃ再現が不可能よ。」
確かにこれは動かぬ証拠という奴だろう。この世界のどこを探しても、この武器を使うのは俺だけだからだ。
「ラプラス、お前はこれで何かわかるか?」
『……はい。恐らく当たりです。』
どうやらその仮説とやらが証明されたらしい。
『プリシラ様、少しの間席を外していただけませんか?』
「その話は……私が聞いてはマズイ物なんですか?」
ラプラスの無言が肯定を物語っている。
彼女は仕方なしに首を振ると部屋を出て行った。
「それじゃ、話をしてくれるわね?」
『構いませんが、それにはマスターの生い立ちから説明する事になります。』
「俺の?」
『まず結論から言いますと、マスターは通常の出生方法とは異なる方法で生まれた人間……謂わば試験管ベイビーと言われる人種です。』
「試験管……どういう事なの?」
そういえば……以前俺はどこかの研究所にいたんだっけ。
それをおやっさんに保護されたはず……。
『試験管に遺伝子を注入した卵子を入れ、その中で培養されて作られる人間です。遺伝子的には何ら普通の人間とは変わりませんが。』
嫌な方向へと想像が働く。
「……クローンか。」
『そういう事です。それならば容姿が似通っていてもなんら不思議ではありません。』
「どういう事なの?クローンって何?」
『クローンというのは人間の設計図……つまり遺伝子を卵子の中に注入することで全く同じ姿形の人間、および生物を複製する技術の事です。』
「待って、待って!それじゃあ何?アルテアの世界では人が人の手で……文字通り誰かと誰かの間の子供って事じゃなく、文字通り作られるようにして誕生するって事があるって言うの?」
『試験管ベイビーというのはそこまで珍しい技術ではありません。不妊治療の一環として使われる事もありますし、コーディネーターやデザイナーズチャイルド……つまり意図的に遺伝子を調整した人間を作る際もこの手法が取られます。』
ラプラスの説明を聞いたミリアさんは額に手を当てて天を仰ぐ。
「神様を信じる訳じゃないけど……今回ばかりはショックが隠せないわ……神をも恐れぬ所業ってのは正にこの事ね。」
「耳の痛い話だな。一部の宗教では未だに根強い反対意見を持っているしな。」
『話を進めても宜しいでしょうか?』
ラプラスの確認を受けて俺とミリアさんが頷く。
『現在までにマスターと同じ遺伝子を持つクローンが作られた数はマスターを含めて13体。内、11体は何らかの理由で死亡しています。』
「死亡?死因は何だ?」
『不明です。正確言うと、死因は明かされていません。プロジェクトの最高機密事項につき、私のデータベースにはプロジェクト名すら明記されていません。私が知るのは研究員の話を横で盗み聞いて記録したもののみです。』
よほど知られたくないような実験だったらしい。鵺の奪取を恐れて重要な情報は敢えて残していないって事か。
「13人の内の11人……って事は残りは二人?一人はアルテアだとしてもう一人が……」
『今回の殺人犯です。彼のコードと簡単なスペックに関しては幸い情報が残っています。』
「コード?製造番号みたいなもんか?」
製造番号と言う単語に対してミリアさんが顔をしかめる。
まぁ一児の母親としては複雑だろうな。
『コードALLS―SP000。個体識別名は『アルター』です。感情、思考面での調整に失敗し、培養槽での情報の取得中に脱走、以後行方が分かっておりません。レポートによると彼は私のプロトタイプである試作型亜空間接続式統合兵装『キマイラ』を奪取。次元跳躍ゲートまで培養液の足跡が付いていましたが、ゲートの場所で足跡が途切れています。次元跳躍のログもあるため、彼がいずれかの次元へと逃走を試みたのではないかと考えられています。』
また俺達の世界はこちらの世界へ面倒事を持ち込んでいたらしい。
しかも感情も思考も異常を持った奴が、鵺と同じような武器を持って暴れているのだ。
しかし、疑問もある。
「なぜそいつは今になって暴れ出したんだ?そいつが逃げ出してから今まで結構な時間があった筈だが……」
『こちらに転移した際、マスターと同じように記憶喪失になっていた疑いが強い上、彼には明確な任務はありません。キマイラに搭載されているAIについても、私のような自己進化型ではなく機械推論型なので、彼の記憶を呼び覚まそうとする行動は無かったと推測されます。恐らく彼は今まで普通の人と変わらない生活を送っていたのでしょう。しかし、何らかの理由で誰かを殺す理由が出てきた。ミリア様、被害者の傾向は出ていますか?』
ラプラスの説明に聞き入っていたミリアさんはハッと顔を上げて書類を探し始める。
彼女の言葉は彼が何を狙っていたか、また、彼の裏にいる奴を推測するには十分な条件だった。
「これは羊皮事件の再来だと言われた事とも関わっているわ。被害者は全て反魔物領の街の意識改革をしようとしていた人達ばかりなの。普通であれば彼らの保護のために名前が明らかになる事は無いわ。知っているのは私を含めてごく一部のギルドマスターや魔王軍の将校だけ。貴方が内部情報を探って、その革命家を抹殺しているなんて話になっていたわ。」
そうなると、また疑問点が浮かび上がってくる。
「そいつは……一体どこから革命家の事を知ったんだ?」
部屋の中が沈黙に包まれる。
ドアの隙間から漏れ聞こえて来るロビーのざわめきが遠く聞こえる。
「もしかしたら……羊皮事件はまだ続いているのかも……」
「…………」
「とりあえず分かったことを纏めよう。」
1.今回の改革家殺害事件を起こしているのはアルテアのクローンである『アルター』の犯行。
2.バックに存在するのは教団という線が濃厚。
3.魔王軍や一部のギルドの内部には密偵がいる可能性が高い。
「こんな所か?」
『そうですね。あとはアルターの行動の動機です。』
動機、か。アルターには思考能力に異常が見られるんだったか。
「思考能力に異常って言うのはどういう意味で異常なんだ?」
『彼は自らが何かを考えて行動することはありません。指示された事を指示されたとおりに実行し、それに対して疑問を持つことがありません。そして感情と呼べる物も存在しません。彼に行えるのは命令の遂行とそれ以外の待機状態のみです。ですので、ある意味では機械のような人物とも言えます。』
「兵士として作られたのならある意味完成形だな。でもそれが何で異常と判断されたんだ?」
『不明。プロジェクトの方針と適合しないという理由で彼の調整に関する事は全て凍結されました。』
ますます謎が増えた。しかし、そいつがどういう状態にあるのかは分かった気がする。
「自我を持たないって事は洗脳をしやすいって事だな。教会が自分の領地で暮らしていたアルターを偶然見つけて、自分の手駒になるように刷り込んだ……って所か。」
「そうね……純粋が故に何にも染まりやすい。できれば……私達で見つけて愛を教えてあげたかったわね。」
俺とミリアさんの話し合いが終わり、ロビーへと戻るとアニスちゃんがタックルするように抱きついてきた。
「おにいちゃん、だいじょうぶだよね?まだおかあさんのぎるどにいてくれるよね?」
「あぁ、大丈夫だ。俺の疑いは晴れた。少なくとも今の所はこのギルドを離れる予定は無いよ。」
そう言うと彼女は安心したように俺の腹に顔を埋めてきた。
尻尾まで足に絡みついてきている辺り『もうはなさない』と言っているかのようだ。
「…………」
気がつくと、ニータが俺の前に立っていた。何だか物凄く不機嫌そうだ。
「よう、ニータ。元気にしていたk<ベシーン!>
尻尾で思いっきり頬を叩かれた。地味に痛いぞオイ。
「心配したのはこれでチャラにしてあげる。ギルドとの連絡は必ず取る事。いい?」
「……ふぁい」
あの状況で連絡を取れって方が無理だと思うのだが。
第一クエストのハシゴで碌に休憩取って無かったし。
「まぁ、何にせよアルが戻ってきたって事でめでたしめでたし♪」
「私は信じていたからな。お前が理由もなく人々を殺すような奴では無いと。」
チャルニもフィーもこうは言っているが、安堵しているのは周りから見てもまる分かりだった。
「そういやギルドに戻ったらニュースがあると言ってたが……何だったんだ?」
「それならさっきから貴方の前にいるわ。」
俺の目の前……うん、メイがいるだけだ。
「よう、ただいま。元気にしていたか?」
「あにぃ、これ〜♪」
彼女がポケットから出したのは……
「冒険者ギルドの身分証明書……ってお前、まさか冒険者になったのか!?」
「あら、彼女っておつむ以外はとても優秀よ?訓練所の教官もびっくりしていたぐらい。」
そういや江戸崎に出発する前にこいつとミリアさんが何か話していたっけ。
あの時の会話はこいつが冒険者になりたいとミリアさんに相談していたのか。
「そうか……頑張ったな、メイ。偉いぞ。」
「にへ〜♪」
俺が彼女の頭を撫でてやるとこれ以上無いぐらいに嬉しそうに顔をほころばせていた。
三ゴブの方も俺の方へカードを突きつけてくる。
「あたいらは頭脳担当っス!」
「さんす〜!」
「れきし〜!」
こいつらも身分証明書を持っている……一枚だけ。
「お前ら三人一纏めかい。」
「三位!」
「いったい!」
「じぇいあーr」
「やめろ。」
三ゴブに一発ずつ軽くゲンコツを落としてやる。いくらなんでもマズい。
「そういえばエルファの姿が見えないな。あいつなら俺が帰ってきたのを聞きつけて真っ先に飛んできそうだが。」
「あ〜……実際は直ぐに来ようとしたみたいですよ。」
プリシラがサバトに行って俺が帰ってきた事を伝えてきたようだ。
「でも魔女達に押さえつけられていました。なんでも手配が解除されるまでは会うのを自重して欲しいとか。」
ここでもギャグ要員か……哀れ、エルファ。
「ま、何はともあれ俺の疑いは晴れたわけだし、今日はクエストがあったら行っても構わないんだよな?」
「この上まだ働くんですか?話で時間も結構経っていますし、まともなクエストなんて残って……」
プリシラが言いかけたその時、ギルドのドアが勢い良く開いた。
入ってきた奴の格好から言ってシーフギルドの奴だろうか。
「た、大変……まか……ナハト……エン……」
「落ち着いて。アニー、お水を持ってきてちょうだい。」
「は〜い。」
ミリアさんが素早く彼に近寄って肩を貸す。
アニスちゃんに水を持ってくるように指示をすると、彼を近くの椅子に座らせた。
アニスちゃんの持ってきた水を飲んで一息ついた彼は少しずつ話し始めた。
「魔界の街のナハト近辺に……エンジェルが出た……。そいつが魔物を次々と殺害している。話しかけても応じる気配は無い……」
「シーフギルドのマスターにはもう報告した?」
彼は頷いて続けた。
「あぁ、そうしたらこの街の冒険者ギルドのギルドマスターへこの件を持ち込めと……あんた、何か知っているのか?」
彼の言葉を聞いてミリアさんは呆れたような、関心したようなそんな表情をする。
「あの子……本当に耳が早いわね。流石地獄耳と言われるだけあるわ。」
「あの子……知り合いか?」
彼女は頷くと、忌々しそうにその名前を出した。
「シェイディアっていうブラックハーピーよ。シーフギルドのマスターをやっているわ。二つ名は『地獄耳』。それが示すとおりに大陸はおろかジパングの噂だって彼女の耳に入っている筈よ。」
ということは……
「そいつ……俺が犯人じゃないって事に気づいていたんじゃないか?」
「えぇ、今回の指名手配の真相の事を聞きに行っても彼女はニヤニヤして何も教えてくれなかったわ。多分今回の騒ぎの最後の最後にしゃしゃり出て貴方の無罪を出すつもりだったんでしょうね。私が言うのも何だけど……彼女って物凄く意地が悪いもの。」
まぁ、今はそいつの意地の悪さを引き合いに出すべき時ではない。
「ミリアさんを頼った……って事は例のアレか?」
アレと言った時、チャルニが息を飲んだ。
彼女は俺の件に関する事を知っている数少ない関係者だ。
「それ、アタシも行く!アルテア一人じゃ……」
「ダメよ。貴方は残りなさい。」
ミリアさんが手を付き出してチャルニを制する。
「何で!」
「忘れたの?そのエンジェルは魔物を標的にしている。だとするならば魔物の増援は返って危険だわ。危険だけれどここは……彼一人に任せるしかないわ。」
こちらを向くミリアさんに俺が頷く。
俺としても余程の理由が無いとこいつら相手には誰も絡ませたくない。
少なくとも、魔物が優先して狙われるというのであれば尚更だ。
「クエストの発注を頼む。報酬は……任せるよ。」
「任せなさい。そうね、報酬は魔界の平和……じゃ、駄目かしら?」
彼女なりの冗談に苦笑する俺。
「悪くは無いが……できれば形として欲しい物だな。」
「そう。それじゃあナハトの街の独り身の魔物全員とエッ」
「やめろ。それは報酬になっていない。」
そんなこんなで俺の次の標的との戦いが幕を開けた。
相手はエンジェル、神の使いだ。
だがそんな事は些細な事だ。俺は、俺の責務を果たす。
相手が魔王だろうと神だろうと……それは変わらない。
11/10/01 09:43更新 / テラー
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