回想録〜豪腕〜
バフォメットのお姉さん……この場合は子持ちだから奥さんと呼んだほうがいいだろうか……に呪いを解いてもらって、僕の身体能力は飛躍的に向上した。
動き回れる時間も、剣を振り回していられる回数もケタ違いだ。
それでもやはり限界は訪れる。
「やっぱり……この剣は重いですよねぇ……」
「アイツが怪力だっただけだ。私から見てもアイツは人間には見えなかった。」
そう、ヴァーダントはかなり重く、振り回すというよりは振り回されるといった体なのだ。
いくら筋力を鍛えても限界は来る。魔法を使わない限り、人は人の枠を超えることができないのだ。
一応魔法は使えるので、身体強化の術をミリアさんに教えてもらって使ってみたのだけれど、燃費が悪すぎてあっという間に魔力が尽きる。
どうやらこれだけ重いものを魔力込で支えるには莫大な量の魔力が必要らしい。
それを身体強化も使わずに振り回していたアレクさんって一体……
「わざわざそれを使わなくてももっと使いやすい武器があるのではないか?」
「そうなんですけれど……ね。」
やはりアレクさんの遺志を継ぐという意味ではヴァーダントは使いこなせるようにしておきたい。
「苦戦しているようね。」
背後からいきなり声が聞こえてきたのでびっくりした。
振り向くとそこにはミリアさんが腕を組んで立っていた。
「はい……せっかく教えてもらった魔術もあまり効果が無くて……」
「そう、ならこんなものを使ってみたらどうかしら?」
そう言うと彼女は何か分厚くて古い本を渡してきた。
表紙を見る限りでは魔導書じゃないみたいだけど……
「魔道具図鑑……ですか。」
「そ。それの130ページを見てくれるかしら。」
パラパラとページをめくってお目当ての項目に辿りつく。
「グレイプル……手袋ですか?」
「えぇ。それを使うのだとしたらその魔道具は必須でしょうね。現にアレクもそれを使っていたわ。」
それを聞いて納得した。確かにこれがあれば使いこなすことができそうだ。
ちなみにサラさんはそれを聞いて目の鱗が落ちたかのように手を打っていた。
「唯一無二の物じゃないから努力すれば手に入れられない物ではないけど……問題はそれを作る技術を持っている種族なのよねぇ……」
『グレイプル:太古の昔、異界の神より授けられた技術でサイクロプスが創り上げた手袋。それを身に付けた者は無双の怪力を手にすることができるという。また、この手袋は炎や雷といった高エネルギーの物体を掴むことも可能であり、使用者にまで熱を発する武器を扱う上で必須の装備とも言える。』
説明を呼んで僕は愕然とした。
サイクロプス
かつての神族であり、今は魔物と化した種族だ。
高い鍛冶の技術を持っており、数々の神器を創り上げた。
そしてその代償として求めるのは……
「これ無理ですよね?」
「えぇ、無理ね。」
自身の子を残すため、一夜のお情け……砕けて言うとセックスを要求するのだ。
そして僕は……
「この時程自分の体質を恨めしく思ったことは無いよ……!」
「待て、それは体質さえどうにかなれば問題ないとも取れるぞ。」
即座にサラさんがツッコミを入れるが、実際問題そうなのだ。
それに……
「自分でするだけじゃ満足できないんですよ……!」
「「…………」」
この体になってから性欲が健全な青年クラスになり、それの処理が大変なのだった。
媚薬を買ってきておもいっきり自慰にふけったり、サバト製の自慰筒(中がふにゃふにゃしたゼリーのようなものでできている)を使ったりと小さい体の時はしなかった苦労を強いられている。いや、人間相手なら問題ないはずだけどね。何分相手がいない。
「処理してあげないの?」
「そんな危険なこと出来るわけがないじゃないですか……」
横目でニヤニヤとサラさんを見遣るミリアさん。
サラさんは額に手を当てて目をとじている。
どの道彼女にとって僕は想い人を死に追いやった死神なのだ。
だからそういうことに関しては頼れないし、頼りたくない。自分で背負った業くらいは自分で精算する。……この度し難い性欲も込みで。
「力づくで奪ってみる?」
「かつての神族に喧嘩を売ってどうするんですか……簡単にぺしゃんこに……」
「サイクロプスの貞操を」
「あなた鬼ですか!?ていうか物騒すぎますよ!?」
僕の場合、魔物との性交=魔物の死と直結しているので本気でシャレにならない。
殺してでも奪いとるを相手に気づかれずに実行できるのが尚質が悪い。
「殺してでも奪いとるかどうかはともかく交渉する価値はあるんじゃないかしら?何ならアレクがそれを譲り受けたっていうサイクロプスを紹介するけど。」
「最初からそれをお願いしますよ……話がやたら物騒な方向へ飛びすぎです……」
結局ミリアさんからそのサイクロプスの住居を教えてもらい、なんとか譲ってくれるように頼みに行くことになった。
ちなみにサラさんは留守番だそうで。
なんでも、「これはクロア君一人で行かなければならないから」らしい。
自分としてもいつまでも師と仰ぐ人におんぶに抱っこではいけないと思っていたので構わないのだが、彼女が酷く残念そうにしていたのは何故だろうか。
〜古の遺跡〜
アレクさんがグレイプルをもらったサイクロプスが住んでいるのはこの遺跡らしい。
遺跡の中で鍛冶?とは思ったけれどなるほど、ごうごうと音を立てながら穴から熱風が吹き出している。多分鍛冶で出た熱を逃しているのだろう。
遺跡の中は今まで見たことがない光景がてんこもりだった。
壁は基本的に石造りにもかかわらず、全く継ぎ目が見当たらない。
表面にはいくつもの緑に光る線が走り、それがどこかへと続いている。
他にも緑のキューブ状の石がいくつもフワフワと浮いている装置があったり、入ると下や上へと動く部屋があったりと冒険心がくすぐられるような仕掛けが山ほどあった。
アレクさんもこの気持を感じていたのだろうか。
最深部に近くなるとだんだんと熱気が強くなってきた。
多分鍛冶の熱が逃がしきれていないのかもしれない。
最後の部屋へとたどり着くと、カンカンと何か金属質の物を叩く音が聞こえてくる。
中を覗くと、青い色の肌をした女性が熱した鉄をハンマー叩いていた。
恐らく彼女がサイクロプスなのだろう。
「あの……すみません。」
「……誰?」
部屋に入って彼女に声をかけると、胡乱気に目を半眼にして僕の方に振り向いた。
というか表情が全く変わらない……少し怖いかも。
「はじめまして、僕はクロアと申します。宜しければ少し話を……」
「今、忙しい……後で。」
そう言うと、彼女はまた鉄を熱して叩き始めた。
どうやら鍛冶の作業が一段落するまではまともに取り合う気がないらしい。
仕方なしに部屋を出て比較的涼しい場所でハンマーの音が聞こえなくなるまで待つことにした。
どのぐらい経っただろうか。
待ちくたびれてついウトウトしてしまった。
気がつくとハンマーの音が聞こえなくなっていた。
背筋を伸ばすように伸びをして、目を開けると……
「…………」
「…………」
顔の前に巨大な目玉があった。
「う、うわぁぁぁぁぁああああ!?」
「君、失礼。人の顔をみて悲鳴上げないで。」
サイクロプスのお姉さんに窘められてしまった。
確かに失礼だったかな……。
「ご、ごめんなさい……」
「いい、それより……その剣。」
彼女が指さしたのはヴァーダントだった。
どこか懐かしい物を見るような、しかし寂しそうにそれを見ている。
「アレクさんの剣です。知って……ますよね?」
彼女はコクリと頷いた。
その返答に僕はホっとする。もしかしたら別のサイクロプスがここを受け継いでいるのではないかと思っていたからだ。
「その剣、私が打った。それで、彼にあげた。」
そして、彼女は僕を睨みつけてくる。少し、怖い。
「あなたはそれを持っている。あなた……何者?」
「……」
なぜ僕が持っているかを話す、ということは彼女にアレクさんがどうなったかを話す必要が出てくる。
それが彼女にとって訃報となるのは避けようのない事実だった。
「……そう。死んだのね、彼。」
「……はい。」
彼女はフラムと言うらしい。ずっとこの遺跡の中で暮らしているんだとか。
そして彼女には、僕に関することも含めて打ち明けた。
そうなると彼が死んだのは僕が関わってしまったからだということも話すということだ。
彼女の怒りを受けるのは仕方が無いだろう。もしかしたら……殺されても文句は言えないかも知れない。
しかし、僕を待っていたのは彼女のハンマーでもなく、憎悪の声でもなく、温かく柔らかな感触だけだった。
「辛かったね。」
彼女は、僕を抱きしめて一言だけ呟いた。
てっきり、怒りをぶつけられるのではないかと思っていた。
恨み言の一つも覚悟していた。
でも、彼女はそんな素振りも見せずに僕を慰めてくれた。
その途端、僕の中でせき止められていた感情が一気に決壊した。
アレクさんを失った時、僕は悲しみの涙より怒りが先行して悔し涙となってしまった。
それ以降、悲しさで泣くことは全く無くなった。悲しんでいる暇など無い。そう思っていたからだ。
ここに来て初めて、僕は赦された気がした。
そう思った途端、目から一気に涙が溢れ出し、彼女の肩を濡らした。
「う、ぁ…………ぁぁぁぁぁぁああああああ!」
「よしよし……いっぱい泣いていいからね……」
「ご迷惑を……おかけしました。」
「別に、いい。彼の息子同然なら、私にとっても息子も同じ。子供は親に迷惑をかけるもの。」
なんだか気恥ずかしかった。
初対面の女性の前で大泣きしてしまったのだ。
そして、少し引っかかることが。
「あの……アレクさんとはどういう……?」
「彼との娘がいる。今は、修行の旅に出ている。」
爆弾発言だった。
「あなたにとって、姉みたいなもの。もし会ったら良くしてあげて欲しい。」
「あはは……はい……」
僕が思っているよりアレクさんは手が早かったらしい。
いや、彼女に剣をもらっている時点でそれに気づくべきだったか。
「あなたの目的は、グレイプル?」
「やっぱりわかりますか?」
これをここに持ってきた時点でまるわかりか。
彼女は僕の手を取ると、巻尺を取り出して僕の手の寸法を測り始めた。
「ヴァーダントを人間が使うには、どうしてもアレが必要。失くしたなら、また新しく作らなきゃならない。」
測ったサイズを彼女は手帳に書き留めていく。
ひとしきり測り終わると彼女は元の部屋に戻っていった。
「つくるのには、2,3日かかる。それまで待っていて。」
「あ……その間僕はどうすれば……」
彼女は姿が見えなくなる前に一つの部屋を指さした。
そこで待っていろということだろうか。
特にするべきことも無いので、僕は指示された部屋で出来上がりを待つことにした。
通された部屋は、今まで見たこともないような奇妙な様相をしていた。
全部が白で埋め尽くされている、といった所だろうか。
壁はツルツルとした白い材質でできており、天井には煌々と白い光を放つ物が取り付けられている。
ベッドはよくあるような直方体ではなく、球体を長く伸ばしたような物の上をカットし、中にフワフワした何かが敷き詰めてある。
極めつけにヘンテコなのは壁に埋まっている光る板だ。
何か文字とか絵とかがしきりに動き回っている。
「落ち着かないなぁ……」
この部屋の様相にも落ち着かないが、何もしていないのはもっと落ち着かない。
ヴァーダントを少しでも扱えるように素振りでもしようかと思ったけれど、振り回して何かを壊してしまうのはマズい。
かといって暇つぶしになるような本は見当たらず、光る板を見ていても見たこともない文字で読めないので意味が無い。
「あ、そうだ!」
どうせならば僕ができる何かでフラムさんを労ってあげよう。
僕に出来ることといえば結界術に少しの剣術、それと……
「料理、かな。」
この遺跡に襲撃者なんていないだろうし、護衛も結界も必要ない。
というか、途中にあったトラップ(高速で何かを飛ばしてくるゴツゴツしたものや光の線を飛ばしてくる物。全部ヴァーダントで弾いた)ならば下手な盗賊程度なら命を落としそうだ。
「すみませーん、食料庫とかってあります?」
「数字が上に書いてある扉の近くのスイッチ。中のスイッチの下から2番目を押す。そこが食料庫」
工房を覗き込んで聞いてみると、彼女は場所を教えてくれた。
確かその扉なら来る時に見た気がする。
僕はその扉に入り、言われた通りのスイッチを押した。
部屋自体が動く気配がして、扉が開くとそこには元あった光景がなく、代わりに薄暗い倉庫のような場所になっていた。
「へぇ……なんだろ、この部屋。転移装置とかそういうのじゃない気がするけど……。」
仕組みを調べようとして、やめた。もしかしたら人間の手に負える物じゃないのかもしれない。
作ったのが古の神々だったとしてもあまり驚かないかもね。
少なくとも便利な物を生み出すのは今の神じゃない事は確かだし。
今の神が人に助力を与えるといえば勇者を生み出すか天使を送り出すかのどちらかだ。
ぶっちゃけ何の役にも立っていない。
「それはそうと材料材料……新鮮な野菜でもあればいいんだけど……」
「……なにこれ。」
積んであったコンテナ(材質不明)を開けて、取り出した中身は到底食料とは思えないヘンテコな物だった。
紙のような、しかしツルツルとした手触りの材質で作られた袋がてんこ盛り。
振るとガサガサと音がする。
「食料……だよね?食料庫なんだし。」
試しにそのままかじってみる。当然マズイ、というか食べられない。
僕が試行錯誤していると、フラムさんがさっきの小部屋から出てきた。
「あの、これ……食べ物ですよね?一体どうやって?」
「こうする。」
彼女が僕の手から袋を取ると、それを破いて持参した器に入れる。
中身はカサカサした細長い物が大半で、あとは同じような緑や赤の細かい破片だ。
さらにその中に熱湯を注ぎ始める。
「あとは、しばらく待つ。お昼にしよ。」
「あ……はい。」
何も役に立てなくてちょっと悔しいかも。
細長い物がお湯でふやけて柔らかくなった。どうやらあれは麺類だったようだ。
先ほどの緑色の破片はネギの刻んだものだったみたいだ。
彼女がフォークを1本僕に渡してきた。
「出来上がり。」
「……なんですか、これ。」
極東の方にこんな感じの麺類があるらしいというのは聞いたことがあるけれど、お湯を注ぐだけで出来る料理なんて聞いたことがない。
「わからない。でも、食べられる。」
「……さいですか。」
どうやら深く考えるべき事ではないらしい。
「ちなみにこれはどこで?」
「この食料庫の奥の窪みから。定期的に出てくる。袋はそこにおいておくといつの間にか消えている。」
もはや突っ込みどころしか無い。というかこの人(人ではない)はそんな怪しげなものを食べようと思ったのか。ある意味豪胆だ。
彼女が食べだしたので僕もフォークに麺を絡めて食べてみる。
魚介類系の旨みと香りが口の中に広がる……広がるのだが……
「なんだろう……凄く味気ない。」
「贅沢はいいっこ無し。少なくともお腹は減らない。」
確かに携行性や利便性、味を含めて考えれば保存食としては申し分無いどころかお釣りが来るくらいだ。(それ程に市販の携帯食料は不味い。)
しかし何故だろうか。自分の舌が、『これは偽物だ』と文句を言っている。
粗食には慣れている筈なのに、今食べているものが酷く嘘臭く思えてくる。
「〜♪」
「……」
しかし彼女は結構美味しそうに食べている。もしかして何度も食べている内にこれが普通になってしまったのかもしれない。
今度新鮮な野菜で作った料理でも振舞ってみようか。
あれから数日。僕はフラムさんの元で過ごしている。
体が鈍らないように素振り(フラムさんに剣を貸してもらった)をしたり、遺跡の中を走りまわったりと体力面では結構充実していた。
料理はあまり腕をふるう機会が無かったけど……
「できた。」
そんなある日、彼女が黒い革製の手袋を僕の元へ持ってきた。
見た目は普通の手袋だけど……
「つけてみて。」
「はい……あれ、これ少し緩くないですか?」
手袋は僕の手にピッタリというより、心持ちゆとりのある作りになっている。
それでいてズレや違和感を覚えない辺り流石サイクロプスといった所だろうか。
「その分はあなたの成長分。これから大きくなったらピッタリになるはず。」
「フラムさん……」
なんだか本当に母親と話しているような気になってきた。
「ER流体で握力を増強して、腕に特定の電磁パルスを流し続ける事によって腕力の増強を図っている。定期的にグローブからナノマシンが体内に入り込んで千切れた筋繊維を補修しているのがミソ。」
前言撤回。母親はこんなわけの分からないことを話しだしたりしない。
「え〜と……ありがとう、ございます?」
「なぜ疑問形?」
異界の神がもたらした技術だけに怪しげな要素が満載だ。
そのうち体を乗っ取られたりしないよね?
「来て。それ、使うのにコツがいる。」
そう言うと彼女は部屋を出ていった。
まぁ何にせよ道具を使うのであればそれなりに訓練は必要だろう。
僕は彼女の後を付いていった。
案内されたのは遺跡の中でも開けた場所。
天井は高く、暗くて見えない。床はかなり頑丈な作りになっているみたいだ。
「その手袋、『グレイプル』はコントロールが難しい。例えるなら、棒にくくりつけたフォークで皿の上のグリーンピースを刺して食べるようなもの。」
確かに、腕を少し動かそうとするといつもより余計に動くような気がする。
しかし、ヴァーダントを持ってみると羽のように軽く感じるのもまた事実だった。
「へぇ……すご……」
その感覚が嬉しくてヴァーダントを構えようとした時、予想以上に腕が大きく動いて刃が自分の顔へと襲いかかった。
寸でのところでフラムさんがヴァーダントを鷲掴みにして刃が僕の顔を真っ二つにするのを防ぐ。
「ひぃ……」
「だから、危険。ちょっとした動きでも過剰に反応するし、ほんの少し動かそうとしてもなかなか動かない。訓練が、必要。」
彼女が手にした長柄のハンマーで床を叩くと、そこら中に描かれている文様が光り、中から白色の球体が浮かび上がってきた。
「これ、グレイプルをつけた状態のヴァーダントで、全部たたき落として。自分を斬らないよう、注意。」
「わ、分かりました。」
恐る恐るヴァーダントを構えて、球体に狙いをつける。
あまり振りかぶり過ぎると今度は自分の背中を切ってしまいそうだ。
しかし、以前よりも格段に構えやすくなったのもまた、事実だった。
「……っ!」
鋭く踏み込んで球体を上から斬りつける。
すると、思った以上の勢いで剣が振り下ろされ、反動で僕の体が宙を舞う。
「うわぁぁぁぁぁああああ!?」
大人の背丈1,2人分は吹っ飛んで、おしりから落下。
無様に尻餅をついてしまった。
「あいたたた……」
「それを振るのに、力はいらない。手首のスナップだけで十分。」
フラムさんからのアドバイス。
確かに余計な力が入ると逆に自分にその衝撃が帰ってくるようだ。
しかし手首のスナップだけというと……
「もしかしてこれ……片手剣ですか?」
「最初から、そう使うように作ってある。見た目こそ大剣だけど、実際は大きめの片手剣。」
確かに柄が少し短いように感じていた。
これで漸く疑問が一つ解消された。
「そうなると……ヴァーダントって本来なら人間にも魔物にも扱えないんじゃ……」
「元々は、どちらもこの遺跡にあった設計図を使って作った物。二つで1セット。元は誰が使っていたかなんてわからない。」
これを含めて遺跡も作った人たちって一体どういう文明を持っていたのだろうか。
そしてこれだけ強力な装備を作る必要があったということは何かと戦っていたのだろうか。
「考えるだけ、無駄。あるものは利用する。それで十分。」
「……ですね。」
再びヴァーダントを構えて球体を斬りつける。
余計な力は使わないよう、ナイフか何かを振るように剣を叩きつけていく。
「これで……ラスト!」
ヴァーダントを横薙ぎに一閃。最後の球体を破壊する。
「できました!」
「よくできました。第一段階は完了と。」
第一段階?まだまだやることがあるのだろうか。
彼女は再びハンマーを床へ叩きつける。
「第二段階、開始。」
再び白い球体が浮かび上がる……が、今度はゆらゆらと不規則に動いている。
「今度は、動く標的に正確に当てる訓練。さっきよりも難しい、というより最初は無理。」
試しに手近な一つを斬りつけてみるが、かすりもしない。
別に重く感じるわけでもないのに、的に剣を当てるという動作が酷く難しい。
「いわば、これはグリーンピースが不規則に動いている状態。最初は当てることを考えずに、軌道を見切ることに専念したほうがいい。」
「…………」
軌道を見切ると言っても、球体は前後左右上下にフラフラと動き、規則性など全くない。
だからといって闇雲に振っても当たるはずがない。
「こればかりは、何度も訓練が必要。初めから当てようなんて、子供にテーブルマナーをさせるようなもの。」
上手く当てられなくても、フラムさんは何度も訓練に付き合ってくれた。
師匠とはまた違った教え方。実際に剣を打ち合わせて教えるのではなく、力の流れ、入れ方、振り方を教え、それを実践させる。
体で覚えるという根本は同じだったが、より効率的に学習させるという意味では彼女のほうが上手いかもしれない。
「今日は、ここまで。あまり疲れると、効率が落ちる。」
フラムさんがもう一度ハンマーで床を突くと、球体は一斉に消えてなくなった。
自分では疲れていないつもりだったけどなるほど、息が上がって全身が汗まみれだった。
「慣れない武器を、慣れない動きで振るったのだから、疲れるのは、当然。続きは、また明日。」
「はい、有難うございました!」
訓練所(仮にそう呼ぶことにした)から二人で元の廊下を歩いて行く。
「あの、水浴びが出来る所って……」
「無い。というより必要ない。」
そういえば、ここ数日水浴びもしていないにも関わらず、体からは特に匂いは発生していない。
というより寝て起きると体中の汚れが綺麗サッパリ落ちている気がする。
「ベッドに体の汚れを落とす機能がある……みたい。詳しいことはよくわからない。」
なんだか何でもありだな、古代文明。
食料も体の清め方も普通では考えられないような方法を取っている。
「今日は、食事を摂ってゆっくりと休むこと。疲れで動けなかったら、元も子もないから。」
「分かりました。」
彼女に言われた通り、その日は例の即席食品を食べてさっさと寝ることにした。
「ッ!っふ!」
短い呼気を発しながらヴァーダントを振るう。
近場の3個を一気にたたき落とし、次の標的へ鋭いステップで肉薄。
それを掴むと(ごく最近掴めることが分かった)別の一つへと投げつけ、同時に撃破。
あれから一週間程度、彼女のもとでグレイプルとヴァーダントを使いこなす訓練を受けていた。
元々剣を使っていたというのもあって、驚くほど早く技を吸収し、自分のものとしていく僕を見てフラムさんは感心していた。
彼女曰く、アレクさんより筋がいいそうだ。
なんとなく胸を張りたい気分だ。
「残りは!?」
「あれ。」
彼女が頭上を指さす。
遥か天井近く、それはふらふらと漂っていた。
「……どうしろと?」
「投げる。」
彼女の言葉に僕は一瞬自分の耳を疑った。
「その剣の使い方の一つに、投擲がある。グレイプルを使いながら投擲をするには、あれを落とせるぐらいの精度が必要。これ、最後の訓練。」
確かにこれを使えば大剣クラスの重量があるヴァーダントすら届かせることができるだろう。
しかし、精密とも言える精度で振るって届く範囲の的を落とすのとは訳が違う。
「冗談……じゃないですよね?」
「アレクは、やった。あなたは、どうする?」
彼女は暗に、これぐらい出来なければアレクさんは超えられないと言いたいのだろう。
アレクさんは僕の事を調べる段階で失敗した。
アレクさんの遺志を継ぎ、事を成し遂げるには、これぐらいは出来ないと話にならない。
「ふぅ……よし!」
一回深呼吸して、気合を入れ直す。
ヴァーダントを後ろへ振りかぶり、投擲の姿勢を作る。
ちなみに、得物を投げ飛ばして攻撃手段とするのはこれが初めてだ。
「っせい!」
気合と共に投擲したヴァーダントは鋭く直線を描いて……
「……あ”」
天井に突き刺さった。
無論的からは大幅に外れて。
「最初は、こんなもの。」
彼女がハンマーを大きく振りかぶって床へ叩きつける。
衝撃で部屋全体がビリビリ震えて刺さっていたヴァーダントが床へ落ちてきて、突き刺さった。
「何度も、練習。こればかりは、体で覚えるしかない。」
僕は突き刺さったヴァーダントを引き抜くと、再び構える。
投擲訓練は僕がヘトヘトに疲れきるまで続いた。
「はぁ……はぁ……てい!」
あれからさらに1週間。僕は未だにあの天井付近の的へ命中させられないでいる。
試しにフラムさんにやってもらった所、1発で当ててしまった。少し凹んだのは内緒だ。
「基本は、ナイフ投げと同じ。無駄な力は入れないで、手首のスナップで飛ばす。腕を振るのは、姿勢の安定のため。」
幾度も聞いたアドバイス。実践しているのだが、上手く当たらない。
別にノーコンという訳ではない。
普通のナイフで普通に投射してみたら、驚くぐらい正確に投げることができた。
「……もしかして、何かに遠慮している?」
「……え?」
思っても見ない言葉だった。今の僕に何か遠慮することがあっただろうか?
「あなた、それを投げる時、わずかだけど力を抜く癖がある。それで、狙いがぶれる。」
「そう……なんですかね。」
自分でもよくわからない。もしかしたら無意識で投げるのに加減をしているのかもしれない。
「大丈夫。ヴァーダントは、ちょっとやそっとじゃ、壊れない。多分、隕石が落ちてきても、それは曲がりも欠けもしない。」
「…………」
その時、ふと胸のつかえがとれた気がした。
「それはあなたにとって、親の形見も同じ。無意識の部分で壊れる事を恐れている。でも、大丈夫。その子は、どんなに無茶な使い方をしても、どんなに使い続けても、壊れないし、刃こぼれしない。」
「いや、流石にそこまで丈夫じゃ……」
彼女は何も言わずに僕の手からヴァーダントを取ると、床に置いてハンマーを横から叩きつけた。
「ちょ……何やっているんですか!?」
「大丈夫。普通の剣だったら、これで折れている。見て。」
彼女が再びヴァーダントを持ち上げると、確かにそこには以前と全く変わらない姿のそれがあった。
「これ、打ち終わるのに3年もかかった。勇者が使うような聖剣なんかより、遥かに丈夫。多分、私の中では最高傑作。」
だから、彼女は心配するなとでも言うように僕の肩を叩いてきた。
改めて、天井の的を見る。
僕は、心の中で恐れていたのかもしれない。
アレクさんの形見を雑に扱うことによって失ってしまうのではないか。
唯一、自分の肉親とも呼べる人とのつながりが無くなってしまうのではないかと。
しかし彼女は、保証してくれた。
その程度で、彼はどこへも行ったりしないと。
改めてヴァーダントを振りかぶると、彼女は静かにその場を離れた。
もう、迷いはない。
腕を振り抜き、ヴァーダントを的に向かって投げつける。
それはまっすぐ的へと飛んでいき……
「有難うございました。」
「別に、いい。使ってくれる人がいたほうが、その子も喜ぶ。」
僕は見事、あの遠く離れた的へヴァーダントを命中させることができた。
その後、投擲攻撃を行っても外すことも無くなった。ひとまず、マスターしたと言えるだろう。
「それと、これ。」
彼女は革袋を僕へ差し出してきた。
中からガチャガチャと金属がぶつかり合う音がする。
「何かの、武器みたいなもの。私じゃ、直せなかった。けど……」
彼女は少し悔しそうな(さほど表情に出るわけではなかったが)顔をして言葉を続ける。
「こういう細かい構造の武器を扱うのであれば、ドワーフがいいと、思う。よければ、頼んで直してみて。」
「そうですか……では、有り難く頂戴します。」
彼女から革袋を受け取り、肩に担ぐ。
見た目に反して、ずっしりと重かった。
「それじゃ、頑張って。」
「はい、お世話になりました。」
彼女へ背を向けて、最後の一言が思いつく。
せめて、この一言ぐらいは言ってもバチは当たらないはずだ。
「行ってきます。母さん。」
後ろから、息を飲む気配がした。
それに構わず、歩き出す。
もし、僕がやるべきことを全て終えて生きていたら、またここに戻ってくるのだろうか。
それを知っているのは、未来の僕自身しかいないのだろう。
11/09/06 23:17更新 / テラー
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