第四話{そして少年は逃げることを止める}
結局、アレクさんは昨日の夜には帰って来なかった。
せっかく作った料理も冷めてしまったので、温め直して朝食がわりにする。
今日は雨が降っている。そう言えば僕が捨てられた時も雨が降っていたっけ……。
「はぁ……」
雨が降るとあの時のことを思い出す。
僕を押し倒して一方的に犯すあのお姉さん。
体が炎に包まれ、悶え苦しみながら骨へと焼き尽くされていく。
穴を掘って、埋めて、誰からも見向きもされなくなる。
彼女を消したのは、僕だ。
「ごめんなさい……」
何時までも気に病むのはいけないと判っている。
でも、安らかな眠りを祈らずにはいられない。
もしかしたら彼女はこの先幸せな家庭を築けたかもしれないのだ。
それを壊してしまった僕にできることは、ただ祈ることだけ。
雨が降り続いているので外に出ることができない。
家の中で本を読むのも好きだけど、木漏れ日の中で暖かい風に吹かれながら読むのも好きだ。
暗い部屋に閉じ込められていた時は日に当たることすらできなかったから。
「より高度な固定結界……住居に魔物を寄せ付けない方法……眷属忌避術……え〜と……」
雨音を聞きながら結界術の本へのめりこんでいく。
アレクさんはなかなか帰ってこない。
彼は冒険者だから一日二日帰ってこないというのは不思議ではないけれど、やはり心配になる。
「住居の外の柱四隅にルーンを刻んで……インクなどで染色する……泥を被っていると効力が薄くなるので定期的に清掃すること……」
父親がどういうものかは知らないけれど、多分彼みたいな人の事を言うのだろう。
初めてできた家族。何でも相談できる頼れる人。
もし、神様が許すのであればこの先も彼と一緒に生活したい。
もし彼が誰かと結婚するのであれば、その人が多分僕の母親になるのだろう。
優しくて暖かい人だといいな。
できるなら学校にも行きたいな。毎朝お母さんに見送られて学校まで行くんだ。
「インクの材料は……ムラサキスグリの実とヒカリダケをすりつぶして混ぜあわせた物……普通の市場にも魔道触媒として売っている……」
学校に行けばいろんな本が読める。
もっといろんな事も勉強できるかも知れない。
それに、好きな子もできるかもしれないな。
相手は……人間に限られるかも知れないけど。
「インクの実用耐久期間は一ヶ月程度……期間が切れるたびに染色しなおす必要がある……ルーンも擦り切れたら新しく彫り直すこと……」
帰ったら宿題をしてお母さんと一緒に夕飯を作るんだ。
そしてアレクさんとお母さんとで一緒に食べるんだ。
もしかしたら帰ってきていないかも知れないけど、いたらそうする。
「注意すべきはこの結界でも高位の魔物には効果がない事……また、ルーンを破壊されると効果が切れてしまうため、なるべく目立たない位置へ彫ることが望ましい……」
お風呂が一緒なのは少し恥ずかしいかな……
お風呂から出たら一緒に寝るんだ。
僕の知らないおはなしをしてもらうのもいいかもしれない。
「効果は絶対ではなく……手入れを怠ったり住居そのものを破壊されれば結界は意味をなさなくなるので……注意すべし……と」
雨は、まだ止まない。
今日も、アレクさんは帰って来なかった。
〜三日後〜
あれから、アレクさんは一度も帰ってきていない。
食料が切れたら棚にある箱からお金を取ってモイライの市場まで買いに行く。
結界があるから一応は魔物のお姉さん達には気づかれない。
「人参とじゃがいもと……玉ねぎとお肉。たしかスパイスと小麦粉は家にあったし……調味料も大丈夫。」
今日はカレーだ。いつも自炊をするので料理の腕だけは上がったと思う。
ふと視線を感じて振り返ると、サキュバスのお姉さんがこちらをじっと見ていた。
結界が効いていないのかもしれないと思い、路地裏へと身を隠す。
一応視界から消えれば結界の効果は戻る。
万全を期して路地裏の反対側から出る。あとは家に帰るだけ。
寄り道はしないで早く帰って夕飯の支度をしてしまおう。
今日こそ、アレクさんが帰ってくるかもしれないから。
雨が降っている。
結界のルーンが消えてないか心配だけど、外に出て全身がびしょ濡れになるのは嫌だった。
それで風邪を引いても面白くないしね。
鍋からはスパイスの効いたカレーの匂いが漂ってくる。
アレクさんを待ちたいけど、お腹が空いているのも事実。
温め直せば食べられるし、先に食べてしまおうかと考えていたその時、ドアがノックされた。
住居の結界は張ってあるから魔物のお姉さんはこの家の存在事態に気付けないはず。
だからこの訪問者の存在は人間……のはずだ。
「は〜い。」
ドアを開けると、そこにはフード付きのローブを被った人が立っていた。
「貴方がクロア君ね?おじゃましてもよろしいかしら?」
「え、はい……貴方は?」
彼女がフードを取ると、その頭には捻れた角が……
「ま、魔物!?そんな、確かに結界は……!」
「あの本を誰があげたと思っているの?あの結界術の本の元々の持ち主は私よ?」
結界術の本。あれは確かアレクさんがお土産に持ってきてくれた物の筈だ。
その持ち主……?
「私はミリア=フレンブルク……貴方の保護者の上司と言ったところかしら。アレクの事で少し話があるから入れてもらえる?」
「アレクさんの事で……?」
ここ数日帰って来ない事と関係があるのだろうか。
しかし、魔物のお姉さんを家に上げるのは良くないと僕の危機感がそう言っている。
「大丈夫よ。貴方の体質のことはアレクから聞いているわ。私は貴方を襲うことは無いと約束する。」
「そ、それなら……」
ひとまず安心して彼女を家へと上げる。
「いい匂いね。今晩はカレー?」
「あ、はい……多分美味しく作れたと思います。」
何を言っているんだろう……僕は。
「ご相伴に預かってもよろしいかしら?食べて落ち着いてからの方が話しやすいでしょうし。」
特に拒否する理由もなく、一緒に夕飯を食べることになった。
多分夕飯を食べてからというのは彼女の気遣いだったのかもしれない。
夕飯を食べ終わって、流しへと皿を片付ける。
彼女の向かいあわせに座って話を聞く事にする。
「単刀直入に言うわ。アレクはKIA……つまり作戦行動中死亡が確認されたわ。」
死亡。死ぬ事。
頭の中に意味は浮かんでくるのだが、理解が追いつかない。
「彼の死亡を知らせてくれたのは教会騎士団の団長と名乗る人物よ。教会関係者にしては珍しく魔物に対しても義を重んじる人だったわ。アレクの形見を届けてくれたのも彼よ。」
彼女はローブの中から布で包まれた長いものを取り出した。
どこかで見たことのある長さとシルエット。
「これがその形見よ。多分、貴方に届けて欲しいって事だったのでしょうね。これをどう使うかは……貴方に任せる。でも、くれぐれもアレクの意に反することはしないで。」
布を解くと、そこには確かに証があった。
アレクさんが死んだという事を、『ヴァーダント』が物語っていた。
言う事を言った後、ミリアさんは帰っていった。
後に残されたのは、ヴァーダントと僕だけ。
「かみ……さまぁ……」
悔しさで涙が溢れる。
理不尽で声が裏返る。
無力感で頭が熱くなる。
「あなたは……僕に……人並みの幸せも……くれないのですか……?」
彼はもう、僕の頭を撫でてくれることはない。
彼はもう、僕を叱ってくれることはない。
彼はもう、一緒に笑ってくれることはない。
彼はもう、戻ってこない。
「あなたは……僕が苦しんでも……手を差し伸べてくれないのですか……?」
次に浮かび上がってきたのは、怒り、憎しみ、恨み、嫌悪。
僕にとって、神はもう神ではなかった。
「ならば僕は……もう神などいらない!貴方に縋らず、自分だけで生きてやる!そして……」
僕は決意する。
それは決別。
今まで心の多くを占めてきた物を切り離す。
「いつか貴方の喉笛に食らいついて、噛みちぎってやる!貴方はもう、神ではない!」
僕は決意する。
この世の理不尽に抗ってみせると。
試練という名の不条理を振り撒く自称神に牙を剥くと。
そしていつかは、どんな手を使ってでも幸せになってやると。
それからは大変だった。
自分だけで生きて行くために仕事を探した。
ミリアさんに相談したら仕事を紹介してもらえた。
彼女曰く、「私はいろんなところに顔が利くから」らしい。
仕事はきつかったけど、生きて行くためだと頑張った。
仕事場では魔物のお姉さん達に何度か襲われそうになったけど、その都度上司の人が止めてくれた。
ミリアさんから言い含められていたらしい。
それでも、魔物のお姉さん達との接触はなるべく避けた。
彼女たちにその気が無くても僕が惹かれたら意味が無いからね。
そうして一ヶ月くらいが経ったある日、僕の人生を大きく変える出来事が起こる。
それは今まで大きな出来事が起こった日と同じような雨の日だった。
「雨……か。」
僕の『初めて』の日も、アレクさんが死んだと知らされた日も雨だった。
そう言えば結界のルーンがそろそろ効力が切れそうなんだっけ。
「明日材料を買ってきて染め直さなきゃ……」
壁にはヴァーダントが立てかけてある。
あれ以来一度も触れていない大剣。
ミリアさんはアレクさんの意に反する事はするなと言っていたけど、そのアレクさんの想いが僕にはわからない。
復讐なんて考えずに堅実に生きろ、なのか自分のやりたいことをやれ、なのか。
もし許されるのであれば、復讐を選びたい。
僕をこんな目に合わせた神は確かに憎い。
でも、それに牙を剥く明確な力が僕にはない。
いくら仕事をしても付かない筋力。
いつまでも細い体躯。
体力も頭打ちだ。
ヴァーダントをあの壁際に運ぶのだって随分と苦労をしたものだ。
なにせ刃付きのダンベルみたいな物だから危なくて仕方がない。
明日の朝食は何にしようかと考えていると、ドアをノックする音が。
ドアを開くと、あの時と同じようにローブを纏った人が立っていた。
雰囲気からしてミリアさんとは別の人だとはわかったけど。
「夜分遅くにすまない。モイライに帰る途中に雨に降られてしまってな。迷惑でなければ一晩宿を借りたい。」
「えぇ、構いませんよ。寒かったでしょう?今暖かいお茶……で……も……」
彼女がフードを取ると、耳の部分にひれのような何かがついている。魔物だ。
「っ!」
反射的に壁に立てかけてあるヴァーダントへと駆け寄り、それを手に取る。
両手で支えてもプルプルと震えて切っ先は床へと付いたままだ。
「か、帰ってください!魔物は泊められません!」
「掌を返したように嫌うな、お前は。ここは親魔物領だから珍しくは……うん?」
呆れたような、一生懸命威嚇する小動物を見るような目で僕を見ていた彼女は僕が握っているヴァーダントを見て息を飲む。
「そうか……お前がクロアか。」
「なんで僕の事を……」
彼女は何か納得がいったような感じで頷いている。
アレクさんの知り合いなのだろうか。
「私はサラだ。サラ=クラウンという。君の保護者のアレクとは同じギルドのメンバーだ。」
「貴方も……冒険者?」
アレクさんの事を知っている上で僕の事を知っている……ということはひと通り事情は説明されていると言う事だろうか。
「大丈夫。君を襲うことはない。少なくとも、剣を必死に持ち上げようとして真っ赤になっている者なら尚更にな。」
「あうぅ……」
腕のほうに限界が来てヴァーダントを取り落とす。
腕がビリビリしびれて暫くは何も持てそうもない。
彼女はヴァーダントを取ると、元あった場所に立てかけ直した。
「少し、話をしないか?私も彼に関して話したいことがある。」
お茶を淹れてテーブルの向かいあわせに座る。
なんとなく、ミリアさんが来た時の事を思い出した。
「彼が死ぬ前にやっていた仕事について何か聞いているか?」
「いえ……ミリアさんからは死んだとしか……」
僕がそう答えると、サラさんは明らかに呆れながら頭に手を当てた。
「あの人は……本当に子供に対して甘い。本当の事を話さなければ彼のためにならないだろうに。」
「本当の事……?」
彼女はお茶を一口飲むとアレクさんがやっていたことについて語りだした。
「彼は反魔物領にある教会に潜入してある事に関する資料を探して回っていた。」
「ある事……何ですか?」
「君だよ、クロア君。彼は君が教会で作られた……もしくは何らかの調整を受けたものだと推測して色々と当たっていたようだ。私も彼に頼まれて同じように探っていたのだ。」
尤も、全部空振りに終わったがね。と首を振る彼女。
「そして、彼は何者かに殺された。無論遺体は引き渡されなかったが、間違いなく口封じだろう。」
「それを……僕に言ってどうするんですか?」
彼女は少し呼吸を整えて口を開く。
その言葉を、僕は生涯忘れることはないだろう。
「アレクの、遺志を継いで見ないか?」
「……それを、僕に言ってどうしろと?」
「冒険者になってみないか、と言っている。」
冒険者。アレクさんがやっていたこと。
「無理ですよ。この通り僕は貧弱です。剣はおろかナイフを振り回すのがせいぜいの僕に何が出来るというんですか?」
「剣なら私が教えよう。力は身につければいい。それに、何が出来るかではない。しなければならないんだ。」
彼女は尚も続ける。
それは傍から見たら僕を責めていると見えるかも知れない。
「彼は、君がいたから死んでしまったとも言えるんだ。だから、君は彼の遺志を継いで彼が成し遂げようとしていたことをしなければならない。」
「僕の……せいだと言うのですか。」
「端的に言えば、な。」
確かに、僕があの時自害していればアレクさんは死ななくて済んだかも知れない。
そして、僕がアレクさんの死から目を背ける。それはただの逃げだ。
アレクさんの死を、僕がアレクさんの意思を継ぐことで償う。
「わかりました……やります。」
気がついたら、そう答えていた。
それだけ彼は僕にとって多くを占めていたのかもしれない。
「そうか……今は何か仕事はしているか?」
「ミリアさんの紹介で喫茶店の従業員を……それが何か?」
「明日辞めて来い。当面は私が養おう。」
そう言うと彼女は革袋から毛布を取り出して部屋の隅で座り込む。
「訓練は明日の午後からだ。冒険者になる前に満足に剣が振れるぐらいで無ければ話にならない。」
そう言うと毛布にくるまって目を閉じた。
今日はもう寝ようという事だろう。
「一つ……訊いていいですか?」
「何だ?」
僕はランタンの火を消して彼女に尋ねる。
「サラさんは……アレクさんの事をどう思っていたんですか?」
暫く沈黙が続いた後、彼女はポツリと漏らした。
「好きだったよ。戦士としても、男としても。」
これで話は終わりだと言うようにその先は一言も喋らなくなった。
「……おやすみなさい。」
そう言って僕はベッドに入った。
明日からは彼女に剣術を教えてもらいながら冒険者を目指すことになる。
アレクさんの遺志を継ぐために。
Killing Child
Yang side is over…
To be continue
「お前は随分と変わってしまったな」
少年は青年となった
「神を……冒涜するというのですか!?」
彼の心は子供から大人へと変わった
「無茶苦茶な設計思考だね。まぁやってみるけどさ」
使命感は使命へと昇華した
「死なないで。それだけは約束して。」
そして、彼は紡ぐ
物語の最終章を
「さぁ、覚悟はできたかよ?クソ野郎共。最高にイカれたパーティの始まりだ!」
Next story is starting
Reincarnation
Coming soon…
せっかく作った料理も冷めてしまったので、温め直して朝食がわりにする。
今日は雨が降っている。そう言えば僕が捨てられた時も雨が降っていたっけ……。
「はぁ……」
雨が降るとあの時のことを思い出す。
僕を押し倒して一方的に犯すあのお姉さん。
体が炎に包まれ、悶え苦しみながら骨へと焼き尽くされていく。
穴を掘って、埋めて、誰からも見向きもされなくなる。
彼女を消したのは、僕だ。
「ごめんなさい……」
何時までも気に病むのはいけないと判っている。
でも、安らかな眠りを祈らずにはいられない。
もしかしたら彼女はこの先幸せな家庭を築けたかもしれないのだ。
それを壊してしまった僕にできることは、ただ祈ることだけ。
雨が降り続いているので外に出ることができない。
家の中で本を読むのも好きだけど、木漏れ日の中で暖かい風に吹かれながら読むのも好きだ。
暗い部屋に閉じ込められていた時は日に当たることすらできなかったから。
「より高度な固定結界……住居に魔物を寄せ付けない方法……眷属忌避術……え〜と……」
雨音を聞きながら結界術の本へのめりこんでいく。
アレクさんはなかなか帰ってこない。
彼は冒険者だから一日二日帰ってこないというのは不思議ではないけれど、やはり心配になる。
「住居の外の柱四隅にルーンを刻んで……インクなどで染色する……泥を被っていると効力が薄くなるので定期的に清掃すること……」
父親がどういうものかは知らないけれど、多分彼みたいな人の事を言うのだろう。
初めてできた家族。何でも相談できる頼れる人。
もし、神様が許すのであればこの先も彼と一緒に生活したい。
もし彼が誰かと結婚するのであれば、その人が多分僕の母親になるのだろう。
優しくて暖かい人だといいな。
できるなら学校にも行きたいな。毎朝お母さんに見送られて学校まで行くんだ。
「インクの材料は……ムラサキスグリの実とヒカリダケをすりつぶして混ぜあわせた物……普通の市場にも魔道触媒として売っている……」
学校に行けばいろんな本が読める。
もっといろんな事も勉強できるかも知れない。
それに、好きな子もできるかもしれないな。
相手は……人間に限られるかも知れないけど。
「インクの実用耐久期間は一ヶ月程度……期間が切れるたびに染色しなおす必要がある……ルーンも擦り切れたら新しく彫り直すこと……」
帰ったら宿題をしてお母さんと一緒に夕飯を作るんだ。
そしてアレクさんとお母さんとで一緒に食べるんだ。
もしかしたら帰ってきていないかも知れないけど、いたらそうする。
「注意すべきはこの結界でも高位の魔物には効果がない事……また、ルーンを破壊されると効果が切れてしまうため、なるべく目立たない位置へ彫ることが望ましい……」
お風呂が一緒なのは少し恥ずかしいかな……
お風呂から出たら一緒に寝るんだ。
僕の知らないおはなしをしてもらうのもいいかもしれない。
「効果は絶対ではなく……手入れを怠ったり住居そのものを破壊されれば結界は意味をなさなくなるので……注意すべし……と」
雨は、まだ止まない。
今日も、アレクさんは帰って来なかった。
〜三日後〜
あれから、アレクさんは一度も帰ってきていない。
食料が切れたら棚にある箱からお金を取ってモイライの市場まで買いに行く。
結界があるから一応は魔物のお姉さん達には気づかれない。
「人参とじゃがいもと……玉ねぎとお肉。たしかスパイスと小麦粉は家にあったし……調味料も大丈夫。」
今日はカレーだ。いつも自炊をするので料理の腕だけは上がったと思う。
ふと視線を感じて振り返ると、サキュバスのお姉さんがこちらをじっと見ていた。
結界が効いていないのかもしれないと思い、路地裏へと身を隠す。
一応視界から消えれば結界の効果は戻る。
万全を期して路地裏の反対側から出る。あとは家に帰るだけ。
寄り道はしないで早く帰って夕飯の支度をしてしまおう。
今日こそ、アレクさんが帰ってくるかもしれないから。
雨が降っている。
結界のルーンが消えてないか心配だけど、外に出て全身がびしょ濡れになるのは嫌だった。
それで風邪を引いても面白くないしね。
鍋からはスパイスの効いたカレーの匂いが漂ってくる。
アレクさんを待ちたいけど、お腹が空いているのも事実。
温め直せば食べられるし、先に食べてしまおうかと考えていたその時、ドアがノックされた。
住居の結界は張ってあるから魔物のお姉さんはこの家の存在事態に気付けないはず。
だからこの訪問者の存在は人間……のはずだ。
「は〜い。」
ドアを開けると、そこにはフード付きのローブを被った人が立っていた。
「貴方がクロア君ね?おじゃましてもよろしいかしら?」
「え、はい……貴方は?」
彼女がフードを取ると、その頭には捻れた角が……
「ま、魔物!?そんな、確かに結界は……!」
「あの本を誰があげたと思っているの?あの結界術の本の元々の持ち主は私よ?」
結界術の本。あれは確かアレクさんがお土産に持ってきてくれた物の筈だ。
その持ち主……?
「私はミリア=フレンブルク……貴方の保護者の上司と言ったところかしら。アレクの事で少し話があるから入れてもらえる?」
「アレクさんの事で……?」
ここ数日帰って来ない事と関係があるのだろうか。
しかし、魔物のお姉さんを家に上げるのは良くないと僕の危機感がそう言っている。
「大丈夫よ。貴方の体質のことはアレクから聞いているわ。私は貴方を襲うことは無いと約束する。」
「そ、それなら……」
ひとまず安心して彼女を家へと上げる。
「いい匂いね。今晩はカレー?」
「あ、はい……多分美味しく作れたと思います。」
何を言っているんだろう……僕は。
「ご相伴に預かってもよろしいかしら?食べて落ち着いてからの方が話しやすいでしょうし。」
特に拒否する理由もなく、一緒に夕飯を食べることになった。
多分夕飯を食べてからというのは彼女の気遣いだったのかもしれない。
夕飯を食べ終わって、流しへと皿を片付ける。
彼女の向かいあわせに座って話を聞く事にする。
「単刀直入に言うわ。アレクはKIA……つまり作戦行動中死亡が確認されたわ。」
死亡。死ぬ事。
頭の中に意味は浮かんでくるのだが、理解が追いつかない。
「彼の死亡を知らせてくれたのは教会騎士団の団長と名乗る人物よ。教会関係者にしては珍しく魔物に対しても義を重んじる人だったわ。アレクの形見を届けてくれたのも彼よ。」
彼女はローブの中から布で包まれた長いものを取り出した。
どこかで見たことのある長さとシルエット。
「これがその形見よ。多分、貴方に届けて欲しいって事だったのでしょうね。これをどう使うかは……貴方に任せる。でも、くれぐれもアレクの意に反することはしないで。」
布を解くと、そこには確かに証があった。
アレクさんが死んだという事を、『ヴァーダント』が物語っていた。
言う事を言った後、ミリアさんは帰っていった。
後に残されたのは、ヴァーダントと僕だけ。
「かみ……さまぁ……」
悔しさで涙が溢れる。
理不尽で声が裏返る。
無力感で頭が熱くなる。
「あなたは……僕に……人並みの幸せも……くれないのですか……?」
彼はもう、僕の頭を撫でてくれることはない。
彼はもう、僕を叱ってくれることはない。
彼はもう、一緒に笑ってくれることはない。
彼はもう、戻ってこない。
「あなたは……僕が苦しんでも……手を差し伸べてくれないのですか……?」
次に浮かび上がってきたのは、怒り、憎しみ、恨み、嫌悪。
僕にとって、神はもう神ではなかった。
「ならば僕は……もう神などいらない!貴方に縋らず、自分だけで生きてやる!そして……」
僕は決意する。
それは決別。
今まで心の多くを占めてきた物を切り離す。
「いつか貴方の喉笛に食らいついて、噛みちぎってやる!貴方はもう、神ではない!」
僕は決意する。
この世の理不尽に抗ってみせると。
試練という名の不条理を振り撒く自称神に牙を剥くと。
そしていつかは、どんな手を使ってでも幸せになってやると。
それからは大変だった。
自分だけで生きて行くために仕事を探した。
ミリアさんに相談したら仕事を紹介してもらえた。
彼女曰く、「私はいろんなところに顔が利くから」らしい。
仕事はきつかったけど、生きて行くためだと頑張った。
仕事場では魔物のお姉さん達に何度か襲われそうになったけど、その都度上司の人が止めてくれた。
ミリアさんから言い含められていたらしい。
それでも、魔物のお姉さん達との接触はなるべく避けた。
彼女たちにその気が無くても僕が惹かれたら意味が無いからね。
そうして一ヶ月くらいが経ったある日、僕の人生を大きく変える出来事が起こる。
それは今まで大きな出来事が起こった日と同じような雨の日だった。
「雨……か。」
僕の『初めて』の日も、アレクさんが死んだと知らされた日も雨だった。
そう言えば結界のルーンがそろそろ効力が切れそうなんだっけ。
「明日材料を買ってきて染め直さなきゃ……」
壁にはヴァーダントが立てかけてある。
あれ以来一度も触れていない大剣。
ミリアさんはアレクさんの意に反する事はするなと言っていたけど、そのアレクさんの想いが僕にはわからない。
復讐なんて考えずに堅実に生きろ、なのか自分のやりたいことをやれ、なのか。
もし許されるのであれば、復讐を選びたい。
僕をこんな目に合わせた神は確かに憎い。
でも、それに牙を剥く明確な力が僕にはない。
いくら仕事をしても付かない筋力。
いつまでも細い体躯。
体力も頭打ちだ。
ヴァーダントをあの壁際に運ぶのだって随分と苦労をしたものだ。
なにせ刃付きのダンベルみたいな物だから危なくて仕方がない。
明日の朝食は何にしようかと考えていると、ドアをノックする音が。
ドアを開くと、あの時と同じようにローブを纏った人が立っていた。
雰囲気からしてミリアさんとは別の人だとはわかったけど。
「夜分遅くにすまない。モイライに帰る途中に雨に降られてしまってな。迷惑でなければ一晩宿を借りたい。」
「えぇ、構いませんよ。寒かったでしょう?今暖かいお茶……で……も……」
彼女がフードを取ると、耳の部分にひれのような何かがついている。魔物だ。
「っ!」
反射的に壁に立てかけてあるヴァーダントへと駆け寄り、それを手に取る。
両手で支えてもプルプルと震えて切っ先は床へと付いたままだ。
「か、帰ってください!魔物は泊められません!」
「掌を返したように嫌うな、お前は。ここは親魔物領だから珍しくは……うん?」
呆れたような、一生懸命威嚇する小動物を見るような目で僕を見ていた彼女は僕が握っているヴァーダントを見て息を飲む。
「そうか……お前がクロアか。」
「なんで僕の事を……」
彼女は何か納得がいったような感じで頷いている。
アレクさんの知り合いなのだろうか。
「私はサラだ。サラ=クラウンという。君の保護者のアレクとは同じギルドのメンバーだ。」
「貴方も……冒険者?」
アレクさんの事を知っている上で僕の事を知っている……ということはひと通り事情は説明されていると言う事だろうか。
「大丈夫。君を襲うことはない。少なくとも、剣を必死に持ち上げようとして真っ赤になっている者なら尚更にな。」
「あうぅ……」
腕のほうに限界が来てヴァーダントを取り落とす。
腕がビリビリしびれて暫くは何も持てそうもない。
彼女はヴァーダントを取ると、元あった場所に立てかけ直した。
「少し、話をしないか?私も彼に関して話したいことがある。」
お茶を淹れてテーブルの向かいあわせに座る。
なんとなく、ミリアさんが来た時の事を思い出した。
「彼が死ぬ前にやっていた仕事について何か聞いているか?」
「いえ……ミリアさんからは死んだとしか……」
僕がそう答えると、サラさんは明らかに呆れながら頭に手を当てた。
「あの人は……本当に子供に対して甘い。本当の事を話さなければ彼のためにならないだろうに。」
「本当の事……?」
彼女はお茶を一口飲むとアレクさんがやっていたことについて語りだした。
「彼は反魔物領にある教会に潜入してある事に関する資料を探して回っていた。」
「ある事……何ですか?」
「君だよ、クロア君。彼は君が教会で作られた……もしくは何らかの調整を受けたものだと推測して色々と当たっていたようだ。私も彼に頼まれて同じように探っていたのだ。」
尤も、全部空振りに終わったがね。と首を振る彼女。
「そして、彼は何者かに殺された。無論遺体は引き渡されなかったが、間違いなく口封じだろう。」
「それを……僕に言ってどうするんですか?」
彼女は少し呼吸を整えて口を開く。
その言葉を、僕は生涯忘れることはないだろう。
「アレクの、遺志を継いで見ないか?」
「……それを、僕に言ってどうしろと?」
「冒険者になってみないか、と言っている。」
冒険者。アレクさんがやっていたこと。
「無理ですよ。この通り僕は貧弱です。剣はおろかナイフを振り回すのがせいぜいの僕に何が出来るというんですか?」
「剣なら私が教えよう。力は身につければいい。それに、何が出来るかではない。しなければならないんだ。」
彼女は尚も続ける。
それは傍から見たら僕を責めていると見えるかも知れない。
「彼は、君がいたから死んでしまったとも言えるんだ。だから、君は彼の遺志を継いで彼が成し遂げようとしていたことをしなければならない。」
「僕の……せいだと言うのですか。」
「端的に言えば、な。」
確かに、僕があの時自害していればアレクさんは死ななくて済んだかも知れない。
そして、僕がアレクさんの死から目を背ける。それはただの逃げだ。
アレクさんの死を、僕がアレクさんの意思を継ぐことで償う。
「わかりました……やります。」
気がついたら、そう答えていた。
それだけ彼は僕にとって多くを占めていたのかもしれない。
「そうか……今は何か仕事はしているか?」
「ミリアさんの紹介で喫茶店の従業員を……それが何か?」
「明日辞めて来い。当面は私が養おう。」
そう言うと彼女は革袋から毛布を取り出して部屋の隅で座り込む。
「訓練は明日の午後からだ。冒険者になる前に満足に剣が振れるぐらいで無ければ話にならない。」
そう言うと毛布にくるまって目を閉じた。
今日はもう寝ようという事だろう。
「一つ……訊いていいですか?」
「何だ?」
僕はランタンの火を消して彼女に尋ねる。
「サラさんは……アレクさんの事をどう思っていたんですか?」
暫く沈黙が続いた後、彼女はポツリと漏らした。
「好きだったよ。戦士としても、男としても。」
これで話は終わりだと言うようにその先は一言も喋らなくなった。
「……おやすみなさい。」
そう言って僕はベッドに入った。
明日からは彼女に剣術を教えてもらいながら冒険者を目指すことになる。
アレクさんの遺志を継ぐために。
Killing Child
Yang side is over…
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「お前は随分と変わってしまったな」
少年は青年となった
「神を……冒涜するというのですか!?」
彼の心は子供から大人へと変わった
「無茶苦茶な設計思考だね。まぁやってみるけどさ」
使命感は使命へと昇華した
「死なないで。それだけは約束して。」
そして、彼は紡ぐ
物語の最終章を
「さぁ、覚悟はできたかよ?クソ野郎共。最高にイカれたパーティの始まりだ!」
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Coming soon…
11/06/06 21:18更新 / テラー
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