第六十七話〜眠り姫〜
灯台下暗しとはよく言ったもので、大事な物程意外なくらい身近な所にあったりする。
ヒントは常に目の前に転がっているにも関わらず、それがヒントとしての体を成していなければそれはヒントとは言えない訳で……気付けないのも無理は無いよな。
それでもこの見落としは今までで一番致命的だったのではなかろうか。
よもやあんな危険なものがあんな所に眠っているなんて誰も思わないだろう。
〜冒険者ギルド ロビー〜
テーブルの上には山と積まれた資料。そのどれもがE-クリーチャーと思わしき目撃例に関するものだ。
しかし、どれもが見間違いやガセネタばかりで全く役に立たない。
最後の一枚に目を通し、ため息を吐きながらどっかと深く椅子に腰掛ける。
目の使いすぎでしぱしぱするな……直接目に映っているウィンドウの操作であれば疲れないというのに。
「全部空振り?」
「あぁ、空振り。」
方々から情報を集めてくれたニータには悪いが、どれもこれも外ればかりだ。
以前のE-クリーチャー討伐から約一ヶ月……有力な目撃情報は皆無だ。
おまけに怪事件という怪事件も聞こえて来ない。
平和なのはいい事だが、これでは何時まで経ってもエクセルシアの回収に乗り出せない。
つまり、任務を果たすことができない。
『次の一つで最後なのですが……事態はそう簡単に上手く行きそうにありませんね』
「最後なのか……そりゃ初耳だ」
あと一つ見つければ肩の荷が……いや、それを持って帰らなければいけないのか。
しかし、最後の一つを見つけた所で俺は……元の世界に帰ることができるのだろうか。
そもそも向こうの世界へ行く方法すら確立していないのだ。
どうやって帰ればいいのだろう。
元より、俺は向こうの世界へ帰ることが出来るのだろうか。ちなみにこれは先程とはニュアンスが違う。
今の俺はあまりにもこの世界に愛着が沸きすぎている。
向こうでは考えられない程の自然に恵まれ、多少なりとも争いはあれども基本的には向こうよりは平和な世界。
その楽園のような世界から争いと汚染にまみれてしまった元の世界へ行くというのは多少なりとも苦痛を感じてしまうのは致し方がなかろう。
「ま、今どうこう考えても仕方がないか」
「何が?」
「何でもない」
訝しげにこちらを見上げてくるニータの頭をくしゃくしゃと撫でてやり、書類をカウンターに返却してギルドを出ることにする。
「気分転換?」
「ん、そのつもりだ」
一緒についてまわるつもりなのか、ニータも一緒になってちょこちょこと短い歩幅で付いて来る。
別に拒む理由も無かったのでそのまま外へと出た。
季節はもうじき冬という時期に差し掛かり、少し肌寒い風が通りを吹き抜けていく。
カラッと晴れ上がった空からは秋後半のやわらかな日差しが降り注ぎ、涼しめの気温と相成って過ごしやすい天気となっている。
どこかからニンニクと甘辛いタレで焼いた焼肉の香りが漂ってくる。恐らくは、市場の方から。
しかし昼食にはまだまだ早い時間なので今はさほど気にする事は無いだろう。
「どこいく?」
「ん〜……どこに行くか」
><ヒロトの所><
<図書館>
<思い浮かばない>
〜キサラギ医院〜
暇つぶしと言えばここ、と言うことでヒロトの病院まで来たのだが……何だか様子がおかしい。
いつもガラガラの待合室は順番待ちの患者(殆どがワーシープやホルスタウロス、ごく少数でミノタウロス)で満席になっていて、手伝いとして呼ばれたのかマロンと数人の魔女が忙しそうにあちこち走り回っている。
「あら、久しぶり。悪いけど今はご覧の有様でまともに相手できないのよ」
「一体何が?」
俺達を見つけたのか、マロンがこちらへと近寄ってきた。
順番待ちをしている魔物は見た感じさほど弱っているというわけではなく、しかしどことなく疲れたような雰囲気を感じる。
「変な事もあるものよね……これ全部不眠症の患者よ」
「なんだって?」
どの魔物も一日の大半は眠っているような種族ばかりだ。
それがこれだけ大量に眠れなくなる……いつか見たような光景だ。
「さ、忙しいから行った行った。暇つぶしなら他所を当たって頂戴」
「あぁ、邪魔したな」
どことなく釈然とせず……それでいて嫌な予感がしながら医院を後にした。
「どう思う?」
『以前ミスト様がE-クリーチャーとして徘徊していた時と状況が酷似しています。なにかしら関連があると見て間違いないでしょう』
「でもあの辺りでの目撃例って今の所皆無だよ?ていうかあるならあたしがまっさきにアルに教えてるし」
何かあるにしても判断材料がまだまだ足りないな……さて、次はどこへ行こうか。
<図書館>
><思い浮かばない><
「ん〜……咄嗟には思いつかないな」
元々ヒロトの所でだべるつもりでいたので、それ以降のスケジュールは全く立てていない。
故にまっさきに潰れてしまった以上は簡単に思いつく物でも無いわけで……
「それじゃあ市場で何か軽いものでも買って食べ歩かない?暇つぶしには丁度いいと思うんだけど」
「そう、だな。悪くないか」
そんな訳でニータの提案で市場へと向かう事にした。
ミートブレッドもいいけどさっき匂いが漂ってきた焼肉もいいな……どっちにしようか。
〜モイライ商業区 市場〜
最後までどちらにしようか迷ったが、結果的に先ほど漂ってきた匂いの元である串焼きを3本ほど買って紙袋に詰めてもらった。
ニータはというとほのかに甘い香りのするクッキーを頬張っていた。何でも雑穀入りで体にいいらしい。
「チーズもいいけどこういう穀物系も好きなんだよね」
「さよか……ん、結構美味いなこれ」
照り焼きに近い味付けだったが、スパイスはエスニック系だ。
さほど質のいい肉という訳でもないが、それを味付けや香り付けで完全にカバーしていて非常に美味い。
「それ食べちゃうとキスできなくなっちゃうね」
「やっぱ気になるか」
「鼻が利くだけに余計にね〜。でもヴァンパイアあたりは腰砕けになったりしそう」
匂いだけでそうなってしまうのであればヴァンパイアはこういった市場には入れそうもないな。
何しろ香辛料としてのニンニクは当たり前すぎてあちこちから匂いが漂ってくるのだから。
「間もなく、破滅の使者……ティアマトー様が復活なされる!」
どこからともかく高らかに演説をするような声が聞こえてくる。
辺りを見回してみると、少し開けた所の演説台に立った男が声を大にして何かを喚いていた。
別に許可を取っていない訳ではなく、衛兵がそれを見ても何もせずに通りすぎていく。
「備えよ、破滅の時に!この世の全てが破壊された後、新たな楽園が創世される!それに備えて皆、祈るのです!」
「何だ、あれ」
「ん〜……何だっけ?予言教団とかいう古い預言書を元に作られた宗教団体だよ。今の教団からは邪教扱いされてるけどね〜」
よくそんな物の演説許可が降りたものだ。
そんな物、でも許可してしまうあたりこのモイライの自由度が見て取れる。
「新興宗教とかそんなのか?」
「ううん、確か千年近く前からあるすっごい古い宗教だよ。当時の遺跡から見つかった預言書を解読して分かった破滅の時に備えて祈りましょう……的な奴だった筈。胡散臭いからその昔から信者は4桁超えなかったらしいけどね」
誰にしたってそんな自分の住んでいる所が滅びるなんて予言を信じる奴なんていないだろう。
いたとしても余程の破滅論者みたいな奴程度だ。
今の世の中世界が滅んだ方がいいという奴なんて全くといって良い程(魔物娘とくっつけば滅んで欲しいなんて思うやつなど)いない訳で、そんな宗教が流行るわけがないのだ。
「ちなみにその預言書ってのは増刷されていたりするのか?」
「たしか図書館に現代語訳版があった筈だけど……何?興味でもあるの?」
「俺の元いた世界に似たような宗教があったから共通点でもあるかな、と。深い意味は無いさ。」
サイバーグノーシス主義……今はもう滅んでしまったが、荒廃した世界だったが故に信者は多かった。
どことなく似たような物を感じて気がかりになってしまうのは俺が心配性だからって訳でもない筈だ。
〜モイライ 市立図書館〜
「で、やっぱ見るんだ」
「まぁな。気がかりなものは調べないと落ち着かない性分な物で……」
閲覧許可を得るのはさほど難しい訳ではなかった……というよりは司書の人に聞いたら普通に場所を教えてくれた。
まぁ預言書っていうのは大抵が嘘八百を並べてあるようなものだし、少し古いゴシップ記事だと思えばさほど危険視する物ではないからだろう。
『宝玉獣予言記録書、ですか』
「…………何だか凄まじく嫌な予感がするんだが」
「右に同じく……」
─序章─
この預言書は後世に現れるであろう宝玉に取り憑かれし獣達を書き示した物である。
宝玉獣は非常に強力であり、並の剣や槍などでは決して傷付かず、(不明。翻訳可能な言語にない言語)によって僅かながらに傷を付ける程度に留まる。
これを御するには肉体の再生速度を超えるダメージを与え、宝玉以外の全てを焼き払うか、宝玉そのものを抜き取らねばならない。
この記録書を記している現在では宝玉を抜き取る術はなく、取り付かれた龍を封印する程度に留まった。この龍については後述する。
「……夢、じゃないよな」
『明らかにE-クリーチャーとの特性に一致しています』
「それよりも……龍って?あのドラゴンの事?」
ジパング種の物か大陸で見かけるものかは分からないが……どちらにせよえらいことになるだろう。
若干震える手で次のページをめくる。
第一章─地を駆り、母食らう狼─
大陸の中央部の都市、そこに一匹の宝玉獣が姿を現す。
姿は人間のようなれど、全身に毛が生えて頭は狼のよう。
五体共に強靭で、太い丸太でさえ安易と圧し折る程の膂力を持つ。
その獣、ヒトの母親を酷く憎み、次々と襲い喰らう。
「サリアだ……」
「あのワーウルフの子?」
『ここまで一致していると逆に不気味ですね』
第二章─舞い貫く毒─
先の都市より程離れぬ森の中、一匹の宝玉獣が潜む。
彼の者は巨大な蜂の姿をしており、行き掛かる男全てをその毒針にて刺し貫く。
森の中を縦横無尽に飛び回る彼の者に、人はただ恐れ慄く。
「紛れもなく、チャルニの事だ」
「新聞にも載ってたよね。危ないからしばらくは立入禁止だって」
『恐れ慄く、ですか。確かに合致しますね』
第三章─忘れられた鉄巨人─
宝玉が取り付くは獣に留まらない。
盗賊行き交う神殿にて1匹の宝玉獣が生まれる。
彼の者は無生物。土人形を元とし、己が体を金属と作り替え、その怪力にて人をすりつぶす。
彼の者を恐れし民は神殿ごと宝玉獣を地下深くに封印し、その上を湖として沈める。
彼の者はかつての主を守り、ただひたすら地下深くに佇み続ける。
「あの時のゴーレム……」
「湖に沈んでいたっていうあの神殿の?」
恐ろしくも、指が止まらない。
殆ど条件反射のようにページを捲り続ける。
背中が……じっとりと嫌な汗で濡れていた。
第四章─人拐う大蜘蛛─
強き風が吹き抜ける谷に彼の者は潜む。
通り来る民を拐っては生き血を啜り、己が物として巣に吊るす。
彼の者は蜘蛛。小屋もかくやとばかりの大蜘蛛。
彼の者に狙いを定められたが最後、枯れ果てるまで体液を吸われ、蒐集物として未来永劫彼の者の所有物となる。
「キルテス……」
「チャルと一緒だった時に遭遇した奴、だっけ。」
『マスター、この先も見るつもりですか?』
そこから先はもはや俺の辿ってきた道とほぼ同じだった。
デュラハン、ミノタウロス、エンジェル、ドライアド、ダークマター、ミミック、ベルゼブブ……そして……
「此処から先……最後のE-クリーチャーはまだ知らない。」
『しかし、序章の内容から大体の予想は付きますね』
「それって……ちょっと……ちょっと待ってよ……」
最終章─全てを破壊せし邪龍─
ここに記すは遠い未来、確実に起こるであろう事実。
我々が御しきれず、未来へ先送りにしてしまった難題。
これを読みし我らが子よ、まずは謝ろう。破壊と厄災をもたらす存在を諸君らに預けてしまった事を。
彼の者は小山とも見まごうほどの巨大な体躯を持ち、吐き出す炎の息で海を干上がらせ、爪の一薙ぎで街を更地へと戻し、歩くのみで山すらも崩す。
それは正に天変地異。目に見える厄災と化した邪龍は全てを破壊し尽くす。
我が子らよ、許して欲しい。我々は、彼の者を滅しきれなかった。
今はただ、安穏たる眠りの中にいるが、いずれ目を覚まして諸君らに牙を剥くであろう。
これを読みし者に、せめてもの救いが有らんことを……。
「………………」
『………………』
「うそ、でしょ……。うそだよね……?だって……だってこんなの……」
ニータの声が遠くで聞こえている気がする。
そして、指に引っかかったページが風に煽られてめくれ上がった。
そこに書いてあるのは翻訳者の後書きだった。
〜あとがき〜
翻訳を終えた私は今、痛烈に後悔している。
こんな物を知るくらいであれば、いっその事知らなければ……もし本当に起こってしまったとしても今ほどショックを受けなかったのではなかろうか。
正直言ってこれを世に公表するか迷っているが、ここに原文がある以上後世に誰かが再び翻訳をしないとも限らない。
歴史的資料であるが故に焼き捨てる事も叶わない。
私にできることは、この翻訳を公表し、それがでたらめだと笑われるよう祈ることだけだ。
心残りだったのは私の知る語彙では完全に訳しきれなかった部分があるという事だ。
この宝玉獣に関して頻繁に出てくる人物なのだが、それに関する言葉のほとんどは私の知る言語とは全く違った形態の物ばかりだった。
唯一分かったのは……たった一つのその人物の特徴を指し示す言葉のみ。
蒼衣の錬装士
彼が何者であるのかは残念ながら分からなかった。
しかし、この予言と深く関わる人物である事は間違い無い筈だ。
彼がどのように宝玉獣と関わるのかはわからない。
宝玉獣を統べる者なのか、はたまた唯一御せる存在なのか。
彼が現れる頃には、私はもうこの世にはいないだろう。
だから彼を知る者がいて、死後の世界へ来た時に私に教えて欲しい。
彼は、一体どういう者だったのかを。
「これ……アルの事だよね」
「確定、か」
どうやらこの預言書に書かれている事は事実らしい。あまりにも今までの事件との合致点が多すぎる。
さらに自分の事まで言い当てられてはぐうの音も出ない。
最悪なのはE-クリーチャー化したドラゴンと対峙しなければならないと確定した事だ。
ドラゴン……強靭な肉体と高い知能を併せ持つ最高位の魔物。
今までの相手は死力を尽くせばなんとか倒し切ることができた。
大怪我をしても倒せる……それならまだいい。
はたして旧時代の姿からさらに強化したドラゴンを御することは可能なのだろうか。
「で、でもさ!今すぐに封印が解けるとかいう話は無いし!もしかしたら数百年後の話かも……」
「今解けなくても俺が解く。エクセルシアを回収できないだろうが」
復活が数百年後であれば何かしらの方法でそれを現代に復活させ、エクセルシアを回収する必要がある。
現世界の状況を鑑みるに、あまり悠長な事はしていられない。
「夜逃げの準備……しておくべきかなぁ」
「無駄だろ。暴れまくったらどれだけ被害が出るかわからん」
下手したら世界の滅亡、なんて可能性も有り得る。
そこまでなったら魔王も動くかもしれないが……そうなると中身のエクセルシアの方が心配だ。
万が一エクセルシアに魔王が触れたりなんてしたら……考えたくもない。
「やるんだ、俺達で。まずは詳しい出現地点を割り出そう。ニータ、ギルドからある程度頭の切れる奴を数人とエルファを呼んできてくれ。俺はそれらしい資料を手当たり次第にかき集めてみる」
「りょーかい……乗った船が泥船かノアの箱舟かは知らないけど協力するよ」
サクっと役割分担を決めると俺は書架の海に、ニータは図書館の外へとそれぞれ飛び込んでいく。
兎にも角にも情報収集だ……。今回の相手は一筋縄ではいかないのだから。
「ここなんかどうじゃ?大竜の山岳」
「300年も前に当時の勇者が討伐している。多分そいつじゃないだろう」
「ガウェイン火山に巨大な火竜がいたって話ね……こっちはどうかしら」
「そいつは今周辺の観光ガイドをしている筈だ。パンフレットもあるぞ」
ニータが集めてきた人員……エルファやミリアさん、アニスちゃん……と、おまけで付いてきたメイが各々資料を漁っている。
互いに資料をすりあわせて候補を上げ、それを潰しという地味な作業が続いていく。
メイはというと来てから1分と経たずに飽きて児童書コーナーから絵本を借りてきて読んでいる。
「これだけ広い大陸の中から1匹のドラゴンが眠っている場所を当てるなんて……非現実的だとは思わない?」
「当てられなきゃその周辺だけじゃなく大陸一つが焼け野原になると思ったほうがいいだろうな。諦めたらそこで終わりだ。比喩でもなんでもなく、な」
預言書には封印した場所は書かれていなかった。
いや、実際は書かれていたのだが、現在の地図上にそのかかれていた地名は存在しないのだ。
おおまかな位置もわからないのでやはりそれらしき場所を虱潰しに探していくしか無い。
「第一さぁ、そんな凶悪な相手に対する対抗手段ってどうするの?ドラゴン相手に通用する武器だって限られているのにさらに強化されたら手のつけようが無いと思うんだけど……」
「俺はその対抗手段を……銃なんじゃないかと考えている」
翻訳者が生きていた時代には銃なんてものは言葉すら存在しなかっただろう。
今の世の中だってまともに銃と呼べるのは火縄銃程度の物だ。
「並のライフル弾程度では効かなくてもレールガンや大砲クラスの威力であればフィールドは貫通できる。きちんと本体へのダメージも期待できる筈だ。それに……」
目的は討伐ではないのだ。
「致死量のダメージを与える必要はない。動けなくしてエクセルシアを抜き取れればそれで構わない。邪龍だろうが暗黒竜だろうが今の魔王の魔力に当てられれば無害化するからな」
今回の戦いのキモはいかに行動力を奪い、エクセルシアを回収するかに掛かっている。
であれば効率良くダメージを与える方法よりは動きを封じる方法を考えたほうが建設的だ。
「ミリアさんが以前使っていた拘束魔法が小山クラスの巨体に通じればいいんだけれど……どうかな?」
「SMプレイ用の拘束魔法が化物相手に通じるとでも?」
「ですよねー」
しかし着眼点は悪くはないと思う。単純に出力と効果範囲の問題なのだ。
「もっと高出力かつ対象の大きさを問わない術が使えればいけると思うんだけどなぁ……」
「出力、ねぇ……こればかりはあの人に頑張ってもらわないと……」
あぁ、今日の旦那さんは干物になりそうだな。なーむー。
時刻は夕方に差し掛かる。
目ぼしい成果もなく、皆疲労の色が濃い。何時間もぶっ続けで書物を読み漁るのは存外に精神力を消耗するものだ。
「お前はお前で楽しそうだな……」
「うん〜♪」
ただ一人、足をぶらぶらさせて絵本を読んでいるのはメイだった。
あまり難しい物が読めないにもかかわらずに付いてきてしまった彼女は一人絵本などを読んで待ちぼうけをくらっているのだ。
「一体何を読んでるんだ?」
「これ〜」
題名は……『いねむりどらごん』?
あるどらごんがはらっぱでねむっていました
ねむっているといってもおふとんでねるわけではありません
かのじょがねるのはつちのなか、ふかくふか〜くのじめんのした
かのじょのとなりではいつもおつきのひとがこもりうたをうたっています
かのじょにそのつもりはなくても、うごくだけでみんなにめいわくがかかるからです
かのじょはいつも、ゆめのなかであそんでいます
おともだちといっしょにおにごっこをして、かくれんぼをして、うみでおよいで……
そのくりかえしをしてどらごんはいねむりをつづけます
いつまでも……いつまでも……
「……なんじゃこりゃ」
その物語は、ただドラゴンが土の中で夢を見続けるという意味が分からない物だった。
この世界に存在する物語というのはどれも色濃く魔物の影響が出ており、だれかと結ばれたりハッピーエンドに落ち着く物ばかりだ。
しかしこの話は……オチすら存在しない。ただ寝るだけだ。
「一体誰がこんな物考えたんだろうな……って、作者不明かよ」
どうやら口伝で伝えられていた話を絵本にした物らしい。口伝えであればそういうこともあるか……
「居眠り、ね……居眠り……」
その単語に一際強いひっかかりを覚える。
ヒロトの所にいた大量の不眠症患者。
ミストの時と同じ現象。
いねむりどらごん
共通項……
「うたたねの……草原?」
ひとつひとつが噛みあわさるようにつながっていく。
不整脈のように跳ねまわる心臓を押さえつけ、慌ててモイライ周辺に関する郷土資料を探しに書架へと走り寄る。
「何か気づいた?」
「あぁ、これとこれとこれ……これも頼む。手分けしてうたたねの草原に関する項目をピックアップしてくれ」
素早く走り寄ってきたニータへ何冊か分厚い資料を渡し、自分でも山ほど資料を抱えて元の机へと戻る。
「……あった」
見つけた。疑問を解くピースが。
まさに灯台下暗し。こんなに近く、しかも目立たないのでは見つけようも無いというものだ。
[うたたねの草原]
今でこそワーシープ、ホルスタウロスがうろつく穏やかな草原として有名なこの地ではあるが、彼女たちが多く生息するからこの名が付いた訳ではない。なぜか。
この地名が付いたのは魔王交代の遥か昔どころかさらに昔だ。魔王交代以前はワーシープなどという種族は無く、強力では無いにしても凶暴な魔物が跋扈する危険な場所だったのだ。
そんな地であってもうたたねの平原と名を付けられたのには諸説あるが、最も有力なのは得体のしれない何かが地下深くに封印されているから、というものだ。
残念ながら何が封印されているのかは全く資料が現存しておらず、知る者も存在しない。
無論、そんな地下深くまで続くようなダンジョンは周辺にはないし、うたたねの平原の下まで広がるような巨大迷宮も無い。
全く隔絶された地下に封印されている何かは、今も穏やかな草原の下で眠り続けているのだろう。
「で、どうするよ」
封印されているのは祠でも神殿でもなく、土の中。
しかもダンジョンの中にいるわけでもないので接近手段が無い。
封印されている状態で近づけるならばそのままエクセルシアを抜き取る事もできただろうが、入り口もなければ出口もないような場所だ。
「どうするもこうするも封印が解けてしまうまで待つか……封印を解いて地上へ引きずり出すしか無いじゃろうのぉ」
自然に封印が解けるのを待つのではいつ封印が解けるか分からない。
最悪数百年単位で待つしか無い。寿命をのばす手段なんていくらでもあるが、そこまで悠長に待っていると向こうの世界がデウスに滅ぼされかねない。
「封印を解くことはできるのか?」
「わしを誰だと思うておる?魔界の覇王、バフォメットじゃぞ?」
「まだ未成年だけどな」
封印はエルファにまかせて問題無いだろう。
あとは……
「戦力、だな。ミリアさん、旧時代……それも数倍近くに強化されたドラゴンとガチで戦い、鎮圧するにはどれだけの戦力が必要だと思う?」
「そう……ね」
顎に指を当ててしばらく考えこむミリアさん。ややあって概算が出たのか、その結果を教えてくれる。
「魔王交代前の勇者はたった一人でもドラゴンと対峙するだけの力量は備えていたのでしょうけど……生命力やら戦闘能力が数倍に跳ね上がった相手に対してそれと同じだけの倍数分の戦力を用意しても制圧は難しいでしょうね。魔王城に駐留している勇者と魔物の混成軍を1個大隊……使い潰さないよう気をつけるならそれプラス回復に特化した救護部隊を1小隊。これを冒険者ギルドの構成員のみで集めるとなると……」
しばらく彼女が沈黙する。どれだけ厳しいのだろうか。
「無理ね」
「スロウ・ザ・スプーン!?」
MURIらしい。
「大体、軍隊のように統率がとれていない連中を同数集めた所でまとめて消し炭にされるのが関の山ね。」
「ごもっともで……」
となると魔王軍とも連携を取らなければ難しいか……?しかし積極的に攻めて来ない相手に対して彼女達が動くだろうか?
「それに関しては貴方の伝手があるじゃない」
「……ミスト、か」
そういえばあいつは騎士団の副団だったか。いろいろとコネを伝えば中隊規模なら集められるかもしれない。
『統率に関しましては先日入手したプラグインを使いましょう』
「そうか、CTD……」
あれを使えば個々人に対して指示を飛ばす事も可能だ。
ラプラスに掛かれば文字通り、兵の一人一人まで自分の手足のように動かすことができるだろう。
「で、相手には剣も弓も槍も効かないと……どうすんの?現時点での主力武器だよ?」
「一つは力押し……既婚の魔物や冒険者、勇者による攻撃だ。この文献が書かれた頃では魔力によるブーストはあまり行われていなかっただろうからな。あとは……」
ニータの懸念に対して一つの武装を展開する事で応える。
少し広まった場所で展開されたその武器は全長3メートル……歩兵携行化しようとして、ギリギリできなかったという逸話のある、俺が持つ中でE-Weaponを除く最大級の威力を持つ武器……
「こいつだ。文献から考えるに、おそらくE-クリーチャーに最も有効打を与えられるのは、銃器だ」
─イスルギ重工製 歩兵携行化バーストレールガン─
あまりに長大すぎるその兵器の重量はおおよそ300kg。
その重量は兵士数人がかりで分解し、目的地まで運搬して組み上げて使用するという本末転倒な欠陥兵器……なのだが、鵺の機能によって分解せずに別空間に格納、使用時にのみ展開して使用するという方法を取った。おそらく初めての実用化例であろう。
「……物騒だからしまってくれない?」
「……ごめん」
流石に図書館の狭いスペースで展開するのは無理があったか。
ガチャガチャという音と共に長大な砲身が鵺に吸い込まれていく。ここまで非現実的だと悪い冗談か何かのように見えてくる物だ。
「あとは大規模魔術による砲撃戦が有効かのぉ。どの道剣も弓も威嚇や牽制程度にしか使えなさそうじゃの」
「その牽制がなきゃ今のや魔術も使えないんだから必要になってくるだろ」
ミノタウロス戦でのアレを思えば生半可な火力ではフィールドを貫通したとしても有効打は与えられない。
そうなると足を止めてしか撃てないような高火力な銃器や魔術が戦闘の要になる。
「足止めはミストの騎士団にお願いするとして……主な火力はエルファ率いる魔術師ギルドに頼む事になるか?」
「撹乱だったらシーフギルドも得意だよ?爆薬の扱いに長けている子もいっぱいいるし」
「協力を取り付けられるか?」
「掛けあってみるけど……」
「無理なら頼まなくていいわよ」
提案を出したニータに牽制するように言葉をかぶせるミリアさん。
どうも表情が渋い。
「あの女ガラスの協力を取り付けると後で何を請求されるかわからないもの……できれば最後の手段にしたいわね」
「嫌われてるなぁ……マスター」
苦笑いしつつどこへ声を掛けるか算段を始めるニータ。俺も戻ったらミストに声を掛けるとしよう。
「あ……救護部隊はどうするかな?」
「一番の問題はそれよねぇ……」
まさかヒロトに出張ってもらって全員分治療させる訳にはいかないだろう。
せめて回復魔法を使える団体のようなものがあれば……。
「……サフィア」
「アル……また別の女の子?」
「おにいちゃん……」
ええい、うるさい。
「彼女に声を掛けてシービショップを集めてもらえば、即席だが救護部隊は作れるな」
「問題は……彼女達が戦いの為に協力してくれるかなのよねぇ」
そう、彼女達の気性は温厚で、基本的に争いを好まない。
誘拐されかかった彼女が誘拐犯すらも心配した辺りを見ればわかる。
「さらにうたたねの平原は内陸部だし」
「だよなぁ……って、ん?」
たしか……以前あそこでミストと戦った時……
「そういやイヴァ湖もすぐ近くだったな。様子でも見に来たのか?」
彼女はふるふると首を振るうと草原を流れる小川を指差す。
「何?昼寝をしていたら流された?」
「……(コク)」
「小川、か」
「流石に海から泳いでくるには狭過ぎない?」
「いや、陣を張れればそれでいい。彼女達の休憩所兼救護所として使ってもらおう。」
移動に関しては旅の館を使おう。
流石に国一つ滅びるかどうかの事態であれば動いてくれるはずだ。
準備に関してはこんな物だろうか……
「それじゃ、各々行動を開始するか」
「そうね、私は各関係機関との連絡役を……旅の館にも話は通しておくから自由に使ってくれて構わないわ」
ミリアさんの役割はギルド間の橋渡しと調整役だ。こういった事務仕事に長けている人がいると本当に助かるものだ。
「わしは封印の解除術式を組み上げるかの。大昔に掛けられた封印が何であれ、解かねばならんのじゃろう?」
エルファはドラゴンに掛かっている封印を解く係。これ程までに適任はいないだろう。
「あたしはマスターに掛けあって必要な情報とかを仕入れてくるよ。……といってももう動いているかもしれないけどね」
「お前んとこのマスターって何者だよ……」
ニータはギルドの伝手を使ってサフィアの現在位置を探りに行く予定のようだ。
「俺はサフィアの情報が入り次第接触に向かう。それまでは必要なことがあったら随時手伝うから遠慮無く言ってくれ」
「あら、そんな事言うと本当にこき使っちゃうわよ?」
「構わない……正真正銘、この世界での仕事はこれが最後だからな」
早い所終わらせたい、という訳ではないが、相手が相手だけに手を抜くつもりは毛頭ない。
「おにいちゃんおにいちゃん、わたしはどーすればいいの?」
「アニスちゃんは……」
はてさて、こうなったらアニスちゃんにも何かさせてあげたいものだけれど……
一体何をさせてあげたらいいだろうか。
「アニーは炊き出しの準備を進めておいて頂戴。殆ど戦争みたいな物だから兵糧は必要になるわ。必要ならギルドの人にお手伝いしてもらって……費用はギルドの経費で落とすわ」
「えと……う〜ん?」
いきなり一辺に言われた為か、アニスちゃんが目を白黒させている。それを見たミリアさんが苦笑しながらメモにペンを走らせて彼女に持たせる。
「プリシラにこれを渡して、後は彼女の言うことを聞いてちょうだい。いいわね?」
「は〜い♪」
「それじゃ、全員やることは確認できたな?」
俺の言葉に全員(メイを除く)が頷く。気合もやる気も十分……行動開始だ。
「あにぃ、あにぃ」
「ん、何だ?」
俺のズボンの裾をくいくいと引っ張ってくるメイ。
一体どうしたのだろう、という所でメイのお腹から盛大に腹の虫が騒ぎ立てる音が聞こえてきた。
「おなかすいた」
時刻はもう夕暮れに差し掛かっていた。そういえば昼飯も食べずに調べ物をしていたんだったな……集中していたから気付かなんだ。
「……先ずは飯にするか」
13/03/17 22:09更新 / テラー
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